17/03/01(水)00:33:18 ユーキ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1488295998048.jpg 17/03/01(水)00:33:18 No.411878559
ユーキッタン、ユーキッタンと、十七歳の老婆は油ですきとおるように黒くなった糸車を、朝早くから夜ふけまで、ただでさえ短い睡眠をいっそう切りつめて、人間の皮をかぶった機械のように踏みつづける。胃袋のかっこうした油壷に、一日に二回うどんのような油を入れて、その機械を休ませないという目的のためだけに。 いったい私の中味は、私とどういう関係があるのだろう?見知らぬ医者に、先に骨のラッパがついたゴム管で聞いてもらわなければ、自分にも様子がわからないそんな中味のために、なぜこんなにしてまで糸車を踏んでやらなければならないっていうの?もし、私の中の疲労を育ててやるためだったのなら、もう沢山、お前は私の中に入りきらないほど大きくなってしまったよ、ユーキッタン、ユーキッタン、やれやれ、私は<綿>のように疲れてしまった。
1 17/03/01(水)00:33:49 No.411878636
黄色い三十燭光の電燈の下で、彼女がそう思うとき、ちょうど手持の毛がきれている。彼女は皮袋の中の機械に命ずる。さあ、お止り。ところが、不思議なことに、車はひとりでに廻転をつづけ、とまろうとしない。 車はようしゃなく、キリキリと糸の端によりをかけて引込もうとする。もう引込むものが何もないと分ると、糸の端は吸いつくように老婆の指先にからみついた。そして<綿>のように疲れた彼女の体を、指先から順に、もみほぐし引きのばして車の中に紡ぎこんでしまった。彼女が完全に糸になってまきこまれてしまってから、車はタロタロタロと軽くしめった音を残して、やっと止った。
2 17/03/01(水)00:34:13 No.411878703
「あなた方は五十人の首をきり、その五十人分を私たちに働かせ、不正を衝く言葉をもつ勇気のあるものがいなくなったのを幸いに、それ以上を働かせ、五千万円をもうけることができました。どうか私たちの給料を上げて下さい。」そう書いたビラをくばったために、工場から追出された十七歳の老婆の息子が、今日も工場の中に残っている哀しい仲間の倖せのために、彼らの消えかかった心臓のストーブに吹き送る酸素の言葉を、一日ヤスリと鉄筆の間にはさんだ原紙にほりつけ、一日とうしゃ版のローラーを押しつづけた疲れから、裸の腹の上に新聞紙をあてがって、ユーキッタンと糸車を踏む母親の足元にぐっすり睡っていたが、タロタロという音に変る最期の瞬間ふと目を開けて見た。水あかに染った黒い仕事着の中から、するすると抜け出していった足の先を。そして、その足の先が、さらにするすると引きのばされて、糸車の細い穴から吸込まれていったのを。 ―母さん。 若い老婆の老けた息子は、両手の指をあぐらの上で組合わせ、爪が紫色になるまでぎゅっとにぎった。
3 17/03/01(水)00:50:24 No.411881095
安部公房かいな