24/01/24(水)17:22:32 崩れ... のスレッド詳細
削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。
画像ファイル名:1706084552750.jpg 24/01/24(水)17:22:32 No.1149796992
崩れ落ちそうなビルと、もう崩れ落ちたビルが立ちならぶ間を、一台のフォトレスが歩いていた。 いたるところに瓦礫が山をなし、その隙間から雑草が生えのびて、もはやどこからどこまでが路面なのかもよくわからない灰茶色の道路を踏みしめて、フォトレスはゆっくりと歩いていた。
1 24/01/24(水)17:22:48 No.1149797040
「だいぶやられてるっすねえ、このへん」ブラウニーが言った。 「旧時代にはこの地域の中心都市だったそうですから。鉄虫も相当来たのでしょう」ヴァルキリーが答えた。 そのフォトレスの胴体上面には、本来あるはずの機関砲がない。そのかわり、軍用バギーのものを流用した座席が二つ溶接されており、ブラウニーとヴァルキリーが座っている。ブラウニーはハンドルを握っているが、それはただ手すりがわりに付けてあるもので、運転しているわけではない。 「なんか残ってるといいっすねえ」ブラウニー6301が言った。 「それを探すのです」ヴァルキリー485が答えた。 人類抵抗軍カゴシマ拠点守備隊、第27偵察分隊。それが今のフォトレス7927の所属である。
2 24/01/24(水)17:23:11 No.1149797131
《こちらは人類抵抗軍オルカです。当方に戦闘の意志はありません。救助を希望する方がいれば……》 ブラウニーの声が、瓦礫の山の向こうへ流れて消えていく。 同じ台詞を何度か読み上げたあとで、ブラウニーはマイクを置いて、枯れてきた喉をボトルの水でしめした。 この都市に集まっていた鉄虫は先日、人類抵抗軍の艦隊が駆逐した。第27偵察分隊の任務は利用可能な物資の調査と、生存者の捜索である。 「動きが見えませんね。警戒されているのでしょうか」 これほどの規模の都市なら、隠れ住んでいるバイオロイドがいてもおかしくはない。鉄虫に支配された街でも、少人数なら目をのがれて暮らすことは難しくないのだ。人類抵抗軍は、そうしたバイオロイド達を積極的に勧誘し、自軍に加える方針をとっている。 先日など、そのためにわざわざライブを開催し、その模様をPVにして配信したという。 「音楽でも流してみるっすか」 ブラウニーがダッシュボードのボタンを押すと、フォトレスの胴体に取りつけられたスピーカーから今度は明るい音楽が流れ出す。 《ふと見上げた空に 光り輝く星 はるか遠い星が……》
3 24/01/24(水)17:23:24 No.1149797178
「フォトレスはどう思うっすか? 生き残りがどこにいるか」 「私にこのような状況における判断の知見はありません」 ブラウニー6301はしばしば、フォトレスに意見を訊ねてくる。歩兵の盾として作られただけのAGSに、高度な専門知識があるはずもないのに。 「……ですが可能性としてはヴァルキリー485の言うとおり、我々を警戒して距離をとっていることがありえます。他には、たとえば都市周辺の山野に本拠地を置き、都市部には定期的に物資調達に来るといった居住形態であれば、現在無人であっても不自然ではありません」 「なるほどっすね」ブラウニーが大きくうなずいた。 「周辺の山地も捜索範囲にふくめましょう」ヴァルキリーも言った。「市街をひととおり探して見つからなければ、入ってみることにします」
4 24/01/24(水)17:23:35 No.1149797219
