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19/01/03(木)20:56:33 No.559384822
第六話 『有備無患のディベルティメントSAGA』 「あら。起きてたんだ…体調は?」 「…だいぶ良くなった。頭はまだ重いがな」 「……そ。」
1 19/01/03(木)20:56:48 No.559384906
水野愛は大きめのビニール袋を片手に巽幸太郎の部屋に入り、ベッドの上で上体を起こしている巽幸太郎を見て声をかけた。 静かに眠っているのであれば、やることも少なくて楽だったのだが。タイミングが悪い。 まったく、と内心誰に当てるでもなく毒づいて、どさ、と袖机にビニール袋を置いた。 「…外に行っていたのか?」 「そうよ。最初の買い出しで足りなかったものとかを買いにね」 巽幸太郎は水野愛の顔を見る。 その顔にはゆうぎりによる化粧が施され、生前と変わらぬ肌色を携えていた。 …つい先ほど、源さくらと二階堂サキが看病をしている間に、近くの店まで色々と買い出しに出かけていた。 それは紺野純子と共に向かったもので、肌着類や食料の追加のためだ。 …また、巽幸太郎には絶対に秘密だが、自分たちフランシュシュのメンバーの食べるお菓子もついでに買ってしまった。 勝手に巽幸太郎の財布を使ったことに多少の罪悪感はあるが。
2 19/01/03(木)20:57:02 No.559384989
(…ま、別に。普段から給料も何ももらってないんだから、これくらいの役得はあってしかるべきよね) アイドル達が甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてあげているのだ。 この程度の散財で済むのであればむしろ重畳というものだ。 そんな考えを持ちながら、ビニール袋の中をがさがさと漁りつつ、購入してきたものを取り出す。 やはり風邪と言えば栄養を摂ることだろう。そうして袋から出てきたものは…
3 19/01/03(木)20:57:19 No.559385090
「…なぁ愛」 「何?…汗拭くのくらい自分でやりなさいよ?額のタオルくらいは交換してあげるけど」 「そんなん当たり前じゃい!…違くて?その?俺の目がおかしくなってなければ?なんだが??」 「何よ?伝説のアイドル水野愛が看病するって言うのよ、感謝して受け取りなさいよね」 「…お前の看病ってのは、串にささった肉を使うものなのか?」 取り出されたパックの中には串焼き肉が大量に詰め込まれていた。 それをとても自然な様子で取り出した水野愛に思わず巽幸太郎のツッコミが飛ぶ。
4 19/01/03(木)20:57:34 No.559385170
「…?なんで?」 「俺の台詞じゃろがい!?」 「なんでよ!?風邪を引いてるんでしょ!?栄養を取る必要があると思って買ってきたのよ!?」 「風邪引いてるときに肉食わせる馬鹿がどこにおるんじゃーい!!」 は?とあっけにとられる様子の水野愛を見て本気で食べさせるつもりだったのか…と巽幸太郎は恐怖を覚えた。 もしかしてだけど。 もしかしてだけど水野愛は酷くバカなんじゃないだろうか…? 「佐賀は九州!」と自信満々に答えたあたりで察するべきだったのか? 源さくらの火かき棒の一撃でおバカになってしまったんじゃなかろうか?
