虹裏img歴史資料館

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

17/01/23(月)00:04:29 SS エ... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

画像ファイル名:1485097469151.png 17/01/23(月)00:04:29 No.404502508

SS エリみほ 長いです これまで su1722155.txt

1 17/01/23(月)00:05:46 No.404502884

 四時限目の終わりを告げるチャイムと共に、多くの生徒たちが席を立ち、浮かれ顔で教室の外へと飛び出していく。  そんな光景を横目に、少女は席に着いたまま、独り小さな溜息を吐いた。  県立大洗女子学園。少女がこの学園艦に転校してきてから、既に一ヶ月近くが経とうとしていた。大洗は長閑を絵に描いたような学園であり、また戦車道もとうの昔に廃止されていた。とにかく黒森峰から遠い学園艦をと望んでの選択でもあり、深い傷を負った少女にとっては仮初めながら心を休められる場所と言えた。  転校当初こそ物珍しさにあれこれと気を遣われ、詮索されたものだが、少女の無味乾燥な対応と反応に、次第にそんな人々も減っていった。それでいいと思った。誰かと親しくするような気持ちにはなれなかったし、親しくできるとも思えなかった。物寂しさや寄る辺なさを感じなかったと言えば嘘になるが、しかしそれ以上に少女は誰かと繋がりを築き、そしてそれを失うことにこの上ない恐怖を抱いていた。

2 17/01/23(月)00:06:14 No.404502999

 人影疎らな教室で、少女は鞄からコンビニで買った菓子パンとジュースを取り出す。黒森峰にいた頃は毎日せっせと凝った弁当を作っていたものだと思い出す。それも友人作りの一環で行なっていたことであり、今ではもうその必要もない。早起きして料理をするような気力も失われていた。長かった髪も短くして、まるで違う自分になったかのようだった。  その時、漫然と袋を開き、パンに齧り付こうとしていた少女に、声をかけてくる者があった。 「ヘイ彼女、一緒にお昼どう?」  軽い口調に顔を上げると、少女の目の前には二人のクラスメイトが立っていた。  一人は緩いウェーブのかかった明るい髪の少女。もう一人は美しく長い黒髪の、やや背の高い少女。どちらも穏やかな空気を醸し出している。  対して苦虫を噛み潰したような顔を見せる少女を見て、しかし二人のクラスメイトは楽しそうに笑った。

3 17/01/23(月)00:06:32 No.404503093

4 17/01/23(月)00:06:56 No.404503195

「……それじゃあ、それで一人で大洗に!?」 「そう。ここには戦車道も無いし……」  そこまで言いかけて、少女はふと我に返り、絶句した。  少女ら三人は学内の食堂で昼食を取っていた。明るい髪の饒舌な少女は武部沙織、黒髪のお淑やかな少女は五十鈴華とそれぞれ名乗った。最初は彼女たちがしつこいので仕方なく一緒に食事だけしてやるつもりだったのに、話している内にいつの間にか我を忘れ、自分の身の上をすっかり打ち明けてしまっていた。みほとの関係や事故の件は何とかぼかしたものの、あろうことか自分の記憶の事までも。  少女は強烈な自己嫌悪に駆られた。誰にも話すつもりは無かったのに。沙織と華の穏やかな雰囲気についうっかり呑まれてしまったのもあるが、それだけではないだろう。久し振りに他人と触れ合うのが嬉しかったとでも言うのか。寂しさに負けて他人に弱さを見せるなど、なんて矮小な人間なのだろう。自分はどうしようもない愚か者だ━━。  そんな少女の煩悶をよそに、華と沙織は少女の身の上にいたく同情しているようだった。

5 17/01/23(月)00:07:42 No.404503415

「じゃあこれまで一人で色々大変だったんじゃない!? 分からないこと、たくさんあったよね?」 「私達でお力になれることがあれば、是非何でも言ってください……」  しかしそんなものは、少女にとっては煩わしいものでしかなかった。 「……別に、何にもありません。これまで一人でやってきましたから。……それに、あなた達には関係のないことでしょう? 私に親切にしたって、何の得も無いし……何も返せませんよ」  その言葉に二人はきょとんとした顔を浮かべた。 「関係なくないよ! クラスメイトじゃん!」 「クラスメイトって……他人ってことじゃないですか」 「やだもー! 袖振り合うも他生の縁って言うじゃん!」 「それに……そんな話を聞かされては、何もせずにはいられません」 「そう! 華! それ! それが言いたかったの!」  急激な頭痛を覚え、少女は額に手をやる。 「……本当に、いらないって言ってるでしょう? 大体……」  少女が口にしようとした拒絶の言葉を、校内放送を告げるチャイムが遮った。

6 17/01/23(月)00:08:01 No.404503495

『普通一科、二年A組逸見エリカ。普通一科、二年A組逸見エリカ。至急生徒会室まで来ること。以上』  唐突な放送はそれだけで途切れた。華と沙織が少女をじっと見つめる。 「何よ、こんな時に……」 「エリカ、行かないの?」 「特に何かした覚えもないし、別に行かなくたって……」 「……行った方がいいと思いますよ、エリカさん。うちの生徒会は……何と言いますか……」  華は言葉を選ぶように口籠り、それからかぶりを振った。「……とにかく、行った方がいいと思います。ぜったい」 「そうだよ! 逆らったら、一体どうなる事か……」  二人の深刻な態度に思わず気圧され、少女はごくりと唾を呑んだ。

