虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

19/03/31(日)21:32:41 その日... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

19/03/31(日)21:32:41 No.580368938

その日はすっかり春の時候に足を踏み入れた暖かい陽気の一日でした。 フランシュシュ一行はイベントのお仕事を終え、幸太郎さんの運転する車で帰る途中でした。 もうほとんど日は落ちて辺りはかなり薄暗くなってきています。 私はいつもの帰るルートから外れたことに気付いて、どこへ行くのか幸太郎さんに尋ねたとでした。 「ちょっと寄る所がある」「追加のお仕事ですか?」 「仕事ではないな」 やがて辿り着いたのは佐賀でも有数の、たくさんの桜を楽しめる大きな公園でした。 この時間からなら綺麗な夜桜が拝めそうです。遅い時間でしたが、公園には大勢の夜桜見物の人達がいらっしゃいました。 幸太郎さんは私達を率いて桜並木の間をどんどん進んで行きます。 ようやく着いた場所にはなかなかの大きな桜が見事に咲き誇っていました。 根元には大きなブルーシートが敷かれ、メイク済みロメロが一匹で番をしとったとです。ご苦労様。 私達は全員でシートに上がり、間近で夜桜を堪能したとでした。 「…さてお前達にはこれから花見をして貰う訳だが」 「言われんでもここで他にすることあるとや?」

1 19/03/31(日)21:33:03 No.580369039

「これが吉野の桜でありんすね。見事なものでありんす」 「本当に綺麗。最高のタイミングです」「たまにはこういう時間も良いわね」 「リリィ夜桜見るの初めてかも!すっごくいい雰囲気!」「ヴァー…ヴェッ(花びらを捕食)」 みんな口々に感想を述べます。幸太郎さんはというと、一人何かを考えるようにしばし押し黙っていました。 そこで私はどうしても気になっていたことを口にしたとです。 「…幸太郎さん、ちょっと良かでしょうか?」「…何だ、さくら」 「えーとその、何も無かとですかね?本当に花を見る…だけ?」 それを聞いたみんなは顔を見合わせて、私と同じく幸太郎さんの反応を見守る態勢になりました。 幸太郎さんはしばらく腕を組んでじっと遠くを見とったとですが、やがて私達に向き直って言い放ちました。 「現地調達」 「「「「「「え」」」」」」「ヴェ?」 「現地調達するんじゃい。…お前達ならきっと出来ると信じているぞ」 輝くような笑みを浮かべたかと思うと、俺はこれから挨拶回りじゃーいと言い残してあっと言う間に消えてしまいました。 ### (Side A)

2 19/03/31(日)21:33:18 No.580369104

「あの腐れグラサン、そろそろ本気で伊万里湾あたりに沈めとくか…」 「遠いわね…唐津湾あたりでいいんじゃない?」 サキと二人で愚痴りながら公園の桜並木の道を歩いていた。 桜はちょうど満開。もう日は落ちていたけど、ぼんぼりのライトアップのお陰で夜桜が綺麗に浮かび上がっている。 休日ということもあり公園には大勢の花見客が訪れ、夜桜見物を楽しんでいた。 先ほどの訳の分からない指示の下、私達は三手に分かれて行動することにした。 私はサキとペア。フランシュシュ花見会のため、とにかく何とかして「現地調達」をしないといけない…何なの本当に。 見れば屋台もいっぱい出てるから小遣いでもせびっておけば良かったのだけど、アイツはどこかへ消えてしまった。 未だに何考えてるのか分からない。ゾンビィの私達より頭腐ってると思う。 時折服や髪に降る花びらを取りながら溜息を吐いた。まあせめて夜桜だけでも楽しんでおくか。 「おっ…あそこ何かやっとるたい。喧嘩か?行ってみようぜ!」 サキが何かに反応した。見ればちょっとした人ごみが出来ている。何か揉め事が起きているみたいだ。

