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17/05/07(日)01:56:43 【SS】... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1494089803998.jpg 17/05/07(日)01:56:43 No.425503563

【SS】天に賭けるは我が人生

1 17/05/07(日)01:57:10 No.425503630

 島田愛里寿は戦車道の申し子として生まれた。代々戦車道の名門として栄えてきた島田流の娘である彼女は、その長い流派の歴史の中でも、飛び抜けた天才だった。それゆえ、彼女が指揮する戦車戦は常に連戦連勝だった。愛里寿が味わった明確な敗北と言えば、大学選抜対大洗女子学園の戦いぐらいのものであった。  それ以外は、愛里寿は負けというものを知らず、それゆえ勝つのが当たり前になっていた。また、幼くして大学に入学するほどの天才少女であるが故に、そのほかの競技でも常に勝利してきた。愛里寿は、生まれ持っての勝利者だった。  その日、までは。

2 17/05/07(日)01:57:35 No.425503737

「ん……?」  愛里寿は目の前の光景がよく分からなかった。愛里寿はその日、戦車道の試合で遠征しており、その帰りに宿に泊まっていた。そして、何気なしに自分の部下であるメグミ、アズミ、ルミの三人――通称バミューダ三姉妹と呼ばれている――の部屋へと遊びに来たのだ。  その愛里寿の目の前で、三人は愛里寿の知らない遊びをしていた。  三人は手元に酒を片手に、一つのお椀に向かってサイコロを転がして遊んでいたのだ。 「あ、隊長! どうもいらっしゃいませー!」  アズミが朗らかに言う。どうもだいぶ出来上がっているらしかった。 「うん……酒臭い……三人ともかなり飲んでる……?」 「いいえそんなことありませんよー! まだまだいけますってー! ……ひっく」  愛里寿に応えるルミはとても大丈夫そうには見えなかった。が、本人が大丈夫と言っているのを、愛里寿は信じることにした。まだ幼い愛里寿には酒の強い弱いは判断しづらい部分があったからだ。  それよりも、愛里寿には気になることがあった。 「それよりもみんな……何してるの?」 「え? ああこれですか? チンチロって言うんですよ。サイコロの出目で競う遊びです」

3 17/05/07(日)01:58:11 No.425503854

 メグミが応えながらサイコロを振る。するとサイコロはコロコロを甲高い音を立てながらお椀の中を転がり、やがて止まって出目を出した。 「あー! ひふみじゃないのもー!」 「はっははは! 残念メグミー!」 「本当についてないわねー。ほらっ出す出す」 「うう、分かったわよ……」  落胆するメグミとそれを笑うアズミとルミ。すると、メグミはなんと懐から千円札を取り出し、ルミに渡し始めたのだ。 「えっ!?」  愛里寿は思わず声を上げる。それは、明確な賭博行為であった。 「お金、賭けてるの!?」 「え? まあそりゃチンチロですからね。お金ぐらい賭けますよー」 「私達、集まると大抵なんか賭け事してるよねー」 「うんうん、それでお財布が寂しくなることもしばしば……」  メグミが言い、アズミとルミが続く。  愛里寿は信じられないと言った顔で見たが、その行為にどこか興味をそそられていた。

4 17/05/07(日)01:58:40 No.425503930

「うーんでも隊長が来たから今日はもうこれでおしまいかなー」 「えー!? 私負けっぱなしだよ今日ー!」 「今日そんな調子だったらこれからも負けるんじゃないの? はい片付け片付け」  ルミが提案し、メグミが嘆くも、アズミがそれを受け流し、三人は立ち上がりチンチロを切り上げようとする。  それを見た愛里寿は、 「ちょ、ちょっと待って!」  と三人を止めた。 「ん? どうしたんですか隊長?」  ルミが言う。すると愛里寿は言った。 「私も……それに混ぜて!」  愛里寿は三人に向かってはっきりとした声で言った。三人は驚いた表情を見せる。