5 19/01/03(木)20:57:52 No.559385287
「何よ、食べる元気もないの?すごいいい肉買ってきたってのに…」 「元気がないのは事実だが。お前は自分の取った行動を深く考え直す必要あると思う。…っつかその金、俺の財布からだよな?」 「い、いいじゃない細かいことは!じゃあ食べないって事でいいのね!まったく…」 せっかく選んで買ってきたのに、と溜息をつきながら机の上に肉を戻す水野愛。 ため息をつきたくなるのはこちらなのだが…と巽幸太郎は深く思った。 アイドルとして青春時代を駆け抜けた水野愛。 アイドルとしての成功の代償に、きっと日常生活の当たり前の部分を失ってしまったのだろう。 そう考えると巽幸太郎も一方的に怒りをぶつけるわけにもいかず、やれやれという心境でベッドに体を横たえた。
6 19/01/03(木)20:58:06 No.559385358
どれだけ寝ても体が眠りを欲している。 尤も、空腹が多少はあるのも事実なのだが…ここで水野愛に何か食べさせい、というのはなんだか色々と危険な気がする。 ここは次の看病で来るであろう紺野純子に依頼することとしよう。 水分補給をばっちりしていることと、頭痛による気分の悪さで空腹はそこまで急ぎの物でもない。 「…まだ熱いわね。はいタオル」 「………ありがとう」 「……妙に素直じゃない。調子狂うわね…」
7 19/01/03(木)20:58:18 No.559385431
水野愛は横になった巽幸太郎の額に冷たい手を添えて熱を確認し、ついで冷えたタオルを乗せる。 源さくら、二階堂サキにもしてもらった看病行為に、もはや茶化すほどの緊張もなく慣れた様子でお礼を返す巽幸太郎。 そんな、普段とは打って変わって素直な様子の我がプロデューサーに違和感と若干の照れを覚え、にやつきを抑えきれないmattaku…な表情で、手持無沙汰に看病を続ける水野愛。 (…なんだかんだ言ってちゃんと看病してくれているじゃないか) 巽幸太郎は、先ほどまでの水野愛への評価を改めた。 確かに肉を買ってくるという選択肢は本能に刻まれた食欲の深さを思い知らせるものではあるが。 心配そうな表情で顔を覗き込み、熱を測り、タオルを変えてくれる。 今もまた、部屋に暖を取るために、暖炉に火を入れてくれている。 ぱちぱち、と暖炉の中で火を起こす様子は、看病に真剣な表情のそれだ。
8 19/01/03(木)20:58:31 No.559385511
…メンバー全員が、どれだけ自分のことを想ってくれているか分かる。 やはり俺は罪づくりな男だ。 看病されるたびに己に罪悪感が湧いてくるが、それすらも少しずつ漱がれている。 ……風邪が治ったら、心配されない程度に、しかしこれまで以上に彼女らの力になろう。 プロデューサーとして、彼女たちが誇れるような男になろう。 ふ、と口元に微笑みを浮かべて。 肉の焼く匂いが広がる室内で、満足そうに寝返りを打てば。 暖炉の蓋を開き、バーベキューを始めている水野愛の姿があった。
9 19/01/03(木)20:58:53 No.559385649
「お前なにやっとんじゃーーーーーい!!!」 「え?肉焼いてるんだけど。下に持っていくと純子が料理に使いそうだし…アンタ肉食べないって話だし?ここで焼いて私が食べようかなって」 「食べようかなって♪じゃないんじゃーい!!食欲の化身かお前は!?バカなの!?愛ちゃんIQいくちゅでちゅかぁ!?」 「なっ…し、失礼ね!200?はあるわよ!クイズ番組にも出演してたんだから!」 「アインシュタインの生まれ変わりみたいな設定はやめんかい!いいから早く火から上げろ!」 「なんでよ!?別にいいじゃない、焼いて食べるのにアンタに迷惑はかけないわよ!この機を逃したら年明けまで肉を食べる機会がなくなるんだから!」 「──そういうことじゃないんだ」 漫才のような問答を繰り返していると、急に巽幸太郎が冷静な口調になる。 う、とそれで口ごもる水野愛。 コイツが真面目な口調になるといつもこうだ。私はコイツの真面目な時の声に弱い。
10 19/01/03(木)20:59:16 No.559385768
「…お前が肉を食べたいという気持ちは分かるし、焼いて食べるのも俺は悪いとは思わん」 「な、なら…」 「だが…ここで直火で焼いているとな。たえが「ヴァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」 バァーン!!と扉を勢いよく開けて部屋に文字通り飛び込んでくる山田たえとロメロ。 その瞬間、部屋の中がまるでスローモーションになったかのように、一瞬で状況は一変した・ 火への恐怖心を食欲で抑え込み飛び込む山田たえとロメロ。 なんなの!?という顔で我が肉を奪われんとそれをブロックに入る水野愛。 真剣な表情のまま、何もかもを諦め忘我の状態になる巽幸太郎。 二人と一匹はもつれ合ったまま、暖炉の傍で交錯し───── 「…なんだか二階が騒がしいどすなぁ」 「たつみ、愛ちゃんと喧嘩でもしてるのかもねー」
