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17/01/28(土)05:23:27 西住S... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1485548607429.jpg 17/01/28(土)05:23:27 No.405445601

西住S! お待たせしました、この前あげたのの続きです! su1728034.txt←これが今までのね? 前回までのあらすじ! ねこにゃー、ぴよたん、ももがーの三人に襲われたわたしは、辛くも友達と、あの一年生たちに救われました でもでも、うざ住が偽住の思わぬ秘密を暴いて、偽住は何処かへ行っちゃった! 浮かない顔のわたしをさおりんが叱咤激励して、わたしはぐっと気合が入ったって話! さおりんに名前で呼ばれちゃった。へへへ っていうかそんなことより これからわたし、どうなっちゃうの!?

1 17/01/28(土)05:24:31 No.405445633

「やあ」  ベッドに横になった会長がわたしの目を見つめる。 「そろそろ来ると思っていたよ」  角谷杏。  大洗学園の生徒会長。すらりと高い背と美貌を持つモデルみたいな美女。わたしの憧れ。 「河嶋さんたちと一緒に住んでらっしゃるって知らなかったです」  わたしがそういうと、会長は皮肉な微笑を浮かべた。 「柚子も桃も、僕の使用人なんだ。忠実で、僕よりも優秀な、ね。それも卒業したら私の前から消えていなくなる。お役御免ってわけだ」 「そういうこと言うの、好きじゃないです」  柚子様も桃様も会長の家にいた。心配してお粥とか作っていた。心配そうな二人の様子を思い出して私の胸が痛む。会長にそんな風に言われていると知ったら、きっと傷つくだろう。そんな心配の仕方だった。  わたしの指摘に会長は答える。 「そうだね。偶像の正体を見るのは、嫌なものだよね」  窓の側で影に包まれて会長は自嘲する。傷ついた表情を見てわたしの眉がハの字になった。 「そういうんじゃないですけど……」

2 17/01/28(土)05:25:01 No.405445650

「まあ、いいよ。聞きに来たんでしょう? 欠住さんのことを」  わたしは小さく頷いた。  本当はここに、ねこにゃーさんを連れてくるつもりだった。  昨日のさおりんの手当や、一年生たち、とりわけ丸山紗季さんの流れる水のような推察と解釈に完全に毒気を抜かれたねこにゃーさんたちは、いつの間にか姿を消していたのだ。  彼女たちが会長を想っているのなら、一緒に話を聞くのがいいと思った。  だからわたしは教室を訪れたわけだけれど、わたしの顔を見て彼女は大いに慌て、提案を聞いてなお仰天した。 「かかかか会長さまのところへ、お見舞い!?」 「……そう。そこできっと、謎の答えの一つが判るんだと思うの。何故今、他の世界からたくさんの”わたし”が現れたのかも。  ねこにゃーさんたちの、わたしへの懸念も解けると思う。」 「たくさんの、あなたの?」

3 17/01/28(土)05:25:29 No.405445661

 金髪をかき上げてねこにゃーさんは遠くを見る。眼鏡の奥から切れ長の目が見える。本当に美人なんだなこの人。 「昨日も一人いたけれど、ねこにゃーさん、あんこう踊り見てたよね。生徒会室の前で」 「ん?」 「ほら、この踊り。アアアンアンって。  あの人たちは、ねこにゃーさんが思うような悪い人たちじゃないよ」 「ああ」  くしゃっと彼女は苦笑した。 「僕ね、この人たち、楽しそうだなって思った。西住さんもね、嫌いじゃないんだ、僕は。  でも会長の側に、あなたたちそっくりのもう一人の西住さんがいるから、放っておけなかった」  とつとつと、でもはっきり言いきったねこにゃーさんは鋭い目でわたしを見た。 「西住さんさえいなくなれば、どうにかなると思った」 「それじゃあ、まだ追い出そうとする?」  わたしは尋ねる。だって、もうそうはしないだろうって思ったから。ねこにゃーさんは笑った。 「余計なことしたら、西住さんの友達に恨まれちゃうにゃ」  それから長いまつ毛を閉じる。再び開いたときには、握手の手が差し出されていた。