5 17/05/07(日)01:58:56 No.425503960

「え? それって……チンチロにですか!?」 「うん」 「えーっと……ルールはわからないですよね? それ込みで教えてほしいと?」 「うん」 「まさかとは思いますが、お金を賭けたいだなんてことは……」 「うん」  メグミ、ルミ、アズミのそれぞれの質問に、愛里寿は頷いて答えた。  三人は顔を見合わせる。そして、相談するために三人で円陣を組んだ。 「ちょ、どうする!?」 「どうするったって……ああなった隊長が折れたことってないよね?」 「そうだよねぇ……でも、いくらなんでも隊長にお金払わせるには……いやでもごまかすと隊長は納得しないだろうし……」  ルミもメグミもアズミも、それぞれ困惑したように額を突き合わせた。  そうして少しして、三人は愛里寿に向かい直った。  そして、三人を代表してルミが口を開く。

6 17/05/07(日)01:59:31 No.425504059

「……分かりました! 隊長に教えましょうチンチロを! ただし! 隊長は初心者なのでレートは十円単位とさせてもらいます! まずは慣れることが大切なので! それでいいですね!?」 「うん、分かった」  その提案に、愛里寿は笑って応えた。三人はほっと胸をなでおろす。  そうして、愛里寿を交えたチンチロ大会が始まることとなった。 「いいですか隊長、まずチンチロという遊びは三個サイコロを振ってですね……」

7 17/05/07(日)01:59:46 No.425504092

 それから一時間後。 「うう……もう一回!」 「あの隊長、もうそろそろよしたほうが……」 「ううん! もう一回やる!」  メグミの言葉を、愛里寿は険しい顔で拒否した。お椀には、出目の揃っていないサイコロが転がっている。 「でも隊長、もう二千円は負けてますよぉ……十円レートでそんなに損するって、正直隊長にチンチロは……」 「そんなことない! まだまだお金はある!」  愛里寿は四人で始めたチンチロリンで徹底的に負けていた。それは、愛里寿の人生において初めてと言っていいほどの負けっぷりだった。  その様子に、バミューダの三人が逆に気まずくなるほどだった。 「うう、どうしてこんなことに……」

8 17/05/07(日)01:59:55 No.425504115

きたのか!

9 17/05/07(日)02:00:02 No.425504137

 アズミが嘆く。  本当は三人とも愛里寿を勝たせたかった。だが、どうしても運の要素が強いチンチロリンで手加減など出来ないし、わざとサイコロがお椀の外に飛んでいく、通称ションベンと言われる失敗をすることもすぐ見抜かれるためすることができなかった。  三人が気まずい顔をしている中、愛里寿は再びサイコロを振るう。出た目は二だった。 「さ! 三人とも! 早く振って! 私だって負けてばっかりじゃない! 勝ったときもあった! だから早く!」  結局、その夜は愛里寿がさらに千円分負けるまで、チンチロリンは続けられた。

10 17/05/07(日)02:00:18 No.425504189

   ◇◆◇◆◇ 「…………」  遠征から帰ってしばらく。愛里寿はその夜、眠れずにいた。  いや、その夜だけではなかった。遠征を終えてからずっと、愛里寿は寝不足に悩まされていた。  幸い、整った体内時計のお陰で、朝はなんとか起きられることができたが、それでも寝不足は堪えるものがあった。  寝不足の原因は分かっていた。愛里寿は、あの夜したチンチロリンの興奮が忘れられなかったのだ。敗北し続けた結果だと言うのに、愛里寿はこれまでにない興奮をチンチロリンで感じた。それは、人生で初めて、自分の力ではどうしようもない敗北をするという経験を味わったからかもしれない。  あのとき味わった敗北の痛みが、そして、数少ない勝利の射幸感が、愛里寿の中で未だに渦巻いていたのだ。 「……何か、賭け事がしたい……」  愛里寿はぼそっと布団の中で呟いた。  そのために、愛里寿は行動を起こすことにした。

11 17/05/07(日)02:00:42 No.425504252

「え? 賭け事ができる場所、ですか?」  愛里寿は翌日、戦車道の訓練が終わった後にルミに聞いた。ルミは困ったような顔を見せる。 「えっと……どうして私にそんなことを……」 「継続出のルミが一番そういうのに詳しそうだから」  愛里寿は淡々と言う。その言葉に、ルミは「ハハハ……」と乾いた笑いを見せた。 「あの隊長、お言葉ですが日本では公に賭け事をできる場所は限られておりまして、そしてそういう場所は隊長の年齢では……」 「うん、だからルミに聞いた。あるでしょ? そういう場所」 「えーっと……」  愛里寿はルミをじっと見つめる。ルミはその視線を知っていた。それは、戦車道のときに見せる鋭い視線だった。その視線をしているときの愛里寿からは、逃げられないことをルミは知っていた。 「……はぁ」  ルミは大きくため息をつく。そして、誰にも聞こえないように耳元でささやき始めた。 「……いいですか隊長。絶対誰にも言ってはいけませんよ。正直、私としては伝えたくはないんですが、今回だけは特別ですからね……」

