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18/01/23(火)23:12:09 SS「羊... のスレッド詳細

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18/01/23(火)23:12:09 No.480679148

SS「羊質虎皮のソリチュード」 前回までsu2210825.txtのあらすじ 幼い頃から虚勢癖を持つエリカ。黒森峰で戦車を水没させ大洗に転校するも、その大洗で再び戦車道をやることになる。そして偶然にも練習試合において聖グロリアーナに勝利を収め、隊員たちから信頼される。しかし、そのことがエリカの心を追い詰めていった……。

1 18/01/23(火)23:12:38 No.480679264

「まさか最初の相手がサンダース付属とは……」  優花里がため息をつきながら言う。  エリカ達は今、全国大会の抽選会を終え、五人で会場近くにある戦車喫茶に立ち寄っていた。戦車喫茶は戦車をモチーフにした喫茶店で、それぞれ軍服を来たウェイトレスや戦車の形をしたお菓子などが用意されている場所だった。 「そんな強いの? サンダースって?」 「優勝候補の一つで、とってもお金持ちの学校なんですよ。いっぱい戦車を持ってるんです」  沙織の問いかけに優花里が返す。 「でも、初戦で当たったのは幸運よ。初戦は戦車の台数が十台までとされてるから、サンダースご自慢の物量押しも意味をなさないわ」  そこにさらにエリカが言う。  表向きではそうは言うものの、内心ではエリカはやはり不安だらけだった。  サンダースに本当に勝てるかどうか、そのシミュレーションを必死で頭の中で働かせていた。  だがそんなことは表面にはおくびにも出さず、余裕のあるように振る舞う。 「さすがエリカさんは余裕ですね」 「まあね」 「……眠い」  エリカは髪をかき上げながらあくまで余裕のある態度を保ち続ける。

2 18/01/23(火)23:12:58 No.480679344

 正直なところ、今すぐにでも帰って作戦を練りたい気持ちであるのにも関わらずだ。  だが、そんなことをしては仲間達に不審がられてしまうため、現状でエリカがその行動をとることはない。  そんな風に五人が話していると、テーブルに壁際からケーキを乗せた小さなワゴン車がやってきた。戦車喫茶ではそうしてケーキを運ぶらしかった。 「うわーなにこれ!」 「これドラゴンワゴンですよ」 「ケーキもかわいいですね」 「……うむ」  沙織達が嬉しそうにケーキを取っていく。エリカはこうなればそうそうにケーキを食べて思案に戻ろうと、ケーキを素早く手に取って食そうとした。  そのときだった。 「エリカさん……?」  その声を聞いた瞬間、エリカは凍りついた。  聞き覚えのある声。聞き間違えるはずのない声。  エリカは恐る恐る声のした方向を見た。  そこにいたのは―― 「み、ほ……まほ……さん……」

3 18/01/23(火)23:13:17 No.480679420

 みほとまほが、そこにいた。 「エリカさん……! やっぱりエリカさんだ……!」  みほは嬉しそうな声を上げる。  ――どうして、どうしてそんな嬉しそうな声を出すの。私はあんなに冷たくしたというのに。あんなにひどいことを言ったというのに。 「……まだ戦車道をやっているとは思わなかった。……だが、良かった」  今度はまほがほっとしたような表情で言う。  ――やめてください、まほさん。私はそんなことを言われるような立場じゃないんです。私は、裏切り者なんですよ……? 「エリカ、あれ友達?」  沙織が聞いてくる。エリカは一瞬答えに詰まった。 「はい、私とエリカさんは――」 「――友達なんかじゃないわ」  いつの間にかエリカの口から出ていた言葉が、それだった。  その瞬間、あたりの空気が不穏なものに淀む。だが、 「え、エリカさん……」  みほが狼狽えながら零す。だが、エリカは止まらなかった。

