17/02/25(土)08:13:34 通い... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1487978014723.jpg 17/02/25(土)08:13:34 [まだ2月だからセーフ!] No.411052952
通い慣れたキャンパスからの帰り道、信号が青から黄に変わったのを見て、ゆっくりとブレーキをかける。車体はスムースに停止し、手にしたハンドルから軽いアイドリングの振動が伝わってくる。薄暗い空を背景に光る信号の赤を見据えながら、西住まほは大きくため息をついた。 ちらりと助手席の荷物に目をやる。そこには自分のバッグとは別に、丁寧にラッピングされた贈り物の数々が、エコバッグに詰め込まれていた。包装紙は様々だが、基本的には赤やピンクを基調とした物で、リボンやシール等で綺麗に飾り付けられており、各々が自らの存在を強くアピールしている。プレゼントからは贈り主達の強い想いが感じて取れる。しかし、それが返って、まほの気持ちを憂鬱にさせていた。
1 17/02/25(土)08:13:50 No.411052968
今日はバレンタインデーである。それを忘れていた訳ではないのだが、ちょっと調べものをするつもりで図書館へ寄ったのがまずかった。つい時間を忘れて本に熱中してしまい、予定よりずいぶん遅くなってしまったのだ。そのせいで、帰路を急ぐ途中、戦車道の後輩や見知らぬ女子の待ち伏せを受ける事になった。 なるべく人に会わぬ様に、いつもと時間や道を変えてさっさと帰るつもりだったのだが、大誤算だ。 決死の想いでプレゼントを手渡してくる娘達の表情を思い出してみる。好意を寄せられる事が嫌なわけではない。ただ、甘いものはあまり得意ではないので、できれば遠慮しておきたかったのだ。そして何より、私は彼女達の想いには応えられない。 自分のバッグに入っている小箱を意識する。私はソレを購入する時、どんな顔をしていたのだろう。私はソレを渡す時、どんな顔をするのだろう。 視界の端に黄色い光が見えてはっとする。どうやら私も、この特別な日の熱気に浮かされているようだ。 もう一つ小さなため息をつくと、正面の信号が青に変わる。まほは静かにアクセルを踏んだ。
2 17/02/25(土)08:14:52 No.411053036
両手に荷物を提げて、清掃の行き届いた廊下をカツカツと進む。住み慣れた自室の扉の前で、バッグからキーポーチを取り出し開錠する。 重厚な扉を開き、 「ただいま」 「おっ!おかえりー、西住。遅かったなー」 ぴょこんとカールした二本の尻尾がキッチンから顔を出した。 彼女の名前は安斎千代美。同じキャンパスに通う友人であり、大学戦車道のチームメイトであり、寝食を共にしているルームメイトである。 「ちょっと図書館に寄っていた」 「ふ~ん」 安斎が悪戯な笑みを浮かべながら、私の手元の荷物を見つめてくる。 大体の経緯を察した安斎は、口元に指を当てながらニヤニヤしている。
3 17/02/25(土)08:15:13 No.411053060
「いやぁ~、人気者はつらいですなぁ~」 「茶化さないでくれ」 「ごめんごめん。それよりお腹減ってないか?夕飯にしよう」 私が返事をする前に、安斎はキッチンへと戻っていく。 「ああ」 脱いだ靴を揃えていると、安斎が続けざまに言ってくる。 「ちゃんと手洗いうがいしろよー」 「わかっている」 まるで幼子に言い聞かせるような扱いだが、安斎に言われるのは悪い気はしない。
4 17/02/25(土)08:15:30 No.411053082
