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    23/12/31(日)01:33:43 No.1140737960

    その日早く起きたのは、部屋の中が寒かったことと、窓の外が少し明るく見えたからだった。 眠い目を擦ってカーテンを開けると、窓の外の景色が真っ白に染まっていた。 「…降ったなぁ」 朝焼けの空は綺麗に晴れているが、窓の下はどこも白い雪で覆われていた。昨日の予報通り、夜のうちに雪が積もったのだろう。 寒いのを堪えて、上体だけを布団から起こす。窓を少しだけ開けて大きく息を吸うと、昨日よりもずっと冷たい空気が身体の中に流れ込んでくる。朝の目覚めにはちょうどよかった。 辺りをざっと見渡して、車や電柱の根本でどのくらい積もったのかの見当をつけるのは、昔から染みついた癖だった。煩わしい雪掻きを考えなければならないほどの厚みではなく、彼女も自分も休日の今日は、グラウンドの状況を気にする必要もない。 目の前の景色に、ただ無邪気に綺麗だと言っていていい時間が、ただ心地よかった。

    1 23/12/31(日)01:34:01 No.1140738045

    そうは言っても、雪の積もるような外の空気を浴び続けていれば、必然的に身体は冷える。窓をぱたりと閉めても元々部屋が寒いのだから、そうそう身体は温まってくれない。 前は布団で覆われている分、無防備な背中に流れ込む冷たい空気が余計に堪える。いそいそと布団の中に戻ろうとした、そのときに。 「積もったね」 冷え始めていた背中に、柔らかいぬくもりがぴたりと収まった。 「おはよう。シービー。 雪だな」 昨日の夜までは同じ寝床にいなかった彼女──ミスターシービーが、どうしてここにいるのかは聞かなかった。彼女の性格と外の雪を見れば、凡その見当はつくからだ。 「そうだね。思ったよりずっと綺麗に降ってる。 昨日は早く降らないかなって、ずっと空を見ててさ。ちょっと外に出て雪と遊んできちゃった。 楽しかったんだけど、やっぱりちょっと寒くてさ。だから、きみにあっためてもらいたかったんだ」 その言葉を証明するように、改めて包み込むように抱きしめてくれる彼女に、文句をつけるつもりも無論起きなかった。

    2 23/12/31(日)01:34:22 No.1140738142

    「今日はいい日になりそう」 目を細めた彼女が美しい声でそう呟くと、きっとそうなのだろうなと思ってしまう。それでも、戯れに訊いてみるのはやはり面白い。 「なんで?」 身体の前に回されて、さっきまでこちらの指先とつつき合っていた彼女の指が、頬をゆっくりと撫でた。 「起きてはじめに見たのが、きみの顔と初雪だったから。 朝から幸せな気持ちになれたよ」 耳元に静かに入ってきたその言葉のせいで、さっきまで何の気為しに触れ合っていた指先が、急に熱を帯びたような気がする。嬉しそうに微笑む彼女の髪が、頬をかすめるだけで心臓が痛い。 「…朝から口説いてくれてありがとう」 「思った通りに言っただけなんだけどな」 こんな言葉ひとつで皮肉めいた照れ隠ししか言えなくなる、自分の初心さが余計に恥ずかしい。けれど彼女はそれも慈しむように、もう一度くすくすと微笑んだ。

    3 23/12/31(日)01:34:37 No.1140738214

    腕を後ろに回して頭をゆっくりと撫でてやると、ふふふ、と笑う彼女の声とともに、背中のぬくもりがいっそうぴたりとくっついてくる。 いつもより早く起きることができた。彼女と一緒の朝を迎えられた。 彼女の言う通り、今日はいい一日になりそうだと、何となく予感がした。

