虹裏img歴史資料館

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

17/01/27(金)02:58:17  つま... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

画像ファイル名:1485453497296.jpg 17/01/27(金)02:58:17 No.405262251

 つまり彼女は、ダンディなのだ。  伊達でおしゃれで、ぴかぴかのキザ。 「酔ってらっしゃるの?」 「ウン」  ケイが赤い顔でころりとわたくしの膝を枕にした。  大学四年生の一月二十七日。  進路も全部決まって、あとは卒業式まで、残り少ないモラトリアム期間を楽しむだけ。この間は二人で車で富士火力演習場までふたりっきりのドライブ。一昨日はもらった招待券でゴージャスなスパリゾートではしゃいで、こちらも二人(本当はナオミさんとアリサさんの幸せな二人を連れての四人の予定だったんだけれど)。  今日はのんびりアパルトマンで過ごして、日付が変わる頃にケイがワインを持ち出したから、さっと二人でおつまみを作って酒盛り。  なんとかの一つ覚えのカプレーゼとカルパッチョ。安斎さんの直伝だ。「このくらいなら、お前たちでも覚えれるだろ」と呆れ顔で言う彼女の姿を思い出す。「わたしにだってできるぞ」と得意げにする彼女のルームメイトも。  暖炉型の暖房は、大家さんが流石に付けていってくれたから、いまはあかあかと暖かい光を放っている。マントルピースの上には、お気に入りの写真立てに飾られた写真。ずいぶん増えた。

1 17/01/27(金)02:58:32 No.405262265

 壁にかけた時計はこちこちと時を刻んで、もうすぐ午前三時だ。  すっかりなじんだふたりがけのソファに並んで座って、今はテレビはなし。音楽もなし。お互いの呼吸と言葉だけがバック・グラウンド・ミュージック。  下の階の大家さんは今日はいないから、わたくしのヴァイオリンを披露していた。ケイはゆったりとからだを揺らしながら、わたくしのたいしてうまくもないヴァイオリンに聴き入って、一曲終わると、彼女にしては珍しく、しっとりと拍手してくれた。  それからもう一曲。こっちは彼女が歌を付けてくれてわたくしは伴奏に徹する。 「あれ、歌ってくださる? As Time Goes By」  もちろん彼女は肩をすくめて歌わない。わたくしが途中まで歌うと、途中から歌ってくれる。カサブランカのお決まり。ピアノはないけれど。  彼女の歌声は情感たっぷりでしっとりと。夜らしくて。  いつも明るい歌ばかりの彼女にしてはめずらしくて、わたくしは四年を過ごした彼女への、尽きない発見に驚いた。

2 17/01/27(金)02:58:52 No.405262294

「ねぇ、覚えてる? わたしが来たときのこと」 「本当にろくでもなかったわ」 「リアリィ?」 「もちろん。いつ叩き出してやろうかと思っていましたもの」 「今は?」 「出て行くのが、寂しい」 「酔ってる?」 「少しね」  にへっ、と、ケイがわたくしの膝の上で笑った。  太ももの感触でも楽しむかのように顔をぐりぐりやるケイの金髪に指を通しながら、わたくしは赤をもう一杯傾けた。  なんだか、映画で見る悪役のよう。膝に乗せた猫を撫でながら、ワインやブランデーを一杯やる。

3 17/01/27(金)02:59:22 No.405262318

 よく、ケイは大型犬みたい、と言われる。  わたくしは違うと思う。  彼女は猫のようでもある。猫の目のようにくるくると表情を変え、時々こうして妙に甘えるかと思えば、さっさと一人で行動したりもする。かといって気まぐれなわけではない。それは彼女なりの美学と考えに基いている。  大型犬のようなところも確かにある。大学で遠くでわたくしを見つけたりすると、大きく手を振りながらわざわざ走ってこっちに来る。人前でもおかまいなしに抱きつくし、何より嘘をつかない。でも隠し事をすることは、ある。  ライオンのように、すっと立てば人を引きつけるリーダー。フクロウのように思慮深く、狐のように狡猾で、牡牛のように力強く、鷹のように鋭い。  だからまぁ、つまり、彼女を例えるならば。 「ケイみたい」 「はぁ?」  太ももの間に高い鼻を突っ込んだまま、ケイが怪訝そうな声を出す。 「なんでもありませんわ……ちょっと、いい加減にせめて仰向けになって……」 「酔ってるからー」 「言い訳になりませんわよ」