7 17/01/23(月)00:08:32 No.404503608

8 17/01/23(月)00:09:14 No.404503785

 大洗学園艦の奥の奥、地の底まで続くのではないかと思われるほど長い廊下の突き当たりに生徒会室はあった。辺りは薄暗く不気味な気配を漂わせており、『生徒会室』と達者な筆致で記された表札から放たれる妖気は、まさしく伏魔殿のそれだった。 「……で、何であなた達まで来てるんですか?」  うんざり顔の少女の背後には、さも当然といった態度の華と沙織が付いて来ていた。 「いやー、乗りかかった船でしょ? それにちょっと気になるし、エリカだって一人で行くのは怖くない? 私だったら華に付いて来てもらわなきゃ無理だよー」 「生徒会室……初めて来ましたが、中々に趣のある所ですね」  先ほどは人を散々脅かしておきながら今や呑気そのものな二人に溜息を吐きながら、少女は生徒会室の扉を叩いた。 「……二年、逸見エリカですが」  少し間を置いて、中から「うむ、入れ」との返答があった。勝手に人を呼び出しておきながらその態度か、などと思いつつも務めて冷静に扉を開く。

9 17/01/23(月)00:10:48 No.404504187

 生徒会室は広々としており、隅々まで手入れの行き届いている様子だった。中にいたのは三人。片眼鏡を掛けた長身の少女、その隣には一人だけ柔和な雰囲気の少女。そして最奥で椅子に腰掛け踏ん反り返っている少女には、ちらりと見覚えがあった。この大洗女子学園の生徒会長、角谷杏だ。まるで子供のような髪型と小柄さに似つかわしくない切れ者の雰囲気と傲慢さ、あるいは人によってはカリスマ性とも取れるものを漂わせている。背後の大窓からの逆光が彼女のシルエットを強烈に浮かび上がらせ、只者でない空気をさらに強調している。もしかするとそれすらも計算された演出なのかもしれない。 「やあ、逸見ちゃん。よく来たね」  杏は不遜な態度で椅子に座ったまま、干し芋をむしゃむしゃ囓った。 「……あの、私に何のご用でしょうか。私、何かしましたか?」 「いいや、そうじゃないんだけどねえ?」  杏は少女の足先から頭頂までをじろじろと無遠慮に見つめる。その値踏みするような視線に苛立ちを覚えるも、何とか堪える。

10 17/01/23(月)00:13:01 No.404504787

「実はさあ、逸見ちゃんにお願いがあるんだけど」 「……何でしょうか」  生徒会の態度にも杏の馴れ馴れしさにも、心底腹が立っていた。どんな頼みだろうと、聞くだけ聞いてさっさと断って帰ろうと思っていた。いくら権力があると言っても、まさか退学になどならないだろう。 「逸見ちゃん、戦車道やってくれない?」 「…………はい?」  全くの予想外の言葉に、少女はしばし硬直した。 「ちょっと待ってください、この学校、そもそも戦車道は無いですよね?」  そう、出来る限り戦車道から離れたくて、あらかじめ調べた上でこの大洗に転校してきたのだ。 「うん。今度から復活させようと思ってね。次の全校集会で発表する予定」 「そんな━━」  少女は言葉を失った。果たしてこんな不運があるだろうか? 自分は戦車道から逃れられない運命だとでもいうのだろうか。

11 17/01/23(月)00:14:11 No.404505097

「ちょっと待っ……」 「てな訳で、よろしくね逸見ちゃん。頼りにしてるよ?」  すぐに断ろうとした少女の言葉を遮り、杏は有無を言わさぬ口調でにやりと笑む。その態度から、少女は全てを察した。何故自分を呼び出したのかと思ったが、恐らく杏は全てを知っている。戦車道の強豪、黒森峰のこと。去年の大会での事故のこと。そして自分がそこを去ったことも。知った上で、杏は自分にもう一度戦車道をやれと言っているのだ。 「あ……わ……私……は……」  不意に黒森峰での記憶がフラッシュバックし、慌てて振り払う。震える掌を弱々しく握り締めるが、口を開いても言葉が出て来ない。悔しさと混乱で視界が滲んだ時━━。 「エリカは戦車道なんてやりませんから!」 「そうです。勝手に決めないでください」  突然背後から声がした。ぎょっとして振り返ると、そこには沙織と華が立っていた。決然とした態度で、杏たちを睨みつけている。

12 17/01/23(月)00:15:28 No.404505393

「な……なんで……?」  狼狽える少女の両の手を、それぞれ沙織と華が繋ぐ。 「エリカ、無理しなくていいんだよ」 「そうです逸見さん、私たちが付いてます」  二人の言葉と握られた掌の温もりで、少女はなんとか呼吸を整え、冷静さを取り戻す。 「……そうです。生徒会長の頼みだろうと、関係ありません。私は、戦車道はしません」 「貴様っ……! 逸見ぃ!」  片眼鏡の少女━━確か生徒会広報だったか━━が気色ばむが、杏はあくまで余裕の態度を崩さなかった。 「……そんなこと言ってると、全員この学校にいられなくなっちゃうかもよ?」  杏が試すような笑みと共に言う。あからさまな脅迫だ。

13 17/01/23(月)00:16:03 No.404505538

「そんな、酷い!」 「横暴すぎます!」  沙織と華が喰ってかかり、少女は無言で杏を睨みつける。  少女と杏の視線が交錯する。互いに一歩も譲ろうとしない、敵意しか無い睨み合いのはずだったが、しかし少女は杏のその瞳の中に、思ってもみなかった色を見出して当惑した。  この人は、一体━━。  大きな戸惑いと逡巡。傍らで広報と言い合いを続ける華と沙織をよそに、少女の思考は全く別の方向へと向かっていた。  少女は大きく息を吐き、もう一度杏の瞳を見た。そして、決意と共に口を開く。 「……分かりました。戦車道、やりましょう」

14 17/01/23(月)00:16:29 No.404505689

「へっ!?」 「逸見さん!?」  沙織と華が驚愕の表情で少女を見る。 「おっ! やったね、物分かりがいい子は好きだよ」 「……ただし、条件があります」  その言葉に、杏は興味深そうに目を細めた。 「ふうん……何? 言ってごらんよ」 「理由を聞かせてください。どうして私に戦車道をさせたいんですか?」 「それは、逸見ちゃんが戦車道で有名な黒森峰の……」 「そうじゃありません。 聞きたいのは、あなたがここまで強硬な態度と手段を取る理由です。あなたがここまでするのなら、何か必ず理由があるはずです」  杏はぴくりと眉を動かした。