4 18/01/23(火)23:13:48 No.480679552

「私とあなたが友達? はっ、冗談はほどほどにしてくれませんか副隊長? いえ、元副隊長。あんな別れ方をしておいてよく私のことを友達だなんて言えましたね。本当に、お人好しなんですねあなたは」 「あ……うあ……」  エリカの容赦のない言葉に、みほは体を震わせながら一歩後ずさる。  一方のエリカは、笑っていた。髪をかきあげ、憎たらしい笑みを浮かべていた。 「エリカ、そこまでに――」 「隊長も! ……いえ、元隊長も」  まほが助け船を出そうとしたが、エリカはそこにも割り込んだ。  エリカ本人は、もう自分が何を言っているのか、そして何を言い出そうとしているのか分からなかった。 「私が戦車道をやっていて良かった? それは本気ですか? 黒森峰を敗北に導いた、戦犯の私がまだおめおめと戦車道をやっていて良かったと? 本当なら、元隊長も随分とお優しいことですね。そんなことでは、足元を救われますよ?」 「……っ!?」  隊長としてのまほが珍しく感情を表情に出していた。まるで苦虫を噛み潰したかのような表情だった。 「ちょっとエリカ!」

5 18/01/23(火)23:14:12 No.480679659

 沙織が珍しく怒ったような表情でエリカを見ながら、エリカの袖を掴む。  エリカはそこでやっと我に返り、自分の発言を後悔する。そして、これ以上ここにいては何を言うか分からないという恐怖に襲われ、一刻も早くここを立ち去らねばという思いに駆られる。 「……気分が悪いわ。私、先に帰るから」  そう言ってエリカは立ち上がり、店を出ていこうとする。 「ちょ、ちょっと待ってよエリカ!」  その後に、沙織達もついて来る。  ――みんなはここにいてもいいのに……。  沙織達を見てそんなことを思いつつも、エリカは着いてきてくれる友人達に感謝した。  しかし感謝しながらも、エリカは最後に捨て台詞のように言う。。 「……あなた達黒森峰は、私が倒します。せいぜい楽しみにしていて下さい。黒森峰が、再び私によって敗北するのを」  エリカはそう言って、店を出た。 「ちょっと待って……待ってってばエリカ!」  早足で道を歩くエリカの腕を、沙織が掴んだ。  振り返ると、仲間達が皆重々しい表情でエリカを見ていた。 「……何」

6 18/01/23(火)23:14:42 No.480679786

「何、じゃないって!? さっきのは何!? 何があったか知らないけど、あんなのエリカらしくないよ!」 「そうですよ。あんな礼を失する発言は、よろしくないと思います」 「……私も、あまり聞いていて心地のよいものではなかったな」 「……えっと、その……」  優花里以外のそれぞれが、エリカに対して怒りを含んでいたようだった。エリカはそんな友人達の怒りはもっともだと思いつつも、一度表に出してしまった発言を取り消そうとする勇気も沸かなかった。 「……悪かったわね、私らしくなくて。でもね、私は裏切り者なの。その裏切り者の私が、裏切った相手とヘラヘラお話できるわけがないじゃない」 「裏切り者って……どういうことなの!?」 「その辺は優花里が詳しいから聞いてみなさい。とにかく、私は帰るから」 「ちょ、ちょっとまだ話は終わってないよ、エリカ!」  沙織はエリカの腕を離そうとはしなかった。 「ちょ、離してよ……!」  エリカは沙織の腕を振りほどこうとするも、沙織の力は思った以上に強く振りほどくことができない。

7 18/01/23(火)23:15:01 No.480679880

「エリカがどう思ってるか知らないよ! エリカに何があったか知らないよ! でも、ああいうのはよくないと思う。謝りに行こう、エリカ? 今ならきっとあの人達も許してくれるよ?」 「…………」 「わたくしもそうしたほうがいいと思います。一度切れた縁は、そうそう簡単には戻らないんです。このままだと、あの方々との縁が切れてしまいます。ですからエリカさん、どうかお考え直しを」 「……逸見さん。今のあんたは正直かなり嫌な奴だぞ。このまま嫌な逸見さんのままじゃ、私は戦いたくないな」 「……わ、私も……あの西住姉妹と険悪なままはあまり良くないと思いますというかなんというか……」  沙織達は代わる代わるエリカに戻れと言う。  その沙織達の気持ちを無下にするわけにもいかず、またこのままだと気持ちの悪いことも確かであるため、エリカは沙織達の提案を飲むことにした。 「……分かったわ。戻りましょう」  そうして、エリカ達は先程までの戦車喫茶に戻った。だが、そこにはもうみほ達の姿はなかった。