3 19/03/31(日)21:33:31 No.580369168

「えぇ…止めときなさいよ。巻き込まれたらどうするの」 「見るだけだって。過疎と喧嘩は佐賀の華ってな!」 「火事とどっちがマシかな…」 仕方なく騒ぎの方へ近づいてみると、ヤンキー風の女達が大勢集まっていた。 何となく見覚えがある。確かライブによく来るサキの追っかけか舎弟か…そんな感じの連中だったと思う。 中心の特攻服を着た小柄な少女とヘソ出しのコスプレみたいな銀髪娘がメンチを切りあっている。 「何だ万梨阿に美沙じゃねーか。どやんしたとや?」 近寄ってきたサキに気付いた小柄な方…万梨阿が慌てて深々と頭を下げる。遅れて美沙が続く。 「お…お久しぶりです」「に…2号さんもお花見ですか?」 「おー、何か知らんけどそうなった。グループの奴らと一緒にな」 食い物も金も持ってきてねぇけどな、と一人でケラケラ笑っている。笑えないっての。 「でお前らまた喧嘩や?別によかけど迷惑にならん所でやれ」 サキ登場で剣幕を削がれてた二人は再びお互いを睨みつけた。 「止めんで下さい2号さん。コイツらアタシらが取った所に割り込んできやがって」

4 19/03/31(日)21:33:45 No.580369241

「アンタらみたいなちっこくて寂しか連中が広々占拠してるのがおかしかとさ。 大勢いるアタシらに譲ってやった方が有意義ってモンだろ?」 ライブで一緒にいることが多いから仲良くしてるのかと思ったけど、そう上手く行かないみたい。 「分かった分かった。じゃあ思う存分やれ」 「ちょっと2号!」 「ただし勝負の方法はアタシが決める、よかや?」 二人はちょっと躊躇ってから、同時に頷く。サキはちょっと考えてみせてから、ニヤリと笑って言った。 「お前ら『特攻』できるか?」 特攻…とは別にカチコミのことじゃなくて、多分特攻DANCEの振り付けのことだと思う。 二人はお互いをチラッと見てから頷いた。よく訓練されたファンだなあ… 「よしお前らここでやれ。アタシらが見といてやるから、それで白黒付けようぜ」 「ちょっと2号、こんな花見の席でリアルヤンキーにアレ踊らせるつもり?他のお客さんも大勢いるのに」 「いいじゃねーか。面白そうだろ?他に収拾付ける方法あんのか?」 彼女達はそれで問題なさそうだった。バックに二人ずつ付く形で万梨阿と美沙がそれぞれ離れて立つ。

5 19/03/31(日)21:34:00 No.580369318

ヘソ出しレディースのメンバーの一人が音楽プレーヤーを取り出した。 何故かアンプ付きスピーカーまで出てくる。用意がいいな…何もなくても踊るつもりだった? 他の花見客も興味を惹かれて見守る中、急遽レディース達によるライブが始まった。 最初は何だこの流れ…と思って引いて見てたけど、二人ともかなり真面目なパフォーマンスで意外なほど見応えがあった。 細かい所はさておき、大枠の振り付けはお互い完璧に身に付けている。 惚れ込んだものには一途というのは、サキと同じってことかな。 1番を踊りきってとりあえず終了。サキと私とで拍手を送る。サキはご満悦だ。 「やるじゃねーかお前ら!なかなか良かったぜ!」 「あ、ありがとうございます…それで、どっちの勝ちですか」 サキはあー…と言葉に詰まってこっちを見る。考えてなかったんかい。というか自分で提案しといて人に振るな。 レディース達の視線までこっちに集まってきたので、仕方なく自分の感想を伝える。

