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17/01/19(木)00:38:07 SS 華... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1484753887822.png 17/01/19(木)00:38:07 No.403740354

SS 華ヒップのお正月

1 17/01/19(木)00:38:23 No.403740406

「こちらの田作もいかがかしら。自信作なのだけど」 「ええ、いただきます……」 思わず声が尻すぼみになる。 ローズヒップは珍しくガチガチに緊張していた。 五十鈴百合の鋭い目が自分の一挙手一投足を見張り、値踏みしているように感じる。 そっち取り箸で一掴みして小皿にわけとり、箸を替えて震える手で口に運んだ。 みりんと砂糖の柔らかい甘みの中に、イワシの苦味と僅かな唐辛子の刺激が慎ましく同居している。 実家のおせちはもっと豪快な味付けだし、そもそも半分洋風おせちといった感じだ。 ワイワイ騒がしい中で人気のおかずを取り合って、早く食べ終わった人は食卓の横で年賀状の仕分けを始める。 そんなお正月に慣れてしまって、純和風のおせちを静かに食べている光景に戸惑ってしまう。 華の育った環境と自分の育った環境の違いを改めてローズヒップは実感した。 その華は横で涼しい顔をしながらひらりひらりと箸を使っている。

2 17/01/19(木)00:38:41 No.403740464

彼女の前には食卓に並んだお重とは別に専用のものが一重置かれているのだが、既に三割以上が空になっていた。 驚くべき速度で食べているのにもかかわらず咀嚼音を響かせたりしないのは流石の育ちの良さ、といった感じだ。 「お口にあったかしら」 「あ、はい!美味しいです!」 意識の外から声をかけられてローズヒップは飛び上がらんばかりの勢いで返事をした。 そんなローズヒップに百合が眉を顰める一方で、五十鈴陸は微笑んだ。 「そんなに緊張しなくてもいいんだよ。百合もいじめない」 「別にいじめているわけじゃないわ」 心外だ、といった顔で百合が反論した。 「お正月なんだし、肩の力は抜いてほしいな」 陸が茶目っぽくウインクをしたので、恥ずかしくなってローズヒップは目を逸らした。

3 17/01/19(木)00:38:58 No.403740514

あくまで初詣のつもりで五十鈴家に来訪したのに、華の両親と共におせちをいただくことになるとは予想だにしていなかった。 軽い挨拶をするかしないかで華と共に神社へ向かうはずが、昼時だからといつの間にか昼食を囲む流れとなったのだ。 着流しとはいえ陸は着物を纏っているし、百合と華に至っては髪を結いきっちり帯を締めて着付けている。 それに引き換え、無造作にジーンズとセーターを着てコートをひっかけてきただけの自身の格好はどうだろう。 こんなことならお化粧だけでももう少し気合をいれてくるべきだった、と後悔したローズヒップである。 せめてお行儀だけは良くしていようと畏まっていたが、着物を全く汚さず器用に食事する「本物」の前では肩身が狭いだけだった。 慣れない畳の上での正座はすわりが悪く、もぞもぞとローズヒップは腰を動かした。 「お雑煮、食べられます?陸さんと華さんは食べるわよね」 皆の箸の勢いが落ち着いてきたところで百合が訊く。 「はい、いただきます」 遠慮しようかと思ったけれども、勧められたのでつい頷いてしまった。

4 17/01/19(木)00:39:15 No.403740563

「僕は少なめでいいよ」 「私は自分でよそいます」 華が箸を置いて立ち上がる。 「そうしてちょうだい。加減がわからないわ」 呆れるように言いながら、百合も腰を上げた。 華と百合が揃って台所へ発ち、陸とローズヒップだけが部屋に残された。 二人きりになると、忘れてかけていた緊張が蘇ってきた。 五十に差し掛かっていると聞いたものの、そうは見えないすらりとしたスタイルに終始柔和な表情。 自分の父とはまるで違うし、何の仕事をしているのかさえ知らない。一体何を話したものだろうか。 不用意に吶喊して撃破されるよりここは様子見だろうか。 それとも先に橋頭堡として得意な話題を出すべきだろうか。 逡巡しているうちに、先に陸が口を開いた。 「怖く見えるかもしれないけど、百合はあれでも喜んでいるんだよ」 「そうなんですか?」 つい訊き返してしまい、ハッとして口に手をあてたローズヒップを見て陸はまた笑った。

