ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
19/02/17(日)01:43:17 No.570039082
今日は皆さんとで決めたオフの日。ゾンビィの…いえアイドルの休日です。 発案者はサキさんで、「とりあえずアイドル以外のことする日なー。 アイドルしたらぶっころすけん」だそうです。 大きなコンサートの後ですから、メリハリを付けるのは大事かもしれません。 皆さんめいめい好きなように過ごしている様子で、お屋敷はとても静かです。 ちなみに幸太郎さんはお出かけ中。「雪見じゃい」とのことですが、大事な話し合いでしょうか。 私は用事も無いので、何か面白そうな本でもあればと本棚を探っていると、 「純子、ちょっと」と呼び止められました。 「愛さん?どうしたんですか?」 「うん。ちょっとね」 ちょっとバツが悪そうにする愛さん。いつもの彼女らしくないですが、どうしたのでしょうか。
1 19/02/17(日)01:44:02 No.570039282
「あのさ、今日付き合ってくれないかなって。行きたい所があって」 「大丈夫ですけど。どこに行きたいんですか?」 するとますます恥ずかしそうに身悶えしながら、歯切れ悪く答えます。 「えーとね、ホラあれよ、こう…そう、肉なのよ。肉が必要なの」 肉?唐突ですが…肉と言えば、やはりあのことでしょう。 「つまり、山へ文字通りの雪辱を果たしに行くと!分かりました! こんなこともあろうかと、猪用の特製トラバサミを作っておきました!これで勝てます!」 「何で作ってんの!?ていうか違うから!だいたい罠って免許いるでしょ!?トラバサミって今使えないはずだし!」 「まあ狩猟自体許可いると思いますけどね…」 「狩猟はいいって!肉ったら焼肉!焼肉食べに行こうって言ってるの!」
2 19/02/17(日)01:44:42 No.570039439
ようやく趣旨を理解しました。ではまたドラ鳥に?と訊くとそうではないらしいです。 愛さん曰く、佐賀の人達には悪いけどやっぱり焼肉は牛でしょ、とのこと。 「どうしても気になるお店があったの。一人なんて絶対嫌だし、皆で行けるほど余裕もないから」 「私でいいんですか?」 「一緒に行くなら純子かなって。メイクも上手いしね」 そんな風に言われては断る理由もありません。お供することにしました。 さて一時間ほど後のこと。 現在、激烈に凹む愛さんを隣に置いて公園のベンチに腰掛中です。 これすなわち二人してバスに揺られて目的地の焼肉店に行ったはいいのですが、 無慈悲なる「臨時休業」の張り紙に打ちのめされたという訳です。 この状況をどうしたらいいのでしょうか…
3 19/02/17(日)01:45:25 No.570039650
「さくら級の持ってなさだわ…」「流石にさくらさんに失礼では?」 愛さんは頭をぶんぶん振りながら、違うそうじゃない問題はそこじゃない、と悶えています。 「まあ私達は皆持っていないので…私と愛さんの持ってなさが結合してこの結果が生まれたのではないかと」 この理屈だとさくらさんがお供していたらお店が潰れていた可能性もあり…私もさくらさんに失礼でした。 「…よくよく思えば若い娘二人して昼間から焼肉って何?ここんとこちょっとは顔知られてんのよいいのそんな姿見せて? ねえ?摂取カロリーを考慮しつつ最大の満足を得られる注文の予定も構成済みで?食レポまで想像してた私って何なの?」 努力家だと知ってはいましたが、焼肉にも妥協しない姿勢には感服します。
4 19/02/17(日)01:46:13 No.570039874
「完全に目が眩んでたわ…ごめん、純子。変な付き合わせ方しちゃって」 「いいえ、全然気にしないでください」 本人の前では言えませんが、私、こういうポンコツな愛さんが結構お気に入りです。 アイドル絡みだとピシッとしている彼女ですが、それ以外だとちょいちょいこんな姿が見られます。 「お詫びに何かおごるわ。いいえ、おごらせて」 「ええと…」 ここはお詫びを受けた方がいいのですが、ゾンビィになってからそんなに物欲が湧くことも無いので少し困りました。 と、公園に来る途中で見かけたものを思い出しました。あれなら。 私は愛さんの方に向き直って、ウインクしてみせました。 「じゃあこれから、正しい乙女の休日を過ごしましょうか」