8 18/01/23(火)23:15:23 No.480679964

「うああああ……ああああ……!」  エリカは部屋の隅で布団に包まりながら、さめざめと涙を流していた。 「私……私なんてことを……」  涙の理由は、当然昼の一件のことだった。  エリカはあの後、仲間達と一緒に帰り、自宅についてやっと一人になった途端、涙を流しこうして部屋の隅に篭っているのだ。 「ごめんなさい……ごめんなさいみほ……まほさん……」  エリカの心は罪悪感で一杯だった。  もう二度と傷つけないと決めたはずなのに。  なのに、自らの虚勢のためだけに再び二人を傷つけるようなことを口走ってしまった。  エリカはそんな自分が嫌いで嫌いで仕方なかった。 「私は……どうすれば……」  さらにエリカにのしかかる苦痛はそれだけではなかった。  目の前に迫るサンダース大学付属高校との試合も、エリカに涙を流させる原因の一つだった。  試合まであまり日がなく、今度は聖グロリアーナのときのように地の利もない。  さらに相手はまず間違いなく規定で決められている車両を限界まで出してくるだろう。数的な意味でも、まず不利だった。

9 18/01/23(火)23:15:54 No.480680096

 みほ達への暴言の後悔と、サンダース戦への大きな不安。その二つの苦痛が入り混じってエリカを苛み、大洗ではこれまで我慢していた『涙』という限界を迎えさせてしまった。 「……落ち着け……落ち着け……落ち着け……」  エリカは必死に冷静になろうと務める。 「……もうこの際、みほ達のことは諦めよう……もう一度は切って二度と元に戻らないと思ってた縁なんだ……今更それがさらにひどくなっても、いいじゃない……」  そのために、まずは頭の中をクリアにする必要があった。だからこそ、エリカは西住姉妹のことを無理矢理に頭の外から追い出し、サンダース戦のことだけを考えようとした。 「そうよ……今はサンダースのことだけ考えて……サンダースのことだけ……サンダースのことだけ……」  エリカは頭を必死に働かせる。どうすればサンダースに勝てるのか、そのことだけを考えようとする。だが―― 「……うっ!」  エリカは急に口を押さえトイレに駆け込んだ。そして―― 「おっ、おええええええええっ!」  トイレに向かって、勢い良く嘔吐した。  それはストレスからくるものだった。

10 18/01/23(火)23:16:15 No.480680176

 サンダース戦への不安と、周囲の期待の目の差。そして、西住姉妹への思い。  それがエリカを苛み、とうとう肉体的に影響を及ぼしてしまったのだ。 「はぁ……はぁ……はぁ……」  エリカはトイレの便座に手をつきながら荒い呼吸を続ける。  頭の中を支配するのは、期待という重荷に対する恐怖だった。 「無理よ……私には……やっぱり無理……みほなら、まほさんならともかく……」  先程まで忘れ去ろうとしていた姉妹のことを、エリカなら思い出す。  自分ならともかく、あの姉妹ならこの状況も打破できるはず。  エリカはそう思っていた。

11 18/01/23(火)23:16:33 No.480680249

 それは、味西住姉妹に対する絶対的な信頼を今でもエリカは持っているということでもあった。そのことに気づき、エリカは再び吐き気に襲われる。 「うっ……! ……はぁはぁ」  だがそれをエリカは必死にとどめ、吐き出しそうなものを必死に胃に戻した。 「はぁ……私は、まだあの姉妹に執着しているというの……あんなことを言ったというのに……」  エリカは再び西住姉妹への後悔に心が囚われる。  どうしてあんなことを、どうして、どうしてと、再び思考の堂々巡りが始まろうとする。  だが、そのときだった。 「……あの姉妹なら、こんなことには……そうだ、あの姉妹なら……?」  その思いつきは、エリカにとっての一筋の光明だった。

12 18/01/23(火)23:16:59 No.480680349

  ◇◆◇◆◇     『大洗女子学園の勝利!』  ただ広い草原に、大洗の勝利を告げる声が高らかに響き渡る。  全国大会一回戦、サンダース大学付属高校対大洗女子学園の戦いは、大洗女子学園が勝利を収めた。 「やったぁー!」  戦車を降りると、沙織が喜びのあまりエリカを抱きしめる。  他の乗員や隊員達もエリカを抱きしめはしないものの、勝利の喜びに浮かれているようだった。 「ちょっと沙織、暑苦しいわよ」 「あっ、ごめんごめん」  エリカに言われ沙織が手を離す。  そこに、一人の人影が歩み寄ってくる。サンダースの隊長、ケイだった。 「グッドゲーム! いい戦いだったわ!」 「ええ、こちらこそ」

