虹裏img歴史資料館

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17/02/01(水)00:19:22  わた... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1485875962522.png 17/02/01(水)00:19:22 No.406254429

 わたくしが西さん特製のお弁当を忘れてきたことに気づくのは、幸いにも1講義目が始まって間もない時のことだった。  道理で鞄の中が不思議と軽いわけである。  西さんの作るお弁当にはいつも白飯がたっぷりと詰め込まれており、何かと持ち物の少ない大学生にとっては些か存在感のある重量をしているのだ。  わたくしが西さんにお弁当を作ってもらうようになったのは、つい先週のこと。  作りはじめた最初は、いろいろと意見の食い違いがあった。  なにしろ初めにお弁当の内容を西さんにお任せしたら、翌朝に持たされたのはバケツのような保温ランチジャー5段にたっぷりのご飯とおかずが詰まったお弁当だったのだ。  最下段の密閉容器には味噌汁までついているという充実ぶりだが、わたくしのランチには些か量がありすぎた。

1 17/02/01(水)00:19:58 No.406254539

 その日の夕方、わたくしは極めて優しくとても丁寧に西さんをたしなめ、お弁当についてわたくしたちの間に大きなズレがある事を理解し、余ったお弁当を夕食にして一緒に食べながら、お弁当の適切な量について互いの意見をすり合わせる。  結果、今のお弁当箱はわたくしの手に収まるくらいの大きさの2段式のものに落ち着いた。  ……そもそも、お弁当ならサンドイッチの方が好きなのだけれど……  白米のないお弁当ばかり作らせると西さんが落ち込むため、大人のわたくしはサンドイッチの日を週に一度ぐらいに抑えているのである。  さて、そんなお弁当を家に忘れてきてしまったわたくし。  まだ1講義目でよかった。躊躇うことなく大学内の電話ボックスに向かい、家の番号をダイヤルする。  大学から自宅までは片道15分もない。  使い走りのような真似をさせてしまうことになるが、まあ、これくらいは業務のうちだろう。  わたくしは少しのコール音の後に出たむやみやたらに丁寧な声に、指定の時間にお弁当を持ってこちらへ来てくれるようお願いした。

2 17/02/01(水)00:20:18 No.406254594

 2講義目が終わり、お昼の時間。  わたくしが学部棟を出て図書館前の広場に向かうと、既に彼女は座って待っていた。  一張羅のロングコートに革ブーツ、涼やかな目元に流れるような黒髪のくらりと来るような色香のある姿……。  ただし、傍らには唐草模様のお弁当入り巾着袋。そして手に持つ本は「白米に合うカンタンおかず100品」  ある意味バランスのとれた出で立ちをした西さんは、私の方を見ると元気よく手を振って駆け寄ってきた。 「ダージリン殿! お疲れ様です!」 「ごめんなさいね、わたくしのせいで手間をかけさせてしまって」 「なんの、これくらいは手間のうちに入りません。それに以前よりダージリン殿の学び舎を見て回りたいと思っていたので、いい機会になりました!」  そう言って西さんは唐草模様の巾着をわたくしに手渡し、あたりを興味深げにきょろきょろと見回す。  ……そんなに気になるなら、入学すればよかったのに。  とは、思っても言わなかった。 「助かったわ。ありがとう」

3 17/02/01(水)00:20:39 No.406254667

「いえ、お役に立てて光栄であります。では、自分はこれで」  さっと立ち去ろうとする西さんの背にわたくしは引きとめるように声をかけた。 「ああ、待って西さん」  二講義目の途中に考えていたことがある。  好意と打算と少しの悪戯心を含んだ、しかし好意的な笑みを浮かべてわたくしは続けた。 「せっかくだし、今日の夜は二人でどこか食べに行きませんこと? 5時半までが講義だから、その後で」  もう夕食の準備を始めているかもしれないけれど……。  そこだけが不安だったが、果たして西さんはわたくしの提案に喜色を浮かべて頷いた。 「いいんですか!? はい、喜んで!」  素直な言葉が嬉しい反面、その反応は家事手伝いとしてどうなのかしら、とわたくしのひねくれた部分が言う。  もちろんそんな心はおくびにも出さずに、わたくしは西さんと夕方再びここで会う約束を取り付けたのだった。

