ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
19/01/05(土)21:19:56 No.559901285
吾輩はロメロ。この洋館を守護する番犬である。 我が身は犬。それ故に日々を館の玄関で過ごし、御主人である巽幸太郎に迫りくる外敵に対して備えている。 そのような不届き物は一度たりともここを訪れたことは無いが、それでも警戒は怠らない。 何故なら、主人と共にあることが吾輩の喜びであるからだ。 我が身が生を謳歌していた時も、朽ちた屍と成った後も、その志は変わらず我が胸の内にあり続けている。
1 19/01/05(土)21:20:22 No.559901428
しかし、変化とは唐突に訪れるものだ。 静かなる聖域であった洋館が、最近とみに騒がしい。その理由は人間の雌たち。吾輩と同じ屍である雌の人数が増えたためだ。 増えただけならまだ良いのだが、日々を重ねるごとにあの雌たちは騒々しさを増している。毎日毎日洋館の地下牢へ集合し、大鏡の間では激しく謳い、舞い踊る行為を繰り返す。その乱痴気騒ぎの意味は吾輩には理解できない。 しかし、御主人はその行為を認めている。時折、笑顔を浮かべながらその雌たちを観察している。 であれば吾輩が言うことは無い。御主人の喜びは、吾輩にとっても喜びであるからだ。
2 19/01/05(土)21:20:48 No.559901556
太陽が落ちた夜の空に月が輝きはじめる時刻。吾輩がそのように黙考しながら、夜空の月に思いを馳せていると、一つの影が月光を遮った。 そちらに視線をやると、そこには長い髪と黒い布を身にまとった人間の雌。名前は山田たえと呼ばれていたはずだ。 山田たえは吾輩の傍に座り込むと、吾輩と同じ方向を向き、喉の奥から絞り出すような声を出しながら、同じように夜の空を眺め始めた。 思えば、この山田たえは御主人の次にその顔を見ている人間だ。一時期は、まるで母鶏の後を追う雛のように吾輩の後をつけまわしていた。察するにこの雌には、人間としての記憶がないのであろう。次々と自我を取り戻し始めた他の人間を見ているとよく分かる。まぁ吾輩には関係のない話であるのだが。 不意に頭に何かの衝撃を感じる。どうやら山田たえが吾輩の頭に手を伸ばし、失礼極まることにべしべしと叩き始めたようだ。御主人が吾輩を撫でる行為を真似ているのか、時折この雌はこのような行為を行う。しかし御主人の手練手管を駆使した撫で具合の心地よさとは比べるまでもない。実に不敬である。
3 19/01/05(土)21:21:17 No.559901710
しかし、この山田たえは一体何の為に吾輩の所に居るのであろうか。 普段は他の雌たちと共に行動することが多くなったため、最近はこのような時間は久しくなかった。吾輩は不思議に思い、その顔を覗いてみる。 そこで山田たえは何かを思い出したのか、身にまとっている黒い布に手を這わせる。何かを探しているのだろうか。やがてその動きが止まり、山田たえはあるものを手にしていた。それは乾燥させた烏賊の死体の足である。御主人がイカゲソと呼ぶ食料であった。 吾輩の体が無意識に唾液を湧き出させる。御主人であればそれを吾輩の口中に放り込むことだろう。しかし吾輩は知っている。この山田たえという雌はそのような行為を行うような人間ではないことを。むしろ体躯の大きさを生かし、吾輩の食事さえも喰らおうとする悪食である。 つまりあれは自らの食事であることだろう。それを吾輩に見せつけるとは、何と許しがたき行為か。吾輩は激怒し威嚇の唸り声を上げた。
4 19/01/05(土)21:21:51 No.559901894
だが、不可解な光景が吾輩の視界に飛び込んでくる。 何と、山田たえの手がイカゲソを吾輩の目の前に差し出しているではないか。これは如何なる事であろう。 吾輩の明晰な頭脳は瞬時に答えを引き出す。山田たえと同じく屍である赤毛の雌や青毛の雄が、御主人の代わりにこのような形で吾輩に食事を与えることがあった。 おそらく山田たえはそれを真似ているのであろう。なかなか躾が行き届いた人間たちである。と吾輩は思い、差し出されたイカゲソを口にしようと近づいて行った。 その吾輩の足を止めさせたのは、頭上から落ちてくる液体。何事かと思い見上げると、頭上にある山田たえの口から大量の唾液がこぼれている。 やはりこの雌は本能を抑えることが出来ぬようだ。吾輩は嘆息しつつ思う。この状況でイカゲソを全て口にするのは己が卑しさに他ならない。それは吾輩の矜持に関わる問題だ。