「そういや、アクセサリー屋とかあるっすかね?」 「これだけの都市なら、どこかにはあるでしょう。必要なのですか?」 「仲間に頼まれてるっす。最近うちのレッドフード隊長が、オルカのレッドフード隊長の影響で服を集めだしたんで、自分たちもオシャレしやすくなったっす」ブラウニーは笑って髪をかき上げ、左耳につけたささやかなピアスを見えるようにした。 「中佐は、なにか探したいものないっすか?」 「私は別に……ああ、小さくて良いナイフがあったら一、二本ほしいですね。民生品であるかわかりませんが」 「フォトレスは?」 「特にありません」答えてから、フォトレスはもう一度自己診断プログラムを走らせて、「強いて言えば、潤滑油が調達できると稼働効率があがります」 「よーし、アクセとナイフとオイルも探すっす!」 ブラウニーは朗らかに言った。ブラウニーはほとんどいつでも朗らかだ。かつて人類がいた時代から、常にそうだった。フォトレス7927はもうあまりその頃のことを覚えていないが、ブラウニーの笑い声だけは、記憶回路の底にいくつも残っている。
5 24/01/24(水)17:23:58 No.1149797304
「埋まってたっす……」 大通りの両脇に設けられた小さな下り階段の入り口から、ブラウニーがとぼとぼ戻ってきた。 バイオロイドは基本的に、人間の所有物を勝手に使うことはしない。それは本能に近い刷り込みである。それゆえ人類がいなくなった現在でも、生き延びたバイオロイド達が人間の住居や宿泊施設に寝泊まりしていることはまずない。都市で暮らすならば、住み処とするのは誰でも出入りできて、雨風をしのげる公共の建造物。地下街などはその筆頭である。 「地図で見るかぎり、この真下の地下街が一番大きいのですが……」 ヴァルキリーがタブレットと地図を何度も見比べる。フォトレスの音響索敵システムでも、この下に細長い大きな空洞が現存しているのは確かだ。しかし、見つけた入り口は今のところ、すべて崩落している。 「この先で地下街は終わっていますし、もう入り口は……」 「あっ、あれ! どうすか!」 あたりを見回していたブラウニーが、ぱっと近くのビルを指さした。銀行か何かとおぼしきそのビルのエントランスの片隅に、青いマークの看板が出ている。地下鉄を表すこの国の標識だ。
6 24/01/24(水)17:24:14 No.1149797377
「あそこも地下へ通じてるんじゃないっすか?」 「見てみましょう」 ブラウニーとヴァルキリーが小走りに近づいて、中を覗く。すぐにヴァルキリーが戻ってきて、 「中へ入ってみます。崩落にそなえて、フォトレスさんはここで待機。私たちの位置を捕捉しておいてください」 「了解しました」どのみち、あんな細い階段はフォトレスには下りられない。 ヴァルキリーはフォトレスの脚の裏側にあるトランクケースを開けて、懐中電灯、ロープ、有毒ガス検知器などの装備一式を引き出す。 「オイルもちゃんと探すっすからね! 楽しみに待っててほしいっす!」 手を振るブラウニーとそれをせかすヴァルキリーを見送ってから、フォトレスは位置センサーを起動した。 〈聞こえますか、フォトレスさん?〉 「はい、お二人は地下4.7メートルを北北西方向に移動中です」 通信感度に問題はない。それでもフォトレスは冗長性確保のため、音響センサーに指向性マイクをつないで、音波でも二人の位置をトレースすることにした。 (……焚き火…………りますね……) ややくぐもっているが、会話が拾えた。ヴァルキリーの声だ。
7 24/01/24(水)17:24:36 No.1149797472
(……ヶ月くらい前っすかね? 誰かいたことは確かっすね) どうやら、生存者の痕跡を見つけたらしい。二人の移動が停止し、カサカサ、キリキリと高周波数のノイズが増える。あたりを捜索しているのだろう。 (……ブラウニーは、あのフォトレスさんと付き合いが長いのですか?) 捜索中、ヴァルキリーが唐突に自分の名前を出した。 (いいえ? 今回の遠征が初めてっす) (そうでしたか。たいへん仲がいいようでしたので) (そりゃそうっす。フォトレスのおかげで命拾いしたことがないブラウニーは、フォトレス配備前に死んだブラウニーだけっす) しばらく、瓦礫を取りのけるような音だけが続く。 (……スチールラインジョークっす) (あ、そうなのですか) そうだったらしい。 (でもブラウニーなら誰でも、フォトレスに何度も何度も命を助けられてるのは本当っす。だからブラウニーはみんなフォトレスが好きっす。もちろん自分もっす!) (よくわかりました)ヴァルキリーのくぐもった声は、なぜだか微笑んでいることを察知させた。(オイル、あるといいですね) (はいっす!)
