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    18/01/22(月)23:15:21 No.480475858

    SS「羊質虎皮のソリチュード」 前回までsu2209367.txtのあらすじ 子供の頃から虚勢癖のあるエリカ。黒森峰女学園に入学し、西住姉妹と交流を重ね成長していくも、高校一年のときの全国大会で戦車を水没させ孤立してしまう。さらにみほもバッシングを受け、エリカは限界になる。そしてエリカは黒森峰を去り、大洗へ転校することを心に決めるのであった……。

    1 18/01/22(月)23:15:37 No.480475936

       第二章  ジリリリリ、ジリリリリ……! 「ん……!」  エリカはけたたましい目覚まし時計の音で目を覚ました。  ベッドから身を起こしたエリカは、カーテンを開き太陽の光を取り入れようとする。とはいえ、外はまだ薄暗くあまり陽の光は入ってこなかった。時計の針を見ると、まだ六時前だった。  エリカは寝ぼけまなこをさすりながら箪笥へと向かう。そして、箪笥の取っ手を掴んだところで、エリカはようやく気づいた。 「……そうだ、もう黒森峰じゃないんだわ」  エリカは今、大洗学園艦にいた。

    2 18/01/22(月)23:16:14 No.480476080

     大洗の白い制服を着てエリカは通学路を歩く。他の生徒が談笑しながら歩く中、エリカは一人寂しく歩いていた。  エリカが大洗に来て、はや数週間が立った。  戦車道がない学園である大洗女子学園において、エリカは特にすることもなくただ学校に通い、終わったらすぐに変えるという生活をしていた。  友人はいなかった。  エリカは転校時の挨拶を簡単に済ませ、そのまま転校生の自分に群がる他の生徒を冷たくあしらったのだ。結果、エリカは一人ぼっちになっていた。  しかし、エリカはそれでいいと思っていた。  ――今の自分に友達はいらない。もし作ったら、また傷つけてしまうかもしれない。  それが今のエリカが恐れていることであった。  エリカは、みほを傷つけたことがトラウマになっていた。  つまり、今のエリカは以前にもまして臆病になってしまっているのだ。  だからエリカは、他人と関わらなかった。幼少の頃のように、いやそれ以上に気の強い、性格の悪い女を演じた。  その結果、最初はエリカに興味本位で近づいてきた生徒は皆離れていった。  ――これでいい。これでいいんだ。

    3 18/01/22(月)23:16:36 No.480476200

     エリカこれからずっと一人でいればいいと思っていた。それが他人にとっての幸せであるし、自分にとっての幸せになると思っていた。 「ヘイ彼女!」  だが、そんなエリカに話しかけてくる少女がいた。  それはお昼時のことだった。  エリカが一人で食堂に向かおうとしていたところ、二人組の女子が話しかけてきたのだ。  一人はウェーブのかかった明るい髪色の少女、もうひとりは、長い黒髪が印象的なおっとりとした印象の少女だった。 「……何よ」  エリカは冷たく返す。こうすれば、大抵の生徒は面倒がって話しかけてこなくなるからだ。  しかし目の前の明るい髪色の少女は諦めなかった。 「冷たいなぁ。えっと、逸見さんだよね? 私は武部沙織。こっちは五十鈴華。ねぇ逸見さん、一緒にご飯食べようよ!」  沙織は笑顔でエリカにいった。  エリカは「はぁ……」とわざとらしくため息をついて、席から立ち上がった。 「お断りするわ。私は一人で食べたいの」  そうしてエリカは一人で食堂に行く。  けれども驚くことに、なんと沙織と華はエリカについてきたのだ。

    4 18/01/22(月)23:17:00 No.480476288

     エリカはその驚嘆を隠しながらも、二人を無視するようにそのまま食堂に行き、自分の分の定食を買って席につく。すると、沙織と華はエリカと向い合せになるように同じテーブルに座った。 「ちょっと! 何なのよあなた達!」  エリカは怒りを露わにして二人に言う。と言っても本当は、エリカは怒ってなどいないのだが。 「わたくし達は、逸見さんと友達になりたいんです」  華が言った。  正面を切ってそういう華にまたも驚きながらも、エリカは必死に虚勢を保ちつつ話す。 「友達が作りたいなら他をあたりなさい。私は誰かと馴れ合う気なんてないの」 「うん、逸見さんがそういう性格なのは知ってるよ。でもね、それでも私達は逸見さんと友達になりたいんだ」  今度は沙織が言う。  顔は笑ってはいるが口調は真剣だった。  エリカはそのことが不可解すぎた。  ――どうして? どうしてこんな私と友達になりたいだなんて言うの?  そんな疑問が浮かんだエリカは、そのことを直接聞いてみることにした。 「……なんで私なのよ。自分で言うのもアレだけど、私ってそうとう嫌な奴よ?」  すると、沙織はこう答えた。

