虹裏img歴史資料館

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17/04/23(日)11:58:03 近頃、... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1492916283125.png 17/04/23(日)11:58:03 No.422674681

近頃、京の街に噂が飛び交っているらしい。 なんでも御所のあたりに夜中、大きくて黒い怪しげな鳥がやって来て、「いつまで、いつまで」と人間の言葉で叫んでは朝になると去っていく、というのだ。 飛び交っているらしい、というのは、私はこの手の話に大して興味が無いからで、御所の事なら宮内庁の人がうまいこと鳥を捕まえればいいし、珍しい鳥なら、やんごとなき方々の御研究にうってつけの話だ。 そう、何も気にすることはない。今日も夕暮れ時になれば鴨川のほとりにカップルが等距離に並んで逢引を楽しんでいる。その傍を、曇り眼鏡の学生の群れが、愛だのφだの空集合だのと、どもり気味の早口で言葉のデッドボールをしながら通り過ぎていく。やがて日が落ちれば坊さん達の祇園通い、諸行無常の鐘の音、まるたけえびすにおしおいけ。京都は今日も京都である。 ただ、紗枝ちゃんなんかは噂をいたく気にしているようで、どこからか新しい情報を仕入れてきては、「周子はん、なんや怖い、怖いわぁ」なんてすがりついてくるから可愛らしい。

1 17/04/23(日)11:59:46 No.422674952

それから数日、春にしては蒸し暑い日曜日の四条をぶらぶら歩いていると、突然スマートフォンが変な音で鳴り出したと思ったら、「緊急災害速報」なんて文字が大きく表示されていて驚いた。「京都市街地に巨大怪鳥現る」「内閣防災対策本部 避難指示発令」……とにかく逃げろということらしい。そういえば警察、消防に、自衛隊まで巷に出てきて、あっちに逃げろと大声で誘導している。正直こういうのは好きではないが、一人突っ立っていて何か言われるのも面倒である。ここは私も素直に従うことにする。避難場所は円山公園。途中、鴨川を渡る橋で渋滞する。時間をかけて通り抜け、やれやれ、と一つため息をつくと、空が一瞬暗くなって、辺りからわーきゃー聞こえてきたので見上げてみたら、ジェット機ほどの黒い羽が頭上を覆っていた。そして、九官鳥みたいな声で「いつまで、いつまで」と鳴きながら、北へ―御所まで向かっていく。周りを見れば、カフェで出てきた品をいちいち撮影するみたいな要領で、スマホを天に掲げて鳥の飛ぶ様を動画に収めている人がちらほらいる。それを見れば、「ほら、やっぱり大したことないじゃない」と紗枝ちゃんに言ってあげたくなる。

2 17/04/23(日)12:00:43 No.422675109

円山公園に着いてみると、警察だか自衛官だかが拡声器を使って「おさない かけない しゃべらない」みたいなことを言ってる。小学校の避難訓練に聞いたやつだ。そういえば避難訓練の時にこっそり学校のグラウンド抜け出して遊びに行って、後でえらく怒られてたっけ。そんなことを思い出してると、「ああ、息災でいはったんやねぇ。よかった、よかったぁ」と言って抱きついてくる女の子がいて、紗枝ちゃんだった。一人で出かけている最中に緊急災害警報を聞いて、慌ててここまで逃げてきたらしい。「大げさだなあ、大丈夫だよ」と私が言うと、「でも、うち、怖かったんやもん…」とちょっと拗ねたみたいな顔して、白いハンカチで涙を拭いている。よく見ると自分の服の肩の辺りがほんのり赤くなっていた。紗枝ちゃんの化粧が涙で少し落ちて私の服に付いたらしい。これを見るとなんだか嬉しくなったので、そのままにしておこうと思う。

3 17/04/23(日)12:01:11 No.422675212

紗枝ちゃんはご丁寧な事に乾パンだの水のペットボトルだの懐中電灯だのを巾着の中に詰めて持ってきていて、そこから防災用ポータブルラジオを取り出し、一緒に聞こ、と言って、チューニングを公営放送に合わせた。臨時ニュースになんたら帝国大学の先生が出ていて、曰く、古文書などによると京都の怪鳥出現は12世紀中頃以来、八百何十年かぶりで、怪鳥の鳴き声を恐れた時の帝が病に倒れて加持祈祷も利かず、弓の名手陸奥守源三位頼政が怪鳥をエイヤと退治して帝の病は晴れた、今ノ世ニ一ノ源三位ナキカ嗚呼源三位ナキカ、との事だった。今の世の武士となれば自衛隊だけど、場所が場所だけに手出しはできない。すると内閣官房長官の緊急記者会見が流れてきて、先ほど臨時閣議で怪鳥討伐を徳川公爵家の当主に嘱託することが決まり、徳川公にはすでに御所前に待機してもらっているという事だった。清和源氏を称していて、宮中行事で流鏑馬をやってもらっているからだそうだが、どう考えても胡散臭い。徳川なんて源氏のまがい物もいいところだし、第一、征夷大将軍が東から上洛してきて怪物退治なんて話が逆である。歴史に大して興味がない私にだって、そのくらいのことは分かる。

