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19/01/05(土)23:35:08  大気... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1546698908278.jpg 19/01/05(土)23:35:08 No.559941351

 大気を震わす轟音に、足が竦んだ。  あやふやな記憶の底に刻まれたトラウマが、水野愛を容赦なくステージに引き摺り倒す。肩を打つ雨粒の一つ一つさえもが、彼女を責め苛んでいるかのようだった。  愛は幼児のように身を固くして蹲る。耳を塞ぎ、目を閉じ、必死に己を守るために。  こんなはずではなかった。先刻、目の当たりにした、かつての仲間、かつての栄光。もうあそこに自分の居場所はない。愛の時計の針は、あの最後のライブステージで止まったままなのだ。  だからこそ、このライブにかけていた。自身が水野愛として、本当に蘇るために。  その結果がこれなのか、と愛は唇を噛んだ。己の情けなさに涙までもが滲む。仲間達にあれほど偉そうなことを言っておきながら、この様だ。恐怖だけでなく、悔しさに体が震える。  ――あの娘になんて言えばいいのだろう。頭の中で微かに流れるメロディーを聞きながら、彼女へ言った言葉を思い出す。 〈大丈夫。私がフォローする〉  

1 19/01/05(土)23:36:32 No.559941841

 あの娘もきっと呆れているのではないだろうか。動かない体が呪わしい。愛は声にならぬ声をあげていた。助けを求める声を、誰かに向かって。  その時、何かが己の側を駆けて抜けていくのを、愛は感じた。反射的に顔を上げて、その何かを目で追う。 次の瞬間、力強い歌声が愛の鼓膜を激しく打った。胸の底が燃えるように沸き立つ。肌という肌が総毛立っていた。  愛の意識は、それに全て奪われた。恐怖も、悔恨も、跡形もなく消え去っている。  白い髪の少女――紺野純子は、身を反らすようにして歌声を会場全体に届けていた。波紋のように広がるそれが、会場の空気を一変させている。  愛はその様を、放心したように見つめていた。  苦手なはずのダンスを巧みにこなしながら、純子は愛へと手を差し伸ばして、言った。 「大丈夫。私がフォローしますから」 考えるよりも先に、愛をその手を掴んでいた。動かないはずの足に力を込めると、意外なほどあっさりと立ち上がること出来た。 刹那、全ての感覚が戻ってくる。雷鳴、雨音、音楽、ステージの揺れ、観客の感性、七色の照明の光――ライブの世界を五感で知覚した。

2 19/01/05(土)23:37:00 No.559941967

 愛は何かを言いたかった。しかし、混乱した思考では上手く言葉を選ぶことが出来ない。だから、ただ呆然と純子の顔を見つめるのが精一杯だった。  そんな愛に、純子は微笑を浮かべて、ただ頷いた。  愛の体に熱いものが流れ出した。死体のはずの五体の隅隅にまでそれは行き渡り、やがて喉から〈歌声〉としてほどばしる。  愛は己が何者であるのかを思い出した。  生きていようと、死んでいようと、そんなことは関係ない。  水野愛はアイドルなのだ。               ○    海は何処にでも繋がっている。しかし、海は全て同じではない。  愛は夜の唐津湾を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。  館のベランダからは虹の松原が一望出来る。昼間の雨雲は嘘のように消え、白い月が絶え間なく押し寄せる白波を煌めかせていた。以前、自分が住んでいた土地の海とは違うような気もするし、同じような気もする。生前の記憶は完全には戻っていない。もう、それほど気にはならなくなっていたが。

3 19/01/05(土)23:37:28 No.559942104

 湿気を飛ばす海風が心地よかった。ゾンビィとして覚醒してから大分経つが、この感覚のさじ加減だけは未だによく解らない。痛覚の有無、味覚の調子、なかなかしっくり来ないのだが、プロデューサーである巽に言わせれば、「そういうもの」なのだそうだ。だから、愛もそれで納得することにした。考えても答えは出そうにないから。  愛は自分の胸に手を当て、何かを確認するように目を閉じた。まだ体にライブの熱が残っているような気がする。これ程の充実感は、蘇ってからは初めてだった。自分の足で立っているという実感をようやく得たような気がする。  アイアンフリルのセンターとして絶頂にあった愛は、まさにその最中に落命した。もっとも、その瞬間の記憶は殆ど欠落している。視界を塗りつぶした白光を微かに覚えているだけだ。ネットで調べるまで、落雷で死んだことも知らなかったくらいである。しかし、恐ろしいもので肉体や魂にその〈恐怖〉ははっきりと刻まれていたのだ。  いまでも雷は恐ろしい。ただ、前ほど怯えることはないだろうという、妙な安堵感があった。きっと、ライブをやりきったことで、自信がついたのだろうか。

