17/08/07(月)02:05:51 恋に落... のスレッド詳細
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17/08/07(月)02:05:51 [1/10] No.444686429
恋に落ちる、というのは実に的確な表現だと思う。 子供の頃に自転車で転んで空を飛んだ時の浮遊感と、着地の衝撃に似ている。 自分自身の事なのに、どうにもならないない、あの感覚だ。 ここ1年程は、毎週月曜に図書館へ行くのが習慣になっていた。 土日に集中して読み終え、また次の本が読めるから合理的だ。 だけど、その春からは違う要素が加わった。それが彼女だった。 彼女は図書館に行くと、いつも決まった場所に座って本を読んでいた。 何せあの髪だから、遠くからでも目立つ。だから見かけたら、何とは無しに遠くから目を向けて (ああ、この人もここが好きなのか)でおしまい。彼女の印象と言ったら、そんな物だったように思う。 何度か見かける内に、その表情がいつもまるで変わらないと気付いた。 常にクールな瞳、高い上背に綺麗な姿勢、すらりと長い手脚、女子校の制服、あとおっぱい! だから心の中で、好きなゲームのキャラから名前を取って(人形ちゃん)って渾名を付けていた。 ちなみに、これは今でも彼女には秘密にしている。
1 17/08/07(月)02:06:18 [2/10] No.444686492
あの日の事は、ちょっと忘れようがない。 特に目当ても無く書架から本を抜き出すと、たまたま棚の向こう側に彼女がいるのが見えた。 不意に、彼女が一体どんな本を手に取るのかに興味が湧いて、そのまま書架の横に回り込んで観察してみた。 彼女が手に取ったのは、ガース・ウィリアムズの『しろいうさぎとくろいうさぎ』だった。 小さい頃に何度となく読み聞かせてもらったから、よく憶えていた。 …随分イメージと違う本を手に取ったものだ。 彼女はその場で絵本を開くと立ったまま読み始めた。表情は変わらなくても、彼女が本に没頭しているのは伝わってきた。 短い絵本を十分に時間をかけて読み終えると、本を閉じ…そのまま頭上に掲げてクルリと一回転した。 それから、胸元にギュッと絵本を抱きかかえると、微かに口元をほころばせて…花のような…笑顔になったんだ。 その笑顔からは絵本からもらった幸福な気持ちを噛みしめるような喜びが溢れていた 人から見れば些細な出来事かも知れないけれど、その瞬間に自分が恋に落ちたのだと確信できた。 それはもう、目の前の河にこれから落ちるのだと一瞬で理解した、あの時と同じに。
2 17/08/07(月)02:06:40 [3/10] No.444686549
次の瞬間には、棚の横から駆け出して彼女に声をかけていた。 彼女の表情はもういつもの冷静なそれに戻っていたけれど、構いやしない。 そのまま、自分もよくここに来てるだとか、本が好きだとか、その絵本は小さい頃に読んで大好きだとか、 そんな事を捲し立てていた。今思えば、どこから見ても完全な不審者だ。 けれど、彼女は目の前に現れた狼藉者の話を、黙って聞いていた。 ひとしきり捲し立てると、急に頭が冷えてきた。背筋を冷たい汗が伝うのが分かる。 一呼吸おいて、彼女は本を持ったままクルリと踵を返し、スタスタと歩き出した。 そして、呆然としているこちらに、数歩先から振り返ると (ついてこい)と目で合図を送ってくる。 なるほど、このまま警備員に突き出されるのだな、と覚悟してついていくと、 何故か彼女はそのまま、いつもの定位置に腰掛けた。所在なく立っていても仕方ないので、こちらも彼女の向かいの席についた。 彼女は静かに何か考え込んでいるみたいだった。しかし、こうして間近で見ると…凄いかわいいなぁ… えぇ…なんで今まで気がつかなかったんだ。 「続きを」 …なんて?
