17/04/15(土)17:05:21 【SS】B... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1492243521360.jpg 17/04/15(土)17:05:21 No.421066482
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1 17/04/15(土)17:05:49 No.421066584
「ふぁ……」 日は高く昇り、外に出ている人が殆どいない通学路。 その真ん中を、フラフラとした足取りで歩く一人の少女がいた。名を、冷泉麻子。大洗女子学園二年生である。 麻子は、誰もいない通学路をおぼつかない足取りで歩いていた。 「ちょっと冷泉さん!」 その麻子に、突如かけられる鋭い声。その声は、麻子が向かっていた先、学校の校門から聞こえてきた。 そこには、オカッパの髪型の少女が、いわゆる仁王立ちをして待っていた。 「おはよぉ、そど子ぉ……」 「おはよう、じゃないわよ! もう何時だと思っているのかしら!」 麻子に対し、風紀委員、園みどり子はまさに怒り心頭といった様子で怒鳴った。 「えっと……何時だ?」 「もう九時よ九時! 一時間目が始まる時間よ! それなのに今頃登校だなんて、まったくすっかり以前の冷泉さんに戻ったわね!」 怒りと呆れが混ざったようにみどり子は言う。 麻子は、以前から非常に遅刻の多い生徒だった。理由は簡単で、麻子は非常に朝が弱いのである。そのため、朝起きられず遅刻するということが多かった。
2 17/04/15(土)17:06:04 No.421066647
しかし、それは一時期改善していた。それは、麻子が戦車道を始めたからであった。戦車道において早朝から訓練をすることが多々あり、友人達の協力などから麻子はいつの間にか朝早く起きるようになれていたのだ。 だが、最近の麻子は元の駄目な生活に戻っていた。原因としては、戦車道の早朝練習いわゆる朝練が無くなったことが大きい。 それまで戦車道の訓練においてはよく朝練をしていた。だが、大会が終わり、学校の命運をかけた大学選抜との戦いも終え、ひとまずゆっくりしていこうという方針が決まり、朝練の頻度が下がったのだ。 その結果、麻子が早起きする理由が減り、身についていた習慣もなくなってしまったのだ。 「ううー、そうは言ってもだな……」 「そうもこうもないわよ! このままだと、せっかく取り消した遅刻の記録がまた溜まって、単位足りなくなるわよ!」 「それは困るー……」 「困るじゃなくて、もっとしゃきっとしなさい!」 ぴしゃりと叱りつけられる麻子。 だが、眠気に包まれている彼女にとっては、その説教も右から左にと聞き流すものになってしまっていたのだ。
3 17/04/15(土)17:06:21 No.421066700
それから麻子は眠気によっておぼつかない足取りで校門を潜り、自分の教室へ向かっていく。 教室に入ると、クラスメート達の「またか」という諦めと笑いの篭った視線が麻子を刺したが、麻子は特に気にすることなく自分の席に座った。 そして、途中から出た最初の授業を終えたあと、間の休み時間に別のクラスの友人達――武部沙織達がいるクラスに行き会いに行く。 そして会いに行くと「麻子また寝坊したのもー!」と言われる麻子。 さすがに完全に目が覚めている状況でその言葉を無視するわけにもいかず、「……ああ、すまんな」と一言謝る。 その後は再び授業に出て、戦車道の時間に戦車を操縦する。 こうした生活が、麻子の一日である。 麻子は、このときまだ自分のこうした生活が一変するとは、思ってもみなかった。
4 17/04/15(土)17:06:40 No.421066770
◇◆◇◆◇ 「…………」 麻子はその日、戦車道の訓練を終えると珍しく一人で帰路についていた。 その日は、彼女の友人達は全員用事があるあらしく、一人での帰り道となっていた。 だからといって、特に麻子は寂しくは思ったりはしなかった。確かに戦車道を始めてからは複数の友人と帰ることが多かったが、こうして一人で帰ることも少なからずあるからだ。 周りには複数人で家路につく他の大洗の生徒達の姿があった。 みな、楽しそうにしている。 麻子はそんな姿を見ながらも、考えているのは最近の朝の具合についてのことだった。 ――最近はすっかり生活が元に戻ってしまったな。これでは、朝そど子が言っていたようにせっかくなくしてもらった遅刻の記録がまた戻ってしまう。それに、それがバレるとおばあが怖い……。 「……はぁ」 麻子は大げさにため息をつく。 現状が良くないと分かっていても、その現状を変えられない。そのことに、麻子は悩んでいた。 そんなときだった。
5 17/04/15(土)17:06:57 No.421066827
「お嬢さん」 肩を落としながら歩いている麻子に、突然横から声がかけられたのだ。 麻子は驚きながらその声のした方向を見る。 そこは建物と建物の間、路地裏へと繋がる場所で、そんな場所にその人物は立っていた。 全身黒ずくめで、フードによって顔を隠した、男か女かも分からない人物が。 その怪しい人物に、麻子はおもいきり警戒の色を示す。 「……なんだ。勧誘なら間に合っているぞ」 「いいえ、そういった類のものではありませんよ」 黒ずくめの人物は僅かに見える口元で笑みを見せ言った。 麻子は以前態度を緩めない。 「そうか。なら私に何だと言うんだ。場合によっては警察に連絡するぞ」 「ふふ、容赦がないですね。でも安心して下さい。私は、あなたの悩みを解消しようと思ってあなたに声をかけたのですから」 「私の、悩み……?」 麻子は更に訝しげな表情になる。 突然悩みを解決すると言われたのだ。やはり、怪しい宗教か何かかと思うのが自然だった。
