虹裏img歴史資料館

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17/10/31(火)23:24:44 4 希... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1509459884281.jpg 17/10/31(火)23:24:44 No.462817667

4 希望と謀議  グリーンは桜の木で出来た執務机に腰掛けていた。  もう日はずいぶん暮れている。もし約束の時間が過ぎることがあれば、寮に連絡をして夕食を取り置きしておいてもらわないとならない。天井のシャンデリアは柔らかい光を放って部屋を照らしていた。  GI6の執務室に入り込んだ人は、趣味人の部屋だと思うかもしれない。ドアの両脇に置かれた硝子戸の中にずらりと並んだ革張りの本に、もう一つの棚には数々のカメラがトロフィーのように飾られている。実際もう一つの棚にはゴルフやビリヤードのトロフィーが置かれていて、サイドテーブルにはチェス盤まである。ただ執務机の上に置かれているダーツはなんの為なのか、疑問に思う人もいるかもしれない。ここにはダーツの的は無い。答えは「自衛の為」というのはGI6流のジョークだ。 「急なお呼び立て、申し訳ありませんでした」  グリーンは微笑した。金髪の女性はいやいやと首を振る。 「いいのいいの。他ならぬあんたの頼みだからね」 「ここに入ったのは、初めて?」 「うん。まあね」

1 17/10/31(火)23:25:19 No.462817800

 たわいない会話がストップするのは、どうやら待ち人が来たからだ。板張りの廊下を響かせて急ぎ足が近づいてくる。 「早いわね」  グリーンが呟くと、ドアがコンコンとノックされた。 「失礼します」  入室してきたのはオレンジペコだった。蜂蜜色の三つ編みを頭の後ろでホットクロスパンのように止めているのが、今日はところどころほつれている。かわいらしい笑顔にはどこか張り詰めた空気が漂っている。ただ、急いで着替えたであろう制服は、乱れたところなくペコの几帳面さを物語っていた。 「グリーン様申し訳ありませんお待たせして。約束の時間はまだ来てないかと思うんですけれど……」  そして執務室に見慣れない女性がいるのを見て、慌ててお辞儀をした。 「ごきげんよう。戦車道に所属しておりますオレンジペコと申します」 「ああ、判ってる判ってるよ。今学校一の有名人じゃない。  私は吉沢あんず。よろしくね?」  差し出した手をがっちり掴んだのを見てグリーンは思う。なるほど。どうやらオレンジペコは本気になったみたいだね。

2 17/10/31(火)23:25:50 No.462817898

 装填手の握力は強い。砲弾を淀みなく装填する為には日々の訓練が必要だ。あんずの握手はそれに負けていない。そして握手の力が緩んだと同時にオレンジペコの指先を取って引き寄せ、その甲に騎士のような口づけを捧げた。 「そして私に何か聞きたいことがあると。  どうぞなんなりとおたずね下さいませ。未来の女王陛下」 「からかうのは辞めて下さい」  はにかんでオレンジペコは応える。 「わたしがお伺いしたいことは、ミス・ブラック……プリンス・オブ・ウェールズの話です」  オレンジペコはGI6に、情報の提供を断られている。 「さすがにOG、しかも元帥が出張ってきたとあっては、私もあなたに全面的な協力は約束出来ないわ」  そうグリーンは言った。 「勿論、アッサムもね。そこは判って貰えるでしょう?」  戦車道の選手であることと、情報部の部員であることとは別だ。アッサムはペコの為に手を尽くしてくれるとは思うが、それがアッサムとGI6のシコリになることは避けたかった。 「戦車道の成績や、戦い方のクセは司令部の資料の方が詳しいはずよ。知りたいのは何?」

3 17/10/31(火)23:26:11 No.462817980

「それは、わたしのちょっとした興味ですね」 「なにか推理があるのね? 判ったわ。ちょっと手を回してあげる」  そして夜にグリーンが連絡をしてきたのだ。情報提供者を用意した、と。在校生が動けば角が立つ。それなら卒業生なら? というやつだ。  二人は紅茶の園の一階、来賓室に向かう。聖グロリアーナの紋章が床に描かれた部屋の明かりをつけ、オレンジペコは早速お茶の支度をした。  あんずは二十歳前半くらい。つまり”香辛料の世代”の面子と同い年くらいに見える。金髪はふわふわし柔らかく、勝ち気な視線は試すようにペコを捕らえている。先輩の余裕、というやつかもしれなかった。 「あの、先輩は戦車道を履修されてたんですか?」 「戦車どうやってなくても、有名だったよ。ポウのことは」  あんずはおどけてみせた。 「ずいぶん突っ張ってたからね。聖グロリアーナが嫌いだったのかも」 「戦車砲で学院長の人形を……」 「ああ、あれね」

