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17/11/13(月)22:39:31 No.465508147
7 激震の進撃 小笠原諸島から少し外れた島になる。 聖グロリアーナ所有の揚陸艦で戦車を運搬し、戦いの始まりに備えるのだ。 まずチャーチルMK7、続いてブラックプリンスが出た。次はマチルダⅡ、M26パーシング。クロムウェルからはニルギリが顔を出す。 主戦場は緩やかな丘と丘の狭間の平地だ。両陣営が丘に陣取ることになっている。3平方キロメートルの、元入植地だ。南方に漁師用の小さな宿泊施設があり、そこの管理人がこの練習場の使用もチェックしている。 長袖は暑い。 オレンジペコは使用される車両台数のチェックを終えると、自軍の戦車を誘導しにかかった。 部隊は三つの小隊に別れる。一つは先鋒としてルクリリ。次鋒ローズヒップ。大将はオレンジペコである。 相手はジンジャーエール、クローヴ、シナモンの順で隊を繰り出す。 「戦車道参加の生徒以外は速やかに学園艦に戻るか、見学席に向かって下さい」
1 17/11/13(月)22:39:48 No.465508230
見学席は南方の会場に用意される。晴天仕様の特殊プロジェクターでもって試合の様子は映されるのだ。身内の対抗戦といってもいい試合にこれだけの設備が用意されるのには訳がある。 来ているのだ。戦車道世界大会の関係者が。 大学選抜の選手も参加するこの試合は思った以上に話題を呼んでいるらしい。オレンジペコとの挨拶の後、男は呵々大笑してお供の女性を従えて見物席へと向かった。 「ああいう人もいるんですよね」 ダージリンがしていたように、笑顔でそっと流す所作でやり過ごしたものの、隊長になるにせよならないにせよ、戦車道を続ける限りああした人とつかず離れずやっていく必要があるのだ。 全く面倒くさい……。 いや、いまは試合に集中だ。 顔を上げて戦車を誘導する。戦車が十輌ずつ、互いの丘の上へとよじ登っていた。
2 17/11/13(月)22:41:39 No.465508799
真っ先に丘を上がったローズヒップはむっつりとしながら戦場を見ていた。丘はなだらかに下降しているわけではない。ところどころに段差があり、俯仰角を利用して敵を狙い撃つようになっている。 大地はむき出しの部分と緑の部分が入り混じっている。 『ちょっとヒップ、なに落ち込んでるのよ』 クランベリーが話しかけてきたのを言い返した。 「落ち込んでませんわ。考え事をしてますの」 『下手の考えなんとやらだよ』 バニラに言われてますます口をへの字にする。 思い出していたのは、ルールの詰めのときのオレンジペコの態度だ。 「第五十五回戦車道大会ルールですね」 と堅い表情でペコは応えたのだ。 一昨日、ミス・ブラックが提案した。 「先鋒、中堅、大将の三つに分ける。当時不評だったルールだが、これなら順繰りに互いの実力を試せる。今回のような試合にはもってこいだ」 「何故五十五回ルールを?」
3 17/11/13(月)22:41:54 No.465508865
「さっき言った通りさ。各部隊の実力を見たい。 それに一気に揉み潰しては、お前達では相手になるまいよ」 静かな笑いが起きた。現役選手を交えた自信が起こさせる笑いだった。 そのとき手を挙げた人物が「質問いいですか」と尋ねた。 「五十五回ルールだと気になることがあるけど」 一人だけ私服の客だった。ジンジャーエールが口を挟む。 「なんだアールグレイ」 「五十六回ルールでもいいんじゃないですかね」 そう。ここにはアールグレイ元帥も参加しているのだ。ダージリンの隣に堂々と腰をかけている。「面白いことをやっている」という話を聞きつけてやって来て、そのまま居座った形だ。皆がタンカースジャケットを纏う中、一人青いワンピースにカーディガンという服装だ。 「五十五回ルールって、確か増援可能でしょ? 他校の。結局誰もそんなことしなかったから、翌年取り消しになった。わざわざ五十五回ルールにした理由が欲しい」
4 17/11/13(月)22:42:11 No.465508946
