虹裏img歴史資料館

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17/11/08(水)23:39:37 6 互... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1510151977079.jpg 17/11/08(水)23:39:37 No.464458827

6 互角の覚悟  どうしよう。  どぎゃんとしようばい。  ぶつぶつ呟くルクリリは別に博多出身などではない。ただ今日は妙に方言っぽい口調にしたい気分なのだ。  ルクリリがあの”ローズヒップ”と親戚であることが知られてしまった。正直隠しておきたい過去だった。  生徒が皆、聖グロリアーナの歴史に詳しいわけではない。ルクリリだってそうだ。”提督”の偉業やマジノの卑劣さなんてものは知っていても、つい最近までの”香辛料の世代”については知る由もない。代々聖グロリアーナに血族を上げて入学してきた大貴族ウヴァの一員がもう入学している、そんな話だって聞いているのに噂以上の話は知らない。それくらい事情に疎い生徒なのだ。  逆に言えばそれだけ策謀から縁遠く、それゆえにダージリンから信頼されているとも言える。聖グロリアーナの誇りが強く相手を見下す性質はあるものの、竹を割ったような姉御肌に仲間はついてきてくれる。 「ええ……どぎゃんしよ……なんばしよっと」

1 17/11/08(水)23:41:49 No.464459303

 ただこんなふうに呟いているのは、そのことだけが原因ではない。  校舎の上層にあるカーペットは、踏み出した瞬間踏み心地が違う。オフィスの床と社長室くらい違う。かつて先輩達もこの廊下を踏むごとに汗をかいてきたのだろうか。ダージリン様も言っていた。 「あそこの絨毯。落ち着かないのよね。ふかふかすぎて」  全くその通りでございましたダージリン様!  何が起こるのか気が気じゃない。  そんなわけでルクリリはでたらめな方言を口にしながら、もう一人の自分を作り上げることで心を守っているのだ。  分厚いオーク材の扉をノックすると、ゆっくりと開いて黒衣の老女が現れた。治部さんだ。寮母さんにして学院長の女従僕。かつて学院長×治部か治部×学院長かを競い多数の乙女小説が書かれたことがあったらしい。それが本人たちに見つかり、朗読させられたという伝説が残っている。 「ルクリリさん。よくいらっしゃいました。お入りなさい」 「ひゃ! ひゃい!」  ウォー駄目だ。わ、わたしもうだめだ。これだけでもう充分だわ。

2 17/11/08(水)23:42:05 No.464459361

 重厚感溢れる広い執務机に座って、学院長は指を組んでいる。あれだあれ。あの有名な推理小説家みたいな感じ。カチコチになっているルクリリに学院長は「最近訓練を休んでいるようではないですか」と声を掛けた。 「いやあ、そのぉ、それはぁ」  しどろもどろになる。ルクリリ車の乗員二人は、どーしよどーしよというルクリリにあっさりと「んなの気にしなくていいじゃん」と言ったのだ。 「どっちに転んだってりりィに隊長は無理だって」 「それにりりィに、オレンジペコが隊長になるつなぎする気ないっしょ。あんたプライド高いし」  全くその通りで、だからこそ悩むのだ。何故あのとき、三元帥の誘いを即断らなかったということに。  つまりルクリリは自分が許せないのだ。訓練に参加しないのは、今自分にその資格がないからだ。頑ななのだ。 「裏切るのですか?」  治部さんが後ろから声をかけてくる。ルクリリの額から汗が零れる。心臓が高鳴る。

3 17/11/08(水)23:42:20 No.464459423

「オレンジペコの後見人であるあなたが手を引けば、彼女は校内の正統性を失います。あなたはミス・ブラックの言う通りローズヒップの後見人になってもいいし、一端繋ぎとして隊長職に改めて立候補してもいい」 「ルクリリ。そんなに緊張しなくてもいいのよ」  学院長は微笑した。 「私達は、もしあなたがそうするつもりなら、あなたを隊長にするように推すつもりだから」 「へ?」  間抜けた声が出た。  てっきり裏切りは許さないという叱責を受けると思っていたのに、まさか自分が隊長になる目が回ってくるとは思わなかったからだ。  学院長は薔薇の剪定はどこから鋏を入れると尋ねるような気楽さでルクリリに言った。 「私達はね、キング・ジョンのことを心傷めているの。彼女は優秀な指揮官であり戦車乗りだったわ。  でも先代が偉大すぎた。  オレンジペコも同じ目に合うかと思うと不安で心配で……。だからあなたが隊長になる目があるのなら、私達はそれを応援しようと思うの。  如何?」