4 17/01/28(土)05:25:50 No.405445674

「追い出そうとして追い出せないなら、一緒に乗り越えるしか無い。  私たちはさ。あぶれものだから、引きこもって、キラキラしているものを見つめることしかできなかった。  でもあなたはそうじゃないにゃ。だから……」  ぎゅっと握る。強い力。 「会長のことも信じるし、任せるニャ!」 「で、でも、それでも一緒に来てくれた方が、わたしも心強いんです!」  思わず本音が出た。それに対して出た返答は単純だった。 「……実は結構、単位危なくてサボれないんだ、僕……」  ああ。  すいません。  そんなわけで単位ぎりぎりのねこにゃーさんは誘わずに来たわけだけれど。  ねこにゃーさんたちは、来なくてよかったかもしれない。  彼女は、会長からキラキラしたものを見ていた、と言っていた。そんな彼女らがいまの会長を見たらきっとショックを受けてしまうだろう。もしかしたらもう一度、わたしを追い出そうとするかもしれない。うーん、それは避けたい……。

5 17/01/28(土)05:26:16 No.405445694

 いや、そうじゃなくて。  実際、わたしもちょっとショックだった。  それでも我慢できるのは、もっと会長のどす黒い面を見てしまったから。  ――ずっと、こうこうせいでいたい。  そう口にした瞬間に見せた、弱弱しい傷ついた表情をすでに見ているから。 「欠住さんとはね。君が転校してきてすぐに出会ったんだ」  会長は語り出した。 「西住さんが西住流の流れを引いている人だっていうのは知ってた。実は僕も、ESPAの訓練をしていたことがあったんだ。だから君のことも知っていた。  君に興味があったのは以前からだ。最先端の研究者から教えを請いたいと思っていてね」 「教え?」 「ああ。僕は自分の情報を他人に渡せるのに、他人のエスパの情報を自分のエスパにトレースすることはどうしてもできなかった。  西住さんが先日、バレーボールの試合で磯部さんの情報を読み取って見せたようなの。  自由自在にデータを吸収し出力できる、万能の天才を作りたいってうちの両親の夢は叶わなかった」 「え? じゃあ、会長は自分の性能をあげるためにESPの訓練を?」

6 17/01/28(土)05:26:41 No.405445711

「そうなるね」  会長は目を閉じた。  口に出されれば、わからなくもない発想だった。  でもそれ以上に、この研究で自分の能力を上げ続けられないとすぐにわかったはずだ。データは共有できても、接続が断たれれば記憶として「出来た」感覚は維持できても、それを使う「記録」として肉体や脳に残らない。 「トレースだけじゃなくて、コピーした能力をそのまま肉体に保存できるって思ったんですね?」 「そういうこと。でもそれは無理だった」 「無理ですよ、そりゃ」 私ははっきりと言い切った。 「保存されていくのは、あくまで電脳空間にですから。ESP訓練をした人にそのデータがフィードバックするのは副次的な要素なんです。  例えばそうした技術を、義手や義足を動かすために研究したりしているけれど、複数のデータを保存しておくためにはチップを埋め込まないと」 「西住さんはそういう小細工をしているの?」 「研究者であると同時に、実験台ですから」 会長はほおっとため息をついた。 「つまり僕はその手術を受けていなかったから、駄目だったってことか」