13 18/01/23(火)23:17:24 No.480680461

 エリカはケイと握手を交わす。ケイは爽やかな笑みで、エリカは不敵な笑みだった。 「しかし一つ分からないことがあります」  エリカがケイに聞く。 「あら、何かしら?」 「どうして最後、私達を追う車両の数を私達の車両の数と同数にしたんですか? 物量で攻めれば勝てたでしょうに」  大洗がサンダースに勝てたのには色々な要因があった。  優花里がサンダースに潜入し戦車の編成を探ってきたのもあった。  エリカの指揮が冴え渡っていたのもあった。  だが一番の要因は、最後の局面において数少なくなった大洗側に、サンダースが合わせてきてくれたおかげがあったのだ。 「ああ、そのこと? だってフェアじゃないでしょう? 最初に無線傍受したのはこっちだったんですもの」  そう、サンダースは試合の最中に副隊長のナオミが独断で無線を傍受していたのだ。それにケイは怒り、彼女のモットーとするフェアプレイの精神に乗っ取り数を絞ってきたと言うのだ。 「そんな……」 「あら? 驚くことじゃないわよ。戦車道は戦争じゃない。フェアな戦いこそが、私の望む戦いよ!」  戦車道は戦争じゃない。

14 18/01/23(火)23:17:46 No.480680562

 エリカはその言葉をゆっくりと飲み込む。  ――きっとみほが聞いたら、喜ぶんだろうな……。でも、私にとっては……。 「……そうですね、ありがとうございます」 「ええこちらこそ、最高の戦いをさせてくれてありがとう! いい指揮官ね、あなた!」  エリカは自らの言葉を飲み込み、そのまま笑顔を続けた。だが、心中は穏やかではなかった。  今回の勝利で、さらに周囲の期待が大きくなってしまった。勝ったことは良いことである。しかし、そのことで負担が消え去ることはなく、むしろさらに増えていくからだ。  また、ケイは自分のことを褒めてくれたが、エリカはその言葉を受け取る資格はないと思っていた。  なぜなら、今回の作戦は、エリカが西住姉妹の発想を模倣した結果のものだからだ。  エリカは悩んだ。  どうすればサンダースに勝てるのかと。  そしてたどり着いた答えはこうだった。  自分に無理なら、勝てる人間の戦い方を真似ればいいのでは? と。  それが、西住姉妹の考え、戦い方を模倣するという方法に行き着いた。

15 18/01/23(火)23:18:18 No.480680719

 その日からサンダース戦までエリカは自らの思考を捨て、西住姉妹ならどうするかということだけを必死に考え続けた。堅牢堅固な西住流そのものであるまほならどうするか。柔軟かつ自由でありながらも天才的な発想ができるみほならどう考えるか。  それは常人であるエリカには非常に困難なことだった。だが、エリカが縋れるのは西住姉妹しかいなかった。また、西住姉妹と常に一緒にいたエリカだからこそできたことだった。  自ら縁を切っておきながらそうして西住姉妹に頼るということに、エリカはさらに心的苦痛を感じることになるのだが。  そのため、エリカは今回の勝ちを自分のものと思うことができなかった。この勝利は西住姉妹のものであり、自分は何もしていないという発想がエリカを支配していた。  少なくとも、自分は人に誇れる戦車道をしていないと、そう思っていた。  だがエリカはそのことを表に出さない。  これは自分が勝ち取った勝利だと、まるでそう言い張っているかのような態度を取る。  そのことが、彼女自身を大きく苦しめることになると分かっていても、である。 「それでは、さようなら」

16 18/01/23(火)23:18:42 No.480680823

 エリカはケイとの握手を終えるとケイに背を向け、手を小さく振ってケイから去っていく。心に募る後ろめたさから逃げるように、エリカは一切ケイのほうを向こうとはしなかった。       ◇◆◇◆◇          その次の第二回戦でも、エリカ達大洗は見事に勝利を飾った。  相手はアンツィオ高校。イタリア戦車を使う学校である。そのアンツィオ相手に、エリカ達大洗はなんと一台も損傷なく完勝した。  そこには、戦車の性能差もあるがやはり西住姉妹を模倣したエリカの戦術が光ったと言えよう。  試合後、アンツィオの隊長であるアンチョビは大洗のためにパーティを開いてくれた。  その場でアンチョビはエリカに対し「お前との戦車道、楽しかったぞ!」という言葉をかけた。エリカはその言葉に表面上では喜んだが、心の中では喜べなかった。  ――あの勝利は私のものじゃない。私は賛美されるべきじゃないのよ……。  エリカにとってもう戦車道の試合にはストレスしか貯まらなくなっていたからだ。