4 17/10/31(火)23:26:33 No.462818046

 喉の奥でクスクスあんずは笑って、それから疲れたような顔になった。 「あれは別に毎年やってたわけじゃないの。三年生のとき。そうねえ。ささやかな抵抗って奴かな」  ガイ・フォークスの祭りの日。  プリンス・オブ・ウェールズはガイの人形の代わりに学院長の人形を戦車の先っぽに吊して、学園艦中を走り回った。そして撃ち抜いたのだ。火薬をたっぷり仕込んだ人形は爆炎を上げて生徒が何人か火傷を負った。 「ミス・ブラックを名乗ったのは、元帥昇格が決まってからだよ。なんか珈琲に目覚めてね。卒業してからずいぶん優しくなった。  張り詰めていた気がほぐれたのかもね。  ほら、あの人、色黒いじゃん。居なくなった父親の肌の色なんだって」  あっさり口にしたのはオレンジペコも薄々知っていたことだった。あえて誰も明言しなくても、有名人の噂話に戸は立てられない。 「結構苦労したみたいなんだよね。ここもさ、以前はもっと窮屈だったしね。  ペコちゃんも感じたことない?」 「わたしは小等部の頃からのエスカレーターですから」

5 17/10/31(火)23:27:00 No.462818141

「へえ、優秀だね」  聖グロリアーナは家族関係から能力までチェックされて入学が認められる学校だ。高等部で入ってくる人は、よほど聖グロリアーナと関係の深い家族を持っているか、優秀かに限られると言われている。 「特別いじめがあったとかじゃないけど、肩身狭かったんじゃないかな。復讐心とかあったのかもね」 「そして後輩に、その意志を?」 「まあね。そうかもしれない」 「わたしは、あの方がそういう人には見えないんですよね」  オレンジペコは瞼を落とした。 「確かに聖グロリアーナには息苦しい部分はあるかもしれませんけれど、あの方は査問会のときもダージリン様を庇って下さいましたし」 「それはダージリンを彼女が買っていたから、と考えられない?」  あんずは紅茶に口をつけてオレンジペコの顔を覗き込んだ。当惑したような顔にもう一撃食らわせるつもりで話を続ける。 「学園艦の自治を守り、友人を助ける為に立ち上がろうとした人なんて、早々いないわ。ポウは弱い者の為に戦う人を捨ててはおけないの。  だからダージリンを応援する気になったのね」

6 17/10/31(火)23:27:22 No.462818219

「そうですか。お店に行ったときは、わたしもよくしてもらっていたので、勘違いしていたかもしれないですね」  オレンジペコは言葉をそのまま受け止めたようで、表情を曇らせた。あんずは思う。それでいい、と。  ダージリンは、夏休みの終わりに、第63回高校生戦車道大会で優勝した大洗女子学園が再び廃艦の危機にあると知り、彼女たちの手助けが出来るよう裏で手を回したのだ。必ず起こると信じていた、戦車道による廃艦の撤回要求を。その決断の早さ、視野の広さ、そして他学園艦との協力を取り付けた交渉力の高さ。高校生がここまでやってのけるかと、聖グロリアーナ三会派並びに元帥会議で話題になったらしい。ダージリンとオレンジペコは査問会にかり出され、その結果ダージリンは超大物の先輩を一発でノックアウトしてしまったのだ。先輩に対する不敬によって、ダージリン達は聖グロリアーナから放校。だがそれもまた過去に作られた”短期転校”の措置によって救われる。  ここまで読み切って策を講じていたとしたら、ダージリンの読みは並の能力ではない。

7 17/10/31(火)23:27:42 No.462818298

 果たしてオレンジペコが、そのダージリンを超えるとまではいかなくても、その力を少しでも受け継いでいる証拠を見せなければ、次期隊長としてふさわしくないということなのだ。  オレンジペコはもっと、追い詰められるべきだ。あんずはそう思う。 「いずれにせよペコ。あなたも本気になって戦わないと、あの人が勝ちを譲るってことはあり得ないわよ」 「そうですね。……気を引き締めないといけませんね」  頷くペコに、あんずは視線を落として、元気づけるように明るい表情をつくってみせた。 「”困難は大なるほど栄光は大なり”よ」 「ローマの政治家、キケロの言葉ですね」  打って響くような答えにあんずは目を丸くする。なんだか自分の心を読まれたような気がして、あんずは笑ってしまった。 「この鬱屈した状況をぶち破って、楽しい高校生活に戻ろうよ。ね?」 「はい! またなにかありましたら、相談してもいいですか?」 「もちろん。私に出来ることならね」  連絡先を交換するために、あんずはポケットからスマートフォンを取り出した。           *