4 17/02/01(水)00:20:59 No.406254721

 大学生を一年間続けていれば、食事をするお店に関しては少なからず詳しくなる。  こういう時こそ洒落たアイリッシュ・ウィスキーを出すようなお店へ行ければよかったのだが、  西さんにとっても、まだ誕生日を迎えていないわたくしにとってもお酒というのは未知の存在。  ここは変に気を張らず、しかし大学生らしさを見せつけるため、繁華街の地下にあるイギリス料理店に連れていくことにした。  ……そう、結局のところ、わたくしは西さんに「見せつけて」やりたかったのである。  これは昨年わたくし自身が見知ったことだったが、大学生の「食事する」は、同じ言葉でも高校生のそれとは大きく趣が異なる。  更にまったくのイメージで語らせてもらえば、知波単学園にいた西さんは恐らく外食そのものにあまり慣れていない。  いつもこちらを驚かせてばかり(いい意味でも、もちろん悪い意味でも!)のあの天然娘が、果たしてわたくしお気に入りのお店にどんな反応をしてくれるのか……わたくしはそれが楽しみだった。

5 17/02/01(水)00:21:16 No.406254770

 楽しみがある時に限って時というのはゆっくり流れるものらしく、夕方までの講義をわたくしはどうにも落ち着かない気持ちで過ごしていた。  おかげで簿記の授業中、手順をノートに写し間違えてしまったくらいである。  あとで同級生の子に見せてもらわないと。  ……そんなこんながありながらわたくしは五講義目の授業を終え、紫色になりはじめた空を眺めながら学部棟を出る。  西さんは午前中と同じ場所に座りながら、しかし手には「ラクチン掃除術 こんな方法で部屋がピカピカに」なる本を持ってわたくしを待っていた。

6 17/02/01(水)00:21:33 No.406254826

「ダージリン殿、お待ちしておりました」  こちらに気づくと、45度の切れ味鋭い礼をする。  ……目立つからやめてほしいのだけれど、今のところは何も言わない。 「ええ。それじゃ、行きましょうか」  西さんの横でつんと顎を上向きにして、わたくしは颯爽と歩き出す。  この時、わたくしは自身が計画するディナーの成功を信じて疑わなかった。  実際のところ、きちんと店に行けたなら西さんは間違いなく見知らぬ料理に緊張しつつも舌鼓を打ち、きっとわたくしを満ち足りた気持ちにさせてくれただろう──。  ──店の扉に、臨時休業の札さえ掛かっていなければ!

7 17/02/01(水)00:21:49 No.406254873

 わたくしが考えていたお店は、英国人の旦那様と日本人の奥様が二人でやっている本格派のアイリッシュ・パブ。  フィッシュアンドチップスがとても美味しく、また紅茶の種類も充実していてお酒を飲めないわたくしにも入りやすい隠れた名店。  だけど、こういう個人経営の飲食店はその分臨時休業することも少なくない……それを予測するには、大学二年目のわたくしではあまりに経験が足りなかった。  休業を象徴する薄暗い店内に、綺麗な字で書かれた「CLOSED」の文字。  膝から崩れ落ちそうになるのをかろうじて抑えながら、わたくしはなすすべなくその場に立ち尽くす。  なんだか、無性に紅茶が飲みたかった。  いつでもティーカップとポットがそばにあったグロリアーナ時代が妙に懐かしく感じられる。  わたくしがここにいるはずもないポットを持ったオレンジペコの姿を探していると、どうにもばつの悪そうな顔をしていた西さんが心配するように声をかけた。 「あの、ダージリン殿……」

8 17/02/01(水)00:22:42 No.406255030

 らしくもない、遠慮がちな声を聞かされて、わたくしははっと我に返る。  臨時休業を考慮に入れなかったわたくし自身の愚かしさや、そうとは露知らずに浮かれていた自分への恥ずかしさ。  落ち込む理由はいろいろとあるけれど……それで西さんに心配をされるというのは、なんだかわたくしにとってその他の何の感情にも優先される、まったく気に入らない事のように思えた。  わたくしは転がっていた心を拾い上げ、つとめて澄ました顔で西さんに薄い笑みを向ける。 「こんな格言を知ってる? 人は起きたアクシデントを変えることはできない。アクシデントが、人の内面を明らかにするだけだ」 「ええと……すみません、さっぱり分かりません!」 「……既に起きた事は変えようがない、アクシデントにどう対応するかが大切、という意味よ。  これは不運なアクシデントだったけれど、嘆いていても仕方ないこと。西さん、次のお店を探しましょうか」