5 17/01/19(木)00:39:45 No.403740644

「つんけんしてるように見えるけど、君が来てくれて嬉しいからあんな感じになっているんだよ」 そうは見えないと思うけどね、と陸は頭を掻く。 「僕たちは二人目もほしかったんだけど、授からなくてね」 言葉を切って思い返すように陸は斜め上を仰いだ。 深まった目尻の皺に、歳相応の気苦労が顔を見せた。 「その反動で、華には随分と過保護気味になってしまった。その結果は君も知っているだろう?」 例の勘当騒ぎのことを言っているのだろう、とローズヒップは察したが、どう返すべきかわからずに沈黙を続けた。 「花しか知らなかったあの子が戦車道をやり始めて、君のような子と仲良くなって、良い方向へと変化しているのはわかるよ。親だからね」 「大洗の子達にもだけど、君にも感謝しているんだ」 「っ……、ありがとうございます……」 嬉しさと照れ臭さ、恥ずかしさが綯い交ぜになって堪らなくなり、下を向きながらローズヒップは声を絞り出した。

6 17/01/19(木)00:40:04 No.403740681

一瞬の静寂の後、思い出したかのように陸が手を叩いた。 「この後は華と初詣に行くんだろう?僕たちも一緒に行っても構わないかな」 「それとも、二人っきりを邪魔しないほうがいいかな?」 悪戯っぽくニヤリとする陸に、ローズヒップは慌てて否定するように手をブンブンと振った。 「っ、いえいえ!お正月から押しかけた私が悪いんですの!是非ご一緒させてください!」 「いや、賑やかでいいんだよ。新三郎も正月はいないからね」 そういえば人力車の人を今日は見ていないな、とローズヒップは思い出した。 「それに一緒に行くともなれば百合も……」 言葉の途中で、眉を少し上げて陸は口を閉じた。廊下の床板が軋む音が聞こえる。 数秒後、襖が開いた。

7 17/01/19(木)00:40:19 No.403740717

「はい、お待たせしました。お雑煮ですよ」 盆の上に雑煮の椀を三つ載せて、百合が入ってくる。 その後から、丼を一つ抱えた華が続く。……丼?ローズヒップは目を疑った。 そのまま華がテーブルにおいた丼にはなみなみと雑煮が注がれていて、餅も四つほどゴロンと入っている。 「あら、変でしょうか」 呆気にとられたローズヒップの視線を悟って、華が首をかしげた。 百合が軽いため息をつき、陸は堪えきれずに笑い出した。 「華さんがいると残り物にならないから楽だわ。とりあえず多めに作れば良いもの」 お母様!と華がむくれたので、今度は百合も笑った。つられてローズヒップも笑い声をあげた。 さっきよりも柔らかく見える百合の表情に、ローズヒップは初めて緊張が解けた気がした。

8 17/01/19(木)00:40:39 No.403740775

雑煮を食べ終わり暖まった身体と満腹感が眠気を誘う頃、百合が切り出した。 「そうだわ、せっかくだから貴女も着物を着てみたらどうかしら」 「えっ?」 「いいですね!私もローズヒップさんの着物姿を見てみたいです!」 華も乗り気で賛成したので、このままではまずいと思ってローズヒップは声を上げた。 「でもでも、私着物なんて着たことありませんし!」 「大丈夫です。心配しなくても私が着付けてあげますから」 「うん、僕も見てみたいかな」 百合がピシャリと言って退路を断ち、陸も柔らかい表情ながら圧をかける。 根負けしてローズヒップは頷いてしまった。百合がニッコリと微笑む。 「先にお手洗いだけ済ませておいてくださいね。着物姿では行きにくいでしょうから。襦袢と着物を取ってくるわ」 「片付けは私とお父様でやっておきます」 「あらそう?じゃあお願いね」 それぞれ各々に立ち上がったので、ローズヒップもトイレを借りることにした。 トイレの中で、ああどうしよう、と頭を抱えたローズヒップであった。