7 17/01/28(土)05:27:46 No.405445747

「そればかりでなくて……生まれた時からの訓練と、それから適性があっても、どうやってもわたしはわたしなんです。わたし以上になるためにESPを使っても効果は無いんです。  そして、フィードバックに関しては個々人に差はありますけれど、全く自分に、まして自分のエスパにすら影響を及ぼさないってことは無いんです」  もしそうなるとすれば、他人からの情報にロックをかけているとしか思えない。  会長は首を横に振った。 「なるほどね。とにかく僕は両親の期待に応えられなかった、ってのは確かなわけだ。どんな事情があったとしてもね」 「ここは会長の家なんですか?」 「そう。失敗作を閉じ込めておくためのお屋敷だよ」  玄関ホールから三階の手すりまで見える家だ。そこに会長と、桃様と柚子様と三人で暮らしている。傷心の会長にちょっとわくわくしてしまうのは申し訳ないけれど、三人の秘密基地としてはこれ以上無い場所な気がした。髪を下した会長はとても素敵だし!!!  ……あ、でも、もう昔ほどドキドキしない。それは会長の負の側面を見たからとか、そういうのじゃなくて。わたしのちょっとした心の変化なんだと思う。

8 17/01/28(土)05:28:08 No.405445755

「そんな顔しないでくれ。君はいつも笑顔でいて欲しいんだ」  あ、少し顔に出ていたみたいだ。そりゃそうだ。憂い顔の会長は綺麗だけれど、苦しそうな横顔は胸に刺さる。会長が苦笑した。 「ごめんね、西住さん。僕から振った話なのに。  でもそういう表情をすると、確かに欠住さんと西住さんは同じ人なのかなって思うよ。  カーテンから現れたときも、あの人はそんな顔をしていた」 「カーテンから!?」  驚いたよ! そりゃ驚くよ。わたしそんなところから出てこないから。  私の表情を見て、会長がくすっと笑った。 「そうなんだ。カーテンの裾から欠住さんが出てきたんだよ。……月が綺麗な夜だった」  その月はきっと、天高い窓から見えていたのだろう。思わず見上げた空は、澄み切った秋の空だった。  会長はわたしの資料を持って、わたしが本当に西住の研究室にいた”西住みほ”だったのかを確認していたらしい。加えて、わたしたちのチームで出した研究論文とか。ESP同好会に特別に会費を回したりしたのもこの頃らしい。これはわたしが来ることに関係したかどうだったか。意識の中で多少は関係したかも、と会長は言った。

9 17/01/28(土)05:28:40 No.405445765

 自宅で少し粘ったのは、わたしのことが個人的な興味で、生徒会室でするのは気が引けたからだ。研究資料は飛ばし読みで読んでほとんど意味が判らなかった。  そろそろ深夜に差し掛かる。もうそろそろ休まないと、と思ったとき、誰かが声をかけてきた。 「こんばんは」  びっくり、したらしい。それはそうだ。カーテンから声がする、ということはずっとここに潜んでいたということだろうか。カーテンの妙な膨らみに今更気づく。いや、あんな膨らみは無かったはずだ。  するり、と膨らみはあっさり解けて、中から一人の少女が現れた。左半身だけ覗かせて見つめている少女に、思わず呼び鈴に手がかかりかけた。それを止めたのは彼女の左手だった。 「待ってください。  ……私が誰だか判りますか?」 「西住、みほ」 「よかった」  カーテンから身体を覗かせた少女はほっとしたような笑顔を浮かべた。 「まだ出会ってなかったらどうしようかと思いました」 「転校してきたってのを、知っているだけだよ」 「それでいいんです。お話はこれから始まるんですから」

10 17/01/28(土)05:28:56 No.405445773

 それから彼女は、大洗に起こった未来の歴史の話をした。訪れる廃校の未来を。そしてそれは二度訪れ、二度とも脱したのだと。  しかし欠住は、その激闘の最中に自分の腕を失った。角谷杏はその話を聞いて、泣いた。その頭を撫でながら欠住は言ったのだという。 「この世界は、戦車道の無い世界。そしておそらく、戦車道の無い世界と、戦車道のある世界の中継をする世界。  だからここを手に入れる必要があったんです」 「そうすると、私の願いがかなうんです。  あなたはどんな願いがあるんですか?」  その時会長は言ったのだ。 「私は、ずっと、高校生のままで居たい」 「そう言ったとき、欠住さんはなんだかとても悲しそうな顔をしたよ」  ふーっとため息をついて、会長は目を伏せた。 「なんだか見捨てられたような気がして、僕は彼女の望むことをなんでも手伝った。彼女は自分のエスパを作るのを嫌がった」

