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17/01/24(火)00:02:47 SS エ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1485183767439.png 17/01/24(火)00:02:47 No.404684723

SS エリみほ 長いです これまで su1723355.txt

1 17/01/24(火)00:04:07 No.404685097

 少女が抽選会から学園艦に戻った翌日、戦車道チームでは早速作戦会議が行われた。通常の練習の後のため時刻は遅かったが、全員が欠けることなく参加している。 「一回戦の相手は、サンダース大学付属高校ですか……」 「サンダースって強いの、ゆかりん?」 「はい。聖グロに負けず劣らずの強豪です。すごいお金持ち校で、戦車の保有台数は今のところ日本一です」 「一回戦から、そんな強豪校と当たるのですか……」  不安げな華に対し、少女はかぶりを振る。 「いえ。確かにサンダースは強いですが、ここで当たっておいて良かったと考えることも出来ます」 「というと?」 「一回戦なら、まだ参加車両数は十両までと決められてます。これが準決勝なら十五両、決勝なら二十両なので、数の上では相当不利になったでしょう」 「成る程……今ならその不利も小さいという事ですね」 「その通りです。……まあ、現時点でも相当不利なのは確かなんですが……」

2 17/01/24(火)00:04:30 No.404685208

「戦車の捜索はまだ続けてますが、今のところ成果はありません……」  生徒会副会長の小山柚子が、手元の資料に目を落として肩を落とす。 「数もそうですが、質も足りません。せめて一両でも、もっと強い戦車があれば……」  一同に重苦しい空気が広がる。前々から分かっていたことだが、やはり状況は厳しかった。  その時、そんな空気を切り裂くように、角谷の携帯電話が鳴り響いた。 「あ、ごめん、ちょっと……。……管制室……?」  角谷はしばらく小声で話し込んでいたが、途中でちらりと少女に目をやった。怪訝に思いつつ待っていると、間も無く電話を切った杏はにやりと笑んだ。

3 17/01/24(火)00:04:46 No.404685295

「逸見ちゃん、外、外」 「え……? 何ですか、一体?」 「逸見ちゃんにお客さんだよ」  杏に促されて講堂から出ると、一陣の夜風が吹き抜けた。目を開くと、学園艦のすぐ側、夜空に一隻の飛行船が浮かんでいた。 「あれは……!」  少女はその船に見覚えがあった。それは黒森峰女学園が所有する硬式飛行船、ツェッペリンだった。

4 17/01/24(火)00:05:06 No.404685420

5 17/01/24(火)00:05:49 No.404685636

 ゆっくりと飛行場に降り立ったツェッペリンから降りてきたのは、黒森峰の隊長、西住まほその人だった。出迎えた大洗の面々の中に少女を見つけて、小さく手を振ってくる。まほの他には赤星ら数人の隊員を伴うだけの少数編成らしかった。当然、みほの姿は無かった。 「エリカ!」 「まほさん……!」  お互いに駆け寄る。まほは数ヶ月前に見た時より、少しだけ疲れたように見えた。 「お久しぶりです! どうして大洗に?」 「抽選会で、エリカを見たんだ。……驚いた。本当に」  まほは慈しむようにエリカの頬に触れる。 「……まだ、戦車道をやっているとは思わなかった」 「……色々と、事情がありまして……」少女は苦笑した。「……わざわざ、黒森峰からここまで来てくれたんですか?」 「ああ。渡したいものがあってな」  まほが背後を振り返る。丁度ツェッペリンの貨物室から、大きなコンテナが重機で運び出されようとしているところだった。

6 17/01/24(火)00:06:24 No.404685805

「……何ですか、あれ?」 「ティーガーⅠ改造キットだ」 「てぃっ……!?」  驚きのあまり妙な声が漏れてしまった。背後の大洗の面々にもざわめきが広がる。 「いいんですか!? そんな物……!」 「いや、なに。どうせ余っていたものだ。倉庫で埃を被るより必要なところで使ってもらった方がいいだろう。本当はキングティーガーか、エリカの好きだったシュトゥルムティーガーあたりが用意できれば良かったんだが……」 「とんでもありません! 本当にありがたいです! でも、どうしてこんな……?」  いくら元隊員とはいえ、この待遇は破格も破格といえた。今は仮にも対戦相手候補である以上、敵に塩を送る行為とも取られかねないだろう。  少女の言葉に、まほはばつが悪そうに目を伏せた。

7 17/01/24(火)00:07:30 No.404686126

「……どうか、餞別だと思って受け取って欲しい。……今更な事だが、お前が黒森峰を去る時、何もしてやれなくて……本当に済まない」 「そんな……!」  目が醒めるような思いだった。本当は分かっていた筈なのに、目を背けようとしていた。自分とみほだけの話ではない。まほはあの日から、癒えることのない傷口から血を流し続けてきたのだ。少女とは違い隊長として、どこかに逃げ出すことも出来ないままに。それは一体、どれほどの苦しみだったのだろう。そして少女の境遇に胸を痛めてくれた沙織たちのように、まほやみほが傷付くことで、同じように痛みを抱く人間がきっと大勢いるのだろう。  救いようのない現実は、際限無く傷と痛みを振り撒き続ける。その苦しみをどうやって癒せばいいのか、今の少女には分からなかった。 「……まほさん……!」  思わず涙が滲んだ。まほは少女を抱き締めるようにして、涙を拭った。 「泣くな。今は、お前が隊長なんだろう? 隊員の前で、涙を見せては駄目だ」 「……でも……まほさん……」

8 17/01/24(火)00:08:20 No.404686384

「……お互い戦車道で戦うならば、これからは敵同士になる。これ以上、助けてやることは出来ない。……だから、最後に一つだけ、本当に大切なことを教えておく」  まほは少女の肩を掴み、うっすらと微笑んだ。 「戦車を愛してくれ。そうすれば、戦車は必ず応えてくれる」  たったそれだけの簡潔な言葉。だがそれ故に、それが幼少から戦車道と共にあったまほの得た一つの真理だという事がありありと伝わってきた。 「……はい。ありがとうございます。絶対に忘れません」 「うん、よし。……それじゃあ、悪いがもう帰らないといけないんだ。ほとんど無理やり出てきたからな、明日の朝までに黒森峰に着かないと……」 「えっ!? もうですか!? せめてお茶くらい……」 「ありがたいが、気持ちだけ受け取っておくよ。それじゃあエリカ、頑張って。大洗の皆さんも!」

