虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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18/02/09(金)03:31:08 No.483887587

「ねぇ、あなた、週末の予定は空いてらっしゃるかしら?」  そう聞くと、リビングでソファに横になって雑誌を眺めていたケイが半身を起こした。  ふわりとしたウェーブの金髪が黒いソファに眩しく見えるが、そんなものはどうでもいい。このダージリン様のご質問になんと答えるかが問題なのである。 「暇ではないけれど状況によっては空かないこともないわね」 「……また玉虫色のお答えですこと」 「あなたに同じこと聞こうと思ってたから」  彼女はソファの背もたれに顎を乗せてにたにたと笑った。  ケイとの生活は長く、さまざまな事件や出来事をともにしてきたのだけれど、誤解のないように言えば別に毎日四六時中一緒にいるわけではない(あたりまえ!)。  二人のうちどちらかがいるところには、いつも二人ともいるんだよ、とはヘミングウェイの”誰がために鐘は鳴る”の中の一節だが、これは物理的な距離を意味しない。

1 18/02/09(金)03:31:24 No.483887602

 アリサさんなどはわたくしが一人でいると「喧嘩でもしたんですか」、などとのたまうがとんでもない! だいいち、ケイと喧嘩するたびに大げさに騒いでいたら、我がアパルトマンには平時というものはなくなってしまうだろう。  つまりそういうわけで、わたくしとケイはフラットシェアをしていると言っても、必要ならお互いの予定をすり合わせる必要があるのだ。  三年生にもなるといろいろと忙しいことでもあるし。国際大会に向けて準備も忙しいし、短期留学もあった。二人でおでかけ自体、少し久しぶりになる。  とはいえ、わたくしの計画に必要なものはケイではなく、ケイの愛車のミニだったのだけれど。 「で? どこかにお出かけのお誘いかしら? マイプリンセス」 「アウトレット・モールまであなたの愛馬を貸して欲しいの」 「なんで」 「買い物ですわ。アウトレット・モールでダンスを踊る趣味はございませんの」 「わたしだってないわ。なぁんだ。何買うの?」 「まだ決めてないの」 「え?」

2 18/02/09(金)03:31:41 No.483887611

 わたくしは彼女にサービスするために、ティーポットにナイト・ティーを満たしてテーブルに置いた。温めたカップもとリキュールの小瓶も。そうして彼女の隣に座ると、ケイが腹掛けにしていたフリースのひざ掛けをかっぱらって本来の用途にする。ケイはおへそをさすって口をとがらせた。おなかがさむいならもう少し厚着をすればいいのよ、おばかさん。 「妹のね、誕生日のプレゼントを探そうと思って」 「紅茶じゃなく?」 「はン」  わたくしは鼻で笑う。 「妹は我が聖グロリアーナの中等部ですわよ? 我が聖グロリアーナ学園艦に並んでいる茶葉よりも上等なものなんて、アウトレットモールにはありませんわ。あなたが今飲んでらっしゃるのも、取り寄せたものですのよ」 「……ワオ……ゼン……」 「今適当おっしゃいましたでしょ」 「まぁね。それで? 妹ちゃんのプレゼントを選ぶのを手伝って欲しいってわけ? 嬉しいわね。わたしのセンスを信用してくれてるってわけ?」 「いいえ。大きいものを選んだときに車があったほうが便利だから」 「ちぇ」