4 17/01/27(金)02:59:38 No.405262332

 長いタイツはもう脱いでしまっている。さっきまで酔っ払ったケイがマフラーにして遊んでいて、今はソファの脇に落ちていた。素肌の腿にケイの顔が当たって、すっかり酔っ払って体温が上がっていることを伝えてくる。  わたくしはためいき一つ。  この酔っ払いっぷりなら、きっと明日は何も覚えていまい。 「ねぇ、覚えてる? ケイ」 「なにぃ」 「あなたがわたくしを救ってくれたこと」  大学に入ったばかりの頃、あっという間に人気者になったケイのルームメイトだったわたくしは、彼女の取り巻きの悪意に晒された。その取り巻きさんたちも、今はいいお友達だけれど、少なくともそのときはそうではなかった。  ケイは周囲を魅了する明るい言動と、あけっぴろげな笑顔を持っていたから、人気者になるのは解った。  一方のわたくしは、気の合う仲間を得られずにいたのだ。  取り巻きさんたちから見れば、なんだこのお高く止まった女は、とでも思っただろう。今となってはそれは必ずしも否定しない。  だから、彼女らはわたくしをケイから引き離そうとしたが、しかし彼女はわたくしから離れなかった。

5 17/01/27(金)03:00:11 No.405262370

 彼女はわたくしを悪意から守り、そして手を引いて新しい世界に導いてくれた。  だから、わたくしもそうしたのだ。  彼女を悪意から守って、彼女の手を引いて、彼女の知らない世界を見せて歩いた。  手を繋いで、くるくると。  並んで回る信地旋回はいつのまにかわたくしたちの道を大きく広げたんだと思う。  彼女がわたくしをどう思っているのか知りたい気もする。  でもそんなものどうでもいい気もする。  どうやらわたくしも、酔っているみたい。 「忘れちゃった」  ケイが言う。口先だけで。 「いいですわ。わたくしが覚えておくから」  わたくしはワインを飲み干した。 「ね、歌って」  ケイがようやく顔を上げて、赤い顔で目を細めて言った。

6 17/01/27(金)03:00:27 No.405262383

「何を?」 「As Time Goes By」 「今度はわたくしが?」 「そう」 「カサブランカ?」 「ううん」  彼女はころりと横を向いて、わたくしのおなかに顔をつける。 「聴きたいの」  甘えちゃって。これは相当酔ってるわね!  『As Time Goes By』。『時の過ぎゆくままに』、とよく訳されるが、これはきっと『どんなに時が過ぎても』と訳されるべきだろう。  うんちくをたれようかと思ったが、お腹に抱きついて離れないケイの様子に少し笑って、なるべくおなかから声を出して歌ってあげる。  ねぇ忘れないで、あなた。キスはキスで、タメイキはタメイキ。たいせつな事は変わらないの。どんなに時が流れても……。  As Time Goes By。どんなに時が過ぎても。

7 17/01/27(金)03:00:47 No.405262410

「もうこんな時間だわ」  ゆっくりと一曲歌って、わたくしは酔っぱらいさんにささやいた。 「起きて、イルザ」  んぅ、とうめいて、ケイはお腹から顔を離そうとしない。 「ちがう」  くぐもった声でイングリット・バーグマンが言って、首を振った。 「何が?」 「あなたがイングリット・バーグマン。わたしは、ハンフリー・ボガード」 「どうして?」 「行っちゃうから」  ケイは暖かい吐息をついた。 「ねぇ、デイジィ」 「なぁに? ボギー」 「……ケイ」 「ケイ」