9 17/01/24(火)00:08:44 No.404686517

 言うや否や、まほと黒森峰の隊員たちは慌ただしくツェッペリンに乗り込み、そそくさと離陸してすぐに帰っていってしまった。 「なんか……凄かったね……」 「これがドイツのブリッツクリークか……」  大洗の面々は呆気にとられて立ち尽くしていた。少女はぽつんと後に残されたコンテナを眺める。それは大洗にとって、まさしく形を持った希望だった。

10 17/01/24(火)00:09:04 No.404686620

11 17/01/24(火)00:09:44 No.404686803

「……入るぞ、みほ」  まほが何度ノックをしても、妹からの返事は無かった。ここ最近はいつものことだ。そのまま扉を開くと、みほは真っ暗な部屋で電気も付けず、食い入るようにPCモニターを見つめていた。モニターの光が照らし出したみほの顔はひどくやつれ、幼少からずっと短かった髪を長く伸ばし放題なのも相まって、まほの知っているみほとはまるで別人のように思えた。いや、そう思いたかっただけかもしれない。  溜息をひとつ吐いて、部屋の明かりを点ける。みほは眩しそうに、あるいは抗議するように顔を顰めた。 「……大洗が二回戦でアンツィオを下したらしい」 「知ってるよ」  みほは平然と言った。その声は何の感情も━━怒りや苛立ちさえも━━感じさせない、全くの虚無だった。

12 17/01/24(火)00:10:15 No.404686952

 みほの向かうモニターに映し出されるのは、大洗の試合映像だ。大洗が、逸見エリカが全国大会に出場すると知ってから、みほは練習以外のほぼ全ての時間をこうして自室に閉じ籠り、黒森峰が蓄積してきた膨大なデータを貪ることに費やすようになった。そしていざ練習、試合となると、まさに鬼気迫るとしか言いようのない恐ろしいほどの集中力と精度を発揮するのだ。  戦車道以外のことには全くの無頓着となり、学生としての生活態度について教師から注意を受けたのも一度や二度ではない。まほが献身的に世話を焼いてもこの有様であり、もし自分がいなければと考えるだけで寒心に堪えなかった。  机上に視線を落とすと、数時間前にまほが持ってきた夕飯の盆が手付かずで置かれていた。 「……みほ、ちゃんと食べなくちゃ駄目だと言っただろう」 「……うん。後で食べるから、そこに置いておいて」  言いながらも、みほの視線はモニターに釘付けのままだった。これもいつもの事だった。  みほの痩せ細った手首が目に入る。もう、限界だった。

13 17/01/24(火)00:10:37 No.404687075

「みほ!」まほは妹の肩を掴み、無理矢理自分と向き合わせる。「こっちを見ろ、みほ!」  みほは舌打ちと共に、煩わしそうに首を傾げた。 「……何? 忙しいんだけど」 「何故お前がここまでする? 口にはしなかったが、分かっていた。戦車道が嫌いだったんだろう? 西住流のやり方が嫌だったんだろう? それなのに何故だ? そんなにボロボロになってまで戦車道をする理由が、一体どこにある!?」  しまった━━。  言ってから、まほはすぐに後悔した。ずっと心の中に横たわっていたのに、言葉にはしなかった事。お互いがお互いの為に踏み込まない、暗黙の了解。踏み込めば全ては崩れ落ち、後に残るのは果てしなく深い断絶の溝だ。  言葉にしてはいけなかった。言葉にすればそれは力を持ち、形を成し、現実になってしまう。みほの退路を断つ最後の引き金を、自分が引いてしまう━━。

14 17/01/24(火)00:10:53 No.404687161

「……そうだね。私、ずっと戦車道なんて嫌いだと思ってた」  みほは伏し目がちに呟く。 「……でも、違ったんだ。私は色んな人の期待の重さや、勝つことを強制される黒森峰や西住流のやり方が嫌いだっただけで、戦車に乗ることは……戦車道そのものは、ずっと好きだったんだって気付いたんだ」  予想外の言葉に、まほは驚きと共に喜びを感じた。全ては自分の悪い思い込みで、やはり妹は自分の知る優しい妹のままだったのだと、胸を撫で下ろした。  だが━━顔を上げたみほは、笑っていた。その笑みを見て、まほは言葉を失った。 「……でも、今はもう、それも違う」  口は笑みの形に歪んでいるのに、目は全く笑っていない。その瞳の色は、あまりにも深い絶望の色だった。 「……お姉ちゃん。私、自分がこんなに戦車道が嫌いになれるなんて、思わなかった」  その時まほは、己の滑稽な思い違いと、堪え難い無力さを悟った。

15 17/01/24(火)00:11:14 No.404687255

16 17/01/24(火)00:12:13 No.404687569

 蒼白な顔をしたまほが部屋を出て行って、みほは重い溜息を吐いた。  どんな時も強く凛々しい姉のあんな表情を見たのは、いつ振りの事だろう。もしかすると初めてかもしれない。胸は確かにひどく痛んだはずだが、今のみほにはよく分からなかった。  まほを傷付けたのはこれで何度目だろう。彼女だけではない。黒森峰の隊員や友人たち、さらにはまほから話を聞いたのか、両親までもが電話してきたこともあった。数え切れないほどの人たちを傷付け、それによってみほ自身も傷付いてきた。  傷は痛みを生み、痛みはまた新たな傷を生む。それは終わりの無い連鎖だ。止める術はない。みほの抱えた痛みはとっくに心という器から溢れ出していて、今さら何があろうとも、波紋など起こらなくなっていた。  一度灼けた靴を履かされれば、肉が裂けても骨砕けても、後は死ぬまで踊り続けるしかないのだ。

