虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。

  • iOSアプリ 虹ぶら AppStoreで無料配布中
  • SS「羊... のスレッド詳細

    削除依頼やバグ報告はメールフォームにお願いします。 個人情報,名誉毀損,侵害等について積極的に削除しますので、メールフォームより該当URLをご連絡いただけると助かります

    18/01/25(木)23:18:02 No.481060489

    SS「羊質虎皮のソリチュード」 前回までsu2213905.txtのあらすじ 幼い頃より虚勢癖を持つエリカ。黒森峰を去り大洗に転校したエリカはそこでも戦車道をやることになる。周囲の期待の重圧からどんどんとおかしくなるエリカ。そのことを沙織に察せられるも黙って欲しいといい、そのまま大会を優勝する。そして、僅かな間でははるがやすらぎのときを得るのであった……。

    1 18/01/25(木)23:18:21 No.481060571

       第三章

    2 18/01/25(木)23:18:47 No.481060672

    「いやー負けましたねぇ」  優花里が呑気な調子で言う。  その日、エリカ達は全国大会のエキシビションマッチを終え、学校へと帰る途中だった。  エキシビションマッチは聖グロリアーナとプラウダの連合チーム対大洗と知波単学園の連合チームの戦いだった。  結果は、大洗連合の敗北だったが、みなエキシビションということでそれほど気負わず戦った結果か、どこか晴れ晴れとしていた。  それはエリカもだった。 「ま、こういうこともあるわよ。戦いは時の運と言うしね」 「そうですね、でも楽しかったです」 「ええ」  華の言葉に、エリカは笑顔で返す。  それはエリカの心からの返答だった。エリカは、エキシビションマッチは久々にエリカ本人の戦略で戦った。  何も背負うものがない戦いで、久々にのびのびと戦うことができたのだ。 「あれ? あれ見て?」  沙織が指を指す。そこには、明らかに荷物をまとめているトラックが何台も並んでいた。 「みなさん、どうしたんでしょう?」

    3 18/01/25(木)23:19:34 No.481060834

    「断捨離ブームでも来たのかな」  そんなことを言いながら校門前まで行くと、なんと校門が封鎖されているではないか。  隊員達は驚愕する。  そこに、一人の人影が現れた。 「会長!?」 「…………」  杏は神妙な面持ちでその場に立っていた。誰もが、何かあったことを悟る。 「会長、これは一体どういう――」 「大洗女子学園は、八月三十一日をもって、廃校となる」  ――え? 廃校……?  エリカは自分の足元がぐにゃりと曲がるような気分になった。 「廃校に伴い、大洗学園艦は解体となり――」  杏の言葉が耳に入ってこない。  周囲の驚きと動揺も同じく、エリカには聞こえない。  聞こえるのはキィーン……という甲高い音のみ。

    4 18/01/25(木)23:19:51 No.481060911

     視界は歪み、色は消えていく。  ――それじゃあ、私の努力は一体……私の頑張りは……私の……。 「戦車道大会で優勝したら廃校は取り消すって」 「……はは」 「あれは確約ではなかったようだ」 「そんな――」 「はははははははははははは!」  エリカは笑った。  大声で笑った。  その突然のことに、ざわめいていた隊員達が一気に黙る。 「エ、エリカ……?」 「無駄だった! 何もかも無駄だった! 私のしてきたことすべて! 何もかも! 何もかもが! ははははは! ははははははは!」  そしてエリカはそのまま地面に倒れ込んだ。

    5 18/01/25(木)23:20:56 No.481061148

      ◇◆◇◆◇     「……ん」  エリカが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。  真っ白な天井は無機質な印象を与える。  体から伝わる感触は柔らかく、どうやら自分はベッドの上に眠っていたことにエリカは気づいた。 「……エリカ!?」  そこに、聞き覚えのある声が飛んでくる。  エリカが声のした方向を向くと、そこには沙織が座っていた。沙織の横には、エリカのチームの面々である華、麻子、優花里、そして梓と杏もいた。 「エリカさん!」 「逸見さん!」 「逸見殿!」 「逸見ちゃん!」 「逸見隊長!」