5 19/01/05(土)21:22:19 No.559902040
仕方あるまい。吾輩は四本のイカゲソの内、二本を噛み千切ると山田たえに背を向けた。 さぁ人間、食すが良い。吾輩にはもう何も見えんからな。 後方で笑い声のような呻き、そして咀嚼音が吾輩の耳に届く。我輩の行動は理解されたようである。 満足しつつ口中のイカゲソを咀嚼している折、我輩の頭を愛おしく撫でる感触があった。御主人か、と思いつつ振り返った。 しかしそこには御主人の姿ではなく、我輩の頭に手を伸ばす山田たえの姿。 その手が我輩の頭を撫でる。先程と同じ感触であった。山田たえの喉から呻き声が聞こえる。その声は言葉には成っていなかったが、我輩の明晰な頭脳はその呻き声を瞬時に人語として読み取った。 「ありがとう」と。言葉に成らぬ声でそう語っていた。
6 19/01/05(土)21:22:46 No.559902162
ふむ、どうやら他の人間たちの行動から、山田たえは礼節を学んだらしい。 我輩は紳士たる存在。正しき礼節には返礼を返さねばなるまい。吾輩は優しい歩みで山田たえの膝の上に体を横たえ、無防備な背中を差し出した。 撫でていた手はゆっくりと吾輩の背中に伸びていく。背中を預けたのは御主人以外では初めてのことだ。光栄に思うと良い。 山田たえは我輩に導かれるまま、全身の愛撫を続けた。心地よい感覚は全身に広がり、吾輩の思考を徐々に鈍化させていく。 その最中にも、吾輩の耳は山田たえの呻き声に変化を感じ取っていた。その声は言葉ではないが、確かに音として一定の律動がある。 それは歌。人間の幼子を眠りへと誘う子守唄であった。 脳が睡眠状態へと暗転する瞬間、吾輩は奇妙な幻を見た。眠りに落ちた吾輩の姿に優しく微笑みかける、山田たえという屍の姿。 屍から、屍への子守歌は、夜の空へと吸い込まれるように消えていくのだった。
7 19/01/05(土)21:26:18 No.559903242
たえちゃん!
8 19/01/05(土)21:27:29 No.559903595
よか…
9 19/01/05(土)21:27:32 No.559903610
漱石はいい怪文書書くなあ…
10 19/01/05(土)21:28:20 No.559903842
漱石きたな…
11 19/01/05(土)21:28:57 No.559904017
こういうなんでもない日常好きです
12 19/01/05(土)21:31:00 No.559904648
沁みる…ああよか怪文書じゃ…
13 19/01/05(土)21:32:31 No.559905119
太宰!ほかの登場人物もロメロ視点で書かんね!
14 19/01/05(土)21:33:12 No.559905361
ロメロ可愛いよね…
15 19/01/05(土)21:34:56 No.559905901
幸太郎への忠誠心が高いのがいいと思います
16 19/01/05(土)21:37:05 No.559906544
忠犬ロメ公
17 19/01/05(土)21:52:33 No.559910916
>それは乾燥させた烏賊の死体の足である。 なんかダメだった いやそうなんだけど
18 19/01/05(土)22:03:44 No.559914219
ロメたえよか・・・
19 19/01/05(土)22:04:16 No.559914383
忠犬っぷりの硬い文章とあのかわいい外見のミスマッチやーらしかね・・・
20 19/01/05(土)22:05:19 No.559914714
ロメロ文でありつつしっかりしたたえちゃん成長文なのが良いね
21 19/01/05(土)22:11:13 No.559916342
意識して見てなかったけどロメロって忠犬だよね… 元々乾家で飼ってた犬なんだろうか
22 19/01/05(土)22:17:10 No.559918002
実はロメロと洋館はセットの存在で巽が新しい主人として来た説