    4 23/12/31(日)01:34:52 No.1140738271

    せっかく早く起きられたのなら、その分だけもっと彼女と触れ合っていたい。朝から情熱的に抱きしめられてしまったせいで、寒さを忘れてしまうくらいに身体が熱い。 さっきの意趣返しをしたくなかったと言えば、嘘になるけれど。 「お風呂入ってくるね」 なのに、彼女を抱きしめ返そうとしたその時に、すっと彼女は背中から離れてしまった。 その時の自分はきっと、さぞ名残惜しげな顔をしていたのだろう。 彼女は少し驚いたような顔をしたが、こちらの顔をじっくりと見て、にこりと微笑んだ。 「そんな寂しそうな顔しないでよ。まだ今日はこれからでしょ? 楽しいこと、いっぱいしよ」 ちゅ、と唇に柔らかく触れた感触と、かわいい、と囁く彼女の微笑みで、また身体が耳まで熱くなる。 楽しそうな彼女の鼻唄が風呂場に向かって遠ざかってゆくのを聴きながら、ベッドの中に微かに残った彼女の残り香に、未練がましく思いを馳せる。そんなことをしても満たされるどころか、もっと寂しくなるだけなのに。 布団を抱きしめてせめてその感触を思い出そうとするたびに、彼女が恋しくて切なさが募るばかりだった。

    5 23/12/31(日)01:35:17 No.1140738389

    「何してるの?」 そう言いながらちょこんと脇に座る彼女は、風呂に入った後らしくほんのりと暖かかった。 「片付け。掃除もしたいし、冬物も出さなきゃだろ?」 甘いシャンプーの匂いを纏ったままじゃれついてくる彼女をなんとかいなしながら、戸棚にある食器を仕分けてゆく。 彼女の食器棚の中身はやはり彼女らしいと言うべきか、この上なく華やかで乱雑だった。 物は主人に似ると言うが、この場合はきっと主人が物を自分に似せてしまったのだろうなと思った。棚の中には前に置かれている比較的よく使う食器の背後に、大きさも色も様々な皿や器が並んでいる。 陶器、焼物、ガラス、絵皿と種類は様々だったが、その中に退屈な既製品はひとつもない。染み一つない純白の白磁も、色とりどりの釉薬で彩られた器も、全てに違った趣がある。 どれもこれも、彼女が自分の感性で選んだものに違いなかった。

    6 23/12/31(日)01:36:20 No.1140738628

    彼女の家で食事を作る度に、棚の奥でひしめいている器たちのことには気づいていたから、いつかは腰を入れて整理しなければと思っていた。その多さにどれだけかかるかと気を揉んでいたが、始めてしまえばいつの間にやら、自分もその色とりどりの世界に魅入られてしまっていた。 「どこで買ったんだ?こんなに」 笑いながら問うと、彼女も同じように微笑んで、ひとつひとつの器を指差しながら目を細めた。 「いろんなとこ。だいたいは旅先なんだ。 たまに出してみると、それを選んだときの気分を思い出せてさ。思い出を辿るみたいで楽しいんだよね」 遠い目をして楽しそうに物思いに耽る彼女が素敵でつい流されそうになってしまう。だが、きっと彼女の好きに任せるままでは食器棚が溢れ返ってしまうだろう。

    7 23/12/31(日)01:37:06 No.1140738807

    「いいな。俺も好きだ。 でも、流石に全部出しておくわけにはいかないだろ? とりあえず、どれ出しておきたい?残りはしまっとくよ」 そう言うと、彼女は少し考え込むように首を傾げたけれど、すぐに顔を上げて、いいことを思いついたと言うように微笑んでいた。 「きみが選んでよ」 きっと自分が考えていたような当たり障りのない片付けにはならないのだろうな、と、なんとなく予感がした。 「俺が?」 「うん。ここにあるのはさ、みんなアタシの好きなものなんだ。だから選べない。 だからさ、きみが好きなものを選んでよ。そのほうがなんだか楽しそう」 こちらの顔を覗き込む彼女の表情は実に愉快そうで、こうなるともう離してくれないということは、長年の付き合いでよくわかっていた。それに不思議なことだが、彼女の唐突なこの提案に何故か乗ってみたいと思う自分も、その時確かにいたのだった。

