虹裏img歴史資料館

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18/04/22(日)23:55:02  ぷか... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1524408902116.jpg 18/04/22(日)23:55:02 No.499532232

 ぷかり、と吐き出した煙が天井に向かって伸びていく。  吸気口に吸い込まれていくその様を、わたしは見るともなしにぼんやりと見送っていた。 「誰かと思えば……何やってるんだ、お前」  ふと、暗がりから声をかけられる。どうやら起きていたらしい。 「なんだ、いたの」 「何を言ってるんだ、僕をここに拘束してるのはお前たちだろう」 「いやほら、縄抜けとかして脱走の準備でもしてるんじゃないかなって。わたしよりうまくやれるんでしょ」  皮肉混じりに言葉を返すと、暗がりの向こうにいるそいつは呆れたような吐息を漏らした。 「……妙な特技を持ってるんだな。魔術はからっきしの癖に」 「まあね。変わり身の術とかもできるよ。後、木製の手枷くらいなら割れるかな」 「……?」  くだらないジョークとでも取られたのだろうか。そいつ──カドック・ゼムルプスの表情は暗がりで見えなかったけれど、困惑の表情を浮かべているであろうことは雰囲気で察した。 「……で、何をしてるんだよ」 「ん? 別になにも。一服してるだけ。この車の中だと、ここくらいしか吸える場所がないから」 「お前、煙草なんか吸うのか」

1 18/04/22(日)23:55:26 No.499532311

「最近吸い始めたばかりだけどね。在庫もそんなにないから、本当にたまにだけど。マシュにも見られたくないしね」 「……キリエライトに?」 「そ。私が煙草吸ってるところなんて見たら、絶対『体に悪いからダメです、先輩!』って取り上げられちゃうから。あの子、わたしのことはなんでも気にかけてくれるからね」 「そんな話、僕にしてどうするんだ」 「貴方が聞いてきたんでしょ。あ、それともマシュに煙草吸ってるの知られたくないっていうのが弱味になるとでも思った?」 「阿呆か」  苦々しげなその声を聞き流しながら、わたしはそいつが拘束されているところに近付いた。 「なんだよ」 「立ち話もなんだから」 「話すことなんて何もない」 「じゃあ勝手に一人で喋るよ」 「余所でやれよ」 「だから、ここでしか吸えないんだってば、煙草」

2 18/04/22(日)23:55:56 No.499532457

「はあ……」  また、呆れたような吐息が聞こえる。まあ、現状彼に拒否権なんて存在していないようなものなのだから、諦めるのも無理はない。 「……」 「……」  しばらくの無言の後、わたしはまた煙を天井目掛けてぷかりと吹かして、その煙の軌跡を見送る。  輪っかを作ったりできればもう少し楽しいのだけれど、そんな芸は持ち合わせていなかった。 「……煙い」 「うん、煙草吸ってるからね」 「迷惑だからやめろって言ってるんだ」 「あー、その辺はあんまり変わらないんだね、魔術師も。……あ、クリプターだっけ?」  なんとなく共通項を見つけた気がして、少しだけ嬉しくなる。ここ最近はずっとカルデアにいたせいか、そんな感覚も麻痺していた。そうだった、わたしが居た日常でも、喫煙者は文字通りの鼻つまみもの扱いだったっけ。 「魔術師がどうとかって話じゃない」 「ごめんごめん、でももうすぐ吸い終わるから。それまで我慢して」 「せめてもう少し離れろ」 「はいはい。もう、細かいなあ」

3 18/04/22(日)23:56:23 No.499532578

 もう半分も残っていない煙草をくわえながら、わたしは少しだけ距離をとった。  何もかもが不足しているこのシャドウ・ボーダーの中では、どんな物資も無くなったら次は手に入るかどうかさえわからない。優先度の低い嗜好品なんて尚更だ。我らが司令官のお部屋になら、少しくらいありそうな気もするけど。  だから、吸うときは一回につき一本だけで、それをギリギリまで吸うことにしている。 「それにしても……お前、少しは考えなかったのか?」 「ん?」  と、再びカドックが声をかけてくる。 「お前に暗示をかけて脱走の手助けをさせるくらい簡単なんだぞ」 「まあ、そうだろうね。でもやらないってことはする意味が無いって解ってるからでしょ?」 「……」  その沈黙を返答と解釈して、わたしは続ける。

