虹裏img歴史資料館

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17/04/13(木)03:30:52  桜の... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1492021852779.jpg 17/04/13(木)03:30:52 No.420596057

 桜の花が青い空に舞って、まるで雪のよう。  わたくしは胸いっぱいに新鮮な春の空気を吸い込んだ。  海の匂いはしない。なぜって、ここは学園艦じゃないから!  この春、大学に進学したわたくしことダージリンは、新生活を送る大学のキャンパスを、真新しいマノロブラニクの靴音を楽しみながら歩いていた。  新しい学校、新しい街、新しい服、新しい生活、それに、新しい家! 「すてき」  わたくしが思わず口にすると、それを隣で歩いていた女性が耳ざとく聞きつけた。 「何が?」 「新しい生活が素敵って思いましたの」  彼女がにこにこと聞いて、わたくしは少しつっけんどんに応えた。 「クール。わたしもそう思ってた!」  どうしてこんなことになったのかしら! わたくしはちらりと隣の女性を見る。  少しウェーブのかかった金髪と、まっすぐ前を見る青い双眸が印象的。均整の取れたスタイルを、ラフなジャケットで包んでいる。まとっている服はラフな感じなのに、全体の印象はそう粗雑ではない。着こなしというよりも、彼女本来の輝きがある、と言うべきだろう。

1 17/04/13(木)03:31:14 No.420596070

「ケイ」  わたくしは、せっかくの新生活にずかずか入り込んできてしまったこの同居人に、ため息混じりに言った。 「あなた、今日の予定は?」 「あとはもう帰るだけよ」  サンダース大附属出身で、今はわたくしのルームメイトであるケイは、ウィンクした。 「わたしたちの家にね!」  わたしの家よ!  ひょんな事情から、わたくしとケイはフラットシェア(ルームシェアのほうが通りが良ければそう言ってもいい)をしているのだけれど、その顛末については今は省く。  当初はさっさと出ていって欲しいと思っていたし、やっかいな闖入者としか思っていなかったが、今はそうでもない。  彼女は彼女なりにいいところもあるし、助けられることもある。  わたくしの新生活のパートナーで、大事な友達だ。はっきりとそう告げたことはまだ無いけれど。  さて、大学生活が始まるということで、キャンパスを歩いていると結構呼び止められる。 「新入生? テニスとか興味ない?」「深夜アニメとか、今期何見てる?」「登山に興味ないかな?」エトセトラ……。  つまり、サークルの勧誘だ。

2 17/04/13(木)03:31:31 No.420596078

 わたくしもケイも、国際強化選手として大学選抜に参加することになっている。  大学選抜は本来、各大学のチームの中から選出される。  しかし、戦車道はチームプレイの色がより強い。  そのため、中核となる選手は大学のチームではなく、大学選抜に軸足を置くことが許される。つまり、実績のある選手、ということで、わたくしもケイも、大学の戦車道チームには実質籍だけを置く状態になることは解っていた。ゆえに、大学選抜チームの中でも上位であり続けることが求められる。  だから、学内のサークル活動にはまることは、わたくしとしてはできれば避けたかった。  しかしケイは違うらしかった。  彼女はいちいちチラシを受け取り、にこにことそれを楽しんでいる様子だった。 「サークル、お入りになるの?」 「ンー。すっごく面白そうなのがあったらね」  ケイは答えて、ひらひらと手を振る。

3 17/04/13(木)03:31:50 No.420596086

「わたし、大学選抜もあるし。デイジィもそうでしょ?」 「そうだけど……学校でデイジィはやめて。ダージリン、よ。略すほど長くないでしょう?」  この間買い物に行ってから、彼女は時々わたくしをデイジィと呼ぶ。ダージリンの綴りを略してるわけではない。音だけを縮めて呼んでいる。わたくしは思い出したようにそれを拒否するが、しかしいつのまにかそう呼ばれて返事をするようにもなってしまっていた。 「略してるわけじゃないもん……。でもほら、サークルに入ればお友達もできるわよ」 「お友達」 「そ」  わたくしは小さく鼻を鳴らした。  確かにお友達は必要だ。このままでは華の大学生活に、お友達はケイだけ、ということにもなりかねない。アッサムは学校が違うし、西住まほさんやアンチョビさんがいるのは知っているが、そこまで親しくはない。ケイの取り巻きだった三人組だって、知り合い程度。お友達を作らないと、授業の情報を得るのにも不自由することを、わたくしは知っていた。

