19/01/29(火)00:22:34 たんた... のスレッド詳細
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19/01/29(火)00:22:34 No.565458596
たんたん、と左右に激しくステップを踏んで床板を打ち鳴らし、手を誘うように、前へ。 傲岸不遜に、挑発的に、それでいて気高く微笑んで―――愛はふっ、と力を抜いた。 「っと。まぁ、ざっとこんな感じで」 「ふむ」 思わず拍手をしそうになったが、 幸太郎は愛にはそうと悟られないよう我慢をしてもっともらしく頷くに留まった。 場所はレッスン室、二人きり。新曲のダンスの振り付けを詰めているところである。 フランシュシュにはいわゆる振付師というモノは存在しない。 実はその正体がゾンビィであるという秘密を堅守するため、 普通のアイドルユニットならいて当然のスタッフさえおいそれと増やすことができないのだ。 ゆえにかつてはそれらもまた幸太郎が一手に担っていたのであったのだが、 あまりの激務に見かねた愛が手伝うようになったのはいったいいつ頃のことからだったか。
1 19/01/29(火)00:22:50 No.565458716
無論ここで行うのは仮決定まで。 あとはフランシュシュのメンバーとのレッスンの中で調整していくのだが、 今ではフランシュシュのダンスの振り付けは ほとんど愛によって決められていると言ってもよい程となっていた。 その死から復活までに10年のブランクがあるとは言え、 平成の伝説として活躍した愛のアイドルとしての感性とノウハウは現代でも立派に通用する武器である。 幸太郎もまた、愛を信頼し―――正直に言えば、 別にこうやって幸太郎と顔を突き合わせてミーティングする必要もないと思っているのだが、 それを言うと 「はぁ?何言ってるの。仕事を任せるのと丸投げじゃ意味が違うでしょ」 と舌打ちをされるので仕方がない。 もっとも幸太郎としても気分転換になるし、何と言っても仮決定とはいえ 平成の伝説のダンスを間近で独占するというのは役得である。本人には言わないが。
2 19/01/29(火)00:23:01 No.565458777
「それにしても毎回思うんだが、 あくまで形だけの確認みたいなものなのにそんな気合いを入れる必要あるのか?」 「何よ。手を抜けって言うの?」 「そういう訳じゃないが」 愛の服装自体は、普段のレッスンでも着ているTシャツとハーフパンツというラフなものである。 しかしその姿は健康な美少女そのもので、普段のミイラ顔負けの包帯姿ではない。 顔だけでなくすらりと伸びた手や足もそうだ。わざわざ全身メイクを施しているのである。 頭にも花飾りで花畑ができているし、最初期の、衣装に予算をかける余裕がなかった時期ならば ハーフパンツをスカートに変えただけでそのままステージに上がれていたことだろう。 「だって、ゾンビィ顔で踊ってたんじゃ印象全然違うじゃない」 愛はつんとそっぽを向いた。まぁ、それは確かに。しかしそれを言うなら、 「本来はお前のソロじゃないんだからそれこそ印象違うんじゃないか?」 「そういうのは後でいいのよ」 愛はギロリと幸太郎を睨みつけた。
3 19/01/29(火)00:23:11 No.565458829
「で?どうなの。これをベースに進めていいの?」 「ああ。頼む」 「評価は」 「サガジェンヌ」 「ん」 それは愛と幸太郎の間で通じる高評価の符丁である。 愛は当然よね、とでも言いたげなすまし顔で小さく頷いた。 表情こそクールだが、内心ガッツポーズでもしているのが幸太郎にはわかる。 仕事の一部を任せることによって、 愛とは今やマンツーマンで接する機会がフランシュシュの中でも最も多いメンバーとなった。 そうすると色々と見えてくるもので、愛はこれで案外認証欲求が強いことを既に幸太郎は知っている。 ―――もっとも、それも当然いえば当然なのだが。
4 19/01/29(火)00:23:22 No.565458884