4 19/01/05(土)23:38:04 No.559942317

全ては彼女たちのお陰だった。仲間がいなければ、きっと二度とアイドルとして再起することは叶わなかっただろう。ゾンビィという境遇を同じくするアイドルの仲間達。  さくら、サキ、ゆうぎり、リリィ、たえ、そして―― 「眠れないんですか?」  声に驚いて愛が振り向くと、何時の間にか寝間着姿の純子が佇んでいた。可愛らしい薄桃色のネグリジェは彼女のお気に入りである。純子の趣味は乙女チックの一語に尽きる。それも、現代では絶滅の危機に瀕している古典的な類いの。でも、愛はそんな純子が嫌いではなかった。嫌味ではなく本心から、実に彼女らしいと思う。 「・・・・・・なんか興奮しちゃって。笑っちゃうよね。素人じゃあるまいし、ね」  愛は頬を掻きながら、照れ臭そうに笑った。純子は微笑して、おもむろに愛の隣に歩み寄った。愛は思わず身構えてしまったが、純子は何を言うでもなく、彼女の傍らで唐津湾を眺めている。愛もそれに倣って、無言で海へと目を向けた。 虫の声もしない月夜に、ただ潮騒だけが遠く響いていた。

5 19/01/05(土)23:38:38 No.559942513

素人――この言葉が通じるのは、愛の他には純子だけだった。リリィやゆうぎりも、ある種のプロには違いないが、アイドルではない。別に他の仲間達を見下している訳ではなく、プロのアイドルだったという厳然たる過去を持つことの話だった。  愛は純子に親近感を覚えた。活動していた時代は違えど、同じアイドルだった彼女なら解ってくれるはず、と。アイドル活動の厳しさも、難しさも、楽しさも。現実感の薄い蘇生後の生活の中での、数少ない心の拠り所だった。 だからこそ、純子がチェキ会を拒絶したことはショックだった。足下がぐらつくような不安は、すぐさま怒りへと変わった。同じプロのはずだったのに。同じ思いをもっているはずなのに。何故、どうして、解ってくれないのか。  それが独りよがりなものだったことは、今の愛なら理解できる。自分のことを考えるだけで精一杯だったのだ。思い返すと恥ずかしくなる程の余裕の無さだった。それに気づくことが出来たのも、ライブの成功があったればこそ、である。

6 19/01/05(土)23:39:11 No.559942668

「・・・・・・今日はありがとう」  海を見たまま、愛はボソリと呟くように言った。こんな時でさえ素直になれない自分に、少し嫌気がさす。でも、真正面から純子の顔を見るのは、あまりにも気恥ずかしかった。 「色色ありましたけど、良いライブだったと思います。お客さんも喜んでくれましたし」  純子は柔らかい笑みを浮かべて、愛の横顔を見やった。思いやりのある彼女の言葉に、申し訳なさがまた募る。愛は手摺りに乗せた腕の中に顔を埋めると、これも小さな声で、 「本当は私が引っ張らないといけないのに」  結果的に成功したから良いようなものの、一歩間違えば大変なことになっていた。それこそ、フランシュシュの今後を左右するような事態に。それを引き起こしたのが自分であるという事実が、愛の心に痼りを残していた。。  そんな愛を見て、純子は目を細めた。舞台の上ではいつも仲間を引っ張る愛が、子供のように拗ねているのが意外でもあり、微笑ましくもあった。もっとも、一足先に過去との葛藤を乗り越えていなければ、愛の姿をそのように捉えることは難しかっただろう。

