虹裏img歴史資料館

1 17/02/15(水)02:38:13 No.409060893

　全員、自分の発言を聞きながら頬と眉をひくつかせ、視線をあらぬ方向に泳がす。 　だらだらと脂汗を垂らし、足が貧乏ゆすりを始めるのを必死で食い止めるために……机の下でひたすら足を組み直したり太腿を握りしめていたり。 　思っていることと言っていることが正反対過ぎて、極度のストレス状態にあった。 （（（（隊長にチョコ贈りたいから解禁してよ！！！！！）））） 　……誰もが、一人がそう発言してくれるのをじっと待ち望んでいた、しかし……。 「に、西住流は世間の浮かれた空気に惑わされるようなことがあってはなりません」 「か、か、畏くも西住流宗家の隊長が卒業遊ばれるこの年度に、かような騒擾に巻き込まれるのは宜しくないかと」 「過去に前例の無いことを容易く認めるわけにはいかず、本来は昨年度から議題にすべきでは」 「昨年も一昨年も、全員反対で否決されています」 「「「ぐっ……」」」

2 17/02/15(水)02:38:29 No.409060926

　小梅が重い口を開いた。 　誰がカードを切るか、彷徨っていた視線が互いの顔を見渡す。 　もうこんな心理戦は終わりにしたいのだ。 　誰か、誰か言ってくれ、ぶっちゃけてくれ、誰か！！ 　ちらっ。 　誰かが柱時計を見やった途端、全員の視線が時計の針に集中する。 　あと３分、あと３分で結論を出さないといけない。 　しかし、すべての発言は議事録に保存されており、ぶっちゃけた人間が永遠に十字架を背負うことになる。 　黒森峰に、西住流にチョコ、もとい泥を塗るような行為は、決して許されない。 　本音が建前に勝つことなど、ここではありえない――。 　――小梅が、そっとポケットに指を忍ばせて、携帯電話のボタンを押す。 　突然、会議室のスピーカーが大音量で『戦車はアフリカを驀進す』をがなりたてる。 　書記官は以下の文言を速記して、記録をやめた。

3 17/02/15(水)02:38:50 No.409060953

　『以降、放送機器故障による騒音にて発言記録不可』

4 17/02/15(水)02:39:06 No.409060981

「どうせＮＩＣＨＴみんＨＴＴＺＥ陰でＵＮＤ贈っＳＴＥＮＳＡＮＤのに！！！」 「隊ちょＴＲＯＺＥＮが卒ぎょＤＵＲＳちゃうんですよ！」 「最後のチャＳＯＮＥＮンス！」 「解禁しｔＩＭ　ＫＲＡＮＧＥでもでもぉＴＲＯＭＭＥＬ！！」 　爆音の中で発言が記録されないのをいいことに、全員が本音をぶちまける。 　小梅が、ひときわ大きな声で叫んだ 「チョコＶＥＲＳＡＬＺＥＮがＤＥＭ甘ＴＯＭＭＹ　ＤいＳＵＰＰＥがいけないんです！！」 「「「え！？」」」 「甘くなければＶＯＲＷÄＲＴＳ！！いいじゃＶＯＲＷÄＲＴＳ！！ですかぁ！！」 「「「はいぃ！？」

5 17/02/15(水)02:39:21 No.409061009

　会議終了とともに爆音は止まった。 　全員が神妙な顔つきで会議室を後にする。 　内容は手短にまとめられて、副隊長の逸見エリカに手渡された。

6 17/02/15(水)02:39:38 No.409061039

　◇◆◇◆◇ 「隊長、幹部会議の内容を報告します」 「うむ」 「パンターＦ型・１２号車の砲身交換完了。ティーガーＩ・２１７号車の戦列復帰に伴う重整備は順調です」 「わかった」 「最後に、え？　え、ええと……？」 「どうした？」 　エリカの報告を聞いていた西住まほが、声が上ずったエリカを見上げる。 　口元がむずむずしていて、喜んでいるのか悲しんでいるのか怒っているのかわからない表情をしていた。 　書類を持つ手がかすかに震えている。

7 17/02/15(水)02:39:55 No.409061066

「悪い報告なのか？」 「いえ、そういうわけではないのですが……解禁、するそうです」 「何を」 「２／１４の、Ｖ－ｄａｙです」 「？　よく分からない、詳しく説明してくれ」 「ええと、ば、バレンタインデーを解禁、する、と、書かれてる……？」 　エリカが手元の紙に顔を近づけたり、遠ざけたりして、ドイツ語の報告内容をしげしげと見詰める。 　まほはエリカのおかしな挙動を……眉をひそめてしばらく見守っていたが、書類をひっくり返して読み始めたのを見かねて助け舟を出した。 「それ以外の報告はないか？」 「あ？　え、えーと、もう１行ありました。『ただし次の条件付きとする――』」