6 19/03/31(日)21:34:13 No.580369375

「ええと、万梨阿だっけ。よく練習してると思うけど、要所要所でもうちょっと身体を大きく使って動いた方がいいかな。少し表情が硬いのも気になる」 指摘されてハッとして俯く万梨阿。自覚もあったのだろう。 こんな所でいきなり踊らされて緊張するのは当たり前だけど、どちらかと言うと自信の無さとか引け目に起因するような気がした。 だからできるだけ励ましになるようにニッコリ笑いかけてあげる。 「せっかくそんなに可愛いんだから、自信持っていいよ」 「か、可愛いとか言ってんじゃねぇよ、チッ…」 「何照れてんだい?」「うるせぇよ!」 分かりやすく赤面する万梨阿。やっぱり可愛いじゃん。 「あと美沙、だっけ?動きに迷いが無くて安心して見ていられるね。身体の使い方が大胆で、スタイルいい分すごく映える。カッコいいよ」 得意気になる美沙。万梨阿は悔しそうな表情になる。 ただ、と付け加えた。 「もう少し空間を意識して。具体的にはバックで踊ってる子を遮らないこと。一人で踊るわけじゃないからね」 その辺りは万梨阿はちゃんと配慮できてたよ、と言うと美沙はバツが悪そうにメンバー達の方を振り返る。

7 19/03/31(日)21:34:27 No.580369454

「えーとつまり何だ、痛み分けってことか?よし分かったかお前ら!」 「何でアンタが得意そうなんだ…そんなことより二人とも、ここの振り付けもう一回やってくれる?どうしても気になっちゃって」 …いつの間にかダンスの指導を始めてから結構な時間が過ぎてしまった。 二人+レディース達全員は仕舞いに改良版の特攻DANCEを通しで踊っていた。何故かサキも、そして私まで参加で。どうしてこうなった。 サキは絶好調だ。サキに導かれるようにして続くレディース達の気合が入った動きも感じられて心地良い。 夜桜の花びら舞う中で、私もまた大人数での即席ライブに酔いしれるのだった。 終了。そして、大きな拍手。周りの花見のお客さんからだった。 花見の席だったことを思い出して恥ずかしくなるけど、サキと共に礼。レディース達も続く。 サキは万梨阿と美沙の肩を抱いて満面の笑顔で称えた。 「最高のライブだったな!」 二人は踊りきって疲れた様子だったけど、先ほどのいがみ合いなど忘れた風に穏やかな笑みを浮かべていた。

8 19/03/31(日)21:34:41 No.580369514

そんな私達の所に一人の花見客が歩いて来て、いいもの見せて貰ったからといくつかの飲み物の缶を置いて行った。 他の人も続いておつまみやらお菓子やらを置いて行く。 おひねりみたいに集まった食べ物を前にして、サキと私は唖然としていた。 「…現地調達ってこういうことかぁ?」「たまたまだと思うけど…」 貰った食べ物を抱えて私達はレディース達に別れを告げた。振り返るとあの二人が興奮して色々と喋っている様子が見えた。 喧嘩はいつの間にかうやむやになってくれたようだ。今日くらいは仲良くしてくれるといいけど。 「なあ…愛」「何?」 「お前、コーチの方が向いてねぇか?」「…引退する気なんかないわよ」 ### (Side B) 私達は薄暗く光るぼんぼりの下に御座を引いて、三人でポツンと座っていました。目の前には空き缶が一つ。 夕霧さんが静かに三味線を奏でる中、リリィさんが頬杖をついて呟きます。 「ねぇゆぎりん、リリィたち今何やってるのかな」 「三味線を慰みに、親切な方々の喜捨を求めんとしているでありんす」

9 19/03/31(日)21:34:54 No.580369579

「それって乞食だよね」「そうとも言うでありんすね」 「今そういう人あんまり見かけないから、みんな戸惑うだけだよ?」 「いい時代になったでありんすなぁ」 幸太郎さんの現地調達の指示を受けて私は夕霧さん、リリィさんと行動することになりました。 しかし何をしていいやら分からず途方に暮れていた所、夕霧さんが古式ゆかしいやり方があるとご提案。 それがこれ。親切なお花見客の皆さんからお恵みを頂くという寸法です。 …今の所成果はゼロです。別に佐賀の人達が冷たいなどというつもりはありません。道行く人達の怪訝な顔を見れば分かります。 「…あのねゆぎりん。リリィ達もっと能動的になるべきだと思うの」 「ノウドウテキとは何でありんしょう?」 「自分から進んで何かすることだよ。現代人に求められてること」 「リリィはんは物知りでありんすなぁ」 二人ののんびりした会話を聞きながら、私はあー桜綺麗だなーいつの時代も変わらないなーと惚けていました。 …何やってるんでしょう。とんだ穀潰しも居たものです。花見に来たのですから間違ってはいないはずですが…