    5 18/01/22(月)23:17:36 No.480476448

    「うーん、なんていうか放っておけないんだよねぇ、逸見さんの事。なんていうか、土砂降りの中雨に濡れてる犬を見つけた感覚って言うか……」 「はぁ? 何よそれ?」 「沙織さん。犬は失礼だと思いますよ」 「あっ、ごめん逸見さん! そういうつもりはなかったんだけど!」  沙織が両手を大きく合わせてエリカに謝る。  その姿と言葉から、本当に沙織達には悪意がないことが分かった。  エリカは戸惑う。  こういうタイプは、黒森峰の機甲科にはいなかった。まほやみほとも違うタイプだった。  だからこそ、どう対処すればいいか分からず、黙ってしまった。 「ね! お願い逸見さん! せめてこれから一緒にお昼ごはん食べるのは許して! 私達、少しでもいいから逸見さんにお近づきになりたいの!」 「わたくしからもお願いします、逸見さん。私も逸見さんのこと、もっと知りたいんです」 「……一緒にお昼、食べるだけよ」  あまりに沙織が食らいついてきたのもある。今までエリカが冷たい態度を取れば誰もがすぐさま去っていったのに、二人はなお食らいついてきた。エリカはそういうときの対処をどうすればいいか、まったく分からなかったのもある。

    6 18/01/22(月)23:18:33 No.480476689

     そしてなにより、沙織と華のそのあまりに純粋な想いに、心動かされたエリカは断り切ることができなかったのだ。 「やった! よろしくね、逸見さん!」 「よろしくお願いしますね、逸見さん」 「……ふん」  エリカは鼻をならしながら自分の食事を取り始めた。そうしながらも、心の中ではどこか嬉しいと、エリカは思っていた。  ――ま、少しぐらいは友達付き合いをするのも悪くないか……。  また傷つけてしまうかもしれない。そんな恐れを僅かに心の隅に抱きつつも、エリカはそれを見て見ぬ振りをした。      それから、エリカ達は毎回一緒に食事を取った。初めは邪険にしていたエリカだが、毎日のように一緒に食事を取っていくうちに、だんだんとそれが自然なことのように思えてきた。  そして、いつの間にか一緒に教室移動をしたり、空き時間に話したりするようになった。  エリカとしてはグイグイとくる二人に戸惑いを覚えたが、久々の友人関係というものを気持ちよく感じている部分もあった。

    7 18/01/22(月)23:19:26 No.480476893

     エリカも外面では虚勢を張っているも、内心は普通の女子と変わらない。いや、普通の女子よりもずっと弱々しい。だからこそ、友人と過ごす時間がとても温かく感じた。  やがてエリカと沙織と華は、休日にも会うようになった。きっかけが休日に偶然会ったことであり、そこから約束を取り付けて会うようになった。 「なんで私があなた達のために貴重な休日を割かなきゃいけないのよ」 「いいからいいから! ね! よろしくね、エリカ!」 「わたくしもご一緒させて下さい、エリカさん」  沙織と華はいつの間にかエリカを下の名前で呼ぶようになった。エリカもそれは嫌ではなかった。むしろ嬉しかった。だがそれを表に出したことはなかった。  そうしてエリカは沙織と華と、ゆっくりとだがどんどんと親しくなっていった。  そんなときだった。大洗女子学園で戦車道が復活すると宣言されたのは。そして、それとほぼ同時にエリカが突然生徒会に呼び出されたのは。     「あなた達まで一緒に来なくて良かったのに……」  エリカは生徒会室の前で、沙織と華に言った。