6 17/04/15(土)17:07:13 No.421066884
「やはり変な宗教の……」 「ああ待って下さい。そうですね、まずは実演してみるのが一番でしょう」 そう言うと、黒ずくめの人物は懐からとあるものを取り出した。 それは長方形の箱だった。 手に収まるサイズのそれには、よく見ると、板で数字を現すいわゆるパタパタ時計が二つ付いていた。 年代まで表示されたそれを、黒ずくめの人物は片方のほうを弄り始める。 そして、時間を朝方にしたかと思うと、横についていたスイッチをカチリと押した。 「っ!?」 そのとき、麻子は驚くべき体験をした。 それまでの周囲の風景が突然高速で巻き戻りはじめたのだ。前を歩いていた人間は後ずさり、月は沈み太陽が西から東へ昇っていく。そして、誰もいなくなりあっという間に太陽が天頂へと昇ったときに、周囲の風景は動きを止め、再び普通の動きで動き始めた。 「い、一体何が……!?」 「何、簡単なことですよ。ちょっと『時間』を戻しただけです」 「は……?」 麻子はわけの分からないといったような顔をする。
7 17/04/15(土)17:07:56 No.421067020
だが、麻子はそのことをすんなりとは信じられなかった。 何かのトリックで幻覚を見せられているのでは、と疑った。 すると、そのことを黒ずくめの人物は表情から悟ったのか、このようなことをいい出した。 「すぐには信じられないでしょう。では、少し時間を進めてみましょう。そして、その目で確かめてみて下さい。時間が巻き戻っていることを」 そう言うと、黒ずくめの人物は再び時計を弄ると、ボタンを押した。すると、再び周囲の風景が急激に変化した。 それは、わずかに時間が変化したことを示していた。 「さあ、ではこちらへ」 すると、黒ずくめの人物は路地裏から歩き出す。方向としては、学校の方向だった。 「お、おい待て!」 麻子は慌てながらその後をついていく。 その道中で見かける時計は、お昼から少しした程度の時間の針を指していた。麻子の腕に巻いてある時計と、同じ時間だった。 そうして二人はある程度歩くと、麻子は見覚えのある場所につれてこられた。 そこは、戦車道の訓練で使う広場がよく見える高台だった。
8 17/04/15(土)17:08:28 No.421067130
「あれを御覧ください」 黒ずくめの人物が指を指す。 麻子は指された先を注意して見る。 するとそこには、戦車から降りる自分の姿があるではないか。 麻子には、確かにその時間帯にちょうど戦車道の授業を終えた記憶があった。 その自分自身の姿を、麻子はその目で見ているのだ。 「こんなことが……信じられない……」 「ですが、これは本当に起こっていることなのですよ」 そう言うと、黒ずくめの人物は時計についてある、時間を戻したときとは別のスイッチを押した。 すると、一瞬にして太陽は沈み、月が昇った。 どうやら、元の時間に帰ってきたようだった。 「そんな……馬鹿な……」 麻子は未だ驚愕から抜け出せていなかった。 しかし、黒ずくめの人物はそんなことお構いなしと、麻子の手を突然取った。
9 17/04/15(土)17:08:49 No.421067201
「な、なんだ!?」 「私は言ったでしょう? あなたの悩みを解決すると。そのために、これを」 そして、なんと麻子に先程まで使っていた時計を手渡してきたのだ。 「お、おい! これは一体どういう――」 「その左端についてあるツマミで時間を調整できます。それぞれ上から年、月、日、時間となっています。基本的には現在の時間と連動していますので、合わせる必要はありません。本来の時間も、常に正確な時間を刻むようになっています。そして右側の手前についているスイッチで時間を戻せます。そして奥側のスイッチで元の時間に――」 「ま、待て待て待て!」 麻子は突如浴びせかけられた説明に困惑する。 そして、一端その説明を止めさせ、現状についてのことを聞き出そうとする。 「まず私に説明しろ! まあその、時間を戻せるというのは分かった……。しかし、何故それを私に渡そうとする? お前の目的はなんだ?」 「目的も何も、私は時間に困っている方にこの時計を渡して歩いているだけですよ。あなたも、その一人に選ばれたというだけの話です」 「そんなうまい話、信じられるわけ……」
10 17/04/15(土)17:09:04 No.421067254
麻子が不信感を丸出しにしていても、目の前の黒ずくめの人物は動じなかった。 それどころか、黒ずくめの人物はお構いなしと麻子にその時を戻せる時計を握らせてきたのだ。 「お、おい……」 「まあまあ。ぜひ、騙されたと思って使ってください。ああでも、くれぐれも使いすぎないように気をつけてくださいね。わりとデリケートな道具ですから。あくまで、困ったときに使って下さい。それでは」 そう言うと、黒ずくめの人物は麻子に背を見せる。 「ま、待て!」 麻子が呼び止めるも、黒ずくめの人物は足早に高台から降りていき、すぐさま下の雑踏の中へと消え去ってしまった。 高台には、時を戻すことのできる時計を持った麻子だけが残された。