    8 23/12/31(日)01:37:41 No.1140738939

    並べられた器を順に見ていくうちに、その中の一つが目に留まった。 切り出した木を削って、そのまま器にしたものだった。陶器や磁器の冷ややかな輝きの中でも負けない、深い琥珀色の肌が印象的だった。 複雑にうねる杉の木目はそれだけで面白くて、上に何かを塗る必要を感じなかった。きっと作者もそう思ったのだろう。 朱も引かずにただ漆だけを丁寧に塗り重ねて艶を出した木そのものの風合が、温かいと切々と感じる。手にとって持ち上げてみると、漆の滑らかな手触りと木の柔らかい丸みが心地よい。 「きみはこういうのが好きなんだ。 …いいね。なんかわくわくしてきた」 いつの間にか肩口からこちらの手の先を覗く彼女の声で、その器に随分と執心していた自分に気づく。 物欲しそうに手を伸ばす彼女にその器を差し出すと、細い指が無邪気に木目をなぞった。 「これ、ある島で買ったんだ。その島で育つ木が名物らしくて、それを使った器なんだって。 その木がすごく大きくて綺麗でさ。少しだけでもいいから、持って帰りたかったんだ」

    9 23/12/31(日)01:38:17 No.1140739070

    自分の手は左に、彼女の手は右に。 同じ器の端と端を持って、思うままにその感触に浸る。 「いい色だよね。木の茶色って、なんでこんなに安心するんだろう。 手の中でずっと持ってたくなる」 ああ。本当にいい色だ。 ふたりの温度をそのまま蓄えたようなぬくもりが、いつまでも恋しい。 結局、気を良くした彼女にせがまれるままに、そのあともいくつかの皿や器を選んだ。ソファーの敷布や椅子もいくつか新しくして、ランプもふたりで選んだものに替えた。 気づけば、部屋の景色が随分と変わって見える。 「決めた。 今日はずっと、きみの色で行こう」 ソファーの上に寝転んだ彼女が、唐突にそう言い出した。そんな突拍子もない提案にはきっと驚かなくてはいけないのだろうけど、そのときの自分はもうすっかり彼女の笑顔に中られて、彼女が何をさせようとしてくるのかがすっかり楽しみになってしまっていたのだった。 「何を着て、何を食べて、どこに行くのか。 今日はどんなアタシになるのか、きみに選んでもらうのも面白いよね」

    10 23/12/31(日)01:38:48 No.1140739175

    「…うん。 本当に。シービーといると、ずっと楽しい」 ありのままの気持ちを伝えようとして、ありきたりの言葉しか出てこないのが少し恥ずかしい。 それを聞いた彼女が、いっそう楽しそうに微笑んでいることも。 椅子に座っていた上体だけを横たえて、彼女の顔を互い違いに覗き込むように近づける。自分としては少し大胆すぎるくらいだったのに、彼女はほんの少し目を丸くしただけで、照れても狼狽えてもくれないのが少し悔しい。こっちはいつも、彼女にどきどきさせられっぱなしなのに。 そんな彼女は逆さに見ても、やはりどこまでも美しかった。 「お昼になったらどうしようか」 そっと頬に手を添えられて、逆にもう逃げられないようにさせられる。逃げるつもりなど毛頭ないのだけれど。 彼女の提案を断る理由も、もちろんなかった。 「買い物に行きたい。年末も近いし」 待ち構えていたものが手渡されたかのように、彼女は実に愉快そうに寝返りを打った。 「いいね。今日はきみのごはんだ。 あの器見てたらさ、お腹空いてきちゃった。 それにさ。あんなに白く綺麗に積もったんだもん。そんな街に出ないなんて損だよね」

