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18/04/15(日)01:39:46 SS「ボ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1523723986315.jpg 18/04/15(日)01:39:46 No.497790992

SS「ボコられくまのみほ」

1 18/04/15(日)01:40:40 No.497791159

「はぁ……」  西住みほはため息をつきながら暗い面持ちで学園艦の通学路を歩いていた。  みほは大洗学園艦に転校してきたばかりである。理由は、彼女が前にいた学校、黒森峰でおかしてしまった失態にあった。  黒森峰で戦車道をやっていたみほは、十連覇のかかった決勝戦で川に水没してしまった味方の戦車を助けに行ってしまい、黒森峰を敗北させてしまった。  そのせいでみほは黒森峰の生徒から村八分状態にされてしまった。  黒森峰では彼女の実の姉のまほですら味方ではなかった。まほはみほの家が代々受け継いでいる戦車道の流派、西住流の次期家元であり、みほの行為を肯定するわけにはいかなかったからだ。  みほは黒森峰で孤立した。誰も彼女に同情してくれなかった。そして追い打ちのように、みほが助けた戦車に乗っていた生徒の殆どは転科、転校などして黒森峰の戦車道から離れていった。  まるでみほの行為を間違っていたと証明するかのように。  それらのことがみほには耐えられなくなり、とうとうみほは逃げるように黒森峰から戦車道のない大洗女子学園に転校することを決めたのだ。

2 18/04/15(日)01:40:57 No.497791209

 だが、大洗でもみほは孤独だった。  みほはすっかり他人が怖くなってしまっており、友人を作れないでいたのだ。  今も、通学路を歩いている最中だが周囲を通り過ぎていく他の大洗の生徒を避けるように通学している。  大洗でみほの事情を知るものはいない。だが、それでもみほは他人との接触を嫌がった。  それは、仲良くなった後に裏切られるのが恐ろしかったからだ。  もう戦車道なんてやりたくないし、友達も裏切られるのなら作りたくない。それがみほの気持ちだった。  だが、それはそれとしてみほは寂しさと心苦しさも感じていた。  その証拠が、先程のため息である。 「私、なんのために転校してきたんだろう……」  みほは誰にも聞こえない声でポツリとこぼす。  転校しても苦しみが和らぐどころか、より孤独感を味わっている。そのことが、みほにとっては悲しかった。  それでも学校にはいかないといけない。みほは真面目な性格ゆえに、登校だけはしていた。 「…………」

3 18/04/15(日)01:41:15 No.497791279

 やがて校門に着くと、多くの生徒が次々と学校に入るために歩いている。  それを見るだけで、みほは息苦しかった。  みんな楽しそうに笑っている。楽しげに話している。それが、みほには眩しすぎた。もう自分には手に入らない輝きに見えてしまって。 「……っ」  みほは唇を噛み締める。  今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えて、自分の教室に入る。  教室は楽しそうに話している生徒達でいっぱいだった。その空気が、みほをより追い詰める。  ――私、ここにいていいのかな……。  みほは心の中で呟いた。  楽しげな雰囲気はみほにとって毒でしかなかった。  そんなもやもやを抱えつつもみほは机に座り、授業が始まるのを待つ。  なるべく自分の気配を消して、である。  そうしているうちに担任の先生が入ってきて、学校の一日が始まる。  できれば早く終わって欲しい。みほは学校の始まりからしてそんなことを思っていた。

4 18/04/15(日)01:41:34 No.497791353

「はぁ……やっと半分……」  授業の半分が過ぎたところで、みほはため息にも似た言葉を吐いた。  学校の授業の進みが嫌に遅く感じてしまうみほ。それは彼女が学校というものが嫌になっているからだった。  できれば学校には来たくない。ずっと引きこもって生活していたい。それがみほの望みだった。  しかし、それが許されるとも思っていなかった。みほは一種の強迫観念にかられていた。 「……次の授業は移動教室だからいかないと……」  みほはいつしか教室に一人残っていた。できればこのまま教室で一人過ごしたいという気持ちを抑えて、立ち上がろうとする。  そのときだった。 「ヘイ彼女!」  誰かがみほに声をかけて来たのだ。 「っ!?」  みほはビクンと体を震わせる。そして―― 「ごっ、ごめんなさいっ!」