4 17/04/13(木)03:32:05 No.420596094

 しかし、知り合いもいないところに飛び込むのは、多少なりとも勇気がいる。  わたくしはそう物おじしない方だと自負しているが、いかんせん長年過ごした聖グロリアーナとは違いすぎる。勝手がわからないのだ。  ケイのほうはあっさり順応している様子だったけれど。 「サークルか……」  わたくしとケイは、キャンパスの掲示板で立ち止まった。  普段は休講情報などが掲げられるこの掲示板には、今は各サークルのチラシが乱雑に重なって掲示されている。  茶道、弓道、仙道、騎士道といったスポーツから、マンガ、文芸、映画同好会と言った文化系サークル、通訳や老人福祉などのボランティア活動まで、いろいろだ。 「予定ないなら、どこか行ってみたら?」  ケイが言って、掲示板を眺める。  確かに今日は件の大学選抜の練習もない。自主練をしてもいいが、機材がない。瓶で装填練習でもしようかと思っていたが、そう考えると覗くくらいしてもいいかもしれない。

5 17/04/13(木)03:32:23 No.420596112

「こんな格言を知ってる? 賢明に世俗的であれ、世俗的に賢明であれ」 「クルーワズね。入るかどうかは別にして、経験を積む意味でもいいんじゃない? わたしもどこか覗いてこようかな……」  わたくしとケイは、改めてチラシを眺め直した。冷やかしだけになるかもしれないけれど。  でもそれだって、新しい生活の中の一つだ!  ◇◆◇  日が暮れる少し前に帰ってきたわたくしは、憤懣やる方なしと言ったふうに音高くアパルトマンのドアを開いた。 「おかえり、ダージリン」  すでに帰ってきていたケイがキッチンから顔を出す。部屋にはコーヒーのいい香りがして、わたくしは鼻をひくつかせた。 「カフェオレ作ったけど、飲む? そろそろ帰ってくることだと思って」 「あらどうも。でもできれば紅茶がよかったわ。こんな気分のときは、落ち着けるような……カモミールかラベンダーの香りのハーブティーなんかがいいですわね」 「淹れ方わかんない。今度教えて……。それに、折角買ったマグカップなんだし、使ってよ」

6 17/04/13(木)03:32:39 No.420596123

 ケイが苦笑しながら、買ったばかりの小さな白い花の柄が入ったマグカップを持って来てくれて、ソファの前においてあるガラステーブルに置いた。自分の分と、わたくしの分。 「どうぞ」 「どうも」 「それで、どうだったの? ミステリ研究会」  マグカップを両手で持って湯気を鼻先に受けながら、ケイが挑むように聞く。わたくしは思わずぷっと膨れて、それからカフェオレを口に含んだ。甘い。 「甘すぎ」 「そう? で、どうだったの?」 「どうもこうもないですわ」  わたくしは少しだけおじゃましたミステリ研究会のことを思い出した。  残念ながら、趣味が合わなかったのだ。 「シャーロック・ホームズはご存知?」 「もちろん」  わたくしが言うと、ケイは頷いてみせた。

7 17/04/13(木)03:32:55 No.420596134

「唇のねじれた男は読んだ?」 「読んだわ」 「意外」 「そこの本棚に入ってるもの。あなたの全集が」 「いつの間に」 「ダージリンが好きそうだったから、一応ね。それで?」 「その冒頭でね、ワトスン博士のことをワトスン夫人であるメアリがジェームズって呼ぶの。彼はジョンH・ワトスンだから、ジェイムズじゃないのに」 「ふぅん」  わたくしはサークルにお邪魔して少しお話したのだが、ちょうどその話が出たのだ。  サークルの会長は、これにはいろいろな説があるのだけど、と前置きした上で、やはりメアリが間違えたか、浮気相手の名前をうっかり読んでしまったとするのが好きだ、と言った。 「ひどいと思わない?!」  と、わたくしは口を尖らせる。 「はぁ」  ケイは目をぱちぱちして、きょとんと相槌を打った。 「あのね、これにはね、1943年にドロシー・セイヤーズが”ドクター・ワトソンの洗礼名”というのを発表して、そこでワトスンのミドルネームのHは”ヘイミシュ”であるとしているの。ヘイミシュはスコットランドの名前で、英語読みするとジェイムズ」