    6 18/01/25(木)23:21:17 No.481061222

    「……おはようございます。会長。おはよう沙織、みんな」 「おはようじゃないよ! もう何日も寝込んでたんだからね! すっごい心配したんだから!」 「そう……」  自分のことで沙織が怒っているのは分かっても、エリカにはどこか他人事のように感じられた。  今のエリカには、すべてのことがどうでもよく感じられた。 「とにかく、今お医者さんに連絡を――」 「待って」  医者を呼びに行こうとした沙織を、エリカは止めた。 「私が倒れた理由……沙織なら分かってる、かな?」 「……うん」 「……じゃあ、それ、他のみんなに話した?」 「……うん」  沙織は静かに頷いた。 「……そう。そう、よね。ふふふ……」

    7 18/01/25(木)23:21:41 No.481061311

     エリカは笑みを零した。その笑みの理由がいまいち理解できず、沙織達は困惑する。 「……私のしてきたこと、全部無駄になっちゃったわね」 「無駄だなんてそんな――」 「無駄だったのよ、何もかも。……ねぇ、会長」 「……それは」  エリカに言われ、杏は答えに窮する。  そんな杏を見て、エリカは再び笑った。 「……ふふ。馬鹿みたい。必死になって虚勢を張って生きてきたその結果がこれだなんて、本当に、馬鹿みたい……」 「馬鹿なんかじゃないよ!」  沙織が大声で言った。  その沙織の言葉に、エリカは少し驚く。  沙織は大声で続けた。 「エリカは必死に頑張って生きてきたんだよ!? それを馬鹿にする権利なんて、ない。あるはずないんだよ! その結果がこれなんて、私、私……」  沙織は最後のほうで言葉につまり、しとしとと涙を流し始めた。 「そうです! エリカさんは私達に美しい花を見せようと必死になってくれたんです! 私はそんなエリカさんを本当に美しいと思います!」

    8 18/01/25(木)23:22:19 No.481061437

    「私だって! 私の勝手な期待を背負ってくれて……馬鹿だったのは、私のほうです……」 「……今まで相当無理してきたんだろう。辛かったんだろう。その努力は、決して無駄じゃないと思うがな」  華、優花里、麻子も次々と言う。  エリカは、泣く沙織の頭をゆっくりと腕を伸ばして撫でる。 「……ありがとう。私のために泣いてくれて。でももういいの。もう何もかもが、どうでもいい」  吐き捨てるようにエリカは言った。  沙織は、そんなエリカを見て泣いていることしかできなかった。 「その……ごめんなさい!」  次に口を開いたのは、梓だった。  梓もまた、目から涙の雫を零していた。 「私……逸見隊長がそんな負担に感じていたとも知らず、勝手に逸見隊長に無責任な期待をかけて、そのせいで逸見隊長がこんなことになって、……本当にごめんなさい!」 「……私からも謝るよ逸見ちゃん。私、逸見ちゃんに全部背負わせちゃった。逸見ちゃんに何か裏があるって知りながら、それを利用した。本当にごめん」  梓と杏が謝る。  だが、エリカはやはりそれがどこか別世界の事のように感じられて仕方なかった。

    9 18/01/25(木)23:22:46 No.481061541

     自分はここまでドライな人間だっただろうかと、エリカは自分で自分に疑問を持つほどだった。 「……だから、もう本当にどうでもいいんですよ。私は哀れな女だった。それでいいじゃないですか」  ――本当にどうでもいい。ああ、何もかもがどうでもいい。もうこのまま、一人死んでしまいたい。  エリカは口には出さず、心のなかでそう呟いた。  声に出さなかったのは、死ぬだなんていったらまたいらぬ心配をかけてしまうと思ったからだ。 「……それにしても、みんなこんな私に構っていていいんですか?」 「……エリカ!」 「怒らないでよ沙織。だって、みんなにはまだやることがあるんじゃないの? 廃校はもう覆せないかもしれない。でも、やれるだけのことはやったほうがいいんじゃないの? そうしないと、きっと後悔するわよ。……私の、人生みたいに」  それは、遠回しに出ていって欲しいというエリカの意思表示だった。  そして、エリカの本心でもあった。  エリカは、自分のように悔いのあるような生き方は、沙織達にはして欲しくはなかった。 「……うん、わかったよ逸見ちゃん」 「会長!」