9 17/01/19(木)00:40:55 No.403740814

トイレから出たローズヒップは、百合に食事を摂っていた部屋の隣の部屋に案内された。 中では既にストーブが焚かれていて、数枚の着物が広げられている。 「じゃあ、服を脱いで下着姿になってもらえるかしら。足袋も履いて。私はあちらを向いていますから」 「は、はひっ」 思わず声が上擦った。緊張しながら服を脱いでいく。 こうなると知っていたら、新品の下着のセットをおろしてきたのに。 少し後悔しながら、脱いだ服を出来るだけ綺麗に見えるように手早く畳んだ。 「脱ぎました!」 下着姿のまま、直立不動の体勢で声を発した。 百合が振り返ってジッとローズヒップの身体に視線を注ぐ。 思わず身じろぎをしそうになってしまったローズヒップであるが、そこは恥しさを堪えてグッと耐えた。

10 17/01/19(木)00:41:11 No.403740866

「その下着なら大丈夫そうね。裾除けを着せてあげるから、少し腕をあげてそのまま立っていてちょうだい」 裾除けを手にとって、百合が膝をつく。 目の前でしゃがんでいる百合を見下ろすと、印象よりも小さい身体をしていることにローズヒップは気がついた。 一度上前を合わせた後、手際よく下前と上前を重ねていく。 さっと紐を回して結んでしまうまで、一分とかからなかった。 「結びはきつくないかしら」 「はい、大丈夫です!」 「じゃあ、これを上に着てちょうだい。普通に袖を通してくれればいいわ」 手渡された肌襦袢にローズヒップが腕を通すと、後ろに回った百合が襟元を正した。 正面に回ってまた百合がじっとローズヒップの上半身と下半身を見比べる。 これなら補正は必要ないわね、と呟くと百合は肌襦袢の紐を結んだ。 「次は長襦袢よ。少しだけ膝を折ってもらえるかしら」 ローズヒップが膝を折ると、淡いピンクの長襦袢を手に百合が後ろへ回る。 「はい、袖を通して」

11 17/01/19(木)00:41:29 No.403740915

袖を通したローズヒップの背中を、つつ、と百合の指がなぞる。 くすぐったさに思わず背中を丸めそうになるが、「動かないで」と百合の声が飛ぶ。 「じゃあそっと両腕をあげてちょうだい。紐を回すわ」 手早く袖口から紐を引き出して、ぐるりと一周。回した紐をローズヒップに手渡すと、今度は衿を正し始める。 衣擦れの音だけが部屋に響く。息苦しくなってローズヒップは唾を飲み込んだ。 「はい、紐を結ぶから衿を押さえていて。ずらしちゃだめよ」 言われるがままにローズヒップが紐を手渡して衿を押さえると、百合はテキパキと紐を結んでしまう。 結び終わると百合は二歩下がってまた出来栄えをチェックし始めた。 緊張したローズヒップとは裏腹に、百合は微笑んだ。 「やっぱり細いから似合うわね」 「ありがとうございますですわ!」 褒められたのが嬉しくて、ローズヒップは素直に明るい返事をした。そのまま手早く伊達締めをつけて、軽く締め付ける。 「次は着物よ」 着物の箱に向き直った百合の手が、はたと止まった。 そのまま、ぽつりと呟くように口を開いた。

12 17/01/19(木)00:41:57 No.403740985

「私に似たのかしら。あの子は妙に頑固なところがあるわ」 「小さい頃からそうだった。厳しく叱っても、お稽古に音をあげることはなかったし」 「戦車をやるなんて言い出したときもそうだったわ。そのくせ、変なところで抜けているんだから」 「そんな子だから迷惑をかけるかもしれないわ。でも、どうか付き合ってあげてちょうだいね」 いつの間にか百合の声色から硬い芯が抜けていた。今ローズヒップの目に映っているのは、厳しい華道の家元ではなく一人の母親だった。 「私、騒がしい家で育ちましたし、着物の着方も知りません。そそっかしくてよく先輩方にも怒られていますわ」 「そんな私ですけれど、華さんを支えていきたいと思っていますわ」 支える、なんて言葉は言い過ぎだっただろうか。 赤くなったローズヒップだったが、対して百合は肩の荷が下りたかのように息を吐いた。 鮮やかな躑躅色の着物を手に持って立ち上がる。 「着物の着方なんて、これからいくらでも教えてあげるわ」 「さあ、早く着てしまいしょう。二人が待ちくたびれてしまうわ」 「はい!」 密室の中でローズヒップが感じていた息苦しさは、完全に消えていた。

13 17/01/19(木)00:41:58 No.403740988

きたのか!