8 17/04/13(木)03:33:20 No.420596147

「へぇ。なるほどねぇ。でもそれ、ドイルが書いたのには出てこないんでしょ?」 「それはそうだけど……。もう、ロマンがないわね。それで、メアリは”ジョン”という父親の死に関わった男と同じ名前を避けてジェイムズと呼んだ、とかいろいろまた説はあるんだけど」  わたくしはケイの作ってくれた甘くて熱いカフェオレをゆっくり飲むと、人差し指を立てた。 「これはわたくしの好きな説で、あるコミックで読んだのだけれど……。ワトスン夫人は、自分だけの名前で夫を呼んでいた……。素敵じゃない? 愛を感じますわ。こっちの方が絶対いいじゃない!」 「それで、サークルと意見が合わなかったってわけ?」 「そう」  ケイは苦笑して肩をすくめた。 「……あなた、今めんどくさいなって思いましたでしょ」 「ノープロブレム。もちろんわかってるわ」  そういうと彼女は、熱いカフェオレをすすって笑う。 「デイジィが面倒くさいってことくらいね!」 「もう!」  わたくしはまたぷっとふくれて、それからケイに水を向けた。 「あなたの方こそ、どうだったの? 映画研究会に行ったんでしょう?」

9 17/04/13(木)03:33:38 No.420596160

 ケイはみるみる不機嫌になって、しかしにやっと笑うとおもむろに立ち上がり、テレビ台の下から彼女の大事にしている映画のDVDを取り出して並べた。わたくしは、しまった、と思う。はめられた! 「聞いてよデイジィ。実はね……」  水を得た魚のように喋りだすケイに、わたくしはぐったりと天を仰いだ。どうやら彼女の趣味に付き合ってあげる必要があるらしい。  それからふと思う。 「自分だけの名前」 「ン?」 「いえ、なんでも……」  わたくしは、さっき自分が得意げに説明したジェイムズの種明かしを思い出し、急に恥ずかしくなって、カフェオレを一気に呷った。 「どうしたの? デイジィ」 「なんでも!」  人は3つの名前を持つ。両親が生まれた時につけてくれた名前、友達が親愛の情を込めて呼ぶ名前、そして、自分の生涯が終わるまでに獲得する名前である。  ――ユダヤの格言 END

10 17/04/13(木)03:34:51 No.420596199

てきすとー su1820393.txt

11 17/04/13(木)03:42:23 No.420596520

きたのか!

12 17/04/13(木)03:45:39 No.420596664

キテル…

13 17/04/13(木)03:47:12 No.420596722

この時間に?!

14 17/04/13(木)03:49:35 No.420596819

何時だと思ってんだ! 気持ちよく寝られるよありがとう!

15 17/04/13(木)03:50:24 No.420596846

自分だけの名前で、愛を込めて…

16 17/04/13(木)03:56:35 No.420597066

オキテテヨカッタ

17 17/04/13(木)03:57:14 No.420597092

同棲数日目は良いな…

18 17/04/13(木)03:59:53 No.420597187

ホームズの話になるとダージリン早口になるよな…

19 17/04/13(木)04:10:30 No.420597605

ありがたい…

20 17/04/13(木)04:12:20 No.420597666

寝る前にいいものを見ることができた…

21 17/04/13(木)04:30:22 No.420598366

あいつホームズの話になると

22 17/04/13(木)04:43:32 No.420598828

早起きしたら初々しい頃のケイダジがいた…

23 17/04/13(木)04:47:32 No.420598950

この学校大学選抜がなければアンチョビ・まほ・ケイ・ダージリンがいるって相当強豪になってたのでは…

24 17/04/13(木)06:48:30 No.420602485

ふくれダー様かわいい

25 17/04/13(木)07:10:51 No.420603886

うまみうまあじ論争みたいなことしやがって…

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