5 19/02/17(日)01:47:17 No.570040107
正しい乙女の休日。何のことはありません。 それは甘いものを食べながら談笑するだけで成立するのです。 今、私達の手には移動販売車で買ったクレープが握られています。 色鮮やかに盛り付けされていて、見ているだけで楽しくなる…はずですが、愛さんは微妙そうな顔。 「もしかして、クレープ苦手でした?」 「あ、いや、えっと…何ていうか、炭水化物自体がダメなの」 それは大変難儀な偏食です。どうやら、どうしても太るのが気になって受け付けない、ということらしいです。 でもそれだと、焼肉は問題なかったのでしょうか。 「肉は大丈夫」「え」「タンパク質だし」「脂質も多いと思いますが…」「大丈夫だから」 感覚的には肉でも大概太る気がするのですが、彼女の目には一点の曇りも無く、何も言えませんでした。
6 19/02/17(日)01:48:36 No.570040426
この偏食は、おそらくアイドルとしての意識の高さからくるのでしょう。 それは脱帽するようなプロ意識で、尊敬に値すべきものです。 私も体型の維持には気を使っていましたし、気持ちは理解できます。 ですが…愛さんは大事なことを忘れているようです。 「いいですか、愛さん」 私はわざと神妙な顔をして、愛さんの顔を覗き込みました。
7 19/02/17(日)01:48:58 No.570040506
「私達は、ゾンビィです」 「それは、そうだけど」 「食べなくても平気です。食べてもお通じはありません。そして――」 キスできそうなくらい顔を近づけて、耳元でささやきます。 「いくら食べても、太りません」 はっとする愛さん。私はクレープを一口食べてみせてから、微笑みかけました。 「私達は、最強の女の子なんですよ」
8 19/02/17(日)01:49:29 No.570040631
愛さんはクレープに目を下ろして、恐る恐る口に運びました。 ゆっくり一口、慎重に二口…しばらく噛み締めていたかと思うと、 それから猛烈な勢いでかじり付き始め、やがて「ベフッ」っとむせ返る声で止まりました。 言葉をかける暇もない一連の動作でした。慌てて背中をさすります。 「大丈夫ですか?」「…お、思い出した」「はい?」 「本当は私、甘いものが凄く好きで」「はい」 「それでどうしても止められなくて…嫌い嫌いと思い込むことで遠ざけたんだった」 「多分そんなことだろうと思いました」 しかしアイドル活動のため、好き嫌いすら努力で思い込めるなんて。 危くもありますが、流石は平成の伝説ということでしょう。
9 19/02/17(日)01:49:55 No.570040733
落ち着いた愛さんは溜息をひとつ付いて、ちょっと晴れがましそうに笑いました。 「確かに最強よね。私達」 「ええ。メイクしないとお外に出られないお顔、という点を除けばですけど」 「それ、相当致命的じゃない?」 「だってもう死んでますから」 二人して噴き出してしまいました。ようやく乙女の休日の開始です。
10 19/02/17(日)01:50:14 No.570040819
クレープを食べ終えた後、先ほどの移動販売車でホットコーヒーを買ってきて、二人で乾杯しました。 ちなみに愛さんはブラック。無理してませんか? 「アルピノ、お疲れ様」「お疲れ様です」 話題になるのはやっぱり、終わったばかりのコンサートのこと。 あの件はいくら話題に挙げても尽きることはありません。 そして…心配ごとも。 「今日幸太郎さんが出かけたのって、やっぱりアルピノの件でしょうか」 「ああ…雪見とかワケわかんないこと言ってたけど、多分そうよ。あれだけメチャクチャやったんだから」 愛さんはコーヒーを口にしながら、少し苦い表情を浮かべます。 あの時ステージが崩壊する中、本来であれば絶対に中止すべきところを、強行したのです。 その結果としての大反響…ですが現実問題として、何らかの責任は問われなくてはならないでしょう。
11 19/02/17(日)01:50:42 No.570040934
