17/04/30(日)19:40:09 小梅が8... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1493548809014.png 17/04/30(日)19:40:09 No.424159712
小梅が8月15日放送予定の2時間ドラマに出ることになった。 毎年恒例の終戦記念日もので、役柄は学徒出陣で特攻隊員となり戦没した主人公の妹である。主演は気鋭の若手俳優で、小梅自身の出番こそ多くはないが、そんな主人公の妹役ともなればインパクトは大きい。まだ駆け出したばかりの小梅にとっては大抜擢である。 ところが、撮影が始まってから、現場ではいきなり窓ガラスが割れたり、セットの壁に黒いぼんやりとした染みが何箇所も浮かんだりと、ハプニング続きだった。 撮影の後こっそり小梅に尋ねてみると、「いっぱい、来てる……」との事だった。 急遽、セットの四隅に塩を盛ってみたり、現場近くのそれなりに由緒のある寺社仏閣の神主や住職にお祓い、読経を依頼してみたものの、結果はなしのつぶてで、このままでは撮影続行が危ぶまれた。しかし、せっかく小梅が努力して掴んだ大仕事が、このような形で滞るのは惜しい。自分なりにどうにか出来ないものかと三日三晩考えた。対処法を調べてはみたものの、分野が分野だけに眉唾ものばかりで、そもそも生身の人間が幽霊と立ち向かうなど可能であろうか?と疑念が増えるだけだった。
1 17/04/30(日)19:42:40 No.424160416
結局、制作サイドの発案で、ロケ地を変更した上、まずは幽霊とは無縁そうな日常パートの撮影を集中的に行うことになった。ところが、撮影の度に怪現象が一つ、二つならず発生し、遂には収録音声をチェックしていた音響スタッフが、うめき声だの、甲高い調子っぱずれの歌声だの、どこの国の言語か分からない叫びやつぶやきがところどころ入り混じったのを聴いているうちに、胃を壊して入院してしまったとの事だった。 結局、お祓い、供養をしてもダメ。撮影場所、撮影シーンを変えてもダメ……何が原因なのか全く分からなかった。制作サイドではドラマの企画自体の見直す方向で話が進められ、関係者の間では週刊誌やスポーツ新聞に面白おかしく書き立てられないよう箝口令が敷かれた。そうして企画全体の方針が決まるまで撮影は一切中止され、小梅と私は指示を待つよう言い渡された。その帰路、制作テレビ局の建物から出ようとすると、小梅が「プロデューサーさん…ちょっと、いい、ですか……」と声を掛けてきた。いつにまして深刻な様子が表情から看て取れた。何事か聞いてみると、「どうして、あの子達が来てるか、分かった……」と言う。
2 17/04/30(日)19:44:48 No.424161008
小梅に案内されるままにビルのエアコンの室外機が置かれた辺りに出ると、室外機のファンの中から言葉にならないうめき声の数々が、私にも聞こえてきた。 「いま、ここに、いるのはね…日本の兵隊さん……こっちは、インドの……イギリスの軍人さん……それからピー屋…?、の、おばさんと……日本軍の、道案内してたおじさん……みんな、ビルマで、病気になって、亡くなって………それで、その…プロデューサーさんのひいおじいさんのこと、知ってるって……」と、小梅が言った。 それを聞いて、私は目眩に襲われた。昔、亡くなった祖母から聞いたことがあった。私の祖母の父、つまり私の曽祖父は、先の戦争でビルマ戦線に従軍して、撤退まで生き延びたものの、祖国の土を踏む前に亡くなった。祖母が言うには、終戦直後に元軍医が曽祖父の遺骨を持ってきて、曽祖父の一家に頭を深く下げて詫びながら、こんな話をしたというのだ。
3 17/04/30(日)19:46:04 No.424161326
――曽祖父は、文字通り馬の屍肉を喰らい泥水をすするような劣悪極まる衛生状況で、とりわけ戦病死者が多かった部隊にいた。その中で、曽祖父は、病気一つせず平然と進軍を続け、「不死身の神兵」と讃えられたという。ところが、ビルマから撤退した後に軍医が診察したところ、曽祖父は致死性の伝染病に感染していたことが判明した。曽祖父が健康だったのは、感染しても発症しない特異体質だったためだという。曽祖父は、自分の知らないうちに、戦場で接触したありとあらゆる人間に病原体を撒き散らしていた。それを知った軍上層部は、そうした曽祖父がさらに隊内に病死者を増加させることを恐れて密かに銃殺し、公的には撤退中の戦死者として扱ったというのだ―― まさか、これら全員が私の曽祖父のもたらした病に斃れた人々の霊だというのか…… さらに小梅は続けた。 「でもね…みんな、プロデューサーさんに、何か、するつもりはないって……ただ、みんな、家族がいなくて、お墓もないから…だから、自分の事を誰かに、覚えていて欲しかったんだって………」
4 17/04/30(日)19:48:44 No.424162093
それは、そのとおりかも知れない。家族のあった私の曽祖父でさえ、誰の記憶にも留められなくなろうとしていたのだ。私も今、ここで死者の声を聞かされるまで、ビルマ戦線の中で敵味方のべつまくなしに死屍累々を重ね、やがて軍上層部に抹殺されたという曽祖父のことなど、気にも留めていなかった。実際のところ、祖母の話も半分与太だろうと信じてもいなかった。まして、この死者達の声に、誰か耳を傾けることがあっただろうか?うだるような熱帯の泥沼の中で、訳も分からず病に冒されて死に、葬られることさえなかったこの人々の事を、これまで誰が記憶し、追悼し、弔っただろう?私はその場に崩れ落ちるように跪いて頭を下げ、両掌を強く合わせて、いま声を聞いた死者達の安らかな眠りを、祈った。傍にいた小梅もしゃがんで一緒に手を合わせてくれた。 結局、例のドラマ企画は中止になり、当初予定した枠は昔の戦争映画を放送することに決まった。 心霊現象については相変わらず箝口令が敷かれ、うちの事務所にも表向き「予算とスケジュールの都合で企画変更」と通知された。
5 17/04/30(日)19:55:48 No.424164130
8月15日夜、私はちょうど仕事が空いて、ぼんやりとテレビを眺めていた。9時になって、映画が始まった。当初小梅が出演予定だった枠の代番で、奇しくも「ビルマの竪琴」だった。 主題曲が流れてきて、格別悲しいと思わなかったけれど、涙がほろほろと流れた。私は自宅のソファに腰掛けているのに、自分が曽祖父と同じように、ビルマの泥沼の中にいるような気がした。 そして、映画が終盤に差し掛かった時……部屋のドアに、年の頃四十程だろうか、いかめしい面構えの男が立っているのに気がついた。その男は、マスクで顔を覆い、ゴム手袋につけて、白衣の下に詰襟服を纏っていた。旧日本軍医の亡霊であった。亡霊は、腰から拳銃をそっと取り出し、銃口を私に向けて、こう言った。「私を恨むな。軍機と衛生は守られねばならぬ」と。そして、引金を弾き、その弾を私の胸に命中させた。幽霊の拳銃なので血は出なかったが、致命傷を負わせるには十分のようだった。次第に呼吸ができなくなり、脈が絶えていくのが自分でも感じ取れた。ただ、私がこのまま起き上がれなくなっても、小梅との日々は明日も続くように思われた。そうであれば、ちっとも怖い気がしなかった。