17/03/07(火)23:49:52 わたし... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1488898192851.jpg 17/03/07(火)23:49:52 No.413258772
わたしはたこやきがつくれない 蛍光灯のやけに明るい光は二次会の目に優しくない。頭を後ろから引っ張る眠気は徐々に力を増していたが、わたしのお腹はまだ空腹を訴えていた。 「はいたこ焼きさんいらっしゃいましたー」 どさっと追加が訪れて、卓がきゃーっと歓声に包まれた。たこ焼き食べ放題、飲み放題の店だった。テーブルを二つくっつけて、先輩後輩と一緒に箸を伸ばす。 「まほねーさん、ほら、飲んで飲んで」 ルミ先輩がハイボールを寄越した。レモンの油脂がすーっとする。父譲りなのか母譲りなのか、わたしはよく食べてよく飲める。あふあふのたこ焼きも、ふーふーのふーっ、で一口だ。
1 17/03/07(火)23:51:04 No.413259049
「美味しい?」 「はい」 二個目にいくわたしにアズミ先輩がいじわるそうに言う。 「まほちゃんって、美味しいとき難しい顔擦るよね」 「味わってる証拠でしょ」 メグミ先輩があんぐりと口をあけて、火傷をした。慌ててハイボールを口に含んで周囲が笑いに包まれる。 わたしも、笑った、ような気がする。多分笑ったんだと思う。でもナオミがこちらを見て肩をすくめてみせたから、もしかしたらちょっと苦笑いみたいに見えたのかもしれない。 「ノリ悪いですよ、ナオミ先輩」 ペコがとんと肘を当てた。聖グロリアーナのオレンジペコは、本名よりも高校からの地続きの名前で呼ばれている。くりくりした瞳に、髪はおろしていて、いまだに結い上げているダージリンとはえらい違いだ。
2 17/03/07(火)23:51:57 No.413259267
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3 17/03/07(火)23:52:01 No.413259282
「アリサ先輩と、一緒じゃないからすねてるんですか?」 「冗談言っちゃいけない。向こうは向こうで楽しくやっているさ」 事もなげにナオミは言うと、たこ焼きからタコを突きさしてもぐもぐした。 卒業したバミューダ三姉妹が、大学選抜主軍のわたしたちを飲みに誘ってくれたのだ。次の大学選抜の隊長にわたしが確定しているのをねぎらうためだ。始めは皆揃って楽しんでいたけれど、二次会は各分隊に分かれてやることになった。アリサは第二部隊の隊長だ。気炎を上げて後輩たちを連れてどこかへ行ってしまった。 「そっちこそ澤がいなくて寂しいんじゃないの?」 「はあ、まあ」 澤梓もアリサに引っ張られて行ってしまった。困ったように手を振った姿だけを残して。苦笑いするペコだった。わたしは尋ねる。 「でもペコさん。デートするって言ってなかったか?」 「……すいません。それ来月からなんですよ」 長机に額をついて、オレンジペコは嘆息する。
4 17/03/07(火)23:52:36 No.413259448
「ほら、大洗のメンツって、卒業しても繋がり強いでしょ? 休みとか後輩指導の予定が入っているからとか言って、今月さしで全然会えないんですよ……」 「来月って、まだ今月半月も残ってるじゃない!」 アズミ先輩が指摘すると、ぶるぶるとオレンジペコは震えて。 「くそぁ!」 淑女とも思えない声を上げる。隣に座ったミカがさっとカンテレを抱きかかえようとしたが、遅かった。 ぺょーん。 間抜けた音が店に響く。 「やめてくれたまえ。ペコ二―デン君!」 オレンジペコに奪われたカンテレが激しい旋律を響かせるのを、ミカが止めようとする。しかし装填手のパワフルな演奏はとどまるところを知らない。他のテーブルはびっくりしている。もうすっかり出来上がったうちのテーブルは大はしゃぎだ。ひっくり返って笑っているのもいる。ルミ先輩だ。ナオミまでにやにやしながらスマホの画面を向けている。きっとアリサに送っているのだろう。 わたしはゆっくりとたこ焼きを口に運んだ。 それにしても高校時代、アルカイックスマイルで通していたミカがこんな大声をあげるところなんて見たことなかった。
5 17/03/07(火)23:53:20 No.413259633