    10 18/01/25(木)23:23:18 No.481061653

    「……私達も最後まで精一杯頑張るよ。逸見ちゃんの頑張りを、無駄にはしない」  そう言って、杏は病室を出ていった。  それについていくように、梓も出ていく。 「エリカ……その、私、何があってもエリカの友達だからね。それだけは忘れないで」  そして沙織もそういい残し、四人も病室を出ていった。  病室には、一人エリカが残された。 「……友達。友達、か」  エリカはその言葉を反芻する。  ――思えば、今までの人生で本当の友達と呼べる人間はいなかったかもしれない。みんな、私の上辺しか知らないし、きっと知ったら失望しただろうから、心からの友達なんて、いなかった……と思う。でも、沙織達は友達と言ってくれた。こんな有様の私を、友達と呼んでくれた。友達と……。 「……ああ、応えたいなぁ、沙織の気持ちに」  エリカはベッドの上で手を伸ばしながら、涙を流して言った。  今エリカは、心から友達のために何かしたいと思っている。その気持に、偽りはなかった。  ――でも、今の私には何もできない。今の、何の力もない私じゃあ……。

    11 18/01/25(木)23:24:00 No.481061811

    「……本当なの、それ!?」  そのときだった。病室の外から、沙織の大きな声が聞こえてきたのだ。  何事かと思い、エリカはベッドから起き上がり、ドアに耳をつけ外の話し声に意識を集中させる。 「沙織さん! 声が大きいです!」 「あ、ごめんなさい……」  沙織に注意する声にエリカは聞き覚えがあった。間違うはずもない。それはみほの声だった。 「みほ……? どうしてここに……」  エリカはさらに話し声に集中する。話し声は小さくなったが、なんとか聞き取れた。 「それで、本当なの? 大学生に勝ったら、廃校取り消しって」 「はい。私と姉で母に頼み込んで、なんとか文科省の人と話を付けました。その条件として、大学選抜と殲滅戦ルールで戦い、勝利すれば廃校は撤回してくれるそうです」 「そうかい……でもよくあの役人がそんな話飲んだねぇ」  今度は杏の声だった。エリカはその話の内容に思わず声を上げそうになるも、気づかれてはいけないと必死で声を抑えた。 「母だけでなく協会の会長さんとかいろいろ偉い人にも根回ししたらしいですから」 「なるほど……でも、勝算は薄そうですね……」

    12 18/01/25(木)23:24:33 No.481061936

     梓の声だった。その声は消沈したものだった。 「薄くても零じゃありません。勝つんです。私達黒森峰も、力を貸します。他の学校にも、話はつけてあります。みんなで力を合わせれば、きっと……!」 「……どうしてエリカさんのためにそこまでしてくれるのですか? エリカさん、あなたにいっぱい酷いこと言っていたのに……」  それはエリカも思ったことだった。  ――どうして、みほはここまで私のことを思ってくれるの? どうして……。  その回答は、すぐさまみほの口から聞けた。 「……だって、エリカさんは、私の友達ですから」 「……っ!?」  ――あんなに酷いことをしておいて、あなたはまだ私のことを友達として気にかけてくれると言うの……? あなたは、本当に……。  エリカは先程とは違う理由の涙を流し始めた。  気づかれぬように必死に声を押し殺して、泣いた。  そして思った。  ――私も、何かしなくちゃいけない。沙織の、みほの、そしてみんなの気持ちに、応えなきゃいけない。これで最後でもいい。私が、私が……!  そしてエリカは、一つの決意をした。

    13 18/01/25(木)23:24:55 No.481062021

      ◇◆◇◆◇      北海道にあるとある演習場。そこに、大量の戦車がズラリと並んでいた。  それは、片方は大洗を代表とする高校生の連合軍。そしてもう片方が、大学選抜チームのものだった。  居並ぶ大洗の隊員達は、どこか暗い面持ちだった。  胸に抱くのはみな、エリカのこと。  それぞれがそれぞれのエリカへの思いを抱いていた。  だが、そのエリカは今ここにはいない。そのことが、大洗の隊員達の心を一様に暗くさせていた。  全員の代表として立っているのはみほだった。  みほは今、大洗に短期転校という手続きを取ってその場に立っていた。  みほは全体を指揮する隊長として選ばれた。  最初はまほが推されたが、まほがみほを推したために、みほが総隊長として務めることになったのだ。  みほは必死に勝つための算段を立てる。  ぶつぶつと呟いて、どうすれば勝てるかを計算する。