8 17/10/31(火)23:28:11 No.462818402

「どうも射撃が甘いですね」  シナモンがパーシングから顔を覗かせて言う。射撃訓練で、シナモンの乗車するパーシングを狙った砲がまた外れたのだ。車体を丸出しにした状態だったのにも関わらず、である。 「撃破出来るか以前に、的に当たらないと話にならない」 『シナモン撃て』  通信が入る。 『当てられなかったら意味が無い。撃ち返せ』  ミス・ブラックからの容赦ない指示を、シナモンは繰り返す。 「閣下の命令だ。次に着弾しなかったら、即砲撃な」  パーシングの砲座に座る生徒に声をかけると、自信満々な返事があった。 「お任せ下さい、このディーがきちんと役目を果たしますわ」 「わたくしが砲座でもきっちり役目は果たせますわ、シナモン様! ですから車長には是非ともわたくしを……」  口を挟んできたのはダムだ。シナモンはため息を堪える。能力的にはこの双子は低くはない。ただ、この二人は一緒にすると喧しく、別々にすると普段の実力の半分も出せない。それなのに二人はどちらが車長というガラガラを手にするのか、ケンカばかりしているのだ。  ――母親の”ブレッド”は焼けないトーストだったと言うが。娘二人はカリカリだな。

9 17/10/31(火)23:28:30 No.462818465

 次の戦車が動き出すのを双眼鏡で確認するシナモンだった。  日本には北海道、本州、四国、九州の四つを覗き、6457の島がある。更に戦車道の練習場になっている小島があり、その幾つかを借りることで訓練を行う。  今回はオレンジペコとOGが交互に訓練する形だ。片方は片方の訓練のやり方を見て参考にする。オレンジペコ率いる正規軍と、”香辛料の世代”が引き受けた二軍選手とはその差が歴然だった。 「……差し当たってこいつらか」  やいのやいのと騒ぐ二人に声をかける。 「なんでしょう」「シナモン様、ゲッ!」  キューポラに手をかけたシナモンが足を伸ばして、二人の頭の上から同時にその踵を落としたのだ。 「集中しろ!」 「はい」「すいません……」  言った瞬間、遠くで爆音がした。また外したのだ。シナモンは檄を飛ばす。 「よし、打ち返せ」 「あ! はい!」 「え、えーっと、さっき撃ったのは……」 「真っ正面だ真っ正面。焦るな」

10 17/10/31(火)23:29:01 No.462818585

 ハッチから顔を出したシナモンは、慌てて顔を引っ込める。途端に、激しい衝撃! 『たるんでるぞ、シナモン』  通信から冷ややかな声が漏れる。すいません! と謝ってから、元帥は二人の生徒を恨みがましい目で見る。 「ほら見ろ、怒られちゃったじゃんか」 「「……すいません」」  しょんぼりする二人に、シナモンはやれやれと苦笑する。そこに操縦席から質問が飛んだ。ニルギリだ。 「あ、あの。シナモン元帥。戦車、少し動かしますね。さっきの着弾で車体変えないと気持ち悪いんで」  シナモンは口の端を上げた。身をさらした着弾は、攻撃が続く危険を身体で覚えている。なるほど、ただの一年生じゃない、か。 「いいわ。次の戦車に対して昼飯とれるように、少し動いてみて。やられっぱなしでぼーっとしてるんじゃ、かっこつかないし」 「わかりました!」  ハキハキした声の後、車体がゆっくり動く。思った以上に車長の心を読むわね。さすがはニルギリ、と言ったところか。 「閣下。動いていますが、よければどうぞ」