一旦リビングに入り、ソファの端に荷物を纏めて置く。なんとなく、チョコが入ったエコバッグは中身が見えない様に口を折った。 脱衣所の洗面台で手洗いうがいを済ませてから、ついでに顔も洗う。濡れたままの顔を上げて鏡を覗くと、普段より硬い仏頂面がそこにあった。 両手の指で頬を押し上げて変な顔にしてみるが、それでもこの鉄面皮はどこか硬さを残したままだ。 今日という日は、特に楽しい気分で安斎と過ごしたかったのに、どうにも心のもやが晴れない。 前髪から雫が滴り落ちるのを見ていても仕方がない。もう一度、冷たい水で顔をすすぎ、拭ったタオルを洗濯機へ放り込む。再び鏡を見ることは無かった。
5 17/02/25(土)08:15:50 No.411053099
ソファの前のローテーブルは豪華な食卓へと変わっていた。 安斎が料理をすると絶対にパスタが出てくる。今、テーブルの上にあるのはアラビアータだ。ピリッとパンチの効いた辛さが癖になる。 その横の角皿には牛ヒレ肉のカルパッチョ。かかっているソースはおそらく "秘伝のアンチョビ特製ソース" だろう。レシピを聞いた事もあるが、安斎は秘密だと言って教えてくれなかった。 あとは色とりどりの野菜が盛られたサラダやスープ、見た事のない料理も数皿並んでいる。後でどんな料理なのか教えて貰おう。 そして一番目を惹いたのがハート形をしたピザだ。サラミにトマトにアスパラガス、それと私が買い込んでいたソーセージ、具材がたっぷり綺麗に盛り付けられている。
6 17/02/25(土)08:16:10 No.411053123
戦車で身体を動かす私達は、どうしても肉食に偏りがちになるが、安斎は野菜もバランスよく食事に盛り込んでくる。「美味しく上手に栄養を摂れ」といつも言われるのだが、私が自炊をするとどうしてもうまくいかない。 ピザといえば、以前、ケイが肉まみれのピザを野菜と言い放った時の安斎の表情を思い出す。私は堪えきれず少し吹き出してしまった。 ソファに座った安斎が、思い出し笑いをする私に怪訝な視線を向けてくる。「すまない」と謝罪し、いつも通り安斎の隣に腰掛ける。 安斎は特に追及せずに、グラスに赤ワインを注ぐと、笑顔と共に差し出してくる。 「じゃあ、食べようか」 「ああ、頂きます」 受け取ったグラスを合わせてチンと鳴らすと、二人の指が触れあった。
7 17/02/25(土)08:17:02 No.411053173
安斎の料理はどれも絶品だった。二人分にしては分量がやや多いかと思っていたのだが、昼食は控え目にしていた事も手伝って、料理はあっという間に胃袋に納まってしまった。 片づけを手伝おうとすると、安斎は「デザートも用意してるから」と言い残し、重ねた皿を慣れた手つきで全て持って行ってしまう。 役目を失ってしまった私は、僅かにワインが残るグラスを手に取り、それを一気に喉へ流し込んだ。 ソファにもたれかかり人心地つく。そこで、食事中はすっかり忘れていた、エコバッグの中のプレゼント達を思い出してしまう。 昔ならば人の好意は素直に受け取って、礼を言いつつ軽く受け流せていたのだが、今は違う。 心に決めた相手がいる以上、他の人の愛情を受け取るのは、ふしだらな事の様に思えてしまう。
8 17/02/25(土)08:17:24 No.411053202
そもそも、安斎は私がチョコを貰う事についてどう思っているのだろう。いっそ、嫉妬に狂った安斎がチョコを全て焼き払ってくれれば気楽かもしれない、などとバカげた考えがよぎる。 窓の外はすっかり暗くなっており、ガラスにはくたびれた様子の自分が映っていた。まったく、私というヤツは暇さえあれば難しい顔をしているな。 私はそのまま背をぐっと反らし天井を仰いだ。目を瞑り、空になったワイングラスの底を額に押し当てる。アルコールで火照っていたたところに、ひんやりとした硬さが心地よい。 しばらくそうしていると、もやもやした感情がいくらか和らいでいった。
9 17/02/25(土)08:17:50 No.411053231