「気にすることないわよ。私達の不幸が合わさってステージが壊れたなんて荒唐無稽なこと、誰も思ったりしない」 「それは、そうですが…」 有り得そうもないことであっても、人は容易に信じてしまうものです。 実際に私達が立ったステージでは雷が落ち、施設が壊れました。 これによりフランシュシュのコンサートに災いありという噂が広まれば、活動にも支障をきたすはず。 さらにそれは単なる噂というだけではなく、これから先にも起こりうることなのです。 「やっぱり不安になります。せっかく皆さんと頑張ってきたのに」 凄く練習して、色々あって仲良くなって、心を繋いで、人気もようやく上がってきたのに。 それが不幸などというどうにもならない事で駄目になるとすれば…いったいどれほど、口惜しいでしょうか。 あの明るく優しいさくらさんが心を無くした理由も、理解できるというものです。
12 19/02/17(日)01:50:58 No.570040999
「純子」 愛さんは沈む私の肩に手を置いて、とても真剣な表情を向けました。 「私たちが恐れるのは、ステージや施設が壊れることじゃない。…心が壊れること。そうでしょ」 瞬きもなくじっと見つめる眼差しには、ただ私だけが映っています。 「それを私と純子は、よく知っているはずよ」 そう…私たちの敵はいつだって、自分たちの心だったと思います。 妄執に囚われて道を見失い、それでもなお支えてくれる人がいると信じられた時に、戻って来られたのでした。 目の前にいるこの人もまた、苦しんだ人。そして、私を支えてくれる人でもあります。
13 19/02/17(日)01:51:19 No.570041077
「もし駄目になったら、またやり直せばいいんだから。一緒にね」 ふっと表情を緩め、輝くような笑顔に変わりました。 こんな時に愛さんの見せる笑顔は本当に素敵で、思わず吸い込まれそうになります。 私は頷いて、つられて笑ってしまいました。 愛さん自身もかつてこれからという所で夢を断たれているのに、心配をおくびにも出さず明るく支えてくれます。 アイアンフリルにいた頃にも、こうした強くて優しい姿が人気だったのではないでしょうか。 さくらさんは生前、愛さんの熱烈なファンだったと伺っています。 私ももしその世代に生まれていて、彼女の姿を見ていたら…きっと大ファンになっていたんじゃないかと思います。
14 19/02/17(日)01:51:37 No.570041137
それからは他愛も無い話に華を咲かせました。 誰彼の噂、意外な姿。小さい頃の思い出、昔の失敗談。好きなもの、嫌いなもの。過去の、最近の有名人のこと。 そしてやっぱり恋のこと。 「やっぱり幸太郎さんとさくらさんって、生きてるときに何かあったんですよね?どんな関係だったんでしょうか?」 「うーん…記憶が戻ったさくらもよく分からないって言ってたのがね…10年前だったら、私やさくらと同いくらいか…」 「だったら同級生とか!それでずっと思いを秘めて、とか…すっごく一途じゃないですか!?」 「えぇ…私なら重くて超引くかな…あ、だとしたら私達って、ついででゾンビィにされたってこと?」 「あ」「…」 「ま、まあアイツがアイドルに本気なのは分かってるから」「そ、そうですよね」
15 19/02/17(日)01:51:58 No.570041207
好きなものの話では、私はやっぱり歌うのが好きだと話したら、歌をリクエストされました。 ちょっと戸惑いましたが、僭越ながら今でも知られていそうな歌を一曲だけご披露。 愛さんはじっと聞き入っていましたが、歌い終わると拍手を贈ってくれました。 「やっぱり上手いわ。伝説のアイドルに間近で歌って貰えるなんて、幸せなことだよね」 「そんな大それたものじゃないですよ」 「オーラが違うもの。私はアイドルを見るのも好きなの。純子は何をしても絵になるよ。…写真には撮らないけどね」 別に写真に撮られること自体がイヤではないのですが、気遣ってくれているのでしょう。 こんな風に評価されると恥ずかしいのですが当然嬉しくもあり、つい調子に乗ってしまいます。
16 19/02/17(日)01:52:23 No.570041327
それから何曲も、歌謡曲から童謡まで、色んな歌を歌わせて貰いました。 とても楽しく、愛さんも楽しんでくれたのですが…ちょっと大きな声で歌い過ぎてしまったようです。 公園にいた何人かの人がこちらへ歩み寄って来られました。 ご迷惑だったかな、とちょっと小さくなっていると、「もしかして、フランシュシュの方ですか?」と訊ねられました。 どうやら、ファンの方に出会ってしまったようです。 割と熱心な方々だったらしく、アルピノのことや他の様々なイベントの話など、詳しく感想を話してくれます。 ファンとの直接の関わりが得意でない私を慮ってか、色々の受け答えは愛さんが率先して返してくれました。 チェキ会は今でも苦手ですが、それでもファンの方の感想を直接聞くのは、とても興味深いものだと感じました。 一番嬉しかったのは「普段から仲がいいんですね」と言われたこと。 思わず「はい、みんなとっても仲良しなんですよ」と返すと、愛さんは困ったように笑って頷いてくれました。