11 17/10/31(火)23:30:02 No.462818858

 通信で挑発してみる。止まった的に当てられないのに、動いている的が当てられるはずがない。1マイル満たない程度の距離だけれど、シュトリヒ計算でも勘でも、正確に敵をつかめなければ撃ったところで無駄弾だ。  それでも、あえて当てられますかと問うてみる。 『判った。しばらく前進しろ』  やはりここで挑発に乗らない閣下ではない。どのみちここらで難易度を上げなければ、我々がついている必要は無い。 「あとこちらも、当たっても撃ちます」 『好きにしろ』 「さあ! お許しが出たよ、三人とも!  こっから楽しい、反撃のお時間ですよぉ」  にやーっと笑ったシナモンに、三人の一年生はぞっとしながら笑顔を返した。 「ありゃ。なんか動き始めましたよ、パーシング」  のんびりした声のぽちゃ子に、ジンジャーエールは呆れた声を出した。 「我慢出来なくなったんでしょ、リーダー。  さて。今から三つ目がうちの番だからね。しっかりやるのよ、ハム」 「はぁい」

12 17/10/31(火)23:32:08 No.462819414

「はぁい」  ジンジャーエール元帥が教えているのは”ハム”という仇名の子だ。ぽっちゃりしているから、というよりも名前由来らしい。公子から転じてハム子になったとか。本人も気に入っているらしく、ハムって呼んでくださいとニコニコ挨拶した。  二つ向こうのマチルダが火を吹いた。着弾からはほど遠いところで土煙が上がり、その数秒後に白旗が上がっていた。パーシングに打ち返されたのだ。ハムと呼ばれたぽちゃ子ちゃんは、はーっと感嘆の声を上げる。 「さすがダム・ディーだねえ。息が合えばぴったしだ」 「呑気にしてるな。こっちの番だよ」  ジンジャーエールに促されると、ハムはゆっくり砲座に腰掛けて、砲手サイトを覗く。ふっくらしているけれどしっかり身体を鍛えているのが判る。プラウダ型の身体だな、とジンジャーエールは思った。だからダージリンもハムに装填手の訓練をさせていたのだろう。垂れ目のような、いつもにこにこして見える表情に愛嬌がある。その彼女が、ねえ大先輩、と声をかけてきた。 「ん? なに?」 「なんであたしを、砲手にしたんですかねぇ」

13 17/10/31(火)23:32:33 No.462819525

 のんびりした声に、本心からの当惑が混じっている。以前のジンジャーエールなら、いいから命令に従え、と言ったはずだ。けれど彼女はぽん、と優しく肩を叩いた。 「砲手、初めてじゃないでしょ?」 「小等部以来ですぅ。緊張してます」 「やり方は判るな」 「はい。この前も、座学で教えていただきましたから、真似事は」 「なら大丈夫だ。やってごらん」  促されるまま、撃った。  ハムはやった。 『やったな! 初の着弾だ。ジンジャーお前か?』  シナモンの興奮した声が聞こえる。自分から言い出したくせに、打ち返しをすっかり忘れているらしい。 「一年生ですよ。ハム。いい選手になりますよ」  わざと周囲に聞こえるように通信を入れる。ぽかんとした顔のハムにジンジャーエールは言う。 「砲手の才能は、待つことと先を読むこと。ゆっくりしたテンポでそれを連動して行える選手は伸びる。  アールグレイの奴もそうだったよ」 「アールグレイ様もですか?」

14 17/10/31(火)23:32:53 No.462819604

 ”香辛料の世代”から”紅茶の季節”を取り戻した隊長だ。直接の面識は無いけれど、ハムも彼女が指揮した聖グロリアーナの試合は見たことがある。  頬を上気させるハムにジンジャーエールは、ああ、と頷いた。 「あいつは一分先を読んで動くことが出来る女だった。私とは違う――」 「ジンジャー様?」  ふと黙り込んだジンジャーエールに、ハムが怪訝な声を出した。丸眼鏡をかけなおしてジンジャーエールは笑う。 「ん? ごめん。なんでもない。  ただ、優秀な砲手は車長に勝る。お前が車長を使え。その為に訓練しろ。操縦手も装填手も、いい砲手と当たったときは全力でそれをサポートする側に回れ。そうすれば自ずとメインメンバーへの道が開ける!」 「「「はい!」」」  揃った声が心地よい。  成功体験は人を変えていく。上手く変わってくれるのなら、それに手を貸すのが先輩というものだ。 「走行訓練は、諸君らは問題ない組だったな」  クローヴはにこにこ顔で隊員達をねぎらった。走行訓練は、学園艦の中でも行える。とりわけクルセイダー隊は正規選手もいるので訓練の進みは早い。 「ということで、ここでボクらは訓練終了、というわけだ」