    8 18/01/22(月)23:19:49 No.480476983

     沙織と華は、突然呼び出されたエリカに一緒について来たのだ。 「駄目だよ、うちの生徒会って横暴で有名なんだから! もしエリカが何かひどいこと言われたら言い返してやるんだから!」 「はい。一人なら駄目でも、三人なら怖くありません」 「私は子供か……」  呆れたような声を出すエリカだったが、内心では嬉しかった。正直、一人で生徒会室に行くのは怖かったのだ。  呼び出された理由には心当たりがあった。それはきっと、戦車道のことだろうとエリカは勘ぐっていた。  エリカは選択科目で戦車道を取ることを推奨する生徒会側の意向に逆らい、別の選択科目を選択した。  エリカにもう戦車道をする気はなかった。  そのことを沙織と華に話すと、沙織も華もエリカと同じ科目を選んでくれた。最初は戦車道にとても乗り気で一緒に戦車道をやらないかと誘ってくれていたのにだ。  その気持ちに、エリカは涙を流しそうになった。  ――この二人はここまで私のことを思ってくれる。なんて、なんて嬉しいことなのだろう。  と、エリカは思った。  だが、やはりエリカはその気持ちを表に出す事なく、ただそっけなく「ありがと」と言うだけだった。

    9 18/01/22(月)23:20:12 No.480477083

     そして選択科目のプリントを提出してすぐ、エリカは生徒会に呼び出された。これで勘ぐるなというほうが難しいだろう。  エリカは緊張しながらも、生徒会室の扉を開いた。そこには、三人の生徒が待っていた。  一人は落ち着いていそうな印象を受ける少女。  もうひとりは片眼鏡をかけた性格のきつそうな少女。  そして最後に、会長席に座るツインテールの小さな少女だった。 「おっ、来たね逸見ちゃん。私は会長の角谷杏でこっちは副会長の小山柚子。んでこっちは広報の河嶋桃ね」  ツインテールの少女――杏がそれぞれ落ち着いていそうな少女と片眼鏡の少女を指して言った。 「それにしてもお友達連れかい? 逸見ちゃんは一匹狼って聞いたんだけどねぇ」 「そんなことはどうでもいいでしょう。早く要件を言ったらどうなんですか?」  エリカはつっけんどんに返す。  もちろん、内心は恐怖で震えている。  三人の威圧的な態度が、エリカには恐ろしかった。 「おお怖い。そだね、単刀直入に言うよ。逸見ちゃん。戦車道やってよ」 「お断りします」

    10 18/01/22(月)23:20:38 No.480477203

     エリカは即答した。 「そんなこと言ってると、皆この学校にいられなくなっちゃうかもよ?」 「そんな酷い!」 「横暴すぎます!」  沙織と華が怒りを顕にして抗議する。  エリカはというと、あくまで表面上は冷めた態度を取り続けた。 「……とにかく、私はやりませんから。退学、できるものならやってみてください。本当にそんなことをしたら、問題どころじゃすまないと思いますが」  こういう脅しには、強気に出るのが大切だとエリカは知っていた。だからこそ、エリカはそう言い放った。だが、胸懐は本当に退校にされたらどうしようという気持ちでいっぱいだった。だが、その恐れを見取られる訳にはいかないと、エリカは必死に威勢を張る。 「逸見ぃ! 貴様会長になんて口を!」 「まぁまぁ河嶋落ち着け。……しょうがないね。ごめん、ちょっと逸見ちゃんと二人っきりにしてもらえるかな?」  すると、杏は余裕そうな笑みを浮かべつつも、声色は少し真面目な声調にして言った。 「そんなことできるわけ――」 「待って。……いいわ、別に」

    11 18/01/22(月)23:20:59 No.480477293

     沙織がさらに抗議しようとしたところで、エリカは止めた。  エリカは思ったのだ。  ここは、二人きりで話さなければきっと話は平行線のままだと。こちらも折れないし、向こうも折れる気配がない。ならば、一対一で話したほうが、どうとあれ話は進むのではないかと思った。  これは、一つの賭けだった。 「大丈夫ですか? エリカさん」  華が聞く。  エリカはそれに頷く。 「ええ、大丈夫よ。心配しないで」 「そうですか……」 「わかったよ……でも気をつけてね、エリカ!」  エリカの言葉を聞いて心配しながらも部屋を出て行く沙織と華。  そして、部屋にはエリカと杏だけが残った。 「……それで、二人っきりにしたということは、私にしか話せない何かがあるということですよね?」 「ちょっと違うね、これはさぁ、逸見ちゃんのためなんだよ?」 「私の?」