3 18/02/09(金)03:31:56 No.483887626

「別にキィだけ貸してくれてもいいのだけれど?」 「あなたに運転させるの? 一人で? 絶対に嫌。オウケイ、わかった。付き合ったげる。帰りにわたしにも付き合ってよね」 「どこに? お買い物?」 「秘密。いいとこよ」  わたくしはちょっと考える。  彼女がわたくしを付き合わせるのだから、おおかたまたゾンビかサメか戦車のどれか(あるいはすべて)の映画だろう。確かにここしばらく忙しさにかまけてケイの趣味に付き合ってあげる時間が少なくなっていた。家主としては店子のわがままにもたまにはつきあってやるべきかもしれない。 「結構。お付き合いしましょう。でも、プレゼントを選んでからよ」  わたくしは釘を差して、ケイはにかっと笑った。  ◇◆◇ 「妹ちゃん、何年生だっけ?」 「中学三年生ですわ」  アウトレット・モールには様々なブランドのお店が並んでいる。わたくしがケイと初めてきたときには、カーテンやその他雑貨類をしこたま買い込んだっけ。 「あ、ついでですから、わたくしの部屋のカーテンを新調しようかしら」

4 18/02/09(金)03:32:12 No.483887639

「え? もう? おっかねもちー」 「この間、寝床に押しかけた誰かさんが寝ぼけて破いてしまいましたもの」 「……半分出すわ」  不格好な縫い目のついたレースのカーテンを思い浮かべて、わたくしは顎を上げた。でも今度はもうちょっと厚手の遮光カーテンにしよう。 「あれなの? 妹ちゃんも紅茶の名前なの?」 「そうらしいですわね。でも教えてくれないの」 「へぇ」 「偉大すぎる姉がいると大変ですわね」 「そういうとこじゃない?」  妹もまた、聖グロリアーナで活躍していることは、わたくしには誇らしい。母や叔母のみならず、今お世話になっている波戸村夫人や絢爛様を輩出した名門校だ。その伝統が、自分が去った後も続いているということを知るのは嬉しい。 「妹ちゃん、何がほしいか解るの?」 「……それが、あまり」 「だよね。家族って言っても、ずっと一緒にいたわけでもないし、わたしたちだと中学からだから……もう十年近く家から離れっぱなしだもんね」 「そうなのよね。わたくしが中学に上がった頃は妹も小さかったし……」 「彼女、高校は? 聖グロ?」

5 18/02/09(金)03:32:32 No.483887658

「聖グロリアーナ。略さないで」 「ソーリィ」 「高校は留学するかもって言ってたわ。だから……今よりもっと会えなくなるかもしれないから……」 「ふぅん」  ケイは頷いた。 「寂しくなるわね」 「まぁね」 「二人のうちどちらかがいるところには、いつも二人ともいるんだよ、って誰だっけ?」 「ヘミングウェイよ。読んだことが?」 「中学の頃に。翻訳版をね。原書は高校上がってから」 「なんだかわたくしよりも早くに遠くに行こうとしている気がして」 「世の中がどんなに変化しても、人生は家族で始まり家族で終わることに変わりはない」 「アンソニー・ブラントね。でもどうかしら。家族の形なんていろいろだわ。ナオミさんとアリサさんだって、彼女たちがパパやママと人生を終えるとは思えないもの」 「ならあの二人が家族なのよ」 「なるほど」

6 18/02/09(金)03:32:50 No.483887668

 道理だ。  さて、わたくしとケイはブランドショップを数軒冷やかしてから、雑貨屋を覗くことにした。もちろん、マノロブラニクのヒールやアヴァロンのストール、シャネルのサングラスなんかは素敵だったが、中学生が持つには少し高価すぎる、と、ケイに止められたのだ。ケイはヴァレンティノの大振りなサングラスを一つ、唾を付けた様子ではあったけれど、自分のお小遣いで買うにはちょっと貯めなければなるまい。でも、もし地中海の浜辺なんかを歩くのにかけていたら、きっといいだろう。自分用にも目星をつけておこう……。  雑貨屋は、特にブランドのものというわけではないこまごました小物が並んでいた。  前にここで購入した写真立ては、今も我がアパルトマンの一番いい場所に飾ってある。  あまりにいろいろすぎて、わたくしはまた迷う。  妹には春休みにも会ったのだが、思った以上に大人っぽくなっていた。少し生意気な感じはそのままだったが、立ち居振る舞いは立派な聖グロリアーナ生で、中学の時の自分はどうだったかな、と思う。 「ね。こういうのは?」