「五十六回ルールは大将も先鋒と同時に行動に移ってもよいことになっている。それならば初めから今の通常ルールでよい。互いに名目上の先鋒中堅を用意して大将は先鋒の作戦行動開始とともに動くだけだ」 「ああ、なるほどね。実質五十五回も変わらないけどね」 先鋒と共に大将が動けば、共に敵の先鋒を叩けるのが五十五回ルールの落とし穴だ。アールグレイは身を乗り出す。 「じゃあさ、助っ人、ペコちゃん側にOGが入ってもいいわよね?」 「ん?」 「わたしがぁ。後輩の後見人になるってことでいかがかしら」 「勿論」 ミス・ブラックはあっさりアールグレイの申し出を受け入れる。 「ただし、オレンジペコがそれに応じればの話だ」 「アールグレイ様のお言葉はありがたくちょうだいいたします」 オレンジペコは素直に言った。 「ただ現在アールグレイ様はわたし達の為に動いていただきました。ひとまずそのお心だけで充分です」 はっきり口にしたオレンジペコに迷いはない。ルクリリは渋い顔をして、ローズヒップの眉間に皺が寄った。
5 17/11/13(月)22:42:30 No.465509049
――どういうことかしら。この前のオレンジペコさんのように及び腰ではありませんわ。 もちろん、先日のだって事情が呑み込めないわけじゃない。ただ足りないだけだ。 『ダージリン様が欠けてるのは、オレンジペコのせいじゃないよ』 バニラからの通信が聞こえて、ローズヒップはびくっとする。クランベリーが呼びかける。 『ほら。もう車長挨拶の時間だよ。 しっかり先輩達に頭下げてきな」 後半はハッチから顔を出したローズヒップに直接投げかけた声だ。 そのときようやくローズヒップに今日の戦略が決まった。 「わっかりましたわ、馬鹿馬鹿しい!」 パンと拳を手に打ち付けて出した結論が。 「今日は、わたくし、なーんにもしませんことですから!」 だった。
6 17/11/13(月)22:42:47 No.465509122
「それで今回は見物、ということなのですね」 ダージリンの問い掛けに、うん、と島田愛里寿が頷いた。 「部下の奮闘を見ないとな」 「あら、戻れるんですか? あの方々」 「意地の悪いことを言うな。でなければどうしてパーシングなんて貸し出し出来る」 愛里寿の言うとおり、シナモン達が用意したのは大学選抜のパーシングだ。何をするにせよ戦車道絡みの話なら、各々の車輌を貸し出すと愛里寿から申し出たのだ。願ってもない提案にシナモン達は礼を言って借り受けたのだ。 「てっきりこっそり拝借でもしてきたのかと思っていましたわ」 紅茶の支度をするダージリンに愛里寿は、そうであっても放っておいたろうな、と応えた。 「皆、年齢の低いわたしによくついてきてくれる。信頼しているから応援したくなる」 愛里寿は大学選抜の制服の上からマントのようにまとった大きなコートの襟を合わせる。 「わたしは、学園艦のルールとかこだわりとかはわからないから。こういう先輩後輩の意地の張り合いみたいなのはよくわからない。 でも、自分の居場所を守りたいという気持ちは、今はなんとなくわかる」
7 17/11/13(月)22:43:04 No.465509201
「それは先の大洗との戦いで?」 問われて愛里寿は頷いた。 彼女は大学選抜チームの隊長として、大洗女子学園を潰す為に戦った。そして今までの試合、愛里寿は自分の戦車をダメ押しに戦っていたのが、引きずり出されるように進撃することになった。殆ど初めてと言っていい。 「おそらくあの戦いでなんの気兼ねもなく大洗と戦えたのは、わたしだけだったはず。 他の人は多かれ少なかれ、思うところはあったはずだから」 「どうかしらね。みんなそうだといいのだけれど」 潮風が強い。ダージリンは小型のガスボンベで火をおこしている。キャンプで使うような小道具を聖グロリアーナが常備しているのが愛里寿には新鮮だった。 「それにしても何故戦う必要があったんだ。 どちらにせよ先輩達はオレンジペコさんに隊長職を任せるつもりなんだろう」 「あら、そう見えますか?」 「なんとなくね。 勝つにせよ負けるにせよ。もっとも聖グロリアーナのお家騒動とした方が面白い連中はずいぶんはしゃいでいるらしいが」