    12 18/01/22(月)23:21:20 No.480477385

    「うん。逸見ちゃんはさっきああ言ったけどさあ。本当はお友達を退学になんかさせたくないんじゃないかな?」 「それは……」  エリカは言葉に詰まる。目の前のこの少女には、まるで心のうちの虚勢の中身が見抜かれている、そんな気がした。 「逸見ちゃん自体は転校生だからどうとでもなるけどさー。あの二人はどうかなーってね。いやーバラバラになるのは嫌だよねぇ」 「……っ」  エリカは考える。  ――沙織も華も、転校してきて周囲の人間を遠ざけていた自分を受け入れてくれた。最初は迷惑に感じたが、今ではそのことにとても感謝している。私はそんな彼女達を悲しませていいのか? 私一人の我儘で、今の彼女達の居場所を奪ってもいいのか?  エリカは先程まで貼っていた虚勢が見る見るうちにしぼんでいくのを感じた。 「……それでその、どう、かな?」 「…………」  杏の問いかけに、エリカはしばらく無言で返す。しかし、エリカはその間に思案し、勇気を振り絞って一つの決断をした。 「……わかりました、受けましょう。戦車道の話」

    13 18/01/22(月)23:21:45 No.480477486

    「本当かい!? いやーよかったよ! 逸見ちゃんが受けてくれなかったらもうどうしようかと! うん、言ってみるもんだね!」  杏はぱぁっと顔を明るくして喜んだ。  一方のエリカは、硬い面持ちを崩さないままだった。そして、心の中で一言呟いた。  ――……ごめんなさい、まほさん。みほ……。  エリカは、賭けに負けた。       ◇◆◇◆◇     「改めて、私が隊長を務めることになった逸見エリカよ。よろしくお願いするわ、隊員諸君!」  エリカは目の前に居並ぶ戦車道受講者の前で、胸を張り、高らかな声で言った。  集まった面子は実に個性的な顔ぶれだった。  普通なのは一年生のあつまりぐらいで、あとは歴史好きの女子集団所謂歴女に復活を目論むバレー部など、実に特殊な顔ぶれだった。  その中に、沙織達もいた。沙織と華の他にも、エリカと同学年では秋山優花里という髪をもじゃもじゃさせた少女と、冷泉麻子という眠たげな少女もいた。

    14 18/01/22(月)23:22:16 No.480477644

     その二人とは、エリカはこれまた特殊な出会いとしていた。  まずは優花里であるが、優花里は黒森峰出身であるエリカのファンを名乗ってきたのだ。 「ずっと前からお近づきになりたいと思っていました! どうかよろしくお願いします!」  緊張で上ずった声が、優花里の最初の一声だった。  エリカは驚いた。自分にまさかファンがいるとは思っても見なかったのだ。そしてエリカは、そんな優花里の夢を壊してはいけないと思い、できるだけ優花里の期待に応えるような態度を取ることにした。 「そうなの? ふふ、私なんかにファンだなんて嬉しいわね。よろしく、秋山さん」  エリカは爽やかに笑いながら優花里に手を差し出した。優花里は恐縮と言った様子でエリカの手を握り返した。  エリカにとって、これぐらいの虚栄を張る程度、朝飯前だった。  次に麻子であるが、麻子とは朝の通学路で出会った。なんと、道端で倒れていたのだ。エリカが心配になり駆け寄ると、どうやら眠っていることが分かった。  エリカは麻子を起こす。すると麻子は、 「うぅ……眠い……」

    15 18/01/22(月)23:22:38 No.480477739

     と言いながら、またも眠りに落ちそうになっていた。仕方なく、エリカは麻子を学校に連れて行くことにした。そこで風紀委員との一悶着などがあったのだが、麻子にとってはいつものことらしく気にもとめていないようだった。だが、風紀委員との会話で麻子の単位が危ないという話を聞いたエリカは、もしやと思ったが、麻子は遅刻の記録と単位の取得を餌に戦車道に参加させられていた。  そんな彼女らとエリカは戦車に乗ることになった。それは最初に戦車を掘り起こし、校内での練習試合を始めたときである。  エリカはまず各員に戦車に乗らせ適正を判断するという手段を取ったのだ。その試合は、当然というかエリカの乗っている車両が勝利を収めた。  エリカはそれぞれ仲良しグループごとに戦車に乗らせ、自身もまた沙織、華、優花里、麻子と自分の知っている人員で戦車に乗った。  その戦い中、いくつかのトラブルはあったものの、やはり一日の長があるエリカの指揮が冴え渡ったのだ。  そして今、その試合を終えて今隊長として挨拶をしているところだった。

