17/08/19(土)01:45:40 「恋は... のスレッド詳細
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17/08/19(土)01:45:40 [1/10] No.447180242
「恋は盲目」とは言うけれど、確かに思っていた以上に厄介だ 周りはともかく、肝心の相手の事さえ時には見えなくなる もしも、もう少しだけ注意深く視ていたなら、事態は回避できたのかも知れない とにかく今は順を追って思い出してみる 夏休みは予定が多い…主に学業の 加えて、先週の月曜は図書館が夏季休館で会えなかった だぁら今日は2週間ぶりに彼女と会える日とあって、朝から浮き足だっていたのかも知れない 思えば確かに今日の彼女は少し様子が違っていたかも知れない でもいつもよりも潤んだ瞳の彼女を見たら、他に何も考えられなくなっていた 「続行…もう少しだけ」 帰り道で袖をつままれ、そんな風に言われた時には、きっともう全てが手遅れだったのかも知れない だから、彼女ばかり見て雲行きが怪しくなっていた事にも、どんどん見覚えの無い道に誘導されていた事にも もっと言えば、朝出る前に天気予報をチェックし忘れた事にも気が付いてなかった 彼女の前髪に雨粒が落ちる瞬間までは
1 17/08/19(土)01:46:01 [2/10] No.447180312
運悪く遮るひさしも無い道の上で、前すら覚束ない猛烈な雨を浴びる 次の瞬間、右手を誰かにつかまれた。柔らかくてしなやかな、だけど意外に力強い指が絡む 記憶から彼女の手だと気づいた瞬間「走って」という声がして、強く引かれた 服に染みこむ雨で皮膚感覚すら曖昧な中で、そこだけが確かなものに思えた 10分程だろうか、とにかく二人で走り続けて何とか屋根の下に入れた 掌で顔の雨粒を拭うと、やはり濡れ鼠になった彼女が目の前に立っていた 「…重い」確かに、水を吸った彼女の長い髪は随分と重そうだ。ここはどこだろう? 髪の水気を一度切り、彼女は入口センサーの前に立つ。電子音と共にドアがするりと開いた 寒さで思考力を奪われたまま後を追い、お互いに無言のままエレベーターへ乗り込む 初めて、彼女の肩が少し震えているのに気づく。しっかりしろ。頬を叩いて自分を取り戻す そろそろ、これがどういう状況か自分でも気がついていた 廊下の一番奥にある扉の前で彼女が立ち止まる 「解錠」音声認識でカチリとキーが開く。じゃあ今日はこの辺で、また来週 「…入って」どうやら豪雨の音で聞こえていなかったみたいだ
2 17/08/19(土)01:46:37 [3/10] No.447180439
現状を把握。この惨状から速やかに復旧する為、ここはご厚意に甘えるとしよう 彼女が出してくれたバスタオルにくるまりながら自分を糊塗、もとい鼓舞する 「優先順位の確認」入浴の支度を終えた彼女が戻ってきた ああ、彼女は合理性を尊ぶ人だ…あと時々天然な所がある だからこの場合、導き出す解答をある程度なら予測できる。つまりは 「提案。浴室の同時利用が最も効率的かつ最短のプラン」 却下です! そう言うと思ってました! 「否定。一緒に入るべき」 先に入ってきて下さい…いやでも、どうして今日はそんなに強情なんだろう このままでは埒があかない。拙速を尊ぶ為にも偶然を必然とする方策を提案する 「了解。勝者がルール」 パーは正義。しかし玄関でシャワーの音を聞いていると色々と想像してしまう こうなると全身が冷えきっているのさえ逆にありがたい…六根清浄六根清浄 「交代」背後から声が聞こえた
3 17/08/19(土)01:47:00 No.447180529
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4 17/08/19(土)01:47:33 [4/10] No.447180621
振り返るとバスタオル1枚の姿で彼女は立っていた ああもう! どうしてこう無防備に! 目を逸らして浴室に飛び込み、濡れた服をバスケットに放り込む。熱いシャワーに身をさらす 冷え切った体に熱が通っていく感覚に嘆息していると、磨りガラス越しに彼女のシルエットが見えた 「平行して洗浄と乾燥を」確かにそうだ。終わったら次に使わせてもらおう 湯船に浸かってしばし待つ。この男性用と思しきシャンプーは家人の物かな? 湯上がりに体を拭きつつバスケットを見る…脱いだ下着が見当たらない 考えられる可能性は一つ。彼女の服と一緒に洗濯ドラムの中だ 慌てても仕方ない、落ち着…うん、バスタオル一枚でそれは無理な話だ ならば、このままここで籠城してしまおう 「入浴後はリビングへ」扉越しに彼女の声が聞こえる …この格好で?