4 17/04/23(日)12:02:07 No.422675366

紗枝ちゃんに至っては「言うたら何やけど、総理大臣、阿呆と違いますのん?」と、率直な感想を漏らしている。記者会見が終わるとラジオは徳川公怪鳥退治の中継に切り替わったが、案の定、徳川公の放った矢はことごとく明後日の方向へ飛んでいき、怪鳥は変わらず「いつまで、いつまで」と叫んでいる。同じようにラジオを聴いている人があちこちいて、声の大きいおっさんが「ほれ、見てみい。偽の源氏でうまくいくわけあるかい。わしは最初ッからあかん言うとったんや」と勝ち誇ったように怒鳴っていた。 それからラジオは内閣官房長官の釈明会見に替わり、紗枝ちゃんは「なんや阿呆らしなってきたから、切りまひょ」と言ってスイッチを切った。私も全く同感だった。だんだん日が落ちてきて、周りからは「早う帰りたい」「もうええのと違うん?」という声が聞こえ始めた。そもそも何のために避難したのか、分からなくなってきたようだった。 そうして日が沈んでしまった頃、防災テントの前で、何やらお婆さんと自衛隊員が言い合いになっている…というか自衛隊員がお婆さんの言うことにすっかり困りあぐねている様子だった。

5 17/04/23(日)12:05:18 No.422675918

怪獣物みたいな怪奇譚いいな…

6 17/04/23(日)12:05:55 No.422676003

「おかしいわあ、なんで帰れひんの」 「だからね、お婆ちゃん。化物が出て危ないから…」 「あんさん、さっきから危ない、危ない、言わはりますけど、何が危ないんやろか」 「だから化物が出て…」 「そないに言わはっても、昔、化物が御所に出て、患わはったのは天子様だけですやろ」 「いや、ええと…」 「天子様が今、御所にいいひんのやったら、何や危ないことありますやろか」 これを聞いて、年寄り達が「そや、天子様のいいひん御所に化物が出たって、なんや」と言って、群れをなして帰路に着き出した。中年や若者もこれに続いた。最初止めようとしていた自衛隊員も、人数が多過ぎて対処できなかったのか、何も言わなくなった。漏れ聞こえる無線放送からは、他の避難所でも同じようなことが起きている様子だった。私と紗枝ちゃんも一緒に帰ることにした。あのお婆さんの言うとおりで、御所に化物が出たところで物を壊したり人を獲って食べる訳でもないし、九官鳥みたいに鳴いているだけなら、何の害もない。観光客が来なくなってうちの親みたいな商売人は困るかもしれないが、案外新名物になるかもしれない。だったら、鳥の一羽や二羽くらい何でもないのだ。

7 17/04/23(日)12:06:49 No.422676151

紗枝ちゃんは「なんでうち、あないに怖がっとったんやろ。恥ずかしいわぁ…」と言って、赤くなった頬に両手をあてていた。私が「も~、可愛いなあ、紗枝ちゃんは」と言って頭を撫でると、「もう、からかわんといてぇ」と言ってむくれた。 そうして紗枝ちゃんを送ってから家に帰って、風呂上がりにテレビを点けてみたら、「避難指示が先ほど午後8時45分に解除されました。避難者の方は係員の指示に従って気をつけて帰宅して下さい」と言っていた。今ごろ避難している人なんているのだろうか?いたとしても、よっぽど馬鹿真面目なお上りさんか、情報源のない外国人観光客くらいだろう。要するに、市民が誰も指示に従わなくなったので、お上は慌てて指示を解除したわけだ。 結局、例の怪鳥は水曜日くらいまで御所の辺りをぐるぐる飛び回っていたが、そこに天子がいないことに気づいたからか、東山の方に飛んでいって、以来姿を見せなくなった。京都にいるうちに写真でも撮っておけばよかったかな、と思ったけれど、後で見返すこともないだろうと思えば惜しくもなかった。怪鳥がいようがいまいが、京都は今日も京都である。東のことは、東の人がなんとかすればいいのだ。

8 17/04/23(日)12:11:17 No.422676822

周子が紗枝はんといちゃいちゃする出汁に使われてるこのヒリ…

9 17/04/23(日)12:19:41 No.422678137

さえしゅーいいよね…

10 17/04/23(日)12:33:21 No.422680348

ただの珍しい鳥だ

11 17/04/23(日)12:55:46 No.422684439

一方その頃佐城雪美は…

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