11 19/01/03(木)20:59:44 No.559385889
「…ごめん」 「もう怒っとらん。……いい運動になったんじゃい」 「……汗拭くわよ…脱ぎなさいよ…」 「いらん。さっきもう拭いたわい」 「…じゃあ残った肉焼いてもいい?」 「お前反省の色が全然見えないな!?」 「冗談よ。…うん、でも悪かったわ…もう静かにしてる」 あの後、ぶちまけられた暖炉の掃除と、部屋中の掃除と、灰まみれになった山田たえの着替えと、その他もろもろの運動で、ずいぶんと疲れてしまった。 巽幸太郎はベッドに改めて横になり、ふぅ、と溜息をついた。
12 19/01/03(木)20:59:59 No.559385971
「…まぁいい運動になったんじゃい。よく眠れそうだ」 「……悪かったって言ってるじゃない」 別に当てつけで言ったわけではないのだが。 ベッド横の椅子に座りながら、灰まみれになったメイクを落としていつものゾンビィフェイスに戻った水野愛は、しつけられた犬のようにおとなしくなった。 流石に反省はしているのだろう。己が食欲が大惨事を引き起こしたのだから。 ……そんな様子に、巽幸太郎は改めて叱咤の言葉をかける気にはならなかった。 少し間を置き、静かな空気がようやく室内に訪れる。 水野愛はベッド横の椅子から動かず、いつの間にかスマホを手に取り弄っていた。今どきの女子高生によく見られる光景だ。 …ぼんやりとした頭でその様子を横目に見た巽幸太郎は、なんじゃい愛も現代に染まってきたのぅ、と思い、また眠りにつくために目を閉じようとして。 彼女が手に持っているスマホが自分の物であることに気がついた。
13 19/01/03(木)21:00:16 No.559386063
「……そのスマホ、俺のだろう」 「?…そうよ?電話番号は控えたから、今後はいつでも連絡とれるからね」 「………もう使っとることには怒らん。治ったら電話番号も全員に周知するつもりだったからな」 …今回の騒動の大本である巽幸太郎の昏倒には、彼女らとの情報連携の不足も原因の一つとなっている。 これまでは巽幸太郎の一身上の都合によりメンバーにスマホの連絡先を伝えていなかったが、それをもし伝えていれば、お互いに連絡を取り合い、ここまで大ごとになる前に何とかなったのかもしれない。 それに、自分の連絡先を伝えないのは…彼女らへの不義理と取られてもおかしくない。 そんな当たり前の発想にこれまで至らなかった巽幸太郎は己の浅はかさを恥じた。
14 19/01/03(木)21:00:46 No.559386222
だが一つ疑問がある。 自分が倒れた後、懐からスマホを取り出したのは恐らく水野愛なのだろう。 そして関係各所へライブキャンセルの連絡を取ったのも彼女だ。 だとすれば、今弄っているようにスマホの操作をしているはずなのだが… 「…パスワードはどうやって知った?」 「ああ…あの最初の4桁の数字?最初は9999通り入れてやろうと思ってたけどね。さくらが雑に入れたら簡単に開いたわよ」 「……!」 「4247、よね?…何か意味の在る数字なの?」 「…昔からよく使ってる番号だ。意味などない」 源さくらが雑に入れたら開いた、か。 なるほど、と巽幸太郎は己の鍵を開ける唯一の人間が関わっていることを知り、納得した。
15 19/01/03(木)21:01:03 No.559386315
源さくらが雑に入れたら開いた、か。 なるほど、と巽幸太郎は己の鍵を開ける唯一の人間が関わっていることを知り、納得した。 …恐らく、源さくらは計算の上でこの数字を入れた。 今日の先ほどまでの源さくらとの会話で、巽幸太郎がかつてのクラスメイトである乾だと疑いを持っていたことを知っている。 俺が過去にこだわる男だと考えていたかもしれない。 俺が源さくらのことをよく知る男だと、察していたかもしれない。 ならば俺が設定する暗証番号が。 4月2日、4月7日からとった数字だと推理することも可能だろう。 ……源さくらの、誕生日と、命日だ。
16 19/01/03(木)21:01:21 No.559386417
「…通信料の上限があるんじゃい。動画ばかり見るんじゃないぞ平成ゾンビィ。wifi繋げ」 「は、え?ごめん、結構yout〇beでアイドル関係の動画とかページ見たかも…その、ワイファイ?って何?」 「…知らんか。少し貸せ」 水野愛から自分のスマホを受け取ると、手早くwifiに繋ぐ操作を行う。 それをすぐ横から、操作を見て覚える水野愛。 顔が近い。…巽幸太郎は努めて、緊張を指先に出さないように気を遣った。 …さて、スマホだが。 このまま水野愛に返さず、自分の管理下に戻そうかとふと巽幸太郎の頭によぎったが、やめた。 …水野愛になら、現在のアイドル事情や社会情勢を把握しておいてもらって損はない。 フランシュシュのリーダーが二階堂サキであれば、サブリーターは水野愛だ。 彼女のアイドルとしての経験値がフランシュシュへ与える恩恵は小さくはない。 プロデューサーの補佐的な役目もしてくれる、常に本気で活動する彼女には、知識を持ってもらうことは悪いことではないだろう。