    14 18/01/25(木)23:25:14 No.481062081

     だが、時間はみほに猶予を与えてはくれない。  みほが悩んでいるうちにも、大学選抜との戦いは目の前に迫っていた。 「それでは、大学選抜チーム対大洗女子学園の試合を――」 「待ったー!」  開始の合図を遮る鋭い声が飛んでくる。  その場にいた全員が、その声の方向を見た。  そこにいたのは―― 「エリカさん!?」 「隊長抜きでやろうだなんて、そうは問屋がおろさないわよ」  不敵な笑みで立つ、エリカだった。 「エリカっ!」 「逸見殿!」 「エリカさん!」 「逸見さん!」  沙織達を始めとして、次々と大洗の隊員がエリカの元に集まる。

    15 18/01/25(木)23:25:42 No.481062179

     みな、一様に驚き、そして心配するような顔をしていた。 「エリカ、どうして……」 「どうしてはこっちの台詞よ。私抜きで戦おうだなんて、そんな隊員に育てた覚えはないわ」 「でも、エリカは、エリカは……!」 「あら、私がどうかしたのかしら? 私はこの通り元気よ? 別に何もなかったじゃない」 「エリカ……」  髪をかき上げながら言うエリカの姿は、まごうことなき隊員達が知っているエリカだった。  しかしもう隊員達は知ってしまっていた。そのエリカの姿が無理をしている姿だということに。 「もういいんだよエリカ。エリカはもう……」  だからこそ止めようとする。これ以上エリカに無理をさせてはならぬと、止めようとする。 「まったく訳がわからないわね。何がもういいよ。私は私よ。誰にも止められないわ。それとも何? 私抜きであいつらに勝てると本気で思ってるの? 思い上がるのもいい加減にしなさい。あなた達は今まで私のおかげで勝ててたの。それを忘れないで」 「……逸見隊長」  エリカを取り囲む集団の中から現れたのは梓だった。

    16 18/01/25(木)23:26:09 No.481062297

     梓もまた、真剣な面持ちでエリカを見る。 「どうして、あなたは……」 「……私はただ、みんなのために頑張りたいだけ。それでいいでしょう? ね、梓」  梓の頭を撫でるエリカ。  その手の優しさに、梓は思わず涙を流してしまう。 「こんなところで泣かないの。その涙は、勝利までとっておきなさい」 「……はい!」  梓は大きな声で返事をした。  エリカの優しさを、そしてエリカの目を見て梓は知った。  エリカが今ここにいる意味を、梓は誰よりも先に理解した。  そして、その意味を他の隊員達もすぐさま理解する。 「……いいみんな! 絶対に勝つわよ!」 「「「了解!」」」  今、大洗は本当の意味での絆で結ばれていた。そこには嘘偽りのない、信頼があった。 「……みほ」

    17 18/01/25(木)23:26:26 No.481062366

     そして次に、エリカはみほに語りかける。 「……エリカさん」 「……任せたわよ、みほ」 「……うん」  二人が交わした言葉は、それだけだった。  それだけで、良かった。  そして始まった。  大洗の命運をかけた、戦いが。      試合はまさに激戦だった。互いが互いの全力を出し尽くし、お互い一歩も惹かない戦いを見せた。  様々なことがあった。  大学選抜の巨大兵器カールをめぐる攻防。知波単のゲリラ戦術。ハリボテを用いた戦法。アンツィオの高所からの偵察。巨大観覧車を使った窮地の脱出。  その出来事すべてが、一つの方向、大洗の勝利へと向かっていった。  そして戦いは最終局面へと移る。

    18 18/01/25(木)23:26:46 No.481062443

     敵の隊長車である島田愛里寿が乗る車両は、みほとまほの西住姉妹が相手をしていた。  エリカの相手は、通称バミューダと呼ばれる大学選抜の三人組の乗る戦車だった。  エリカの他には自動車部、そしてプラウダのカチューシャ車だった。 「いくわよ、みんな!」  エリカの号令で、突撃してくるバミューダに対しエリカ達が迎え撃つ。  エリカ達がとった戦略はまさに神業だった。  まずは自動車部が戦車に乗せた強化モーターでスリップストリームを起こしエリカ車とカチューシャ車を引っ張る。そしてカチューシャ車が体当たりで敵の一両の動きを止め、そこをエリカが仕留めたのだ。  後続の車両には抜かれてしまう。 「麻子!」 「分かってる!」  エリカの指示で、エリカ車は瞬時に急停止。  それによって、エリカ車は後続の攻撃から逃れた。 「さあ……いくわよ、みんな!」