17 19/02/17(日)01:52:40 No.570041380
公園を後にして、バスでお屋敷近くに戻った頃にはすっかり暗くなっていました。 二人してお屋敷に向かって歩きながら今日のことを振り返ります。 折角のオフでしたが、やっぱり何だかんだでアイドルとは無縁ではいられないようです。 「サキさんに怒られてしまいますね」 「言わなきゃいいでしょ。だいたい、あんなのどうせノリで言ってるだけだもん」 「でも皆さんが何をしていたか、気になりますから。そうするとこちらも話さないわけには」 「…焼肉のくだりは伏せてよね」 思い出して噴き出すと、愛さんが恨めしそうにこちらを睨んできたのでした。
18 19/02/17(日)01:53:21 No.570041545
夜空に目をやると、大きな満月が浮かんでいます。 月の美しさは昔も今も変わることはないようです。 それで自然に「月が綺麗ですね」という言葉が出てしまいました。 「…もしかして、今告白されちゃった?」 苦笑いする愛さんの言葉に困惑しましたが、やがて自分で言った言葉の、もう一つの意味を思い出します。 慌てて訂正しました。 「違いますから。そのままの意味です。…この言い回し、今も通じるんですね」 「その意味で使ってる人はいないと思うけどね。ところで、ゾンビィって満月で覚醒したりしないのかな?」 「えーと、狼男みたいに全身に毛が生えたり?」 「そうそう。目が真っ赤に血走って、乙女の血を求めるのだ」 「目はとっくに真っ赤っかですよ」 「そうだった」 他に誰も通る者もいない寂しい道に、二人の笑い声だけが響きます。
19 19/02/17(日)01:53:36 No.570041612
お屋敷の門の前へ来た所で、愛さんが尋ねました。 「…あのさ、今日ってどうだった?」 ほとんど予定外のことでしたけれど、心から有意義だったと思います。 そう返すと、愛さんは嬉しそうに笑いました。 「じゃあいつかまた、一緒に出かけない?」 「二人で、ですか?」「うん。二人で」 勿論お付き合いします、と答えて小指を差し出しました。 指切りなんてしたの小学生以来だなあと言いながら、愛さんは小指を絡めてくれました。 子供みたいに指切りをして、お互いに視線を交わす私達は、 いつもの世界からちょっとだけ切り離されているような気がしました。
20 19/02/17(日)01:53:48 No.570041673
門をくぐればよく知る世界。ゾンビィとアイドル蠢く魔界です。 その魔界の住人たる皆さんはもう帰っていたようで、わざわざお出迎えまでして頂きました。 皆さんは今日一日、どんな過ごし方をしたのでしょうか。 きっとそれぞれ予想もつかないような、素敵な体験をしているのだと思います。 だって私達はゾンビィ。心臓ではなく、心を踊らせることで動き続けるのですから。
21 19/02/17(日)01:54:17 No.570041771
これまでです 無駄に長くて申し訳ないでありんす…
22 19/02/17(日)01:55:38 No.570042075
よか純愛でありんした…締めもとても綺麗でありんす
23 19/02/17(日)01:59:31 No.570042881
焼き肉屋…休業してくれてありがとう…
24 19/02/17(日)02:13:31 No.570045640
力作だね 長いけどスッと読めてとても良かった
25 19/02/17(日)02:19:23 No.570046675
日常回よか…
26 19/02/17(日)02:26:13 No.570047693
この時間帯にお出ししちゃうのが勿体無か!
27 19/02/17(日)02:40:26 No.570049421
>アイドル絡みだとピシッとしている彼女ですが、それ以外だとちょいちょいこんな姿が見られます。 ブーメランやで純子ちゃん!!
28 19/02/17(日)02:40:40 No.570049445
ええのう