7 18/02/09(金)03:33:05 No.483887683

 ケイが小ぶりの箱を取り出して、ぱかっと開けた。中からピエロの頭がばね仕掛けで飛び出してびよんびよんと揺れる。 「そこまで子供じゃないですわ」 「面白いと思うけれど」 「馬鹿にしているのかと思われますわよ」 「そうかなぁ」 「あなたのところの弟さんと妹さんにプレゼントをする時には覚えておくわ」 「ウチのは喜ぶと思う」 「幸せね」 「家族を馬鹿にしたら怒るよ」 「あなたを馬鹿にしたの」 「ならいつものことか。あ、じゃあこういうぬいぐるみとかは? だっこして寝るやつ」 「それこそ子供じゃない」 「でも抱えて寝ると落ち着くじゃない?」 「そんなことないでしょう」 「……今度朝に同じこと聞くことにするね」

8 18/02/09(金)03:33:23 No.483887702

 ケイが持ってきた大きな羊のぬいぐるみを売り場に戻させて、わたくしは腕組みをした。  実を言えば、大きなぬいぐるみは候補にあった(だから車を要求したのだ)。でもこうしていろいろ見ると、いかにもわたくしのよく知っている、昔の妹に向けたプレゼントに思えてしまったのだ。  ふと脇を見ると、「お好きな言葉を刻印します」なるプレートのコーナーがあって、わたくしは鼻を鳴らす。素敵な格言を刻印したシルバーのプレートなんてどうだろう。ふんふん。これはいいかもしれない。「すべての困難は、あなたへの贈り物を両手に抱えている」なんていいんじゃあないだろうか。 「絶対にノウ」  わたくしがプレートを指でなぞって頭のなかで字入れしていると、ケイはそれをさっと取り上げた。 「自分がもらって嬉しいものにしなさいね」 「わたくしは嬉しいわ」 「じゃあわたしからあなたに贈る時は、愛の言葉でもいっぱいに刻印したのを贈る」 「いらない」 「それ見たことか」  ケイはぷっと笑うとプレートを戻して、わたくしの肩を抱いた。 「家族のことをあれこれ考えるのって、なんだか幸せね」

9 18/02/09(金)03:33:40 No.483887715

 ◇◆◇  結局、妹へのプレゼントは決められなかった。  わたくしは今夜、妹に久しぶりに電話をすることにして、そのときに欲しいものを聞こうと思ったのだ。 「それがいいわ」  帰り道、無駄足に付き合わされたはずのケイは、ハンドルを切りながら機嫌よく言った。 「話すのが一番よ。物だけ贈って伝わると思うのは間違いだわ。大切なら、普段から話さなきゃ」 「そうですわね」  わたくしは素直に頷いた。一理あると思った。  家族とは離れていてもつながっていると思う。でもそうであっても。いや、だからこそ、話すべきなのだろう。心の中にいる家族とも、外にいる家族とも、両方。 「それで? あなたのご用事って?」 「ン?」 「ほら、買い物の後って」 「あぁ。もうすぐよ」

10 18/02/09(金)03:33:58 No.483887723

 ミニは夕暮れの街を軽快に走る。助手席から見る、他愛のないおしゃべりをするケイの横顔は、心なしか嬉しそうに見えた。 「ほら、前にベネットが言ってた……新しいカフェ。美味しい紅茶を出すっていう。せっかくだし、一緒に行きたかったんだ」 「あら!」 「もう誰かと行っちゃった? マホとか」 「いいえ。個々しばらく忙しかったから……」 「よかった。さぁついた!」  二台しか止められない駐車場にミニを停めると、ケイはわたくしの手を取った。 「おしゃべりしようよ。話題はなんでもいいから。わたし、あなたとおしゃべりがしたいな」  わたくしはログハウス調の店舗を見上げて、肩をすくめた。 「いいわ。ここの茶葉が何を使っているか、当てっこでもしましょうか?」 「よしきた」

