23/12/14(木)17:09:02 エレ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1702541342673.jpg 23/12/14(木)17:09:02 No.1134796464
エレベーターが止まり、ドアが開くと、湿った生あたたかい風が吹き込んできた。 天井の高い、広い広いフロア。そこを埋めつくして、透明なアクリルの水槽と、無数の白いパイプがどこまでも、どこまでも並んでいる。 「ほおー……」 思わず、声がもれる。ランバージェーンがさも自慢げに、手をさっと振ってみせた。 「ようこそ、司令官。できたてほやほやの地下水耕農場、アクアランドファームへ」
1 23/12/14(木)17:09:20 No.1134796540
島のほとんどを氷河に覆われた姿からはちょっと意外に思えるが、スヴァールバル諸島は地熱が豊富だ。火山こそないものの、島の北西部には天然の温泉が湧いているし、島内のあちこちには旧時代の地熱発電所も残っている。 ここにしばらく腰を据えると決めたとき、俺たちは当然、この地熱を何かに利用しようと考えた。そして出てきた案が、温泉と、発電所と、地下農園だ。 温泉案はその後発展に発展を重ねて、アクアランドとして先日めでたく落成した。発電所は旧時代のものを手直しして、そのまま使わせてもらうことにした。そして農園案から生まれたのが、アクアランドの地下深くに広がるこの水耕農場というわけだ。 「もー、大変だったんだから! 私は現場作業員だって言ってるのに、半月も地下で工程管理やらされてさ。しかもフェアリーシリーズの連中ってば、物腰は丁寧なのに注文は細かいわ、絶対ゆずらないわ……」
2 23/12/14(木)17:09:50 No.1134796656
「ははは……ご苦労様」俺は苦笑いするしかなかった。技術班の上の方がみんな天才肌というか、趣味人気質の人々ばかりのせいで、ジェーンに苦労が集中しているのは聞いている。「忙しいのに案内までさせちゃって、すまないな」 「逆よ、逆! こんなに苦労したんだもの、エスコート役くらいもらわないと割に合わないわ」ジェーンは俺の腕をぎゅっと抱きかかえ、ニッと笑った。「で、どう?」 「うん、すごいな。でもこれは、農場っていうより……」 水耕農場というもののことはよく知らないが、もうちょっと何かしら畑っぽいものを想像していた。ここには土もなければ緑もない。まぶしいくらいに明るい照明が、清潔な水槽とパイプを照らしているだけだ。 「工場みたいよね」 ジェーンが俺の感想を先取りした。「私も同感。植物工場なんて呼び方もあるらしいわ。種苗エリアに行ってみない?」
3 23/12/14(木)17:10:06 No.1134796721
「ヘイ、ドリアードいる? 司令官がきたわよ」 「ご主人様! ようこそお越し下さいました」 中央のテーブルで何やら作業をしていたドリアードが、ぱっと笑顔になって出迎えてくれた。 そこは実験室のような感じの部屋だった。一方の壁がぜんぶ大きな棚になっており、平たいバットがずらりと置いてある。バットの中には小さい緑の双葉が何百も、整然と並んでいた。 「キャベツの芽です。もう少し大きくなったら、外の栽培ユニットへ移します」 「これ、全部がキャベツ?」 「下の段はレタス、こちらはセロリとほうれん草です」ドリアードが指さして教えてくれるが、ぜんぜん区別がつかない。キャベツの芽って芽キャベツじゃなかったのか。 「地下一階は葉物野菜フロアなのよ」ジェーンも横から言った。「ここがいちばん遅れてるけど、下の階はどこももう動いてるわ。見に行くでしょ?」 「ああ、たのむ」
4 23/12/14(木)17:10:24 No.1134796821
地下二階も同じような作りだったが、こちらの水槽には分厚いスポンジの土台が敷かれたうえに、すでに植物がぎっしりと生い茂っていた。中には小さな実をつけ始めているのもある。 「これはトマトで、あっちがナス?」 「正解です」ドリアードが嬉しそうに笑う。「あと一月ほどで、もぎたてを召し上がっていただける予定です」 「ソワンも喜ぶだろうな。土がなくても、こんなに立派に育つんだなあ」 「この水に必要な栄養素がぜんぶ入ってるのよ。あとは光と、温度・湿度管理ね」ジェーンが自慢げに透明な水槽を叩いた。「虫も病原菌もいないから農薬だっていらないし、収穫も全部オートメーション。未来の農業って感じよね」 「フェアリーシリーズとしては、複雑な気分でもあります」水槽の中で揺れるトマトの根を眺めて、ドリアードはしみじみとした顔になる。「大地に根をはり、太陽の恵みを受けてこその作物、という気持ちがどうしても」