    19 18/01/25(木)23:27:03 No.481062498

    「はい!」 「うん!」 「ええ!」 「おうよ!」  そしてエリカは残った二台の攻撃をかわしながらみほ車、まほ車と合流する。  そしてそのまま、みほ車、まほ車と連携し残りのバミューダ二台を撃破した。  最後に残すは、愛里寿車のみ。  だが、愛里寿車は一筋縄ではいかない。西住姉妹、そしてエリカの猛攻をいともたやすくかわし、逆にエリカ達を追い詰めていく。  このままではジリ貧である。  エリカはそこで、ひとつの賭けに出ることにした。 「みほ! まほさん!」 「……うん!」 「……ああ!」  エリカは西住姉妹と一言だけ会話をする。  それだけで、姉妹には通じたようだった。

    20 18/01/25(木)23:27:20 No.481062569

     そして次の瞬間、エリカは行動に出た。  まずまほ車が囮となってほんの僅かではあるが愛里寿車をひきつけた。そしてその隙をついて、なんとみほ車がエリカ車の後方を空砲で射撃し、一気に加速させたのである。  そして瞬時に距離を詰めたエリカ車は、そのまま愛里寿車に向かって砲撃。そして―― 『目視確認終了。大学選抜残存車両無し。大洗女子学園、残存車両二。よって大洗女子学園の勝利!』 「うわあああああああああああああっ!」  歓声が上がる。  全国大会優勝時に勝るとも劣らない歓声が。 「やったよ! やったよエリカ!」  沙織は嬉しさのあまりエリカに抱きつく。  だが、エリカからの反応は、何も帰ってこない。沙織達から見えるのは、ぐったりと力の抜けた手と頭を垂らしている姿のエリカのみ。 「エリカ……?」

    21 18/01/25(木)23:27:50 No.481062682

      ◇◆◇◆◇      ――数ヶ月後。    南方のほうにあるとあるホスピタル。  まさしく南国の気候が包む常夏のその島に、沙織はいた。  沙織は、そのホスピタルの廊下を一人歩く。  そして、一つの扉の前に止まると、大きく深呼吸をして、その扉を開けた。  その扉の向こうは、大きな病室になっていた。壁一面が大きなガラスになっており、そこから自由に外にいけるようになっている。  そして、外には四つの人影があった。  一人は優花里、一人は麻子、一人は華、そして、もう一人は―― 「あっ、おかえりなさい、さおりおねえちゃん!」  屈託のない笑みを浮かべ、たどたどしい言葉で喋るエリカが、そこにいた。 「うん、ただいまエリカちゃん。いい子にしてた?」

    22 18/01/25(木)23:28:24 No.481062793

    「うん! えっとね、いまね、ゆかりおねえちゃんたちと、おままごとしてたの! わたしがおかあさんやくなんだよ!」 「そっか、偉いね。あ、ちょっとおねえちゃんたちはお話があるから、ちょっとだけ一人で待ってられる?」 「……うん! わたしひとりでまてるよ! だってわたしいいこだもん!」 「そ、良かった」  そう言って、沙織達は外から中に入っていく。  そして、病室の外へ行くと、真面目な面持ちで話し始めた。 「……どう、エリカの様子は」 「……いい子ですよ。少なくとも、三歳の子供としては」 「……そう」  優花里の言葉に、沙織が暗い顔で返す。  エリカは大学選抜との戦いの後、目を覚ますと幼少時代へと退行していた。  沙織達はそんなエリカに驚愕し、混乱し、狼狽したが、しばらく様子を見て、エリカをこのホスピタルに移すことに決めた。  それからというもの、エリカはずっとホスピタルで沙織達に代わる代わる面倒を見てもらっているのだ。 「お医者様は、時間が解決してくれるのを待つしかないと言っていますが……」 「もう数カ月も立つのに、一向に回復の兆しが見えないな」

