18/03/06(火)21:01:01 SS ... のスレッド詳細
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18/03/06(火)21:01:01 No.489268201
SS 優季ちゃんから逃げた彼氏の話
1 18/03/06(火)21:01:27 No.489268342
フった方がフラれたみたいな顔をしてるとは言うけどさ、それも当たり前のことなんだよ。 別れ話をしたのは僕だけど、話をする前から「ああ、ダメだな」って思うような時が何度もあって、その最終結果としてああいう結論になったんだからさ。 言うなれば、僕はフる前にもうフラれていたんだな。別れ話を切り出すのがどっちだったかって、それだけの話さ。 ……それで、って、まだ話させる気かい? 今の言葉で、この思い出が僕にとって自慢げに話せるような事じゃないってのも分かって欲しいんだけどね。 いや、まあ。確かに気になるような事を言った僕も悪いか。 でも、本当に聞いてて面白い話じゃないんだ。それに、場合によっては嫌な気持ちにさせるだけかもしれない。 ……それでも聞きたいかい? 分かった。じゃあ話すよ。
2 18/03/06(火)21:02:47 No.489268730
優季と付き合い始めたのは、今年の五月のことだった。 知っての通り我らが大洗学園艦にはいくつか高校があるわけだけど、優季はあの大洗女子学園の子でね。 僕のいる大洗第二高校はだいぶ距離が離れてたけど、それでも艦内バスで六つ行ったくらいだったからさ。週一くらいで遊んでいたな。 出会いのきっかけは、なんだったかな。バスで偶然一緒になったとか、そんな些細なことだったと思う。 もともと同中だったからさ、打ち解けるのも早かったよ。 それから何度か話したり、食事したりカラオケしたりして、二週間もすればどちらが言うでもなく付き合ってたんだ。 別に、交際に値するような劇的な何かがあったわけじゃないんだけどね。 告白だって、ドラマみたいなものじゃなかった。「付き合おうか?」と僕が言ったら、「うん」って優季が答えた。それで終わりさ。
3 18/03/06(火)21:03:09 No.489268845
そうだな、今にして思えばきっと僕も優季も、お互いが欲しくて付き合い始めたわけじゃなかったんだろう。 ただその時僕に彼女がいなくて、優季にも彼氏がいなかった。 何となくお互い寂しい時間が多いから、埋めあわせの出来る相手を探していたんじゃないかな。 ……まあ、こんな事を僕が言っても、結局は全部僕の想像なんだけど。 でも誰かと付き合うってことは、ほとんどがそういうことなんじゃないかって思うよ。実際。 だからかは分からないけれど、優季が彼女になってから毎日が特別なものになったかというと、全然そんな事はないんだな。 学校が違うから会えるのは放課後か休日だし、会ってもお互いお金があるわけでもないし、安く遊べるところに行ったりするばっかりだった。 いや、楽しい時間ではあったよ。それは間違いなくそうなんだ。 優季は僕のなんてことない話をいつも楽しそうに聞いてくれて、そのたびに僕は、ああ、よかったなあって気持ちになるのさ。
4 18/03/06(火)21:03:34 No.489268954
この際だからはっきり言うけどね、今でも好きだよ。優季の事は。 いや、むしろ今の方が前よりも好きになってるかもしれない。 じゃあなんで別れたって、実はそこがなかなか難しい所でね。 とにかく僕はあの時、どうしても優季と別れなくちゃならなかった。 そうさせるだけの出来事が、あの時の優季には起こっていたのさ。 ところで、君は戦車道をやったことはあるかい? そう、その戦車道。あれ、地味なイメージあるけどさ。生で見ると迫力あるんだよ。 両手で抱えるほどもある弾が、あの長い銃口みたいなところから火薬の力で押し出されるわけさ。 それが一発飛ぶたびに、どぉん、なんて響いてね。 鉄の車体にぶつかっては、がん、がんって、教会の鐘なんかよりよっぽど大きく、乱暴な音を立てるんだ。 ずっとそんな有様が続くもんだから、まるで会場はお祭りみたいな騒ぎだよ。 なんでそんな事知ってるかって言うと、そりゃ、見る機会があったからでね。 つまるところ、僕と優季との間に起きた出来事っていうのが、その戦車道なんだな。
5 18/03/06(火)21:04:02 No.489269112