5 18/04/15(日)01:41:52 No.497791404

 みほは声をかけてきた相手を確認することなく、その場から逃げ出してしまった。 「……っ! やっちゃった……やっちゃった……!」  みほは逃げながらぶつぶつとつぶやいた。  せっかく誰かが自分に話しかけてくれたのに。  せっかく新たな生活を送れるきっかけだったかもしれないのに。  みほはそれを拒否してしまった。自ら可能性の芽を潰してしまった。  その自分の行為を、みほはひどく後悔しながらも走っていた。 「……はぁ……はぁ……」  みほはいつしか学校の外に出ていた。夢中で走っていたら学校から出てしまっていたようだった。 「……私、馬鹿だ……」  誰も居ない校門の側でみほは一人こぼす。  自分からせっかくの未来の可能性を潰してしまったこと。  学校はサボらないと決めたのにこうして外に逃げ出してしまったこと。  それらのことがみほに重くのしかかってきた。

6 18/04/15(日)01:42:22 No.497791518

「もう嫌……誰もいないところにいきたい……」  みほはヤケになったかのようにそんなことを考えた。  今更教室に戻ってもみんなからの注目を無駄に受けるだけだし、逃げ出したことについて声をかけてきた子に問い詰められるかもしれない。すでに悪い噂を流されているかもしれない。  そう考えると、みほはもう教室には戻りたくなくなっていた。 「どこか……どこか一人になれる場所に……」  みほはそんなことを考えあてもなくさまよい始めた。  家に帰ることも考えたが、今はもっと暗く、誰も近寄りそうもない場所に行きたいと考えた。  ではどこがいいか。  そんなことを考えながら、みほは街をさまよった。 「あ……」  そんなときだった。  みほは、学園艦の下層部に繋がる通路の入り口を見つけた。 「学園艦の下なら……」

7 18/04/15(日)01:42:48 No.497791621

 みほは学園艦の下層部がどうなっているのか知らない。だが、下層ともなると人はいないのではと考えた。  少なくとも、上層に住んでいる生徒が下層部に行ったなどという話は聞いたことがなかった。 「行ってみる価値はあるかも……」  みほは一人になれる場所であると信じ、学園艦の下部を目指して進み始めた。  学園艦下部への道のりは、なかなかに大変だった。  まず下部といってもまだ底が浅い部分には、船舶科の生徒がおり、狭い空間で彼女らを避けて進むのは大変だった。  また迷路のように入り組んでいるため、自分の現在地がよくわからなくなりそうになって困った。  そんな困難に負けずに下を目指して歩いていると、だんだんと照明もなくなり、整備も行き届いていない、汚れた場所へとたどり着いていった。  みほは確信する、ここが学園艦の下層部なのだと。  学園艦の下層部は非常に暗く、汚れきっていた。壁面にはいたずら書きもされており、それが消されていないあたり誰も手入れしていないのが伺えた。  ――ここならしばらく一人になれるかも……。  みほはそう思った。  しかし、そんな矢先だった。

8 18/04/15(日)01:43:31 No.497791764

「へい、そこのお嬢ちゃん」  みほは突然ぶっきらぼうな声で話しかけられた。  ビクンとなり、反射的に逃げ出そうとする。だが、そんなみほは肩を掴まれ動けなくなる。 「ひっ……」 「何いきなり逃げようとしてんのさぁ。お嬢ちゃん、上の生徒でしょ? なんでこんなところに来たわけ?」  みほは恐る恐る振り返る。そこにいたのは、いかにもガラが悪そうな二人組の生徒だった。 「え、えっと……」 「あんたさぁ、ここを学園艦の下層と知って来たわけ? なら結構度胸あんじゃん、上の生徒の癖にさあ」 「だよねぇ。迷い込んできたってわけでもなさそうだし、火遊びかな?」 「だったら悪い子だなぁ。お仕置きしないと」 「ひっ……!」  みほは彼女らの威圧する態度に完全に気圧され、震えてしまっていた。  ――こんなところにも生徒がいたなんて……もう、私が心安らぐ場所はないの……?  そんなことを思いつつも、みほはこれからされる荒事に恐れをなし涙目をぎゅっとつむった。 「おい、そこまでにしてやんな」

9 18/04/15(日)01:44:02 No.497791857

 そのときだった。  すっと透き通った声が、みほの背後から聞こえてきたのだ。  みほは恐る恐る後ろを振り返る。  そこにいたのは、マリンキャップを被りコートをマントのように羽織ってバグパイプを口にしている、一人の少女だった。 「あ、お銀さん……!」  みほに絡んできていた生徒がビクリと体をこわばらせる。  それだけで、そのお銀と呼ばれたその少女がかなり力のある人間だということが分かった。 「カタギの人間に、下手にちょっかい出してんじゃないよ。程度が知れるってもんさね」 「す、すいません……! 私達はこれで……」  お銀の一声で、みほに絡んでいた二人組は蜘蛛の子を散らすように去っていく。  そして一人取り残されたみほに、お銀は近づいてくる。 「大丈夫かい?」 「えっ……あっ……あの……」