4 17/11/08(水)23:42:39 No.464459496

 まさかの申し出。  途端。法悦が脳を駆け巡った。  聖グロリアーナ隊長ルクリリ。  彼女が号令をかける。乗るのはチャーチルだ。オレンジペコのマチルダⅡとローズヒップのクルセイダーが両顎となって敵の戦車隊を砕くだろう。計らずもOGの指導のおかげで二軍選手の質も向上した。ダージリンのような調整型の指揮官ではない。けれど攻撃に特化すれば。ニルギリのクロムウェル。第二次”ブランデーのなかの紅茶”作戦。やがて訪れる勝利! 勝利勝利勝利! 「あの……」  口にした瞬間、ルクリリの脳裏に見えたのは、大きな駐車場だった。  エレベーター式の立体駐車場。赤い信号がチカチカ光っている。満車。満車。ここは満車。  自分と同い年の、明るい車長の笑顔がちらりと目の前をよぎった。あの大洗の、チハの。  ルクリリは大きく深呼吸する。 「お断りします」

5 17/11/08(水)23:42:54 No.464459544

「あら、あなたにとって随分有利な話だと思うけれど」 「以前叔母に言われたことがあります。  王座を狙うなら、正々堂々と行け、と。  私は王座に就かなくてもいい。  忠臣の王道を歩みたい」  室内の空気が緩んだのを感じる。  治部さんは一歩踏み出して「お茶にしましょう」と囁いた。 「キリマンジャロの良いものを頂きました。  ウィーン風に生クリームをのせます」 「コーヒー、召し上がるんですか?」  緊張が解けて話かけるルクリリに、学院長は「私達はなんでも飲み込むのよ」と笑う。 「私はなにをするにもゆっくりでね。”ドンガメ”なんて呼ばれたこともあるの。  その分ゆっくり噛み砕いて、出来る限り多くの意見を飲み込もうと思ったのよ」 「”ドンガメ”アガサなどと呼ばれたわね」  治部さんの優しい声にぼうっとして、ルクリリはいつのまにか椅子に座らされていた。椅子を用意したのは学院長だった。OGはいつもいつのまにか茶会を支度する。

6 17/11/08(水)23:43:16 No.464459629

「ねえルクリリ。私達の世代は、まだ物語の名前を与えられていた。けれどそれを手放さなければならない事件が起きたの。  ある、とても優秀な先輩が引き起こした、学園艦の自治を根こそぎ奪おうという仕掛け」 「初耳です……」 「勿論よ。文科省も戦車道連盟も私達聖グロリアーナも、そして大洗も巻き込んだ戦い」  フレッシュな生クリームはとかれて角が立つ。ネルで濾された重厚な黒がカップに満たされる。カップの底にはコーヒーシュガーが敷かれていた。美味しそう。  学院長がかわいらしく小首を傾げる。 「先輩が我が物顔で横やり入れてくるの、嫌だよね?」 「は、はい!」 「それでは私達も力を貸す必要がありますね」 「はい!」  治部さんの声に、大きな声が出た。

7 17/11/08(水)23:43:33 No.464459694

 学院長と治部さんが力を貸してくれるなら、この揉め事も丸く収まるだろう。他の元帥を動かしたりして戦いを納めてくれるかもしれない。晴れやかな笑顔になったルクリリに、学院長は「あなたも協力してくれるわね」と念を押した。  駐車場の入り口が蓋を開く。 「はいっ!」 「そうよかった」  学院長が言った途端、カーテンの裏に隠れていた二人が飛び出してきた。 「よく言ったリリイ!」 「もし自分が隊長になるとか言ったら、あたしがぶん殴ってやるところだった」 「え? あ、おまえたち!」  ルクリリの前に現れたのは、彼女のマチルダⅡの乗員二人だった。顎をがくがくさせながらテーブルを見ると、ちゃんと五が用意されている。  嫌な予感がした。  もしかしてルクリリの協力とはつまり……。 「無理無理無理無理……絶対無理!」

8 17/11/08(水)23:43:48 No.464459741

「さあ来るべき日を祝って共に乾杯しましょう」  泣きそうなルクリリを放って、四人は生クリームのたっぷり入ったコーヒーのカップを手に取った。  ルクリリは言った。 「ムリィ!」          *  プラウダ高校。  日本の北側を中心に航行する学園艦である。すでに一足先に雪が降り、辺りを白く染め上げていた。  聖グロリアーナは季節外れの台風がくるというのに、本当に日本は北と南が長い。  学園艦同士を結ぶのはヘリコプターだ。しかし基本的にはヘリでの移動よりも、海路から陸路を使って行くのがよい。ニルギリがプラウダに向かったときは、運良くプラウダ艦が寄港する日だった。  艦内のエレベーターを利用して艦上へ。バスを使って校舎まで。着いたのは夕方になる。 話は通っていて、そのまま奥へと通された。 「こちらです。どうぞ」  同い年だろうか。小さな少女がニルギリを案内する。緊張で強張りながらついていくと、長い回廊の先、少女は桜の木のドアをノックした。