10 19/03/31(日)21:35:06 No.580369646

そんな中、遠くで子供の泣き声が聞こえてきました。小さな女の子のようです。 何時まで経っても泣き止まないので、二人を残してちょっと行ってみることにしました。 泣いていたのは小学生にも上がっていないような小さな女の子でした。 「こんばんは。どうしましたか?」 女の子に声を掛けると一瞬泣くのを止めて、ビクッとこっちを向きました。安心するように目線にしゃがんで笑いかけてあげます。 「お父さんやお母さんは?いなくなっちゃったんですか?」 女の子は頷いてまた泣き始めました。間違いなく迷子でしょう。 このままにはしておけませんので、何とか宥めてしかるべき所に連れて行くことにしました。 「あら…4号はん、随分大きいものを貰ってきたんでありんすね」 「迷子ちゃんです。救護所みたいな場所があればいいんですが」 「さっき見かけた気がする!こっち!」 リリィちゃんの案内で向かった先は、花見会場の簡易センターのようでした。 帆布のテントが張られ、中に長机や椅子、アナウンス用の機材が置かれています。

11 19/03/31(日)21:35:19 No.580369703

係の人は出払っているのかどなたもいらっしゃいませんでした。仕方なくその子と一緒に待つことにします。 「6号、係の人探してみるね!」 リリィちゃんは待つのを良しとせず、夕霧さんと一緒に飛び出して行きました。二人ともノウドウテキを実践しているようです。 テントには私と女の子の二人だけが残されました。女の子は一時泣き止んでいましたがまた心細くなったのか、涙ぐみ始めました。 気を紛らわせようと色んなことを聞いてみます。名前や住んでいる所に始まり、普段やってることや好きなことなどなど。 「…ようちえんでは、おうたが好き」 「そうなんですね。私も歌うの大好きですよ。どんな歌を歌うんですか?」 すると女の子はよく知られた童謡を一つ歌い始めました。何だか懐かしくなって私も女の子に合わせて歌っていました。 「とっても素敵でしたよ」二人で歌い終わってから、女の子に拍手です。 すると女の子はちょっぴり笑い顔になって、私に甘えた風に抱きついてきました。可愛い。 「おねーちゃん上手ー。もっとうたってー」

12 19/03/31(日)21:35:31 No.580369767

リクエストされましたがさて何を…やっぱり童謡ですよね。女の子が知ってそうな童謡を一つ歌ってあげます。 女の子がキラキラしながら楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて、ちょっと調子に乗ってしまいます。 思いっきり情感なんかも込めながら声量も大きく…今風に言うと「ガチ」で独唱会を催してしまいました。 歌い終わると、女の子はぴょんぴょん喜びながら拍手をくれました。とにかく機嫌が直ってくれてよかったです。 あとは係の人や親御さんが早く来てくれるといいのですが。 そこへリリィちゃんと夕霧さんが息を切らせて戻ってきました。係の人が見つかったのでしょうか? 「…4号ちゃーん!!」 二人は誰も連れていませんでした。どうしたのでしょう。 「マイクー!スイッチ入ってるって!」 「え」 近くにあったマイクを見ると、思いっきり「ON」の状態になっていました。 つまり先ほどのガチ童謡は花見会場全体に丸聞こえだったということになります。 ゾンビィの癖にサーッっと血の気が引く思いです… 不思議そうにする女の子の傍で頭を抱えていましたが、毒食らわば皿までとマイクを手に取りました。