11 17/01/28(土)05:29:17 No.405445786

「どうして?」 「君のお姉さんに気づかれるからだよ。全く同じデータの西住みほ、記憶とかは異なっても遺伝子情報は同じもの、が現れるんだ。お姉ちゃんはそういうの絶対に見逃さないから、って言ってたね」  そうだ。確かにお姉ちゃんは見逃さなかった。  だから磯辺さんから七つ回線が引かれたときに驚いて……って。 「あれ? バレーボールの時、欠住さんはわたしたちのところに繋がってないの?」 「いや。彼女は僕のエスパから情報を受け取っていたし、バレーボールの時は何もしてないよ」  ……それじゃあ、数が合わない。  わたしのエスパが七回線繋がった。  オリジナル、闇住、if住、鬱住、ナポリン、偽住、ベタ住と思っていたけれど、偽住が違うのなら七回線目は誰?  そもそも欠住が繋がっていなかったとしたら……。もう一人可能性があるのは……うざ住。いや、違う。彼女が触ったのは多分昨日が初めて。  ということは、やっぱり……。 「どうしたの、西住さん」  訝し気な声を出す会長に、わたしは首を横に振った。 「誰か、謎の西住みほがわたしに接触を仕掛けているようなんです。でも、会長に近づいた欠住の方ではないみたいで……」

12 17/01/28(土)05:29:36 No.405445796

「彼女は僕を利用して、それから消えたよ」  ぽつりと会長は言った。 「僕は、彼女が求めるデータをエスパに蓄積させて、伝達の手助けをしたんだ」  そしていきなり、そばにあったガラスのベルを手に取って投げつけた。わたしに向けてじゃなくて、腹立ちまぎれに、壁に。バキン、ってすごい音がした。砕け散ったベルを見て会長は頭を抱える。 「どうして、どうしてなんだ! どうしてみんな僕のところからいなくなっちゃうんだ!  桃も柚子も、欠住さんも……。頼りない私を見捨てて!」 「会長……」 「そう呼ばれるのも、高校のあいだだけだ! 卒業したら、誰もそんなふうには呼ばない! 私は一人ぼっちでこの家に残って、親の期待に応えられなかったクズとして一生を終えるんだ!」  差し伸べた手は、いやいや、で遮られた。と、ドアがばたっと開いて二人が飛び込んでくる。 「杏!」 「杏様!!」  桃様と柚子様だ。桃様はエプロンをつけている。あまりに素早い登場に、会長が顔を真っ赤にする。

13 17/01/28(土)05:29:55 No.405445803

「二人とも、盗み聞きしてたな!」 「い、いえ、そんな……」 「ただ、お茶をお客様に出してなかったから、タイミングを計ろうと……」  しどろもどろになる二人に背を向けて、会長は布団をかぶって叫ぶ。 「うるさい! うるさいうるさい! 出てってくれ!」 「会長……」 「西住、あんたもだっ! もう、僕はまっぴらだ!」  会長が震えているのが、羽毛の上からでもよくわかる。わたしはその上にそっと手を置いて。 「会長、ねこにゃーさんっていう人、学校にいるんですけれど。彼女、僕、っていうんですね。これもしかして、会長に憧れてじゃないですかね。  ほら、会長も自分のこと”僕”って言うでしょ?」  震えが止まった。それから絞り出すような声。 「……そんなわけ無いだろう」 「ありますよ。彼女、わたしがあなたをひどい目に合わせてるって思って、突っかかってきたんですから」  反応したのは桃様だ。彼女はねこにゃーがどういう生徒か知っているらしい。だからすぐに、怪我はありません、と言った。

