虹裏img歴史資料館

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17/05/06(土)19:18:23 ウサミ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1494065903180.jpg 17/05/06(土)19:18:23 No.425399278

ウサミン君は、雨粒と空気の湿り気を四十年間吸い続けて壁紙も畳もぶよぶよになった、六畳一間の星に住んでいました。 朝、ウサミン君はこの星を出て電車に乗り、街の雑居ビルの3階にあるカッフェでお給仕の仕事をしています。そうして稼いだお給金でパンと野菜とわずかな魚を買って暮らしているのでした。 お給金が出る前の日などは、パンを買うお金がないので、ウサミン君は代わりに夢を食べていました。 ウサミン君の星の裏にある小さな公園のベンチに座って、子どもたちが持っている玩具のスコップ、誰かの飲みかけの珈琲の缶、セミの抜け殻、鳥、ずっとブランコを漕いでいる若い男の人の背広、子どもを迎えに来たお母さんの履いている靴なんかを眺めながら、ウサミン君はお腹いっぱいになるまで夢を見るのです。 そうして公園で見た夢を忘れないように、星に帰るとすぐに帳面に丁寧な字と挿絵で書き残すのでした。いつかウサミン君の星がどんどん大きくなって、このまあるい惑星をそっくり飲み込んでピンク色の風船、きらきら星、パンジーの花でいっぱいにして、その真中でウサミン君が自分の作った歌を歌う夢を……。

1 17/05/06(土)19:18:56 No.425399386

もしそんな日が来るのだったら、なんて素敵なことだろう!ウサミン君は想像する度、胸の高鳴りを抑えられませんでした。 そう、ウサミン君は貧しいIdolでした。 ある日、ウサミン君が月に一度のお給金の日に電車に乗ってカッフェに出ると、入口のドアにはこんな紙が貼られていました。   お知らせ 弊店は勝手ながら今般閉業と相成りました。 長らくご愛顧頂きまして誠にありがとうございました。    店主 店のドアの鍵は開いたままで、中に入ると一晩のうちにすっかりがらんどうになっていました。 要するに夜逃げでした。 店主は、ただ一人の店員だったウサミン君に一言告げることもなく、レジスターや金庫の中のお金、伝票や出納帳、恐らくリース品であっただろうウォーターサーバーまで持ち出して、どこかへ姿を消してしまったのです。 ウサミン君はしばらく虫かごの中に入れられたバッタみたいに店のあちこちを跳ね回っていて、それから不眠症の幽霊みたいな格好で外に出ました。

2 17/05/06(土)19:19:54 No.425399589

ポケットの中、財布の中を撫で回したって、十銭白銅貨が3枚、五銭青銅貨が1枚、一銭青銅貨が2枚。これ以上は何も出てきません。今月のお給金が出ないので、ウサミン君は今日も昨日に続いてパンではなく夢でお腹をふくらませなくてはなりません。今日一日は凌げるかもしれませんが、明日、明後日、いつまで続くだろう……。 それに、ウサミン君は貧しいIdolでした。職業安定所に行ったって、貧しいIdolの労働を買う人はそうそうありません。貧しいIdolは、その貧しさ故に貧しくなるのです。そんな不合理な貧しさを、ウサミン君はよく知っていました。そして、極度の貧しさとひもじさのために毎日夢ばかり食べているうちに、自分の体全体が夢になって消えてしまった貧しいIdolのことも。 ビルの下の街では、戦争特需が終わったというのに忙しさだけは変わらない工員達がドンブリの内容物を短時間で胃袋の中に詰め込み、「大量馘首断固反対」と書かれたノボリを揚げた組合員達が資本家の雇ったごろつき連中に次々と殴り倒されていました。

3 17/05/06(土)19:20:58 No.425399795

そんな様子を見て、ウサミン君が明日から毎日夢ばかり食べて、いっそのこと体ごと夢になってしまおうか、と考えていたところ、ビルの階段の手すりに猫が座っているのに気が付きました。 猫は、ウサミン君の顔を見るなり、低い声で「だーん」と鳴きました。それからのっそり歩きだして、手すりの上に乗っていたウサミン君の左手に擦り寄ったかと思うと、ウサミン君の影だけを残して、ウサミン君の体をぱくりと丸呑みしてしまいました。 影だけになったウサミン君は焦りました。影を失くした人の話を聞いたことはあっても、体を失くして影になった人の話など聞いたことがありません。実体あっての影なのに、影を残して実体が消えてしまうというのでは、順序があべこべです。それに、影だけで外をうろついていたら誰に何を言われるか分かったものではありません。もしかすると科学者に捕まって研究材料にされてしまうかもしれないのです。

4 17/05/06(土)19:23:00 No.425400149

ウサミン君は、猫に体を返さしてもらおうと、ウサミン君に背を向けてあるき始めた猫の後を追いかけました。ところが、猫はのっそり歩いているのに、ずっとつかず離れずのまま追いつけません。それはウサミン君が人目に付かないよう出来るだけ日陰を選んで移動していたからでした。とりわけ時刻は一日でいちばん影の短い昼間ですから、ウサミン君は渡り移れるような影を探すのにも一苦労で、ようやく波止場の倉庫裏で猫に追いついた時には日が大きく西に傾きかけていました。 猫はウサミン君のいる後ろを振り向き、再び「だーん」と鳴きました。その声を聞いた途端、ウサミン君の目の前にあった倉庫建物のコンクリート壁や波止場の車輪止め、それから真っ黒な波をたたえる海は消えてなくなり、3より大きい自然数の軸から構成される真っさらな座標系に替わりました。 その真っさらな座標系の中に「点」がありました。それは位置だけを持ち、長さ・面積・体積を持たなかったので、まさしく「点」でした。この「点」のことを仮にpと呼ぶことにしましょう。pointのp、projectのp、personのp、produceのp、productのp……。要するに当てはまるものは何でも良いのでした。

5 17/05/06(土)19:23:34 No.425400252

そのpは、ウサミン君に話しかねて、「危ないところだったね、君。君はこのまま体が夢でいっぱいになって夢のごとく消えてしまうところだった」と言いました。 ウサミン君は、冗談ではないぞ、と思いました。体が夢でいっぱいになって消えてしまう前に、体を失って影だけになってしまってはどうしようもありません。ウサミン君はぷんぷん怒ってpに抗議しました。すると、pは、「何を一体慌てているんだい。君には体も影も揃ってあるではないか」……鼻で笑っているような、さめざめと泣いているような、そのいずれでもあるような、よく分からない調子で、pはそう言うのでした。よく確認してみると、ウサミン君は失くした体を取り戻し、足もとには立派な影がありました。影はあるのに、どこから光が出ているのか、そこが明るいのか暗いのかも分かりませんでした。ひょっとして、ここはさっきの猫のお腹の中かしら?、とウサミン君は考えました。(つづく)

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