11 17/04/15(土)17:09:30 No.421067333
翌朝。 「ん……」 麻子は眠たげな目をこすりながら起き上がる。 窓の方に視線を移すと、外では太陽がすでに高く昇っていた。そのまま時計を見ると、既に時間は八時四〇分を示していた。 「今日も遅刻だな……ふぁ……」 麻子は大きくあくびをする。時間内に学校に行くには物理的に無理な時間帯で、完全に諦めていた。 仕方ないといった様子で、麻子は布団から抜け出し布団を畳む。 と、そのとき、麻子の目に例の時計が止まった。 「あ……」 麻子は布団を畳み終える前に、その時計を手にとってまじまじと見る。 「夢じゃ、なかったんだな……」 そう、麻子は昨日貰った時を戻せる時計を、結局持ち帰ってきたのだ。 突然現実離れした道具を渡され困惑した麻子だったが、渡してきた人間がすぐさま消え去り、そして、それを持って残された麻子に、他の選択肢はなかった。 「ふむ……」 麻子は時計をまじまじと見る。
12 17/04/15(土)17:09:50 No.421067404
――本当に時間が戻せるのか? やはり昨日見せられたのは、何かの手品じゃなかったのか? そんな疑いの気持ちが、麻子の心に芽生える。 やはり、時間を戻せるというのはあまりにも現実離れしたことだった。 だから、実際にその時計を手にしても信じがたいものがあった。 「……ものは、試しだな」 麻子は軽い気持ちで時計を動かす。時間を、一時間前ほどに調整する。 そして、説明された通りにスイッチを入れた。 すると―― 「っ!?」 昨日体験したように、周囲の風景が物凄い速さで巻き戻る。 戻した時間が一時間だからか、その時間はほんの一瞬だったが。 そして、麻子の目の前に、布団の中で眠るもう一人の自分が現れた。 「これは……」 麻子は眠るもう一人の自分と時計を交互に見る。
13 17/04/15(土)17:10:05 No.421067445
そして、 「本物だな、これは……」 と静かに呟いた。 麻子はその時計が本物の時間を巻き戻す時計だと認めた。 それを確かめると、麻子は大事そうにその時計を持って、制服がしまってあるクローゼットへと向かい、制服を着て、学校に行く準備をした。 時計は、大切に鞄にしまい込む。 そして、そのまま麻子は学校へと登校した。 通学路には、多くの学生が歩いている。みな、学校へ通学している普通の生徒だ。 だが麻子はその中で得も言われない興奮を抱いていた。 普段の麻子は殆ど興奮するということがない。いや、人並みに感情の振れ幅はあるのだが、それを表に出すことは少ない。 そんな麻子が、今は言葉に出来ないほどの興奮と緊張をしている。 時間を戻すという現実離れした道具を手に入れたのだ。それも当然のことであった。 「おはよう麻子っ!」 そんな麻子にいきなり後ろから声がかけられる。 「……っ!?」
14 17/04/15(土)17:10:20 No.421067495
麻子は驚き、体をビクンと震わせる。 その様子に麻子に声をかけた少女――沙織は驚きの色を見せる。 「ちょっ、どうしたの麻子!?」 「ん? あ、いや沙織か……いや、半分くらい寝てたからな、それでびっくりしたんだ」 麻子がそう言うと、沙織は納得したように「あー」と声を出した。 「なるほどねー、麻子が久々に早く来てるからどうしたのかなと思ったけど、やっぱり眠たいんだね、やっぱり麻子は麻子だなぁ」 沙織が笑って言う。 麻子は、その沙織の笑いにうなずきを返すだけだった。 だが、内心では大きく焦っていた。別に時計のことはバレてもいいはずだと理屈では分かっていた。沙織は長年の友人である隠す必要はない。だが、なぜだか麻子はそのことを話そうとは思えなった。
15 17/04/15(土)17:10:36 No.421067549
それは、言葉に出来ない後ろめたさのようなものが麻子にのしかかっていたからであった。 「…………」 「ん? どしたの麻子? 黙っちゃって?」 「……いや別に。眠たいだけだ」 そう言って麻子は沙織と一緒に学校に登校した。 朝一からちゃんと授業に出たのは久しぶりのことであった。
16 17/04/15(土)17:10:55 No.421067597
それからの麻子は、一日たりとも遅刻をすることはなくなった。 もちろん、それはタイムマシン――麻子は時計を便宜上そう呼ぶことにした――による力である。 タイムマシンによって、麻子は朝好きなだけ寝て、起きたら時間を戻し学校に登校するという生活を送るようになった。 そのおかげで朝から目が覚めた状態で学校に行くことができ、周囲からも印象が変わったと言われるようになった。 「なんだか最近の麻子って元気だよねー。いや前はただ眠たげにしてただけなんだけどさー」 とは沙織談。 そのことで何が変わったというわけではないのだが、とりあえず遅刻がこれ以上つくことがなくなったのは彼女にとってありがたいことだった。 もちろん、タイムマシンに頼りすぎではないかという気持ちもなくはなかった。 だが、それよりもどうしても睡魔のほうが勝ってしまったのだ。
17 17/04/15(土)17:11:11 No.421067647
麻子の惰眠を貪る癖は、タイムマシンが現れてからさらに酷いものと化していた。 しかし、それ以外に麻子の生活に変化はなかった。ただ、朝寝ている時間が長くなっただけ。タイムマシンを手に入れたというのに、殆ど変化がないというのも悲しい話だと、麻子は自嘲気味に思った。 だが、それでいいと思っていた。変に時間を戻してやり直したいことなどない、過去の歴史などにも興味はない、そう考えていた。 その日までは。