17 17/01/24(火)00:13:05 No.404687843

 みほはまたデータの精査に戻った。過去数十年分に及ぶ、黒森峰が蓄積してきた資料の山。アナログとデジタルを問わず片っ端から目を通し、全てを己の血肉とする。与えられた地位も環境も才能も、余すことなく薪とする。一分一秒も無駄には出来ない。正確に言えば、無駄にするなど許せない。こうしていなければ、頭がおかしくなりそうだった。  モニターに向かう視界が霞み、メモを取る手が震える。休息を取らなくては動かなくなる自分の身体が邪魔で仕方がなかった。戦車道をするためだけの機械か亡霊にでもなれたら、どれだけいいだろうと思った。

18 17/01/24(火)00:13:47 No.404688103

 それも全ては、あの少女を完膚無きまでに否定するが為。  忘れようと思っていた。たとえ癒えぬ傷を抱え続けていくのと同義だとしても、全てを忘れ、無かったことにして、独りで生きていこうと思っていた。  だが、あの少女が『逸見エリカ』として、自分の目の前に現れるのなら。公にその名を騙り、塗り潰そうとするならば。己の全てを賭してでも、絶対にそれを否定してやろうと思った。  何があっても許せない。認められない。あんな偽物がエリカを名乗るなど。エリカに取って代わろうなどと。自分の好きだったエリカは、あんな偽物とはまるで違う、強い人間だった。それを騙ることなど、絶対に許されない。  しかし、そのエリカがいなくなったのは誰のせいだったろう。  ━━そう、私のせいだ。  だからこそ、私はエリカさんに許してほしかった。  でも、そのエリカさんはもういない。  あの偽物は、私には何の罪も無いと言った。そんな言葉に意味は無い。私が欲しいのはエリカさんの言葉だけだ。  でも、そのエリカさんはもういない。  ならばどうすればいいのだろう。  私はどうすればいいのだろう。  どうすれば、よかったのだろう。

19 17/01/24(火)00:14:05 No.404688205

 ふと気付けば、血が滲むほどに深く爪を噛み締めてしまっていた。ほんの数ヶ月前まではこんな癖は無かったのに、今や爪先は見るも無残な有様だ。  そういえば、とふと思い出す。  エリカは昔からよく、事あるごとに爪を噛んでいた。みほが何度止めたほうがいいと言っても治らず、仕方がないのでいつも爪を切ってやっていた。エリカは口では嫌がりながらも、いつも素直に手を差し出してきたのだった。  舌先に鉄の味を感じながら、みほはほんの少しだけ、笑った。

20 17/01/24(火)00:14:31 No.404688318

21 17/01/24(火)00:15:18 No.404688543

 灼熱の陽射しが熱砂を焼き焦がし、彼方の地平線が陽炎でぼやける。  西住まほは額から滴る汗を拭った。全国大会二回戦。黒森峰の対戦校は継続高校。生徒数、保有車両共に決して恵まれているとは言い難いが、それを補って余りある質の高い隊員と整備班を擁する学校だ。特にミカと名乗る現隊長の技量は折り紙付きであり、まほも一目置いていた。  試合会場は砂漠ステージ。過酷な環境ではあるが、むしろ何度か砂漠地帯での演習経験のある黒森峰が圧倒的に有利と言えた。継続の隊員などは試合開始前から既にバテ気味であり、隊長のミカも表情こそ涼しげだったが全身汗だくで今にも倒れそうだった。  既に試合開始から一時間弱が経過し、双方に損害は出ているものの、状況は常に黒森峰の優勢で運んでいた。  だがまほには、ミカという戦車乗りがこのまま終わるはずがないという確信にも似た予感があった。

22 17/01/24(火)00:16:18 No.404688857

 試合が大きく動いたのはそれから数十分後だった。  黒森峰は砂丘上に陣取った継続の本隊を包囲することに成功するも、継続側が巻き上げた大量の砂煙で視界は非常に悪く、思うように勝負を決めることが出来ずにいた。対して継続側は砂塵の向こうから的確に射撃を行い、既に味方に被害が出始めていた。 「隊長、どうします?」  赤星からの通信が入る。 「持久戦ならこちらが有利と思っていたが、そうも行かないかもしれないな。それに、相手はあのミカだ。何か秘策を用意される前に早急に潰さないと何をしてくるか分からん」 「では……」 「ああ」まほは通信を全ての味方車両に開いた。「全車両に通達。ここで一気に勝負を決めるぞ。三、四、九号車は迂回して西側へ、その後四号車を先頭にして突撃、敵陣形に風穴を開けろ。同時に残った全車両も射撃を開始、敵残存戦力を一気に殲滅する。タイミングが重要だ。気を引き締めろ!」

23 17/01/24(火)00:16:51 No.404689047

 次々と威勢のいい「了解」の応答が返ってきた。残存する七両の内の三両が敵側面へと向かう。だが継続側にもこの動きは悟られていないはずだ。自ら起こした砂煙が仇になったとも言える。  作戦に特に問題はないように思えた。しかし、まほはどうしても不安が拭いきれなかった。継続のミカとは何度も試合をしたことがある。これだけでどうにかできる相手だとは思えなかった。  しかして、その予感は的中した。  別働隊が迂回路を半分も過ぎた頃、突如として砂煙を突き破り、継続の戦車がまほ達本隊の方へ殺到してきたのだ。 「なっ━━」  隊員達から悲鳴が上がる。こちらに向かってくる敵車両は五両。継続に残された全車両だ。全体の車両数なら黒森峰が優位だが、隊を分けた今ではこちらが数的不利であり、別働隊が戻ってくるより継続が辿り着く方が圧倒的に速い。さらに悪いことに、フラッグ車であるみほのパンターは丁度、射撃の為にかなり前のめりに陣取っている状態だった。まほの車両位置からでは、助けようとしても間に合わない。