    16 18/01/22(月)23:23:01 No.480477837

    「今回の試合によって、戦車に乗るというのがどういうことか分かったと思うわ。各員、それぞれ事前に言ったように戦車に乗ったときのレポートをまとめて後で提出してちょうだい。それによって、各員適正のある役割を分配します」  エリカの言葉を、目の前にいる大洗の新米隊員達は黙って聞いていた。  初めての戦車の興奮と、撃破されたときの衝撃が混じり、言葉が出ないと言ったような様子だった。 「私達が目指すのは全国での優勝よ。そのためには、過酷な訓練に付き合ってもらう必要があるわ。全員、それでもいいわね!」 「「「はい!」」」  多少不揃いではあったがエリカの言葉に大洗の生徒達は応えた。  エリカは本当について来られるかはともかく反応がいいのはいいことだと思いつつ、手に持ったクリップボードを確認し始めた。 「それじゃあこれからの訓練内容だけど……」 「あーその前にいいかな?」  エリカが事前に準備していた訓練プランを発表する直前で、目の前で並んでいる隊員の中にいた杏が口を挟んできた。 「なんです会長?」 「いやー実はね、今度別の学校と練習試合を組むことになっててさー」

    17 18/01/22(月)23:23:27 No.480477976

     エリカはその報告を聞くと、訝しげな顔をした。 「練習試合ですか? これまた急ですね」 「うんまあ実戦経験はあったほうがいいと思ってね」 「それで、どことですか? その練習試合は」 「うん。聖グロリアーナ女学院ていうところ」 「聖グロ!?」  エリカは思わず声を上げた。そのエリカの様子に、大洗の隊員達は顔を見合わせる。 「ありゃ? どしたの逸見ちゃん?」 「聖グロって強豪中の強豪ですよ……今の状況でよく挑めましたね」 「いやさぁやっぱ強いとことやったほうが強くなれると思ってねぇ、ハハハ!」 「……はぁ」  エリカは気づかれない程度に小さくため息をつく。本音で言ってしまえば、今の段階で聖グロリアーナと戦えばまず負けるだろうとエリカは思っていた。初心者集団が勝てる相手ではないことは当然のことである。  しかし、今のエリカは隊長として部隊を任されている。やるからには最善を尽くさなければなれない。  さらに―― 「強豪だってー。どうする梓?」

    18 18/01/22(月)23:23:58 No.480478125

    「うーん、ちょっと怖いけど逸見隊長に任せてみようよ! 逸見隊長って優勝常連校から来たらしいし!」 「だよねー、まあ隊長に任せておけばなんとかなるよね!」  そんな期待の声が、囁かれているのが聞こえてくるのだ。話しているのはどうやら一年生のようだった。  期待されているとなれば、それを裏切ることはできない。ここでも、エリカの悪癖が疼き始めた。 「……まぁ、任せて下さいよ。なんとか勝てる策と訓練を考えますから」  エリカは腹の中の焦りを悟られないように余裕の笑みを見せてそう言う。 「おっ、言うねぇ逸見ちゃん! 任せたよ!」 「おお凄い自信だよ逸見先輩! これはもしかしてもしかするかも!?」 「ふむ、強豪相手に戦車戦とは、なかなかおもしろそうだなカエサル!」 「ああ! 楽しみだ!」  すると、杏達はそのエリカの様子に大丈夫かと思ったのか、呑気な声を上げる。  不安そうな顔をしているのは、戦車道の知識がある優花里ぐらいだった。  その日は次の訓練の日時だけ伝えて、エリカはその場で解散させることにした。  そして、家に帰ったエリカは、扉を閉めるとその場に大きくしゃがみこんだ。

    19 18/01/22(月)23:24:24 No.480478265

    「ど、どうしよう……! あんなこと言って私……!」  エリカは両手で顔を抑えながら言う。  勢いに任せて虚勢を張ったものの、エリカには聖グロリアーナに勝つビジョンが見えていなかった。 「と、とにかく練習試合までできるだけ練度を挙げないと……! えっと、最初に想定してた初心者用の訓練じゃなくてもういきなり中級者向けの訓練をさせたほうが……でもそうすると脱落者が出るかもしれないし……ああ、対聖グロ用の作戦も考えないと……! そ、そのためにはまずは聖グロの分析だわ。確か昔使ってた資料が机にしまってあったはず……! ええとそれから……それから……!」  エリカは混乱しながらも必死で頭を動かした。  そして、彼女なりに聖グロリアーナに勝利するための下準備を行い始めた。     「さあ頑張りなさい! 聖グロに勝ちたくないの!?」   次の日から大洗は練習試合の日まで必死に訓練を行った。内容はなかなかにハードな内容であり、初めて戦車に触れたばかりの大洗の生徒、特に一年生あたりからは泣き言がよく聞こえてきた。