9 17/11/08(水)23:44:47 No.464459967

「先生、お客様です」 「おはいり」  質素な部屋だった。分厚いカーテンも作業机も休憩用の籐編みの安楽椅子にかかったシーツも華美な装飾を一切排除していた。ただティーセットだけは、彼女がどこの学園艦出身だったかを忍ばせる素晴らしさだった。白がすでに暖かみのある色をしている。サイドテーブルに電気ケトルと共に無造作に置かれている。 「ご用意いたします」  少女が一礼して紅茶の支度を始めた。大きなペットボトルから水を注ぐのはご愛敬。迎え入れた教師は生真面目な表情のまま眼鏡をかけ直して腕時計を確認する。 「結構。時間五分前だね。偶然かい」 「あ、はい。もう少し余裕を持ってお伺いする予定でしたが、思ったよりも時間がかかって」  この御方が、時間通りに到着したからといってよしとするわけではない人だとニルギリは知っている。今年で五十九歳になった女教師は、規律を重々守ることをよしとする人だった。  ニルギリの言い訳に黒い女教師は満足げな表情を浮かべた。

10 17/11/08(水)23:45:07 No.464460046

「そう。一日前には到着しておけばよかった。大切な予定のときは、前もって支度して行動するようになさい。  それくらいの余裕を持って行動出来るような仕事を心がければいい」  椅子を勧められてニルギリは腰掛ける。この女教師の空気は、寮母さんに似ている。そういえば服装も治部さんのようだ。喪服じゃないのが判るのは、胸元からぶら下がるエメラルドのネックレスが艶めかしく輝くから。 「それでなんの御用? 手紙でも電話でもよいのに、聖グロリアーナの生徒が直接乗り込んでくるなんて」 「じ、実はダージリン様の件で私が参りました」  緊張した声に女教師は首を傾げる。 「ダージリン? あの子の件で私がなにかしたかしら」 「正確に言えば、オレンジペコの件です。  彼女の隊長職を認めて下さい。  “清教徒”ヌワラ・エリア様」

11 17/11/08(水)23:45:25 No.464460122

 謹厳なるヌワラ・エリア、改革者ヌワラ・エリア。在学中から既に二つ名が授けられていた厳格な女生徒、ヌワラ・エリア隊長。彼女の”紅茶の名前”を持つ隊長職は他にいない。それなのに”清教徒”の名が与えられたのは、彼女が海外試合でクロムウェルを鹵獲しただけの所以ではない。  ヌワラ・エリアは満腹した猫のような顔になった。 「けれどダージリンは私との約束を反故にしたわ。アールグレイもそう。あの子達はクロムウェル会を作ると約束したのに」 「クロムウェル会の規則といったら……。  スカートは踵まで、お化粧禁止、はしゃぎすぎたパーティー禁止、常にお淑やかに慎ましやかに……」  ニルギリに、ヌワラ・エリアは付け足す。 「階段の二段抜かし禁止、十時消灯、五時起床。歩きスマホ禁止」 「お二人とも、お紅茶が入りました」  メイド姿の少女がそっとティーカップを置く。赤い靴を履きかわいらしいエプロンに白いふわふわのカチューシャ。その服装はニルギリの目に入っていない。これから言い放つ言葉を喉の奥から引っ張り出す必要があるからだ。ぎゅっと握った手のひらを見て、ヌワラ・エリアは言った。 「まずは紅茶をおあがり」

12 17/11/08(水)23:45:43 No.464460180

「いえ……! その!」 「息をつけと言っているんだ、ニルギリ」  厳しい口調にはっとして、ニルギリは勧められるままに紅茶を飲む。赤いジャムをすくい取って口に入れ一息つく。  心の中は決まった。  はっきりとした声が出た。 「”清教徒”ヌワラ・エリア様。  私が今日から、クロムウェル会の会派を立ち上げます」  精一杯の声だった。  室内を静寂が覆った。 「……そうね」  女教師は何か言おうとして、つまった。  そして我慢出来なくなった女教師は、口元にハンカチを当てる。こみ上げてきた笑いが、胸の奥から喉を鳴らし、唇から転がり出た。  怒っていいのか一緒に笑っていいのかわからないような変な気持ちのまま、ニルギリはじっとその先を見つめていた。