12 17/05/07(日)02:00:57 No.425504289

 ルミはこっそりととある場所について呟く。その場所を、愛里寿は必死にメモした。  その場所は、さほど大学から離れていない場所だった。 「ありがとう、ルミ!」 「ええまあその、できるだけご自重下さいね……?」  愛里寿の満面の笑みに、ルミは苦笑いで返すことしかできなかった。

13 17/05/07(日)02:01:19 No.425504349

 そして、試合が終わって夜。  愛里寿は、さっそくルミに教えられた場所へと行った。  そこは大学の近くの繁華街の路地裏を通り、さらに地下へと下る道を通っていく場所であり、その繁華街をあまり訪れたことのない愛里寿からしても、何か危険な臭いのする場所だというのが分かった。  地下へ続く階段を降り続け、完全に外の照明が届かなくなる場所に、ボロボロの扉がある。天井では白熱電球がチラついており、壁は一面煤けている。  そんな中、愛里寿は恐る恐る扉を開けた。  すると、開けた瞬間けたたましい音が愛里寿の耳をつんざいた。 「丁っ!」 「半っ!!」 「半っ!」 「丁っ!」  そして、その次に苛烈な光景を目にした。  あるところでは丁半博打が。

14 17/05/07(日)02:01:34 No.425504385

「コール!」 「レイズ!」 「……ホールド」  あるところではポーカーが。 「ええい!赤の十八に全額!」  あるところではルーレットが行われていた。  いたるところで賭け事が行われているその光景は、まさに圧巻だった。 「……おい、ここは子供のくるところじゃないぞ」  空気に飲まれていた愛里寿に、妙齢の女性が声をかけてきた。黒いスーツに身を包んだその女性は、ひと目で店側の人間だと分かった。 「……こ、子供じゃない。私はここに賭け事をしに来た」 「……ほう?」  女性が眉を動かす。そして愛里寿は、懐の財布を開いてみせた。そこには、数十万という札束が入っていた。 「ほら、お金もこれぐらい持ってきた」 「ふむ……確かにここが目的で来たようだね。誰に聞いたか知らないけど、こんな子供にここを教えるなんて酷なことするねぇ」 「だから、子供じゃない……!」

15 17/05/07(日)02:01:58 No.425504450

 愛里寿は少し意地になって言う。珍しく、愛里寿の中で子供に見られたくないという気持ちが働いていた。それは、その場の空気に飲まれまいとする心の現れかもしれない。 「はいはい……でもまあ金を持ってきている以上うちの客として扱うよ。いっとっけどどんだけ損してもあんたの責任だから、そこはまかり間違わないようにね」 「うん、分かってる」  それだけ言うと、女性は愛里寿を店内に案内した。地下の手狭なスペースにぎゅうぎゅうに押し込まれた様々なギャンブルに、愛里寿は目を輝かせた。  先程も見たように、様々な賭博があった。丁半博打、ポーカー、ルーレットの他にもバカラやスロット、麻雀、花札なども行われていた。  それらが違法な行為であることは愛里寿は当然理解していた。  だが、今自分はタブーを犯しているという興奮と背徳感が、愛里寿を包みその罪への忌諱をなくしていた。  愛里寿は賭場を巡る。一応、愛里寿は賭博と言われるものについてのだいたいのルールは頭に叩き込んできたつもりだった。参加しようと思えば、どれにも参加できるだろう。

16 17/05/07(日)02:02:18 No.425504503

 だが、いざ参加しようとすると、どれにすればいいのか悩んでしまっているのだ。  そんなとこだった。  チリリンと、甲高い音が聞こえてきた。 「あっ……」  愛里寿は見つけた。そこは、チンチロリンを行っている場所だった。愛里寿はその場所に向かって歩を進める。 「ごめん、私も混ぜて」  そして、できるだけ張った声で――それこそ、試合中に出すような声で――言った。  その場にいた男達は愛里寿の姿を見て驚いた。当然である。幼い少女が突然混ぜろと言ってきたのだから。  だが、愛里寿が十分な金を持ってきていることを証明すると、男達は喜んで愛里寿を受け入れた。  そうして、愛里寿を交えてチンチロリンが始まった。レートが最低千円から始まる、ルミ達とのチンチロリンとは比べ物にならないチンチロリンを。