8 24/01/24(水)17:25:05 No.1149797585
フォトレスは音響センサーの感度を下げ、位置だけを把握するモードに切り替えた。うまく言語化できなかったが、それ以上会話を聞くのは礼儀に反すると、メモリの中の何かが言ったのだ。
9 24/01/24(水)17:25:20 No.1149797638
「ただいまっす!」 54分後、ヴァルキリーとブラウニーは2ブロック先の別のビルにある階段から出てきた。痕跡だけで、生存者は見つからなかったようだ。 「でも収穫はあったっすよ。ほらこれ!」 ブラウニーが両手に抱えているのは、大量の雑誌であった。「本屋さんがあったんで、観光ガイドっぽいの全部持ってきたっす」 「私たちの地図は公共ネットワーク上に残っていたものですからね。現地の情報は大事です」 ヴァルキリーも頷く、二人で地べたに雑誌を広げようとしたので、フォトレスはいそいで脚を一本さしのべ、テーブルのかわりにした。 ガイドブックのおかげでその後の市街捜索はスムーズに進み、宝飾品もナイフも無事見つかった。そして驚いたことに、潤滑油も見つかった。 オートバイ専門誌によれば、この街には知る人ぞ知るバイク修理の名工がいたそうだ。彼の腕をたよって海外からも愛好家が訪れるほどだったという。工房のあった住所を訪れるとむろん破壊されていたが、よく探してみると建物奥の倉庫が無事だった。そこに大量の機械部品や整備ツールがストックされていたのだ。
10 24/01/24(水)17:25:31 No.1149797676
「これとか、見た感じ高級っぽくないっすか?」 とブラウニーが持ち出してきたのが、モリブデン配合アルミニウムコンプレックスグリースの完全密封品だった。ラベルの表示が確かなら、SS級AGSに使われてもおかしくない純度だ。ためしに一包み開けて、グリスガンを使って脚部関節に差してもらったところ、駆動音が2.7%も低下した。 「あんまり変わった気がしないっすけど……」 バイオロイドにはこの夢のようになめらかな低トルクが理解できないらしい。フォトレスは自分の自己実現感情係数がいかに高まっているかを伝えようと、意味もなく何度も膝関節を屈伸させた。 「たいへん快適です。ありがとうございます」 「喜んでもらえたならよかったっす!」 笑顔になったブラウニーの腹がぐう、と大きく鳴った。ヴァルキリーが笑う。 「今晩休むところを探しましょうか。ちょうど、行ってみたいお店を見つけたんです」
11 24/01/24(水)17:25:57 No.1149797775
半分だけ焼け残った木のドアを引き開けると、奇跡的に残っていたドアチャイムがカラン、と鳴った。 「よかった。かなり状態がいいですね」 ヴァルキリーが向かったのは、ガイドブックに載っていた喫茶店だった。 「食べられるものはもうないと思うっすが」 「インテリアの雰囲気がとてもいいと書いてあったので……あ、ほら、このカップとか」 ヴァルキリーは埃の積もった店内のあちこちを懐中電灯で照らして満足げな顔になる。ブラウニーもおっかなびっくり後に続いたが、やがて古めかしいソファの埃をはらって腰を下ろした。 「あーなるほど……ちょっと落ち着ける感じっすね」 「ここをひとまずの拠点にしてもいいかもしれません。日が落ちる前に、掃除だけでもしてしまいましょう」
12 24/01/24(水)17:26:13 No.1149797854
二人はそのまま窓を開け、割れた家具を片付けたり、埃やガラスのかけらを掃き出したり、バタバタと立ち働き始めた。言うまでもなくAGSが入れるような広さではないので、フォトレスは壁の外に待機したままそれを観察していたが、ランタンを吊す場所をさがして右往左往しているらしいブラウニーを見て、妥当性と合理性の観点から論理回路がある提言を導き出した。 「ブラウニー6301。提案があるのですが、よろしいでしょうか」 配電盤のパネルを開けて、フォトレスのバッテリーから伸ばしたコードをつなぐと、店内の照明がぱっと灯った。 「おおー!」 ブラウニーが飛び跳ねて喜ぶ。配線が生きていて幸運だった。戦闘機動で消費するエネルギーに比べれば、小規模な民営店舗一軒分の消費電力など微々たるものだ。 「レンジと電気ポットも動きますね。夕食にしましょうか」ヴァルキリーも嬉しそうに言った。 「音楽かけましょう、音楽! フォトレス、なんかないっすか!」 ブラウニーの要請は時々ひどく抽象的で困る。フォトレスはしばし回路を空転させたあと、ライブラリの中から「Gray Clouds」を再生した。
13 24/01/24(水)17:26:31 No.1149797927