18 17/04/15(土)17:12:13 No.421067832
◇◆◇◆◇ 「何言ってんだい! この馬鹿!」 「馬鹿とはなんだ! 私はおばあのことを思って――」 「もういいから出てきな! 私はそこまで言われるほど老いちゃいないんだよっ!」 「……わかった!」 麻子は珍しく怒りながら病院の病室を出た。 その日、麻子は定期的に訪れている祖母である久子の御見舞に来ていた。 しかし、ちょっとしたことから口論になり、たった今病室を追い出されたのだ。 「……おばあの馬鹿」 麻子は珍しく拗ねた口調で言う。 久子が麻子に厳しく当たるのはいつものことだったが、その日はいつも以上に厳しかった。そして、麻子もいつもは聞き流すその言葉を聞き流せなかったというのがある。 「……帰るか」
19 17/04/15(土)17:12:29 No.421067872
麻子は病室の扉を一瞥した後、「はぁ」と肩を落としながら帰ることにした。 病室を追い出される形となったが仕方ない、今日はもう取り付く島はないだろうと判断したのだ。 一人病院を去っていく麻子は、そうして病院を出たとき、何となしに振り返った。 「…………」 そのとき麻子に、言葉に出来ない予感が去来した。 だが、その予感が何なのかを麻子はうまく説明できなかったし、それに、喧嘩別れした後でまた久子の元に戻るというのも気が引けた。 それゆえ、麻子はそのまま家に帰ることにした。
20 17/04/15(土)17:12:50 No.421067945
その夜。 「…………」 麻子は家で黙々と学校で出された課題を解いていた。 麻子にとっては学校の課題など簡単なものである。夜にこうして課題と向き合っているのは、昼間に見舞いに行ったためであった。 カリカリと、シャープペンシルの音と、カチカチという、時計の音のみが部屋に響き渡る。 とても静かな空間であり、麻子が家でなんらかの作業をするときは、いつもそうだった。 プルルルル、プルルルル……。 そんなとき、麻子の携帯電話が突如鳴り始めた。それは電話の着信音だった。 「……?」 麻子は不思議に思った。 こんな夜中にラインやメールではなく、直接電話が来るのは珍しいことだった。 だがおそらく沙織あたりだろうと、麻子は何気なしに電話を取る。 『もしもし、こちら◯◯病院です。冷泉麻子さんのお電話で間違いないでしょうか?』 麻子は驚く。 そこは、つい先程訪れていた病院からだったからだ。
21 17/04/15(土)17:13:07 No.421068009
「はい、そうですが……」 『実は、おばあさんが――』 麻子は、その次に病院からあった連絡の言葉が、信じられなかった。 「……え?」 『ですので、すぐにこちらに――』 「ちょ、ちょっと待ってくれ……。嘘……だろ……? おばあが……あばあが……」 麻子は、するりと手から携帯電話を落とした。 『もしもし麻子さん? 麻子さん?』 「死んだ、だなんて……」
22 17/04/15(土)17:13:33 No.421068075
葬儀はしめやかに執り行われた。 参列者は多く、久子が数多くの人間に慕われていたことを表していた。 麻子の友人達も訪れていた。沙織を始めとして、五十鈴華、秋山優花里、西住みほなど、麻子にとっての親友達も、久子の死を悲しみ、涙を流してくれた。 特に麻子と長年の付き合いである沙織は、久子とも付き合いが長く、まるで自分の祖母が死んだかのように悲しんでくれた。 だが、沙織は、麻子の様子を見てなるべくその悲しみを表に出さないようにと努力もしていた。 なぜなら麻子は、多くの大人達の前では涙を流さす、残された遺族として立派に振る舞っていたのだから。 「……ねえ、麻子」 そんな麻子に、沙織が話しかける。 「……なんだ」 麻子の声はいつもの通りに抑揚のない低い声だった。だが、沙織にはその違いが分かった。 「ちょっと、こっち来て」 沙織は麻子の手を握ると、半ば無理矢理外へと連れ出した。
23 17/04/15(土)17:13:49 No.421068124
「お、おい沙織」 そして、外にある駐車場の裏、人気のないその場所へと行くと、沙織は麻子の肩に両手を置いた。 「な、なんだ……」 「ねぇ麻子、ここには誰もいないよ?」 「突然どうした……」 「だから、泣きたいならここで泣いていいんだよ?」 「わ、私は……」 麻子は「違う」と言おうとした。 だが、言えなかった。 代わりに、瞳からぽろぽろと、涙がこぼれ落ち始めた。 「あれ……?」 麻子は最初、自分が泣いているとは気づけなかった。だが、自分の瞳から流れる涙を、そっと沙織に掬われたときに、やっと自分が泣いていることに気がついた。 「私、どうして……」 「……麻子、辛いことがあったら言ってくれていいんだよ」 「……私は」
24 17/04/15(土)17:14:17 No.421068213
その沙織の言葉に、麻子の心のダムが決壊し始める。 「おばあと……最後に会ったとき……喧嘩別れして……それで……謝らずに……そのまま帰って……それで……それで……」 そこで、麻子の心のダムは、完全に決壊した。 「それで……うわああああああああああああああっ!」 麻子は沙織にしがみついて泣いた。 沙織は、麻子の体を優しく抱いた。そして、胸にその頭を抱え込んで、優しく撫でた。 「うん……辛かったね……辛かったね……!」 そう言う沙織もまた、泣いていた。 麻子ほど激しい涙ではなかったが、声が震えるほどに、涙を流していた。