15 17/01/23(月)00:16:58 No.404505823

「……どうしてそう思うのかな? 私たち、初対面だよね? 買い被りすぎじゃないかな?」 「…………。……勘です」 「……はっ。勘、ね……」  杏はしばらく迷っていたようだったが、やがて観念したというように溜息を吐いた。 「……逸見ちゃん以外は、外してくれるかな」  その言葉に、杏以外の生徒会二人は部屋を出て行く。華と沙織も退去しようとしたが、少女は手を離さなかった。 「エリカ?」 「逸見さん……?」 「この二人も一緒です。それも条件です」 「……そう。……仕方ないか……分かったよ」  それから杏はどこか後ろめたそうに、ぽつぽつと語り始めた。

16 17/01/23(月)00:17:54 No.404506103

 学園艦の運営には、その規模ゆえ莫大な費用がかかる。そのため近年では、政府主導で統廃合の計画が進められてきた。人口や予算といった観点、その他様々な利権や政治的策略が絡み合い、泥沼の闘争が繰り広げられた結果━━かどうかはさておき、不名誉な廃艦第一号に選ばれたのは、他でもない大洗学園艦だった。  学園艦が廃艦になるなど、恐らくは大洗の誰も予想していなかった。生徒数の減少や施設の老朽化などの視点から見れば危惧すべき状況だったのは明らかだったというのに、誰一人として疑おうとしなかった。自分の住む街が無くなるなどとは、誰も想像したくなかったのだ。  廃艦計画の情報を得た杏はすぐさま行動を起こした。様々な根回しや文部科学省との交渉を試みたが、その末にようやく引き出した廃艦撤廃の条件は、学園艦存続に足る実績作り、すなわち戦車道での全国大会優勝という無理難題であった。事実上は体良くあしらわれたと見るべきだろう。

17 17/01/23(月)00:18:36 No.404506319

 だが、杏にはそれで十分だった。たとえそれが水面に浮かぶ藁、天から垂れる蜘蛛の糸のような頼りないものだったとしても、他に道が無いのならば、希望をかける意味は確かにあった。  故に杏は、どんな手段を用いてでも、その道に喰らい付いてやろうと誓ったのだ。それが生徒会長として、学園艦のために出来る最大限のことだと信じて。 「……それで、私を勧誘したわけですか」 「そうなるね。まさか元黒森峰の子が転校してきてくれるなんてね、いやあ、私も運命感じちゃったよ」 「……でも、それならどうして最初からそう言ってくれなかったんですか? あんな脅すようなことしなくても……」 「あー、それはね……」  杏はばつが悪そうに目を伏せた。

18 17/01/23(月)00:19:04 No.404506431

「……矛盾するようだけど、みんなにはせめて、戦車道を楽しんでほしかったんだよ。本当はずっと内緒にしておくつもりだったんだ。負けたら廃校だなんて知れば、みんな責任感じちゃうじゃん? そんな面白くない荷物抱えるのは、私一人で十分だから……」  力無く笑う杏に、少女は強い苛立ちを覚えた。  やっぱり、この人は━━。 「……それ、あなたのエゴですよね?」 「……え?」  口を開いた少女に、杏は目を瞬く。 「あなた一人で全部背負いこんだって、何の意味も無いじゃないですか。もしそれで何も知らないまま負けて廃校になったら、みんなきっと後悔しますよ! もっと頑張ればよかった、真剣にやれば勝てたかもしれないって……やるなら正々堂々向き合ってください! 不愉快です!」 「ちょっ、エリカ!?」  沙織の制止も気にせず、捲し立てる。

19 17/01/23(月)00:19:30 No.404506540

「自分だけ傷付けばいいなんて思い上がりです! あなたが苦しむことで、あなたより苦しむ人が沢山いるんです! 外にいる二人はきっとそうでしょう! どうして人を頼ろうとしないんですか!? 自分だけで何もかも背負えるなんて考えてるなら、思い上がりもいいとこです!」 「逸見さん! 逸見さん! 少し落ち着いてください!」  華に揺さぶられ、少女は荒い息をする。一拍置いて冷静になると、動揺が襲ってくる。何故自分はこんなことを。いや、理由なら分かっている。角谷を信じてみようと思ったのも、同じ理由だ。  似ていたのだ。角谷の目が、どこか、見覚えのある目に。一人で全てを背負い込み、一人で傷付こうとする者の目に。━━西住まほや、西住みほの目に。 「……すいません、少し言い過ぎました」 「いいや」杏は苦笑した。「痛いところを突かれたね」  杏は椅子に座りなおし、片肘をついた。

20 17/01/23(月)00:20:09 No.404506711

「確かに逸見ちゃんの言うことにも一理あるね。……分かった、募集をかけて集まった履修者には、私からちゃんと伝えるから。約束する」  予想外に素直な杏の態度に、少女は肩透かしを食らった気分だった。 「あ、ありがとうございます……いいんですか?」 「そりゃあ、逸見ちゃんがそれが正しいと思うなら、私はそれに従うだけだよ。何たって、頼みの綱の隊長だもんね」 「はあ、そうですね、隊長……。 ……隊長!?」

21 17/01/23(月)00:20:25 No.404506797

 思わず身を乗り出す。戦車道をやるとは言ったが、まさか任されるのが隊長の座だとは聞いていない。 「そうだよー? だって、逸見ちゃん以外に戦車道経験者なんていないでしょ?」 「それは……そうかもしれませんが……!」  少女が戸惑っている内に、「えっ、なになに? エリカが隊長やるの? じゃあ私も戦車道やろうかなあ」「そうですね。何やら面白そうですし、私も興味あります」などと沙織と華までもが便乗してくる。 「おー、いいねいいね。履修希望者は誰でも大歓迎だよー」 「いや、だから勝手に……!」 「逸見ちゃん、やってくれるって言ったもんね? 期待してるよ? ……隊長さん」  反論の余地を許さない笑みだった。一矢報いたと思ったのに、結局は杏の掌の上で踊らされていたのかもしれない。少女は諦念と共に、深々と溜息を吐いた。