24 17/01/24(火)00:17:33 No.404689230

「隊長! どうすれば!?」 「狼狽えるな! 撃てっ!!」  パニックになりかけた隊員達を一喝する。流石の黒森峰と言うべきか、隊員達はそれだけですぐ冷静さを取り戻し、次々と砲撃を始める。継続側の二両が直撃弾を受け沈黙するも、残り三両の勢いは全く緩まなかった。特に隊長車にしてフラッグ車であるBT-42は見惚れそうになるほどの走行性能で華麗に射撃を回避しながらフラッグ車に突っ込んでいく。  車両性能で圧倒的に劣る継続が取り得る作戦があるとすればフラッグ車を狙う事だとは百も承知であり、最新の注意を払っていたつもりだったが、一瞬の隙、最悪のタイミングを突かれた形だ。そもそも何故戦力の分散を見破られたのか。継続側からは見えない位置を移動していたはずだ。考えてみても、僅かな射撃間隔のズレ等から目敏く察知されたか、或いは野性的な勘としか思えなかった。いずれにせよ、恐るべき手腕だ。  既にBT-42はフラッグ車の目と鼻の先まで迫っている。まほのティーガーでは位置的にギリギリ間に合わない。近くにいるのは軽戦車であるⅢ号戦車が一両だけだ。

25 17/01/24(火)00:18:51 No.404689662

「みほ……フラッグ車! 速く下がれ! それ以外は敵フラッグ車を!」  BT-42が急制動をかけ、放たれたⅢ号戦車の砲弾を紙一重で回避する。さらにそのままの勢いでドリフトしながら回転し、すれ違いざまに返しの一撃でⅢ号戦車を仕留め、また急発進してフラッグ車━━パンターに向かう。  パンターは全速力で離脱し、旋回しながら砂丘の陰に隠れる。味方が到着するまで逃げ切るつもりなのだ。だが、当然継続側がそれを許すはずもなく、すぐさまBT-42が追尾する。同時に黒森峰側の他車両も後ほんの十数秒で射撃可能位置に到達しようとしていた。  瀬戸際の勝負。パンターが逃げ切るか、BT-42が仕留めるか。地形に対し大きく弧を描くように走るパンターを、BT-42はほぼ直線で追いかける。当然、見る間に車間距離は縮んでいく。 「なっ……!?」  何故真っ直ぐ逃げようとしないのか、理由を考える暇も無く、BT-42の砲塔は間も無くパンターを捉えようとしていた。 「みほっ!!」

26 17/01/24(火)00:19:21 No.404689818

 BT-42の砲口がパンターの側面に向けられた時━━。  パンターとBT-42の間に、他の戦車が現れた。  いや、現れたのではない。最初からそこにあったのだ。それはつい先程BT-42に撃破されたⅢ号戦車だった。既にハッチは開き、車内から出ようとしていた乗員たちの表情は恐怖と驚愕に染まっている。  パンターは大回りに旋回し、時間を稼ぎながら元いた場所に戻ってきていたのだ。Ⅲ号戦車を、仲間を盾にするために。  BT-42の動きが、ほんの一瞬止まった。その一瞬が勝敗を分けた。射撃可能地点まで到達した黒森峰の僚車が、BT-42の横腹に砲弾を叩き込んだ。一撃でBT-42は沈黙し、車体からは行動不能を示す白旗が上がった。  黒森峰の勝利を告げるアナウンスがなされても、いつものようには歓声は上がらなかった。観客と隊員達のどよめきの中、まほは自分の呼吸が浅くなっていくのを感じていた。

27 17/01/24(火)00:19:41 No.404689949

28 17/01/24(火)00:20:20 No.404690144

「みほ……!」  試合が終わってすぐ、まほは会場の片隅にみほを呼び出した。その肩を掴んで問い詰める。 「あれは何のつもりだ!? 何故あんな事をした! 事故でも起きたらどうするつもりなんだ!!」  みほは煩わしそうに首を振った。 「お姉ちゃんだって知ってるでしょ? 戦車道で使われる砲弾は安全装置が組み込まれてて、人には当たらないようになってるって。それなのに、何が問題なの?」 「だからと言って……!」  大きな憤りの他に、まほは恐怖と困惑を覚えていた。これが本当に自分の知っている妹なのか? みほは幼い頃から他人には気弱で優柔不断と見做されるほどに優しく穏やかな性格だった。そう、一年前のあの水没事故の時も、みほは一度はフラッグ車を捨ててまで救助に向かったのだ。そのみほがこんな事をするなどとは、どうしても信じられなかった。

29 17/01/24(火)00:20:45 No.404690256

「ギリギリの試合だったのは、お姉ちゃんでも分かるでしょう? こうしなきゃ勝てなかった。……それともお姉ちゃんは、この試合、負けてもよかったって言うの?」  みほは冷ややかな目でまほを見つめる。 「……それは……」  急所を突かれ、まほは返答に窮した。常に王道を歩み、絶対の勝者であり続けること。まず勝利無くして全ては無意味。それが黒森峰の、西住流の根幹を成す教えであり、まほもみほも幼い頃よりその流儀を骨の髄まで叩き込まれてきた。今更、それをどう否定できるだろう。  口籠るまほに、みほはふっと息を吐く。 「……それだけ? じゃあ、私もう行くから」 「待てみほ、まだ話は……!」  その場を立ち去ろうとするみほを引き留めようとしたが、その手は虚しく空を切った。離れていく背中を追いかけることは、出来なかった。

30 17/01/24(火)00:21:43 No.404690529

 しばしその場で立ち尽くしていたまほに、背後から「西住さん」と声がかけられる。  驚いて振り向くと、少し離れた木の陰から、先程まで試合をしていた継続高校の隊長であるミカが姿を現した。 「……盗み聞きとは趣味が悪いな」 「なに、気にしないでいいよ。私は風の音を聞いていただけさ」  側から見れば険悪なやり取りに見えたかもしれないが、当人達にとっては挨拶のようなものだった。  ミカとは過去に何度か話した機会があった。常に飄々としていて何を考えているのかよく分からない相手ではあったが、しかしまほはこの風来坊の人間的部分に大きな信頼を置いていた。 「改めて、今日はありがとう。楽しかったよ」  ミカはまほのすぐ近くの切り株に座り、常に持ち歩いているカンテレを鳴らした。まほは唇を噛み締めた。 「……すまない……!!」  深々と頭を下げるまほに、ミカは涼しい顔のまま首を傾げる。 「どうして西住さんが謝るんだい?」