「おっ、いい感じ」 「ロイヤル・アーセナル中将の歌ですね」 「あの人ものすごいドスケベだって聞きましたけど、本当なんすかね」 喋りながら室内の二人は湯を沸かし、携帯食料を温め、テーブルを拭いて食事をはじめる。フォトレスも静かに関節負荷の小さい姿勢にうつり,待機モードに入った。 「こんな綺麗なカップで飲むと、インスタントコーヒーも美味しく感じるっすねえ」 「割らずに持って帰る方法をあとで考えないといけませんね」 店内の会話を聞きながら、フォトレスは今日一日のデータの整理にとりかかる。 フォトレス7927は、旧時代のことを断片的にしか記憶していない。緊急節電モードで休眠していた数十年の間にストレージに欠損が生じ、データが失われてしまったのだ。それと一緒に火器管制プログラムも破損してしまったため、7927は機関砲もシールドカノンも扱うことができない。完全に失われたのではなく、壊れたデータが一部残っているのが厄介で、復旧するには人格モジュールごと初期化するしかないそうだ。
14 24/01/24(水)17:26:42 No.1149797966
通常であれば迷わず初期化か、さもなくば廃棄だ。フォトレス7927も当然そうなるものと予期していた。しかし、7927を再起動したフォーチュンは言ったのだ。 「なにか、あなたがやりたいことや、試してみたいことはない?」 フォトレスは沈黙した.そのようなことを思考したことはなかったからだ.数千秒を費やした長い自己診断の果てに,フォトレスは答えを出した. 「私は、また仕事に就きたいです。兵士を守る仕事に。できれば、スチールラインの皆さんとともに」 自分にそのような願望が存在することを、フォトレス7927はその瞬間まで知らなかった。しかし、自覚してみれば、確かにそれは存在していたのだ。 働きたい。兵士の、スチールラインの役に立ちたい。役目を十分に果たしたと思えるまで、消えたくない。 フォーチュンは拠点の上層部と相談し、この仕事を見つけてくれた。フォトレス7927は、「感謝」そして「満足」という感情の意味を理解したと思っている。
15 24/01/24(水)17:26:52 No.1149798010
すでに日は落ち,あたりは深い藍色に沈みかけていた.唯一照明のついているこの喫茶店だけが,浮き上がるように明るくかがやいている. 「……?」 フォトレス7927はセンサーにわずかな熱源反応を感知した。1ブロックほど離れた所に、バイオロイドが二体いる。 生き残りのバイオロイドだろうか。こちらの様子をうかがっているようだ。何度も立ち止まりながら、少しずつ近づいてきている。 熱源の強度があまり強くない。生命活動が弱っている。じゅうぶんな食事をとっていないに違いない。そういう者にとって、灯のともる飲食店から音楽と人声が聞こえるということがどういう意味をもつか、フォトレスにも類推できる。 来訪者のために、ヴァルキリー485は熱いコーヒーをいれるだろう。ブラウニー6301はパンをトースターで温め、チョコレートの包みを開けるだろう。 フォトレス7927は音楽を邪魔しないようモーターの回転を落とし、センサーライトの光量も下げた。そして、かれらが勇気を出して道路をわたってくるのを、しずかに待った。 End
16 24/01/24(水)17:32:03 No.1149799434
渋で本国の人が描いてるラスオリショート漫画がめっちゃ良い雰囲気だったのと 昨年末にここでAGSの話読みたいと言ってくれた方がいたので書きました まとめ fu3066309.txt
17 24/01/24(水)17:33:44 No.1149799877
生がトラブル中の怪文書ありがたい…
18 24/01/24(水)17:34:46 No.1149800169
ロボットの使命感というか願望というか とにかくいいよね…
19 24/01/24(水)17:36:26 No.1149800637
>ロボットの使命感というか願望というか >とにかくいいよね… いいよね味方撃った事ずっと後悔してるセルジューク…
20 24/01/24(水)17:37:40 No.1149800995
フォトレスとブラウニーの組み合わせでおっと思った あの漫画の空気感いいよね…
21 24/01/24(水)17:41:52 No.1149802156
壁の記憶良いよね あれでフォトレスくん好きになったよ
22 24/01/24(水)17:42:44 No.1149802398
ヴァルキリーさん出てくるの珍しいな 途中までレプリコンと勘違いしてた
23 24/01/24(水)17:52:19 No.1149805284
>ヴァルキリーさん出てくるの珍しいな >途中までレプリコンと勘違いしてた レプリコンにしようかとも思ったんですが元ネタの漫画がヴァルキリーなのと、レプリコンだと地下街での質問が発生しないので…
24 24/01/24(水)17:55:37 No.1149806295
冒険感好き
25 24/01/24(水)17:57:48 No.1149806937
武装外して座席追加してるとか手すり代わりに車のハンドル付いてるとか改装の様子が見える描写好きだ
26 24/01/24(水)18:06:54 No.1149809583
こういう雰囲気の文章いいよね
27 24/01/24(水)18:09:54 No.1149810451
>バイオロイドにはこの夢のようになめらかな低トルクが理解できないらしい。 ここすごい幸せそうで好き
28 24/01/24(水)18:12:20 No.1149811141
わたし荒廃した世界で仲間を集めるのすき!