22 17/01/23(月)00:21:13 No.404507003

23 17/01/23(月)00:22:15 No.404507306

「……本当に、よかったのですか?」  学校からの帰路、華が不意に口を開いた。既に陽は傾き、辺りは橙色に照らされていた。華は真剣な面持ちで、不安そうな目を少女に向けている。 「よかったって……何がですか?」 「戦車道のことです。本当は、嫌だったのではないですか? 辛いことや苦しいことも沢山あったのでしょう?」 「そうだよ。あの場ではああ言ったけど、エリカが無理することなんてないんだからね?」  沙織は少女の手を取った。少女はうっすらと微笑む。 「……うん。確かにそうですけど……あんな話を聞いたら、何もせずにはいられませんよ。それに……私の力で誰かの役に立てるなら、やってみたいと思うんです」

24 17/01/23(月)00:22:41 No.404507449

 その言葉に二人は顔を見合わせ、頷いた。沙織は少女の手を強く握り締め、華は一方踏み出す。 「じゃあ、応援するよ! 私も戦車道やるから、一緒に頑張ろう! ね!」 「はい。それが逸見さんの選んだ道ならば、私も出来る限り助力させていただきます」  二人の嘘偽りの無い笑顔に、少女は内心驚きを感じていた。今日知り合ったばかりだというのに、ここまで他人に親身になれるものなのだろうか。自分ではとても、こんな善人にはなれないだろう。 「……あの、一つ、気になってることがあるんですが……」 「うん? なになに?」 「……どうして、お二人は私なんかに声をかけようと思ったんですか……?」  沙織と華とは、同じクラスということ以外に何も接点は無かったはずだ。私的にどころか授業中に話したこともなかった。それなのに何故ここまで親身にしてくれるのか、不可解でならなかった。

25 17/01/23(月)00:23:16 No.404507623

「ああ、それはね……。えりりん、いつも寂しそうだったから。なーんか放っておけなかったんだよね」 「寂しそう、私が……? ……。 ……待って、えりりんって誰!? 私!?」 「エリカさん、人を遠ざけるような態度は取ってましたが、決して傷つけようとはしなかったでしょう? 今日お話ししてみて分かりました。エリカさんはいい人だって」 「いい人って、私が……? そんな訳……」  確かに黒森峰ではずっと、『いい人間』であろうとしていた。外面を取り繕い、ひたすら他人に好かれようとした。だが、大洗に来てからは自分の為に、自分がしたいようにしてきたはずだ。 「……戦車道をやるのだって、別に学校や会長のためじゃありません。ただ、あんな話を聞かされて何もしなかったら後ろめたくて目覚めが悪いから、仕方なくやるだけで……。全部、自分のためなんです」  聞いて、沙織と華はまた笑った。 「それがいい人って言うんだよ、えりりん。あんまり自分を悪く考えちゃダメだよ!」 「そんな……。だって……私は……」  少女は困惑したが、それ以上反論の言葉は出てこなかった。

26 17/01/23(月)00:23:38 No.404507728

 人気の少ない道を、三人で談笑しながら歩く。学生としては当たり前のことが、少女にはとても懐かしく、得難いことのように思えた。だがそんな時間も長くは続かず、分岐路に差し掛かかったところで少女は足を止めた。 「じゃあ……私、こっちなので。これで……」 「えー、そうなの? もっと話したかったのになあ」 「エリカさん、御機嫌ようです」 「……はい。その……今日は、色々とありがとうございました。それで……あの……。……もし……良かったら……」  赤面し言葉に詰まる少女を見て、沙織と華が笑いかける。 「うん! また明日ね! えりりん!」 「エリカさん、また明日お会いしましょう」 「……はい……。……はい! また明日!」  夕陽に照らされ遠ざかっていく二人の姿を、少女はいつまでも見送っていた。

27 17/01/23(月)00:24:27 No.404507930

28 17/01/23(月)00:24:58 No.404508073

「練習試合?」 「そ。相手はねえ、聖グロリアーナ女学院ってとこ」 「へえー、確かお嬢様校ですよね?」 「そうなのか」 「聖グロ!?」  何の気なしに言った杏と呑気に受け取る面々の中、少女だけが血相を変えて立ち上がった。 「強豪も強豪じゃないですか!」 「そーなの? まあ、強くなきゃ練習にならないじゃん? 頑張ろうよ」 「口で言うのは簡単ですけど……!」

29 17/01/23(月)00:25:46 No.404508300

 戦車道の履修者募集には当初多くの希望者が集まったが、杏の口から廃校の件について告げられると、残ったのは戦車数台分をなんとか動かせるだけの人数に留まった。学内で捜索を行った結果、発見できた戦車は僅か五両のみだったため、この程度で丁度いいというのが実情なのだが。  少女が隊長として搭乗することになったのは、倉庫で埃を被っていたⅣ号戦車だった。他の乗員は沙織と華、そして沙織の幼馴染である冷泉麻子と、戦車に非常に詳しい秋山優花里である。  大洗戦車道チームの問題は山積みだった。車両の数的不足と貧弱さも深刻だが、乗員たちの練度不足は更に深刻だった。車両捜索と整備の後に隊内で練習試合を行ったが、まともに走行させるだけで一苦労する有様だった。そもそも経験者がほぼ皆無という時点で当然といえば当然なのだが、これでは全国優勝など夢のまた夢だった。  そんな最中、こうして持ち上がった練習試合。実戦経験を積むのが必要だというのは少女も同意見ではあったが、相手が聖グロリアーナといえば話が違ってくる。