17 19/01/03(木)21:01:36 No.559386492
「…ほれ。これでいくらでも見放題じゃい」 「ありがと。…私の時代は、携帯電話ってすぐパケット上限にかかってメール出来なくなったようなイメージだけど」 「ここ数年の技術革新は目を見張るものだ。…慣れておけ」 wifiにつながったスマホを水野愛へ返してやった。 水野愛は、素直に返してもらえたことと、慣れろ、という巽幸太郎の言葉に。 普段との態度の違いを感じてまったく、となり、もしかして今後スマホを支給してもらえるのだろうかという期待になんなの…となった。 …コイツ、風邪を引いてたほうが素直になるじゃない。 ふふん、と一つ弱みを握ってやった、とでもいう風に満足し、またスマホを弄り始めた。 …現在のアイドルの流行を調べるために。 それが少しでもフランシュシュのためになるならば、水野愛は真剣に取り組む。 それが彼女の生き方だった。
18 19/01/03(木)21:02:08 No.559386640
…ことん。 あ、と水野愛は声を上げ、足元に落ちたスマホを見下ろした。 ことは単純で、深く説明するほどの物ではない。 スマホの操作に慣れていない水野愛が、フリック操作で次の動画を見ようとしたときに、誤って手から滑り落としたというだけだ。 「もう…携帯電話は小型化の一途をたどるんじゃなかったの…?」 自分が生きている時代の携帯電話は、なんとか片手に収めるべく小型化を進めていたはずだ。 それなのに、折り畳みもできずにこんな大きな画面になった携帯電話に、時代の変化を感じ取りつつも、椅子から身をかがめてスマホを取ろうとする。 よいしょ、と水野愛が視線を低くしたところで。 スマホを手に取り、顔を挙げた瞬間。 キラ、と正面の棚の低い位置から、陽光の反射が水野愛の赤い瞳に入った。
19 19/01/03(木)21:02:22 No.559386700
「…ん?」 昨晩、この男の部屋を連絡先を探すために漁っていた時には気づかなかった。 いや、棚のあのあたりは見たがアイドル関係の本が入っているだけで、反射するようなものは何もなかったはず。 しかし、先ほどの騒動で部屋の棚は一度倒れており、その後雑に本などを収納したときに……何か、奥に隠れているものが出てきたのか? 「……」 興味を持ったので、椅子から立ち上がり、棚に近づいて跪き、一番下の段を覗き込む。 陽光を反射していたものの正体は、とあるCDのガラスケースであり。 そしてそのCDは、生前の水野愛の収録した曲を納めたもの。 …アイアンフリル時代のデビューCDだった。
20 19/01/03(木)21:02:37 No.559386771
「………これって……私の?」 そのCDケースを手に取り、まじまじと眺める水野愛。 相当年季が入っている…裏返して、帯に初回盤と書かれているのを発見した。 そして、CDケースの角が欠けていることも。落としたりしたのだろうか? 「…どうした?」 「っ…えっと、その」 なぜか悪いことをしているような気分になり口ごもる水野愛。 別に、ただ棚から自分のCDを見つけただけなのだが。 巽幸太郎が何を考えて隠していたのか、それが分からずに狼狽えた。
21 19/01/03(木)21:02:51 No.559386824
そして巽幸太郎は言い淀む水野愛を不審に思い、身を起こす。 椅子に置かれたスマホと、いつの間にか移動しており棚の近くにかがんでいる水野愛と。 …その手に、アイアンフリルのCDケースが収まっているのを確認した。 「…何じゃい。お前のCDじゃろがい。聞きたかったらそこのラジカセで聞けボケゾンビィ」 「………」 巽幸太郎は、努めて冷静さを保ちながら水野愛に言葉を放つ。 そして水野愛は、巽幸太郎のその様子を見て、声を聴いて、絶対このCDには何かあると感じ取っていた。 そもそも、巽幸太郎が雑な口調を零すときは、大抵腹の内に何かある。 そんなことはこれまでの付き合いで十分に察していた。
22 19/01/03(木)21:03:07 No.559386904
「…私のデビューCD…このCDから爆発的に人気になったのよね、当時」 「知っとるわーい。…お前がまた改めてアイドル活動をするにあたり、プロデューサーとしてお前の歌は聞いておく必要があったんでわざわざ手に入れたんじゃい。手に入れるのに苦労したんだぞ」 「───初回盤なのに?」 「う」 痛いところを突かれて、今度は巽幸太郎が言い淀む。 初回盤は、ライブに参加してくれた人だけに配布だった超限定品。 さらにその後、水野愛が伝説となってしまったことからオークション等にも出品されず、幻の品としてアイドル文化の中に根付いていた。 たとえこれを持っている人間がいたとして、絶対に手放さないであろう一品。 ……尤も、それを知ったのは先ほど水野愛が弄っていたスマホで調べたからだが。