10 18/04/15(日)01:44:27 No.497791957

 みほは助けられたことを理解しながらも、うまく言葉が出てこなかった。それは、ずっとみほが他人と離してこなかったせいで、誰かと言葉を交わすということを忘れてしまっていたせいでもあった。 「なんだい? 怖くて喋れないのかい? 安心していいよ。私はさっきの子達みたいにあんたに何かをしようなんて思っていないからさ。それで子猫ちゃん、子猫ちゃんは上から来たのかい?」 「えっと……その……はい……」 「そうかい。どうしてこんなところに。ここは学園艦の掃き溜め、クズしかいない最低の場所だっていうのに」 「……それは……その……私……逃げてきて……」  みほはなぜだかお銀に対して自分の気持ちをぽつりぽつりとだがこぼすことができた。  それは彼女がなんだかとても大きな人間にみほには見えたからであった。 「へぇ? 逃げてきた? ……ふふっ、そりゃあいい。上も自由なようで大分窮屈な場所だしね。自由を求める子猫ちゃんにはうってつけの場所だろうよ。まあ、ここには猫なんて入ってこないんだけどね」  お銀はそう言ってみほに笑いかける。とてもニヒルで、魅力的な笑顔だとみほは思った。

11 18/04/15(日)01:44:42 No.497792003

「あ、あの……もし……その、お邪魔でしたらすぐに帰ります……失礼しました……」  しかし、みほはここも自分の居場所ではないとも思い、その場から離れようとする。  だが、お銀は驚きながら首を振った。 「おいおい、誰がそんなこと言った? いいのさ、あんたはここにいても。ここは学園艦の最下層。大洗のヨハネスブルグ。ここに流れ着いたってことはなにかの縁であり、上の息苦しさに耐えられなくなったってことさ。なら、好きなだけここにいるといい。ここは誰も拒んだりしないさ」  そう言って、お銀はみほの頭を撫でた。 「あ……」  その優しい手に、みほは心からの安らぎを覚える。  ここになら、自分はいてもいい。  みほはふとそう思ったのだ。  そう思うと、自然とみほの目から涙が流れてきた。 「おいおい、泣いてるのかい? まったく困ったね、沢山の女を泣かせてきたつもりだが、こうして目の前で突然泣かれたことはあんまり経験がなくてね……」 「ご……ごめんなさ……」 「ああいいのさ謝らなくて。泣きたきゃ思いっきり泣けばいい。見てるのは、私しかいないよ」 「はい、はい……!」

12 18/04/15(日)01:44:59 No.497792060

 みほは泣いた。さめざめと泣いた。みほが泣き止むのを、お銀はずっと待ってくれていた。 「……ありがとうございます」  みほはいつしか落ち着き、お銀に礼を言った。 「お礼なんて言われることはしていないさ。それより、これからどうするんだい? 上から逃げてきたってことは、何か嫌なことがあったんだろう? それだったら、しばらく上に戻りたくはないんじゃないのかい?」 「えっと……はい……」  みほは頷いた。  このお銀という少女は、信頼してもいいかもしれない。みほの心の中にそんな忘れていた感情が湧いてきた。 「そうか。だったらちょっとついてきなよ。私が仲間とたまり場にしている場所があるんだ。もしよかったらそこでゆっくり話でも聞こうじゃないか」 「……はい」  そうして、みほはお銀についていった。みほは学園艦の下層部の更に奥へと連れられて行く。  狭い通路を抜け、ポールを滑り落ち、隠し扉を開け、そうしてみほはお銀がたまり場にしているという場所、バー『どん底』へと連れられた。  バーには四人ほどの少女がおり、一人はステージの上で歌っていた。