14 17/01/28(土)05:30:32 No.405445817

「でも、彼女たちはあなたを本当に、大切に思っているんです。それはきっと桃様や柚子様もそう。……わたしだってそうです。おそらく、欠住も」 「欠住さんが? そんな馬鹿な!」  ガバッと起き上がった会長にわたしは言った。 「信じていて、大切だと思っていたから、あなたのところに現れたし、最後まであなたの側にいたじゃないですか。  もうこれから先は、わたしたちと影住たちとの戦いになります。欠住はきっと、あなたを巻き込みたくなかったんですよ」 「違う! 彼女は、役立たずはもういらない、って言ったんだ……私の前を去る時に……」  ムムム、わたしめ、余計なことを。  そういうこと言うのなら、こっちも全部出し切ってやる!  わたしは胸を張って、叫んだ。 「会長、桃様、柚子様! わたしに……いや、わたしたちに力を貸してください!」 「え?」  柚子様が目をぱちくりさせた。わたしは頭を下げる。

15 17/01/28(土)05:30:52 No.405445829

「いま、わたしのところに六人の西住みほがいるんです。そのうち一人は何者かに捉えられています。……そして捉えているのは、もう一人の西住みほの仕業です。  ひょんなことで出会った別世界のわたしですけれど、何故かこの世界から出られなくなっています。わたしはそれをどうにかしたい……。  そのためには生徒会の力も借りないとダメなんです」  桃様と柚子様が困った顔を見合わせている。それはそうだ。いきなりこんな荒唐無稽なことを言われて、信じる、という方が無理がある。  意外にも答えたのは会長だった。 「西住さん。今日はもう、帰ってくれ」 「え……?」  顔が曇ったわたしに、会長は寂しく笑いかけた。 「桃も、柚子も、何かおかしいことくらいは察している。しかし彼女たちは、わたしと欠住さんのことをほとんど知らないんだ。だからそれを説明する。……今日のところはそれで勘弁してくれないかな……」 「会長……」  わたしは頷いた。

16 17/01/28(土)05:31:17 No.405445848

 不安げに見守る桃様や柚子様に会釈して、わたしは部屋を出る。 「またお見舞いに来ます」 「次会うときは学校だよ」  会長は固い声で言った。 「ただ、今はもうそっとしておいてくれ。ごめんね、西住ちゃん」  その砕けた語尾に、わたしは思わず大きく礼をしていた。  時間はすっかり昼を過ぎていた。  住宅地の路地をまっすぐ進む。適当なところを曲がって、そのままこの辺りを知り尽くした顔みたいにして歩く。 「どう思う?」  わたしは言った。 「わたしは、これで全員揃ったと思うけどな」 「揃ったって、何が?」  後ろから声が追いついてくる。いや、さっきからこいつはわたしの後ろを音もさせずに歩いていたのだ。振り返らず、声の質問に答えた。 「大洗の、仲間。オリジナルが集めろって言ったやつ!」

17 17/01/28(土)05:31:38 No.405445854

「そうだね。もう揃ったと思うよ。というか、君が関係者全員に出会った」  ぐるっと振り返ると、偽住が立っていた。  ずん、と一歩踏み出すと、偽住が一歩後ろに下がった。 「オーケー、西住みほ。ちょっと落ち着け」  わたしは物も言わずにもう一歩踏み出して、偽住はまた一歩後ろに下がる。  初めてこいつの慌てた顔を見たかもしれない。  片やこっちは言葉がほっぺたに詰まって、何も言えない。  一歩、一歩、一歩。  ドン、と塀にぶつかる偽住。  ぎゅっとわたしはこいつの襟元を掴んで、ぐっと頭を、胸元に押し付けた。 「しんぱい! したんだからっ!」 「ごめん」 「すごく、すごく、心配、したんだからっ!!」 「……ごめん」  わたしの目から、不意に熱いものが零れた。