23 19/01/03(木)21:03:22 No.559386977
「……人から譲り受けたというのは本当だ」 「…本当に?」 「本当だ。…若い頃、俺はアイアンフリルの、水野愛のファンだった」 「っ、え…」 サングラスの位置を指で整え、真面目な口調に戻る巽幸太郎。 今日何度目かの、真剣に答えなければならない質問だと察して。 本心を吐露しながら、経緯を説明する選択肢を選んだ。 そして水野愛もまた、その声に聞き入りながら、巽幸太郎がかつてのアイアンフリルのファンだったと聞けば。 逸りそうになる止まった心臓をCDを持った手で押さえながら、次の言葉を待つことにした。
24 19/01/03(木)21:03:41 No.559387060
「…若い男子によくある、なんでもない話だ。アイドルが踊り、唄い、夢を見せている様を見て…その少女の一生懸命な様子と、美しさに熱中した」 「………」 「そのCDも手に入れようとして手に入れられなかったものだ。…クラスメイトがたまたま持っていて、それを望まぬ形で譲り受けた」 「………」 「……夢中だった。デビュー当時からずっと追い続けていた。…初恋だったのかもな」 「っうぇ!?」 真剣な、とても耳触りの良い声色でそんなことを言われれば、水野愛はぼふん!と頭にいくつもの花を咲かせて頬を赤く染めた。 今、止まっている水野愛の心臓が確かに一度拍動しだ。 …このサングラスは何と言った?
25 19/01/03(木)21:04:03 No.559387176
熱に浮かされ、睡魔に抗いながらも、朦朧とした意識で巽幸太郎は言葉を続ける。 「昔の話だ。今はプロデューサーとアイドルという関係だが…かつては、テレビに水野愛が移るだけで幸せな気分になっていたことを想いだす」 「尊すぎて、ライブに参加することは結局なかったが…あの事件で、ひどく悲しみにくれたものだ」 「ゾンビィたちでご当地アイドルを作り、佐賀を救うプロジェクトを立てた時にも。お前のことがまず最初に思い浮かんだ」 「えっ、え……いや、いや、ちょっと待って。待って待って、ねぇ」 「…なんだ」 「その、いや……色々言いたいことはあるんだけど、えっと……待って」 水野愛は混乱した。 この正体不明の傍若無人の胡散臭いプロデューサーが、かつて私のファンだった。 初恋の人とまで抜かした。
26 19/01/03(木)21:04:24 No.559387282
水野愛はアイドルだ。過去も現在も、そこだけは変わらない。 ファンからの愛もまた、彼女が応えて捌かなければいけないもののひとつである。 慣れていると言っても過言ではない、その感情に。 しかし水野愛は困惑し、動揺し、にやけそうになる頬を抑えることが出来ずに。 感情が高ぶると咲き乱れる頭の花を、満開レベルにまで増やしてしまった。 「…そ、んなこと。急に言われても、私…」 「…………」 「その、気持ちは嬉しいけど、えっと、なんていうか、みんなに悪いっていうか…」 「……いや。昔の話だぞ?」 「…………………は?」
27 19/01/03(木)21:04:48 No.559387399
間の抜けた声で、水野愛は巽幸太郎を見た。 …大変にウザい顔がそこには浮かんでいる。 ここだと。 ここが好感度調整のしどころだと、巽幸太郎は判断した。 なのでいつものように、乾の上に巽幸太郎を被せて、さらにその上に道化の仮面のサングラスを上塗りして。 全力全開で、茶化す。 「今の巽幸太郎さんは大人ですゥー!16歳のアイドルゾンビィに恋などするかいボケェ!色んな所がおこちゃまな愛ちゃんにそういう気持ちはないですゥー!」 「なっ、なっ……」 「というかプロデューサーとアイドルという関係じゃろがい!そういう気持ちでお前らのことを見るわけないじゃろがい色ボケゾンビィ!」 「………」
28 19/01/03(木)21:05:09 No.559387512
「はいやーらしか!やーらしか!照れてる愛ちゃん可愛いでちゅねぇ~サガジェンヌでちゅねぇ~サガジェ~ンヌ……ボンジョォル……サガジェ~ンぐっへぇ!!」 巽幸太郎の顔面にCDケースの角が突き刺さった。 水野愛が、キレのある投擲動作から手裏剣のように巽幸太郎の顔にCDを投げつけたからだ。 「……なんなの!?」 そしてお決まりの台詞を吐いて、水野愛は激怒した。 何なのだ。 本当に何なのだ。 ……頭の花は見事に枯れ落ち、今度は怒りで顔を赤くしている。 ああもうこの男は本当に。 …私を子ども扱いしかしない!