5 17/08/19(土)01:47:59 [5/10] No.447180708
彼女はコットンの夏パジャマに着替えていた。長い脚がなまめかしい 手にしたグラスをテーブルに置くとソファーに腰掛ける…対面ではなく何故隣? 彼女がいつも通りだったら冷静さを取り戻せたと思う なのにどうした事か赤い顔でこちらをチラチラ見てる…かわいいから今はやめて 「天候の回復まで、滞在を提案? 提案」はい! お言葉に甘えます!…それに服もまだ乾いてないし 「着替え!? 着替えの用意」覚束ない足取りで出て行く。本当にどうしちゃったんだろう今日は 「これを」下着を受け取ろうと立ち上がった刹那、一瞬の閃光が室内を走り抜け、遅れて轟音と共に灯りが消えた 不意にずしりとした重みを前から受けてソファーに背中から倒れ込む 「あ…だい…じょうぶ?」顔のすぐ近くから彼女の吐息と擦れた声が聞こえた お互いの体温に肌が粟立つ お互いの鼓動が早まるのが伝わる 彼女の顔が見えない もっと近づけば見えるだろうか? ずっと近くに 瞳に瞳を写すように 「…このまま」このまま一緒に 「もっと」もっとそばに 「近く」近く 彼女の頬に手を触れ引き寄せた
6 17/08/19(土)01:49:17 [6/10] No.447180926
彼女の熱が…熱…あっつい! すごい熱じゃないか! すぐに停電は復旧して灯りが戻る。彼女の目は明らかに焦点がふらついている その時いきなり玄関が開く音がした。足音が近づく。慌てて状況を確認する…バスタオルどこ!? それから起こった全てが スローモーションに見えた リビングにはスーツ姿の紳士がご帰宅 惨状を一見するや驚愕の表情でフリーズ 彼女は立ち上がると 紳士に向かって何かを説明しに慌てて走って行く 1、2、3歩目で 床に落ちている濡れたバスタオルを思い切り踏んづけた 足を滑らせた彼女は右足を支点にして独楽のように回転 水気で重くなった髪が そのまましなる鞭のように紳士の顔を打ち付ける 視界を奪われ無防備なその一瞬 遠心力と速度を得た右の裏拳は 顎先を綺麗に撃ち抜いた 意識を刈り取られ膝から崩れ落ちる紳士 一回転しながら盛大にすっ転び動かなくなる彼女 両者ダブルノックダウン 静寂に包まれたリビングで一人立ち上がる あんまりにも急展開な事態に、精神よりもまず先に胃が限界を迎えて洗面所に駆け込む 初めて行った好きな人の家で、全裸のまま吐いた日の事を、多分一生忘れないと思う
7 17/08/19(土)01:49:41 [7/10] No.447180993
胃の中が空になり涙が溢れる。それでも気分は少しだけマシになった 停電の間に止まっていた乾燥機から半乾きの下着を取り出して身に着ける ケモノからヒトに進化した気がして落ち着いてきた。これが人の叡智だ。よし…まず今やれる事をしよう 倒れた彼女を抱き上げ寝室に運ぶ。多分うさぎの小さな飾りが付いてるのがそうだろう…心の中で謝りながら入る 室内は想像していた通りにシンプルだった。本棚は…確か別室に書架があるって言ってたっけ いけないプライベートは見ちゃ駄目だ、とりあえずベッドに寝かしつける。次は… 冷蔵庫で見つけた冷却シートを貼りつける。そう言えば、おでこを初めて見た気がする…かわいい エアコンのリモコンを探していると苦しそうな寝息が聞こえた。罪悪感で心が重い 次は気絶している紳士をソファーに運ぶ。幸い頭を打ってはいないみたいだ 年齢は20代後半から30代くらいだろうか? 彼女とどういう関係なんだろう… 乾燥の終わった衣服に着替えてようやく一息。ソファーに座りグラスに手を付ける…アイス梅こぶ茶だった しばし弛緩して待っていると低い唸りと共に紳士が目を覚ました さて、正念場はここからだ
8 17/08/19(土)01:51:01 [8/10] No.447181261
「まずは…色々と迷惑をかけたみたいだね。私はニーサン。アキの兄だ」 …は、はい? 「あぁ、すまない。Neasanが私の名前でアーキテクト妹になる。少し分かりにくかったね」 スペルを宙に指で書いて説明してくれる。豊かな低音の声、ほっそりとした四肢、穏やかな口調 どこか機械的な印象の面差しはあまり似ていないけれど、兄妹と言われたら不思議と納得できた 「さてと…これでも一応はアキの保護者だからね。説明をしてもらいたいな」 状況を見れば何の言い逃れも出来ない上、唯一の証人は出廷出来ない だから、事実を最初から正直に全て話した。それから、まず彼女の体調に気がつかなかった事を謝罪した 頭を下げたまま待つ。審判の時が永遠に感じる… 「今朝家を出る時に、体調が悪いのなら家で大人しく寝ているよう言ったんだが… 『とても大切な約束がある』と言って頑として聞かなくてね。まさか、あれから傘も持たずに出かけたとは」 『大切な約束』彼女もそう思ってくれていた 「つまり…これは私と本人の責任でもある。だからもう頭を上げて欲しい それにね、不埒者は普通、現場に残って看病はしないものだよ」 そう苦笑した