13 18/04/15(日)01:45:17 No.497792117

 独特の雰囲気があると、みほは思った。 「どもー親分! あれー親分、その子誰っすかー?」  お銀がバーにみほを連れて入ると、突然そんな声が飛んできた。  バーのカウンターに座っているもじゃもじゃとした頭の少女からだった。  みほはビクリと体を震わせる。  そんなみほの頭に、お銀はポンと手を置く。  それがとても温かく、みほは心安らぐような気持ちがした。 「ああラム。紹介しよう。こいつは……こいつは……すまん、そういや名前を聞いてなかったな」  お銀は申し訳なさそうにみほに尋ねる。そしてみほは答える。 「はい……私はみほ、西住みほです……」 「そうか。というわけで、こいつはみほ。上から逃げてここにやって来たんだそうだ。みんな、仲良くしてやってくれよな」  お銀がそう言うと、そのバーにいた四人の少女達がいっせいにみほのほうを向く。 「へぇー、逃げてきたねぇ。私はラム。爆弾低気圧のラムさ」  最初に名乗ったのは、みほに最初に気づいた少女だった。 「あたいはフリント、大波のフリントさ」

14 18/04/15(日)01:45:37 No.497792178

 次に名乗ったのは、ステージで歌っていた長身のスラリとした少女だ。 「私はムラカミ。サルガッソーのムラカミ」  今度はバーの隅のソファーに座っていた、ガタイのいい少女だった。 「……生しらす丼のカトラス」  四人目は、カウンターでバーのマスターをやっていた眠たげな少女だ。 「そして私が、竜巻のお銀さ。もう知ってると思うけどね」  最後に、お銀が改めて名乗る。 「ど、どうもみなさん。はじめまして……」  みほは各人に丁寧に頭を下げる。  そんなみほを見てお銀は少し笑い、みほの手を引いた。 「さあ、こっちだ」  みほは全員が注目する中、お銀に促されバーのカウンター席に座った。 「親分、その子をここに連れてきた理由って……」  ムラカミが聞く。 「ああ、この子からどうして逃げてきたのか理由を聞いてみたくなってね……さて、それじゃあ話してくれるかい?」

15 18/04/15(日)01:46:02 No.497792249

「……ええ……」  お銀がみほに静かに聞き、みほはそれに答える。  そうしてみほは話し始めた。黒森峰にいた頃のこと。西住流のこと。そこで犯した過ちのこと。孤立してしまい人間不信に陥ってしまったこと。  お銀達はそのことを最後まで黙って聞いてくれた。  静寂がバーを支配する。その雰囲気が、みほを臆病にさせた。  事情を話したせいで、糾弾されないだろうか。そんな恐れがみほの頭をよぎった。  みほは恐る恐るお銀を見る。  そのお銀が、口を開き言った言葉は―― 「――ばっかだなぁ! そんなの気にしなくていいじゃないか!」  笑顔の、肯定だった。 「……え?」 「みほはやりたいことをやったんだろう? それでいいじゃないか。自分のやりたいことを貫き通すのが人間ってもんだよ」 「……え?」

16 18/04/15(日)01:46:22 No.497792310

「ああ、親分の言う通りだよ。別にいいじゃんそんなの」 「まったくだ。そんなこと気にする必要なんてないさ」 「気にするのはみみっちい奴だけさね」 「……私達は別に気にしない」  ラムもムラカミもフリントもカトラスも、みほのことを肯定してくれた。 「……ありがとう……ありがとう……!」  そのことがみほは嬉しくて、みほは目に涙を浮かべながら体を震わせて礼を言う。 「ははっ、別にお礼を言われるようなことは言ってないよ私達は」 「でも……」 「でもじゃない。気にする必要なんてないのさ。それでも忘れられないって言うなら……」  そう言うとお銀はパチンと指を鳴らした。  すると、カトラスがカウンターの棚から一本のボトルを取り出し、それをグラスに注いでみほの前に出した。 「これは……?」 「これはラム酒だ。嫌なことがあったら、飲んで忘れるのが一番さ」 「えっ!? でも、私達未成年で……」

17 18/04/15(日)01:46:40 No.497792369

 みほは驚いた。未成年でアルコールを摂取してはいけない。それは当然の常識であり、法律だった。  だが、そんなみほをお銀達は笑う。 「ははっ! まったく子猫ちゃんだなぁみほは。そんなの気にする必要なんてないさ。ここは船底、学園艦中のクズが集まる場所さ。誰も咎めたりはしないよ。それとも何かい? 私の酒は飲めないって?」 「そ、それは……」  みほは考える。確かに、今の年齢で酒を飲むことはルールに反することである。  だが、ここはそういったことを気にしない人間達が集まっていて、みほは進んでそんな場所にやって来た。  もともと黒森峰のルールから弾き飛ばされて大洗に来たのである。ならば、ここでルールを冒すのも良いのではないだろうか? と。  それに、せっかく自分に理解を示してくれたお銀達の気持ちを、酒を断って裏切りたくなかった。  お銀達に失望され、また孤独に戻りたくなかった。  みほを最終的に突き動かしたのは、またしても恐怖だった。 「は、はい……それじゃあ……」  みほは注がれたラム酒のグラスを持ち、一気に口に含む。

