19/01/27(日)21:04:52 佐賀を... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1548590692905.jpg 19/01/27(日)21:04:52 No.565172439
佐賀を救う。 そんなありえない奇跡を、巽幸太郎という男がただ一人、信じた。 そして黄泉より連れてきた者達をアイドルにし、その白痴めいた願望に付き合わせる。 フランシュシュが成功してからも、佐賀を救えると信じていたのは、幸太郎ただ一人であったろう。 果たしてそれは実現した。 あり得ないことがいくつも重なって、ようやく実現されたことだ。 これはもう「持っている」と言わざるを得ない。誰もがそれを認めるだろう。 だが何事にも代償は付いて回る。まして奇跡に次ぐ奇跡の後だ。 ありきたりな不幸が起きて、彼と彼女達みんなが不幸な最期を迎えることも、本来ならばあり得ただろう。 しかし、そんなものは幸太郎にしてみればクソ食らえ。そうして、利息の殆どは踏み倒されてしまう。 「…そろそろお別れですね、幸太郎さん」 ただ、彼女達を除いては。
1 19/01/27(日)21:06:08 No.565172815
フランシュシュ最後のステージ。 それは果たして大盛況のうちに終わった。これで終わりになんてしないぞと言わんばかりに。 この熱狂が、高揚感が永遠ならばどんなにいいか。その場にいた誰もがそう思ったろう。 これほどの盛り上がりでも、解散。それではあまりに勿体無いではないかと。 納得するには足りないものが、山ほどある。 「えっとー、その、すみません。アタシら、そろそろみたいです」 目を疑う光景なら、何度だって見せられてきた。最初期からのファンであるデスおじ二人なら、なおのことそうだった。 だが。 「その…私たち、もうこの世から卒業しなくちゃいけませんから」 ───今までのことは、全て幻だったのか? フランシュシュはホログラフィーでかたどられた、非現実の存在だったのかと観客はざわついた。ステージ上のメンバーが、彼女達が薄らいでいくのを見れば、無理も無い。
2 19/01/27(日)21:06:40 No.565172981
「…私たちは本来、もうこの世にいるはずのない存在でした」 いつだったかそんな感じの噂もあった。大体のファンが、とうの昔に忘れ去っていたことだ。 それがまさか事実であったなどと、眼前のモノを目の当たりにして、受け入れられるものだろうか。 「嘘だ!」 「いいえ。残念ながら、嘘ではありんせん」 静まり返った場で、誰かが嘆くように叫び、今起こっていることを否定しようとした。そしてその否定もまた、即座かつ非情なまでに否定された。 「…ごめんね」 目に涙を浮かべながら、6号はそう言って頭を下げる。それに他のメンバーも続いた。 それを見てしまえば誰もがもう、受け入れるしかないだろう。 彼女達との、別れを。
3 19/01/27(日)21:07:11 No.565173172
そんな、重苦しい雰囲気の中、突然胡散臭いグラサンがすっとステージにやって来た。 「えーみなさん。フランシュシュプロデューサーの巽幸太郎です」 まず声がいい。ルックスも服装もいい。グラサンはダメ。胸ポケットからはみ出るゲソはもっとダメ。 なにより、こんな時に突然出しゃばってしまうプロデューサーなんてダメダメの、ダメ。 その有様に毒気を抜かれ、観客は声も出ない。ついでに鬱屈とした雰囲気もなくした。
4 19/01/27(日)21:07:25 No.565173227
「突然のことで申し訳ありません。ですがこのタイミングでなければ、この告白は出来ませんでした。フランシュシュメンバーには制限時間があることも、彼女達がもう人間ではないということも、黙っていなければなりませんでした」 胸のゲソを0号に投げ渡し、それから人前で外すことのなかったサングラスを、幸太郎は外した。 その2つは幸太郎にとって己を偽る虚飾の象徴。 それを取り去ったのは、彼が可能な限り嘘をつかないでいようという、決意の現れだった。 「彼女達は間もなくあるべき場所へ還るでしょう。どうかみなさん、その門出を潔く祝っていただきますよう、何卒お願い申し上げます」 言われた側は押し黙るしかない。そして、言われた通り受け入れるだけだ。
5 19/01/27(日)21:07:47 No.565173346
「んぐんぐ…ヴァウ。ファンのみなさん、わたしたちはこれでおしまいです」 観客のみならず、フランシュシュのメンバーすら仰天した。 4号なんかは仰天のあまり目が飛び出たので、慌てて拾いに行く始末だ。 「いまからながれるきょくは…わたしたちがうたう、さいごのきょくです。レクイエムっていえばいいのかな…とにかく、そのかしがスクリーンにながれますので、わたしたちといっしょにうたってください。よろしくおねがいします」 幼さが残る雰囲気、それでいて饒舌な0号の説明に感心するのも束の間、メロディーが流れだす。 それは確かにレクイエムだが、それだけじゃない。卒業式にピッタリ、かもしれない卒業ソングでもある。 「…私たちは残念ながら、これで終わってしまいますけど、皆さんには明日があります。見送られるのは私たちでもあり、ファンのみなさんでもあります。お別れするのはとても悲しいことですけど、幸太郎さん…巽プロデューサーが言ったように、喜ばしいことでもあるんです。ですからみんなで祝いましょう、今日という日を」 1号がそう言った後、会場にメロディーが流れだした。そしてスクリーンに曲名が映る。 『光へ』