29 19/01/03(木)21:05:25 No.559387602
「…もうそのまま寝てなさいよ!口開くな!」 「……言われんでもそうするんじゃい。CDは元に戻しとけぃ」 どこも壊れていないのを確認して、大切なものを扱うような手つきでCDケースを手に持ち。 そしてどこか懐かしむようにそれを眺めた後、水野愛にそれを返してベッドに横になる巽幸太郎。 それを受け取り元の位置に戻しながら、はぁーーーー…と深いため息をつく水野愛。 改めて看病ってなんだっけ…と思い返しながら、激怒を抑えつつも再度ベッド横の椅子に座り、スマホを弄りだした。
30 19/01/03(木)21:05:38 No.559387678
…もうすぐ看病の交代の時間だ。 おそらく次の順番である紺野純子が、おかゆを温め直して待機しているだろう。 手にしていたスマホの画面を閉じ、スカートのポケットにしまって、水野愛は改めて眠りについている巽幸太郎を見る。 …こいつは先ほど、私のファンだったと言っていたが。 それが本当だったとして、だとすると……私が死んだ、あのライブを。 この男は見に来ていたのだろうか。
31 19/01/03(木)21:05:50 No.559387743
…そう考えて、少し申し訳ない気持ちが生まれる。 もしも、もし万が一だが。 私の死が、こいつをゾンビィを生みだすという道に進めてしまったのなら。 ……どんな顔をして、コイツといればいいんだろう。 でも、その問いは怖すぎる。 これまでの私と、コイツと、フランシュシュとの関係を一変してしまうものだから。 水野愛は聞こうとは思わず、規則正しい寝息を立て始めた巽幸太郎に顔を近づける。
32 19/01/03(木)21:06:02 No.559387829
……寝てる?寝てるわね? …ごめんなさい、看病の一つもしないで迷惑ばっかりで。 恥ずかしくて絶対に口にはしないけど、アンタのこと信頼してるから。 アンタの仕事も、アンタの夢も、私たちが手伝うから。 だから、私たちにも心配くらいさせなさい。 私たちはもう、アンタがいないとダメなんだから。 アンタがいて、初めてフランシュシュというアイドルグループは機能するんだから。
33 19/01/03(木)21:06:18 No.559387913
……ファンだって、言ってくれてありがとう。 あの頃の私を、見ていてくれてありがとう。 でも、これからの私もちゃんと見なさいよね。 あの頃の私に負けないくらい、頑張ってやるんだから。 頬が触れ合いそうになる距離まで近づいて。 耳元で、囁き未満の音量で。 水野愛の口が動いて、とある言葉への返事を返した。
34 19/01/03(木)21:06:34 No.559387984
「────Je t'aime」
35 19/01/03(木)21:06:44 No.559388029
愛です。 なんなのアイツ。 10年越しにファンでしたって言われても何も嬉しくないんですけど? せめて今の私のファンだって言ってくれない?ホントに気が利かない男なんだから。 それに肉くらい焼いたっていいじゃない…肉食べたいのよ…そういう体にしたのはアンタなのに。 生前?生きてたら肉を食べるでしょ?美味しい肉に罪はないわ。 ……それにしてもあのCD。大切に持っていてくれたのね、アイツ。 ………まったく。 次回、ゾンビランドサガ。 『緊褌一番のトロイメライ』。 …純子、覚悟を決めたみたいな顔だけど…看病そんなに大変じゃないわよ?
36 19/01/03(木)21:07:43 No.559388324
おにくちゃんはさあ
37 19/01/03(木)21:07:52 No.559388367
よか… しかし思いの外復調してきたとは言えハードワーク 暖炉はコンロじゃありません
38 19/01/03(木)21:08:04 No.559388426
平成はさぁ…
39 19/01/03(木)21:08:14 No.559388470
よかばい!