13 17/11/08(水)23:48:08 No.464460717

         * 「だめだ! このままじゃ!」  澤梓は頭を振った。  相当イライラしている。いつものビデオ上映会する部屋を歩き回る梓に、仲間は心配そうな表情を浮かべる。 「西住隊長も信用出来ない! どうすればいいの」  あの後、梓達は生徒会室に何度も足を運んでいる。戦車道の授業では、一対三車輌との同時対決を挑んでみたり、アリクイさんチームとフィジカルトレーニングをしたりしてみた。  そして「そんなにみんなが言うなら、聖グロリアーナを助けに行こう」と言ったのは西住みほだった。 「当日の対決に間に合うようにしよう。だから今日は一端戻って」と。 「でも嘘じゃん! 対決場所も判らないし、この船、大洗に向かってるって!」 「そんな……それじゃあ間に合わないじゃん!」  泣き出しそうな阪口桂利奈に山郷あゆみは抱きついた。 「まだ判らない。ほら、サンダースからスーパーギャラクシーが来て、とか」

14 17/11/08(水)23:48:26 No.464460793

「ダメだよ。助けに行くのは私達なんだ。  あの、この前の戦いだって、ダージリンさんが各校に手を回していたから出来たんだよ。 急にお願いとか出来ない。だって学園艦は基本的にやっぱり、お家騒動には口を出せないんだもの」  宇津木優希が落ち込んだ声を出した。 「じゃあ、何も出来ることがないってこと?」 「そんなのイヤだよ!」  大野文が首を横に振った。 「そんな! 横暴! とーらないーっ!」 「どうして?」  ドアが開いて、ひょこっと顔が覗いた。  磯辺典子。バレーボール部の部長だ。 「磯部さん……」 「廊下まで筒抜けだよ」  目をぱちぱちさせる梓に、磯部は近寄る。 「どうして聖グロリアーナの中の話に、わたし達が首突っ込まなきゃダメなの?」

15 17/11/08(水)23:48:43 No.464460869

 少年のような顔に、梓の胸が詰まる。作戦を思いついたとき、いつも自信満々に言ってのける安心感が、今は自分を追い詰める笑顔となって襲いかかる。 「聖グロリアーナが潰れる、とかならわかるけど。そういうわけじゃないじゃない。なら……」 「潰れます!」  梓の返答は早かった。 「学園艦は生徒達の自立を促し、自治を尊ぶ場所でしょう? それを卒業生だからって手を突っ込んで、好き勝手していたら学園艦なんてなくなっちゃう!」 「オレンジペコさんかわいそうだよ」 「あたし達だけでも味方がいるって伝えたい」 「わたし達に、できること?」 「ぶっ潰す!」 「好敵手」  紗希がぽつっと呟いた言葉に、磯部は満面の笑みを浮かべた。 「そうだね! 好敵手だ! ライバルがそれよりもっと大きな敵と戦う! 必要なのはなに?」 「「「「「友情!」」」」」

16 17/11/08(水)23:48:59 No.464460932

「根性だっ!」  声を合わせた五人よりも大きな声で磯部は言う。あわわっとなった五人に、身を乗り出して説いた。 「いいかい、間違っちゃいけない。今回の話は本当に聖グロリアーナだけの問題なんだ。大洗が出張っちゃいけない。  そのことを承知してくれるなら、先輩達が手を貸さないこともない」 「出張っちゃいけないのに、手を貸してくれるの?」 「禅問答みたい」  首を傾げる山郷と桂利奈の肩をバンバンと叩く。 「まあ、これはちゃんと考えてよ。うちの一年生には解けなかった問題だから」 「でも、どうやって行くのかしら?」  優希は悩む。文も口をへの字にして腕を組んだ。 「学園艦は帰港中だし、そもそも試合会場も判らない……」 「はいはーい。そこで私達の登場です」  ドアから顔を出したのは自動車部の面々だ。 「ナカジマさん!」

17 17/11/08(水)23:49:28 No.464461038

「先日、サンダースからもらったお古があるんだよねぇ」 「秘密兵器。整備はバッチリだよ」 「どんどんあつまれー、いろんな乗り物ってね。後は飛行機だよなあ」  ホシノ、スズキ、ツチヤも続々現れる。梓の口がぱっくり開いた。 「ってことは、まさか!」 「こら、お前ら!」  喜びと驚きの混じったワイワイした声がピタッと静まる。ドアの向こうから声をかけてきたのは、聞き慣れたカリカリした声。 「こんな夜中に騒がしくするなっ!  静かにしろ!」 「河嶋先輩――」  青ざめる梓の前に、元生徒会広報河嶋桃がむっつりと立ち塞がった。