    11 23/12/31(日)01:39:05 No.1140739232

    「じゃあ、早く行かないとな。 寄り道する時間、ちゃんと作れるように」 本当に、彼女といると心から幸せだと思える。 彼女と交わす言葉が、流れる水のように自然に、彼女と自分の間を巡る。そういう瞬間が一番、彼女と心が通じ合っていると思う。 「ありがとう。そうだね。 でも、焦らなくていいよ。こうやってきみに甘えるのも、すごく幸せだなって思うから」 きっと、今もそうだ。 ゆるく絡んだ彼女の腕に引き寄せられたときに、もっと一緒にいようよ、と言われたような気がした。 眩しい太陽を映す硝子は、戸棚の奥に仕舞った。 僅かな温もりを蓄えるような、あたたかな木の茶色が恋しくなる季節のために。 彼女と一緒にいた温かい思い出を、手に取る度に思い出せるように。

    12 23/12/31(日)01:39:32 No.1140739347

    降り積もった雪を彼女の指がさっと落とせば、鮮やかな紅葉が顔を覗かせる。今朝降ったばかりの雪だからこそ味わえる赤と白の取り合わせに、彼女の仕草が華を添えた。 昼間選んだ黒のコートに、下はすらりと伸びるスキニーパンツを纏って、彼女は実に楽しそうに、雪が積もった河原をスキップしていた。首周りが寒そうだと言ったときに彼女が出してきた、去年贈ったマフラーの端がたなびくのを見ていると、元気な犬が尻尾を振り回して走っているように見えて、ついくすりと微笑んでしまう。 「ふふっ」 けれど、そんな彼女はただ見惚れているだけでは許してくれなくて、いつの間にか背中に回られていたと思えば、冷たい感触が首筋に走る。 「手、冷たいな」 冷たくて、けれど滑らかで心地よい指先が悪戯っぽく首筋を撫でる感触が心地よくて、自分の手も首に回して、彼女の指に触れてみる。指で確かめてみると彼女のそれは本当に心配になるほど冷たくてつい振り返ってしまったが、彼女は相変わらず楽しそうに微笑んでいた。 「雪が掌で融けていくのが、何度見ても飽きなくてさ。 不思議だよね。毎年やってるのに」

    13 23/12/31(日)01:39:54 No.1140739442

    「手袋は嫌いか?」 長い付き合いになるが、彼女が手袋を着けている姿は見たことがない。今日もそれは同じだった。 「そんなことないよ。手が冷えてるときにあったら、やっぱり嬉しいからさ。 ただ、すぐ脱いじゃうだけ」 だからいつも置いてきちゃうんだ、と言ってくすくすと微笑む彼女を見て、少し安心した。 手袋が嫌いなわけではないなら、これも受け取ってもらえるだろうか。 「よかった。 手、出して」 サイズはおおよそで選ばざるを得なかったから、彼女の手にぴったりと嵌ってくれてほっとする。ずっと着けていてもらえるように、せっかく手触りのいいものを選んだのだから。 「ありがと。 …いいね。なんか、いつもよりあったかい気がする」 手袋を着けた手を握ったり開いたりしながら、目を細めてそう呟く彼女を見ていると、贈っただけの自分まで温かくなったような気がするのが、ひどく不思議だった。

    14 23/12/31(日)01:40:10 No.1140739497

    だが、彼女は隣にぴたりと並んだかと思うと、手袋を右手だけするりと脱いでしまった。 「でも、今は自分の手でも感じていたいんだ。きみはあったかいんだって。 だからさ。きみも教えてよ」 手袋の縁をなぞる彼女の指と一緒にその言葉が流れ込んできたときに、ふたりの歩幅がぴたりと合ったのは、きっと偶然ではないのだろう。 細くて柔らかい彼女の手の感触を、離せる気がしなかった。 まだ冷たい彼女の手を、少しでも温めてあげたかった。