お店の人に注意され、他のお客からは喝さいを浴びて、そしてここに集まっているのが誰だかわかって、サインを頼まれて。 「たのしいな」 喧噪のなか、わたしは自然に口に出していた。口に出すことで楽しい気持ちがゆっくりと固まっていくような気がした。 質実剛健をむねとする西住流とは違う明るさがここにはあった。もちろん西住流だって、始終顔をしかめているわけではないけれど、流派が違うとこうも違うものだろうか。 いや、きっと戦車道の選手にも個性を認められる時代になってきたのが大きいのだろう。わたしたちの世代はそれをもろに受け止めてきた時代だった。 「あのさ。ほんと、あの試合、私はあんたにしびれたのよ」 メグミ先輩が、いつもと同じ話を繰り返す。 「クールにさあ、海賊船の下、すーってくぐっていったときさぁ。あんたがあんまり簡単だから、私もいけると思ったらさあ、あんたはすーって通り抜けちゃったのよ。 まるで死ぬのが怖くないみたいに」
6 17/03/07(火)23:53:49 No.413259761
かつて雌雄を決したときの思い出だ。わたしが大学に入学したあと、彼女にしてやられたことは一度や二度ではない。勝ち星はわたしが多くとっているものの、バミューダ筆頭の腕は並じゃないことはよく知っている。ただここからが違った。 「泣いたよ。私は。 今みたいに、喜怒哀楽を超越した、鏡みたいな表情」 メグミ先輩はそう言って、四杯目のハイボールにいった。いつもよりピッチが早い。そして一言、キムチ! と高らかに宣言した。追加の注文だった。 次のたこやきが運ばれてくる。不意に誰かの影が落ちる。影は尋ねた。アンチョビはどうしてるの? 彼女は出版社との打ち合わせで、今日は泊まってくるそうです。寂しいね。また明日会えますから。夕飯は一緒に食べます。 わたしはおしりを上げる。ちょっとすいません。薄いドアを開けて、しゃがみこむ。大量の水が白い陶器に湛えられた水面にしぶきをたてる太い音を聞きながら目を閉じる。急に酔いが強くなった。視野が狭く暗くなる中、放尿の音が意識をはっきりさせる。これはきっと、子供の頃のおねしょの恐怖に近いものだと思う。粗相をしたわたしを、お母さまは激しく叱り飛ばした。
7 17/03/07(火)23:54:44 No.413259949
排泄を親に厳しく叱られると夜尿症は返ってよくならないと聞いたことがある。でもわたしは特にそういうこともなかったから、怒られたのは毎回ということは無かったのかもしれない。ただ、怒られたという強烈な体験はいまだに染みついていて、こんなふうに意識の混濁が起こると記憶の海の中から思い出されてくる。 下着を再び、デニム地のスカートに収める。手を洗って出ると、ナオミがいた。 「楽しんでる?」 「ああ」 「ならよかった」 ぽん、と肩を叩いて、彼女も続いてはばかりに入って行った。あんなふうに私を気遣うのは、ケイの教育に違いない。 あんな風に触れられたら、好きになってしまいそうだ。 そこで思い出される。同居人のこと。アンチョビこと安斎千代美は、今東京にいる。彼女が書いていた小説に出版の話が来ているからだ。とにかく打ち合わせをして、それからリライト、また打ち合わせと作品を仕上げるための擦り合わせを何度も繰り返す。彼女はいつもの緩く巻いたツインテールを、昔のようにきつく作り直して昨日出かけた。
8 17/03/07(火)23:55:24 No.413260103
「舐められちゃ困るからな」 にやっと笑う。頬の肉が盛り上がって、目が優しい猫のようになる。わたしは気が利かなくて、五秒玄関で立っていた安斎にキスを送り忘れた。 テーブルに帰るとルミ先輩が。 「たこ焼き食べる?」 と聞いてくる。ええ、もう少しいただきますか。 そう言うと、眼鏡の奥からにんまり笑いかけて、彼女は右手の指でOKマークを作ると、自分の頬をぐいっとつまみ出した。 「たこやきー!」 ああ。 小学校の頃、見た奴だ。 柔らかい頬が、丸く作った指の間から押し出されている。酒に酔って染まった頬はつやつやしていて、わたしはそのまま冗談に乗るべきか迷った。 結果妙手を思いつく。 「それよりわたしのたこやきは、どうですか?」
9 17/03/07(火)23:55:54 No.413260227