3 17/08/07(月)02:07:10 [4/10] No.444686599
「続きを聞かせて欲しい」 彼女の声を聞いたのは、その時が初めてだった。 (いいか、ここは慎重に進め!)と理性が警告を出してくる。 図書館って場所はこんな時ありがたい。話し声は最小限の音量で、お静かに。 おかげで冷静になれた。だからなるべく考えて、言葉を選んで、話す。 この白いうさぎと黒いうさぎは書かれた時代を考えるなら、人種差別を反映していて、 一方で同じ作者の『ベンジャミンの冒険』にも白と黒のうさぎが登場する。 両者は同じモチーフかも知れない。そんな心許ない意見を伝えていく。 彼女は絵本を閉じるとジッと見つめてくる。…圧迫面接はやめてください。 「意見の交換は有意義と判断。これまで欠けていた物と認識」どうにか内定が出た。 「これを」そう言うと彼女は、机の上にあった本を数冊こちらに渡してきた。 あ、ニール・ゲイマンの『壊れもの』がある。読みたかった奴だこれ。 「また…待ってる」それだけ言うと彼女は席を立ち帰って行った。 待ってる…待ってるって言ってた! イィヤッッホォォォウ!!! 「お静かに!」
4 17/08/07(月)02:07:51 [5/10] No.444686686
あれから月曜日は特別な日になった。彼女にとっても、そうであるかは、まぁ置いておく。 対話をするうちに、彼女についていくつか分かった事がある。 一つは、一を訪ねればデータベースのように十が返ってくる、その博覧強記ぶりだ。 読書の幅も絵本から材料力学の本まで、節操が無いというか何でも読むほどに好奇心が強い。 もう一つは、第一印象からは想像するよりもずっと、感情が豊かだって事だ。 けれど、どうやらそれをアウトプットするのが苦手なようで、注意深く観察しないと表情の変化を読み取るのも難しい。 だから、今だってグッドコミュニケーションが取れているのかどうか、実のところあんまり判らない。 それでも、今日の彼女が、何かを抱えこんでると気づける程度にはなれたと思う。だから、正直にそう 切り込んでみた。 彼女は読みかけの『戦争広告代理店』を置くと、少し改まってこちらを見る。 「質問…クラスメイトとの関係性について」 学校! いや冷静に考えればいつも制服なんだし、学校だって行ってるよな、うん。 「場所を変えたい」どうも図書館でする話ではないみたいだ。 本を返却棚に戻すと、二人で図書館を出た。
5 17/08/07(月)02:08:11 [6/10] No.444686724
彼女の後ろを歩きながら、言葉を待つ。 しばらく歩くと小さな公園があった。子供の姿は見えない。 無言のまま彼女は公園のベンチに腰掛ける。 隣に座ると緊張で死ぬので、近くの外灯にもたれて立つ。 「今の学校には、この春に転校した。その後も学校生活に支障は無かった。 その内に…クラスメイトから接触があった。始めは轟雷と迅雷、それから、あお…」 知らない名前が出て来るけれど、多分クラスの子の名前だろう。 「轟雷達は好意的に接してくれた。 けれど、私は轟雷達に対してそれを的確に返せていない…と思う」 彼女は気付いているのだろうか。 いつからか彼女自身が自分を「私」と呼ぶようになった事を。 それはきっと、クラスメイトのおかげで生じた変化なんだと思う。 「そう仮定した場合、友好的な関係を維持する際に、齟齬が発生する。 ならば、最初から関係性を発展させない事が最適解。そう判断…した」 そんなことない。気が付いたら、そう声をあげていた。
6 17/08/07(月)02:08:32 [7/10] No.444686778
彼女の瞳が瞬く。思わず感情的に声を出したけれど、いい、だってここは図書館じゃないんだ。 みんなと一緒に居ると楽しい? 「肯定」 自分が居たらみんなが楽しくなくなるなんて、本気で思ってる? 「…否定。そう判断する根拠は乏しい」 なら、それで十分だと思う。友達なんてそんなもんだ 「それでも、何をしたらいいか…わからない」 彼女の表情に確かな悲しみの色が浮かぶ。 好きな子が悲しい顔をしてるなんて、そんなのはダメだ。でもどうしたらいい。 「知りたい。何故あの時、私に接触したのか」 …どんな人間なら真顔で言えるのだろう『君の笑顔が素敵だったから』なんて だけど、今必要なのはシンプルな力ある言葉だ。 だから、どんな恥ずかしい台詞だって言ってやる。 笑顔が素敵だったから、話してみたくなったんだって。
7 17/08/07(月)02:08:50 [8/10] No.444686815