    20 18/01/22(月)23:24:53 No.480478399

     だがエリカはそれらの泣き言をあえて無視し、心を鬼にして指導した。そうしなければ、最低限の練度が身につかないと思ったからである。  また、他の隊員達が勝手に戦車の塗装を好き勝手なものにしようとしたのを、エリカは咎めた。妙に目立つとそれだけ的になりやすいと叱った。特に歴女の集団は戦車に旗をつけていたのでそれを必死で止めた。  そのことで隊員達からは不満の声が上がったが、その不満の声もエリカは無視した。  だが、完全に無視しているというわけでもなかった。  ある日の訓練が終わった後、エリカは言った。 「今日はいろいろきついことを言ってごめんなさい。でも、私に任せて欲しいの。これは勝利のために必要なことなのよ。私の仕事は、あなた達を一流の戦車乗りにすること。だから、あなた達にとって辛いこともいっぱい指示するでしょう。でもできれば我慢して欲しい。それがきっと、勝利に繋がるから」  それはエリカの言える数少ない本音だった。  もちろん、態度は虚勢を張って少々上から目線が入っていたが。  エリカがそう言うと、隊員達も理解してくれたようだった。

    21 18/01/22(月)23:25:25 No.480478549

     エリカはホッとした。もしこれで反発でもされれば、エリカは隊を纏めきる自信がなかったからだ。  その後の訓練でもエリカは指示するときは強気に出た。黒森峰時代以上に、きつい言葉を隊員にかけた。本当はそんな言葉は口にしたくなかったが、仕方なかった。 「ねぇ梓、逸見隊長のことどう思う?」 「うーん、正直ちょっと怖い……かな。でもちょっと格好いいかも」 「かなぁ? 私はもう怖いだけだよぉ! すぐ怒るんだもんー!」 「それはあやが不真面目だからでしょー」 「ええー!そんなことないもん!」 「私はあやに同意かなぁ。もし試合中に逃げ出したら後ろから撃たれそう」 「もー優希までぇ!」  その結果エリカは、他の隊員達からは恐ろしい隊長と認識されるようになった。それは、エリカにとって都合は良かったが、心的には負担だった。  強権を振るう自分を演じることは、エリカにとってやはり苦痛だった。その証拠に、エリカは訓練を終え家に帰ると毎回、 「……はぁ……!」  と疲れた声を上げて床に倒れ込むのがいつもの事と化していたぐらいである。

    22 18/01/22(月)23:25:41 No.480478629

     そうして訓練を重ねていくうちに、あっという間に聖グロリアーナとの練習試合の日がやって来た。       ◇◆◇◆◇     「ふふ、やってくれますわね……!」  聖グロリアーナ隊長、ダージリンは不敵な笑みを零した。  大洗女子学園との練習試合、それは最初無名の新規参入校との戦いということで、余裕を持って相手をできるものだとダージリンはどこかで思っていた。  もちろん、手を抜いていたという礼を失する行為は取ってはいない。しかし、どこかで慢心していたのも事実だった。

    23 18/01/22(月)23:26:10 No.480478748

     しかし、だからと言って、五対五の、相手車両がいなくなるまで戦う殲滅戦のルールにおいて、自軍車両が四台も撃破されるなどという事態が起こるなどは想定外だった。  確かに地の利は向こうにあった。大洗での戦闘ということで、完全に相手に地理的有利で引っ掻き回されていた。  だが、それにしても、相手の生存車両は二台という、数的にも負けているという状況に追い込まれることもまた、考えていなかった。  初心者チームとは思えない練度と作戦に、ダージリンは舌を巻いた。  僅か短期間でこれほどのチームを作り上げるとは、敵の司令官はそれほど優秀なのだろうか。  敵の司令官の名前をダージリンは思い出す。  ――確か、逸見エリカと言ったかしら。黒森峰の出身らしいけど……。  ダージリンは今その敵司令官の乗っている戦車を追跡していた。その追走撃の最中に、こちらの戦車をいくつかやられてしまったのだ。  狭い路地を追いかけ回しているため、なかなか照準が定まらない。勝負は広い場所に出たところだとダージリンは思った。  懸念は、未だ姿の見えないもう一台の車両なのだが。