18 17/01/28(土)05:31:54 No.405445865

 偽住の両手がそっとわたしの背中に回される。 「ごめん、西住さん、その……あ、いてぇ!」  何かごちゃごちゃ言いかけた偽住が大きな悲鳴を上げた。当たり前だ。 「噛むなよ! お前! 痛いだろっ!!」  肩口を噛まれて痛がる偽住に、わたしは言う。 「ベタ住って呼んでよ!」 「……え?」  ぽかんとした顔をする偽住に、わたしはもう一度はっきり言ってやった。 「べ、た、ず、み! あんたがつけた、わたしの名前でしょ? 忘れるなよ、に、せ、ず、み!」 「かなわないなあ……あなたには」  偽住の声が、ほっと安心したように緩んだ。 「ありがとうベタ住。  もっと早く言わなくて、ごめんね」

19 17/01/28(土)05:32:13 No.405445869

 二人でぶらぶらと街を歩いた。  偽住は、自分がどういう経緯で西住みほを演じるようになったのか、話してくれなかった。でもそれをわたしは嫌なことだと思わなかった。  二人で缶ジュースを飲んで、何も言わずに歩く。家に帰るでもなく、ずっと。  ついにわたしが口を開いたのは、会長の話だった。 「どう思う? 会長のこと」 「ん?」 「聞いてたでしょ」 「ああ、欠住のことね」  偽住は頷いた。 「欠住が会長を頼ってきた、っていうのはあるかもね。あの二人は元の世界でかなり親密だったから。闇住と会長みたいに――。まあ闇住みたいなSMじゃないけど」  わたしは思わず素っ頓狂な声が出た。 「えすえむ!?」 「いや、まあそれはいいでしょ? ともかく欠住はやっぱりなんらかの目的があってここに来たんだよ。――そうか、戦車道のある世界と無い世界の門みたいなところなのか、ここは……」  思案する偽住にわたしは、そうじゃなくて、と肘をついた。 「七つの回線の話!」

20 17/01/28(土)05:32:31 No.405445878

「え? え? ああ」  話しながらわたしたちは昨日の場所に来ていた。そう。ねこにゃーさんたちと大立ち回りをしたあの広場。他の西住Sの世界には、こんな広場無かったんだって。やっぱりわたしたちの世界と、戦車道のある世界は違うところがあるのかも。そう思いながら周囲を見回す。うん。誰も居ない。  偽住が言った。 「七回線って、七つあるじゃない。  あのバレー部との試合のとき、キャプテンに繋いだ三次元アバター、だっけ? エスパ、か。あれから君を通して私達全部にキャプテンのデータを送信したでしょ。  ベタ住、闇住、if住、欝住、ナポリン、オリジナル、それから私。全部合わせて七つじゃん」 「それがおかしい。偽住。あなたわたしと血液型とか、違うでしょ」  わたしの質問の意図を捕らえて、偽住が目を見開く。 「いや、ちょっと待って。意味が判った。つまり遺伝子レベルでデータが違う私が、君らと連動することが出来るのがおかしいってことか。  でも、それはベタ住の能力が高いから出来たのかと思った」

21 17/01/28(土)05:32:49 No.405445886

「ある程度はね。でも一定レベル以上は無理」  言い切って、ぞくっとした。  これから言おうと、いや、やろうとしていることがとんでもないことへの前触れみたいな気がしたからだ。  でも言わなきゃ。やらなきゃ。  わたしは広場の中央に立った。偽住が首を傾げる。  いよいよ、この謎の核心に迫る時が来た! 「ねえ、偽住。あなた、わたしたちの思考のハブみたいな役割を持っているよね。相手の心を読み、体感した情報までわたし達に送信できる。  それだけじゃない。傷まであなたは引き寄せて癒す力がある。  あなたとわたしは遺伝子情報も違う、本当の苗字も名前も、きっと違うんでしょ? それなのにどうして……」  空き缶を持ったまま偽住は肩をすくめてみせる。わたしは自分の額に人差し指をあてた。 「そもそも、あなたがただの偽物だったら、スーパーアンコウを呼べるわけがない。  更に言えば、うざ住や欠住だってスーパーアンコウが呼べるはずなのに、呼ばない。これはきっと”呼べない”んじゃないの?  呼んでも来ないってことじゃないの!」