18 17/11/08(水)23:50:04 No.464461179

           *  夕方の訓練の最中、いつも通りの喧嘩がパーシングの中で勃発していた。 「ちょっとダム! なにまた外しているの」 「うるさいわね、ディー! あんたがもたもた装填してるのが悪いのよ」 「なによ。そんならこのつまんない仕事あんたがやりゃいいのよ」 「は! いずれこのディー様が聖グロリアーナの一翼を」  射撃の訓練だ。  学園艦での発砲訓練なので一マイル先の的を狙う訓練になる。ゆっくりと動くMK.6の上の的を射貫くのだ。火薬の量も減らした訓練弾なので照準をつけるのがまた難しい。テンポよく、タイミングよく、そして正確に。  ダム・ディーの双子の姉妹は歯車が噛み合うと無類の能力を発揮できるが、上手くいかないとこんなふうに車内で口げんかを始めるというクセがある。

19 17/11/08(水)23:50:22 No.464461245

 シナモンはしばらく黙っていた。操縦手の子が「あの」ともごもごしている。ニルギリは急遽休みで別の子がきたのだ。襟足まで伸ばしたボブをかき上げて「判った」とシナモンは言った。 「お前達どっちか、当日の隊長やれ」 「「へ」」  姉妹がはもる。シナモンは操縦手の子にバックの指示を出して、もう一度繰り返した。 「お前達は今の位置に不満があるんだろ。だったらどっちかが、全軍の指揮を執れ。  もう片方はこの砲手兼車長やれ。  私が装填手をやる」 「え? で、でも、指揮はミス・ブラック元帥が……」  あわあわしながらディーが言うと、シナモンは無表情のまま。 「あの方は見ているだけだ。直接の指揮は私が執る。キング・ジョンと”無粋”のアッサム様のときと同じだな。  黒森峰に近い。指揮がマズイと思ったら、ミス・ブラックが修正する」 「だ、だけどそんな急に」  震えるダムに、シナモンは言った。

20 17/11/08(水)23:50:44 No.464461327

「構わない。おやりなさい」  いつも苦笑いのない、氷のような表情だった。揃った声がおどおどと続く。 「「でも、元帥閣下の……」」 「私も元帥だ」  二人は凍り付く。 「さっきも言った通り、何かあれば閣下が修正して下さる。やれ」  一瞬の沈黙。操縦手は気を利かせた。 「あの、ダムさん、ディーさん、順番、回ってきますよ。どうします」 「「すいませんでしたっ!」」  同時に頭を下げる二人に、シナモンはふっと息を吐いた。 「……今さっき私が言った言葉は、嘘では無いぞ。どちらか自信が持てたなら、その時は言え。いつでも変わってやる」 「よし。ハム。いい仕上がりだ」  ジンジャーエールはハムの背中をパンと叩いた。

21 17/11/08(水)23:51:01 No.464461390

「装填手やってたのが効いたな。誰と組んでもコンスタントに結果が出せる。試合が楽しみだ」 「ありがとうございます!」  にこっと笑うハムは、少し痩せたみたいだ。邪気のない笑顔のままハムは。 「ジンジャー様は、勝っても負けてもオレンジペコ様を隊長に据える気ですよね」  と尋ねた。ちらっと顔を見て、ジンジャーエールは応える。 「ブレックファスト、アップル、お前達はどう思う?」  声をかけられた操縦手と装填手は目を白黒させる。そんな話をハムとしたことは無いからだ。薄暗い戦車のなかでも判るくらいハムは赤面する。  ジンジャーエールは三人の顔を見比べて言った。 「私はその問いに応えない。  でもお前達はその疑問を話合う意味がある。  それは聖グロリアーナで戦車道を成すということがどういうことかを示している。  ハム。私はその問いに、戦いが終わってから応えよう」 「はい!」  明るく応えるハムに続いて、二人の後輩は返事をした。

22 17/11/08(水)23:51:47 No.464461557

 そのときだった。上から声が降ってきたのは。 「いいお話ですね、先輩」 「……アールグレイ」  パーシングの少女達が小さく声を上げた。ダージリン様の前の隊長、アールグレイの話は上級生から何度か聞いている。重厚な浸透突破からの、高速戦闘。クロムウェルを旗車にした元帥。 「面白そうなことをしていると聞き、参上しました」  相好を崩すアールグレイに、ジンジャーエールの眼鏡の奥が鈍く輝いた。 「……ずいぶん粘ったな」  とサウナでクローヴが声をかけた。  先ほどまで三人でいたサウナはクローヴとキューリの二人きりになっている。二十分前に出た彼女は今頃しこたまスポーツドリンクを飲んで寝そべっているだろう。 「中坊んとき、バイクで事故って、それいらい汗かかない体質なんス。暑さもあんま感じない」  垂れ流されているテレビを前に、湿ったタオルを持って二人で並んでいた。 「これが乾ききってないってことは、ちょっとは汗、出てるんでしょうけどね」