8 17/01/27(金)03:01:07 No.405262428

「わたしね、あなたのこと、だいすきよ」 「わたくしもよ」 「この部屋に最初に来た時、わたし、うそをついた」 「どんな?」 「仕方なくなんかじゃなかったの。わたしね」  ケイは顔を離さずに続けた。 「あなたのこと、だいすきだったから」  わたくしはケイの金髪を撫でながら、天井を見上げた。見慣れた天井。 「あなたとともだちになりたかったの」  ケイがもう一度言って、鼻をすすった。 「ダスティン・ホフマンとハンフリー・ボガードならどっちかしら?」 「ボギー」 「そう」 「カッコつけたいの」  わたくしはケイの金髪を撫でながら、天井を見上げた。見慣れた天井。

9 17/01/27(金)03:01:23 No.405262450

 酔った彼女を抱え上げるように持ち上げて、ベッドまで運ぶ。  三階の彼女のベッドまでは無理だから、二階のわたくしのベッドに。酔ったときのお定まり。 「ごめんねぇ、デイジィ。酔っちゃったぁ」 「はいはい」  赤い顔でけらけらと笑って、彼女はベッドに横たわった。 「一緒に寝ようー」 「はいはい」 「ダージリン、だいすきー」 「わたくしもよ、ケイ」  わたくしは部屋着を寝間着に着替えるのもそこそこに、引っ張られるようにベッドに入る。ケイは下着だけ。  ぎゅっと抱きついてくる彼女を寝かしつけるように撫でて、そのまま朝までぐっすり。  これも酔ったときのお定まり。 「おやすみ、ケイ」 「おやすみ、ダージリン」

10 17/01/27(金)03:01:41 No.405262466

 翌朝、彼女は何事もなかったかのように起きて、寝坊をしたわたくしにモーニング・ティーを淹れてくれた。珍しくベッドまで持ってきてくれて、朝日の差し込まない寝室で、くすくす笑いながらお茶にする。 「昨夜のあなたったら、あまえんぼさんだったのよ」 「リアリィ?」 「本当。いつもああなら可愛いのに」 「今は可愛くないの?」 「可愛いって言って欲しい?」 「女の子だもん」 「あなたは、ダンディさんよ」 「なぁに、それ」  ケイはいつもの快活であけっぴろげな笑顔で、それを笑い飛ばした。 「どう? 紅茶、美味しいでしょ」  ケイが得意げに言うので、わたくしは澄まして言った。

11 17/01/27(金)03:01:58 No.405262482

「こんな格言を知ってる? 沈黙は金」 「誰も称賛してくれる者がいなくても自分のことは自身で称えよ」 「そうなさったら?」 「さすがわたし! たった四年で紅茶をマスターしたわ!」 「先生が良かったのね」  顔を見合わせて、それから大口を開けて笑う。  朝の部屋に、笑い声ふたっつ。  拙劣な詩は、すべて本当の感情から生まれる。  ――オスカー・ワイルド

12 17/01/27(金)03:02:17 No.405262502

 彼女をベッドに運ぶ時、彼女の足は引きずられていなかった。  わたくしに体重をかけすぎないように、きちんと立って分散していた。  アヴァンティで学んだ彼女の酒量は、昨夜のワインの倍くらい。  彼女の頬は熱いくらいだったけれど、それはきっとお酒のせいではないのだろう。  しかし昨夜の彼女は酔っていたのだ。  そういうことにしておこう。  カッコつけの彼女のためにも。  つまり彼女は、ダンディなのだ。  伊達でおしゃれで、ぴかぴかの、キザ。 END

13 17/01/27(金)03:04:54 No.405262664

てきすとー su1726932.txt 最初のやる書き直したのもつっこんでる 最初に投下してから、一年たったとか、びっくりすることばかりだね su1726933.mht 全部のせ ss284405.txt

14 17/01/27(金)03:10:20 No.405262934

オシャレだ…

15 17/01/27(金)03:10:36 No.405262954

もう一年経ったとか 時間の流れ加速してない…?

