17/04/06(木)03:51:39 うらぶ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1491418299622.jpg 17/04/06(木)03:51:39 No.419174867
うらぶれた田舎の温泉街を一人歩いていた。春というには暑すぎる、乾燥した風の強い日の午後だった。街に人影はまばらで、時折、皺くちゃの老人の集まりが土産屋の軒先に腰掛けて、菓子を食ったり、おはじき遊びをしているのを見かけるばかりだった。 私はその晩の宿を探していたが、いっこうに見当たる気配はない。日はいよいよ西に傾いていた。すると、赤茶けた暖簾が掛かった家屋の下に人が立っていて、こちらを見ているのに気がついた。「あの、もし、お泊りの所をお探しでしょうか」と言った。まだ三十にならないくらいだろうか、この街に来てはじめて見る若い女だった。こんな死骸のような温泉街で、いきなり女に声を掛けられて、美人局を疑った。しかし、他にあてもないので、私は素直に女に従って、暖簾を潜った。 玄関に入ると、私を招き入れた女よりもまだ若い、年の頃二十ばかりの女と、ちょうど乙女ざかりの娘とが私を出迎えた。他に人の気配はなかった。三人は姉妹で、親はなく、娘たちだけで宿場を切り盛りしているようだった。外は季節外れの暑さというのに、屋敷の中はひんやりしていて、いやに湿っぽかった。
1 17/04/06(木)03:52:36 No.419174923
ひどく朽ちた屋敷ではあったが、三人はよくもてなしてくれた。荷を下ろすと、何も言わないのに、真ん中の娘が足を揉んでくれた。最初は驚いたが、娘が嬉しそうに足揉みをしていて、私も悪い気持ちはしなかったので、娘にされるが儘にしていた。 やがて、末の娘が部屋に上がってきて、「お風呂場が整いました」と言った。真ん中の娘が足揉みを止めて、真新しい手拭を持ってきてくれた。それで、湯に浸かってみると、自分が物怪に化かされているような気がしてきた。下衆な物怪が美しい女に化けて、私のような旅の男を誑かし、仕舞には取って食ってしまうというのは、実に馬鹿馬鹿しい話である。しかし、その馬鹿馬鹿しさ故に、かえって説得的で、妙な現実感を帯びることもあるのだ。ひとりでそんな妄想を弄んでいると、風呂場の外から長姉の声がして、「お湯から上がられましたら、お座敷に夕餉の支度が出来ております」と言った。その声を聞くと、私はひととき浮かんでいだ妄想を忘れて、ほっとした心持ちになった。馬鹿馬鹿しい話は、やはり、どこまでいっても馬鹿馬鹿しいだけのように思われた。
2 17/04/06(木)03:53:09 No.419174955
夕餉の席では、上の娘が酌をしてくれて、私の酒に付き合ってくれた。次第に快く酔ってきて、私が座敷唄を朗じると、真ん中の娘と末娘が手囃子をしてくれた。そうしているうちに、真ん中の娘が突然手囃子を止めて、その手で自分の顔を覆って、さめざめと泣き始めた。 私が何事かとも言えずにいると、娘は、声を詰まらせながら、「大変ご無礼をしてごめんなさい。こうしてお歌に合わせて手囃子をしていると、父のことを思い出して……」と言った。 末娘が、「何を言ってるの、姉さん、旅の方を困らせてはいけないわ」と言って、すぐ上の姉を半ば窘め、半ば慰めるようにして、その肩を抱いた。 「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、よく似ていらっしゃるものだから…」と真ん中の娘は答えた。 すると、上の娘は、「どうか妹の粗相をご勘弁なさって下さい。私たちは父を亡くして、それからずっと三人で家を守ってきたのです。貴方様のような男の方は珍しいので、つい父を思わずにいられなかったのでしょう。何卒お許し下さい」と言って、座ったまま、畳に手をついて、深々と頭を下げた。そのとき、結った髪の間から首筋が覗いて、その肌の白いのに驚かされた。
3 17/04/06(木)03:57:10 No.419175187
しかし、私は我に返って、「いいえ、どうかお顔を上げてください。旅の者にそこまで思ってくださって、私は嬉しいのです。それから……」と、頭を下げ続ける女に言った。そして、一瞬言葉を飲み込んだが、好奇心に耐え兼ねて、「私は、お父様に、そんなに似ているのですか」と尋ねた。 女は、ゆるりと頭を上げ、それから静かにこくりと頷いて、ひと呼吸置きながら、言った。 「ええ、とても」 末娘は何も言わなかったが、姉たちと同意見らしく、目を伏せながら、長姉の短い言葉に聞き入っていた。 それで、姉妹は片付けに取り掛かり、私は居室に戻った。床に就いた後、私はふと、自分によく似ているという、彼女たちの父の顔が見たくなった。私が入ってきた玄関に、紋付き姿の男の写真が掲げてあったのを思い出した。それが宿の先代の主人で、彼女たちの父親であるように思われた。長い間寝付けなかったので、私は灯を手にとって、玄関まで歩いていった。廊下は真っ暗になっていて、部屋から漏れてくる光もなかった。姉妹も既に床に就いてしまったらしかった。外では、夕べには一旦落ち着いていた風がまた激しく吹き出して、屋敷にある戸という戸をがたがた揺らしていた。
4 17/04/06(木)03:57:53 No.419175232
足音を忍ばせて歩き、玄関にたどり着いたので、私は写真の掛けてあった場所を探し、灯を持っている手を高く挙げてみた。すると、一葉の写真が黒い縁に飾られて、下足箱の上の壁に掛けられていた。 「あッ」 私は写真を見て思わず声を漏らした。そこに写っていた紋付き姿の男には顔が無かった。私の後ろには、いつの間にか三人の姉妹が立っていた。女たちはそれぞれ増女、万眉、小面の能面を掛けていた。見えない手が私の喉を絞めているようで、声も出なくなった。屋敷から逃げ出そうとしたが、見えない手はいよいよ強く首を絞めつけて、そこから一歩も動けなかった。
5 17/04/06(木)04:10:31 No.419175877
まさかのホラー
6 17/04/06(木)04:11:35 No.419175937
ここで続かないのか…
7 17/04/06(木)04:12:22 No.419175975
続きがないのはつまり…その……
8 17/04/06(木)04:13:02 No.419176011
ホラーにしてもここで終わりはねえよ!
9 17/04/06(木)04:13:25 No.419176035
目が醒めると見慣れた三人の顔が心配そうに覗き込んでいた。部屋には夕日が差し込んで赤みがかかって、すごく幻想的で、どこか物悲しかった。メトロノームのように心拍計が鳴る中、娘を残して先立つ悔しさを紛らわすようにして私は話した。この旅人の____夢の中の物語を
10 17/04/06(木)07:28:06 No.419183333
消える時間に消えてなくて怖い