6 19/01/27(日)21:10:01 No.565174086
「アイドルにしてくれて、ありがとう」 そう言い遺すと、フランシュシュは光の粒となって、いずこかへと消えた。 7人の持っていたマイクがごとりと落ち、伝説の終焉を告げる。 後には何も残らなかった。呆然として立ち尽くすもの、泣き出すもの、潔くその場を去るもの。 十人十色の有様がそこにあった。そしてその場の誰もが、フランシュシュを愛していた。 彼ら彼女らのこれからがどうなるかはわからない。幸太郎は、彼女らの門出をこの場で、あるいはどこかで見送った誰もがいい旅路を見つけてくれればと願った。 「アイドルになってくれて、ありがとう」 いなくなった彼女達にそう言って、幸太郎は会場を後にした。それから諸々の後始末をして、身辺を整理。 伝説のプロデューサー巽幸太郎もまた、フランシュシュを追うようにどこかへ消えた。 伝説は、そうして終わりを告げた。
7 19/01/27(日)21:15:51 No.565176044
悲しいなあ
8 19/01/27(日)21:25:03 No.565179075
って思うじゃん?
9 19/01/27(日)21:59:54 No.565190293
「さて、どうしたものか…」 サラリーマンの青年は乾といった。 彼はそのルックスと器量でハンデ無視の順調な就職をすると、たちまちに活躍して頭角を現した。 高校卒業以降の経歴がサッパリだというのに、会社重役にも目をかけられているのだから、世の中とかく不公平なものである。 さて、そんな乾青年だが、もうじきアラフォーだというのに女性の影という者がまるでなかった。 男色なのかという噂まで出たものだから、これはどうにかしないとマズいぞと思い、乾はお見合いをすることになった。 人の噂、妬みというものは怖いものだ。だがそれが仕方ない程度には、彼の扱いが異常というより他ない。 彼にとって営業の極意と言えば、やはり顎クイだ。顎クイ恐るべしなのだ。 その顎クイで、多くの顧客先を悩殺してきた。 「お、この人がいいな」 乾のお眼鏡にかなった女性。彼女の名は、平もみじといった。
10 19/01/27(日)22:00:13 No.565190383
乾は今か今かと待ちかねていた。普段は落ち着いている彼だが、随分と焦っている。 それもそのはず、彼はもみじに一目惚れしてしまったのだ。 だからなんとしてもモノにする決意でいた。これを逃せば、もうこの先出会いらしい出会いはないに違いないと仮定し、背水の陣をしいてまで。 「まだか…まだなのか」 ぶつぶつと文句を言っても待ち人来るとはならないのだが、そわそわするのが止まらないのは女性経験がまるでない男のサガなのだろうか。 そんなことを乾が思っていると、コツ、コツとヒールの音が聞こえてきた。 「来たか!」 乾は勢い良く席を立ち、音のする方へと振り返った。 「はじめまして。平もみじです」
11 19/01/27(日)22:01:26 No.565190766
「…え?」 乾は戸惑った。いるはずのない誰かが、目の前に立っていたからだ。ひょっとしたら、自分は知らないうちに死んでいたのでは、あるいは幽霊にでも化かされているのかと思った。 「随分、探したんですよ?」 もみじは乾のことを知っている口ぶりだった。その頬は、ほんの僅か膨らんでいる。 「だってその、お前は、もう消えてなくなって」 「細かいことは気にしない気にしない。ほらほら、ちょっと触ってみてくださいよ」 そう言ってもみじは自分の頬を指差す。乾はそれに応じ、触ってみた。 「…温かい」 「ね?ちゃんと血が流れているでしょう?」 乾は数年前のことを思い出すと、彼女の変化をどこか寂しい物のように感じてしまった。もうあの頃には戻れないのだなと。 まあそれを言ってしまえば、彼だってもうサングラスは着用していないのだが。
12 19/01/27(日)22:01:42 No.565190858
「私、高校卒業以来の経歴が不詳なんです。それでもあなたのお嫁さんになれますか?」 「…はい、なれますよ」 野暮なやりとりだと、二人は思った。 「私はあんまり運が良くないですし、あなたにたっくさん迷惑かけてしまうかもしれません。それでも貰ってくれますか?」 「はい、貰いますよ」 答えなんてもう決まってるのに。 「あなたとなら幸せになれますか?」 「はい。俺は持っとる男ですから」 出戻ってきた『彼女』を出迎え『彼』は二人一緒に、明るい旅路を歩みだした。