13 19/03/31(日)21:35:44 No.580369835

「…た、大変失礼いたしました…ええっと、か、唐津市からお越しの○○様、お子様がセンターでお待ちです」 …何だか遠くでクスクス笑う声が聞こえる気がします。顔から火が出そうです… そんな私をリリィちゃんが慰めてくれました。 「4号ちゃん、もっとたくさんの人に歌ってたんでしょ?このぐらい平気平気!」 数じゃなくてTPOの問題なんですけどね… 歌のせいかアナウンスのお陰か、ほどなくして係の人と親御さんがやってきてくれました。 親御さんには何度もお礼を言われましたが、私は先ほどの失態に平謝りです。 係の人にはとてもいい声だったと笑って許して頂きましたが。 「助けて貰って有り難かですよ。人数が少のうて手が足りんとです」 「良かったらわっちらも何かお手伝い致しんしょうか?」 申し訳なさそうにする係の人に夕霧さんがご提案し、急遽私達は花見会場ボランティアをさせて頂くことになりました。 それからは会場を見回ったり、センターでアナウンスしたり、困った人のお世話をしたり。 色々なお仕事をさせて頂いて有意義な時間を過ごせました。やっぱりノウドウテキが大事ですね。

14 19/03/31(日)21:35:57 No.580369908

花見会場の時間も終わりに近づいてきた所で、私達はみんなの所に戻ることにしました。 「花見に来とらしたのに、わざわざ手伝って貰って申し訳なかったです」 「いいんでありんすよ。物乞いより有意義でありんした」「そうそう。どうせなーんにも持ってきて無かったもんね」 怪訝そうな係の人に、お恥ずかしながら無計画に来た旨を掻い摘んでお話しました。 すると苦笑いして、内部の打ち上げで出す予定という甘酒やジュースやお寿司などを持たせてくれました。 「少しでも楽しんで行って下さい」とのこと。温情に三人で深く頭を下げたのでした。 「そうだ、アナウンスの歌本当に評判良かったごたですよ。アイドルしよらすとですって?来年はちゃんと来て貰うのも良かかもですね」 帰り際の係の人の言葉にまた赤面です。…でもこんな思いがけない繋がりもできることに少し感動しました。 もしそんなことまで考えてこんな課題を課したのだとしたら…やっぱりあの人は凄いと思います。 ### (Side C) 私はたえちゃんと公園を歩きながら途方に暮れていました。勿論原因は幸太郎さんが言い出した現地調達の課題です。

15 19/03/31(日)21:36:09 No.580369957

お金も伝手も無かとに、私達で一体どやんすればよかとでしょうか…全く方法が思いつかんとです。 当ても無く長いこと歩いてみたものの、当然何も得られず。 成果と言えばたくさんの夜桜を見られたことくらい。やっぱり綺麗で、時々見惚れて立ち止まってしまうとです。 …そういえば途中で純子ちゃんらしい歌声が聞こえてきたような…気のせいかな。 さすがに歩き疲れてベンチに座り込みます。 みんなはちゃんと現地調達できたのかな。だったら申し訳ないなと思いつつ、流石に断念を考えたとです。 「もう戻ろうか、たえちゃん」 返事が無いためたえちゃんの方を向くと…そこでぶっと噴き出しました。 たえちゃんの首がありません。 「どやんしたとたえちゃん!?どこで落っことしたとね!」 たえちゃんボディは困惑した様子であたふたしています。 …そう言えば、屋台の食べ物に凄くご執心だったっけ。 お金ないから引っ張ってきちゃったけど、もしかしてあの時首だけ…? 私も夜桜見物で不注意になっていたのが良くなかった。

16 19/03/31(日)21:36:21 No.580370028

とにかく早く探さないと大変!…とりあえずボディには拾った紙袋を被せて頭が無いことを隠蔽しておきます。 屋台がある所を中心に捜索を開始です! …散々探し回った挙句、たえちゃんボディの検知でようやく発見できました。 なんとたえちゃんの首は射的の屋台の棚に置かれていたとです。 一体どやんか経緯でそやんかことに…とにかく早く回収せんと! 「たえちゃん!何しよると!ほら帰るけん!」「あ、ダメだよ!勝手に入ってきたら!」 思わず射的の台を乗り越えようとした所で射的のおじさんに止められました。 そうだ…ここは射的、当てないと持ち帰れないんだ! 「…貸してください!」 私はなり振り構わず、隣で撃とうとしていた男性のコルク銃を借りて銃撃。 たえちゃん目掛けて撃ったはずの玉は、棚にあった有名店のチョコレートを落として終わりました。 さらにコルク玉を掴んで連続して発射。やはりたえちゃんには当たらず、大箱入りのスナック菓子と目覚まし時計を落として終わります。 …どうやらたえちゃんは動いて玉を避けているようです。当たらんと帰れんとに!