自分の頬をつまもうとする。手を添えて指先で円を作り、大きなたこ焼きを作ろうとして、失敗した。 おかしい。これはすぐできるはずだ。わたしだって昔は出来た、ささやかなジョーク。アズミ先輩が肩をすくめた。 「出来てないじゃない、まほ」 「失礼します」 ペコが手を伸ばして、わたしの頬に触れた。優しい感触だ。ただ、わたしの頬よりも彼女の指の方が柔らかかった。 「きめ細かい艶のある肌ですのにね。確かに柔らかくは無いです。鍛えられています」 「なんだとーペコ! つまり私がぽっちゃりしているということか!」 ルミ先輩が怒った顔をするのを見て、ペコ並びに後輩たちがわーっとはしゃいだ。恐れを知らない子がルミ先輩の頬に手をかけてにゅーっと伸ばした。やわらかーい。きゃー。 「はいはい、先輩で遊ばない」 メグミ先輩が呆れた顔でルミ先輩の頭を引っ張ると、ミカに押し付けた。 「うわーん。後輩がいじめるよーう」 「しかたない。ルミは、柔らかいからね」
10 17/03/07(火)23:56:40 No.413260384
「ぐえー」 お腹の肉をミカにつままれて、眼鏡の先輩は情けない声を上げた。 わたしは笑って、キムチを食べ、もう一度頬でたこやきを作ろうとした。 メグミ先輩が手を伸ばして膝枕されるルミ先輩の頬をつまむ。柔らかそうなその感触を楽しみながら、ルミはよく笑うからね、と言った。 「よく笑うから、ほっぺが柔らかいのよ。まほみたいに、クールじゃないからね」 「単純にでぶったからかもね」 からかうアズミ先輩に、泣き真似が反論した。デブじゃないやい! サウナ行って余計な脂肪落としてるやい! 失笑するミカ。きっとサウナの後は、二人でビールだろう。彼女たちは乾杯をして、話に花を咲かせるだろう。 「ルミ」 ミカが呼んだ。 そうそうやって、頬の柔らかいたこ焼きに、何度も歯を立てたろう。 わたしは頬から手を離した。 たこ焼きに、失敗した。
11 17/03/07(火)23:57:25 No.413260587
ナオミが隣に座って、何か話していた。 この後どうするかとか、そんな話だった。わたしはもう帰ろうと思った。今も楽しいし、きっと帰ったら寂しいと思う。でも、今はなんだか、少し寂しくなりたいんだと言ったらナオミは遠い目をして。 「判る」 と肩を抱いてくれた。 指先をくるくる回しながら、目を覚ました。 いつもの天井が見えた。 いつもの壁と、昨日から来ていたデニムは汗を吸ってごわごわしていた。頭痛は無い代わりに、目の奥がだるかった。眠たい。そしていつもの声がした。 「おはよう」 わたしはわざと髪をかき上げて、目を閉じる。 声の方向に背中を向けた。 「……今日の夜じゃなかったのか」 「朝一で帰って来たんだよ。打ち合わせ、昨日で終わったから。とりあえずもう一度要点まとめて書き直し、だよ。ロマンス増やせって」 アンチョビ、こと、安斎千代美はベッドによじ登ると、わたしに覆いかぶさってキスをする。
12 17/03/07(火)23:59:31 No.413261061
いつもみたいに柔らかいウェーブのツインテールに、勝ち気な瞳、優しい口元。 わたしはいやいやした。こめかみにかかった前髪をかきわけて、安斎の鼻先がくすぐってくる。思わず顎が上がると、そこに手が添えられた。意地でもキスをしたいらしい。 なすがままに、一度二度。軽くて浅いの。 「どうした? 昨日、楽しくなかった?」 安斎が尋ねる。心配というよりも、きょとんとした表情。喜怒哀楽なくても、柔らかく豊かな安斎の顔。 「楽しかったよ」 わたしはほんとうのことをいう。 「たのしかった」 「じゃあよかった」 ほっと安斎がため息をついて、それからまたわたしにキスをする。わたしは手を伸ばして彼女の細い身体に手を回す。筋肉がしっかりついてなお柔らかい安斎を抱き寄せる。 「安斎、昨日二次会たこ焼きで飲み放題に行ってな」 「へえー。自分で作るの?」 「いや、作ってくれる」
13 17/03/08(水)00:00:00 No.413261168