17 17/05/07(日)02:02:37 No.425504556

「うっ……」  愛里寿がその賭場から出たのは、翌朝のことであった。  朝日が愛里寿の目に染みた。  愛里寿は日の光に目が慣れるのを待つと、懐から財布を取り出し中身を確認した。  財布の厚みはそれほど減ってはいなかったが、来るときよりもお札が減っているのは確かだった。  具体的には、一万円札が五枚ほどなくなっていた。 「……次は、もっと勝つ」  愛里寿はぎゅっと握りこぶしを握って言った。愛里寿はすべてがすべて負けたわけではない。いくつかだが、大きく当てたときもあった。  そのときの感覚が、愛里寿には忘れられなかった。  基本劣勢でありながらもときおり勝利を掴む。その感覚は、今まで愛里寿が体験したどの戦いよりも刺激的なものであった。  愛里寿は決意を新たに、財布を懐にしまうと、朝の街へと足を進めていった。

18 17/05/07(日)02:03:02 No.425504622

 翌日から、愛里寿は毎日のようにその賭場に向かうようになっていた。  最初はチンチロリンばかりやっていたが、次第に他の賭博にも手を出すようになっていた。ポーカー、ブラックジャック、丁半博打に花札……そのどれもが、愛里寿に言いようのない幸福感を与えてくれた。  基本負け続きだと言うのに、愛里寿は幸せだった。  そこには、自分の人生で欠けていた何かがあるかのように愛里寿には思えた。  やがて、愛里寿は賭け事をやっていないときに不調になってくることが多くなってきた。  それが最初に出たのは食事中のときであった。 「……あっ」  愛里寿はスプーンを手から落とした。  それを拾おうと手を伸ばすと、自分の手が震えているのが分かったのだ。  手の震えや発汗。戦車道を行っているときはなんとか抑えていたが、それ以外のときは、頻発するようになった。

19 17/05/07(日)02:03:17 No.425504658

 だが、賭け事をするときは不思議と収まったので、愛里寿は余計に賭け事にのめり込むようになっていった。  愛里寿は負ければ負けるほど、そして時に大きな勝利を味わうほど、生きている実感というものを感じるようになっていった。  愛里寿にとって、もはや賭け事は人生の一部になっていた。  だが、賭け事というのは無限に続けられるものではない。  その終わりは、愛里寿にも等しく降り掛かってくることとなる。

20 17/05/07(日)02:03:45 No.425504741

   ◇◆◇◆◇ 「……え?」  愛里寿は愕然とした。  その日も愛里寿は賭場に行こうと、ATMから貯金を引き出そうとした。  だが、自分の思った額が引き出せなかった。  不思議に思い、貯金額を確認する。すると、その画面に表示されていたのは、残酷な現実だった。 「嘘……預金、殆ど無い……」  愛里寿の預金は、殆ど空になっていたのだ。  それは、考えるまでもなく連日の賭け事が原因だった。 「そんな……なんで……確かに最近負けっぱなしだったけど、この前はでっかく当たったし……!」  その当たり額よりも負け額のほうが大きいという当然のことも、混乱している愛里寿にはすぐに思いつかなかった。  愛里寿はこれまでにないほどに動転していた。

21 17/05/07(日)02:04:04 No.425504794

 理由は簡単である。  ――このままじゃ、ギャンブルができない!  それが、今愛里寿が焦っている理由だった。 「半端なお金じゃ賭場に入れてもらえないし……そうだ! お母様! お母様に頼んで……って、なんて頼めばいいの? 突然お金が欲しいって言ったって、受け入れてもらえるわけがない……そもそも、ついこないだ借りたばっかりじゃない……」  愛里寿は頭を抱えて悩み始める。  賭け事ができない。  そう考えるだけで、愛里寿の腕はプルプルと震え始める。汗がどっと吹き出す。視界がぐにゃりと歪む。 「何か……何かないかな……お金を今すぐにでも手に入られる方法は……」  愛里寿は考える。  即金を用意できる方法を。  最初に思いついたのは消費者金融から金を借りることだった。だが、それは愛里寿の年齢では到底無理なことだとすぐに行き当たった。  愛里寿は自分が幼い年齢であることをこれほどまでに呪ったことはなかった。  次に考えたのは、何かモノを売ることだった。  だが、売るものなど持ち合わせていない。そう考えてその案を捨て去ろうとしたときだった。