17 19/03/31(日)21:36:33 No.580370083

私はさらに隣の中年女性の銃を借り、二丁を両手に持ちました。 そして両手から連続して発射!私の念が乗っていたからか、普段は落ちないような大きな人形の箱がグラリと落下していきました。 お客さんから歓声が上がります、でも私の狙いはそれじゃなかとです! その後もお客さんから銃を借りて撃ち続けました。 たえちゃん以外には百発百中。とうとう周りの景品がすっかり空になりましたが、どうしてもたえちゃんにだけ当たりません。 やっぱり持っとらんけん…と歯噛みします。 …しかし、そこで大きな間違いに気付きました。 よく見たらたえちゃんの首は最初からほとんど動いとらんかったとです。 動いているように見えたのは焦る私の錯覚だった…? そして他の景品には当たったのに、何故たえちゃんにだけは当たらなかったのか。 その理由に気付いて私は愕然としました。 私はそもそもたえちゃんを狙ってすらいなかったとです。…そう。本当は私、たえちゃんを撃ちたくなかとです。 所詮コルクの玉、当たっても大したダメージにはならんです。ゾンビィだし。

18 19/03/31(日)21:36:44 No.580370142

でも痛いのは痛い。そしてどんな理由があるとしても、私に撃たれたたえちゃんは悲しむに違いなかとです。 私はそれに耐えられない。もう二度とたえちゃんを悲しませることはしたくない。 そんな私の奥底の感情が、無意識にわざと外すという行為に繋がったとでしょう。 私は「詰み」を感じて射的の台にがくりと崩れ落ちました。一体どやんすれば… …そんな私の目の前にスッと玉の詰まった銃が降りてきました。 「撃ちなさい…それが貴方の役目じゃなかとですか」 銃を差し出すのは作業着に身を包んだ貫禄のあるおじさんでした。 くぃと上げるオーバル型の眼鏡の奥底は逆光に怪しく光っています。 …誰このおじさん? 撃つのが私の役目。この知らないおじさんは確かにそう言いました。 棚に乗るたえちゃんに目を向けます。バレないように頑張って動かないようにしていましたが、表情は不安そうです。 …もし私がここで諦めてしまえば、たえちゃんはもっと不安に晒される。 本当に悲しませたくないのだとしたら、何があろうともここでたえちゃんをゲットせんといけんはずです。

19 19/03/31(日)21:36:57 No.580370194

私は差し出されたコルク銃を…それから知らないおじさんを見ました。 知らないおじさんは微笑んで頷きました。私もコクリと頷き返します。 ありがとう知らないおじさん。私、たえちゃんを撃ちます。 いつの間にか目の前には私の意を汲んだように三丁のコルク銃が用意されとったとです。 私はまた二丁を両手に取り、わざと目標を外す形で構えます。向ければたえちゃんが怖がるけん。 他の人達が固唾を飲む気配が伝わってきたとけど、今は集中。その時を待ちます。 …そして飛んできたハエにたえちゃんが気を取られた時、両手で一斉に銃撃を加えました。 玉の着弾すら待たずに次の銃を手に取ります。撃った玉は連続して額に命中していました。 そして素早く最後に撃った玉も間をおかずに額に命中。 三点連続射撃を受けたたえちゃんの頭はぐらりと傾ぎ、棚の奥に落ちていきました。 ギャラリーが歓声を上げるのが聞こえます。私はホッと一息吐きましたが、すぐそれどころじゃないことに気付きました。 「早く!それをください!」 射的のおじさんからたえちゃんの首を受け取り、たえちゃんボディーの紙袋をとっぱらって装着!