40 19/01/03(木)21:08:30 No.559388545
ゾンビの本能に忠実過ぎる
41 19/01/03(木)21:08:31 No.559388547
愛ちゃん控えめにいっておバカ
42 19/01/03(木)21:08:31 No.559388551
su2806698.txt これまでのまとめです 雑でいいやと書き始めたらペアに入って一番の長文になるとかなんなの力すげぇってなりました 純子ちゃんは明日以降に書きあげます あと渋にも上げ始めたのでそちらもよければ
43 19/01/03(木)21:09:05 No.559388715
愛ちゃんはかわいいなあ!
44 19/01/03(木)21:09:28 No.559388846
>雑でいいやと書き始めたらペアに入って一番の長文になるとかなんなの力すげぇってなりました 愛ちゃんの書きやすさ尋常じゃないよね… とりあえずまったくなんなのさせとけば面白いし可愛くなるもん…
45 19/01/03(木)21:09:30 No.559388858
肉を 焼くな
46 19/01/03(木)21:10:22 No.559389101
愛ちゃんギャグパートかと思ったらぶっこんできたな…
47 19/01/03(木)21:10:56 No.559389266
緊褌一番 きんこんいちばん 気を引き締めて事に臨むこと トロイメライ 夢・夢想の意
48 19/01/03(木)21:13:07 No.559389897
愛ちゃんジュデームの意味理解してる!?
49 19/01/03(木)21:13:12 No.559389920
>「────Je t'aime」 あっここ1億サガジェンヌです
50 19/01/03(木)21:13:28 No.559389994
やっぱ乾くんは愛ちゃん知ってるはずだよなあとにやにやしながら読んでた
51 19/01/03(木)21:13:44 No.559390076
>愛ちゃんジュデームの意味理解してる!? すきって意味でしょ!しってるわよそれくらい!
52 19/01/03(木)21:13:53 No.559390132
相変わらず幸太郎の好感度調整は見事じゃのう…
53 19/01/03(木)21:14:15 No.559390276
はいはいジュテームジュテーム!
54 19/01/03(木)21:14:29 No.559390352
勢いのまま書いてたら愛ちゃんと幸太郎が曇る方向に過去話が広がっちまったもんだから 3000文字削除して流れを無理矢理変えたところあります
55 19/01/03(木)21:14:40 No.559390429
これは凄い…
56 19/01/03(木)21:14:45 No.559390457
>>愛ちゃんジュデームの意味理解してる!? >すきって意味でしょ!しってるわよそれくらい! すき焼きのすきと同じに思ってないか一瞬怖くなったが流石にそこまでアホではないな…
57 19/01/03(木)21:14:47 No.559390479
>すきって意味でしょ!しってるわよそれくらい! 愛ちゃんさんはさぁ…
58 19/01/03(木)21:14:49 No.559390495
ジュテーム ガッデムの柔らかい言い方
59 19/01/03(木)21:15:46 No.559390817
はいお前可愛い
60 19/01/03(木)21:15:48 No.559390822
>勢いのまま書いてたら愛ちゃんと幸太郎が曇る方向に過去話が広がっちまったもんだから >3000文字削除して流れを無理矢理変えたところあります なそ にん
61 19/01/03(木)21:16:03 No.559390909
大丈夫?幸太郎最終的に刺されない?
62 19/01/03(木)21:16:30 No.559391025
>はいお前ら可愛い
63 19/01/03(木)21:16:46 No.559391103
>大丈夫?幸太郎最終的に刺されない? そうならないための好感度調整と心の中の乾くんも自信満々に言っておる
64 19/01/03(木)21:17:01 No.559391159
>勢いのまま書いてたら愛ちゃんと幸太郎が曇る方向に過去話が広がっちまったもんだから >3000文字削除して流れを無理矢理変えたところあります なそ にん それはそれで読みたい気もする
65 19/01/03(木)21:17:05 No.559391181
>大丈夫?幸太郎最終的に刺されない? ダメだ暖炉で火に当たってる光景浮かんでしまった
66 19/01/03(木)21:17:25 No.559391287
昨日の今日で3000字書いて削ったのがすごい
67 19/01/03(木)21:17:55 No.559391425
>そうならないための好感度調整と心の中の乾くんも自信満々に言っておる 乾くんはさぁ…
68 19/01/03(木)21:17:56 No.559391431
気を抜くと幸太郎を曇らせたくなるの分かるよ…
69 19/01/03(木)21:18:31 No.559391631
>>大丈夫?幸太郎最終的に刺されない? >ダメだ暖炉で火に当たってる光景浮かんでしまった たえちゃんに食われるのか…
70 19/01/03(木)21:18:46 No.559391707
寝室で 肉を 焼くな
71 19/01/03(木)21:19:28 No.559391916
曇ったら曇ったでメリーバッドエンド迎えそうな予感がする
72 19/01/03(木)21:20:19 No.559392140
乾くんの事突き詰めて考えてくとどうしても心の中の曇らせ隊が
73 19/01/03(木)21:20:43 No.559392279
これギャグじゃ…ギャグじゃない!