    23 18/01/25(木)23:28:53 No.481062902

    「うん……それでも待つしかないよ。エリカをあそこまで追い詰めたのは、私達なんだから……」  そこで沙織達の会話が途切れる。みな、何かを言おうとして、結局口を閉じることの繰り返しをしていた。  と、そこに二つの足音が近づく。  四人がその方向を向くと、そこにいたのは、まほとみほだった。 「まほさん! みほ!」 「久しぶり、沙織さん、みんな」 「必死ぶりね、みなさん」  まほの手には大きな花束が、みほの手にはお菓子の入った紙袋が持たれていた。どちらもエリカへの土産だということは言わずとも分かった。 「……もう数カ月、なのね。外は冬だというのに、ここはいつでも夏で……」 「お母さんが出資してる場所だから何回か来たことはあるけど、ここは本当に変わらないね」  このホスピタルを沙織達に紹介したのはまほとみほだった。ホスピタルはみほの言う通り、西住家が出資している場所であり、そのためエリカの入院もかなりの好待遇が用意されたのだ。 「それで、エリカさんの様子は……」  みほの問いかけに、沙織は首を振る。 「……そう。……でも」  そこに、まほが言う。まほは続けて口を開いた。

    24 18/01/25(木)23:29:30 No.481063044

    「……でも、エリカにはこのほうが幸せなのかもしれないわね」 「そんな!」  まほの言葉に思わず沙織が反発する。だが、それを麻子が制止した。どうやら、話を聞いてみようということらしかった。 「……私はね、思うのよ。今のエリカの姿は、本当に彼女が望んでいた姿じゃないかってね」 「エリカさんが、ですか?」  華が聞く。  まほはそれに頷く。 「……沙織さんから聞いた話だと、エリカはずっと子供の頃から無理をして生きてきたのよね。……だからだと思うの。エリカの心は子供に戻ったのは」 「……と、言うと?」 「エリカはずっと本当の自分を曝け出して生きたかった。でも、それができなかった。だから、それができるように、人生をやり直しているんじゃないかしら……。本当の自分を曝け出せるような、人生を歩むために……」 「…………」

    25 18/01/25(木)23:29:51 No.481063123

    「私はね、人は誰しも仮面をつけて生きていると思ってるの。それがどんな仮面であれ、つける頻度は人によって違うものであれ、みんな本当の自分を偽ってる。私も、みほも、あなた達も……。でも、みんなそれと折り合いをつけて、仮面を外した自分でいられる場所を見つける。でも、エリカにはそれができなかった。ずっと仮面をつけたままだった。だから今は、仮面を外して生きようと、その努力をしてるんだと思うの」

    26 18/01/25(木)23:30:09 No.481063194

    「……じゃあ、その努力はいつ実るんですか。エリカは、いつになったら……!」  沙織は目に涙を浮かべながら言った。  その沙織を、みほがそっと抱きしめる。 「待とう、エリカさんが帰ってくるまで。今度は、仮面なんてつけないでいいエリカさんと出会える、その日を信じて……」  みほもまた、瞳に涙を溜めていた。  華たちもみな、今にも泣きそうな表情になっていた。  まほだけは一人、暗くも冷静な表情を保っていた。 「……さ、中に入りましょう。エリカを待たせたらまた泣き出しちゃうわ」  まほが空気を変えるように明るい声で言った。 「……そうですね」  沙織はみほから離れ、まぶたを拭いながら同調する。  そうして、沙織達は再び病室に入っていった。

    27 18/01/25(木)23:30:30 No.481063296

     逸見エリカがいつ自分を取り戻すかは分からない。  そもそも本当に自分を取り戻せるのか、それが彼女のためになるかも分からない。  だが、ただ一つ分かることがある。  今のエリカは、今までの人生において、恐らくもっとも幸せな時を過ごしているということである。  偽りなき姿という、破滅によってしか手に入れることのできない姿である限り……。 おわり

    28 18/01/25(木)23:31:38 No.481063584

    そう来たか…

    29 18/01/25(木)23:32:07 No.481063676

    Dボゥイみたいなやつ

    30 18/01/25(木)23:32:14 No.481063706

    いろいろ落ちを考えてたけど幼児退行やつは思いつかなかったよ!