11 18/02/09(金)03:34:15 No.483887738

 ケイは満面の笑みを作って大股で前を歩く。  それから振り返った。 「ほら、ここんとこ忙しかったし。そんなにずっと一緒にいられたわけでもないしさ。すこしおしゃべりしたくって」  わたくしは、照れたように笑うケイに、少し顎を上げて人差し指を立てた。 「こんな言葉を知ってる?」  ふたりのうちどちらかがいるところには、いつもふたりともいるんだよ。  ――ヘミングウェイ  END

12 18/02/09(金)03:36:31 No.483887857

su2237552.txt てきすとー

13 18/02/09(金)03:38:35 No.483887950

久しぶりに読んだ気がする

14 18/02/09(金)03:40:48 No.483888070

これまたこんな時間に久々だな

15 18/02/09(金)03:44:55 No.483888260

ダージリン様、プレゼントに格言プレートとか格言色紙とか送りつけて嫌がられてそう

16 18/02/09(金)03:47:44 No.483888387

運転下手なのかダージリン

17 18/02/09(金)03:49:07 No.483888444

下手というか荒い P40ぶっ壊してるからな…

18 18/02/09(金)03:49:57 No.483888472

久々にここで遭遇した 今回は穏やかな一日やね

19 18/02/09(金)03:51:09 No.483888501

これ妹ちゃんお茶の名前貰いに紅茶の園に行ったら"大"の所にでかでかと先代と姉が並んだ肖像画("大"ダージリンは特別なのだ)が飾ってあって(留学しよ…)ってなったとかなんじゃ… >個々しばらく忙しかった それぞれで忙しくなる時期よね3年生 院に行くやつらはのんびりしてるけど

20 18/02/09(金)03:52:46 No.483888553

急になんでもないところでシティハンターみたいな動きを始めるダージリンの運転するミニ

21 18/02/09(金)03:54:09 No.483888602

「妹には、わたくしの記録を全部塗り替えてほしかったの」 「姉心よねー」 「できるものならね」 「そういうとこだぞ」

22 18/02/09(金)03:57:00 No.483888714

ヒャア!新鮮なケイダジだぁ!

23 18/02/09(金)04:01:49 No.483888902

大掃除の時にチャーチルの銘板を外すと下に姉の字でダージリンと書いてあったり 図書館にやたら格言の本が充実してたり 高等部の先輩方とのお茶会ではオレンジペコ様からの穏やかでありつつも全く隙のない視線を常に感じたり そういう姉の爪痕を多く感じ過ぎる中等部生活 留学しよ

24 18/02/09(金)04:02:26 No.483888922

ついつい2人の雰囲気からもうヤってるパターンかヤってないパターンか読み取ろうとしてしまう

25 18/02/09(金)04:18:37 No.483889497

>ついつい2人の雰囲気からもうヤってるパターンかヤってないパターンか読み取ろうとしてしまう ベッドに潜り込んで盛り上がりすぎてカーテンを破くケイがヤってるパターンか否かは難しいところだ

26 18/02/09(金)04:19:33 No.483889515

おケイさん寝ぼけてる時の記憶ない人か…

27 18/02/09(金)06:20:43 No.483893103

久しぶりだな やはりいいものだ

28 18/02/09(金)07:16:33 No.483895095

>「家族を馬鹿にしたら怒るよ」 >「あなたを馬鹿にしたの」 >「ならいつものことか。 いいねこのやりとり…

29 18/02/09(金)07:48:22 No.483896860

>「でも抱えて寝ると落ち着くじゃない?」 >「そんなことないでしょう」 >「……今度朝に同じこと聞くことにするね」 ダー様無意識におケイさん抱き枕にしてるんだな…

30 18/02/09(金)07:49:34 No.483896943

朝からいいもの見れた

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