30 17/01/23(月)00:26:48 No.404508597

「えりりん、聖グロってそんなに強いの?」 「強いですよ! とても今のうちがまともに勝てる相手じゃありません……!」 「聖グロといえば全国準優勝の経験もある強豪です! 特に今の隊長は凄い戦略家で、優勝も狙えるチームですよ!」  優花里のフォローも入るが、尚も他の面々は楽天的な空気だった。 「大丈夫ですよ! 私たち毎日頑張って練習してるじゃないですか!」 「うむ。やってみなくては分からないのではないか?」 「……で、どうなの逸見ちゃん。……勝てるの?」  試すような杏の眼光に、少女は一瞬たじろぐ。 「……正直言えば、かなり厳しいです。……でも、可能性はゼロではないと思います」  傍らの優花里が驚いて少女を見る。聖グロの実力を知るからこその驚きだろう。自分でもとんでもないことを言っている自覚はある。

31 17/01/23(月)00:27:34 No.404508828

「単刀直入に聞くけど、どうすれば勝てるかな?」 「……まともな練習をしていては、どれだけ時間があっても足りません。単純に他校と大洗には数年のハンデがありますから。そこで、相手のこれまでの試合記録から保有車両、戦術、乗員などを調べ上げます。そこには弱点……とまでは行かなくても、必ずある種の癖や偏りがあるはずです。そこを確実に突く作戦と、それを実行する為の練習を重点的に行います。つまりは、徹底的に個別対策を行います」 「えー、なんかそれってズルくない?」 「ず……ズルくないです! 別に違反行為はしてないし、どの学校も大なり小なりはやってることです! それに……」 「……私たちは何をしてでも勝たなくちゃならない。だよね?」  杏がにやりと笑む。少女も頷いた。

32 17/01/23(月)00:27:57 No.404508932

「それが勝つ為の最善策なら、全力でやろうよ。資料集めは任せて。学生新聞の切れ端まで引きずり出して持ってくるよ」 「はい、是非お願いします。次に作戦ですが……。……正直に言えば、私に完璧な作戦を立ててみせるような自信はありません」  頼りない言葉に、一同がしんと静まり返った。皆不安げな目で少女を見つめている。 「……なので、皆さんの力を貸してください。誰でも、どんな意見でも結構です。全員で協力して、勝つ為の策を考えましょう」  少女に向けて、チーム全員分の力強い合意の声が轟いた。

33 17/01/23(月)00:28:46 No.404509130

 それからは全てが急ピッチで進められた。杏は予想を遥かに超えて迅速かつ大量に資料を調べ上げ、他の隊員たちもそれに応えるべく数日もかけた侃侃諤諤の議論の末に作戦を練り上げた。  大洗が特に注目したのは聖グロの全体的な機動力の欠如と、三年生、ダージリンとの愛称で呼ばれる隊長の、指揮者としての実力とカリスマ性だった。  現状の大洗の保有車両は火力こそ乏しいが、その分機動力では聖グロの主力戦車であるチャーチルやマチルダには勝っており、その優位を最大限活かせるかどうかが勝敗の分かれ目になると予想された。また、ダージリンの実力は警戒すべきものだが、それゆえ聖グロは彼女の指示に頼りきりであり、彼女さえ倒してしまえば後の脅威は著しく減少するであろうと予想できた。今回の試合形式はフラッグ戦ではなく殲滅戦だが、まず真っ先に狙うべきは隊長車であるとの意見に異論は皆無だった。

34 17/01/23(月)00:29:22 No.404509284

 そうして作戦の骨組みは完成し、いよいよそれに合わせての訓練が始まった。練習試合まであまりにも僅かな期間ではあったが、全員が日の昇る前から最終下校時刻ぎりぎりまで必死に取り組んだ。その手応えは確かに感じられていた。少女だけではなく、おそらくはチームの全員が言葉に出さぬまでも考えていた。これなら、行けるかもしれない━━。

35 17/01/23(月)00:29:53 No.404509402

「逸見殿! 逸見殿!」  練習試合を翌日に控え、その日の訓練は早めに切り上げとなった。少女が荷物を纏めて帰ろうとしたところを呼び止める声があった。秋山優花里だ。人懐こい笑みを浮かべて小走りで駆け寄ってくる様は、仔犬を思わせた。 「逸見殿、一緒に帰りませんか?」 「だから、逸見殿はやめてくださいって言ってるでしょう?」 「あ……。そうですよね、すいません……」  明からさまにしょげ返る優花里に強烈な罪悪感を覚え、小声で呻く。 「いや、いや違うんです。そうじゃなくて、その……。……そうですね。一緒に帰りましょうか」  優花里の表情がぱっと輝いた。 「はい! 是非!」

36 17/01/23(月)00:30:40 No.404509603

 優花里は何かと少女に懐いてきたが、正直言ってどう接していいのか分からなかった。これまでに会ったことのないタイプの人間であったし、それに戸惑って少し距離を取ろうとすると、丁度今のように寂しげな表情を垣間見せるので、良心がちくちくと痛むのだ。  ふと、沙織の言葉を思い出す。『えりりん、いつも寂しそうだったから。なんか放っておけなかったんだよね』━━。当時は納得いかなかったが、もしかするとその時の自分も今の優花里のような顔をしていたのかもしれない。だとすると、沙織と華の気持ちも少しは理解できるような気がした。  少女は優花里と二人で歩く。日の落ちた道には街灯が灯り、その明かりがどこまでも続いている。間隔の広い街灯が生み出す明暗差は隣で歩く優花里の顔を何度も照らし出し、その度に違った表情に見せていた。 「逸見殿」  優花里がぽつりと呟く。 「何?」 「私……子供の頃からずっと戦車が、戦車道が好きだったんです」 「……まあ、そうでしょうね……。にわか仕込みには見えませんよ」 「恐縮です。……それで、ですね……。……戦車道の大会の様子も、欠かさずチェックするようにしてるんです」