23 17/11/08(水)23:52:02 No.464461607

「そっか」 「クローヴ先輩も耐えますね」 「まあね」  まじまじとキューリはクローブの身体を見つめた。太とももに斜めに走った傷口の痕。 「事故っすか」 「故意だね。母親にやられた」  穏やかな声を、クローヴは出した。 「よく気づいたね」 「先輩のボディ堪能させて貰いました」  小さく笑うとクローヴは「孤児院いたんだよね」と言う。 「ボクは聖グロリアーナ経営の院にいて、そこで戦車道始めたんだ。  中学校に上がるとほら、普通生徒自活するでしょ? ボクはここに来たんだ。恩もあったしね。楽しい学園生活だったよ」  キューリは尻を浮かせて距離を詰める。じりっと肌を焼く感覚。熱さといっていいのかわからないサウナの椅子。肘で先輩をちょっとつついた。

24 17/11/08(水)23:52:23 No.464461690

「協力しますよ。恩返し」 「ありがと」  ぎゅっと肩を抱いて、ゆっくり立ち上がった。 「さ、水風呂入ろう。頭がクラクラして気持ちいいぞ」  頭の奥がキーンとなるほど水風呂に浸かって、一緒にフルーツ牛乳を飲んだ。  そのキューリは、訓練中戦車でドリフトを決める。 「よく乗り続けられるね!」  汗まみれの装填手が声をかけると、平坦な声でキューリは言った。 「肌に感じられるくらい、熱くなりたいッスから」 「クルセイダーじゃ無理?」  問いかけるクローヴに「別に」と返す。 「この戦車が熱いんじゃないッス。あんたが一緒だから熱いんスよ」

25 17/11/08(水)23:52:44 No.464461760

          *  パンを手に取って教師は少女に勧める。 「茶でもどうかね。夜は長い」 「宿直、今日は河嶋先生ですか」  今晩の学校宿泊者の名簿を手渡しながらオレンジペコが尋ねると、河嶋老はいかにもと頷いた。 「ガイ・フォークス祭が近づくと、手の込んだクラスはいつも夜中ごそごそしているからな。私のようなのが顔を出さんと」  河嶋教師は生徒指導の役職にもついている。彼と話していた若い教師にもオレンジペコは頭を下げた。  「そういえば木谷先生、ご婚約おめでとうございます」  照れたようにオレンジペコの副担任は頭を掻いた。 「何もなければ今年中に結婚式が挙げられるはずだよ。門田先生の家族とも話がトントン拍子で進んでね」  それから穏やかな声で謝罪した。 「どうもまた今回も君達の力になれないみたいだ」 「いえ……そんな」  取り繕うオレンジペコの顔に疲労が漂う。木谷は椅子を示してペコを座らせた。

26 17/11/08(水)23:53:01 No.464461825

「本当は手を貸したい。これは本当だ。でも、私達は見守ることにしたんだよ」 「見守る?」 「そう。偉大なる諸先輩や、君達を信じてね」  オレンジペコには珍しく不愉快そうな表情になる。木谷は落ち着いていた。こんな表情を彼の婚約者はたまに浮かべる。 「君はちょっと、賢すぎる。先が見えすぎているんじゃないかい? それも、悪い方へと」 「見えませんよ……。ダージリン様みたいにはいきません」  つい口から出る弱音は、恨み言に等しい。河嶋老は紅茶の支度を始める。ダージリン様みたいにはいかない、かと呟きながら。 「そりゃあね。私らだって、学院長にはかなわんよ」 「学院長?」 「あの人は本当に、聖グロリアーナの中の聖グロリアーナだ。  私などいつも劣等感を刺激されるよ」  口ひげを撫でつけながら講義するこの老教師の口からそんな言葉を聞くと思っていなかったオレンジペコは握りしめていた手を解いた。

27 17/11/08(水)23:53:19 No.464461876

「先生方もそんなふうに考えることがあるんですか?」  木谷先生も恥ずかしいような顔で頷いた。 「自分達は立派にやってるように思っているときが、一番危ないんだ。  学院長はその塩梅がとてもよく判っている」 「でも学院長は特に何も……」  口ごもるオレンジペコに河嶋はティーカップを差し出した。 「砂時計が返ったら飲み頃だ。もう少し待ってくれたまえ。その間に、そら」  勧められるままに菓子皿の上のあんパンを取って、ペコは二つに割る。餡のつぶつぶが甘い。 「美味しい紅茶を飲むには、頃合いが必要だ。  そして濃すぎる紅茶も、ミルクと砂糖で美味に変わる」 「……どなたの格言ですか?」 「ここで教わったことだよ」  老教師は自分のカップの残りを立ったまま飲み干すと、木谷先生にも次の一杯を勧める。 「誰もが必ず導き手になれるわけじゃあない。  救世主の弟子にも数々の逸話がある。誰もがペテロにならなくてもいいんだ」