水野愛は生粋のアイドルである。 それも未熟な頃からファンの前に立ってきた、 現代の主流であるいわゆる『会いに行けるアイドル』世代。 そしてこの世代のアイドルにとっては、とにかくファン人気が全てなのだ。 何しろファンに支えられて成長するというコンセプトのアイドルなので、 当然ファンから応援されるようにならなくては話にならない。 それはつまり、誰かに自分を認めさせるということ。 愛はおそらく無意識でやっているのだろうが、 仮決めの振り付けを披露するのにわざわざ手間のかかる全身メイクをしてくるのも、 そもそも必要がないにも関わらず幸太郎とこうして二人きりでミーティングをするのも、 全ては自分の努力の成果を最大限に演出するためだろう。 かつて日本で最も人気のあったアイドルユニットのセンターを務めた愛には、 その姿勢は呼吸も同然というほどに染み付いているのだ。 それこそ、『死んでも直らない』という程に。
5 19/01/29(火)00:23:33 No.565458927
……とはいえ、話はそう硬質なものではない。 ようは褒められたがりなのだ、愛は。 もし仮に愛に犬の尻尾でもついていたのなら、今千切れんばかりにぶんぶん振られているに違いない。 ふ、と幸太郎は微笑んだ。部下の働きはきちんと労うのが上司の務めである。 とはいえ。 「今回もいい仕事をしてくれた。お前には特別な報酬をやらないといけないな」 「べ、別にいいわよ。そんなの。必要だからやってるだけだし―――」 「まあそう言うな。月末の小遣いにはゲソをつけてやる」 「フツー色をつけるんじゃないの、それ。ゲソなの?……まぁイカゲソ嫌いじゃないからいいけど。 ……私、生きてた頃はアタリメなんかほとんど食べたことなかったのに なんでゾンビィになってからハマってんだろ」 それはきっと意識のない覚醒前のゾンビィ時代、 愛たちを誘導・制御するために幸太郎が事あるごとに食べさせたからである。
6 19/01/29(火)00:23:45 No.565458989
「それだけじゃあない。さらにこれからは俺の助手を名乗ることを許してやろうではないかフゥーハハハ」 「だ、誰が助手よ!」 「遠慮をするなザ・ゾンビィ。我が右腕よ」 「………………」 「おや?まんざらでもないようだな。お揃いのサングラス買ってやろうか?」 「いらない!」 「花、増えてるぞ」 「えっ」 愛は思わず頭を押さえて鏡を見た。そこにあったのは自分の赤い顔と、幸太郎のニヤケ面。 「……騙したのね!なんなの!?」 「いや増えるわけないじゃろがい。騙される方がどうかしとるわ。やーらしか!ハイ!やーらしか!」 「ムッカつくー!!」 ―――とはいえ、そこで茶化してしまうのが巽幸太郎という男なのだが。
7 19/01/29(火)00:23:56 No.565459072
「まったく!あのバカは―――!」 愛はぷりぷりしながら館の本館に続く廊下を歩いていた。 ふと立ち止まって、空に浮かぶ月を見る。 「………………ちょっとはフツーに褒めてくれればいいのに」 思わずこぼれた自らの溜め息のあまりの切なさに、愛は一人赤面した。 いや、愛もわかってはいる。あれが幸太郎なのだと。 そして本当は幸太郎だって愛を普通に褒めてやりたがっていたのも、愛にはわかっているのだ。 そう。愛は今や幸太郎とマンツーマンで接する機会が最も多いメンバーとなった。 そうすると色々と見えてくるのは、実は愛の方も同じなのである。 普段は道化の仮面を被っているが、本当は誰よりも真面目で真摯な男であること。 異様なまでに多才で間違いなく有能な男ではあるが、決して超人ではないということ。 そして―――何やら理解者ヅラをしているが肝心なところは何にもわかっちゃいないこと。
8 19/01/29(火)00:24:31 No.565459285