4 18/04/22(日)23:56:55 No.499532716

「私一人を洗脳したところで、ホームズやダ・ヴィンチちゃんをどうにかできるわけないし」 「……」 「それに、そもそも虚数潜航中のこの車からは脱出できない。そんなリスクを冒してまで、私を洗脳するメリットそのものが存在していない。……初歩的な事だよ、ワトソン君」  ちっ、と舌打ちを返される。ホームズの物真似がそんなに似ていなかったのだろうか。前にマシュに見せたときは「台詞は完璧です」って誉められたのに。 「……あ」  地味にショックを受けている内に、終わりが近づいていたらしい。フィルターまで後数ミリくらいにまで縮んでしまった煙草を可能な限り吸って、携帯灰皿で揉み消した。  その後、ゆるゆると最後の煙を吐き出していく。そしてまた、その軌跡を見送っていく。吸気口に吸い込まれていく紫煙は別に名残惜しくもなかったけれど、こうして何も考えずにぼんやりと煙を眺める時間が終わるのは、とてつもなく惜しいものに思えて。  ……この一服が終わったら、また現実に戻らなくちゃいけない。焦燥と不安と悔恨に苛まれながら、その日の生存にあらゆる努力を費やす日々に。

5 18/04/22(日)23:57:58 No.499532997

「……やっと終わったか」 「……残念ながら。一度に何本も吸えるほど残ってないからね」 「そっちはどうでもいいんじゃないのか?」 「え?」 「お前、煙草そのものには大して執着があるようには見えなかった。本当に執着があるなら、わざわざ僕に話しかけなくても吸うことに集中していればよかっただろ」 「……まあね」 「現実逃避か」 「……まあ、ね」  肯定する。確かに、実際のところ煙草そのものには別に執着はなかった。後から後から沸いてくるネガティブな思考を遠ざけるために今用意できるものが、たまたま煙草だったというだけだからだ。  だから味なんてよく分からないし、それどころか銘柄だって曖昧だ。カルデアが無くなる少し前に購買で適当に目についたのを買ったものが、そのまま手元に残っていただけだし。 「だから、無いなら他のものでどうにかする。わたしと一緒だね」

6 18/04/22(日)23:58:29 No.499533158

「だから、無いなら他のものでどうにかする。わたしと一緒だね」  積極的に無くす必要もないけれど、無いなら無いでどうにかなる。どうにかする。その一点についてはわたしも煙草も同じことだ。仮に今の一本が最後の一服でもわたしが別のなにかを探すように、わたしが命を落としても、ここにいる誰かがどうにかしようと足掻くのだろう。  そもそも、わたしはそういう存在だったのだから。 「……他のものでどうにかする、か。確かにそうだろうな」  諦めたように、カドック──わたしが代替品になった者は、そう呟いた。 「でもまあ、これが手っ取り早いのは間違いないかな。お酒は飲めないし」  言いながら、軽く煙草の箱を振る。もうすっかり少なくなった中身が揺れて、からからと小さな音を立てた。  もう何本吸っただろうか。最初に吸ったのは確か── 「……あ、そうだ」  まだあった、理由。 「後これ、願掛けでもあるんだよ」

7 18/04/22(日)23:58:53 No.499533266

「願掛け?」 「そ。ひょっこりあいつが顔だしてくれないかなっていう、願掛け」 「はあ?」  多分、素が出てるんだろうな。そんな感じの声だった。 「あいつって、誰のことだよ」 「サーヴァント。カルデアに居た頃、煙草好きのサーヴァントが居たんだ」  呼んでもないのに駆け付けてくる、変な高笑いがやかましい共犯者。  その姿を思い浮かべながら、わたしは続ける。 「ほら、何て言うんだっけ。そう、触媒? この煙草がそれになるんじゃないかと」 「……阿呆か」  サーヴァントをなんだと思ってるんだ、と言わんばかりの溜め息と共に、カドックが呆れ返って呟く。 「そんなので喚べるなら誰も苦労しない」 「だろうね」  もちろん、そんなことは分かっている。魔力源もろくにない、召喚サークルもないこの場所で、英霊の召喚ができるわけもない。  でも、あいつなら、来てくれるんじゃないか。そんな都合のいい妄想を抱く自分も、心のどこかに間違いなく存在していて。