    15 23/12/31(日)01:40:33 No.1140739582

    「ごちそうさま。美味しかったよ」 実に元気な声でそう言う彼女を見る度に、作ってあげる喜びというものもあるのだなと実感する。それが自分の中にあるとは、彼女に出会うまで思いもしなかったのだけれど。 「どういたしまして。気に入ってくれてよかった」 たっぷりとソースをかけたハンバーグに彩りの野菜を添えて、傍らにはこの季節らしくかぼちゃとマヨネーズを和えたサラダを乗せる。 あの木の器の温かい茶色は、どんな料理も受け止めてくれるように思える。 「楽しいね。器を見て、それで食べたいものを考えるのも」 思っていたことも、言おうとしていたこともまるで同じだったから、それがなんだか可笑しくてくすくすと笑ってしまう。彼女のきらきらした瞳を見ながら、こうやって笑い合っていると、そこから心の中まで覗き合えるような気がした。

    16 23/12/31(日)01:41:08 No.1140739712

    「あ」 彼女がこちらに身を寄せたのと、食器を片付けようと立ち上がったのがほぼ同時で、偶然にも彼女をこちらが躱したような格好になった。少し気まずいなと思いながらも、大きな目を丸く見開いている彼女と目が合うと、柄にもなく少し嗜虐心が湧いてきた。 もう一度寄りかかってきた彼女を、今度はあえてはっきりと躱してみる。再び彼女と目が合うと、その頬ははっきりと不機嫌そうに膨らんでいた。 「いじわる。 もうくっついてあげないよ?」 ぷい、とわざとらしくそっぽを向かれては、申し訳ないというより可愛いと思う気持ちが勝ってしまう。それもきっと彼女の思い通りなのだろうけれど。 「ごめんって。 …どうすればいい?」 そうして、彼女の思い通りに許しを請うて、彼女のしたいことを叶えてやる。迂遠なだけの予定調和がこんなにも楽しいのが、本当に不思議で仕方ない。

    17 23/12/31(日)01:41:20 No.1140739759

    黙って腕を広げた彼女を、さっきの埋め合わせのように今度は自分から迎え入れた。 「告白したときに聞き返されちゃったら、恥ずかしくてもう言えないでしょ? だから、一回で受け止めてね」 胸に顔を埋めたまま告げられたその言葉は、頭を撫でる手を咎めるものではなかった。 髪を手で梳く度に強く抱きしめてくれるkのが、むしろずっと愛おしくなった。

    18 23/12/31(日)01:41:45 No.1140739840

    自分も彼女も離れたくなくて、ソファーに座っている間もずっと、どちらから言い出すでもなくぴったりとくっつきあっていた。 偶然に少しだけ身体が離れそうになると、それを埋め合わせるように彼女が寄りかかってきて、少し不満そうに、けれどそれ以上に楽しそうにこう囁くのだった。 「あっためてよ」 あえて少し意地悪に、どうして、と訊き返してみれば、彼女は開き直ったように少し憮然としたような調子で続ける。 「寒いんだもん。なのに、きみはこたつで寝ちゃだめって言うから」 それなら仕方ないな、と、言い訳になっていない言い訳をお互いに肯定しあう。ただ一緒にいたいだけなのに、それに理由をつける遊びを経ると、抱きしめたときの満たされる感覚がこんなにも違うのが、本当に不思議だ。 「ありがと。 …マルゼンのこと笑えないなぁ」 彼女を後ろから抱き寄せるその格好は、確かに一昔前のトレンディドラマのようだった。今までは気にしたこともなかったのに、彼女にそう言われると、今の自分たちの姿を俯瞰して想像してしまって、なんだか少しこそばゆくなる。 それが幸せなのだから、離す気など毛頭ないのだけれど。

    19 23/12/31(日)01:41:58 No.1140739886

    「背中からぎゅって包んでもらうのって、いいんだよね。 大切にされてるって実感できるから」 彼女にそう言われて、抱きしめる手に籠る力がいっそう強くなる。 彼女をどれだけ愛しているか、少しでも伝わってほしかった。