25 17/04/15(土)17:14:36 No.421068262
「……ぐすっ……もう……我慢しなくていいんだよ、麻子……!」 「うわあああああああああっ! おばああああああああ! おばあああああああっ!」 麻子は泣いた。 とにかく泣いた。沙織の胸の中で、泣き続けた。 沙織も泣いた。しとしとと泣いた。 麻子を胸に抱きながら、泣いた。 二人は、泣き続けて涙が枯れるまで、その場で抱き合いながら涙を流し続けた。
26 17/04/15(土)17:14:53 No.421068327
「……はぁ」 葬儀の後、麻子は自分の家に戻ると、敷きっぱなしだった布団の上にボサリと倒れ込んだ。 それは、悲しみから来る無気力と、心労と葬儀の大変さからくる疲労のためだった。 「おばあ……」 麻子はポツリと呟く。 沙織に慰めてもらったとはいえ、その悲しみからは抜け出せなかった。 特に麻子を苛んでいたのは、最後に喧嘩別れをしてしまったことだった。 麻子は既に心の整理を始めていたのだが、そのことだけはどうしても気がかりだった。 大切な人と、ちゃんと話さないで突然別れる。そんな事態が、まさか二度も味わうとは麻子は思ってもいなかった。 「……ん?」 そのとき、麻子の視界にとあるものが入る。 それは、 「……タイムマシン」 そう、タイムマシンだった。
27 17/04/15(土)17:15:11 No.421068387
麻子は時計の横に置いていたそれを手に取り、ゆっくりと起き上がる。そして、まじまじとタイムマシンを見つめる。 「……これなら」 麻子は、タイムマシンを見てひとつの決意をした。 それからというもの、麻子の行動は早かった。 着ている制服――葬式には制服で出た――から朝着ていた私服に着替え直すと、駆け足で夜の病院へと向かった。 さすがに病院と言えど夜は人通りが少なく、麻子を気にするものもいなかった。 「……よし」 麻子はタイムマシンを見て、覚悟を決めるように呟いた。 そして、病院の玄関の前で、ツマミをひねりタイムマシンの時刻を合わせる。 「ええと……私が出ていった時間が確か……うん……これで合ってるはずだ……」 そして麻子は、カチリとタイムマシンのボタンを押した。 すると、見慣れた逆巻きの時間が流れていく。 そしてあっという間に太陽が空に上がり、昼時の時間に戻った。 麻子は時間が戻ったのを確認すると、後ろを振り返る。 そこには、ちょうど病院から出ていく麻子の姿があった。
28 17/04/15(土)17:15:30 No.421068435
「……急がないと」 麻子はそう言いながら、病院へ駆け足で入っていく。途中、看護師などに咎められたが、麻子は気にすることなく走って、久子の病室へとたどり着いた。 そして、病室の前で「……ふぅ」と息を落ち着けると、ガラリと扉を開け中に入った。 「ん? なんだい! 帰ったんじゃなかったのかい!」 病室に入るや否や、久子の厳しい声が飛んでくる。 どうやらまだ怒っているようだった。 だが、麻子はその怒りの声すら嬉しかった。思わず涙を流しそうになる。 それをぐっと堪えて、麻子は言った。 「おばあ……ごめん」 「え? なんだい急に!」 「さっきのは私が悪かった……」 「ふん、なんだい急に! 気持ち悪いねぇ!」 久子は相変わらず口が悪かったが、その声色には少し驚きの色が乗っていた。 確かに、さっき出ていったばかりの自分が、急に態度を変えて戻ってきたら驚くだろうと、麻子は思った。
29 17/04/15(土)17:16:06 No.421068564
だが麻子はそんなことを気にしている場合ではないと思い、自らの想いのたけをぶつけることにした。 「私……おばあのことが好きだ」 「へ?」 「だから……おばあとは、どんな形でも嫌な別れ方はしたくないと思ってる」 「と、突然何を言い出すんだかこの子は!」 麻子の突然の言葉に、久子も動揺しているようだった。だが、麻子は止まらない。 「だからおばあ……私はちゃんと謝りたいんだ。ごめん、さっきは。そうだよな、おばあはずっと元気だもんな。急に……いなくなったり……なんて……」 そこで、麻子は限界だった。 言葉を伝えきれずに、ポロポロと涙を流し始めた。 「ちょ、どうしたんだい!? ……ほら、こっちにおいでな!」 久子は麻子を手招きすると、ベッドに近づいてきた麻子の頭を優しく撫でた。 「まったくこの子は……意外と泣き虫なところがあるんだからねぇ」 「うう……おばあ……」 「ふふ……ほら、何があったのか分からないけど、今は好きにしな……」 「うん! ……うん!」
30 17/04/15(土)17:16:25 No.421068632
そうして麻子は、久子の前でしばらくの間泣き続けた。 そして、泣き終えると、静かに久子の側に座った。 「おばあ……今日はずっといていいか」 「なんだい、帰らないのかい?」 「今日は……いられるだけ、いたい」 「……わかったよ、好きにしな」 そうして麻子は、久子に限界の時間まで付き添った。 患者以外の人間が返される時間になると、名残惜しくも病室を去った。 そして久子の死の連絡を受けた自分と入れ替わりに自分の家に入り、タイムマシンの元の時間に戻れるスイッチを押した。 「……これで、良かったんだよな」 麻子は元の時間に戻ると、すっきりとした顔をしていた。 もう思い残すことはない。そう思ったからだ。 そして、手に持っているタイムマシンに心の底から感謝した。