17 18/01/23(火)23:19:16 No.480680975

 そして、そのパーティの最中にエリカにとってさらなる不幸が発覚した。  せめて食事を楽しもうとパーティに出されたアンツィオ特性の料理の数々を手に取ったのだが、そのどれもが殆ど味がしなかったのだ。異様な空腹感を覚えている、のにである。  ――何これ……どうなってるの……!?  エリカは困惑し料理を次々と腹に入れるも、一向に異変は変わらなかった。味を感じることはないし、空腹が満たされることもない。  ――嘘……どうしちゃったの、私の体……!?  周囲から見れば、アンツィオの料理の美味しさに次々に手が出ているようにしか見えない。  沙織などは「もうそんなに食べたら太るよー」と笑って忠告してくれるぐらいだ。  だが、エリカ本人にとっては逼迫した状況だった。結局その日は、朝までパーティを続けたのだが、エリカは満たされることはなかった。  エリカは病院に行くべきか悩んだ。  だが、結局行かなかった。もし病院に行っているところを誰かに見られればそれが弱みを見られるということをエリカは考えてしまったのだ。また、病院から学校に連絡が行くのもエリカは恐れたのもあった。

18 18/01/23(火)23:19:48 No.480681116

 その日からエリカの食生活は大きく変わった。 「……ふぅ!」  両手に大きなビニール袋を下げながら、エリカは自宅についた。  その中身は、すべて食料と調味料だった。  エリカは尋常ではない量食べ物を食すようになった。  かなりの量を腹に入れないと、空腹が満たされないからだ。  そしてまた、エリカはそれら食べるものに異常に調味料をかけるようになった。塩や胡椒を山のように、辛子やわさびを、とぐろをまくほどに、ソースや醤油を食べ物が浸るほど使った。  そうまでしてやっと、食べ物の味を感じるようになったからだ。 「はむっ……! あむっ……! んんっ……!」  次々と食べ物を口に入れ、それをジュース――これもまた、普通のジュースに砂糖を何杯も投入したものだった――で流し込む。  明らかに健康に悪い暴飲暴食を始めたエリカだったが、それが不思議とエリカにとって数少ないストレス解消になっていた。  食べることに一心不乱になっている間は、何も考えずに済むからだ。  そして、ある程度の量を食べるとエリカは決まって必ず―― 「んっ……! おっ、おえええええっ!」

19 18/01/23(火)23:20:20 No.480681248

 その食べたものを、すべてトイレに行って吐き出すのであった。  食べて吐く。そのサイクルがエリカの食事の日常だった。  そして、食事が終わるとまるで引きこもりのように部屋の隅で布団に包まり、次の試合のシミュレーションを頭の中で働かせる。  そのシミュレーションの最中に、途端に不安に襲われ体を震わせることが何回もあった。そうしたときは、静かに体を抱きしめ、震えが止まるのを待った。震えが止まるのに最低一時間はかかった。  エリカは不眠にも悩まされた。襲いかかる不安によって、とてもではないが眠らなくなったのだ。  布団に入れば震えが襲ってきて、その震えによって体が痛む。体中が汗でびっしょりになる。  それを解消するために、エリカは催眠薬に頼り始めた。市販の催眠薬をありったけ買い込み、布団につく時間になると大量に服用する。  病院に行けないエリカの苦肉の策であった。  そうすることによって、エリカはなんとか睡眠を享受することができるようになった。  だが、そうした一人の時間も一人であるということであるためにエリカにとっては比較的癒しの時間になっていた。