31 17/01/24(火)00:22:37 No.404690809

「決まってるだろう! 撃破車両を盾にしたことだ! あんなこと、許されていい筈が無い……! すまない、お前とはもっと違う形で……!」  血が滲むほど握り締められたまほの拳に、ミカの掌がそっと添えられる。 「私は気にしてないよ、西住さん。なにもルール違反をしたわけじゃないだろう? 咄嗟に対応できなかった私が未熟だったのさ。……あの妹さんがあんな事をしてくるのは、確かに驚きだったけどね」 「……ッ……すまない……! ミカ……!!」  ミカはなおも謝罪を繰り返すまほの背中をぽんぽんと叩き、顔を上げさせる。 「こうして来たのはそんなことの為じゃないんだ。……西住さん、試合前からずっと浮かない顔だったろう? 何もかも自分だけで抱え込もうとするのは無意味なことさ。……君らしいけどね」 「……ミカ……」

32 17/01/24(火)00:22:59 No.404690949

 普段のまほならば、歯牙にも掛けなかった言葉だろう。他人に頼らず、弱味を見せず、一人で強く生きていくというのがまほの信条であり、呪縛でもあったからだ。しかしこの時のまほにとっては、その言葉は差し伸べられた救いの手に思えた。それは心のどこかで、ずっと求めていた言葉でもあった。畢竟、まほは嬉しくて仕方がなかったのだ。気付けばまほは、自分と妹、そして逸見エリカと少女に纏わるこれまでの顛末を洗いざらい吐き出していた。その間ミカは、ただ静かにそれを聞いていた。 「……どうすればいいのか、分からないんだ。何をやっても裏目に出る、失敗するような気がしてならない。何をすれば正しいのか、そもそも一体何が正しいのか、私にはもう分からなくなってしまった」まほは深く項垂れる。顔の前で組んだ手は強く握られて白くなり、小さく震えている。「ミカ。教えてくれ。……私は、どうしたらいい?」  ミカは目を閉じ、手元のカンテレを撫でた。 「……西住さん。君は少し難しく考えすぎなんじゃないかな。……そもそも、何が正解で何が不正解かなんて考えることに、意味があるとは思えない」 「……どういうことだ?」  まほは顔を上げた。

33 17/01/24(火)00:23:31 No.404691110

「過去の選択の意味をいくら自問しても、今は何も変わらない。時間が不可逆である以上、どんなに重要でどんなに難しい問題だろうと、選択できるのは常に一度きりなんだ。それにそれを考え始めたら、たとえ仮に正解らしき解答を選べたとしても、もっといいやり方があったんじゃないか、もっと他に選択肢があったんじゃないかって、キリがないだろう? 存在しなかった可能性に気を取られるのは、過去に縛られることに他ならない」 「それなら、どうすればいいと言うんだ? 誤った選択で負った傷は、どう癒せばいいんだ?」 「人生における選択肢に正解と不正解があるとするならば、それは結果から見るものじゃない。大切なのは、自分が本心からそうしたいと思った選択が出来たかどうかだ」 「……自分の、本心……」  まほの胸の奥で、何かが疼いた。 「そうして選び取った選択ならば、たとえそれがどんな結果になろうと受け入れられる。時には傷を負うかもしれない。でも、それは癒せる傷だ。自分の本心からの選択なら、後悔は無いはずだからね」  ミカはまほを見つめ、真っ直ぐな瞳で言う。 「西住さん。君は、どうしたいんだい?」

34 17/01/24(火)00:24:10 No.404691311

 一陣の風が吹き抜け、まほの髪を静かに揺らした。身体の中の澱んだ泥のようなものが洗い流され、新たに小さな熱が灯る感覚があった。  まほはしばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて穏やかな微笑を浮かべた。 「……ありがとう、ミカ。お陰で少し、胸のつかえが取れたようだ」  ミカは一瞬きょとんとした顔を見せて、それからくつくつと笑った。 「君がそんなに素直なことを言うとはね。珍しいものが見られたから、お礼ならいらないよ」 「私はいつでも素直だろう」 「……本気で言ってるの、それ?」 「え? ああ、そうだが」 「……まあ、そういうことにしておこうか。……何はともあれ、次の試合も頑張ってね、西住さん」 「ああ、ありがとう。……良かったら決勝は見に来てくれ。歓迎するぞ」 「気が向いたらね。……ああ、それにしても、今日は楽しい試合だったけど、一つだけ残念だったことがあるとすれば……」  ミカは空を見上げて目を細め━━。 「最後にもう一度、君と戦いたかったなあ」  そう言って、寂しそうに笑った。

35 17/01/24(火)00:24:30 No.404691457

36 17/01/24(火)00:25:00 No.404691592

 全国大会準決勝、大洗学園対プラウダ高校の試合は、序盤から一貫してプラウダ側の優位に進んでいた。多少の新車両と新隊員を迎え入れたとはいえ、大洗の戦力は全国有数の強豪校であるプラウダの前では風口の蝋燭に等しかった。また今回の試合会場は深い雪に閉ざされたステージである。プラウダは北国の学校ゆえ雪上戦闘には慣熟しており、さらに所有する戦車はその殆どが比較的雪中戦に長けたロシア戦車だった。プラウダの有利は火を見るよりも明らかと言えた。  既に大洗の戦車はその半数近くを撃破され、対してプラウダの損害は軽微。誰の目から見ても、プラウダの勝利は確実に思われた。だがそれも、大洗には想定の内だった。  会場内の古い倉庫の中、大洗のフラッグ車であるティーガーⅠはエンジンすら落として停車していた。今敵に見つかればひとたまりも無い。それは一種の賭けだった。  他にも会場内の各所で、大洗の戦車と隊員たちが同じようにして息を殺して潜伏している。誰もが寒さに震えながら、とある機会を今や遅しと待ち侘びていた。