18 18/04/15(日)01:47:00 No.497792428

「んっ……んっ……んはぁ……!」  そしてみほはラム酒を飲み干し、グラスとトンとカウンターに置いた。 「ふぅ……」 「どうだみほ。初めての酒の感想は」 「うん……なんだかすごく体が熱くなってる……頭がクラクラする……」  それはみほの正直な感想だった。  みほは初めての酒に完全に飲まれていた。  だが、その感覚がどこか心地いいみほがいた。 「そうかそうか。だったら、酒を一発いったのなら次はこれだ」  そう言ってお銀が手渡してきたのは、タバコだった。  みほは酒によっておぼつかなくなっている頭でそれを見ると、ためらいもなく手に取る。  既に未成年なのに酒を飲んでしまったのだから、未成年でタバコを吸ってもいい。  そんな考えが、みほの頭によぎったのだ。 「……はい」  みほはタバコを一本取り、ライターを手にする。

19 18/04/15(日)01:47:21 No.497792499

「よしじゃあタバコを咥えて……そうそう、それで火をつけて、火がついたら肺に煙を吸い込むように吸って……」 「はい……」  みほは言われたとおりにタバコを咥え、火をつける。  そしてその煙をすっと吸い込む。 「っ!? ゲホッ! ゲホッ!」  みほは煙を吸い込んだ途端、それを吐き出すかのように咳き込んでしまった。 「ハハハッ! まあ最初はそうなるか! 大丈夫、ゆっくり落ち着いて少しづつ吸ってそうそう……吸って……吐いて……」 「すぅー……はぁー……」  みほはゆっくりとタバコを吸っていく。  そしてやがて、タバコを吸うのにも慣れたところで、タバコはほぼフィルター付近まで焼け、それを灰皿に入れた。 「ふぅ……なんだかクラクラしてた頭が、さらに重たくなったような……」 「ま、最初はそんな感じだろうね。でも大丈夫。飲んで吸ってるうちにそれが快感になってくるからさ。さあ、酒もタバコもまだまだある。みほの気の済むまで飲んで吸うといい」  お銀達は次々にみほに酒とタバコを勧めてくる。  みほはそれを拒否することなく、どんどんと飲酒と喫煙をしていった。

20 18/04/15(日)01:48:01 No.497792635

 そうしてラム酒を半分、タバコを五、六本吸ったところで、みほはぐったりとする。 「うう……もう無理かも……」 「……ま、最初はこんなものか。でもよく飲んだ。よく吸った。おめでとうみほ。これでお前も私達の仲間だ」 「なか、ま……」  みほは思う。これは何も知らない幼子だった自分を仲間に迎え入れてくれる儀式だったのだと。  そしてみほはそれを経てお銀達に仲間として迎え入れられた。  それは、とてつもない喜びだとみほは思った。 「ああ……嬉しい……私のこと、仲間って……ありがとうございます……親分……!」  みほは自然とお銀のことをそう呼んだ。  みほにとって、お銀はすでに尊敬すべき対象になっていた。自分に新たな道を開いてくれた、そんな存在に。 「ああ、いいってことだよ。それよりカトラス、確か空き部屋があったよな。そこにみほをあてがってやれないか」 「……大丈夫」 「良かった。さあみほ、案内しよう。今日からお前の新しい居場所に案内しよう」 「……はい!」  みほは笑顔でお銀に答えた。そうして、その日からみほは船底で暮らすことになった。

21 18/04/15(日)01:48:46 No.497792801

 それからのみほの生活は今までの生活と比べ一変した。  お銀達の仲間になったみほは、「ボコられぐまのみほ」と名乗るようになり、朝も夜もはっきりしない船底で、みほはお銀達船舶科の仕事を手伝いながら生活するようになった。  船舶科の仕事はなかなかにきつかったが、戦車道で鍛えたみほにとって乗り越えられないほどのようなものではなかった。  そして船舶科の仕事が終わると、みほはバーへと行き酒とタバコを嗜んだ。  みほにとって酒とタバコは、すぐさま生活に欠かせないものとなっていた。  酒を飲んでいないと落ち着かないし、タバコを吸っていないとイライラするようになった。  みほの生活はどんどんと荒れていった。  新居となった船底の空き部屋は、最初は綺麗に整えられていたがどんどんと掃除されなくなっていった。  部屋中に酒瓶が転がり、灰皿にはタバコの吸い殻が山を作る。  それがみほの部屋になっていった。  また、荒れているおは部屋だけではなかった。  みほは髪を伸ばし、色を染めた。  理由は、いつしかみほは鏡で見る自分の姿が「ダサい」と感じるようになったからであった。