9 17/08/19(土)01:51:31 [9/10] No.447181337
安心したら急に力が抜けてしまい、お腹はキューって鳴いた 「まったく…本当に正直者だな君は。それじゃ夕食にしようか。君も食べていきなさい」 ニーサンは笑いをこらえながら言う。いやお恥ずかしい… 備蓄のタマネギ、ジャガイモ、ニンニク、それからSPAM缶。大ぶりに切った具を炒めつつ素麺を茹でる 全部を炒め合わせたら、カレー粉代わりに単品のスパイスを投入して焼き肉のタレ少々で味付け 香ばしい香りが猛烈に食欲をそそる、スパイシー炒め素麺の完成 「あり物ですまない。さあ、いただこう」今日初めて会ったのに、気がつけば一緒の食卓を囲んでいる 空腹が遠慮に勝り、あっと言う間に一皿を平らげてしまった 「そう美味そう食べてくれると作り甲斐もあるな。アキはどうにもリアクションが薄いからなぁ…」 そういうニーサンも一皿を平らげていた。二人で残りを半分づつ分ける 以前に彼女とトマト鍋を食べた時は、美味しそうに食べていましたよ? 「ふむ…映画を一緒に観に行ったのは君だったか」しまった! 余計な情報だった! 両親は違う所にいること、彼女と二人で暮らしていること、今はFA社に勤めていること 食後にそんな他愛の無い話をした
10 17/08/19(土)01:52:05 [10/10] No.447181447
「心配ない、熱は下がってきている。一晩眠れば明日には起きて食事もできるだろう」 彼女の様子を見に行ったニーサンの言葉を聞いて、一先ずは安心した 「…話しておこう。稀に今日の様な高熱を出した時、アキは言わば…熱暴走状態になる 普段処理している感情を扱いきれなくなり、それが一定値を越えると倒れてしまう そうなった時は大抵前後の事を覚えていない。だからお互い今日の事は秘密厳守でいこう」 本当なら願っても無い話だ。それにニーサンだってマットに沈んだ過去は忘れたいはずだ 時計は9時を回っている。改めてニーサンに礼を言うと帰り支度をする 玄関で乾かない靴に溜息をついていると、背後から問われた 「ところで今更なんだが、君はその…アキの恋人なのか?」 返答に窮する。当然ながら恋人じゃない。彼女だってそんな風には考えてないだろう でも…本当に? 少なくとも自分の彼女への気持ちは確かだ。だから もし叶うのなら、そうなりたいと思っている。そう答えた。どうせなら今日は最後まで正直でいよう 「…そうか、なら今度は堂々と遊びに来たまえ。無論、服を着て、だ」 外に出ると、いつの間にか雨は止んでいた――了
11 17/08/19(土)01:55:46 No.447182091
ああんもう
12 17/08/19(土)01:58:08 No.447182514
クソッ寝る前だってのに!
13 17/08/19(土)01:58:14 [sage] No.447182540
誘うのに成功するけど苦難を受ける話と言われたので書いた アキ子の家族ってどんなのかと想像したらニーサンが思い浮かんだ ニーサンが出る以上アキ子に殴れるはずだけど 生アキ子は多分殴ったりしないだろうと思ったらこんな風になってしまった あとおまけでバーゼに曇ってもらった これまで書いたのは ss297211.zip
14 17/08/19(土)02:00:10 No.447182859
いいものを見せてもらった
15 17/08/19(土)02:01:53 No.447183125
ニーサンいい人だ…
16 17/08/19(土)02:06:31 No.447183819
ぐっじょぶ アキ子本当にいいよね…
17 17/08/19(土)02:09:17 No.447184305
これは吐くわ…
18 17/08/19(土)02:09:25 No.447184327
ニーサンは名前なのかよ!
19 17/08/19(土)02:10:11 No.447184434
ニーサンの頭はやっぱり…
20 17/08/19(土)02:10:38 No.447184501
そりゃアキ子のニーサンならスーツ着てるよな…
21 17/08/19(土)02:11:11 No.447184585
縦書きビュアーで延々読んで遺体
22 17/08/19(土)02:13:23 No.447184881
生身でもニーサン殴られてて吹く
23 17/08/19(土)02:22:45 No.447186038
アキ子でもアーキテクトでもなくアキって呼ぶのが家族って感じで好き