22 17/05/07(日)02:04:27 No.425504857

「……あ。あった」  愛里寿は、売れるものが一つあることを思い出した。 「ボコ……」  そう、愛里寿が心の底から愛しているマスコットキャラクター、ボコられ熊のボコの人形、ぬいぐるみであった。  愛里寿は相当なボコ愛好家であった。だからこそ、かなりの数のレアなボコを部屋に飾っていた。  それを売れば、お金になるはず――  愛里寿の頭に、そんな考えが浮かんだのだ。 「そんな、ボコを売るなんて……」

23 17/05/07(日)02:04:44 No.425504918

 愛里寿は必死に頭を振る。いくらなんでも、ボコを売ろうだなんて……と愛里寿は思った。  ボコは愛里寿にとってかけがえのない存在である。そのはずだった。  だが―― 「でも、あのボコとあのボコを売ったら、しばらくはギャンブルできるよね……」  すでに愛里寿は、どのボコを売るかという算段を立て始めていた。 「……あっ!」  愛里寿は自分の考えていることが急に恐ろしくなり、足早に家に帰ることにした。  ――大丈夫、まだ耐えられるはず。  愛里寿はしばらく賭場に行くのをやめるという決断をした。少なくとも、生活費が親から振り込まれるまでは、行くのを自重しようと思った。  自分はまだ耐えられる。そう信じて。  しかし、事はそう簡単にすまなかった。

24 17/05/07(日)02:05:13 No.425504994

   ◇◆◇◆◇ 「……あの隊長、大丈夫ですか?」  ルミは訓練中、恐る恐る愛里寿に質問した。  最近、愛里寿の様子がおかしかった。愛里寿の指揮から明らかに精彩が欠けていたのだ。  それは、とてもそれまでの愛里寿からは考えられないことだった。ただ現に愛里寿は、今とても苦しそうな様子だった。  ダラダラと汗を流し、腕を必死に押さえている。目の下には大きなクマができ、視線は定まっていない。 「……大丈夫だ、気にするな」  愛里寿は大丈夫と言う。  だが、とても信じられなかった。 「嘘ですよ、こちらから見てもとても大丈夫なようには見えません。せめて医務室に……」 「……大丈夫だと言っている!」  愛里寿は心配してルミが伸ばした手を振り払った。

25 17/05/07(日)02:05:31 No.425505035

 ルミは言葉を失った。  愛里寿がそんな粗暴な行為に出たのは、今まで見たことがなかったのだ。 「あの、もしかして隊長、この前紹介した賭場で何かありましたか……? やっぱり、紹介したのは失敗だったんじゃないかなってこの前から思ってたんですが……」 「……そんなことない。むしろ、紹介してもらって私は本当に助かったんだ。これは本当だ」  愛里寿は鋭い声で言う。その声に、確かに嘘偽りは感じられなかった。  しかたなく、ルミはそのまま話を進めることにする。 「そ、そうですか……と、とにかく、辛いことがあるなら我慢は止めてくださいよ? 我慢は体に毒ですから」 「我慢……か……フフッ、フフフフフ」  我慢。その一言に反応して突然愛里寿が笑いだした。  ルミには何がなんだか分からなかった。だが、自分が何か言ってはいけないことを言ってしまったことには気がついた。 「えっと、隊長……?」 「フフフフ……そうだな、我慢はいけないよな……ありがとう、おかげで踏ん切りが付いたよ……フフフ……」

26 17/05/07(日)02:05:46 No.425505085

 その狂気を孕んだ笑い方をする愛里寿を、ルミは見たことがなかった。  一方の愛里寿は、何かが吹っ切れたかのように、ずっと笑い続けていた。  その日の指示は、以前の精彩を取り戻していた。