37 17/01/24(火)00:25:46 No.404691791

「逸見殿、ココアが入りましたよ」 「あ、どうもありがとうございます。……あったかいですね」  少女が優花里から受け取ったマグカップからは、白い湯気が立っていた。壁一枚隔てた外は氷点下の状況で、温かさが骨身に沁みる。 「うう……寒い……何でわざわざこんなに寒いとこで試合しなくちゃなんないの!? もっとあったかいところでやればいいじゃん!」  そう叫んだ沙織は先程から毛布に包まって縮こまり、見るもの皆にペンギンの雛を想起させていた。 「そんなに寒いなら何か着ればいいだろう。下にジャージを履くとか……」 「嫁入り前の身でそんな女子力無いことできないよ!」 「別に誰も見てないだろう。私は気にしないぞ」  そう言った麻子も車内でシュラフにすっぽり収まり、その姿はまさしく横たわる海豹のそれだった。

38 17/01/24(火)00:26:44 No.404692070

「しかし実際のところ、皆さんが凍えてしまう前に動かないといけませんね」  華の表情は険しい。優花里もそれに頷いた。 「この状態のいい倉庫の中でもこれですから、他の皆さんはもっと厳しい状態かもしれません。これではモスクワの戦いのドイツ軍のようになってしまいますよう!」  少女は爪を噛みながら思案する。 「確かにそうですが、ここで私たちが焦って動いても何の意味もありません。今は作戦が上手くいくのを信じて、待つしかありません」 「もー! えりりん! 行儀悪いよ! 爪噛んじゃダメでしょ!」 「へっ? す、すいません。……噛んでましたか、私?」 「とにかく待つしかないか。……じゃあ、その時が来たら起こしてくれ。私はそれまで寝る……」

39 17/01/24(火)00:27:05 No.404692170

 返事も待たずに寝息を立て始める麻子に苦笑しつつ、少女はハッチを開けて倉庫の窓から外を見る。試合前から吹き続けている吹雪は未だに衰える気配を見せていなかった。本来ならばすぐにでも止んでほしいと願うところなのだろうが、今の少女と大洗にとっては、この吹雪は願っても無い幸運だった。非常に視界が悪い厳しい状況だが、それは相手も同じことだ。その視界の悪さは、大洗の作戦にとっては大きな追い風となるはずだった。  少女はティーガーIの車体をそっと撫でる。思えばまほの厚意で与えられたこの戦車が無ければ、果たしてここまで勝ち進んでこられたかどうか分からない。サンダース戦も、二回戦のアンツィオ戦も、それほど瀬戸際の勝負だった。元のⅣ号戦車のままであればきっと負けていただろう。あるいはこれがみほかまほならば、Ⅳ号のままでも勝ち残れていたのかもしれないが。  まほの与えてくれた大恩に、必ず報いなければならない。その為に、こんな所で負けるわけには━━。 「…………あれ?」  少女はふと、己の思考の矛盾に気付く。

40 17/01/24(火)00:27:26 No.404692272

 ここでプラウダに勝ち、全国大会で優勝して大洗を廃校から救う。そのつもりでこれまでずっと必死に戦ってきた。だがそれは同時に決勝で待つ黒森峰を、みほとまほを倒すという事と同義である。考えてみれば当然のことだと言うのに、何故今まで気付かなかったのだろうか。否、分かっていながら気付かない振りをしてきただけなのかもしれない。  掛け替えのない恩人であるみほとまほを、自分の手で倒す。そんなことが許されるのか。いや、そもそも自分の実力で、あの二人を倒すことなど万に一つも叶うものだろうか。  動揺が悪寒となって冷たく背筋を這い上がってきて、慌てて振り払った。  今は目の前の試合に集中すべき時だ。他の事を考えている余裕は無い。少女はハッチを閉め、再び車内に引っ込んだ。

41 17/01/24(火)00:27:56 No.404692373

いい…

42 17/01/24(火)00:28:00 No.404692393

 戦車の中でひたすら待つうちに数分が経ち、数十分が経ち、数時間も過ぎただろうか。疲れ果てた少女たちがうつらうつらし始めた頃、車内の静寂を沙織の一声が切り裂いた。 「来たっ!!」  全員がすぐさま飛び起き、真剣な表情で無線に耳を傾ける沙織を固唾を飲んで見守る。 「えりりん! 八九式から入電! フラッグ車のT-34を確認! 随伴車両は三両のみ! ……ちょっと待って! …………。 ……Ⅲ突からも入電! こっちは二両だけ! えりりん、これって……」 「はい! 掛かりました! ティーガーはすぐに向かいます! 合流を待っている暇はありません、各自こちらに向かって到着次第挟撃の形を。気を引くだけで構いません! 38tとⅢ突は……ここです、D地点にしましょう。すぐさまそちらに向かってください! チャンスは今だけ、一度だけです! 勝ちに行きましょう!」  無線から隊員たちの鬨の声に近い応答が返ってくる。ティーガーもすかさずエンジンを始動した。

43 17/01/24(火)00:29:03 No.404692662

 この作戦の骨子はひとえにプラウダ高校の隊長であるカチューシャの個人的性質によって成り立っていた。過去の記録から読み取れるカチューシャの人物像は、指揮官としての確かな優秀さと隊長としてのカリスマ性を持ちながらも、人格的には極めてプライドが高く、また堪え性のない短気さを備えているというものだった。過去の試合でも相手を追い詰めておきながら『お腹が空いたから』『眠くなったから』などの理由で相手に降伏勧告を出し、自分はのんびり休憩していたという記録まである。  大洗が目をつけたのはその慢心という隙を突くことだった。勝ちを確信させるところまで追い詰めさせ、そこですぐさま退却し息を殺して潜伏する。目前に見えた勝利をお預けにされればカチューシャは業を煮やし、数時間もすれば平時ならば必ず避けるであろう戦力の分散という悪手を冒してまでも索敵に出るほどに焦れるだろうと予想していた。