どうしたことか、大洗女子学園は今年ずいぶんと戦車道を推していてね。 生徒会が全面的に支援してて、色々と盛り上げているらしい。 優季は選択科目に悩んでいたんだけど、友達に勧められて、一緒に戦車道を履修し始めたらしいんだ。 付き合い始めたのが五月だから、僕と会う前から戦車に乗っていたことになるな。 でも最初の頃は、優季からあんまり楽しそうな話は聞かなかった。 なにしろ戦車というのは汚れるし、汗もかく。彼女は汗も汚れも似合わない、春のせせらぎみたいな子だったからね。 だから僕も、優季と戦車はちょっと不自然な取り合わせに感じていた。 街で可愛い洋服を眺めたり、カラオケで何時間も遊んだりだとか、彼女にはそういう世界が似合うもんだと思ってたからさ。 最初聞いた時は、随分と驚いたもんだよ。
6 18/03/06(火)21:04:19 No.489269183
あれ、と思ったのは、付き合い始めて一ヶ月くらい経った頃だった。 今までと違って、優季がずいぶんと楽しそうに戦車の話をするようになったのさ。 それまで戦車と言えば、疲れたとか大変とか、彼女自身話したくなさそうな、辛い言葉が多かった。 だから僕も気を遣って、あまりその話題には触れないようにしてたくらいなんだけどね。 それが人が変わったように楽しく戦車を語るもんだから、僕は随分と面食らったよ。 外見はすっかりいつもの優季なのに、僕にはまるで、別人が入れ替わっているようにさえ思えたんだ。 彼女の話をよく聞いてみると、どうやら初めての練習試合をしたらしいんだけどさ。 たった一度の試合で、人ってあんなに変わるものだろうか? その日一日中、優季は先輩が格好いいとか、相手チームがすごいとか、そんな事をにこにこと楽しそうに語るのさ。 本当は僕の方にも、話したい事がいっぱいあったはずなのにね。彼女の顔を見ると、不思議と言葉が出てこないんだな。 結局その日のデートは一日中戦車の話で、最後には入った事もないような戦車のグッズのお店にまで連れていかれたよ。
7 18/03/06(火)21:04:34 No.489269265
ああ、別にそれで嫌いになったって訳じゃない。 ちょっとびっくりはしたけどね。でも、好きな事について話す優季はとても可愛かったし、僕には何の不満もなかった。 なにより自分の彼女が喜んでいる姿を見て、嫌な気持ちになる男なんていないさ。 むしろ僕は、優季を楽しませてくれているその戦車道ってやつに感謝の気持ちすら捧げていたくらいだ。 だから優季が戦車道に打ち込んでいくのを見るのは嬉しかったし、自分でも戦車のことを勉強したりした。 優季の練習だって見に行ったんだよ。本当に音がすごくてね、最初はロックバンドのコンサートにでも来たような心持ちで、鉄の弾丸が的を貫くのを聞いたものさ。 実際、それはすごく楽しい日々だったよ。 あの日から優季は日に日に魅力的になっていくようで、僕にはそれがたまらなく嬉しかった。 だけど、そんな時間が一月も続いた頃かな。 幸せな毎日を送る僕の心に、ふっと不安がよぎるようになったんだ。
8 18/03/06(火)21:04:51 No.489269340
それは優季に対するものじゃなくって、むしろ自分自身に向けられる不安だった。 つまり僕は、「僕には、優季のように何か夢中になれるものがあるのか?」って、疑問に思うようになったんだ。 僕は好きなことに夢中になっていく優季を見ている内に、反対に僕が、実は何も支えるところのない、空っぽの人間なんじゃないかって疑い始めたわけさ。 その事に気づいたとき、僕はとても怖くなったよ。 優季がデートのたびに話す内容はどんどん高度になっていって、最初は失敗談と大変だった事ばかりだったのが、次第に成功した体験や楽しい思い出をたくさん語れるようになっていった。 でも僕は付き合い始めたときからずっと変わらない。つまり授業だとか、友達とのくだらない話だとか、そんな事しか話せない僕のままなんだ。 まるで彼女の手を離れ、ひとりで夜の海に取り残されたようだった。 真っ黒いタールみたいな水の中に漂って、いつまでも浜辺にたどり着けないような気持ちさ。すごく不安だったね。
9 18/03/06(火)21:05:06 No.489269412
もちろん僕の話すクラスメイトや音楽の話を、優季はいつも笑顔で聞いてくれた。 僕の自惚れでなければだけど、きっと彼女自身、それは本当にすごく楽しんで聞いてくれたんじゃないかなって思う。 そのたびに僕は「ああ、よかったな」という気分になって、ほっとするんだけどさ。 少ししたら、すぐにまた次の不安が襲ってくるんだ。 彼女はただ当たり前に頑張っているだけなのに、僕はそれを目にするたび、焦りと不安で心がやせ細っていくのを感じていた。 別れる時は、それでもずいぶん悩んだんだよ。 なにしろ優季は可愛いし、僕自身、彼女に対する愛とかそういう形容しがたいものが、自分の中で育ちつつあるのを感じていた。 でも、不安を感じていた事も紛れもない事実なんだ。 つまり僕の中には、相反する二つの想いが幅ったく膨らんでいたんだな。 僕の心が動物園なら、きっとこの時の僕は、ヒグマとホッキョクグマを隣り合ったオリに閉じ込めていたような状態だったと思うよ。 でも、いつまで経っても間に入るパンダは見つからなかった。 結局それからも幸せなデートを何度か重ねてたんだけど、つい先日、戦車道の試合を見に行くことになったんだ。