16 17/01/27(金)03:17:17 No.405263317

オシャンティーすぎる…いい…

17 17/01/27(金)03:19:51 No.405263441

ハンフリー・ボガードはカサブランカの中でヒロインを見送るんだけど ダスティ・ホフマンは卒業の中で、結婚するヒロインを結婚式に乗り込んでさらっていくんだよね…

18 17/01/27(金)03:24:52 No.405263716

1年経ったんだ… なんだか此処にいるとずっっと前からケイダジ読んでた気がする 楽しい1年間だったんだなあ…

19 17/01/27(金)03:29:17 No.405263945

ケイダジが投下されると裏番組で鮨住スレが立ってペコさんがクダを巻くのが流れだったなぁ… と思ってカタログ見たら今日もやっぱりペコさんがクダ巻いてた…

20 17/01/27(金)03:44:50 No.405264744

全部のせが多すぎる・・

21 17/01/27(金)03:45:36 No.405264780

もう一年たったのか

22 17/01/27(金)03:46:59 No.405264856

SSのログは保存してあるけどあのあたりのSSじゃないログを取ってないんだよな 単発のスレの流れも面白かったんだけど

23 17/01/27(金)03:51:01 No.405265018

間に合ったか!? 感謝の一年だった…感謝… su1726950.jpg

24 17/01/27(金)03:51:22 No.405265032

>安斎さんの直伝だ。「このくらいなら、お前たちでも覚えれるだろ」と呆れ顔で言う彼女の姿を思い出す。「わたしにだってできるぞ」と得意げにする彼女のルームメイトも。 さりげないまほチョビ

25 17/01/27(金)03:52:34 No.405265091

>su1726950.jpg オオオ イイイ 泣くわ俺

26 17/01/27(金)03:57:49 No.405265314

犬の話とかもいいよね・・

27 17/01/27(金)04:02:38 No.405265505

さりげなくないナオアリ

28 17/01/27(金)04:05:22 No.405265598

長年連れ添った夫婦のようないちゃいちゃしやがって…

29 17/01/27(金)04:06:00 No.405265623

https://www.youtube.com/watch?v=EPSzkpNucV8 いいよね…

30 17/01/27(金)04:06:42 No.405265653

酔ったフリして本音を言うの、いいよね…

31 17/01/27(金)04:07:13 No.405265674

>https://www.youtube.com/watch?v=EPSzkpNucV8 金麦のCMがスーッと効いて……

32 17/01/27(金)04:36:33 No.405266538

文字数みたら合計150万…?

33 17/01/27(金)04:38:13 No.405266597

なそ にん

34 17/01/27(金)04:44:28 No.405266758

読んだこと無いのいっぱい入ってる…

35 17/01/27(金)05:28:41 No.405267899

やっぱりケイダジの人はすげえ…

36 17/01/27(金)06:46:07 No.405269929

素面でもきっとわたくし達は酔い続けていた ワイルドで クールで ダンディで ハッピーな 二人の時間に

37 17/01/27(金)06:52:42 No.405270133

あなたのケイダジ大好き

38 17/01/27(金)06:54:34 No.405270201

ありがたい……

39 17/01/27(金)07:00:11 No.405270377

早朝1発目にカタログにあったから飛び込んで正解だった 今日1日頑張れる 1年ってすげぇなぁ…

40 17/01/27(金)07:19:56 No.405271042

早いもんだ

41 17/01/27(金)07:26:05 No.405271301

きれいだ

42 17/01/27(金)07:30:28 No.405271494

最後の最後で告ったというかゲロったというか おケイさん頑張ったな

43 17/01/27(金)07:31:39 No.405271545

いつもはっきりさっぱりしてるおケイさんが、本当の想いだけは酔っ払ったフリしないと言えなくて、それも結局翌朝ごまかしちゃって、泣いて見送るの、いいよね… 重い…

44 17/01/27(金)07:36:14 No.405271799

いつも綺麗な君の笑顔に勝てるものなんてなかったよ

↑Top