31 17/04/15(土)17:16:42 No.421068682
「これがなければ、おばあと仲違いしたままだったな……」 大切なときに使え。 黒ずくめの人物はそう言っていた。 きっと彼はこのことを見越して自分にこれを渡したのだろうと、麻子は思った。 麻子は今まで寝坊をごまかすためにそれを使っていたことを心から恥じた。そして、これからはできるだけ自分の力で起きていこうと決めた。 「……よし」 その決意をした麻子は、タイムマシンをしまおうと決意した。 そのために、麻子は自分の勉強机へと向かった。机の鍵のついた引き出しにしまおうと考えたのだ。 だが、そのとき麻子の目にとあるものが映った。 「あ……」 それは、両親の写真だった。まだ自分が幼い頃に一緒にとった、家族三人の写真だった。今はもういない、大好きな父と母の写真だった。 そして、その写真を見ながら、麻子は自分の手のひらにあるタイムマシンを見つめる。 「もしかしたら……」 麻子の心の中に、一つの灯火が宿った。
32 17/04/15(土)17:16:58 No.421068734
「これを使えば、父さんと母さんを、救える……?」
33 17/04/15(土)17:17:18 No.421068804
◇◆◇◆◇ 「本当に今日は一緒に遊びにいかなくていいの?」 沙織は残念そうに麻子に言った。 「ああ。私は私で予定があるからな。今日は四人で楽しんでくるといい」 麻子はそんな沙織に無表情のまま言う。 沙織の後ろでは、みほ、華、優花里が心配そうな顔で見ていた。 「大丈夫麻子さん? その、まだ……」 みほが恐る恐るといった様子で聞く。だが、麻子はそんなみほに手のひらをゆっくりと振った。 「いや、もうおばあのことは大丈夫だ、心配しないでくれ。本当に今日は別の予定があるんだ。本当は私も行きたいところだったんだがな」 麻子のその言葉に、みほ達はなおのこと不安そうな顔をしたが、対して、沙織は安心そうな顔をした。 「そっか。麻子がそう言うなら、そうなんだろうね。……うん、分かった、私達だけで陸の上楽しんでくるね! でも、お土産は買ってくるからちゃんと受け取ってよー?」 沙織はそう言うと麻子にウィンクをし、三人の背中を押して去っていった。
34 17/04/15(土)17:17:48 No.421068885
そして、三人が去るのを確認した麻子は、 「……よし」 と、自分の頬を叩きながら言って、タイムマシンを片手に私服のまま外に出た。 その日は、学園艦が大洗港に停泊する日だった。 麻子は、ずっとその日を待ちわびていた。麻子の目的、両親を助けるという行動を取るために。 こっそりと麻子は学園艦を降りる。そして、目的の場所へと足早に向かっていく。 場所は、麻子の両親が事故にあった場所。 そこで、麻子は時間を巻き戻し、両親を不慮の事故から救うつもりだった。 麻子の両親は、大洗での交通事故で亡くなった。 それは、ちょうど麻子が両親とはぐれたときに起こった。 そのため、麻子は後から両親の死を眺めることとなった。そのときの記憶は、今でもはっきりと覚えていた。 冷たくなって動かなくなった両親。その両親に駆け寄り、必死で体を揺さぶる幼い自分自身。 そのことを思い出すたびに、麻子は苦虫を潰したような顔になる。 だが、それも今日までだと思った。 麻子は両親が事故に遭う場所と、時間をはっきりと覚えていた。
35 17/04/15(土)17:18:33 No.421069051
そして、だからこそ、タイムマシンを使ってその時間に遡り、両親を救おうと考えたのだ。 「……ここだな」 麻子は目的の場所にたどり着く。 そして、そのまま時計のツマミを調節する。今まで調節したことのなかった、年、月の桁も操作する。 そうして、時間を合わせたタイムマシンを、麻子は静かに見つめた。そして、「ふぅ……」と深呼吸すると、ついにタイムマシンのボタンを押した。 その瞬間、時間の逆巻きが今まで体感したことのないほどの速度で起こる。何年も前の時間に移動しているのだ。それも当然のことだった。 そして、時間はついに完全に巻き戻り、辿り着いたのは大昔の大洗だった。 「……ここか」 麻子は周囲を見回す。 そこは未来から来たときと同じく、何の変哲もない道路だった。 通行人もそこかしこにいる。 麻子は左右を確認する。車は数台走っているが、両親を轢くことになる車は、まだ見えなかった。
36 17/04/15(土)17:18:51 No.421069111
両親はダンプカーに轢かれるはずだった。だが、まだダンプカーは見えない。また、麻子の両親の姿も見えない。 麻子はしばらくそこで待つことにした。 その待っている間の時間が、何十時間、何百時間とも感じられた。 だが、実際にタイムマシンで時間を確認してみると、まだ数分も経っていなかった。 麻子は待つ。待ち続ける。 そうして、十分ほど経ったときだった。 「っ!?」 麻子は、見た。 「麻子ー! どこだいー! 麻子ー!」 「麻子ー! もう怒ってないから出てきなさいー!」 向こう側の道路に、麻子の名前を呼びながら歩く二人の男女の姿を。 自分の、両親の姿を。 「父さん、母さん……!」 その瞬間、麻子の頭からあらゆる考え事が抜け落ち、感極まって、いつの間にか駆け出していた。