44 17/01/24(火)00:31:10 No.404693212

 そして今、予想は現実のものとなった。カチューシャは今、僅かな僚車を伴うだけで自ら索敵に打って出てきている。後の作戦は至極単純なものだ。フラッグ車であるティーガーがその身を敵フラッグ車を操るカチューシャの眼前に晒し、すぐさま逃走。味方の待ち受ける待ち伏せ地点まで誘い込み、これを撃破する。冷静ならばすぐに見抜かれるであろう作戦だ。その為にも、もっと相手を挑発し、逆鱗を撫で回さなければならなかった。 「……エリカさん、いつでも撃てます」  華が照準器を覗いたまま言う。ティーガーは建物の陰から道路を走るフラッグ車たち一団に砲口を向けていた。距離は遠く、ここからでは装甲を貫徹することはできないだろう。だが、気を引くことはできる。 「はい。準備出来次第、華さんの呼吸でいつでも撃ってください。その後は全速離脱、予定通り目標地点まで急行します。麻子さん、この一撃で決めるつもりが仕留められなかった、やばい! って感じで走ってください」 「おうよ」

45 17/01/24(火)00:32:29 No.404693604

「八九式はフラッグ車以外の取り巻きを狙ってください。撃破できなくても構いません、とにかく一撃離脱でおちょくって、出来るだけフラッグ車から離してください」  すぐ近くまで接近中の八九式中戦車の車長、磯辺典子からは「任せてください!」 と威勢のいい返事が返ってくる。 「では、皆さんの健闘を祈ります!」  車内が緊張で満ちる。全員が極度に集中しているのだ。フラッグ車自らが囮になる危険な作戦、それも相手にはIS-2を始めとして大火力の戦車が揃っている。重戦車の代名詞であるティーガーといえど、被弾は命取りになり得た。 「……行きます!」  華が叫び、88mm砲が開戦の号砲を放つ。爆音、そして一瞬遅れて甲高い金属音。KV-2が砲撃を弾いた音だ。プラウダのフラッグ車含む四両はほんの少し固まった後に180度転回し、こちらに向かって殺到してくる。向けられた幾つもの砲口が、否応なく恐怖を煽る。 「来ました! 来ましたよぉ!」 「麻子さん!」 「分かってる」

46 17/01/24(火)00:33:10 No.404693794

 ティーガーが物陰に身を隠した途端、先ほどまでいた建物の角が爆発し、破片がぱらぱらと降ってきた。ティーガーは猛然と逃走を始める。目標地点までは一度曲がり角があるが、どちらの道も真っ直ぐで遮蔽物も少ない。距離を詰められれば一巻の終わりだ。  数十秒して遥か後方に敵車両━━T-34とIS-2が現れる。同時に威嚇射撃を行うが、有効打にはなり得ない。放たれた敵の砲撃がすぐ近くの道路や道沿いの建物にいくつもの大穴を穿つ。 「うう……!」  少女はハッチから身を出して敵を目視確認する。未だ猛吹雪は続いているが、寒さなど意識にも入らなかった。と、他車両に遅れて現れた敵KV-2の主砲がやけに上方を向いているのに気付き、少女は眉を顰めた。そしてすぐにその狙いに気付き、血の気が引いた。慌ててハッチを閉めて叫ぶ。 「麻子ッ!! 速度上げて!!」 「なっ……もう限界だ、履帯が切れるぞ!」  麻子の言葉を待たず、KV-2の砲撃が放たれた。その業火はティーガーではなく、前方の建物上部を易々と吹き飛ばす。152mm榴弾砲。戦車道レギュレーション内で最高クラスの大火力だ。

47 17/01/24(火)00:34:04 No.404694020

「わぁーーー!!」  沙織の悲鳴、凄まじい轟音、そして降ってくるのは大量の瓦礫。  麻子は言葉すらなくハンドルを握り締めた。致命的な大きさの破片は避けつつ、ギリギリの見極めで速度を殺さないまま降り注ぐ瓦礫の雨に突っ込む。まさしく神業だった。たちまち車内は破片が装甲を打つ、さながら雹でも降ってきたかのような音に満たされた。 「凄い……!」  危機を乗り越え、少女は安堵する。どうなる事かと思ったが、これで道は塞がれ、相手も全速力では通過できないはずだ。少しは時間が稼げる。少女はハッチを開け、後方を確認しようとして━━硬直した。  前方の建物の間から、丁度IS-2が顔を出そうとしていた。先程見たフラッグ車の取り巻きの内の一両だ。先回りされていた。カチューシャはまだ冷静さを残していたのだ。 「停車っ!!」 「!」  ティーガーは急停車し、少女は反動でつんのめる。そのすぐ前方を、IS-2の砲弾が掠めた。傍の倉庫の扉が見るも無残に吹き飛ぶ。

48 17/01/24(火)00:34:56 No.404694275

 まずい━━。  焦燥が思考を支配する。前方にも後方にも敵。隠れる場所はない。目標地点はまだ先だ。  万事休すかと思われた時、突然「隊長!!」と無線通信が飛び込んできた。  同時に小さな戦車がすぐ前方の路地から飛び出してくる。それは八九式中戦車だった。そのままIS-2に突っ込み、体当たりをかます。 「逸見隊長っ! 行ってください! ここは任せて!! 」  少女はハッと我に返り、自らの頬を張った。自分は隊長なのだ。どんな状況だろうと、最後まで諦めていいわけがない。 「麻子さん、全速で前進! 磯辺さん、ありがとうございます……!」 「長くは持ちません! 急いでください!」  敵車両はすぐそこまで迫っていた。ティーガーはようやく角を曲がり、最後の直線に入る。直後に背後から数度の砲撃音。少女は奥歯を噛み締め、しかしもう振り向かなかった。  ティーガーは舗装された直線道をひた走る。目標地点は目と鼻の先、敵車両は未だ遥か後方だった。

49 17/01/24(火)00:35:31 No.404694457

「逸見殿! 行けます! 行けますよ!」 「はい! Ⅲ突と38tに連絡、間も無く目標地点に……」  勝利の予感が形を持ち出した時、突如としてティーガーの速度ががくんと落ちた。 「えっ━━」  ティーガーは徐々に速度を落としていき、遂には道の真ん中で停まってしまう。駆動音も止み、車内は突然の静寂に包まれた。 「どうしたんですか!?」 「……分からない。だが、これは……」  麻子が珍しくうっすら焦燥の色を浮かべて各所を操作するも、ティーガーは何の反応も示さない。 「……駄目だ。……恐らくエンジンがイかれた」  麻子は静かに、しかし口惜しそうに言う。 「……嘘……でしょ……?」  沙織が呆然と呟く。恐らくは車内の誰もが同感だった。