28 17/11/08(水)23:53:37 No.464461935

 甘くて温かいミルクティーを口にして、オレンジペコはしばらくじっとしていた。零れ出てきたのは、疑問だった。 「河嶋先生も、ミス・ブラックのことは御存じですよね」 「もちろん。ポウはいろいろやってくれたからな」  愉快そうに笑う河嶋先生に、オレンジペコは尋ねる。 「先生、教えて下さい。  わたしが知っているミス・ブラックは優しい先輩でした。でも、あの人はわたしが隊長になるのを邪魔して……きっと、裏に何かあると思って探っても、昔から反逆心に満ちた厳しい人って話ばかりで……。  判らないんです! なにが正しくて、なにが間違っているのか。なにも……」 「ふむ。  プリンスオブウェールズがねえ」  白い髭をしごいて老教師は考える。 「あの子は不器用だからなあ。いろいろな顔が使い分けられんのだよ。多分」 「いろいろな顔?」  聞き返すオレンジペコに、もう一杯紅茶を勧めながら彼は答えた。

29 17/11/08(水)23:53:58 No.464462000

「あの子が学院長の人形を、ガイ・フォークス祭で吹き飛ばしたことは知ってるだろう?  あれはブラックプリンスをミス・ブラック以外が使えないように学院長が指定したのが原因らしい」 「え? どうして?」  聖グロリアーナにとって火力不足は悩みのタネだ。ブラックプリンスの17ポンド砲があるだけで試合はずいぶん有利に運ぶだろう。河嶋老も「私もよく知らない」と告白した。 「学院長はマチルダ会だからな。チャーチル会は旗車の栄誉を預かるのだから一試合に一つでいいということか……いや、それだと車輌を変えればいいのか。  とにかく、学院長にはなにか考えがあったのだろう」 「大人はこっそり罠を仕掛けますからね」  木谷青年もおもむろに頷いた。 「勢いをつけるためには手段を惜しまない」  もしかして木谷先生と門田先生の結婚も、悪い大人達にくっつけられた結果なのかもしれないとオレンジペコはふと思う。学院長と河嶋先生とそれから……。 「とにかくその処置をポウが恨んでいた可能性はあるかもな」  河嶋先生の言葉に、オレンジペコは気づく。

30 17/11/08(水)23:54:26 No.464462101

「そういえば先生は、ミス・ブラックをポウって愛称でお呼びなんですね」 「そりゃそうだ。私は彼女の師匠だからな」  少し自慢げだ。彼は生徒が気の利いた英語の使い方をするとこんな満足げな表情を浮かべる。 「年を越す前だ。  ポウが私に言うんだよ。”一ヶ月で英語が喋れるようになるにはどうすればいいですか”私は答えた。”好きな映画の台詞を全部覚えて喋れるようになれば、一ヶ月なら充分力になるだろう”  彼女はやった」  愉快そうに言いながら彼はティーカップに唇をつける。 「受験のテクニックなどなら、こんなことは言わん。しかし喋れるようになるには、これでも充分だよ。  元々ポウは、あれで成績も悪くなかったからな。進学も全部取りやめて、あの子は英語を初め、他の言語にも手をつけ、親の溜めていた学費を使って、世界を駆け巡り珈琲を味わった。  中々傑物だよ」 「――豪快なエピソードですね」

31 17/11/08(水)23:54:41 No.464462158

「何故いきなり珈琲なのかも私には判らない。ただ、そこまであの子を突き動かす何かがあったんだ。  ポウの戦車道もそうだったよ。  いかに熾烈な攻撃を仕掛けることが出来るかが、彼女の戦い方だった」 「わたしに全力を出させるため、仕組んでいるということですか?」 「さあ。私には判らん。  ただ、私もこの戦いの行方は見届けたいね。 場所はどこでやるんだい? 何時頃」  何気ない質問に、オレンジペコは「今日場所が決定したわけですが」と苦笑した。  手元に用意していたらしい地図を河嶋が広げると、オレンジペコは一つの島を指さした。 「ここです。練習用の島で戦車道が出来るところとして、急ですが借りられたんです」 「なるほどねぇ。時間は午後からか。なるほどねえ」  モノクルを片目にはめ直しつつ、河嶋は熱心に地図に書き込んでいく。  開始時間、島の名前、果てはグロリアーナの学園艦が何時にどこから入港するかまで。 「ずいぶんご熱心でしたね」  オレンジペコが退室してから、木谷は感服したように言った。 「やはり河嶋先生も気になりますよね。卒業した愛弟子と、在学中の生徒が戦うのは」