8 18/04/22(日)23:59:31 No.499533472

「そんなに強い英霊だったのか」 「うん、強いよ。それに頼れる。……まあ、頼りにならない英霊なんて、私の知る中には一人もいなかったけど」 「ふん……」  不機嫌そうに小さく鼻を鳴らして、カドックはまた黙り込んでしまった。  私も、いい加減潮時だろうか。理由もなく捕虜を捕らえているここに長居しているとバレたら、司令官がぎゃーぎゃー騒ぎかねないし。 「……おい」  そう思って腰を上げようとすると、またカドックがまた口を開いた。 「さっき、僕に脱走するメリットが無いと言ってたけど」 「うん」 「こうは考えないのか。僕が脱走を目的とせず、お前たちを道連れにして自殺を図ると」 「それはあり得ない」 「……どうして、そう言い切れる」  ほとんど即答で返した私の言葉に、少し驚いた様子だった。  でも、驚くようなことじゃない。理由はとても簡単なものだからだ。 「貴方も、呪われているから」

9 18/04/23(月)00:00:05 No.499533653

「……呪い?」 「あの子──アナスタシアが消える間際に、貴方に『生きろ』って言ってたから」 「……」 『殉死も許しません。自爆も許しません』 『その後悔を抱いて生きなさい、マスター』  ビリーの撃った弾丸から彼を庇い、消滅したロシアの皇女。その彼女が今際の際に遺した言葉。  それは、願いであると共に呪いでもあった。  死ぬことは許さない。何があろうと生き延びろ。  ありふれた、けれど深く深く刻まれた呪いの言葉。  ……同じ呪いを、わたしも刻まれている。わたしを許さないと言った、異端のヤガに。

10 18/04/23(月)00:00:59 No.499533997

「だから、わたしも貴方も死ねない。死ぬわけにはいかない」  例えその相手が産まれた世界を滅ぼすことになろうと。そこにいるあらゆるものを皆殺しにすることになろうと。  どんな怨嗟を浴びようと、慚愧の念に苛まれ続けようと、それでも、わたしたちは前に進み続けなきゃならない。わたしの存在に替えが効こうと効かなかろうと、生きて生きて生きて、歩み続ける。  その先にはきっと、希望があると信じて。 『歩むがいい! 足掻き続けろ! 魂の牢獄より解き放たれて―――おまえは!いつの日か、世界を救うだろう!』  ──ああ、そう言えば、前にも似たようなことを言われたっけ。

11 18/04/23(月)00:01:32 No.499534172

「……」  沈黙。少し、感傷に浸りすぎただろうか。 「……言ったでしょ。初歩的な事だよ、ワトソン君」  ……辛気くさくなった空気を誤魔化すためにおどけて見せると、また舌打ちが返ってきた。よっぽどお気に召さないらしい。 「まあいいや。じゃあ、わたしはそろそろ……」  と、今度こそ腰を上げた時にふと思い付いて、わたしはポケットにしまった煙草の箱を再び取り出した。中身を確かめると、まだ七本残っている。  ちょうどいい、とわたしはもう一度カドックの隣に腰を下ろした。 「なんだ?」 「一本あげる」 「はあ?」 「吸えるでしょ、わたしより上手く」 「いや、僕は煙草はあんまり……」 「いいから。囚人への差し入れは煙草って相場が決まってるんだから」 「ちょっと待っ……」