    20 23/12/31(日)01:42:19 No.1140739961

    寝間着姿の彼女と同じ布団に隣り合っていると、布団に入れた脚同士が少し触れ合うだけでも、少し疚しくてひどく楽しい遊びをしているような気分になる。窓の外を眺めながら、ふたりでひとつの温もりを共有するこの時間が、彼女とひとつになれたような気がして、ひどく好きだった。 「雪の夜って、こんなに静かなんだね」 雪が降る様を深々と言ったのは誰なのかは知らないけれど、これほどぴたりと合う言葉もないと思う。一切の音が雪に吸い込まれるのは、夜の薄明かりの中で白い花びらがただ降り積もる景色を楽しむためなのではないかと思えるほど、何度も見たはずのその光景を見る度に思う。

    21 23/12/31(日)01:43:12 No.1140740150

    「冬は好きだよ。夜が長いから」 「俺はちょっと憂鬱。寒いの苦手だからさ」 飽きるほど経験してきた寒さに今更新鮮な感想は返せないけれど、今だけはそれに感謝しなければならないかもしれない。 「ふふっ。そっか。 じゃあ、あっためてあげる」 彼女と温めあう理由になるなら、冬の寒さも嬉しいと思う。 抱きついてきた彼女を受け止めるように、一緒にベッドに倒れ込む。柔らかい布団の中で、彼女の温もりを全身で感じる。 そんな時間が幸せで仕方ないのは、外が寒いからに違いないのだから。

    22 23/12/31(日)01:43:33 No.1140740224

    一緒の布団に包まれるだけでは足りない。組み敷いて、抱きしめて、どこにも行けないようにしたくなる。どこにも行かないことはわかっているのに、そうするとなんだかひどく満たされたような気がするんだ。 きっと、そうしたいアタシをきみが受け止めてくれるから、こんなに嬉しいんだろうな。 「やっぱり、冬は嫌い?」 冬の寒さを喜ぶような無邪気さを、雪国育ちの彼に求めるのは酷かもしれない。けれど、アタシが好きなものを一緒に好きと言いたいという気持ちはどうしても抑えられない。 それに、どんなに飽きたと思っていても、故郷は故郷なのだから。そこを離れて久しいなら、なおさら。 「…ううん。 寒くて、雪が積もって、大変なはずなのにな。 なんでだろう。冬が来ないと少しさみしい」 「…そっか。 きみの心の中には、いつも雪国があるんだね」 ふるさとは遠くに在りて想うものと言った、誰かの言葉を思い出す。遠く離れるほどに色づく、彼の思い出を辿ってみたくて。 「本、読んでよ。きみの声、聴いてたい」 ああ。今日は本当に寒い。 だからもっと、きみを感じていたいんだ。

    23 23/12/31(日)01:44:18 No.1140740421

    『男は雪国育ちだったというのに、外に出るときはよく手袋を忘れた。或いは、雪国の生まれだからこそ寒さに頓着がなかったのかもしれない。 そんな彼を見かねて、女はよく二足分の手袋を持って来てやったし、彼がはにかみながらそれを受け取るのも当たり前のことになっていた。 そんな彼も今はきちんと手袋を嵌めるし、家に帰れば自分で湯を沸かす。そうしなければ手も身体も、冷えるに任せるままになってしまうからだった。 女はもう帰ってこないことを、男は理解していた。だが、雪が冷たいということを、彼は今まで本当の意味で知ることはなかった。 冬が来る度に失ったものの重さを思い出すことに、彼はどれだけ耐えられるだろう。 手袋を脱いで、彼は夢みるように真っ白な雪に手を伸ばした。 だが、どこにも受け止める指先はなかった。 きみの名をなぞりし雪に在りし日の温みを探して寒きを知れり』

    24 23/12/31(日)01:44:32 No.1140740477

    もっと強く、少し痛いくらいに抱きしめて、すりすりと頭を胸元に埋める。くすぐったそうに微笑む彼の声を聞いて顔を上げて、今度は彼とまっすぐに見つめ合いながら、おでことおでこをぴたりと合わせる。 ゆっくりと、アタシの指を彼の指と絡める。掌を合わせて、その熱を感じ取る。 一本一本の指のやわらかさが、まるで違う大きさの掌が生み出す暖かさが、少しでもふたりに染み渡るように。 呆れられるだろうか。 きみのことを感じるためなら、どんなことでもしてみたいと言ったら。 あの歌のように、離したりなんかしない。 ちゃんと、ここにある。ただそれを想っていたい。