20 18/01/23(火)23:20:49 No.480681373

 学校にいけば、戦車道を始めれば、自分を今にでも押しつぶしてしまいそうな期待の目が自分を襲ってくるからである。 「私、逸見隊長のような戦車乗りになりたいです!」  そう言ったのは、一年生の車長である梓だった。  梓の目は、エリカへの期待と尊敬の色で満たされていた。  エリカはその目が苦手だった。  梓のエリカへの尊敬の念は隊の中で一番強く、それがエリカを苛んでいた。  梓は訓練中のエリカの一挙一動をすべて確認していた。エリカのほうが気になりすぎて訓練中にミスをすることもあるほどだ。  そんな梓のことが気になり、エリカは聞いてみたことがあった。 「梓、あなた随分と私のことを気にしているみたいだけど、どうして?」  すると梓はこう答えた。 「私、逸見隊長が好きなんです……あ、好きと言っても変な意味じゃないですよ!? その、戦車に乗っているときの逸見隊長は本当に格好いいというか、絵になってて……私のこうなりたいっていう姿が、そこにあるんです。だから私に、逸見先輩のこといっぱい教えて下さい!」

21 18/01/23(火)23:21:25 No.480681559

 その期待に満ちている目と言葉を、エリカは裏切ることができないと思った。  エリカは自分を尊敬してくれるこの子のためにも、自分は虚勢を張り続けなければいけないという使命感に駆られた。 「……ま、好きにすることね。私は私で勝手にやるから」  エリカは梓にそのときそう言った。髪をかき上げながら笑みを浮かべ言うエリカの姿は、澤にとってはとても美しく見えていた。  とにかく、そんな状況だからエリカにとって学校は気の休まる場所ではなく、唯一自分をさらけ出せる自宅こそが安寧の場所だった。  だが、その安寧の場所もエリカから奪われてしまうことになる。  なぜなら―― 「うわーここが逸見殿のお部屋ですかぁ。さすが、整ってますねぇ」 「お友達のお部屋にこうしてお邪魔するのは沙織さんの部屋以外では初めてかもしれませんね。ふふ、楽しみです」 「……お邪魔する。さすが、綺麗な部屋だな」 「んー荒れてたら片付けようって気合入れてきたけど、無駄な心配だったかな? ま、いいや! それより早くみんなでご飯食べよっ!」

22 18/01/23(火)23:21:52 No.480681667

 エリカの部屋に、エリカのチームである優花里、華、麻子、そして沙織が遊びに来るようになったからである。  きっかけは単純なものだった。沙織がエリカの部屋に遊びに行きたい。そう言い出しただけだった。  エリカとしては断りたかったが、みんなの前で見せている『逸見エリカ』という人間はそれを断ることはまずなかった。  そのためにエリカは一人先に家に帰り、家に散乱しているゴミをすべて片付けた。そして、一人暮らしの綺麗な部屋を取り繕ったのだ。  幸い散乱しているゴミは最近食い散らかしていたもののゴミが殆どであったため、それらを捨ててしまえばあとは簡単に綺麗な部屋になった。 「ようこそみんな、さあゆっくりしていって」  部屋に上がる四人に微笑みながら言うエリカであったが、本当はすぐにでも帰って欲しかった。できれば一人にして欲しかった。  だがそんなことを言うわけにもいかず、エリカは友人達と談笑し、一緒に食事を取ることにした。  それは、エリカが本当の自分でいられる時間が無くなっていくことを意味していた。

23 18/01/23(火)23:22:41 No.480681918

 ただ助かったこともあった。友人達と話しているときは、一応は楽しいので不安による震えが襲ってこないことである。 「それじゃ、そろそろ帰ろうか。じゃあねエリカ!」 「さよならであります!」 「失礼しました」 「……じゃあな」 「ええ、またね」  沙織達は二時間ほどで帰っていった。彼女らがいなくなると、エリカは大きく息を吐いてその場に座り込む。 「ぷはあっ……!」  そして、しばらく座り込んだ後、異常な空腹を満たすためにコンビニへ行き、食材を買い込むのであった。  エリカがそんな退廃的な生活を送っている間に、あっという間に次の戦い、準決勝が訪れた。  相手はプラウダ高校、昨年、エリカ達黒森峰を敗北させた、因縁の深い相手である。  つづく

24 18/01/23(火)23:24:06 No.480682287

心とからだが危ないやつだ...

25 18/01/23(火)23:24:23 No.480682355

>それは、味西住姉妹に対する絶対的な信頼を今でもエリカは持っているということでもあった。 誤字発見

26 18/01/23(火)23:24:47 No.480682476

姉妹の戦い方模倣できるなんて…さすがだよ逸見隊長!!!!