20 19/03/31(日)21:37:08 No.580370256

「ヴァー!」やったーたえちゃん復活! …あ。別に今付けんでも良かったとじゃなかと…?皆さん何か変なもの見たような目になっとらす… 「…はいー!さっき取ったマスクを一瞬で装着しましたー!イリュージョンです!」 皆さん固まっていましたが、やがて苦笑いと共にまばらな拍手を頂きました。 咄嗟の苦しい誤魔化しでしたが、一応どうにか納得して頂けたみたいです…疲れた。 …その後、お客さんの玉を勝手に使ってしまったことをお詫びして回りました。 皆さん笑って許してくれて、しかも景品の一部をお分けして頂いたとです。本当に感謝しかなかったとでした。 そう言えばあの知らないおじさんは…気付いた時にはもう姿が見えませんでした。 助けて貰ったお礼が言いたかったとですけど。…それにしても誰なんだろうあの人。 「たえちゃん、ごめんね。痛かったでしょ」 景品を持ってみんなの所に帰る途中で、さっき撃ったことをたえちゃんにお詫びしました。 こっちを向くたえちゃんはキョトンとしていましたが、額には3つの痕がしっかり残っとったとです。

21 19/03/31(日)21:37:21 No.580370311

申し訳なくて、手を伸ばしてしばらく額をよしよしと撫でてあげました。 「何だかんだで現地調達できちゃったね。たえちゃんのおかげ。ありがとう」 たえちゃんは目を瞑ってされるがままにしていましたが、やがて私を見て「ヴァイ、ヴァイ」と言い始めました。 「たえちゃん、どやんしたと?」「ヴァイ、ヴァイ」 目線を追うと…それは桜の花びらでした。髪にたくさんの花びらが付いとったとです。 「あはは、そっか、愛ちゃんだ!アイドルモードだね!」「ヴァイ!」 たえちゃんもいつの間にか花びらをいっぱい付けて、愛ちゃん仕様に。 私達は満開の夜桜の中、愛ちゃんごっこで遊びながらゆっくりとみんなの元へ戻りました。 ### 「あ、やっと帰ってきた!」「遅かったね。もう花見の時間あんまり残ってないよ」 「おー、さくら達も上手いこと行ったみたいじゃねぇか。やるやん」 「あはは、どうにかね…たえちゃんのおかげたい」 私とたえちゃんが戻った時、みんなはすでにシートに座って様々な食べ物や飲み物を前にお花見を楽しんでいました。

22 19/03/31(日)21:37:32 No.580370358

私達も遅ればせながらその輪に加わります。 「みんなも貰ってこれたとね?凄か!ねえどやんしてどやんして!?」 みんなの体験談をワクワクしながら聞かせて貰っていたとですが、そこに突然息を切らせた男の人が割り込んできたとでした。 「あの、こちら巽幸太郎様のお席で間違いございませんでしょうか?」 「あ…はい。関係者ですけど…」 「色々と大きな不手際が重なりまして、こちらにお運びするのが大幅に遅れてしまいました。本当に申し訳ありません」 配送の人が持って来たのは、綺麗な箱に入った色彩鮮やかなオードブルでした。 さらにドリンクセットやスイーツなどの数々のパーティー用のご馳走が揃います。 私達はその様子をあっけに取られて見ていました。 「…ねえ、どういうこと?現地調達じゃなかったの?」 「きっと予定通りに届かなかったのを誤魔化しただけでありんすね」 「素直に言えばいいのに、全く…」 「高級そうなものばかりですね。すごく美味しそうです」 「ったくアホグラサンが…まあ伊万里湾行きは勘弁してやるたい」

23 19/03/31(日)21:37:45 No.580370421

みんな苦笑いで幸太郎さんへの愚痴を口にしました。たえちゃんはすでに届いた料理を口にしていました。 残された時間は少なかったですが、幸太郎さんのお料理とみんなが貰ったものとで、 とても豪華でにぎやかな夜の花見を楽しむことができそうでした。 ### …予想通り幸太郎さんは一人、駐車場で待っていました。 「幸太郎さん」 駆け寄って呼びかけますが、仏頂面で返事はありませんでした。構わず続けます。 「現地調達、何とかなりましたよ。みんな頑張りました」「…そうか」 「あとお料理、ご馳走様でした」 幸太郎さんは珍しく驚いた表情を見せてくれました。 「…届いたんかい。遅過ぎたから断りの連絡を入れていたのだが」 「すっごくおいしかったですよ。みんなの好きな物が全部入ってて」 幸太郎さんは顔を背けて何も答えませんでした。