どうやら幸太郎は、愛がメイクや花飾りで見栄えを良くして二人きりでミーティングをしたがることに 平成アイドルとしての姿勢が云々とか何とか勝手な解釈をつけて一人で納得しているらしい。 だが、真実はもっとシンプルだ。身も蓋もなく単純なものだ。 二人きりでミーティングをするのは、二人きりになりたいから。 幸太郎の前で踊るとき気合いを入れてメイクをするのは、綺麗だと思ってほしいから。 本当はただ、それだけなのである。 「……まったく、我ながら単純と言うか安直と言うか」 『会いに行けるアイドル』の存在意義はファンに応援されることが全てといってもよい。 ゆえに、そこに恋愛禁止というルールが敷かれたのは当然といえば当然だろう。 自分が応援するアイドルが別の誰かのものになってしまうのは、ファンにとって失恋も同義なのだから。 しかしアイドルも人間である。それどころか年若い少女たちである。 禁止されたからと言って誰かに恋心を抱くことを止められる訳がない。 はっきり言ってしまうと、公表はされないだけでこのルールは有名無実化しているのが現実なのだ。
9 19/01/29(火)00:24:42 No.565459345
事実、愛は生前『そういうもの』も色々と見たり、話に聞いてきたわけだが――― 「まさか死んでから自分が『そういうもの』の張本人になるなんて、ね」 トップアイドルになるまで、と脇目も振らずにがむしゃらに努力を続けてきた愛だ。 あいにくとそっちの経験もノウハウもまるで無い。 しかも相手が所属事務所のプロデューサーって。 どこぞのゲームじゃあるまいし、ファンと交際するよりタチが悪い。 万が一でも他所に漏れたら一発でアウトだ。 愛だけならまだいい。一方的に想いを寄せられているだけの幸太郎も、 アイドルに色目を使ったプロデューサーとしてバッシングの対象にされるだろう。 そしてそこには下衆な尾ひれが次々とついていくに違いない。 炎の後には骨や灰すら残るかどうか。フランシュシュは全員仲良く墓の中に逆戻りだ。 ……秘めたる恋、どころではない。自分の想いは絶対に隠し通さなければならない。 我ながらとんだ茨の道を進んだものである。
10 19/01/29(火)00:24:55 No.565459418
しかし。それでも。 「助手……右腕、か」 まったく、我ながら救いがたいというか何というか。 頬がゆるんでいくのを止められない。 ゾンビィが自分で自分の墓穴を掘っているような状況なのに、こみ上げるものが抑えられない。 本当に、花、増えてないといいけど。 少なくともこんな顔で仲間たちの元に帰るわけにはいかないので、 途中でトイレかどこかに寄って、落ち着くまで時間をかけるしかないだろう。 ただ、その前に。 たんたん、と左右に激しくステップを踏んで床板を打ち鳴らし、手を誘うように、前へ。 傲岸不遜に、挑発的に、それでいて気高く微笑んで―――愛はよし、と渾身のガッツポーズを決めた。 アイツは冗談に決まっとるじゃろがーい、と呆れ果てるだろうが。 ―――あとで本当にサングラスを要求してみようか。
11 19/01/29(火)00:25:18 [sage] No.565459532
おしまい
12 19/01/29(火)00:26:53 No.565460010
えらいねぇ~ 愛ちゃんは可愛いねぇ~
13 19/01/29(火)00:27:54 No.565460308
お前がサガジェンヌじゃい…
14 19/01/29(火)00:28:54 No.565460594
愛はんは本当に幸太郎はんの横が似合うおかた…
15 19/01/29(火)00:29:13 No.565460665
サガジェンヌ褒め言葉なんだ…
16 19/01/29(火)00:33:00 No.565461740
サガジェンヌ…
17 19/01/29(火)00:33:41 No.565461938
あ、10000サガジェンヌでありんす
18 19/01/29(火)00:34:08 No.565462111
サガジェンヌは高評価ってことでいいのかな…
19 19/01/29(火)00:35:03 No.565462398
いやこれはサガジェンヌだわ…
20 19/01/29(火)00:35:39 No.565462591
5話の時点では認められなかったサガジェンヌの称号をついに手にしたんだぞ!
21 19/01/29(火)00:36:18 No.565462769
>「おや?まんざらでもないようだな。お揃いのサングラス買ってやろうか?」 お揃いの白衣ではなくお揃いのサングラス… フゥーハハハ!