「なんだよ。自分で作るなら任せてくれ! 私のアンツィオ流たこ焼き術で十人十色のたこ焼きをごちそうするぞ! まずトマトとチーズ」 「タコじゃないじゃないか」 「それもまたたこ焼き道だ」 大真面目に返す彼女に、わたしの唇が緩む。頬の肉が厚くなる。 はーっと息を吐く。 「それでな、安斎、わたしは」 「ん?」 「たこやきが、できなかったんだ」 「どういうことだ? 自分で焼くやつじゃないんだろう?」 怪訝な声の、安斎。当たり前だ。わたしだって自分が何を言っているのか判らないし、涙がさーっと、頬を濡らす意味も判らない。 「ほっぺで、つくる、たこやき。 わたしの、ほっぺ、やわらかくないから、できなかった」 安斎の腕が、わたしの頭を抱いた。 安斎が居ないのに、楽しい時間を過ごしたわたしを抱いた。 それは別に悪いことじゃないし、誰も悪くない。安斎は用事を早く終えて帰ってくれたし、わたしは無事自分の部屋に帰り着いた。ルミ先輩はわたしの出来損ないのたこ焼きに軽くキスをくれて、メグミ先輩はギャーギャー言った後で、逆側の頬にキスを。アズミ先輩だけが完璧なビズをした。
14 17/03/08(水)00:00:27 No.413261278
オレンジペコはかかってきた電話に出て、有頂天で店を飛び出し、ミカは自分と、二人の先輩の分のタクシーを二台止めた。ナオミは三次会になだれ込む面々の面倒を見ながら、今度はサシでやろうと握手した。 バイバイ手を振る後輩たち。酔っぱらいをたらふく詰め込んで、遅れる電車。街灯の明かりが冷たい深夜の帰り道。マンションのエレベーターの、押さえつけられるようなGの感覚。 あんざいのかんしょく。 かのじょは、なにもいわないで、わたしといっしょに泣いてくれた。 「トイレ」 と言ったわたしのスカートを、ゆっくり脱がせてくれた。 十一月の土曜の午後に至るまで、わたしたちは寝室と手洗いを何度も往復した。わたしはずいぶん昨日飲んだようだ。やがて乾ききってカサカサになった唇に、水分を取り入れようという話になって、水を飲みながら二日酔いの話などをした。
15 17/03/08(水)00:01:16 No.413261470
乾いた涙の痕を舌で舐める。 外が晴れているのは、遮光カーテンの隙間からよくわかった。 「にしずみ、お腹空いた?」 安斎の問いかけにわたしは首を横に振って。 「たこやきつくって」 とせがんだ。安斎は、昨日食べたじゃないか、とか言いそうになって。 「ああ、たこ焼き」 と口の端を上げる。 OKマークを指で作って。 「はいどうぞ」 柔らかいたこ焼き。 アツアツも唇の紅ショウガ添えて、ふーふーのふーっ、で一口。 (おしまい
16 17/03/08(水)00:08:07 No.413262760
良い話だった…よかった…
17 17/03/08(水)00:13:25 No.413263824
きたのか!
18 17/03/08(水)00:14:49 No.413264105
ペコちゃん…
19 17/03/08(水)00:17:43 No.413264665
ペコニーデン君…
20 17/03/08(水)00:20:54 No.413265310
皆出来上がり過ぎてる…
21 17/03/08(水)00:25:03 No.413266134
二次会でも食べ飲み放題って元気な女子会だな!
22 17/03/08(水)00:31:37 No.413267367
>難しい顔擦る >昨日から来ていたデニム 誤字っぽい
23 17/03/08(水)00:32:26 No.413267500
おい大将!世界線が混線してやがるんじゃねえか!!
24 17/03/08(水)00:35:02 No.413268007
>つまり私がぽっちゃりしているということか! ええ…特にお尻が
25 17/03/08(水)00:35:11 No.413268033
しんみりお姉ちゃんは千代美にほっぺむにむにされてしまえ
26 17/03/08(水)00:36:55 No.413268384
クソァ!なんで私だけ… 澤ペコよこせよぉ
27 17/03/08(水)00:38:54 No.413268779
いつも通りだな!ペコノクル!
28 17/03/08(水)00:41:00 No.413269179
>ミカがこんな大声をあげるところなんて見たことなかった あ あ あ あ あ あ あ
29 17/03/08(水)00:44:21 No.413269834
バミューダがバミューダすぎる
30 17/03/08(水)00:46:42 No.413270310
>澤梓もアリサに引っ張られて行ってしまった 大学選抜戦以来の仲だからしょうがないよペコさん
31 17/03/08(水)00:47:29 No.413270446
でもペコさんに誰かから電話着たし
32 17/03/08(水)00:49:02 No.413270736
アリサが副隊長ってのも感慨深い