8 17/11/13(月)22:43:24 No.465509295
「マジノ女学院と知波単学園が、例の陣取り戦で勝負したとか――」 ダージリンが湯をティーポットに注ぐ。愛里寿はしばし考えて。 「そう。その結果よりも、こちらを騒ぎ立てたい人がいるらしい。 だからこの戦いの勝敗に意味なんてないのに、全く別の思惑のせいで、この戦いの勝敗に聖グロリアーナのこれからがかかりかねない。 お母様から聞いている。戦いの中でつまらない思惑が動いたせいで、いろんな人の人生が狂ってしまったことがたくさんあるって」 ティーポットのなかで茶葉は踊る。砂時計を優雅にひっくり返してダージリンは言った。 「愛里寿さん。こんな言葉を御存じ? カモン、カモン、カモン、ユーキャンディス」 「ボコの歌だ!」 目を輝かした後で愛里寿は、ああ、と大人びた表情を浮かべた。 「だから戦うんだな。ボコり、ボコられ生きていくんだ」 ダージリンは微笑した。 確かに彼女には、指揮官としての力がある。
9 17/11/13(月)22:44:15 No.465509533
「まったく、ほんと重いわこの衝立!」 二人のリーダーが語り合っているその後ろで、ルミは大きな屏風を立ち上げていた。 「この設営、まさかペコちゃんが一人でやってるわけ?」 「そしたらあの背丈ですごい怪力よね」 メグミは苦笑した。 空は晴れ渡っていた。鉄と油のにおいが混じるのは、デンと鎮座するマチルダⅡのせいだった。アズミは手伝いもせず厚い装甲を軽く叩いた。 「久しぶりに乗ったわ。マチルダなんて」 「へえ。アズミこんなドンガメ乗ってたんだ」 ルミはいまいましさを隠さない。モタモタしないでちゃんと手伝えっつーの! メグミは重しを適当に衝立に噛ませて額の汗をぬぐった。 「拠点防衛には役に立つわよね。まあ割とあっさり抜けちゃうけど」 「ファイアフライ相手ならねぇ」 アズミは振り返って並ぶ衝立を見ると、なかなかいいじゃない、と二人を褒めた。 「ということは、これからの陣取り戦に意外な活躍したりして」 「戦車道新ルールねぇ」
10 17/11/13(月)22:44:33 No.465509606
ルミは腕を組む。 「あれあんま好きじゃないわ。面倒くさい」 「でも軽戦車の重要性とか、対戦の時間制限なんかは魅力的よ」 メグミは歓迎する。これが成立する場合、シャーマン軍団一辺倒だった自分達の学校に転機が訪れるかもしれないからだ。アズミはメグミの願望を見通している。 「シャーマンに積んでくだけでしょ。板っ切れ」 その通りなのはサンダース卒業生ならよくわかっている。友人のからかいにメグミは大げさに肩をすくめてみせた。 陣取り戦は得点確保で勝敗を決めるルールだ。戦車の破壊と、自チームの乗員と同じだけの板を用意して試合終了まで相手チームの陣に立て続けたら加点される。試合終了後に得点の多い方が勝ち。 「先日のマジノと知波単の戦い見たら、結構戦略の幅は広がりそうだけどね」 「あら、ルミさっき好きじゃないって言ってたじゃない」 「好きじゃないのと、ルールの分析は別だわ」 アズミはつまらなそうなルミを見て肩を叩く。冷静で熱い戦友は頼りになる。 「新ルール勝てる?」 「一人じゃ無理ね」
11 17/11/13(月)22:44:50 No.465509672
メグミは言った。 三人の口元が満足の半月を作り出す。 そう我らはバミューダ三姉妹。 いかなる標的も捉えて逃がさない。 「よろしくお願いします」 双方の挨拶は車長のみで行われた。 ”香辛料の世代”はスカートがタータンチェックなこと以外、後輩の衣装と変わらない。ただミス・ブラックだけが全て黒い。 黒い軍帽の下にまた黒い影を作り、その影の下のサングラスは瞳の色を隠す。 全て塗り固める。黒く塗れ。 「これで前例が出来た」 こわばった表情のオレンジペコに、ミス・ブラックは低い声を出した。 「次、私が気に入らない後輩が出れば、次も私が潰す。私達の色に塗り潰す」 「それは嫌ですね。 とても嫌です」
12 17/11/13(月)22:45:32 No.465509835
