虹裏img歴史資料館

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17/03/22(水)22:07:23 私は暗... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1490188043978.jpg 17/03/22(水)22:07:23 No.416261671

私は暗い峠を越してきた。私の傍には一人の道連が歩いてゐる。私はこの女と何時から道連になつたかよく解らない。道連はどこ迄もついて來て、時時「「」さん」と私の名を呼んで、それきり默つてしまふ。 暫らく歩いて行くうちに、何処へ行くのか解らない道を、不気味な女と道連れになつて、歩いて行くのがたまらない程恐ろしくなつて來た。すると道連が變に低い聲で、また「「」さん」と云つた。私はひやりとして、髪の毛の立つ樣な氣がした。 「「」さん、私が送って上げるからいいぢやありませんか」と道連が云つた。 私は合点の行かぬ氣持がした。何とか云ふのも氣味がわるいから、又默つて歩き續けた。 「「」さん、私は貴方の孫ですよ」と道連が云つた。 「私は童貞だ。孫などあるものか」と内心驚いた。恐ろしい氣がした。 「「」さん私は生まれないですんでしまつたけれども、貴方の孫ですよ。貴方は童貞の樣に思つてゐても、私はいつでも貴方の事を思つてゐるんです」 道連はさう云つて、矢張りもとの通りに、すたすたと歩いて行つた。私は、生まれなかつた孫の事など一度も考へた事がないから、どう思つたらいいのだか、丸つきり見當もつかなかつた。

1 17/03/22(水)22:09:02 No.416262111

暫らく行くと、道連がまた「「」さん」と云つた。聲の調子が變つて、泣いてゐる樣に聞こえた。「「」さん、私の賴みをきいてください、私はそのこと一こときいて貰いたいが為、かうして貴方について來たんですよ」 私は恐ろしくて、口も利けない。 「「」さん、怖くはありませんよ、私の願ひは何でもない事です、ただ一口私にお祖父ちやんだよと云つてください」 私は益氣味がわるくなつて來ると同時に、何となく悲しい樣な氣持がして來た。默つて歩きながら考へた。けれども、孫と呼ぶ樣な氣にはなれなかつた。 「「」さん、私は自分の聲がききたいのです。私の聲は貴方の樣な聲ですか」 「そんな事があるものか」と云つてしまつて、私は自分の聲が女の聲になつてゐるのにびつくりした。頭から水を浴びた樣な氣がした。 「ああ、矢つ張りそんな聲なんだ、ああさうだ、さうだ」と道連が云つた。道連の聲も今の私と同じ聲だつた。 私は恐ろしくもあり、悲しくもなつた。 「「」さん、どうか云つてください」 「ああ」と私が云つた。悲しい氣持で、生まれなかつた私の孫に、お祖父ちやんだと云はうと思つた。

2 17/03/22(水)22:09:44 No.416262314

「云つてくださるのですか、私はどんなにうれしいか知れません、早く云つてください」と道連が云つた。私は道連の聲を聞いているうちに、段段自分の聲との境目がわからない樣な氣がして來た。すると涙が一どきに溢れ出た。 「お前のお祖父ちやんだよ」と私は云ほうと思つた。その途端に自分の聲が咽喉につまつて、私は口が利けなくなつた。 私は益悲しくなつて來た。生まれて一度も人に呼ばれたことのない言葉だと云ふことを忘れてゐた。何処だか方角のたたぬ辺りで、夜鳥が頻りに戸のきしむ樣な聲をして鳴いてゐる。私はその聲を聞きながあら歩いた。道連は矢張り、すたすたと冷たい足音をたてて行く。暫らくして、「ああ」と道連が悲しい聲で云つた。 「それではもう貴方ともお別れです。「」さん、私は長い間貴方の事を思つてゐて、やつと會つたと思つても、貴方はたうたう私の賴みをきいてくださいませんでした」 道連の云ふ事を聞いてゐるうちに、私は、何だか前も何処かでこんな事を聞いたことがある樣に思はれた。 「もうここで別れたら又いつ會うことだかわかりません」と道連は泣き泣き云つた。

3 17/03/22(水)22:10:44 No.416262574

「ああ」と私は思はず聲を出しかけて、咽喉がつまつてゐるので苦しみ悶へた。忘れられない昔の言葉を聞いたら、苦しかつたその頃が懷しくて、私は思はず「孫よ」と云ひながら道連に取り縋らうとした。すると、今まで私と並んで歩いてゐた道連が、急にゐなくなつてしまつた。それと同時に、私は自分のからだが俄に重くなつて、最早一足も動かれなかつた。

4 17/03/22(水)22:15:29 No.416263789

終わりなの…?

5 17/03/22(水)22:24:06 No.416266067

たしかに悲しくなってきた

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