22 17/01/28(土)05:33:08 No.405445893

「何が言いたい、ベタ住」  思わず缶を取り落とした偽住に、わたしははっきりと言い放った。 「スーパーアンコウに、ちゃんと意志があるってことじゃないの? 呼ばれて、呼んだ人のところに行く意志。  そして五感を共有できる能力。それは本当にあなたの能力なの?」 「と、いうことは……」 「聞いてみればいいのよ」  偽住の口元に人差し指を持ってきて黙らせた後、わたしは大きく息を吸った。そして。 「スーパーアンコウ!」  と呼んだ。  途端、空間に裂け目が出来て、ピンク色の戦車が現れる。おおっと偽住が驚いた。何びっくりしているのよ。わたしだって西住みほでしょ。  わたしははっきりと告げる。 「あの回線の、七人目はあなたね、スーパーアンコウ。  そして偽住を媒介にしてこの世界に干渉しようとしているもの。  あなたの正体は何? この世界を作った神様? それともわたしたちを誑かそうとする悪魔?」

23 17/01/28(土)05:33:32 No.405445906

『そのどちらも正しいとは言えません』  不意に澄んだ声が聞こえて、わたしと偽住はさっと身を寄せ合った。  スーパーアンコウがキラキラ輝いている。そしてキューポラの辺りが一番光が強い。それが霧のように集まってやがて人の形を成していく……。 『この世界の基本は、オリジナルです。彼女は運命の実行者であり体験者。過去と現在を司るもの。  そしてわたしは、運命の記録者。過去から未来まで、全ての世界を留める者……』  わたしたちは息を飲んだ。  だって、スーパーアンコウの上に、いつのまにか人が立っていたから!  いや、誰かは判っている。判りすぎている。  白い布を羽衣のように纏った裸のわたしが、神々しい光と羽根を持って輝いている。  そして交互にわたしと偽住を見ると語り出した。

24 17/01/28(土)05:33:48 No.405445911

『初めての方は、はじめまして。  初めてではない方は、お久しぶりです。  わたしは過去未来世界全ての西住みほを記録する調停者にして観察者。  古今東西住(アカシックレコードずみ)です。  改めて、ベタ住さん。  この世界は、狙われている』

25 17/01/28(土)05:37:53 No.405446031

今日はここまでー! 遂に明かされたスーパーアンコウの正体! 彼女の口からは何が明かされるのか そして影住と、欠住の行方は……? 「そういえば影住と欠住って似てるね」 「うざ住!」 「濁点がついているかついてないかだけだ。これって関係あるのかな」 「……無いよ多分、作者だって今気が付いたみたいだし」 謎が謎を呼ぶ中、果たしておしまいは来るのか 次回西住S 『世界は、とても美しい炭素』 「たんそにゴン!」 「「「「うざ住!!」」」」

26 17/01/28(土)05:39:47 No.405446087

su1728036.txt これが今回の「運命の記録」のテキストです 来週には新しいの出します ちょっと遅れましたごめんなさい

27 17/01/28(土)05:58:10 No.405446530

きたのか! あとでゆっくり読もう…

28 17/01/28(土)06:05:53 No.405446701

まだやってたn!? 最初見たのもう1年くらい前だよね?すごい!

29 17/01/28(土)06:06:05 No.405446710

ひさしぶりだね

30 17/01/28(土)06:12:57 No.405446906

期間会いちゃったからね これからどんどん仕上げてくよ

31 17/01/28(土)07:05:09 No.405448385

この世界の会長好きだわ…

32 17/01/28(土)07:40:50 No.405449848

ベタ住が主人公してる…いい…

33 17/01/28(土)08:07:51 No.405451229

お久しぶりです! 新住殿が増えてるー!?

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