22 18/04/15(日)01:49:04 No.497792857

 地味で暗くて迫力のない姿だと、そう思うようになった。  だからみほは髪を伸ばし、色を金に染めた。  その姿はお銀達には好評だった。 「おおみほ染めたのか! 見違えたぞ!」 「うん、前の地味な姿よりずっといいね」 「似合ってるよー」  そんな風に褒められ嬉しかったみほは、どんどんと派手な格好をするようになった。  制服は当然のように改造した。  スカート丈は短く、上のセーラーも肌が見えるように短く切り詰めた。  そして、見えるようになった肌――腕や腹にみほはタトゥーを彫った。  派手なサメやドクロを肌に彫ったのだ。  そうしてどんどんと派手になっていく自分に、みほは一種の快感を覚えていた。  また、みほは荒事をするようにもなった。  船底は喧嘩が絶えない場所だった。  常に小さな諍いから大きな縄張り争いが起きていた。

23 18/04/15(日)01:49:23 No.497792914

 お銀達もその争いによく巻き込まれており、みほはその先頭を切るようになっていた。 「おらっぁ! 親分にこの場所明け渡せないとかいい根性してるじゃないの! このボコられぐまのみほ相手にさ! 体で覚えないと分からないみたいだね!」  みほは喧嘩相手に今までのみほであったら考えられないような口調で言い、暴力を振るった。  戦車道で鍛えていたみほは、相手の拳や蹴りを簡単に避けることができ、相手に一方的に暴力を浴びせることができた。  みほが喧嘩相手を倒すと、必ずお銀達は褒めてくれた。 「よくやったみほ、さすがだ。頼りになるな」 「はい! ありがとうございます親分!」  みほはお銀に褒められるのが何よりも嬉しかった。  お銀の言うことに従っていれば褒められる。何か結果を出せば必ず褒めてくれる。それは、今まで戦車道を当たり前のこととしてやってきたみほにとっては、劇薬のように彼女の心を刺激していった。  そしてなおかつ、みほは他人を暴力で屈服させる喜びも覚えていった。 「それにしても本当に弱いやつら……こんな弱い癖に粋がって馬鹿みたい」

24 18/04/15(日)01:49:40 No.497792981

 みほは倒れた相手の髪を掴み無理矢理顔を上げさせながら言う。  今まで他人の顔色を伺って生きていた部分があったみほである。  そんな彼女が、他人を足蹴にする快感を今になって覚えてしまったのだ。それはもう止められなかった。  いつしかみほは、お銀達のグループ一の武闘派として船底で名を馳せていった。  そうしてみほは心身共に、船底に染まっていった。  そんなある日だった。 「ふぅー……」  みほはその日も、バーで酒を飲みながらタバコをふかしていた。  もはや堕落した生活は、みほにとっての日常だった。 「カトラスさんー、もう一本お願いー」 「……分かった」  空になった瓶を振り、カトラスに頼むみほ。  カトラスはそんなみほに新たに酒の入った瓶を渡す。

25 18/04/15(日)01:50:11 No.497793082

 そんなときだった。 「おいみんな! 大変だ!」  バーにいなかったムラカミが血相を変えてバーに入ってきた。 「ムラカミさん……どうしたの?」 「大洗学園艦が……廃艦になるって!」 「……は?」  みほは言葉を失った。  その後、ムラカミがみんなに説明した内容はこうだった。  大洗学園艦は学園艦統廃合の政府の政策により、廃艦が決定したと。  大洗の生徒会はそれに抗うも、むなしく廃艦を止めることはできなかったと。  それを聞いたお銀達は、みな神妙な面持ちでムラカミの話を聞いた。 「……そうか、廃艦か……」  お銀が重々しく言う。みほを含めた他の皆の顔も、一様に暗かった。 「悲しいが、仕方ないか……」  それは諦めの言葉だった。他の面子も仕方ないと頷く。