長身の彼女を見上げてしっかりと後輩代表は言った。なお、ミス・ブラックは告げる。 「お前ではダージリンは越えられない」 「もちろん越えられません。誰であっても」 言ってしまって、オレンジペコはふーっと息を吐いた。その後はいつものような笑顔だった。 「ミス・ブラック。 あなたも、他の元帥達も、皆時代を築いてきた。それを否定する気はありません。 ですからわたしは、ダージリン様だけでなく、あなたを越える気はありません。ただ。 わたしはペトロでいい。 ダージリン様の、ペトロになりたい」 白い歯が見えた。 ミス・ブラックの隙であり、本心だった。 「不遜だな。オレンジペコ」 「恐れ入ります。あなたほど悪魔にはなれませんので」 「ダージリンを越えて私を倒してみろ」
13 17/11/13(月)22:45:48 No.465509899
「とんでもない。わたしは、あなたに勝つ気はない。 ただダージリン様のように戦うだけ」 「やってみろ」 背を向けると、ミス・ブラックは大声で呼んだ。 「シナモン! バグパイプだ!」 「は?!」 丘を登り始めたシナモンが振り返る。 「閣下。それはどういう……」 「”スコットランドは勇敢なり”だ」 カッサンドラが小走りに駆けて来て肘で突いた。 「バカ。いつもの、アレよ! 持ってきてないのバグパイプ!」 「もちろん持ってきてるわよ!」 シナモンは褐色の副官の腰を横抱きにしながら、共にオヒシバを踏み丘を駆け上がる。 「感動してるのよ。カッサンドラ。 やり遂げるわよ。閣下の御心のままに!」
14 17/11/13(月)22:46:09 No.465509986
遠くから、バグパイプの音が聞こえる。 振り返るオレンジペコにつられてニルギリも丘の向こうに目を凝らす。 「”香辛料の世代”は、戦いの始まりと共にバグパイプを演奏したそうですよ」 「見たことあります。勇壮な頃の聖グロリアーナですよね」 ニルギリは真似したこともある。 人間バグパイプ、と喉元を叩いてバグパイプに見立ててやって、思い切り喉を叩いて息詰まらせたこともやったっけ。 ローズヒップもまた、バニラとクランベリーと共にそれを見ていた。彼女は何も言わず、身を翻すとクルセイダーに向かって力強く歩んでいく。 ルクリリはというとそんなものには目もくれず、マチルダⅡへと乗り込んだ。ルクリリのいつもの仲間はニヤニヤしている。 「さて、リリイはいつも通りやれるでしょうか」 「あたし達のリリィよ? ちゃんとやってのけるに違いないわ」 「今日のマチルダはびっくりするほど暴れ馬だからね? 楽しみ」 そう笑ったのもつかの間、観客席の椅子から数名が立ち上がったのを見て、お喋りを慎む。 彼女らは皆、右手を胸に当てている。
15 17/11/13(月)22:46:48 No.465510167
私服の女性達が見つめているのは、この戦いに参加している一、二年生が立てた旗だ。 赤い竜の描かれた旗が潮風にはためいた。 「おかえりなさい」 「おかえりなさい」 「おかえりなさい閣下」 「戦場に」 「再び戦場に」 立ち、敬意を捧げる人々の後方で、二人はその様子を眺めていた。やがて片方、吉沢あんずもゆっくりと立ち上がり。 「お帰り。黒太子」 と言った。 プロジェクターに映し出される、黒く塗装されたスーパーチャーチル。そこには昔馴染みがあの時みたいに車体に腰かけている。 泣くまいと口の端をしっかり結ぶ後輩を横目で見つつ、腰かけたまま、長身の女が言った。 「さあ、見せておくれ。お前の戦いの行方を。 私のかわいいかわいいPOW」
16 17/11/13(月)22:48:32 No.465510638
「先鋒ジンジャーエール隊出る!」 「せ、先鋒ルクリリ隊! で、出ます!」 いや高く鳴り響くバグパイプ。 M26パーシング、続くマチルダⅡ二輌。 ルクリリはやけくそ気味に手を振って。 マチルダ隊三輌。 その正規軍、ゆっくりと前進す。 https://www.youtube.com/watch?v=PSH0eRKq1lE
17 17/11/13(月)22:50:00 No.465511037
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