5 23/12/14(木)17:10:39 No.1134796880
「いいじゃないの、汚れないしラクだし、何より虫がいないし」ジェーンは肩をすくめた。「古いやり方にこだわるのって、アナクロだわ」 「微量栄養素や光の周波数が偏るために、成分が微妙に異なるというデータもあるんです。新しい技術はもちろん大切ですが、軽々に乗り換えていいということには」 「この島に農業できる場所なんてないでしょ? まずは収量、そしてコスト。地上の畑なんて今はぜいたく品なのよ」 「まった、まった。喧嘩はなしで頼むよ」 俺ごしに言い合いをはじめた二人を、俺は苦笑いしながら止めた。なにか他の話題をさがしてあたりを見回すと、外周の壁際に何か大きな建造物が貼りついているのが目に入る。 「あの壁際の建物は何? 上のフロアにはなかったよな」 ジェーンが顔を上げ、「ああ、あれは地下トンネルの入口。オルカのいるドックまで直通で、リニアも走ってるわ」 「おお! 秘密の連絡通路とか、そういうのワクワクするよな」 「男の人って、ホントそういうの好きよね」さっきまでにらみ合っていた二人が、呆れたように顔を見合わせて笑った。
6 23/12/14(木)17:10:53 No.1134796942
もう一階下りると、そこは色々な豆を育てているフロアだった。その下は根菜。さらにその下は果物。そしてそのまた下のフロアには、青々とした田んぼが広がっていた。 「本当にすごいな。ここから出なくても一生食べていけるんじゃないか」稲の青いにおいをかいだのも久しぶりで、俺はふかぶかと深呼吸した。ドリアードはまだ細く柔らかい葉を、確かめるようにやさしく撫でている。 「オルカの食料自給率もちょっとは改善するかな」 「自給率ですか?」 オルカで消費する食糧や生活物資は、一部の海産物や、上陸先で見つけた分などを除いて、すべて外部拠点から送ってもらったものだ。世界中の外部拠点がオルカのために生産したものを、オルカが消費し続ける。そういう関係がずっと続いている。 そういう役割分担だからと言えばそれまでだが、なんとなく引け目というか、借りのようなものを俺はずっと感じていた。オープンしたばかりのアクアランドには、外部拠点の隊員たちも順番に招いて楽しんでもらう予定だ。この農園によって、彼らの負担を少しでも減らせるなら、それに越したことはない。
7 23/12/14(木)17:11:11 No.1134797035
「ご主人様が、そのようなことをお気になさっているとは存じませんでしたが……」しかしドリアードは、ちょっと困ったような顔で首をかしげて言った。 「ここの農園の産物だけで自給できるのは、多めに見積もってもバイオロイド三十人くらいですよ」 「三十人」 思ったよりだいぶ少ないので、俺は驚いた。オルカの乗員の、せめて半分くらいは養えると思っていたのに。 「農業って大変なんだな……」 「司令官のお世話をしつつ、司令部機能を維持できる最低限の人数だそうよ。ここを閉鎖シェルター化する時にそなえて、設計の一番はじめに計算したわ」 ジェーンの言葉に、俺は天井を見上げた。太いフレームが無数に組み合わさった、強固な構造がむき出しになっている。この地下農場はただの農場ではなく、いざという時の防空シェルターでもある。レモネードとの戦争を見越して、そういう風に造ったのだ。一時的にであればオルカと箱舟、アクアランドの全人員を収容できるはずだが……一時的でない使用法まで考えられていたとは知らなかった。おそらく、秘書室や参謀達の配慮なのだろうが。
8 23/12/14(木)17:11:26 No.1134797094
「……ここをそんな風に使う時は、来てほしくないな」 俺はつぶやいて、両隣の二人の手をにぎった。二人ともちょっと驚いた顔をしたが、笑顔でにぎり返してくれた。 「あれ、土がある?」 最下層はそれまでのフロアと様子が違っていた。水槽もパイプもなく、自然光に近い照明の下、ふつうの畑のように土の地面が広がっている。そこへりっぱな木が何本も生い茂り、向こうも見通せないくらいだ。 「試験的に、人工土壌を使っているんです。効率は落ちますが、木本はまだどうしてもこの形でないと……」 「ここだけ、定期的にエルフの連中に来てもらわないといけないのよね」ジェーンがちょっと唇をとがらせた。「まあ、あそこの上の二人はホントにすごいし、別に噛みついてこないからいいんだけど」 柔らかい土を踏んで、木々の間を進んでいく。案内してくれるドリアードの声は心なしかはずんでいる。 「ここから向こうがリンゴの木、あちらがオレンジの木。反対側はブドウ畑です」