26 18/04/15(日)01:50:29 No.497793123

「納得できません!」  しかしみほだけは違った。 「廃校なんて、親分達と別れなきゃいけないってことじゃないですか! そんなの私嫌です! 学校が廃校になったら、また私は黒森峰に引き戻されるに決まってます! 私はまた一人に戻るなんて、嫌なんです!」 「だがみほ、もう廃校はどうすることもできそうにないんだ。諦めろ」 「でも、でも……!」  子供が駄々をこねるように納得できないことを表すみほ。  そんなみほの肩を、お銀はぽんと叩いた。 「いいかみほ。確かにこれで私達は離れ離れになるかもしれない。だが一生の別れってわけじゃない。いつかまた会えるさ。心の中で信じている限りな」 「……親分」 「そうさみほ! 私達はいつまでも仲間さ!」 「ああ、もうみほは私達にとってかけがえのない存在だからな」 「相変わらず小さいこと気にするなぁみほは。大丈夫だよ心配すんなって」 「……仲間は、いつまでも仲間」

27 18/04/15(日)01:50:44 No.497793179

 お銀の言葉に、ラムもフリントもムラカミもカトラスも同意する。  みんな自分のことを離れても仲間だと思ってくれている。  こんなに自分のことを思ってくれている仲間に巡り会えたのは、みほにとって初めてだった。 「みんな……」  みほは涙しそうになる。だがそれを必死で我慢する。  涙を流してみっともない姿を見せるのは、今のみほにとっては恥ずかしいことだと思えたから。 「……ありがとう。私も、みんなのことずっと信じてるから。みんなとまた会えるって、きっと信じてるから!」  だからみほは、笑顔でお銀達に言った。  きっとまた会える。だから廃艦になっても大丈夫。みほはそう信じることにした。  そうして、大洗学園艦は廃艦になった。

28 18/04/15(日)01:51:02 No.497793229

   ◇◆◇◆◇ 「…………」  黒森峰学園艦にある黒森峰女学園の屋上。  そこでみほは、一人タバコを吸いながら携帯をいじっていた。  みほは彼女が考えていた通り、廃艦になった後黒森峰へと引き戻された。  しかし、その後のみほは黒森峰で問題児として扱われるようになっていた。  授業にはまともに出ず、髪は染め、高校生でありながら飲酒喫煙は当たり前。そんな生徒が、規律の厳しい黒森峰で恐れられないわけがなかった。  みほは黒森峰学園艦に最初に来たとき、まず黒森峰の船底に行ってみた。  もしかしたら、大洗のように今の自分に心地いい空気があるかもしれなかったからだ。  だが、黒森峰の船底はみほが望んでいるような場所ではなかった。黒森峰の生徒は大概が真面目で、一応酒やタバコは買えたものの、殆どの生徒が大洗の船底の生徒よりも荒れていることはなかった。  さらに、みほは上に縛り付けられる理由があった。 「みほ!」

29 18/04/15(日)01:51:17 No.497793281

 みほを呼ぶ声がする。  それが、みほを上に縛り付けている理由だった。 「……はぁ」  みほはその声を聞くとため息をつきながら携帯をしまう。  彼女の前に現れたのはみほの姉である西住まほ、そして現在戦車隊の副隊長をやっている逸見エリカだった。 「……何」 「何じゃない。授業に出ずこんなところで何をやってるんだ。しかも、タバコなんか吸って。みほはまだ未成年の高校生じゃないか」 「……それが?」  まほの言葉をみほは鼻で笑う。 「それがじゃないわよ! あなた、隊長が心配してるの分かってるの!? 黒森峰に帰ってきたと思ったらなんなのよそのあなたのだらしない姿は! 仮にも西住流の娘で隊長の妹なのに、恥ずかしいと思わないの!?」  そのみほの態度が気に食わなかったのか、エリカが噛み付くように言う。  そんなエリカとまほに対し、みほは再び「……はぁ」とため息をつき、タバコを咥えたまま二人に近づく。  そして―― 「……うざいんだよ。二人共」

30 18/04/15(日)01:51:35 No.497793333

 そう言って、みほはエリカを蹴り飛ばした。 「きゃあっ!」 「エリカっ!」 「あのさぁ、今更私に関わらないで欲しいっていうのが分からないのかなぁ? 馬鹿なの? 二人共。私は学校に来るのも面倒だと思ってるのに、一応顔だしてるだけでもありがたいと思って欲しいんだよね。それなのにグチグチグチグチと……ああ本当にイライラする」 「みほ! なんだその態度は! お前はそんな子じゃなかったろう!? 一体大洗で何があったんだ!」  まほが倒れているエリカを心配し抱えながら言う。  そんなまほを、みほは見下ろし、見下した。 「ふん、別に。ただ今までの自分がどんなに馬鹿な生活してたかを知っただけだよ。真面目に慎ましく生きるなんて、アホのすることだよ。それに気づいたってのに、どうして逸見も姉さんも今更私のことにちょっかい出すの? 私が本当に困ってたときは私を突き放してた癖にさ」  みほは敢えて昔とは違う呼び方で二人を呼んだ。  そのみほの言葉に、まほとエリカは反応に困る。 「それは……みほが転校したときにそれは間違いだと知って……」