37 17/01/23(月)00:31:25 No.404509813

 思わず、足を止めそうになった。 「……それは、つまり……」 「……はい」 優花里はしばらく躊躇していたが、やがて意を決したように言う。「……去年の決勝戦も、見ていました。その後の顛末についても、噂程度には……」 「……そう、ですか……」  自分でもよく分からない気分だった。怒りや悲しみ、驚きもなく、ただ「そうか、知っている人もいて当然か」などとぼんやり思った。 「あの……あの時の逸見殿の行動は、間違いじゃなかったと思います! 自分より乗員を優先した判断は、車長の鑑です!」  熱っぽく語る優花里に、少女は苦笑した。

38 17/01/23(月)00:32:06 No.404510005

「ありがとうございます……。 まあ、自分では覚えてないんですけどね……」 「あっ……、そ、そうですよね……すいません、私……」 「……でも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、何というか……安心します」 「はい! ですから、その……。……あなたが大洗で戦車道を始めると知った時は、とても嬉しかったんです。あなたの力になりたいと、あなたのような人の元で戦車道が出来るなら、こんなに嬉しいことはないと、そう思ったんです。ですから、私に出来ることならば何でも言ってください!」 「は……はい……」  顔を上気させた優花里の勢いに気圧されて、少女は頷く。記憶にもない自分の善行で慕われるというのは、何ともおかしな気分だった。それにみほとの件もあって、あの事故の際の自分の行動は、大きな間違いだったとずっと思ってきたのだ。他にもっといい方法があったかと問われれば答えは難しいが、それでも少女は自分が大きな間違いを犯し、それがみほやまほ、黒森峰の隊員たちを傷付けたのだと思ってきた。故にその選択をした『逸見エリカ』を、いつしか恨み、憎むようになっていたのだ。

39 17/01/23(月)00:32:43 No.404510159

 だが、優花里はそれを正しかったと言う。否、優花里だけではない。改めて思い返してみれば、これまでまほやみほ、黒森峰の隊員たち、様々な人が自分の行動を正しかったと言ってくれていた。それを気に留めなかったのは何故だろう。自分が耳を閉ざしていただけか。そんな余裕が無かったのか。  だとしたら、どうして今になって、こうして優花里の言葉が胸に届いたのだろうか。そこまで考えて、少女はようやく自分の心境の変化に気付いた。隊長として戦車道に打ち込む日々は黒森峰を去ってから常に張り詰めて頑なだった心を徐々に解し、その中でいつしか戦車を通して過去の自分と向き合うようになっていたのだ。  かつての自分は、自分の知らない自分━━『逸見エリカ』に嫉妬し、やがて憎悪し、目を背けるようになっていた。  しかし、もしかするとそれは、一側面や外面だけを見て、その他からは目を背けるような穿った見方しかしていなかったのかもしれない。本当の自分を知るのが怖くて、知らない振りをしてきたのかもしれない。  そろそろ私自身と、『逸見エリカ』と、向き合う時なのかもしれない━━。

40 17/01/23(月)00:33:05 No.404510271

「……秋山さん、戦車道の試合、全部チェックしてるって言ってましたよね?」 「はい! 試合分析から各校のインタビューまで余さず!」 「それじゃあ、ひとつお願いがあるんですが……。……秋山さんが知る限りの私━━逸見エリカという選手について、残さず教えてほしいんです。……私、自分のことが知りたくて……」  きょとんとしていた優花里の表情が、みるみる内に輝いていく。 「……はい! はい! もちろん! 喜んで! じゃあ、どこから話しましょう……逸見殿は中等部から黒森峰に在籍していたのですが、実は小学生の時点で既に……」  興奮しきった面持ちで早口に語る優花里があまりに楽しそうで、少女も思わず笑ってしまった。この時間が出来るだけ長く続けばと願うかのように、二人はどこまでもゆっくりとした足取りで歩いていった。

41 17/01/23(月)00:33:24 No.404510365

42 17/01/23(月)00:34:02 No.404510516

 訪れた練習試合当日。試合会場である大洗郊外は快晴に微風、絶好の試合日和と言えた。しかし、その恩恵を受けるのは相手校の聖グロリアーナも同じ事。むしろ万一の番狂わせが期待でき、相手の機動力も更に落ちる悪天候のほうが、大洗にとっては望ましかったとも言えた。  しかし、そんな事を言っても何も始まらない。乗降タラップから青空を見上げ、少女は拳を堅く握る。与えられた手札で最善を尽くす。どんな時も、結局はそれしかないのだ。  と、少女の拳を包み込むように、柔らかな手が重ねられる。驚いて横を見ると、華が微笑んでいた。 「緊張していますか? エリカさん」 「いや、大丈……。……はい。正直に言えば、すごく……」 「大丈夫だってえりりん! 私たちあれだけ練習したし、作戦だって頑張って立てたじゃん!」 「沙織は会議中騒いでただけだろう」 「もう! なんでそういうこと言うの麻子!」

43 17/01/23(月)00:34:46 No.404510724

 沙織に肩を揺らされながらも尚眠そうな顔をしているのは、沙織の幼馴染である冷泉麻子だ。エリカのⅣ号戦車の乗員であり、運転手を務める。  麻子は常にやる気の無さそうな顔か眠そうな顔のどちらかしか見せず、実際その態度に違わず所構わず眠り始める困った隊員だったが、その才能には空恐ろしいものがあった。一度マニュアルを読んだだけでⅣ号を軽々と乗りこなし、作戦会議中も九割がたは眠りこけているというのに、ようやく起きたと思うとそれまで縺れ拗れてこんがらかっていた議論を鶴の一声で解決してしまう。ひょっとすると普段の眠ってばかりの姿は脳に回すエネルギーを充填している為なのではないかと想像してしまうほどだった。 「緊張することはないだろう、逸見さん。練習試合なら負けても廃校ってわけじゃないんだから」 「それは……そうなんですが……」