15 17/10/31(火)23:33:35 No.462819804

「あの、先輩」  手を挙げて痩せたそばかすの少女が尋ねる。”キューリ”だ。 「まだ、その、なんかやんなくていいんスか」 「いやあ、確かにやることはたくさんあるんだけど、差し当たって私の親衛隊作んないとダメなんだよ」 「親衛隊?」 「そ。ほら、ボクらは最後に試合があるわけじゃんか。そのときにさ、私はね、私の愛車でもって戦いたいんだよ。その訓練をする前にちょっと儀式があるのさ」 「わ、わたしが立候補していいですか!」 「私も!」 「わたしも!」  浅黒い肌で気さくな先輩に、生徒達はずいぶん好意を持ったようだ。一番苛烈で激しい、と噂されていたクローヴ元帥だけれど、噂は的外れだったと安心していた参加者だった。もしかして”恥知らず”と呼ばれていた先輩かとおそるおそる尋ねた時も。 「違うよ」  とあっけらかんと答えた。 「あれはねえ、”閣下”の先輩。”無粋”のアッサム様の時代の人だね。記録残ってないよね」

16 17/10/31(火)23:34:18 No.462819988

 そしてクローヴはあのときの質問を急に思い出したらしい。皆にニコニコした笑顔で、それならちょっと昔話でもしようか、と声をかけた。 「学園艦に、お風呂屋あったじゃない。そこで裸の付き合いでもしながらさ」  ウィンクに黄色い声が飛んだ。ただ一人”キューリ”だけが頷いて。 「そんなら、あたしが親衛隊長だわ」  とついていった。  この後訪れたのは、地獄だった。 「カッサンドラ、どうだ」  ミス・ブラックが尋ねると、カッサンドラはファイルをチェックしながら答える。 「スタミナ不足は相変わらずですね。いかに優雅に戦車を使うかだけ訓練したがります。被弾したことのある生徒は少ないです」 「ダージリンは排除していたのか、それとも見限っていたのか」 「中途半端なところですね。戦車に乗りたい、砲を撃ちたいってだけならそれだけやらせてた子と、見込みある子を中心に訓練していたのと」 「よくある話だな」

17 17/10/31(火)23:34:39 No.462820096

 ミス・ブラックは高台から見回している。今眼下ではマチルダⅠとMK.6がオレンジペコ達の正規チームと戦っている。練習に参加しているルクリリも、今日はさすがにペコと一緒にマチルダⅡを駆っているが、ニルギリはMK.6でよぼよぼとやりあっている。当然オレンジペコ達に圧倒されている。 「クローヴは訓練から外れて、後輩引き連れて学園艦に戻ってますね」 「あいつは自分についてこられるメンバー選ばないといけないからな」  ミス・ブラックは時計をチラと見る。一時間経って、初め二十輌あった軽戦車が残り三輌になっている。頃合いか。 「それにしても、オレンジペコはよくやっている。乱戦の中でも隊列を乱さず、かつ各々のチームを信頼しているのが判る」 「試し甲斐のある後輩ですね」  カッサンドラの軽口に、ミス・ブラックは「今日、迎えに行く」と言った。カッサンドラは微笑した。 「懐かしいです」  風に流れて、鉄と油と硝煙のにおいがする。十月に入って、試合の日はあと二週間ほどになっていた。

18 17/10/31(火)23:34:55 No.462820169

          * 「ねえ。ヒップ。もう強情張るの辞めようよ」  クランベリーがテーブルに突っ伏して訴えても、ローズヒップはつんと顔を横に向けた。 「もう一週間近く経つじゃん。ペコっちに謝ろうよ」  バニラに言われてローズヒップはくわっと目を見開いた。 「わたくしが謝ることありませんわ! だいたいオレンジペコさんですのよ、翌日謝りに来たのは!」  そう。あの翌日にオレンジペコはローズヒップに謝りに来たのだ。庇って貰ったのに、あんなこと言ってすいません、と。 「じゃあ別にいいじゃん」  と突っ込んだのはクランベリーだった。バニラとクランベリー、そして今ここにいないジャスミンは、ローズヒップ隊のチームメイトだ。ローズヒップはこの二人を相手に、気怠いティータイムにいそしんでいるのだ。バニラがじとっと、面白くなさそうな顔のローズヒップを見つめる。 「ローズヒップらしくないよ。こんなところでグジグジしてるの」 「ヒップだって判ってるでしょ、ペコっちが元帥達からあんなこと言われてショックだったって」