32 17/11/08(水)23:54:57 No.464462203

「ああ。それに関しては私は全く心配しておらんよ。これで万事上手くいくはずだ」  地図を確認しながら河嶋は答える。 「わからんかね、木谷先生。  ”Today you、Tomorrow me”だよ」            *  オレンジペコは急ぎ足で校舎を抜け、外に出ていた。  夜空が青く冴えて見える。そこに向かって思い切り吠えた。 「おおおおおおおおっ」  突き上げる拳。 「やるぞおおおおおおおおっ!」  ミス・ブラックが、そして”香辛料の世代”が、そうまでしてもわたしと戦いたいなら、受けてやる。そんな気持ちがオレンジペコを叫ばせていた。  信じるしかない。

33 17/11/08(水)23:55:25 No.464462301

 自分と、ついてきてくれている人達を。  ふと澤梓を思い出す。  自分の苦境を知って、励ましの電話を送ってくれた。 『絶対助けに行くから! 絶対に!』  なんであんなに、別の学園艦の事件を気にしてくれるのか。 「わかるよ。だって。  わたし達、すごい先輩を持った後輩だもん」  お互い助け合って。  そしていずれ、好敵手として試合に見合う。  先輩達が、後輩の実力を認めるためのパフォーマンスをしてくれているとペコは気づいていた。  勝っても負けても問題のないエキシビションのようなものだと。  けれどダージリンはオレンジペコに言ったのだ。 「それは当たっていると思うわ。  でも、あなたには必死さが足りないわね」

34 17/11/08(水)23:56:13 No.464462488

「必死さですか?」  よく判らないと口にする無邪気なオレンジペコに、ダージリンは囁いた。 「以前、ミス・ブラックがわたくしを世界一周旅行に誘って下さったの、覚えてるかしら」  そう。彼女はかつてそんな戯れをダージリンに言ったことがある。世界中の珈琲と紅茶を堪能しに行こう、と。喫茶ポピンズで出た冗談交じりの勧誘。ダージリンは「考えさせて下さい」と言った。もうずいぶん遠い昔の話のような気がする。  その古い契約書を持ち出してきてダージリンは言う。 「わたくしはね。もしあなたが負けたとしたら、そのお誘いに乗ろうと思うの。  ねえオレンジペコ?  そしたらあなたもっと本気で戦ってくれるかしら」  負けたらあの人は、ミス・ブラックと共に旅立つ。  ならば――。  先輩達の思惑がどうであれ。  オレンジペコは負けるわけにはいかなかった。

35 17/11/08(水)23:58:36 No.464462953

su2096721.txt つづく これまでのテキストです

36 17/11/09(木)00:11:26 No.464465804

めんどくさいやつらがめんどくさいことばっかりやってるのに一部嵐の様に青春してる… >あの大洗の、チハの。 八九式ならチイかな?

37 17/11/09(木)00:15:00 No.464466491

>八九式ならチイかな? ありがとうございます 訂正します……

38 17/11/09(木)00:18:35 No.464467197

しかしクロムウェル会きついな 踵までのスカートって戦車道できないんじゃないかこの格好 あと歩きスマホ禁止は付け足しましたよね今

39 17/11/09(木)00:21:05 No.464467689

>踵までのスカートって戦車道できないんじゃないかこの格好 それは普段の制服で 戦車道の時は提灯ブルマ それが決まりなんだ!

40 17/11/09(木)00:23:53 No.464468225

待って あのタンクジャケットのスカートの下に提灯ブルマってちょっとフェティッシュではあるけどエロが強過ぎない?

41 17/11/09(木)00:24:26 No.464468319

走れ梓!生涯の友、そしてライバルの元にっ!

42 17/11/09(木)00:25:25 No.464468510

かーしま教授だあ

43 17/11/09(木)00:26:47 [sage] No.464468750

今回で中間地点 とりあえずあと五回くらいで終わる予定です もうしばらくのお付き合いのほどを……

44 17/11/09(木)00:29:41 No.464469346

サンダースのお古……いったい何ーマンなんだ… あるいは何ーカストなんだ…

45 17/11/09(木)00:30:06 No.464469422

>もうしばらくのお付き合いのほどを…… ぉぅょ!

46 17/11/09(木)00:31:57 No.464469782

レス投下追いながらリアタイで読むのやっぱりいいよね

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