44 17/01/23(月)00:35:09 No.404510814

「逸見殿! 私も微力ながら精一杯尽力します! 今日までの成果を、存分に出し切りましょう!」  そう言った優花里の顔には、しかしやはり緊張と恐れが見え隠れしていた。自分も怖いのに、それを押し込めて少女を励ましてくれているのだ。その心意気に応えなくて、何が隊長だろうか。  唇をきつく結び、乗員たちに向き直る。 「……心配掛けて、すいませんでした。もう……大丈夫です。行きましょう、皆さん。私は私なりに、全力を尽くします」  乗員たちは皆、笑顔で頷いた。

45 17/01/23(月)00:35:44 No.404510978

46 17/01/23(月)00:36:26 No.404511167

 試合会場では既に聖グロリアーナが設営を始めていた。戦車に関したものや隊員たちの荷物の他に、明らかにこの場に不釣り合いである瀟洒な椅子にテーブル、高価そうなティーセット等が目を引いた。『聖グロリアーナの戦車道はあくまで優雅』。資料の上では嫌というほど目にした聖グロ独特のスタンスだが、いざ実際に目にして見るとやはり少し異様なものを感じずにはいられなかった。  そんな聖グロの設営に目を奪われている少女に、「逸見さん」と声をかけてくる者があった。  そちらに目をやって、心臓が跳ねた。朝日に照らされ輝く金糸の髪と、深い紅のタンクジャケット。全身から漂うのは目が醒めるほどの優雅さと気品、それに強い自信。見紛うはずもない。聖グロリアーナ女学院の隊長、ダージリンだ。両隣に立つ隊員にも資料で見覚えがあった。ダージリンの右腕的存在でありその乗機で砲手を務める三年生のアッサムと、同じく装填手を務める一年生のオレンジペコだ。

47 17/01/23(月)00:36:54 No.404511286

「御機嫌よう、逸見さん、それに大洗の皆さん。今日はお誘い頂き光栄ですわ。どうかお手柔らかに、よろしくお願いいたします」 「あっ……こちらこそ、急な申し込みに応じて頂き、ありがとうございます! きょ……今日はよろしくお願いします! 」  緊張と共に深々と頭を下げる少女を見て、ダージリンは少しの驚きと悲しみが入り混じったような複雑な表情を見せた。それはアッサムも同様であり、唯一、一年生のオレンジペコだけがそんな二人を見て怪訝そうな顔を浮かべている。少女もまたそんな様子を疑問に思った。 「……あの……。私が、何か……?」 「……いえ、お気になさらず」ダージリンはすぐに元の余裕溢れる表情に戻った。「以前にお会いした時より、随分お上品になられたと思って。ご事情は、少しは聞き及んでいましたが……」  そこでダージリンは口を噤み、溜息と共にかぶりを振った。 「……いえ、部外者が足を踏み込むべきお話ではありませんわね。失礼しました」  少女はハッと顔を上げた。この人は、かつての自分のことを知っている━━。 「それでは、また試合で……」 「あのっ!」  立ち去ろうとしたダージリンを呼び止める。

48 17/01/23(月)00:37:19 No.404511396

「宜しければ……教えていただけませんか? あなたの知っている、昔の私のお話……」  ダージリンは興味深そうに目を瞬いて、悪戯を考え付いた子供のような不適さで笑んだ。 「ええ、いいでしょう。ただし、それは今日の試合の結果次第です」 「なっ……」 「楽しみにしていますわ、逸見さん?」  口を挟む隙も与えず、ダージリンは一礼して踵を返し、側近の二人もそれに倣った。 「逸見殿……」  優花里が心配げに見つめてくる。愛犬にするように、その癖毛をくしゃくしゃと撫でて、笑いかける。 「大丈夫。何があろうと、やる事は変わらないわ。そうでしょう?」  結果次第? 上等だ。何としてでも、その口から全てを引き出してやる━━。  少女の内では、静かな闘志の火が熾ろうとしていた。それは少女にとって、初めて抱く感情だった。

49 17/01/23(月)00:38:09 No.404511568

50 17/01/23(月)00:38:57 No.404511746

 結果から言えば、大洗は聖グロリアーナに負けた。  作戦はほぼ完璧に作用していた。分断は成功し、隊長車であるダージリンのチャーチルは一時、完全に僚車から孤立した。誰の目にも、大洗の勝利は目前に見えた。  だが、それまでだった。  ダージリンの指揮者としての眼が驚異的なもので、絶体絶命の状況からすぐさま態勢を立て直したというのもある。だが、主要な敗因はもっとずっと単純なところにあった。とどのつまり、大洗には圧倒的に練度が足りていなかったのだ。確実に当てるべきところで射撃を外し、絶対に仕留められる状況で敵車両に逃げられる。いくら作戦が秀逸なものであろうと、これでは効果も半減してしまう。分かってはいた事だが、少女は改めて黒森峰との違いを痛烈に思い知らされた。  だが、結果を見れば惨敗だというのに、何故か不思議と晴々とした気分だった。  余す事なく全力を尽くしきれたからだろうか。今はこの結果を悔やむよりも、試合の中で見つかった様々な問題点・改善点をどう今後に活かすかで頭が一杯だった。 「負けちゃいましたねえ、逸見殿」

51 17/01/23(月)00:39:21 No.404511833

 両校の挨拶も終わり、撤収の準備をしていると、優花里が声を掛けてきた。しかしその顔はやはり穏やかなものだった。 「そうですね……負けちゃいました」 「でも、私楽しかったよ! 戦車道ってこんなに面白いんだね!」  沙織の言葉に、他の隊員からも次々と同意の声が上がる。 「私も楽しかったです! 逸見隊長!」 「うむ、実戦はやはり練習とは違うな」 「でも逸見ちゃん、次は勝とーねー」  互いの活躍について楽しげに語る彼女たちが、少女の瞳には眩しいものに映った。  自分があれだけ悩んでいた戦車道の楽しさを、皆はもう見つけられている━━。  それが嬉しくて、羨ましくて、少しだけ妬ましかった。