19 17/10/31(火)23:35:34 No.462820351

 バニラに言われてますますローズヒップは渋い顔をする。確かにそうだ。新隊長式にあんな横やりが入って平気な人はいないだろう。そして次の隊長候補にローズヒップが立てられたことも胸のムカムカを強めていた。  大洗と知波単、聖グロリアーナとプラウダが戦ったエキシビションでも、大洗防衛戦でもローズヒップは車長として十二分の働きをしてみせたとミス・ブラックは言うのだ。だからこそ次の隊長はローズヒップが相応しい。それは確かに名分の一つだった。  次にクロムウェルの話。要するにダージリンはクロムウェルをヌワラ・エリアから貸与した責任を果たしてないということだ。であるから、いかに栄誉がダージリンに与えられても、その側近がそのまま隊長になることまかり成らぬという話だ。これもOG達に勝利することで、ヌワラ・エリアに勝利を捧げるという形式をとることで改めて”清教徒”がオレンジペコを隊長職に推す、ということになるらしい。 「こんなことに巻き込まれたくてわたくしは戦車道やっているわけではありませんわ!」  その結果、ローズヒップは今回の訓練に参加しなかった。ズル休みである。

20 17/10/31(火)23:36:10 No.462820501

 授業にこそ出るものの、ローズヒップはオレンジペコに話をする機会を失っている。意地を張る必要はない。本当はローズヒップだって判っているのだ。ただオレンジペコにこう言えばいい。 「先日はわざわざお声かけ下さいましてありがとうございました。わたくし本当は、オレンジペコさんがあんなに酷いことをされたのに心を傷めておりますのよ。一緒に頑張って先輩を蹴散らし、聖グロリアーナ戦車道を引っ張っていきましょうね」  簡単だ。頭の中には文章もすっかり出来上がっている。でも何故かローズヒップはオレンジペコに、そんな言葉を投げつける気が起きてこないのだった。  いや、もしかしたらローズヒップの心はちっとも傷んでいないのかもしれない。だってオレンジペコさんは、ちっとも悲しそうだったり苦しそうだったりは見えなかった。  クランベリーとバニラは顔を見合わせる。いつも元気なローズヒップがこうだとどうにも士気が上がらない。 「でも最近オレンジペコはすんごい頑張ってるよ。有志の朝練も始めたし、今日の訓練は二軍との演習だって」

21 17/10/31(火)23:37:21 No.462820792

「それならクランベリー。バニラと一緒にオレンジペコさんの訓練に、参加してくればよかったじゃありませんの。わたくしだけがこーやって拗ねてれば、いーんでーすのよー」  紅茶の園の長椅子に寝っ転がってローズヒップがお菓子を口に投げ入れる。  そこにドアを開けて、知った顔が入ってきた。ローズヒップは笑顔で招き入れる。 「あら、ジャスミン。どうでしたの? 先輩達との訓練は」  入室してきたのは同じクルセイダー隊のジャスミンだ。更に彼女と同乗の子達までいる。  初めのうちこそ裏切り者のなんのと言っていたローズヒップだけれど、”香辛料の世代”がパーシングを二台用意して、懇切丁寧な訓練を行い、ニルギリやルクリリも情報を探るために潜入していると知って気持ちを改めている。なんならジャスミンからの報告という形で、オレンジペコに話すきっかけが出来るかもしれない。  でも、いつもちょっと及び腰なところのあるジャスミンが、今日は堂々と胸を張って。 「ローズヒップ隊長」  と話しかけてきた。仰々しい呼び名に、ローズヒップは作り笑いを浮かべる。 「なんですのジャスミン、改まって……わたくしは」

22 17/10/31(火)23:37:39 No.462820869

「経緯はなんであれ、あなたが次期戦車道隊長です。ローズヒップ様」  ジャスミンの表情は固い。ローズヒップの表情は強張る。バニラが間を取り持つように、「で?」と声をかけた。 「ジャスミンは、ペコっちを裏切るってわけ」 「裏切るとかではなくて、その資格があるかどうかです。ローズヒップ様はその資格があります」  ジャスミンは頑なだ。クランベリーは優しく話しかける。 「先輩方がどう言ったとしても、当のローズヒップの気持ちを聞かないと。なんでいきなりそんなこと言うのさ」 「だって、悔しいじゃない!」  ジャスミンの目からポロポロッと涙が零れる。 「ずっとダージリン様の腰巾着してた女が、次の一番いい席を手に入れるのよ? わたしだって、いい眺めの場所に行きたいし、ローズヒップにもっといい目を見て貰いたい!  伏兵として、遊撃隊として、最後まで骨身削って戦ったローズヒップはもっと報われたっていいじゃない! ローズヒップ隊長だっていいじゃない!」  ローズヒップは答えた。 「軽蔑しますわよ」 「して貰ったっていいわよ! わたしじゃ隊長の器じゃない! でもあなただったら……」