9 17/02/01(水)00:22:59 No.406255073

 ……とはいえ、まだまだわたくしの知る店は少ない。  わたくしが気持ちを切り替えつつ、どうしたものかと思案していると……後ろから、明るい声が掛かった。 「でしたらダージリン殿、ひとつ私に任せてはいただけないでしょうか!」  その声にわたくしは……嫌な予感がした。  大学選抜戦に12両でやってきた時、そしてつい先日風呂敷包み抱えてやってきた時と同じ……。  予想もつかない頓珍漢な行動で強引にわたくしから主導権を持っていく時の、あの感じだった。

10 17/02/01(水)00:23:24 No.406255151

 ……それから十五分くらいして、わたくしと西さんは大通りのラーメン屋台で醤油ラーメンをすすっていた。  春先のまだ冷たい夜風に、暖かい醤油スープが沁み渡る。  麺は札幌風の太ちぢれ麺、醤油は昆布ベースでシンプルながら味わい深く、炒めたネギとモヤシの香ばしさも嬉しい。  スープを吸ったお麩の味わいが面白く、薄いチャーシューはたっぷり二枚乗っていてお得感がある。  美味しい。  とても美味しいけれど、この上なく不本意な味がした。 「……西さん、よくこんなお店を知っていたわね」 「いえ、実は以前からここに店を出している事は知っていたのですが、入ったのは今日が初めてでして」 「はい?」

11 17/02/01(水)00:23:43 No.406255207

「以前より来てみたいと思っていたのですが、なかなか機会に恵まれず……。ダージリン殿とともに来れて、よかったです!」  そう言って笑いながらずるずるとラーメンをすする西さん。その姿にわたくしは肩の力がへなへなと抜けていくのを感じる。  これ以上深い事を考えると、なんだか自分が馬鹿らしくさえ思えてきて。  わたくしはコショウの瓶を手に取りながら、それでも西さんへ辛うじて落ち着いた声で言った。 「確かに美味しいわ。……でもね、西さん」  シナチクを食べながらわたくしは告げる。 「臨時休業を調べておくから、次こそはあのお店へ行くわよ」  そして次こそは、わたくしのペースで。  唇の裏に言葉を隠して言うと、西さんはそれに気づいたのか、気づいていないのか……。 「はい! 楽しみにしております!」  と、挑発的なほどに無邪気な笑顔を浮かべるのだった。

12 17/02/01(水)00:27:38 No.406255934

てきすとー su1732687.txt いずれお酒飲む回も書きたいね

13 17/02/01(水)00:35:24 No.406257333

ダー様のとこに行くまで西さん何やってたのかな

14 17/02/01(水)00:36:37 No.406257542

ラーメンすするダージリン様想像するだけで駄目だった

15 17/02/01(水)00:36:57 No.406257599

西ダジキテル... 鼻を明かしてやろうと画策して失敗するダー様かわいい あと知波単は22両です...(小声)

16 17/02/01(水)00:38:22 No.406257888

西さんはホントにまっすぐに生きてるな…

17 17/02/01(水)00:38:58 No.406257995

>ダー様のとこに行くまで西さん何やってたのかな まだ高校出た年じゃない?

18 17/02/01(水)00:39:43 No.406258123

そういえば2年生だったか

19 17/02/01(水)00:40:38 No.406258308

五段保温付きお弁当セットは私物なんだろうな… 戦車道やってればそのくらい食べるよね…

20 17/02/01(水)00:40:45 No.406258322

ダー様はどんなときでも優雅だけど 西さん相手だと常に後手後手になる感じするよね

21 17/02/01(水)00:45:03 No.406259175

お昼になったら鞄からよっこらしょと唐草模様の巾着から弁当箱出すんだ… 初日は周りがぎょっとしたけどお弁当概念のすり合わせで疲れてたから気が付かなくて 以降誰も突っ込まないんだ…

22 17/02/01(水)00:45:09 No.406259197

西さんは白米山盛りで食べそうだけど 常に物凄い熱量発生させて生きてるから太らないんだろうな

23 17/02/01(水)00:58:52 [sage] No.406261578

>あと知波単は22両です…(小声) ごめん!やっちまった! 増援の総車両数って覚えてたはずなのに!

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