31 18/04/15(日)01:51:53 No.497793386

「はっ、今更。まったく、そんなこと今になって気にされても私が困るんだよねぇ。もう私は昔の私じゃないの。二人みたいなバカ真面目な人間にかまってほしくないの。もう私には私の生き方ってのがあるんだから。それとも何? やっぱり西住に私みたいのがいると恥ずかしい? だったらあのババアにでもなんでも勝手に伝えて、勘当でもすればいいじゃん。私は何も困らないし、そっちも邪魔者が消えてせいせいするでしょ?」 「そんなことは……みほ!」 「はいはい。せいぜい姉さんは心配する姉を演じて自分に酔ってればいいよ。私は興味ないけどね。それじゃ」 「うっ!」  そう言ってみほは、タバコの吸い殻をまほに投げつけて屋上を去っていった。  そしてまたみほは携帯を取り出す。  みほが見ているのは、かつてお銀達と作ったグループチャット。  それに、まったく書き込みがないのを、みほは気にしていた。 「どうして親分達、何も連絡してくれないんだろう……」  バラバラになった後、お銀達からは何の連絡もなかった。

32 18/04/15(日)01:52:14 No.497793463

 どこの学校へ行ったのか、今何をしているのか、そんな反応もまったくなかった。 「……もしかして私、捨てられたんじゃ……いや、そんなはずない……親分達に限って、そんな……」  みほは自分の中に湧いた悪い想像を頭から振り払おうとする。  だが、どうしてもその考えを振り払うことが、みほにはできなかった。 「……親分、会いたいよ。……私はここにいるよ……」  みほはギュッと携帯を抱きしめる。  今の彼女は本当に孤独だった。  誰も彼女に近寄ろうとしないし、彼女も誰も近づけさせようとしない。  少なくとも、黒森峰にいる間は彼女の孤独が癒やされることはないだろう。  みほは小さな絶望を覚えながら、学校の廊下を一人歩き回るのだった。 「私はボコられぐまのみほ……それが今の私……それ以上でも、それ以下でもない……」  そんな僅かに残った儚い挟持を、胸に抱きながら。  おわり

33 18/04/15(日)01:56:19 No.497794293

読んでいただきありがとうございました su2344207.txt 過去作もよかったら ・シリーズもの su2344208.txt ・短編集 su2344211.txt

34 18/04/15(日)01:59:24 No.497794877

フラグ1つ外すとこうなっちゃうのか…

35 18/04/15(日)02:03:24 No.497795561

蹴飛ばされるやつ

36 18/04/15(日)02:16:37 No.497797438

スレたみぽりんいいよね…

37 18/04/15(日)02:21:38 No.497798115

どん底ルートだとお母さん役はさおりんからお銀さんになるのね

38 18/04/15(日)02:23:30 No.497798343

ベルウォールにでも流れ着けば黒森峰よか幾分マシかもしれない

39 18/04/15(日)02:32:36 No.497799370

こんな時間になんちゅうブツを... でも短い時間でも自分の居場所を見つけただけ救いかもしれない でもやっと見つけた自分の居場所をあっさり奪われた揚句に元の場所に戻されるのはやっぱりダークだねッ!

40 18/04/15(日)02:34:31 No.497799619

>ベルウォールにでも流れ着けば黒森峰よか幾分マシかもしれない 幼なじみもいるしね… 結局戦車に乗る流れだこれ!

41 18/04/15(日)02:36:32 No.497799858

>みほは敢えて昔とは違う呼び方で二人を呼んだ この一文が入ると闇度が増しますわね

42 18/04/15(日)02:39:23 [す] No.497800208

ちなみに今作で90作目になります 100作の大台に今年中にはいきたいところ

43 18/04/15(日)02:40:55 No.497800396

「みほさん、貴女の気持ちは理解るわ…でも貴女は過去の世界だけに逃げ込んでいるだけ」 ダージリンはサングラスを取り出した 「過去に生きる者には未来は無い」

44 18/04/15(日)02:42:44 No.497800593

>ちなみに今作で90作目になります なそ にん >100作の大台に今年中にはいきたいところ 「」ークよダークサイドはいいぞ…

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