8 17/02/15(水)02:40:12 No.409061095

　◇◆◇◆◇ 「隊長、これがサンプルです」 「うむ。……？」 　２月上旬のある日、まほはデカデカと『サンプル』と書かれ、キラキラにデコレートされたハート型の紙箱を受け取った。 　うやうやしく両手で捧げて、顔から指先まで真赤にしてうつむいたエリカの手から受け取った。 「エリカ、どうした、熱でもあるのか」 「いえ、そういうわけでは……ありません」 「体調が悪いのなら保健室に行ってもいいぞ」 「いえ、そういうわけでは……ありませんので」 「これ、開けていいか？」 「も、ももももちろんです！！！」

9 17/02/15(水)02:40:28 No.409061117

　鮮やかなリボンがあしらわれたラッピングを丁寧に剥がして、中に入っているサンプルチョコの箱を開く。 　チョコの上に乗っているメッセージカードを読み上げたまほが、軽く首をひねった。 「なぁエリカ、なんで西野カナの『トリセツ』の歌詞が書いてあるんだ？」 「サンプルです」 「ここでは敢えて読まないが、全部書くことはないだろうに」 「サンプルです。メッセージカードが入っている可能性もあるので」 「いや、なんというか……重い、いや、強烈なオーラを感じるんだが」 「サンプルです。一点物ですが」 　メッセージカードの透かしにも『サンプル』、ハート型の手作りチョコにも『サンプル』 　逆に『サンプル』が無ければ武部流よりも重装甲のど本命チョコ。 　浮世の惚れた腫れたとは無関係な人生を送っていたまほですら、凄まじいまでのフォースを感じる逸品だった。

10 17/02/15(水)02:40:44 No.409061139

「食べていいか」 「は、はい、お召し上がり下さい、ぜひ」 「ありがとう……」 　今にもその場に崩れ落ちそうになっているエリカの前で、チョコを軽く割って口に含む。 　今度はまほが――真っ赤になる番だった。

11 17/02/15(水)02:41:02 No.409061180

　◇◆◇◆◇ 「ぜはーっ、ぜはーっ」 「大丈夫ですか？　隊長」 「も、もう一杯」 「どうぞ」 　エリカの手から２本目のミネラルウォーターを受け取ったまほが、グビグビ喉を鳴らして一気飲みをする。 　ぷは、と一息ついたまほが、心配そうな顔をしているエリカと視線を合わせた。 「いかがでした？」 「いかがもなにも、なんでこんなに苦いんだ」 「幹部会議の決定事項ですから」 「いや、そうじゃなくて、チョコが」

12 17/02/15(水)02:41:24 No.409061213

「小梅からの言伝です。世間の風潮に流されたわけではなく、西住流ならびに黒森峰の流儀を貫くため、敢えて『砂糖を禁ず』という条件を加えた、とのこと」 「だから、なんで苦いの」 「砂糖が入ってないからですよ」 「あのねエリカ、なんで砂糖が入ってないかと、私は聞いているんだが」 「ですから、幹部会議の決定事項で――」 「わかった、もういい」 　めずらしく狼狽えの見えるまほが、ループを始めたエリカの発言を遮る。 　すでに来年度に向けての引き継ぎは完了しており、２年生の幹部隊員と副隊長のエリカが了承したことに異議を唱えることはしない。 　でも……苦いものはそんなに得意ではないまほが、ちょっとだけ頬を膨らませてエリカにぼやいた。

13 17/02/15(水)02:41:52 No.409061249

「普通に売ってるチョコで良かったのに」 「砂糖の過剰摂取で虫歯になる隊ちょ、もとい隊員が出てもよろしくないですし」 「しかしだな、こんなインスタントコーヒーより苦いものをみんなが贈りあうのはどうなんだ。食べられるのか？」 「わたしは一口で諦めましたが」 「お前はそんなものを私に贈ったのか」 「幹部会議の――」 「それはいいから！　ちなみにエリカ、今回の通達について、隊員の反応を教えてくれ」 「ええと」 　隊長席の机にあった書類を手に取り、エリカが読み上げた。

14 17/02/15(水)02:42:15 No.409061286

「今週の貨物船で、カカオマスが５トン到着しました」 「は？」 「機甲科宛てだけで５トンです。砲兵科や船舶科なども含めるとおそらくその３倍は」 「そんなにたくさんのカカオマスで何をする気だ」 　エリカがじーっとまほを見つめて、ゆっくりと口を開いた。 「もちろん、隊長へのプレゼントです」

15 17/02/15(水)02:43:20 No.409061369

　◇◆◇◆◇ 　恐慌状態に陥ったまほの命令により、バレンタインデーは中止となった。 　ただし、到着したカカオマスを捨てるわけにもいかないので、機甲科全員、いや、ありとあらゆる科の手で……隊長へプレゼントを手作りすることになった。 　 「うわぁ」 「思った以上にすごいですね、これは」 　戦車格納庫の一角。 　紅白の垂れ幕が飾られて綺麗に磨かれた床に、ヤークトティーガーが鎮座していた。 　しかし……ヤークトティーガーは倉庫の隅にもう１台いる。 　まほが一歩前に進むと、鉄と油と硝煙の匂いではなく、香ばしいカカオのかおりが漂ってきた。