37 17/04/15(土)17:19:09 No.421069159
両親に、今すぐにでも抱きつきたかった。 だが―― 「っ!? 危ない!」 麻子の父親が、麻子に向かっていった。 「……え?」 刹那、麻子ははっと気がつく。自分が道路に飛び出し、そして、自分の直ぐ側に、ダンプカーが迫ってきていることに。 そして、それに気づいた次の瞬間、麻子の体は突き飛ばされていた。 麻子の両親の手によって。 「……あ」 麻子の体が宙を舞う。 その麻子が見たのは、安心した麻子の両親の姿だった。 だが、その姿も、一瞬でダンプカーの影へと消えていった。 「…………」 麻子は、言葉を発することができなかった。 静寂が、一体を支配していた。
38 17/04/15(土)17:19:27 No.421069226
麻子の視線には、もう二度と見たくないと思っていた光景が広がっていた。 ブレーキ痕を残しているダンプカー。 飛び散っている血液。 集まってくる野次馬。 そして、物言わぬ姿に成り果てた、両親の姿が。 「あ……ああ……」 麻子は両親の元へ近づこうとする。だが、足に力が入らない。しかたなく、這って進もうとする。 だが―― 「……おとーさん? おかーさん?」 そこに現れたのだ。 幼いころの自分が。 まだ無垢で、両親と喧嘩して迷子になっていたはずの、自分が。 「……おとーさん、おかーさん。どうしたの。おきてよ、ねぇ。おとーさん、おかーさんったら。ねえ、ねぇ。おきてよ、めをさましてよ。さっきはわたしがわるかったよ。だから、おきてよ、ねえ、おとーさん、おかーさん、おとーさん、おかーさん、おとーさん、おかーさん……」
39 17/04/15(土)17:19:45 No.421069271
「ああああ……あああああああああ……」 麻子は頭を抱える。目の前の光景に、小動物をひねり殺したかのような声が出る。 そのとき、懐からタイムマシンが落ちた。 すると、周囲の風景が消え、あっという間に元の時代に戻ってしまった。 「……っ!?」 麻子は呆然とする。そして、今起きた事実に、見る見る青ざめていった。 「私が、殺した……? 父さんと、母さんを……?」 自分が父と母を殺した。 その事実は、あまりにも残酷で、冷酷だった。 麻子はふらふらと動き出そうとする。 その麻子の足に、コツンと何かが当たった。 それは、タイムマシンだった。 「……!」
40 17/04/15(土)17:20:08 No.421069354
麻子はそのことに気づくと、瞬時にタイムマシンを拾い上げ、再び時間を戻そうとする。 しかし―― 「なんで……なんで戻らないんだ!」 何度ボタンを押しても、時間は戻らなかった。 「なんで……なんで……!」 「おやおや、だからデリケートな道具だと言ったのに」 突如、聞き慣れた声がしてきた。 そこには、どこから現れたのか、黒ずくめの人物が立っていた。 「どうやら、壊れてしまったようですね」 「壊、れた……?」 「ええ、あなたそれを頻繁に使ったでしょう。きっと、それが原因ですね。高いところから落としたのが契機になったようです」 そう言うと、黒ずくめの人物は麻子からタイムマシンを取り上げる。 「これはこちらで回収させて頂きます。では」 そして、黒ずくめの人物はその場から去ろうとした。
41 17/04/15(土)17:20:33 No.421069431
「ま、待ってくれ!」 麻子は黒ずくめの人物の足を掴む。 「あ、新しいのをくれ! 新しいので、やり直させてくれ!」 必死に頼み込む麻子。 だが、黒ずくめの人物は、ゆっくりと頭を振った。 「それはできません」 「どうしてだ!」 「これが、最後の時計だったのです。もう私は時計を持っていません」 「そ、そんな……じゃあ直してくれ! 頼む!」 「それも無理ですね」 「なんでだ!? 直せないのか!?」 黒ずくめの人物はまたも首を振った。 「いいえ、そういうわけではありません」 「だったら!」
42 17/04/15(土)17:20:52 No.421069484
「ですが、この時計を使っても、一度起きてしまったことは変えられないんですよ。思い返してみてください。今まであなたは、この時計で過去を変えたことはありましたか?」 「そ、それは……」 麻子は思い返す。確かに、今までの使い方では、明確には過去を変えたとは言えないものばかりだった。 寝坊のごまかしと、祖母との会話。 そのどちらも、過去が変わったわけではなかった。 「それに、あなたは過去の世界で自分の姿を見ましたか? 見ていないでしょう? つまりは、そういうことなのです。もしあなたが自分の姿を見ていれば、それは過去に戻ってきていたということですが、それを見ていないということは戻っていないということなのです」 「あ……あ……」 「運命の因果とはそういうものです。一度起きたことは、絶対に覆せない。変えられるのは、不確定な未来だけ。確定し観測された事象は、いくらひっくり返ってもどうしようもない。それが時間というものなのです。賢いあなたなら、私の言っていることが分かるでしょう?」
43 17/04/15(土)17:21:10 No.421069522