    31 18/01/25(木)23:32:26 No.481063742

    読んでいただきありがとうございました su2213984.txt 過去作もよかったら ・シリーズもの su2213993.txt ・短編集 su2213995.txt

    32 18/01/25(木)23:32:57 No.481063870

    >それができるように、人生をやり直しているんじゃないかしら……。本当の自分を曝け出せるような、人生を歩むために この台詞好きよ

    33 18/01/25(木)23:33:00 No.481063876

    精神崩壊してる…

    34 18/01/25(木)23:33:22 No.481063965

    エリカ本人からすると窮屈な生き方から解放されたハッピーエンド周りからすると最悪な結末だけど

    35 18/01/25(木)23:33:35 No.481064023

    澤ちゃん吐くわこれ…

    36 18/01/25(木)23:33:44 No.481064059

    カミーユになっちゃった…

    37 18/01/25(木)23:34:34 No.481064280

    >会長吐くわこれ…

    38 18/01/25(木)23:35:05 No.481064439

    精神は崩壊したけどそれをまた一から築き直すんだ

    39 18/01/25(木)23:35:40 No.481064604

    >会長死ぬわこれ…

    40 18/01/25(木)23:36:43 No.481064882

    いやなやつが救われるには既存の逸見エリカを破壊するしかなかったのがつらい…

    41 18/01/25(木)23:38:11 No.481065292

    だって 会長は逸見さんの心を 死なせちゃったもん ね

    42 18/01/25(木)23:38:50 No.481065490

    救いはあったけどもう少しさあ…

    43 18/01/25(木)23:39:42 No.481065720

    会長も罪悪感でエリカの幻影を見るようになって徐々に狂っていきそう

    44 18/01/25(木)23:40:02 No.481065812

    崩壊したやつはちゃんと味するのかな……

    45 18/01/25(木)23:40:59 No.481066083

    ふと思っけど"まったー"から愛里寿に勝つまでのエリカはもしかして自分を偽って強がっていた訳じゃなくて精神を解き放った結果変貌したのでは? もっとも健全な自我回復ではなくてむしろ思い詰めた揚句にどこかが狂い出した結果として

    46 18/01/25(木)23:42:21 No.481066446

    >崩壊したやつはちゃんと味するのかな…… 大好きなハンバーグを一番美味しく食べられて満足そう

    47 18/01/25(木)23:43:26 No.481066720

    逸見隊長は帰って来ます 黒森峰から来てくれたあの日の様に…だから 逃げないんです私は…その日まで !

    48 18/01/25(木)23:44:38 No.481067055

    >大好きなハンバーグを一番美味しく食べられて満足そう ほっぺたをソースでべたべたに汚して美味しく食べてそう

    49 18/01/25(木)23:44:45 No.481067096

    >大好きなハンバーグを一番美味しく食べられて満足そう わぁ!みほおねえちゃん、このはんばーぐとってもおいしいんだよ

    50 18/01/25(木)23:45:30 No.481067312

    …ぇ…ぃぁ…しゃん

    51 18/01/25(木)23:46:35 No.481067643

    ハッピーエンド!ハッピーエンドです!

    52 18/01/25(木)23:47:16 No.481067829

    誰か最初から天真爛漫になにも隠すことなく育ったエリカ殿を…

    53 18/01/25(木)23:47:29 No.481067896

    あれぇ?みほおねえちゃんもさおりおねえちゃんもどうしたの?なんでないてるの?なんで? えーとね!えりかがよしよししてあげるからなかないでー

    54 18/01/25(木)23:49:07 No.481068344

    なあに実年齢との差そんなにないし頭はいいんだから社会人になる頃にはちょっとぼんやりした子程度で済むさ

    55 18/01/25(木)23:50:29 No.481068730

    ある日エリカが突然姿を消すんだ… さおりんと赤星が捜し回ったら何故かドアを固く閉ざしたみほの部屋の中から無邪気なやつの声がするんだ…

    56 18/01/25(木)23:51:18 No.481069002

    >なあに実年齢との差そんなにないし頭はいいんだから社会人になる頃にはちょっとぼんやりした子程度で済むさ …ハンバーグ…食べるとこ

    57 18/01/25(木)23:52:08 No.481069233

    …ちょうちょ

    58 18/01/25(木)23:52:28 No.481069327

    黒森峰に戻せば記憶が戻るかもしれない…みたいな淡い期待かな…

    59 18/01/25(木)23:52:57 No.481069543

    ハッピーエンドだ!!! ハッピーエンドだよ!! ハッピーエンドだよね?

    60 18/01/25(木)23:53:59 No.481069814

    エリちゃん?いま楽しい?

    61 18/01/25(木)23:54:53 No.481070038

    うん!たのしい!!