16 17/02/15(水)02:43:41 No.409061404

「実物大ヤークトティーガー型チョコレート、カカオ９９％……か」 「はい、みんなで土日返上で作りました。機甲科、いや黒森峰生徒全員の、隊長への想いです」 「ありがく受け取っておこう。……でも食えない、こんなにいっぱい」 「まぁ、そうでしょうね」 「一口でも苦しい」 「履帯をひとかじりするくらいでいいんじゃないですか？」 「勘弁して」 　かくして、２／１４の放課後に、西住まほ隊長へのプレゼントは厳かに受け渡され――履帯にかぶりつく姿は、全校生徒を熱狂の渦に巻き込んだ。 　その日、涙目で延々と歯磨きとうがいを繰り返す隊長の姿は、エリカと小梅により丁重に隠蔽された。

17 17/02/15(水)02:44:08 No.409061437

　◇◆◇◆◇ 「ねぇミカ！　すごいよ！　黒森峰からヤークトティーガーが届いたよ！！」 「届けばいいってもんじゃないんじゃないかな」 　数日後の継続高校学園艦。 　黒森峰の飛行船によって届けられたこげ茶色の巨体に、アキとミッコをはじめとする戦車道隊員は大喜び。 　その中でミカだけは、もうチョコは結構、という渋い表情を一瞬だけ浮かべ、目を閉じてカンテレをポロロンと爪弾いた。

18 17/02/15(水)02:44:26 No.409061469

「でもアキ、あれチョコレートらしいよ。せっかく戦力になると思ったのに」 「チョコでもいいじゃない！　みんなで分けて食べようよ！」 「でもさー、なんでうちに贈ってくれたんだろう」 「んー、向こうの隊長がミカを好きだから！？」 「すごいよミカ、モテモテじゃん！」 「モテればいいってもんじゃないんじゃないかな」 「アキ、ミッコ。世の中甘い話ばかりじゃないんだよ」 「もー、ミカはまたひねくれてー。せっかくの黒森峰からのプレゼントなのにー！」 　カンテレを弾くミカを放置して二人がヤークトティーガーチョコレートに突進する。 　続けて、隊員みんながわらわらと群がっていく。 　歓声がぴたりと止んだのを聞いたミカが、小さな声でつぶやいた。 　 「アキ、ミッコ。世の中甘い話ばかりじゃないんだよ」

19 17/02/15(水)02:45:18 No.409061536

以上です su1751464.txt

20 17/02/15(水)02:46:31 No.409061613

継続に対すテロだこれ

21 17/02/15(水)02:47:46 No.409061708

もうそこまでするなら砂糖禁止にしなくてもよかったんでは…

22 17/02/15(水)02:50:22 No.409061910

>恐慌状態に陥ったま 嫌だ―！！無理！無理無理無理無理！！！絶対無理！ あっ　わかった さては私に対する脅迫だな！？でも私が何をしたって言うんだ！？ そんなに悪いことしたか？いつだ？何をしたんだ私は？ 教えてくれエリカ

23 17/02/15(水)03:01:24 No.409062681

>　かくして、２／１４の放課後に、西住まほ隊長へのプレゼントは厳かに受け渡され――履帯にかぶりつく姿は、全校生徒を熱狂の渦に巻き込んだ。 当人の希望により撮影は厳禁とされ規律正しく義を重んじる黒森峰の生徒は皆涙を飲んでその通達を厳守した しかし監視カメラの映像に残っていたことが後に判明し黒森峰は二度目の狂乱を迎える やがてその画像は事情を知らない家元にも伝わり異常な光景に血の気を失った家元が実家に帰ってきていた長女を抱きしめて無理をさせ過ぎたと謝ったとか謝らなかったとか

24 17/02/15(水)03:02:47 No.409062766

家元にはまほがヤク虎を齧ってるように見えた？

25 17/02/15(水)03:05:20 No.409062946

まあそりゃあ監視カメラ程度の画像ならそう勘違いしても…

26 17/02/15(水)03:08:15 No.409063137

実際競技の世界は厳しいからおかしくなっちゃった人を見たこともあるだろうしね…

27 17/02/15(水)03:11:44 No.409063367

カカオ99％チョコとか食えたもんじゃないよねホント あれは砂未満の味しかしない

28 17/02/15(水)03:17:09 No.409063711

ああ…加賀乞食かこれ

29 17/02/15(水)03:18:48 No.409063820

ああ継続はそういうことなのね

30 17/02/15(水)03:47:28 No.409065570

いい…よかった… 涙目お姉ちゃんかわいい…

31 17/02/15(水)03:51:28 No.409065740

大勢の前から去るまでは頑張って堪えてたんだろうな… 凄く頑張ってお礼を言ったりしたんだろうな… 「隊長、お疲れ様でした」「うん…うん……にがい」