7 19/01/05(土)23:39:29 No.559942745

「誰かが困っていたら、他の皆でフォローする。それがグループの強み、ですよね?」  責めるでもなく、諭すでもなく、自然な純子の声音は、愛の心にすんなりと染み込んでいく。自分の頬が熱くなっていくことに愛は慌てた。腕のわずかな隙間から純子の顔を覗き、消え去りそうな声で、 「ありがとう」  純子はクスクスと笑うと、愛と同じように手摺りに体を預けた。そして、夜の波間をどこか遠い目で眺めながら、 「私の方こそ、ありがとうございました。あんなに楽しかったのは久しぶりです。ちょっと昔を思い出しました」  昔の栄光。かつての自分。人間として生きていた日日。二度とも戻ってこない諸諸の過去。  その姿があまりのも寂しそうだったからだろうか。愛はおもむろに腕組みを解くと、今度は手摺りに背を預け、ぽつりと、 「純子は、自分が死んだときのことを覚えてる?」  純子はハッとして顔を上げた。彼女の視線を感じながら、愛は独白するように淡淡と言葉を紡いでいく。

8 19/01/05(土)23:39:46 No.559942822

「知ってるかもしれないけど、私はステージの上で死んだの」  ネットを探せばその話はいくらでも出てくる。アイアンフリルのセンター・水野愛の伝説的な死に様。ライブの最中の落雷による急死。世間は大いに盛り上がったらしいが、伝説の当人である愛はそれを知る由もない。 「だからかな。私は死んだ実感があまりなくて・・・・・・納得出来なかった」  望まずして終わった生。アイドルのまま、ライブの途中、唐突に打ち切られた人生。 「瞼を閉じて、開けたら私はもう死んでて、それから十年も経ってて・・・・・・私は確かにあそこにいたのに、あそこはもう私の場所じゃなくなってた」  サガロックでかつての仲間達が歌う姿を目の当たりにし、愛はそれを思い知らされた。アイアンフリルの水野愛の居場所はそこになかった。ならば、どうすれば良いのか。水野愛という人間は何処に行けば良いのか。 「新しい場所が欲しかった。私が私でいられる場所が」

9 19/01/05(土)23:40:29 No.559943030

 深い息とともに言葉を吐き終わると、真っ直ぐに自分を見つめる純子を見やった。何故、こんな本音を打ち明けてしまったのか、愛にも解らなかった。ただ、言いたかったのだ。或いは、聞いて欲しかったのかもしれない。己の胸の内を、純子だけには。 「わたしもそうですよ」  黙って聞いていた純子は、話が終わると微かに口元を綻ばせた。そこには隠しきれない陰が宿っていた。 「わたしも自分が死んだなんて信じられませんでした。これからって時に、まさか飛行機事故なんて。わたしなんて、十年どころか三十年ですよ?」  蘇生した世界は、純子の生きていた時代からあまりにも様変わりしていた。まるで浦島太郎のようだと、彼女は自嘲する。自身のアイデンティティであるアイドルという概念すらもが変質していた。純子が理想とし、夢としたアイドルは絶滅していたのである。 希望が絶望に変わったことを知った。それでも、新しい生――ゾンビィとしての時間は流れる。しかし、何もかもが夢のように不確かだった。ゾンビィでアイドルと言われても、簡単には納得出来ない。自分を誤魔化しながら毎日を過ごすしかなかった。

10 19/01/05(土)23:40:53 No.559943139

「現実感、というより自信がなかったんです」 「自信?」  訝しげな愛に、純子は小さく頷き、自身の胸に手を当てた。 「あの頃のわたしと今のわたし・・・・・・ちゃんと繋がっているのか」  アイドルとして昭和の時代に一世を風靡した紺野純子。ゾンビィアイドルとして蘇ったフランシュシュの紺野純子。その二つが同じであると確信が持てた時にこそ、本当の意味でこの世界に「帰って来た」のだと言うことが出来る。 「なんとなくわかるよ。私も似たような感じ」  愛もまた藻掻いていた。過去の自分に繋がるモノを探し続けていたが、それが一人では不可能なことを知った。だが、仲間となら出来るかもしれない。自分を支えてくれる、そして自分が支える仲間と一緒ならば。  そして、雷雨のライブステージで、ついに彼女は見つけたのだ。  フランシュシュとしてのアイドル・水野愛を。  不確かな世界で、確かに立つことが出来る場所を。 「でも、もう大丈夫・・・・・・ですよね?」 