27 17/05/07(日)02:06:04 No.425505127

 その日、愛里寿はすべての大学の授業を終えると、素早く家に帰り、そして部屋に散らばっているボコを一つ残らずかき集めた。 「これも! これも! これも!」  それらをすべて袋に詰めると、向かったのは質屋だった。ただの質屋ではない。賭場の近くにある、非合法な質屋だ。愛里寿のような客も受けるような、そのような場所だった。愛里寿はそこに行くと、一気に集めたボコをすべて出す。 「これ! 全部お金に変えて!」  質屋は驚きつつも、頷いて愛里寿が出してきたボコを換金していく。それぞれが様々な値段が付いたが、中にはとても貴重なものもあり、愛里寿は隊長の金を手に入れた。  札束でいっぱいになった財布を見て、愛里寿はほくそ笑む。 「ふふ……これでまた、ギャンブルができる……」  愛里寿は、すっかり満杯になった財布を手に、賭場へと向かっていった。  その日、愛里寿は珍しく大勝ちした。

28 17/05/07(日)02:06:25 No.425505189

   ◇◆◇◆◇ 「ふっ、ふははははははははは!」  愛里寿は何もない部屋で大笑いしていた。  部屋には本当に何もなかった。テレビもベッドも、机もなく、あるのは生活に必要な僅かな道具だけ。  その他のものは、すべて売り払ってしまった。  床には札束が散らばっていた。  それらすべて、賭け事で手にれた金だった。今や愛里寿は、金が入れば賭け事をし、金が足りなくなればモノを売っていく生活をするようになっていた。  しかし、売れるモノももうない。そんな愛里寿の手には、一枚の紙が握られていた。それは、これまた非合法な風俗店についての情報が記されている紙だった。賭場のオーナーである女性から渡されたものだった。  つまり、愛里寿に体を売れということなのだ。  そして愛里寿は、それを受け入れるつもりでいた。 「……だって、ギャンブルのためだもん。仕方ないよね」  愛里寿はヘラヘラと笑いながら言う。  すでに愛里寿は自分で気づいていた。自分が、賭け事にすっかり依存してしまっていることに。

29 17/05/07(日)02:06:41 No.425505252

 それはただの依存ではない。本来の依存に加え、愛里寿が今まで心の奥底で望んでいたもの、敗北が味わえる感覚にやみつきになっていたのだ。  愛里寿は今までの人生で敗北を殆ど味わったことがなかった。だからこそ、心の奥底で敗北を求めていたのだ。  賭け事は、そんな愛里寿の欲求を満たしてくれる。  天才である自分が、いとも簡単に泥沼に落ちていく。  そんな破滅願望を、賭け事は満たしてくれたのだ。 「ああ……いい……最高に最低だ、私、ハハハ……!」  今の愛里寿はもう笑うことしかできなかった。  一応、戦車道はしっかりと続けている。だが、あれほど愛していた戦車道も、もはや賭け事にハマる自分を隠す仮の姿と化していた。 「ああ、もっともっと稼げるようになりたいなぁ……そして、もっともっといっぱい賭け事に使うんだ……ははははは……」

30 17/05/07(日)02:06:58 No.425505295

 今の愛里寿には賭け事がすべてだった。  賭け事がない人生は考えられないし、賭け事をやめろと言われるなら死んだほうがましとすら考えていた。  もう戦車道の天才と呼ばれた奇跡の少女はいない。  いるのは、賭け事に狂った一人の哀れな少女である。 「もっと……もっともっともっと……私を負けさせてね……」  愛里寿はそれはそれは満面の、しかし歪んだ笑みを浮かべて、そう言った。  おわり

31 17/05/07(日)02:11:12 No.425506006

読んでいただきありがとうございました su1852643.txt 過去作もよかったら ・シリーズもの su1852646.txt ・短編集 su1852648.txt

32 17/05/07(日)02:24:58 No.425508353

ギャンブルこわい…

33 17/05/07(日)02:25:12 No.425508394

な、長いよ! このサイズになるなら何回かに分けた方がいいかも…と思ったけど この内容だと1回でガッと読んじゃった方がいいねたしかに

34 17/05/07(日)02:26:32 No.425508574

愛里寿ちゃんと西住姉妹は博才ありそうだけどなあ

35 17/05/07(日)02:28:26 No.425508866

>愛里寿ちゃんと西住姉妹は博才ありそうだけどなあ ありそうな子が実は点で駄目だったとかそれはそれでいいと思うの

36 17/05/07(日)02:31:54 No.425509429

まぁ身体売る前に大学のみんなと家元に確保されるだろう

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