12 18/04/23(月)00:01:52 No.499534275

 半ば強引に煙草をくわえさせ、ライターで火をつけてやる。これだけは我ながら本当に上手くなったものだと思うのは、自惚れだろうか。 「げほっげほっ、ぐえっ」 「ああもう、いきなり吸っちゃだめじゃん。まずは吐くの」 「そんなことは分かってるっ……!」  噎せ返る背中を叩きながら、吸い方をレクチャーしてやる。恨めしげな視線を感じるが、暗がりなので分からないということにしておいた。  何度か噎せる内にようやく掴めてきたのか、どうにかこうにか普通に吸い始めた。 「どう、煙草の味は?」 「……知るか」 「だよね、わたしもよくわかんないし」  よくわからない。本当にそんなことばかりだ。でも、だからって立ち止まるわけにはいかない。なにがあろうと無かろうと、始めた以上は最後までやり遂げなければならない。  憮然とするカドックの口から吐き出される紫煙の軌跡を見送りながら、わたしはそんなことを考えていた。

13 18/04/23(月)00:02:07 No.499534367

終わり 騙して悪いがイヤッハはない

14 18/04/23(月)00:03:16 No.499534708

また卑しいぐだ子はさあ!と思って開いたら真っ当なSSだった とてもよかったよ…

15 18/04/23(月)00:04:12 No.499534991

そうそうこういうのでいいんだよ

16 18/04/23(月)00:04:54 No.499535233

いい雰囲気の怪文書見るといつ鎖鎌型令呪が出てくるのか身構えるようになってしまった

17 18/04/23(月)00:05:02 No.499535279

騙されてよかったよ…

18 18/04/23(月)00:06:00 No.499535642

またイヤッハかよ……

19 18/04/23(月)00:06:48 No.499535943

主よイヤッハを疑った私をお許し下さい…

20 18/04/23(月)00:07:30 No.499536218

こうして騙されて初めてどれだけイヤッハじゃない怪文書を求めていたのか体感した心地だ

21 18/04/23(月)00:09:24 No.499536888

多分異聞帯のどこかでもあいつは来てくれるって期待しちゃうよね…

22 18/04/23(月)00:10:17 No.499537208

こういうのでいいんだよ

23 18/04/23(月)00:12:49 No.499537953

いい…

24 18/04/23(月)00:13:36 No.499538255

なんだイヤッハじゃないのか なんで?

25 18/04/23(月)00:15:15 No.499538782

王道があってこそなんやな

26 18/04/23(月)00:15:16 No.499538792

ほろ苦くていいじゃないか…

27 18/04/23(月)00:18:21 No.499539709

マジで開いた瞬間おっイヤッハかな?と思ったもん

28 18/04/23(月)00:18:33 No.499539771

正直身構えてたので嬉しい

29 18/04/23(月)00:18:42 No.499539813

そうそうこういうのでいいんだよ…

30 18/04/23(月)00:19:28 No.499540052

もっとこういった怪文書も量産してくだされー!

31 18/04/23(月)00:20:09 No.499540240

やるじゃん

32 18/04/23(月)00:20:46 No.499540413

これは怪文書ではないのでは?

33 18/04/23(月)00:23:32 No.499541254

分からない 俺達は雰囲気で怪文書とSSを呼び分けている

34 18/04/23(月)00:23:37 No.499541281

次のイヤッハも期待してるね!

35 18/04/23(月)00:23:42 No.499541302

幕間見るに巌窟王は常に心の中にいるけどね

36 18/04/23(月)00:24:39 No.499541643

どうせ一番美味しい時に出てくるんじゃないかなあの彼氏面

37 18/04/23(月)00:25:27 No.499541921

知らない宣教師みたいに知らない船乗りとか知らないお金持ちとかで出てきてほしい

38 18/04/23(月)00:27:25 No.499542462

金時こんな台詞言ってたっけ

39 18/04/23(月)00:29:21 No.499542904

どんどんと深みにはまっていくカドぐだが見たいわ!見せてちょうだい!!

40 18/04/23(月)00:34:25 No.499544193

明らかに文章力が高い最初の一文目からもうイヤッハ感あって騙された! 騙されてよかった……

41 18/04/23(月)00:35:53 No.499544562

カドぐだいいよね

42 18/04/23(月)00:36:56 No.499544816

やだよあんな笑い方の金時

43 18/04/23(月)00:45:09 No.499546817

クハハハハハハハハハハ!ゴォールデンドラァイブ!グッナイ!

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