「笑顔?」彼女の顔から悲しみの色が消えて、代わりに好奇心の光が戻った。 彼女は少しの間目を閉じると、それから両手の人差し指を口角に当て、引っ張り上げた。 「…笑顔」そう言ってこっちを見た。 卑怯だ。本当に卑怯じゃないか。こんなにも可愛くて、真面目で、それから不器用で。 始めから問題なんか無いじゃないか。だから、力強く言い切った。 笑顔一つで十分だと。何にも心配なんかしなくていいと。だって、こんなに素敵なんだから。 ああもう、かわいいなぁ!! 「学習した。笑顔はかわいい」ヤバイ声に出てた。 彼女はベンチから立つと両手を上げて、んーと伸びをする。 鞄を手に取るといつもの表情に戻っていた。 「解答は得た。後は実践して判断する」 どうやら不安が少しは消えたみたいだ。少しでも彼女の力になれたのだろうか。 次の月曜、いつもの席に彼女の姿は無かった。
8 17/08/07(月)02:09:09 [9/10] No.444686843
文字の上を目が滑っていく、内容はちっとも入ってこない。 文字盤の上を針が動いていく、時間だけは進んでいる。 彼女の実践が成功したかどうかは心配していない。それは確信している。 けれど、彼女がまたここに来るかどうかは、正直に言うと確信は持てない。 仮に彼女が友達を作れたのならば、もうここに来る理由は無くなる。 いやちょっとはあると思いたい。 それに、お別れの一言くらいはあっていいと思う。彼女はああ見えて、義理堅いんだ。 結局、閉館時間後まで、ずるずると居残ってしまった。 消灯されて暗い廊下を通って館外にでる。 敷地の外に出ると、そこで人影が立っていた…彼女だ。ほら、やっぱり義理堅いんだ。 街灯の影に入って彼女の表情は見えない。だから、こちらから歩いて近づいていく。一歩、二歩… 街灯の影に二人で立つ。声をかけようと思っても、なかなか言葉が出て来ない。 彼女が鞄の中から何かを取りだしてこちらに渡してきた。 スマホだった。そりゃ持ってるよな…とか妙な所で感心しつつ受け取った。
9 17/08/07(月)02:09:46 [10/10] No.444686910
画面にはフォトアプリの画像が表示されていた。 写っているのは、楽しそうに笑う何人かの知らない女子達と、 すこしぎこちないけれど楽しそうに微笑む、少しだけ知っている女の子だった。 ね、簡単な事でしょ? 「否定。多大な労力を払って得た対価」 だとしたら、それは彼女が自分自身で得た報酬だ けど、少しだけなら分け前を貰ってもバチは当たらないんじゃないだろうか だから、彼女に告げた。友達になって下さい、と。 「否定」彼女は呆れたような半目になって答えた。 「関係性に対する相互認識に齟齬が発生。直ちに是正が必要。 …その関係性はすでに構築済み。関係の継続と向上であれば」 であれば? 「…肯定する。アーキテクト、それが私の名前」 そう言って彼女は数歩進み、街灯の下で微笑んだ。 迂闊にもその時に気がついたんだ。彼女の名前を初めて聞いたって事に。――了
10 17/08/07(月)02:14:34 No.444687424
待ってね 読むのに時間かかるからねこれね とりあえずよくやったって言っとくね
11 17/08/07(月)02:18:10 No.444687836
思ったよりガチめだったので真面目に読んだぞ こういう爽やかな短編はイイ……相手もアーキテクトの華を活かすために個性を主張してないのもなお良い
12 17/08/07(月)02:19:48 No.444688003
いい…
13 17/08/07(月)02:21:45 No.444688223
あら素敵
14 17/08/07(月)02:23:32 No.444688414
寝る前になんちゅーもんを読ませてくれたんや
15 17/08/07(月)02:25:01 No.444688564
スレ画と文章は貰っていこう
16 17/08/07(月)02:25:52 No.444688636
素敵なスクだ
17 17/08/07(月)02:33:14 No.444689384
待ってくれたまえ アキ子スクの洪水をワッといっきに あびせかけるのは
18 17/08/07(月)02:44:53 No.444690433
ついこんな時間に起きてしまったけどこういうスクを見れたからいいか
19 17/08/07(月)02:53:32 No.444691056
寝る前になんというか良い成分をもらった気がする ありがとうおやすみ
20 17/08/07(月)02:57:41 No.444691323
アキ子と青春がしたい人生だった
21 17/08/07(月)03:03:01 No.444691719
寝る前に読めて良かった おやすみなさい
22 17/08/07(月)03:09:37 No.444692261
とても良かった…ただただ良かった
23 17/08/07(月)03:09:42 No.444692271
えなんなのこれキュンキュンして眠れないんだけど
24 17/08/07(月)03:31:36 No.444693895
いい...
25 17/08/07(月)03:35:39 No.444694151
おお…ブラボー…