23 17/10/31(火)23:37:55 No.462820928

「そこまでだよジャスミン。それ以上はただのイチャモンだよ」  クランベリーが立ち上がった。 「ジャスミンだってオレンジペコが隊長って決まったとき嬉しそうだったじゃないか。こんなことがあって混乱する気も判るけど、あんまり強い言葉を口にしたら、戻って来れなくなるよ。ほら。ちょっと頭冷やそう」  ジャスミンの後ろで涙を浮かべていた彼女の隊の面々も、クランベリーに促されて部屋を出て行く。バニラは小さく息を吐くと、テーブルの上のティーセットを片付け始めた。 「ねえ、バニラ」 「なあに」 「ジャスミンみたいなこと、考えたことありますの?」  再びぐったりと横になったヒップに背を向けて「そうだねえ」と曖昧な声を出す。 「ジャスミンが言ったようなこと、全く考えなかったって言ったら、嘘になるかな」  陶器のカチャカチャいう音がしばらく続いて、後はもう部屋を出るまでに片付いた。バニラは振り返るとローズヒップの髪を撫でて言う。

24 17/10/31(火)23:38:14 No.462821027

「あたしはさ、オレンジペコが隊長になるに相応しいって思ってるよ。ヒップよりも。  あの子の方が落ち着いてるし、社交の呼吸も知っている。車長やらせてもヘボじゃない。でもさ。  もしヒップが反旗翻すなら、あたし達、あんたに着く。  例え、恥知らずと呼ばれようとも。”ローズヒップ様の旗の下に”」  ぷい、と顔を背けたローズヒップの頭に、バニラは母親みたいなキスをした。胎児のように丸まってローズヒップは呟く。 「……どうしてオレンジペコは、紅茶を淹れるんだろう」  え? と聞き返すバニラに、ローズヒップはもう一度繰り返した。 「どうしてオレンジペコは、みんなの紅茶を淹れて回るんだろう。ニルギリさんや、わたくしも居たのに……」  それはダージリン様がいるからでは、と言いかけてバニラは踏みとどまった。それは決定的な結論を出してしまいそうな気がして。  オレンジペコが何をやっても、ダージリンを超えることは出来ない証明のような気がして。

25 17/10/31(火)23:38:31 No.462821091

 訓練終了後、困った状況が訪れた生徒が一人いる。  彼女はニルギリに呼ばれ、指定の時間に喫茶店に向かうように指示された。誰が呼んでいるのかは明白だった。けれど当然断ることが出来なかった。  喫茶ポピンズ。  聖グロリアーナ女学院の生徒に留まらず、学園艦住民も通っていた憩いの場所。  ミス・ブラックが働いていた場所。  しばらく休業していたのが、今日は開店している。中ではお年を召した上品な老嬢が笑顔でルクリリを迎え入れた。 「先輩方はもう二階でお待ちですよ」  どうも、と挨拶をしてルクリリは階段を上る。  喫茶ポピンズの二階は、かつて客席が置かれていたという話だけれど、ここの店主が年を取ってから客席としては使われていないと聞いたことがある。だから今の在校生のなかで、ここに足を踏み入れるのはルクリリが多分初めてだ。 「失礼いたします」  ドアをノックして入室して、驚いた。  ランプだ。  壁に、時代がかったランプが赤々と燃えている。すぐに本物の火でないことは知れたけれど、その淡い光は鏡張りのこの二階のフロアを怪しく照らし出していた。  そう。鏡。