    24 18/01/22(月)23:26:31 No.480478849

     思案を巡らせながらも、ついにダージリンにチャンスがついにやってくる。  敵車両と自車両が、広い十字路に出たのだ。  と、その瞬間である。  敵車両が十字路の中心で急旋回をしてきたのだ。  どうやら、ここで一騎打ちに持ち込むつもりらしい。 「いいでしょう。相手さんに付き合ってあげなさい! 緊急停止、それと共に砲撃を!」  ダージリンは自車の搭乗員に指示を出す。  敵車両の急停車と合わせて、ダージリンの車両も急停車する。  そして、互いに砲塔を向け合い、射撃。  一瞬の差だった。  本当に僅かな差であったが、ダージリンの車両の射撃が相手車両よりも早かった。  結果、相手車両の射撃が始まる前に仕留めることができた。 「ふぅ……」  ダージリンの肩から緊張が抜ける。  だが、それがいけなかった。

    25 18/01/22(月)23:26:51 No.480478939

     ほんの僅かの間だが油断してしまった。  その結果、後方、十字路のすぐ脇にある路地から現れた敵戦車に気づくのが、遅れてしまった。 「しまっ――」  ダージリンが気づいたそのときには、敵戦車の砲塔からは黒煙が吹き上がっており、轟音と共に車体を揺らした。  こうして、聖グロリアーナは練習試合とはいえ新規の無名校に負けてしまうという異例の事態になってしまったのであった。

    26 18/01/22(月)23:27:27 No.480479087

      ◇◆◇◆◇     「やりましたねぇ逸見殿!」  優花里がエリカにとても嬉しそうな声で言った。 「え、ええ……」  エリカはそれを生返事で返す。その手には、聖グロリアーナから送られたティーセットが持たれていた。  本当に偶然の産物だった。  戦いの場が大洗だからこそ奇襲を成功させることができた。  咄嗟の場面で一年生が逃げずに奮闘したおかげだった。  歴女の車両の車高が低く、狭い路地の間に隠れながら移動できたのもあった。  そしてなにより、聖グロリアーナの隊長に僅かな油断があったこと、そして最後の局面で、偶然にも歴女の車両が居合わせることができたのが大きかった。もし少しでもタイミングが違っていたら、負けていたのはエリカ達だっただろう。  故に、エリカは未だに勝ったという実感が持てなかった。 「そのティーセット、聖グロが認めた相手にしか渡さないようですよ! さすが逸見殿です!」 「まあこれくらい当然よ」

    27 18/01/22(月)23:27:57 No.480479240

     エリカは髪をファサァ……とかきあげながら応える。  外面ではなるべく自信のあるようにこれまで取り繕ってきたため、試合後もその演技を続ける必要があった。 「逸見隊長!」  優花里とは別の声がエリカにかけられた。  それは、一年生で車長をやっている、澤梓だった。その後ろには、他の一年生達もいた。 「逸見隊長! ありがとうございます!」 「「「「ありがとうございます」」」」  エリカが梓のほうを向くと、梓はエリカに対し勢い良く礼をしてきた。 「あら、私は何も礼を言われることなんてしてないけど?」 「いいえそんなことありません! 逸見隊長が訓練中に厳しく私達を叱ってくれたおかげで、私達は戦いの途中に逃げ出さずに戦うことができたんです! これもすべて逸見隊長のおかげです! 私達一年生一同、これからずっと逸見隊長についていきます!」 「いやー凄いね逸見ちゃん!」  さらに別の声がした。  杏だった。

    28 18/01/22(月)23:28:21 No.480479325

    「会長」 「期待はしてたけどまさかここまでとはねぇ。負けたらあんこう踊りを踊ってもらう予定だったけど、無しだねこりゃ。やー逸見ちゃんに任せて良かったよぉ」  杏はそういいながらエリカの背中をパンパンと叩いた。  エリカは戸惑った。自分と他の選手の間で、勝利に大きな温度差があることに。  そしてそれと共に、エリカは今自分が今まで以上の期待を背負わされているのに気づいた。  周囲にいる一年生が、生徒会が、歴女が、バレー部が、そして友人達が、そのような目でエリカを見ている。  そんな風に感じたのだ。 「この調子で次も頼むよぉ逸見ちゃん!」 「お願いします、逸見隊長!」 「……まぁ、任せて下さいよ。ふふ」  エリカは再び髪をかき上げながら不敵な笑みを見せて言った。      その夜、エリカは一人家に帰るや否や、扉に背中を預け、そのままずるずると地面に座り込んだ。 「くはぁ……!」

    29 18/01/22(月)23:28:44 No.480479423

     そして、まるで今まで息を止めていたかのように大きく息を吸い込む。 「はぁ……はぁ……はぁ……!」  さらにエリカは呼吸を荒げ、もはや過呼吸と化した呼吸で息を吸い込み続ける。普段なら一息大きくため息をついて終わるところが、その日はいやに長く荒い呼吸を続けていた。 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」  一時間ほど過呼吸を続けただろうか。  エリカはようやく呼吸を整え、文字通り一息ついた。 「はぁ……みんな、私に期待しすぎなのよ……やめてよ……私はそんな凄い人間じゃないのよ……」