不意にグラスの感触が消える。そして間髪入れず、キンと冷えたナニカが頬に触れてきた。 「ひゃう!」 思わず変な声が出てしまう。慌てて目を見開き、謎の冷たい物の正体を探す。 身体を捻って振り返ると、背後には、空のワイングラスとデザートグラスを持った安斎が立っていた。 悪戯が成功した子供のような笑顔で言ってくる。 「驚いた?」 私はむっと唇を尖らせ、安斎を睨みつける。 「ははっ、そんなに怒るなよ」 安斎は私の精一杯の照れ隠しを気にも留めず、横に座った。 テーブルの上にはデザートグラスがもう一つと、エスプレッソカップが乗ったお盆が置いてある。
10 17/02/25(土)08:18:34 No.411053272
私はその白い氷菓を見てぽつりと呟いた。 「アイスか」 「ジェラートだよ」 安斎にしてはシンプルだな、そう思っていると、彼女はエスプレッソカップをつまみ上げ、グラスに盛られた雪山に琥珀色の液体を注ぎ始めた。 冷まされたコーヒーは、僅かにジェラートを溶かして、クリーミーな色合いを作り出す。 「これでアフォガートの完成だ。きっと西住でも食べやすいよ」 甘い物を苦手とする私に気遣ってくれたのだろう。ありがたく頂戴しようと手を差し出すが、安斎はグラスを渡してこない。 代わりに、程よく混じりあったところをスプーンですくい取り、こぼさない様にグラスごと私の口元へ迫ってきた。 「あーん」 口を開けろと言っているのか。 「ほら、あーん」
11 17/02/25(土)08:18:57 No.411053293
少し逡巡したが、ここは素直に従う事にする。ひな鳥のように口を開けると、冷たいスプーンが差し込まれた。 舌の上に上品な甘味が広がる。そこへ強めの苦みが包み込むように加わり、ジェラートのフルーティな芳香とコーヒーの香りが互いを引き立て合う。 「美味しい……」 「だろー」 私の高評価を得られた安斎は満足気だ。 安斎は、ふっと小さく息を吐き出し、グラスとスプーンをテーブルへ戻した。 「なあ、西住」 安斎が私の目を覗き込んでくる。 「やっと表情が柔らかくなったな」 ギクリとして、思わず視線を逸らす。安斎が苦笑いするのがちらりと見えた。 「どうせ、あのチョコの事を気にしてたんだろう?」 安斎は目線だけで、私のエコバッグを示す。 私は無言のまま視線を合わせられない。それは肯定しているのも同然だった。
12 17/02/25(土)08:19:21 No.411053321
「西住はさ、真面目すぎるんだよ」 「安斎は不真面目すぎる」 憮然として言い返してみるが、安斎は軽く笑い飛ばして言葉を続ける。 「私と西住との関係はかなり有名になってるだろ。それでも渡したいんだから、気軽に貰ってやればいいだけじゃないか」 「だが受け取ってしまった以上、返すものは返すのが礼儀だ」 その返礼を、いい加減な気持ちでやってしまって良いものか、相手に変な期待を持たせてしまわないか、それが分からないから困っているというのに。 「あー、もう。違う違う」 安斎が大袈裟に手をパタパタ振りながら、私の言葉を否定する。
13 17/02/25(土)08:19:42 No.411053348
「いいか、西住。バレンタインのプレゼントなんてものは一方的なもんだ。押し付けだよ。そりゃ、完全に見返りを求め無いなんてこと有り得ないが、それでも渡した時点で目的は達成されているんだ。お前が受け取った、それが彼女達にとって一番のプレゼントなんだよ」 そんなもの都合の良い屁理屈なんじゃないかと思うが、安斎は捲し立ててくる。 「だから、それとは別にお前がお礼をしたいなら気軽にしてあげればいい。迷うくらいならしなくたっていい。深く考え込む事じゃないんだよ」 「だが勘違いして、本気で私に言い寄ってくる娘がいるかもしれないんだぞ?」 安斎はそれでもいいのかと、自意識過剰すぎるかとも考えたが、思ったままの事をぶつけてみた。 すると安斎はいつになく真面目な表情で、 「大丈夫だよ。そんな事、私が許さないから」 きっぱりと言い切った。
14 17/02/25(土)08:20:28 No.411053389