26 17/10/31(火)23:39:01 No.462821248

 煉瓦を組み上げて作り上げられた二階の片面は鏡があつらえてあって、急に広い場所にきたような錯覚を起こす。そしてきれいに片付けられた部屋の中央には、三人の美女が丸いテーブル席に腰掛けていた。  紅いドレス。  聖グロリアーナの緋色と、空を思わせる青。  シナモンの脇を青いドレスの令嬢が固める。  まるで妖精みたいだ、とルクリリは思った。  夜道を彷徨う子供を惑わす美しい妖精達に。  唖然とした顔のルクリリに、シナモンは手招きをする。 「ようこそおいで下さいましたわ。わたくしたちのお茶会に」 「あ、はい。お呼び下さいまして、まことに光栄でございます」  ギクシャクしながら歩き出したルクリリの椅子を、クローヴが引く。ジンジャーエールは尋ねる。 「ルクリリ様。紅茶にミルクは?」 「お願いいたします」  やってしまった。  ルクリリはますます強張る。なんで制服なんて着てきたんだわたしは! 先輩からのお茶会なのに、この人達がタンカースジャケットで来るわけないじゃないか! 「今日の訓練も、ルクリリ様は大層ご活躍でしたわね」

27 17/10/31(火)23:39:38 No.462821454

 クローヴの笑顔に、あ、はい、とルクリリの口から間抜けた声が出る。 「その、マチルダⅡは我々聖グロリアーナの女王の象徴ですから」 「でも、チャーチルの方が乗り心地は良さそうですわ」  ジンジャーエールはそっとティーカップを差し出す。促されるままにミルクティーを口に含む。美味い。  「ルクリリ様は、叔母様がいらっしゃいましたわね」  シナモンの明るい声に、思わずルクリリはむせた。ゲホゴホと咳き込むのを、眉もひそめずに三元帥は口元を抑えて笑う。 「確か、”紅茶の名前”はローズヒップ。  かつては隊長職に就けない名前と言われていたフレーバーティーのお名前」 「けれどその武勲や如何に。かの”提督”の命を受け、上流より船を用意し、にっくきマジノをチャーチルで蹂躙した武人」 「そして知波単のだまし討ちとも言える奇襲に、白旗を上げる装置を破壊してまでも屈しなかった御方。  ”紅茶の季節”の失態で以てその名誉を剥奪されたのは悲しいことですわ」  あーはいはい。耳タコです。耳タコ。

28 17/10/31(火)23:40:09 No.462821587

 ルクリリの叔母は確かにローズヒップだ。名誉を求めて戦い、そして足を引っ張りまくって聖グロリアーナ初の一回戦敗北の原因を作った愚将だ。  今のアーパーになってしまった叔母様を見たら、この先輩達は何を思うだろうと意地の悪いことを考える。あの頃の栄誉が忘れられず、今でもルクリリに言うのだ。あなたが隊長になればいいのに。せっかく純粋な”紅茶の名前”を持つのだから。聖グロリアーナの隊長になればいいのに。  ルクリリが隊長になればいいのにねぇ。 「うわあ!」  思わず叫んで、慌てて口元を抑える。一瞬びっくりしたOG三人だったが、ホホホとシナモンは笑った。 「そうよ。わたくし達はあなたを隊長に推薦したいと思うの」 「まず次の最上級生になるあなたが隊長になって、次の隊長を、オレンジペコかローズヒップに託せばいい」 「そうすればこの戦いも無理にしなくてよくなる。”閣下”には、わたくし達からよくお話しするわ。」 「「「あなたがうん、と言えば聖グロリアーナが相争うことはなくなるのよ」」」  いや、バカ、くそ。なにが妖精だ。  こいつらマクベスの魔女だ!

29 17/10/31(火)23:40:35 No.462821714

「あら、ルクリリ様。ティーカップが空になっておりますわ」  シナモンが言うと、ジンジャーエールはティーカップを引き寄せる。ミルクと砂糖と濃く色が出過ぎて、真っ黒に見える液体。 「綺麗は汚い。汚いは綺麗」  クローヴが夢見るように囁く。 「目に見えたものが、全てではないよ。見えないところで物事は進んでいるんだ」  誘われるままにルクリリがカップに口をつけて、ハッとして手が震えた。  さっき紅茶を淹れたはずのティーポット、そこから注がれた二杯目の黒い液体。  それはとても濃くて美味しい、一杯の珈琲と化していた。 「さあ、ルクリリ」  シナモンが囁く。 「あなたも立派な、聖グロリアーナの血族なのですよ」  翌日から、ローズヒップとルクリリは”紅茶の園”に来なくなった。  オレンジペコは訓練と情報収集に走り回る。  ダージリンはアッサムと二人で静かに紅茶を飲む。(続

30 17/10/31(火)23:42:03 No.462822109

su2085929.txt 今日はおまけテキストありません 次回に回します~

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