    62 18/01/25(木)23:55:35 No.481070217

    よしハッピーエンドだ

    63 18/01/25(木)23:55:48 No.481070279

    大洗は救われた やつが元に戻る可能性もある これ以上にないハッピーエンド

    64 18/01/25(木)23:55:55 No.481070302

    試しに家元に預けたらいいんじゃない 3作目で西住流の流し込み方は慣れてると思うし

    65 18/01/25(木)23:56:08 No.481070352

    記憶戻ったらそりゃ周りからはハッピーエンドだけどエリカからしたらまた窮屈な人生になるし忘れてた頃の記憶があった場合即自殺しそう…

    66 18/01/25(木)23:57:26 No.481070724

    >エリちゃん?いま楽しい? うん!すっごくたのしいよ!きょうはねみほおねえちゃんとまほおねえちゃんにはじめてせんしゃにのせてもらったんだぁ なんだかねぇなつかしいかんじがしたの…はじめてのったのにへんだなあ…クスッ

    67 18/01/25(木)23:57:55 No.481070830

    周りにバレてマッターの下りでこの流れ光堕ちで終わんのかって一瞬絶望したけどちゃんとハッピーなエンドになって流石プロは違うなぁってなった

    68 18/01/25(木)23:59:24 No.481071174

    でも逸見家の家族は子供らしい感情で接してくるやつを見てどこか嬉しそうなんだよね…

    69 18/01/26(金)00:00:21 No.481071420

    ダー「」先生、エリカの心は治るんですか?

    70 18/01/26(金)00:00:43 No.481071511

    むしろ逸見家の方はこんなエリカはエリカじゃないとかで家族特権振りかざしてさまざまな医者や怪しい人達の元にエリカ連れ回して元に戻そうとしてしてほしい

    71 18/01/26(金)00:02:02 No.481071840

    やめやめろ

    72 18/01/26(金)00:03:06 No.481072095

    最終章まではもたなかったやつ

    73 18/01/26(金)00:03:53 No.481072270

    このまま無邪気に成長したらファサ見が出来る

    74 18/01/26(金)00:04:52 No.481072510

    >むしろ逸見家の方はこんなエリカはエリカじゃないとかで家族特権振りかざしてさまざまな医者や怪しい人達の元にエリカ連れ回して元に戻そうとしてしてほしい リセットがかかったエリカの心に歪な治療法が積み重なって…

    75 18/01/26(金)00:05:40 No.481072738

    >最終章まではもたなかったやつ 最終章まで持ったら試合中にいきなり精神崩壊しかねない

    76 18/01/26(金)00:06:49 No.481072992

    ねえエリカさん…私と一緒にもっと楽しい場所に行こうよ、もう何も苦しまずに済む場所へ… ねえ…ぇいぁしゃん

    77 18/01/26(金)00:07:36 [す] No.481073162

    >ダー「」先生、エリカの心は治るんですか? どうだろうね……それは読んだ「」がどっちが幸せか思うかによるよ エリカにとって本当の幸せとはなんだろうかと考えて答えを出して欲しい >このまま無邪気に成長したらファサ見が出来る 実は今回のエリカはファサ見から着想を得て書いたんだよね 強キャラのファサ見だけどその内面が実は……という妄想から書きました その証拠に劇中で何度も髪ファサァ……ってさせてたりします あ、それと宣伝みたいになっちゃうけどこの話は本としてまとめて電子書籍版出してたりします まとめ出すの迷ったけど一応まとめとしては上にお出ししてるからそれで十分て人がだいたいだろうけど興味あったらどうぞ

    78 18/01/26(金)00:11:04 No.481073903

    もうこれで終わってもいいだからありったけをすぎる…

    79 18/01/26(金)00:11:27 No.481074000

    でもよぉ俺はやっぱり物理的な本として欲しいぜダークサイド「」

    80 18/01/26(金)00:14:18 No.481074645

    無邪気になったやつで少し泣けてきたことを報告します

    81 18/01/26(金)00:15:08 No.481074839

    どこかで軟着陸できるルートは…無かったんだろうな

    82 18/01/26(金)00:15:22 [す] No.481074892

    >でもよぉ俺はやっぱり物理的な本として欲しいぜダークサイド「」 物理的な本は次のぱんあで前回委託してちょっとだけ余ったやつもってこうかなぁとは考えてます前回のやつそのままだから誤字脱字治ってないけど 飛行機飛べばの話だけどね!悪天候で飛ばないとかザラにあって怖いんだ! 本当は学祭にも持ってきたかったけど学祭はミナソコ2延期になりそうだから一般参加になりそうなんだよね