11 19/01/05(土)23:41:16 No.559943242

 純子は愛の心を見透かしたように、上目遣いに言った。悪戯っぽい笑みを浮かべて。 「うん。純子もでしょ?」  満足そうに頷いて、愛は彼女に訊き返す。純子も微笑して、頷く。 「はい。愛さんと同じです」  二人は互いに見つめ合い、クスクスと笑い合った。  想いを供にする者がいる――愛と純子は、それが如何に幸せなことであるかを、噛みしめていた。  ふと、愛はあることに気づいた。 「あれ、今、愛さんって言った?」  驚いた様子の愛に、純子はキョトンとして答える。 「ええ、言いましたけど」  純子にはそのことの意味に気づかない。 「初めて名前で呼んでくれたね」  そう言って、愛はニンマリと笑った。たちまち純子の顔が朱に染まる。  純子はずっと愛のことを「水野さん」と呼んでいた。巽と話す時には「愛さん」と言うこともあったが、本人の前で口にしたことはない。油断、というよりは、単純にそれだけ愛との距離が近くなったのだろう。愛にはそれが無性に嬉しかった。

12 19/01/05(土)23:41:21 No.559943257

サガロック直後のアフターマスに触れられてるの少ないからこういうの見たかったよ ありがたい…

13 19/01/05(土)23:42:16 No.559943518

距離が詰まる過程の妄想よかよね

14 19/01/05(土)23:42:21 No.559943542

「さ、中に入ろうか。夜風は体に悪いって言うし」  そう言って、愛は純子に手を差し伸ばした。あのとき、彼女がそうしてくれたように。 「わたし達、もう死んでますけどね」 純子は苦笑しながら、その手をしっかりと手に取った。  しかし、愛はすぐに屋敷の中に入ろうとはしなかった。純子の手を強く握ったまま、固まっている。困惑してその顔を見上げた純子は、ハッと息をのんだ。  愛の目から零れた涙が、つっと頬を滑り落ちていた。 「愛さん?」  愛の手の中には、純子の手があった。冷たく硬い感触の手は、生者のそれではない。だが、彼女は確かな実感を覚えた。夢でも幻でもない。純子の青白く細い指の一本一本が、その実在を告げている。  曖昧で不明瞭な毎日の中、ひとつひとつ、確かなものを探してきた。今日、ついにソレを見つけた。  そして、最後にもう一つ。 「大丈夫、なんでもないの」  溢れる想いで一杯になった胸を抑えて、愛はどうにかか細い声で答える。  嗚呼、こんな単純なことに、どうして胸が震えてしまうのだろう。  心の底で澱のように淀んでいた不安が、全て泡沫と化して消えていくようだった。

15 19/01/05(土)23:42:37 No.559943608

 この繋いだ手からは、彼女の鼓動も熱も届かない。  それでも愛は、確かにこう思う。    ちゃんと、紺野純子(あなた)は此処にて。  ちゃんと、水野愛(わたし)も此処にいる。             了

16 19/01/05(土)23:43:47 No.559943954

以上 お目汚し失礼しました 第七話後の夜の一幕という感じです 純愛いいよね・・・・・・

17 19/01/05(土)23:45:40 No.559944575

よか、、、

18 19/01/05(土)23:46:04 No.559944689

よか…

19 19/01/05(土)23:51:21 No.559946251

本編で愛さんって始めて言ったの…いつか思い出せない

20 19/01/05(土)23:51:27 No.559946275

イチャイチャした話にするつもりが割と真面目な方向になってしまったので 次はそういう方向にできれば

21 19/01/05(土)23:52:08 No.559946495

よか…

22 19/01/05(土)23:53:58 No.559947069

尊い

23 19/01/05(土)23:54:03 No.559947098

よか…

24 19/01/06(日)00:01:01 No.559949258

がばい綺麗な純愛たい…

25 19/01/06(日)00:01:53 No.559949537

わっちこういう本編の補完好きでありんす!

26 19/01/06(日)00:02:00 No.559949570

そうそうこういうのでよかったい…

27 19/01/06(日)00:07:35 No.559951197

>次はそういう方向にできれば みんな待っとらすよ!

28 19/01/06(日)00:13:58 No.559952958

肉欲塗れの爛れたいもげに純愛がスーッと効いて…これは…よかったい…

29 19/01/06(日)00:19:30 No.559954479

純愛不足のなかよか怪文書がスゥーっと効いて…これはありがたか

30 19/01/06(日)00:21:53 No.559955117

尊か…

31 19/01/06(日)00:22:38 No.559955323

書き込みをした人によって削除されました

32 19/01/06(日)00:28:01 No.559956760

よか…よか…

33 19/01/06(日)00:29:02 No.559956998

ありがたい…

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