10 18/03/06(火)21:05:22 No.489269478
それは全国大会の第一回戦で、場所は学園艦を降りて程遠い丘陵だった。 相手はなんでも全国常連の高校らしくって、深緑色の綺麗な戦車をたくさん揃えていた。まるで雨上がりのあじさいみたいに広がっててさ、なかなか壮観だったね。 始まった試合は決して楽な展開じゃなかった。 優季の乗ってる山高帽みたいな戦車は何度も相手に追いかけ回されて、僕はあの鉄の塊が優季の戦車を叩くたび、何度も目を覆っていた。 結局最後は相手にやられてしまったんだけど、試合自体は勝ったようでさ。 朗々としたアナウンスが大洗女子の勝利を告げると、会場のモニターには、ダークブルーのジャケットを着た優季の学校の生徒が喜びあっている姿が映った。 ダークブルーの海の中に、僕は優季の姿を見つけた。 彼女の笑顔は今まで見た事のないくらいのとびきりのもので、写真で何度か見せてもらった親友たちと、肩を抱いて喜びあっていたんだ。 その瞬間さ。僕は優季と別れなくちゃいけないって、悟ったんだ。
11 18/03/06(火)21:05:55 No.489269636
地中で冬を越した虫が、春の暖かな日差しを浴びたような気分だったよ。 すごく暖かくて美しいものだけど、それは僕にとって眩しすぎたんだ。 一生懸命な彼女の道に僕は必要ないんだって、卑下でも自嘲でもなく、すんなりと受け入れることが出来たのさ。 つまるところ、僕は綺麗になっていく優季に耐えられなくなった。逃げたのさ。 自分勝手なやつだって思うだろう? でもあの時の僕はまったく別れるという以外の選択肢なんてすっかり思い浮かばなかったし、多分、今改めて優季と付き合う機会に恵まれたとしても、きっと同じ事を言うだろうね。 あの笑顔を見たら、だいたいの男はそんなものさ。身がすくんで、動けなくなるんだ。情けない話だけどね。
12 18/03/06(火)21:06:14 No.489269737
後悔? うん、もちろんしてるよ。すごくしてる。 多分、これからずっと引きずり続けるんじゃないかな。 もう十年ぐらいしたら、きっと陸の大洗の酒屋のカウンターに入ってさ。 マティーニなんて飲みながら、なんであんないい子から逃げたんだって、グラスを重ねる日が来るんだろうね。 でもまあ、こんな後悔だって道の一つさ。 もし優季が戦車道を始めなくて、僕と彼女との仲がなんの障害もなく進んでいたとしたらだけどさ。 多分それはきっと何一つ後悔のない、つまらない恋をしていたと思うんだ。 それに比べれば、まだ満足のいく結果だったと思ってるよ。僕は。 ところで大洗女子学園、実はあのあとも順調に勝ち進んでてね。 二回戦も突破して、次の準決勝では昨年の優勝校と当たるんだってさ。 このままいけば、本当に優勝するかもね。優季。
13 18/03/06(火)21:10:04 No.489270857
終わり! 優季ちゃんの彼氏は一体どんなやつなんだろうと想像してたら春樹が出てきた! テキスト! su2280091.txt
14 18/03/06(火)21:12:46 No.489271683
>つまり僕は、「僕には、優季のように何か夢中になれるものがあるのか?」って、疑問に思うようになったんだ。 >僕は好きなことに夢中になっていく優季を見ている内に、反対に僕が、実は何も支えるところのない、空っぽの人間なんじゃないかって疑い始めたわけさ。 ダメージがね ダメージが来るんだこういうのは
15 18/03/06(火)21:13:45 No.489271966
これ好きだな… よかったよ
16 18/03/06(火)21:17:25 No.489273100
いい…けど、おつらい
17 18/03/06(火)21:21:11 No.489274235
出来ることなら彼氏にも前向ける道が見つかるといいね…
18 18/03/06(火)21:23:06 No.489274873
お辛い
19 18/03/06(火)21:37:19 No.489279000
こういうのいい…
20 18/03/06(火)21:55:48 No.489284214
つらい…