50 17/01/24(火)00:36:26 No.404694716

 振り向けば遠く後方、吹雪の向こうに敵車両のシルエットが迫ってきている。少女にはそれが大鎌を携えた死神に見えた。 「嫌……! 嫌よ……! せっかくここまで来たのに、こんな所で……!」  少女は自らの頭を掴み、髪を振り乱す。 「私は負けるわけには行かないのに……! どうして今動いてくれないの!? 今動かなきゃ何の意味も無いじゃない!! 動いて、動いてよ!! 」 「えりりん! 落ち着いて!」 「エリカさん……!」  だが少女の懇願も虚しく、ティーガーは沈黙したままだった。ほんの数分も無い時間が、永遠に感じられた。

51 17/01/24(火)00:37:08 No.404694909

 少女は目を見開き、その呼吸は浅くなっていく。やがて吹雪の帳を切り裂いて、T-34がゆっくりと姿を現わす。その砲塔は真っ直ぐにティーガーに向けられていた。  少女の瞳からは大粒の涙が零れた。 「嫌……! 助けて……! …………みほさん……!」  耳をつんざく砲撃音。少女は目を瞑りその身を竦ませる。  終わった。こんな所で、大洗も守れず、恩にも報いられず━━。  絶望と無力感に苛まれるも、しかしいつまで経っても予想していた衝撃は襲ってこなかった。  少女は恐る恐る目を開ける。見るとすぐそこまで迫ったT-34からは濛々と黒煙が吹き上がり、同時に行動不能を示す白旗が掲げられていた。 「危なかったねえ、逸見ちゃん」  背後からの声に振り向くと、そこには38tのハッチから身を出した杏の姿があった。その隣にはⅢ突も停車している。状況の急変を察知した二両が、ここまで前進してきていたのだ。

52 17/01/24(火)00:37:47 No.404695123

『プラウダ高校フラッグ車、行動不能。よってこの試合、大洗女子学園の勝利!』  大洗の勝利を告げるアナウンスを聞いて、少女は脱力しへたり込む。心配して集まってくる乗員たちの中、何故か少女の胸中には場違いに、まほから受け取った言葉が反響していた。 『戦車を愛してくれ。そうすれば、戦車は必ず応えてくれる』  戦車道は、自分も好きである筈だと思う。大洗で仲間たちと戦車に乗る内に、いつしか自分もその魅力の一端に触れられたと思ってきた。信頼できる仲間と共に戦車を、チームを共に動かして勝利を目指す。その時間はとても満ち足りて、素晴らしいものだった。  だが、あと少しだけ、何かが足りないような気がしてならなかった。自分が戦車を愛する理由━━愛した理由。それはきっと、失くした記憶のなかにあるのだろうと思った。

53 17/01/24(火)00:38:06 No.404695250

54 17/01/24(火)00:38:58 No.404695518

「駄目だね、これは」  学園艦の格納庫、自動車部のナカジマがティーガーを整備しながら言う。 「……駄目ですか」  少女の言葉に、ナカジマは無念そうにかぶりを振る。 「車両全体、至る所にガタが来てる。元々無理がある改造だったからね。Ⅳ号にただティーガーのガワを被せただけみたいな……」 「まさに張り子の虎と言うわけでありますね……」 「あっ! ゆかりん上手い!」 「……決勝戦、戦えるでしょうか?」  ナカジマは腕組みをして「うーん」と唸る。

55 17/01/24(火)00:39:25 No.404695637

「……誤魔化しても仕方ないから、率直に言うよ。……試合に出られたとしても、あと一戦。それも最後まで保つかどうかは、怪しいところだね」 「……そうですか……」 「ごめんね、力及ばずに。この子にも最後まで思いっきり活躍させてあげたいんだけど……」 「いえ」少女はかぶりを振る。「自動車部の皆さんでも直せないのなら、他の誰がやっても同じ事ですよ」 「とにかく、決勝戦までに出来る限りの事はしてみるよ。色々と他の方法も考えてみるつもりだけど……あまり期待はしないでおいてね」 「はい……ありがとうございます。よろしくお願いします」

56 17/01/24(火)00:39:46 No.404695739

 なんとか笑顔は作ってみせたが、少女の心中は鬼胎に満たされていた。決勝戦、黒森峰というこれまででも最も手強い相手を前にしての車両の不調。万全の状態でも相当厳しい戦いになるのが予想されたというのに、これでは勝利は絶望的と言えた。  そういった現実的な事情もさる事ながら、少女の痛心にはもう一つ、もっと単純な理由があった。それはこれまで共に戦ってきた戦車に対する憐憫だった。かつては戦車を単なる道具としか思えなかった少女にも、いつしか彼らに対しての親しみや愛着と呼ぶべき感情が芽生えていたのだ。  先程優花里がティーガーを表現して口にした『張り子の虎』という言葉を前にして、少女はひとつの解を得ていた。  このティーガーは、自分そのものだ。鋼鉄の装甲に身を包み、本当の姿を隠す様は、与えられた知識と装った外面で脆い心を隠す自分の写し鏡のように思えた。戦いの度に次第に傷付いていくティーガーの姿に、少女はいつしか自分を重ねていたのだ。  ティーガーはこうして最後まで戦おうとしている。……では、自分はどうだろうか?

57 17/01/24(火)00:41:40 No.404696263

今日はここまで! ありがとうございました あと一回か二回くらいで終わる…はず…

58 17/01/24(火)00:42:17 No.404696403

一気読みした みほがどんどん危うく…

59 17/01/24(火)00:43:49 No.404696790

いい 久しぶりに引き込まれた

60 17/01/24(火)00:44:19 No.404696926

ああ改造キットってやっぱりⅣ号に虎着せただけなんだ…そりゃ壊れる…

61 17/01/24(火)00:46:04 No.404697420

さらりとれま子がさおりん貰う気でいる…

62 17/01/24(火)00:46:42 No.404697612

一気に破綻してほしいみぽりん

63 17/01/24(火)00:47:24 No.404697815

これ決勝戦前に澤ちゃん吐かされちゃうやつや…

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