強引に押し切られた気もするが、言い返す言葉も思いつかない。 それに、こうも堂々と殺し文句を言われては納得せざるを得ないじゃないか。安斎はずるい。 釈然としないものを抱えながらも、私はデザートを再開し、黙々と堪能する。だけど、心のもやもやしたものは、どこかへ消えていた。 それにしても、今日はずっと安斎のペースだ。勝ち負けがあるものではないのだが、ずっと負け続けているような気分になってしまう。 何か一つくらい安斎に勝てる要素が無いものか、スプーンを口へ運びながら思考を巡らせてみる。 プレゼントは自分の気持ちを伝える、一方的に押し付けるもの、か。 それならばと、少々乱暴だがちょっとした悪戯を思いつく。そして即座に行動する。
15 17/02/25(土)08:20:58 No.411053423
「そうだ、安斎。プレゼントがあるんだ」 そう言いつつ、アフォガートをひとすくい口に含み込み、グラスはテーブルへ。 無邪気に「わぁ」と喜ぶ安斎。私は気取られない様に気をつけて立ち上がり、バッグの中のプレゼントを取りに行かず、油断しきった安斎の肩を掴むと、そのまま唇を奪った。 驚き目を見開く安斎。不意打ちは完璧に決まった。甘い口づけを叩き込み、安斎の装甲を貫通する、はずだった。
16 17/02/25(土)08:21:17 No.411053441
安斎の両腕が私の首に絡みつき、唇を密着させてくる。 柔らかく温かな安斎の舌が口内に侵入し、それは軟体動物のようにうねり、私の舌に絡みついてきた。 「んぁ!かぁ、はぁ!」 反射的に噛んでしまわないように、最大限の理性を働かせるが、安斎の舌は私の中を縦横無尽に刺激して私の意志を切り崩していく。 いとも容易く防衛線を突破され、私の顎からは力が失われてしまう。しかし口はだらしなく開くことは無く、安斎の唇によって丁寧に塞がれる。 「んっ!んんっ!」 私は安斎と密着したまま、私より背が低いはずの彼女の顔を見上げていた。普段自分ではあまり触れない部分、舌の付け根や唇の裏を荒々しく蹂躙された私は、その衝撃によって、腰が抜けてしまっていたのだ。しかし、安斎は私が倒れ込む事を許さず、その細くも力強い腕で私を支え、貪り続ける。
17 17/02/25(土)08:21:51 No.411053474
今日の私は本当にダメダメだ。 いつの間にか私はソファに座らされていた。息は上がり、頬が上気しているのがわかる。 私の意識が戻った事に気づいた安斎が身体を寄せてくるが、私は支えきれずにそのまま押し倒された。ソファが大きく沈み込み、私は成す術もなく組み敷かれてしまう。 私に覆い被さった安斎は瞳を潤ませて妖艶な笑みを浮かべている。きっと彼女の目には、同じ表情をした私が映っている。 こうなってしまえば、彼女はもう止まらない。私も止まる気はない。 ぼぅとするアタマで、バッグに忍ばせていた小箱の事を思う。安斎の事を考え、散々悩んで選び抜いたプレゼントなのだが、このままでは今日中に渡せそうもない。 だけど、まあいいか。 今はまだ、この甘い時間におぼれていたいから。 おわり。
18 17/02/25(土)08:38:36 No.411054595
安斎に不意打ちなど通用しない…
19 17/02/25(土)09:05:12 No.411056733
朝起きたらまほチョビがいた ありがたい
20 17/02/25(土)09:06:46 No.411056871
下手の考え休むに似たり 策士策に溺れる
21 17/02/25(土)09:07:42 No.411056963
甘いと思ったら急に濃厚に
22 17/02/25(土)09:08:42 No.411057053
11日過ぎてるのはセーフ…かなぁ
23 17/02/25(土)09:11:05 No.411057262
むこうから仕掛けてきたなら 躊躇する必要なんてないよね
24 17/02/25(土)09:29:38 No.411058952
渡した相手の気持ちを考えて憂鬱になれるお姉ちゃんは優しいな…