「ああ……ああああ……」 麻子は黒ずくめの人物の足を離した。いや、正確には離してしまった。それは、体全体から力が抜けてしまったからだ。 麻子はその場にうずくまる。頭を抱えて、うずくまる。 「それではさようなら、冷泉麻子さん。あなたの未来が、是非とも素敵な色で染まりますように……」 「う、うわああああああああああああああああああああっ!」 麻子は叫んだ。 頭を抱え込みながら叫んだ。 その大声に、周囲の人間が何かと集まってくる。 「あああああああああああああああ! あああああああああああああああああ!」 麻子はそんなことお構いなしにと叫び続ける。 ――私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。私が殺した。 「あああああああああああああああっ! ああああああああああああああああっ!」
44 17/04/15(土)17:21:29 No.421069580
そのときをもって、麻子は、壊れた。
45 17/04/15(土)17:21:53 No.421069661
◇◆◇◆◇ 学園艦の上にあるとある病院。 その一室に、麻子はいた。 「…………」 真っ白い病室に、虚ろな目で天井を見上げながら、ただ横になっている。 鼻にはチューブが繋がれており、心電図の音がピッ、ピッ、と病室に鳴り響いている。 その病室の戸が、ガラガラと開いた。 そこに現れたのは―― 「やっほー! 元気してた! 麻子!」 沙織だった。沙織は、手に花束を持ってやって来ていた。 沙織はそのまま病室に入ると、麻子のすぐ近くにおいてあった花瓶の花を入れ替える。そして、入れ替え終わると、静かに麻子の近くに座った。 「ねぇ聞いて麻子。今日はみぽりんがね――」 沙織は麻子に対し今まであったことを話し始めた。みほが調理実習で失敗したこと。それを華が頑張って平らげたこと。戦車道の授業では新しい操縦手がなかなか決まらず大変なこと。優花里が戦車のプラモを買い込みすぎて困窮していること、などである。
46 17/04/15(土)17:22:16 No.421069724
沙織はそれらをすべて笑って話した。 だが、麻子の方はというと、一向に反応を見せず、ただ黙って、口を半開きにしながら天井を眺めているだけだった。 「……ねぇ、麻子」 すべてを話し終えた沙織が、急に声のトーンを落とし麻子に語りかけ始めた。 「……私さ、どうして麻子がこんなになっちゃったかわからないんだ。でもね、きっとそれは、私に原因があったと思うの。私が、麻子の小さなSOSに答えられなかったせいなんだって……」 「…………」 麻子は応えない。 なおも沙織の話は続く。 「……私、時折思うようになったんだ。過去に戻ってやり直したいって。過去に戻って、麻子を助けたいって」 「…………」
47 17/04/15(土)17:23:12 No.421069875
「でも、そのことを考えるたびに私は自分で自分を殴るの。だってそうでしょ? 私達はみんな、過去の失敗を乗り越えて頑張って生きているんだよ。それは、麻子が一番頑張ってたはず。遅刻もしないようになって、おばあちゃんが死んじゃったのも乗り越えて、頑張ってたはず。それを、過去に戻って嫌なことはなかったことにしようだなんて、あまりにも傲慢すぎる考えだよ。私は、そういうこと考える自分を軽蔑する。できたとしても、絶対やらないと思う。だってそれは、今の自分を、今の自分を支えてくれる仲間を、否定することだから……」 「…………」 そこまで話すと、沙織は時計を見た。時計は、沙織が病室に来てから短い針が一回りしていた。 「……ごめん。もうそろそろ時間みたい。また、来るからね。麻子が元に戻ってくれるまで、私、ずっと来るからね……」
48 17/04/15(土)17:23:59 No.421070030
そう言って、沙織は病室を去っていった。 病室に一人残される麻子。 その麻子の瞳から、ひとしずくの涙が流れていることに、沙織は気づけなかった。 心電図の音のみが、病室の時を刻んでいる。 決して過去には戻ることのない、その時を。 おわり
49 17/04/15(土)17:24:59 No.421070244
>あなたは過去の世界で自分の姿を見ましたか? 見ていないでしょう? 見てない?
50 17/04/15(土)17:28:28 No.421070917
読んでいただきありがとうございました su1823768.txt 過去作もよかったら ・シリーズもの su1823769.txt ・短編集 su1823777.txt
51 17/04/15(土)17:28:39 No.421070956
予想はしていたが...クるなあ いい闇だ...
52 17/04/15(土)17:29:47 [す] No.421071171
>見てない? 過去の世界の自分が未来の自分の姿見てないかってことね ちょっと分かりづらかったねごめん
53 17/04/15(土)17:31:48 No.421071585
そういうことか
54 17/04/15(土)17:32:37 No.421071760
なんでまた麻子ばっかりバッドエンドになるのよ…
55 17/04/15(土)17:33:21 No.421071922
力作だけど悲しいお話はつらいなぁ
56 17/04/15(土)17:39:09 No.421073309
俺も薬で眠気抑えて仕事してるからちょっと共感する部分あるわ… 抑えられるようになると今度は夜更かししちゃうのよね
57 17/04/15(土)17:54:05 No.421077204
麻子は両親のことについて苦しむ姿がよく似合うよね…