    25 23/12/31(日)01:44:58 No.1140740615

    「外が寒いからかな。こうやってきみが一番近くにいてくれて、きみのぬくもりを全部感じてるって思ったら、それがすごく幸せなんだ。 きみに守ってもらってるような気がする」 白い静寂の中で、アタシときみの声だけが聞こえている。 寒くて少し心細い分、きみにたくさん甘えてみたい。 冬って、きっとそういう季節だ。 「…そうだな。一緒にいよう。冬になると、いろんなことを思い出すから。 だいたい、寂しい思い出だけど」 だから、きみも甘えていいよ。 きみにもアタシを感じていてほしいから。 「…うん、いいよ。 思い出させてくれるから。きみはあったかいんだって」

    26 23/12/31(日)01:45:30 No.1140740760

    もっときみに触れていたくて、脚でちょんときみをくすぐる。くすくすと笑うきみの仕草が愛おしくて、さっきよりももっと強く、包み込むように抱きしめる。 きみをいちばん困らせるのも、笑わせるのも、寂しがらせるのも、全部アタシがいい。 なんでもいいから、きみのいちばんをひとりじめしたい。 困ったね。全然理屈に合わないや。 でも、そんな不条理が、今はひどく心地いい。 さっききみが読んでくれた、さみしい歌を思い出す。きみの温かさが、心に染み渡るように。 ちゃんとここにいるよって、伝えるように。 さみしいってことは、きみの隣が空いてるってことだから。 さみしいときがいちばん、きみの心のそばにいてあげられるから。

    27 23/12/31(日)01:45:46 No.1140740825

    外がどれだけ寒くても、きみと一緒なら温かい。 だから、冬が好きだ。 きみの優しさを、温かさを、何よりも感じられる季節だから。

    28 23/12/31(日)01:46:26 [s] No.1140740976

    おわり 寒い日もシービーと一緒にいたいだけの人生だった fu2975842.txt

    29 23/12/31(日)01:49:23 No.1140741733

    はあ… シービー好き

    30 23/12/31(日)01:50:07 No.1140741934

    年末にとんでもない大作が来たな...

    31 23/12/31(日)01:50:32 No.1140742063

    シービーは絶対体温高い方 よくほっぺ触ってきたりする

    32 23/12/31(日)01:53:07 No.1140742638

    うぉ…すごい熱量…

    33 23/12/31(日)01:53:57 No.1140742822

    冬はくっつく理由を作るのにちょうどいい季節だからね

    34 23/12/31(日)01:59:49 No.1140743948

    トレーナーが朝ごはん作ろうとしてベッドから出ようとするとまだ寒いから一緒にいてよってシービーに抱きしめられてベッドに戻される日とかもあったりするんだよね 嬉しそうににこにこ笑うシービーを見て朝ごはんよりもおはようのキスでおくちを満たしてあげるんだよね でも起きた後もシービーは離れてくれなくて朝作ってる最中も背中にくっついてていいじゃん寒いんだからって嬉しそうに笑ってるんだよね

    35 23/12/31(日)02:04:08 No.1140744777

    良いもの見させてもらったわ…

    36 23/12/31(日)02:04:38 No.1140744899

    >きみをいちばん困らせるのも、笑わせるのも、寂しがらせるのも、全部アタシがいい。 >なんでもいいから、きみのいちばんをひとりじめしたい。 好きな人のことだとわがままになるのいいよね