24 19/03/31(日)21:37:55 No.580370478

私はそんな様子を見てくすくす笑うとでした。 「…何がおかしいんじゃい」 「幸太郎さんでも持っとらん時があるんだなーって」 「うるさいわい」 子供みたいに拗ねた幸太郎さんがおかしかったとです。 「さあみんな待っとりますよ。幸太郎さん、一緒に来てください」 「もう終わりの時間じゃろうがい」 「まだ幸太郎さんとお花見をしとりません」 躊躇する幸太郎さんの手を取って言いました。 「いいから早く来てください。私達の桜が一番綺麗なんですから」 「…何故そう思う?」 「私達が根元に座っとったからですね」 「迷信じゃい」 私は渋る幸太郎さんに笑いかけ、手を握ったままみんなの待つ桜の元へ駆け出したとでした。

25 19/03/31(日)21:38:15 [sage] No.580370556

フランシュシュ夜のお花見会でありんした とても長くなってご免なんし…

26 19/03/31(日)21:39:39 No.580370974

大作すぎる…

27 19/03/31(日)21:40:09 No.580371132

幸太郎さん素直じゃなさすぎる…

28 19/03/31(日)21:41:26 No.580371539

良か…

29 19/03/31(日)21:43:32 No.580372197

いいでありんす…

30 19/03/31(日)21:44:55 No.580372576

よか

31 19/03/31(日)21:52:55 No.580374860

ねえさくらに助言したおじさん…

32 19/03/31(日)21:52:59 No.580374880

>銃を差し出すのは作業着に身を包んだ貫禄のあるおじさんでした。 ダリナンダアンタイッタイ…

33 19/03/31(日)21:56:43 No.580375890

幸太郎はんはまこと恥ずかしがり屋…しゃいなお方…

34 19/03/31(日)21:56:56 No.580375950

まーた巽が自分を除け者にしてる…

35 19/03/31(日)21:57:07 No.580376005

誰だ…

36 19/03/31(日)21:59:37 No.580376735

本編みたいな空気感でよか… おじさんはコミカライズ時空に入ってるけど

37 19/03/31(日)22:00:15 No.580376903

一線を引こうとする幸太郎の手を引いてくのいいよね…

38 19/03/31(日)22:00:52 No.580377084

この後、フランシュシュみんなで素直じゃない幸太郎をいじりまくってほしい

39 19/03/31(日)22:01:09 No.580377185

平和だ…

40 19/03/31(日)22:06:04 No.580378648

ありがとう知らないおじさん‼

41 19/03/31(日)22:07:02 No.580378908

ドラ鳥社長も巽にアイドルと一緒に飯食えくらいのアドバイスしてあげてほしい

42 19/03/31(日)22:08:14 No.580379276

mattaku…

43 19/03/31(日)22:10:07 No.580379841

巽がゾンビィに急拵えな課題を用意してぶん投げてもなんやかんや上手くいっちゃういつものやつ!

44 19/03/31(日)22:12:35 No.580380541

要は遊んでこいってことか 何というツンデレ

45 19/03/31(日)22:14:53 No.580381163

すぐ嫌われ役に徹しようとする~

46 19/03/31(日)22:16:34 No.580381661

凄い大作… ちゃんとキャラの特徴生かしててよか…

47 19/03/31(日)22:19:37 No.580382525

わっちこれ大好き

48 19/03/31(日)22:22:25 [sage] No.580383389

ついでですので何かなあと思って出せなかったのも供養しておきんす 一回文字化けさせてしまいんした… su2977067.txt

49 19/03/31(日)22:26:16 No.580384542

オールキャラはいいでありんすね…

50 19/03/31(日)22:29:34 No.580385513

>su2977067.txt スレ立てないのがもったいない良作でありんしたよ! わっち徐福お爺ちゃん好き!

↑Top