    30 18/01/22(月)23:29:10 No.480479550

     エリカは座ったまま両手で膝を抱え、そこに顔をうずくまらせる。  すでにエリカは限界だった。  子供の頃は親が褒めてくれるだけで周りからの期待の目はそれほどなかった。  黒森峰時代は期待こそされはしたものの、周囲の羨望の目は西住姉妹に集まっており、エリカはあくまで一選手としての評価だった。  しかし今は、エリカの異様に低い自己評価を正当化してくれる要因はなく、ただエリカ本人が評価されている。その評価は、気弱なエリカには劇薬すぎた。 「私は違うの……ただの偶然なの……勘違いしないでよみんな……」  エリカはその夜一晩中うずくまっていた。  それでも、彼女の心が癒されることはなかった。  つづく

    31 18/01/22(月)23:30:17 No.480479815

    流石だぜエリカ隊長!

    32 18/01/22(月)23:31:09 No.480480015

    澤さんのアレが出なくてひと安心

    33 18/01/22(月)23:33:02 No.480480455

    やっぱり エリカさんは すごいですね!

    34 18/01/22(月)23:39:35 No.480481976

    >流石だぜエリカ隊長! これ以上エリカを追い詰めるのはやめないか!

    35 18/01/22(月)23:40:29 No.480482202

    改めて読んでるけどほんとじわじわエリカ追い詰められとるな!

    36 18/01/22(月)23:42:32 No.480482726

    逸見隊長がいれば私たちは優勝だって夢じゃありません!

    37 18/01/22(月)23:43:46 No.480483051

    全国で優勝しないと大洗は… いやなんでもないです

    38 18/01/22(月)23:48:53 No.480484333

    >改めて読んでるけどほんとじわじわエリカ追い詰められとるな! 真綿で首を締めるとはまさにこのこと

    39 18/01/22(月)23:50:32 No.480484742

    逸見隊長は 黒森峰から来てくれた隊長だから 逃げる訳ないですよね !

    40 18/01/22(月)23:52:10 No.480485160

    澤ちゃんは嘔吐…かない!

    41 18/01/22(月)23:54:12 No.480485703

    ほんとに吐かない? 真相しったら余計えぐいことにならない?

    42 18/01/22(月)23:54:38 No.480485805

    逸見隊長の指示があれば私達なんでもできるかも!

    43 18/01/22(月)23:56:26 No.480486241

    逸見さん…私は信じているぞ…

    44 18/01/22(月)23:56:32 No.480486266

    虚勢張ってるけど自己評価低いから周りが思ってるほどの実力は無くても本人が思ってるよりかは実力は多少あるから周りからの評価でエリカは死ぬ この世界線のエリカには悪運の加護がありそうなのもひどい

    45 18/01/22(月)23:58:56 No.480486863

    「あなたが隊長さんですわね?まほさんとは随分違いますのね でも…今の貴女は本当に自分の戦車道は見付けようとしているのかしら?」 ダージリンはおもむろにサングラスを取り出した

    46 18/01/23(火)00:03:39 No.480487992

    「エリカさん何故?何故私たちと一緒に戦ったエリカさんが!」 「文科省は自分達の事しか考えていない!だから私は自分の心を抹殺すると宣言した!」 「エゴだよ!それは!!」 「大洗が持たない時が来ているのだ!」

    47 18/01/23(火)00:05:03 No.480488321

    皆の善意がやつを老い込み過ぎる

    48 18/01/23(火)00:06:36 No.480488683

    >皆の善意がやつを老い込み過ぎる 誰も悪くないはずの世界いいよね…

    49 18/01/23(火)00:07:49 No.480488962

    老い込み過ぎると誤字ったが考えてみりゃある意味正解かも知れねぇ 銀髪がまっ白になるやつ

    50 18/01/23(火)00:10:16 No.480489553

    桃ちゃんが何時ぞやみたいに正論はきながら黒森峰に乗り込んで行けばあるいは…

    51 18/01/23(火)00:11:38 No.480489879

    真のバランサーが誰もいねえ…

    52 18/01/23(火)00:12:44 No.480490142

    きっと赤星が来てくれる…

    53 18/01/23(火)00:13:41 No.480490397

    しかしさおりんはやはり聖母だな…