    37 23/12/31(日)02:13:50 No.1140746498

    彼のぬくもりに包まれて、このまま眠ろうとしていたとき。ちゅ、と、頬にやわらかい感触が走る。 振り向けば、少し恥ずかしそうな彼の顔があった。 「…ごめん、嫌だった?」 アタシが何も言わないでいると、彼は少し不安そうに呟く。不意打ちのキスに少し驚いただけなのだけれど、アタシと違って彼が理由もなくそんなことをするとは思えなくて、少し考えてしまった。 しかしその理由は、思えばごくごく最近のことだった。 今朝起きたときに、アタシが彼の唇をいきなり奪ったことを思い出す。その意趣返しということなのだろう。 まだ不安そうなきみを見ていると、どうしようもなくそれが愛おしくて、めちゃくちゃにしたくて仕方なくなる。 ああ。 どうしてきみはこんなにかわいいんだろう。

    38 23/12/31(日)02:14:05 No.1140746530

    「え…!」 何も言わずに組み敷くようにぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと唇を近づける。彼の手の中にアタシの手を滑り込ませて、逃げることも抑えることもできないようにする。 全身で伝えてあげるんだ。今からきみは、アタシに食べられちゃうんだよって。 けれど、あと少しで唇が触れそうになって、彼が目を閉じたところで、アタシは顔を近づけるのを止めた。 呆気にとられた彼の顔を見て、つい笑い出してしまう。どうしてアタシが急に止まったのかわからないと言いたげな彼も、やっぱりとてもかわいいから。 「ふふっ、あははっ…! 嫌なわけないじゃん。嬉しかったよ?かっこよくてかわいいきみが見れてさ。 でも、ひとつだけ惜しかったかな」 いつもアタシを思ってくれている分、愛されることに身構えてしまうきみが好き。でも、やっぱり最後の一線は、きみに越えてほしい。

    39 23/12/31(日)02:14:15 No.1140746556

    「ちゃんと、ここにしてよ」 アタシを愛してくれるきみのことだって、同じくらいに好きだから。

    40 23/12/31(日)02:14:55 [s] No.1140746663

    おまけ シービーにかわいくいじめられたいだけの人生だった

    41 23/12/31(日)02:19:38 No.1140747388

    我慢できずに思い切りキスして舌に吸い付いてトレーナーをとろとろにしちゃう日もあってほしい

    42 23/12/31(日)02:22:52 No.1140747856

    いつもありがとう 今年は定期的に推しの怪文書が供給されておかげで退屈しなかったよ ちなみに年末まとめってありますか?

    43 23/12/31(日)02:23:27 No.1140747961

    一緒に入る?って言ってごく自然に一緒のお風呂で温まる日もあってほしい

    44 23/12/31(日)02:24:11 [s] No.1140748071

    >いつもありがとう >今年は定期的に推しの怪文書が供給されておかげで退屈しなかったよ >ちなみに年末まとめってありますか? 明日もう一本出すからそのときにまとめます

    45 23/12/31(日)02:32:04 No.1140749070

    こたつで寝ちゃったシービーをベッドまで運んであげるトレーナー ベッドに降ろして戻ろうとしたらぎゅっと抱きしめられてベッドに引っ張り込まれて起きてにこにこ笑うシービーと目が合うトレーナー

    46 23/12/31(日)02:38:14 No.1140749791

    >明日もう一本出すからそのときにまとめます まだあるの?ありがとうございます…

    47 23/12/31(日)02:43:59 No.1140750468

    やっぱりたまに手袋を忘れてきてほしい トレーナーに持ってきてもらうのもいいけどトレーナーのコートのポケットに一緒に手を入れてあったまったりしててもよい

    48 23/12/31(日)02:48:27 [sage] No.1140750944

    スレッドを立てた人によって削除されました 偽装シャンクスレdel

    49 23/12/31(日)02:58:03 No.1140752001

    外を走ってきて風の匂いがするシービーを出迎えたらぎゅーっと抱きつかれてキミはあったかいねって言われたりする

    50 23/12/31(日)04:52:26 No.1140760716

    冬にいちゃつくだけの話だけれど掘り下げが深く読み応えがあった 木の器もいいなぁ

    51 23/12/31(日)06:44:05 No.1140767762

    やはりCBは男トレーナーの名作ssが多くていい 原作からして男トレーナー想定だからだろうか