74 19/01/03(木)21:21:09 No.559392383
しかし幸太郎相変わらずクソ重いな!
75 19/01/03(木)21:21:16 No.559392426
> アイドルとして青春時代を駆け抜けた水野愛。 > アイドルとしての成功の代償に、きっと日常生活の当たり前の部分を失ってしまったのだろう。 > そう考えると巽幸太郎も一方的に怒りをぶつけるわけにもいかず、やれやれという心境でベッドに体を横たえた。 えぇ…たぶんそういう問題じゃない…
76 19/01/03(木)21:21:49 No.559392568
>> アイドルとして青春時代を駆け抜けた水野愛。 >> アイドルとしての成功の代償に、きっと日常生活の当たり前の部分を失ってしまったのだろう。 >> そう考えると巽幸太郎も一方的に怒りをぶつけるわけにもいかず、やれやれという心境でベッドに体を横たえた。 >えぇ…たぶんそういう問題じゃない… 鍛え抜かれた肉体がそう考えてるんだ だからきっとそうなんだ
77 19/01/03(木)21:23:04 No.559392955
スマホの暗証番号がありそうで嫌だ
78 19/01/03(木)21:24:40 No.559393404
この後滅茶苦茶肉を焼いた
79 19/01/03(木)21:26:13 No.559393842
幸太郎さんの寝室に充満する焼肉の香ばしい匂い
80 19/01/03(木)21:26:31 No.559393934
>気を抜くと幸太郎を曇らせたくなるの分かるよ… 愛ちゃんが最後触れてる怖すぎる問いの方向に最初話が進んじゃって書き直したんだ この物語は光の物語なので闇は浄化される方向がメインです
81 19/01/03(木)21:26:33 No.559393943
普通に掃除させててダメだった
82 19/01/03(木)21:26:59 No.559394094
幸太郎はライブに結局参加できなかったって言ってたよね? 愛ちゃんは聞いてなかったか……
83 19/01/03(木)21:27:18 No.559394168
えっもう書いたの…なんなの巽なの…
84 19/01/03(木)21:28:06 No.559394403
暗証番号は、うん……本人にばれたらアレなやつだね。 乙女かよ
85 19/01/03(木)21:29:25 No.559394817
好感度ゲージが全員MAXになっちまうーっ!
86 19/01/03(木)21:29:52 No.559394963
生きていたら同い年 当時はファンでもしかしたら初恋 愛ちゃんが頭の花を咲かさない訳がなく…
87 19/01/03(木)21:31:04 No.559395315
CDと一緒にさくらちゃんが行くつもりで取ってた運命のライブのチケットとかも譲られてそうだ
88 19/01/03(木)21:31:41 No.559395511
この女房面(多分)初恋のカッコの中もう覚えてないと思う
89 19/01/03(木)21:32:13 No.559395674
この大作シリーズ好き
90 19/01/03(木)21:32:24 No.559395730
回想の時ファンじゃなくてさくらをきっかけにアイアンフリルに興味持ち始めるのもあり得るよね てか佐賀のライブに乾くん行ってそうなのが…
91 19/01/03(木)21:33:50 No.559396135
渋みたらあんただったのか…筆が早いわけだ 前の作品も好きだったし今回も楽しみにしとらすよ!
92 19/01/03(木)21:39:02 No.559397652
いつの間にか6話まで来てたのか 間4話くらい見逃してるから読ませてもらうよありがとう
93 19/01/03(木)21:45:39 No.559399838
毎回まとめを貼ってくれるのは有難い
94 19/01/03(木)21:50:13 No.559401352
高感度メーター 1■■■■■■■■■■ 2■■■■■■■■■□ 3■■■■■■■■■□ 4■■■■■■■■□□ 5■■■■■□□□□□ 6■■■■□□□□□□ 0ヴァウヴァウ
95 19/01/03(木)21:52:14 No.559402107
まあ肉食ったら元気になるは真理だから…
96 19/01/03(木)21:52:18 No.559402133
たえちゃんも増えてる お肉の影響かな?
97 19/01/03(木)21:53:13 No.559402513
最後にはそのメーター全部振り切らせるつもりである
98 19/01/03(木)21:54:19 No.559402921
>暗証番号は、うん……本人にばれたらアレなやつだね。 >乙女かよ その本人に推測されて見事正解…