9 23/12/14(木)17:11:36 No.1134797136
「それはもう! ここがシェルターになった時には、セラピーエリアとしても役立つんですよ」 「だから、そういう使い方はしたくないって……」 ふいに木立が途切れて、開けた場所に出た。ほかと同様に土はあるが、何も植わっていないのだ。 「ここは?」 「実はここだけ、まだ何を植えるか決まっていないんです」ドリアードがちょっと恥ずかしそうに言った。「栄養配分の効率なんかを考えて、樹木の配置と面積を決めているんですが、ちょうど半端に土地があまってしまって」 空き地の端から端までを見渡す。この農場は地上のアクアランド同様、おおまかな円形をしており、ピザのように放射状に区画分けされているのだが、そのピザの小さめの一切れ分くらいが、ぽっかりと空いている。 「これだけの広さがあれば、なんでもできそうだけど」 「はい、それでよけい決めかねてしまいまして。よろしかったら、ご主人様が決めていただけませんか」 「俺が?」
10 23/12/14(木)17:12:07 No.1134797290
長くなったので続き fu2908710.txt 最近何を書いても長くなっちゃってすまない…
11 23/12/14(木)17:21:26 No.1134799909
乙 いいんだ…物事は風呂敷を畳もうとしたらなんやかんや膨れ上がっちゃうものなんだ…
12 23/12/14(木)17:21:56 No.1134800063
いつも通りの読み応えたすかる… いや本当に毎度楽しく読ませて頂いてます
13 23/12/14(木)17:23:33 No.1134800552
毎度読み応えがあってありがたい… 人力で回すアレを回す羽目になったあるびしゅ見てみてェ~
14 23/12/14(木)17:25:21 No.1134801046
温かい言葉をありがとう… まとめ fu2908711.txt マイオルカ放送までに間に合ってよかった
15 23/12/14(木)17:27:20 No.1134801645
むっ
16 23/12/14(木)17:29:48 No.1134802465
怪文書はいくら長くなっても良いとされる
17 23/12/14(木)17:31:19 No.1134802900
渋のラストオリジンタグで小説を検索すると500本くらい出てくるけど うち200本を一人の韓国人が書いてて 70本を一人の日本人が書いてるのまあまあの狂気だと思う
18 23/12/14(木)17:35:47 No.1134804163
フェアリーシリーズは花茶とかハーブティーとか凝りそうである
19 23/12/14(木)17:36:36 No.1134804382
>渋のラストオリジンタグで小説を検索すると500本くらい出てくるけど >うち200本を一人の韓国人が書いてて >70本を一人の日本人が書いてるのまあまあの狂気だと思う 情熱がすごい…
20 23/12/14(木)17:48:59 No.1134807769
>フェアリーシリーズは花茶とかハーブティーとか凝りそうである オルカのフェアリーシリーズは完全に医療担当みたいになってるから スヴァールバルで久々に農業できてテンション上がってそう
21 23/12/14(木)18:06:09 No.1134812440
>>渋のラストオリジンタグで小説を検索すると500本くらい出てくるけど >>うち200本を一人の韓国人が書いてて >>70本を一人の日本人が書いてるのまあまあの狂気だと思う >情熱がすごい… 俺も書いてるけどそんな本数書けない、本当に尊敬してるわ作者氏のこと
22 23/12/14(木)18:41:02 No.1134823250
アーコロジー作ってるのか……すごいな
23 23/12/14(木)18:43:07 No.1134823964
いつもありがとう… 私は主のAGS話がまた見てみたいね