14 17/01/19(木)00:42:17 No.403741036

片付けを終えて華と陸が呑気にお茶を啜っていると、襖が開いた。 「ほら、早く入って。背筋は伸ばして」 百合にせかされてローズヒップがおずおずと部屋に足を踏み入れる。 「ど、どうでしょう……」 「へえ……」 「とても良くお似合いですよ!」 菊をあしらった躑躅色の着物を萌葱色の帯で締めたローズヒップの着物姿に、陸は感嘆の息を漏らし、華は手を合わせて喜んだ。 「やっぱりね、僕は似合うと思ってたよ。うん」 「本当に!初めて着たとは思えません」 二人が口々に褒めるので、着物の色よりもローズヒップは赤くなった。 「はいはい、それじゃあ初詣に行くわよ。日が落ちてくると寒いわ」 百合が手を叩き、陸が慌てて車を温めに行く。 「でも、本当に似合っているわ。お世辞じゃなくてね」 百合が人を褒めるのが珍しかったのか、華が目を丸くした。

15 17/01/19(木)00:42:33 No.403741077

神社についてみると賑わっているもののごった返していることはなく、四人はスムーズに拝殿まで進むことが出来た。 陸と百合が柏手を打ちお参りをした次に、ローズヒップも華と並んだ。 横目で華の礼を見て、見よう見まねで柏手を打ってお願いをする。 年初から華と一緒に過ごせて、華の家族とも仲良くなって、既にローズヒップ自身の願いは叶っているようなものだったので、ただ皆の健康だけを祈った。 「何をお願いしましたの?」 参道へ下りながら、無遠慮かな、と思いつつもローズヒップが訊く。 「そうですね、来年お参りに来た時にお教えします」 そうしたら、来年も来ていただけるでしょう? そう言って、華はいじらしいような、からかうような笑みを見せる。 「そんなこと言わなくったって、来年もご一緒しますわよ!」 ぷくっとむくれたローズヒップに、三人は表情を緩ませた。 「そうだ、おみくじを引いていかなきゃね。初詣なんだし」 陸の提案でそれぞれに御籤筒を振る。

16 17/01/19(木)00:42:48 No.403741108

「やった!大吉ですわ!」 「私も大吉です」 「参ったな、僕は凶だ。ちょっと結んでくるよ」 「私も小吉だから一緒に結びに行くわ」 別に小吉は結ばなくてもいいんじゃ、と首をかしげる陸の背中を押して百合も行ってしまった。残された二人は自分の籤をじっと見つめた。 「幸運の鍵は星空、ですって。なんだか珍しいですね」 「あれ?私も星空ですわよ」 「……もしかして、書いてある籤の番号は八番ですか?」 果たして二人でくじを突き合わせてみると全く同じ内容で、どちらからともなく吹き出した。 「でも、これって今年の間は同じ運勢ってことですわよね?」 「そういうことになりますね」 ローズヒップの手をそっと華が握った。 「今年も一年、よろしくお願いします」 はい!とローズヒップは破顔した。 着物に負けないくらい、綺麗な花が咲いた。

17 17/01/19(木)00:44:07 No.403741315

遅ればせながらあけましておめでとうございます 本年もちびちび書いていきたいのでよろしくお願いします

18 17/01/19(木)00:50:28 No.403742502

楽しみにしとるよ…

19 17/01/19(木)00:52:03 No.403742766

五十鈴夫婦めっちゃいい…

20 17/01/19(木)01:05:11 No.403744645

>そっち取り箸で一掴みして そっと?

21 17/01/19(木)01:11:56 No.403745602

>>そっち取り箸で一掴みして >そっと? 1レス目からお恥ずかしい ありがとうございます

22 17/01/19(木)01:11:57 No.403745605

いい...

23 17/01/19(木)01:13:26 No.403745929

華ップいいよね!僕も大好きだ!

24 17/01/19(木)01:14:22 No.403746048

よく食べる華さんいいよね…

25 17/01/19(木)01:32:30 No.403749004

百合さんが着付けしてくれるのいい… 熟練者である百合さんとそれに習うローズヒップの信頼関係というか…距離がスイと縮まった感じがすごくいい… >五十鈴夫婦めっちゃいい… いい…

26 17/01/19(木)01:33:59 No.403749241

あの家のパパさんが温厚っぽいのはなんかわかるな

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