27 18/01/23(火)23:26:05 No.480682833

逸見の日記念マッチといい今日のさおりんはさぁ…

28 18/01/23(火)23:26:14 No.480682892

将来はノンアル中毒患者だな

29 18/01/23(火)23:27:27 [す] No.480683232

>誤字発見 ありがたい……すでに本としてお出ししてるもので誤字が見つかると恥ずかしいね! まとめるときに修正します

30 18/01/23(火)23:29:28 No.480683719

やつが押し潰されていく

31 18/01/23(火)23:29:34 No.480683729

虚勢張るくせに内心は自己評価の低い小心者だけど虚勢張ってもそれを実現させる才能と運を持ってるせいで…ドンドン重圧が…

32 18/01/23(火)23:30:24 No.480683961

サングラスダーさん来てくれえ!

33 18/01/23(火)23:30:54 No.480684090

あんこう踊りを習得してないから包囲後の士気回復できないのでは

34 18/01/23(火)23:31:36 No.480684252

みぽりんとは別ベクトルのコンビニキチなやつ

35 18/01/23(火)23:32:58 No.480684581

なまじ虚勢を通せちゃう能力があるばかりに…

36 18/01/23(火)23:33:22 No.480684684

逸見隊長の前に 黒森峰の西住流なんか 逃げ出すに違いないです !

37 18/01/23(火)23:34:15 No.480684875

>あんこう踊りを習得してないから包囲後の士気回復できないのでは エリカダンスっすよ

38 18/01/23(火)23:37:29 No.480685661

あなたは不思議な人ね…戦う相手みんなと仲良くなるなんて でも…貴女は本当に仲良く…いえ友情を取り戻したい相手がいるのではなくて? ダージリンはおもむろにサングラスを取り出した

39 18/01/23(火)23:40:57 No.480686487

あれ?無線傍受してたのナオミなのか

40 18/01/23(火)23:41:16 No.480686557

桃ちゃんが廃校の件を喋っちゃった時どうなるんだろう

41 18/01/23(火)23:41:50 No.480686666

>あんこう踊りを習得してないから包囲後の士気回復できないのでは 散々鬼隊長ムーヴしてるから一喝でなんとかなる 試合後の逸見は死ぬ

42 18/01/23(火)23:43:12 [す] No.480686971

>あれ?無線傍受してたのナオミなのか 純粋に名前間違っただけだよ!後で直しとくね!

43 18/01/23(火)23:44:26 No.480687239

もう虚勢癖っつうか頭おかしい人じゃない?

44 18/01/23(火)23:45:35 No.480687509

最初から頭のおかしい虚勢癖だったじゃないか

45 18/01/23(火)23:46:51 No.480687798

この世界のやつだったらアリサの無線傍受をあっさり見破る気がする やってたのがナオミだったら見破るの難しそうだからさすがの悪運やつでも5対5の展開に

46 18/01/23(火)23:47:47 No.480688013

努力とハッタリと悪運で勝ってるあたり福本感ある

47 18/01/23(火)23:49:57 No.480688530

>最初から頭のおかしい虚勢癖だったじゃないか 喫茶店の捨て台詞あたりはもう虚勢とか関係なくただただ頭おかしくね 虚勢なのかあれ

48 18/01/23(火)23:51:54 No.480689006

>>あれ?無線傍受してたのナオミなのか >純粋に名前間違っただけだよ!後で直しとくね! でもよぉアリサだったら『反省会するから』で終わるけどナオミだったら『ナオミがそんな事するなんて…』『ぁによ!アンタそんなヤツだった訳!!』て言われて (違…アタシは…マムとアリサに勝利を…)って曇るから更に闇が広がるのではないかと思ったり

49 18/01/23(火)23:53:48 No.480689410

ここはナオミにも曇ってもらおう

50 18/01/23(火)23:57:03 No.480690066

澤ちゃんの純粋な憧れの眼差しがやつの心を締め上げる

51 18/01/24(水)00:00:46 No.480690742

>試合後の逸見は死ぬ カレースナックゴンの写真がみぽりんとカチューシャとエリカの3人になっちまう

52 18/01/24(水)00:05:16 No.480691686

外側の人間から見ると全て順調すぎるのがエグい ルー「」、ダークは素晴らしいぞ

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