52 17/01/23(月)00:39:51 No.404511966

「逸見さん」  あらかた撤収の準備も終わる頃、少女のもとにダージリンが訪れた。今度は側近も連れず、一人だけだった。少女も一人で作業していた為、計らずも二人きりである。つい先程まで戦っていた相手だ。何となく緊張を感じ、急いで立ち上がった。 「あ……ダージリンさん。あの……改めて、今日はありがとうございました」 「ええ。私こそお礼を言いに来たのよ。……逸見さん、今日はありがとうございました。本当に楽しい試合でしたわ」 「え……」  困惑を覚え、言葉に詰まる。英国式の皮肉かとも思ったが、どうも違いそうだ。

53 17/01/23(月)00:40:20 No.404512096

「あの……今日の試合は、私たちの完敗で……むしろ、情けないところをお見せして、申し訳ないというか……」 「とんでもない!」ダージリンはずいと踏み出す。「確かに技術の面ではまだ発展途上と言わざるを得ない部分もありましたわ。けれど貴女達の戦術は、私達を真剣に研究してきたことがよく伺えるものでした。車両も経験も圧倒的に不足した不利な状況で、それでも貴女達は最初から最後まで、本気で勝とうとしていた。それはとても素晴らしいことですわ」  ダージリンは熱を帯びた口調で一瀉千里に語った。意外な反応に少し面食らう。常に優雅で冷静なように思えたが、案外情熱家な面があるのかもしれない。 「あ……ありがとうございます……」 「昔の貴女と随分変わったと思ったけれど……深い部分では以前と変わらないようね。私の知る貴女も、とても気丈な方でしたから」 「それって……!」 「ええ」  ダージリンはにっこりと笑った。 「是非お話しさせてください。私の知る限りの、貴女のすべてを」

54 17/01/23(月)00:41:05 No.404512280

55 17/01/23(月)00:41:50 No.404512467

 戦車道全国大会。その組み合わせ抽選会に、西住まほは黒森峰女学園の隊長として訪れていた。  副隊長であるみほだけを伴い、他の隊員には普段通りの訓練を指示してある。 「一回戦の相手は知波単学園か。最近隊長が二年生に代替わりしたらしいが……」 「……そう」  まほは隊長として全ての組み合わせに注視して熟考しているのだが、みほは欠片ほどの興味も無いようだった。無感情な横顔を見て、つい吐き出しそうになった嘆息を呑み込んだ。  最近のみほを見ていると、戦車道のみならず、日常のあらゆる事に一切の活力が感じられない。常に生気の無い目で死人のように過ごしている。姉であるまほが面倒を見なければ、どこまでも堕ちていくのではないかと思われた。隊員たちもその姿に同情するか、あるいは副隊長としての体たらくに反感を抱いているようだった。  それほどまでに、逸見エリカを失った傷は深かったのだ。やはり姉である自分には、友を失った穴は埋められないのか。まほは常に無力感に苛まれ続けていた。

56 17/01/23(月)00:42:24 No.404512594

「大洗女子学園、代表者、前へ」  場内アナウンスを聞いて、手元の資料を確認する。 「大洗女子学園? あそこに戦車道は無かったはずだが……」  何の気なしに傍らのみほを見て、ぎょっとした。先程までぼんやりとしていた横顔は、今や食い入るように壇上を凝視していた。  何事かとまほも壇上を見て、時間が止まったように思った。  記憶にあるより短い、色素の薄い髪。深い青の瞳。緊張したその面持ちで抽選に臨むその顔を忘れるはずは無い。 「……エリカ……」  呆然と呟く。胸中にあるのは驚愕と困惑、そして大きな喜びだった。  まだ、戦車道を辞めずにいてくれたのか━━。  自分の罪が、ほんの少しだけ拭われたかのような気持ちだった。  一人喜びを噛み締めるまほは、すぐ傍のみほの瞳が、どこまでも昏く沈んでいくのに気付いていなかった。

57 17/01/23(月)00:43:16 No.404512798

今日はここまで! ありがとうございました すまないもう少し続くんだ…

58 17/01/23(月)00:45:15 No.404513262

本当に長いな フムン…このダー様の反応…まさか それにしてもあれだな! 大洗で情熱を取り戻すとかみぽりん滅茶苦茶拗れるなこれ!

59 17/01/23(月)00:45:22 No.404513293

みぽりん…

60 17/01/23(月)00:45:31 No.404513326

お疲れさま いいね 楽しみにしているよ

61 17/01/23(月)00:45:53 No.404513404

大洗の面々と仲良くしてるエリカいい…

62 17/01/23(月)00:46:48 No.404513599

>「とんでもない!」 これドラマCDだったら >「とぉんでもない!」 になってるなこれ

63 17/01/23(月)00:46:49 No.404513600

続きが来る前に読もうと思ってたのにまた来てる!

64 17/01/23(月)00:46:53 No.404513617

だがそれがみぽりんの逆鱗に触れた!

65 17/01/23(月)00:47:26 No.404513742

ゆかエリキテル…?

66 17/01/23(月)00:47:31 No.404513761

この世界ではうさぎさんは逃げなかったのかな

67 17/01/23(月)00:47:38 No.404513786

やっとスレ画像の意味が分かった

68 17/01/23(月)00:47:57 No.404513858

お姉ちゃんこんなに喜んでいてもかける言葉はいつも通りなのかな…

69 17/01/23(月)00:48:45 No.404514071

知波単が原作より早く代替わりしてる…

70 17/01/23(月)00:56:31 No.404515785

最初から記憶を無くしてるパターンだと…『あの子』くらいかなこれ リンゴジュース

↑Top