23/10/27(金)17:08:05 イン... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1698394085395.jpg 23/10/27(金)17:08:05 No.1117241874
インジケータがまた一つ赤くなった。ココ・マーキュリーは機械的に手をのばしてアラーム音を切った。ことここに至ってはアラームなど、うるさいだけで何の意味もない。 暑い。狭いコクピットの中はまるでサウナだ。汗がとめどなく噴き出し、そして斜め下への強烈なGで流れ落ちていく。 外部カメラはすべてシャットダウンされ、下がり続ける高度計の数字と、上がり続ける温度計の数字、そして骨にひびく振動だけが外の様子を教えてくれる。 現在、地中海上空5万5千メートル。 唇まで垂れてきた汗をプッと吹き飛ばし、ぎゅっと一度目をつぶってから、ココはふたたびバリアの焦点と出力の微調整に集中した。
1 23/10/27(金)17:08:32 No.1117242007
――1時間前―― 〈あっ痛う……〉 「大丈夫!? ユサールお姉ちゃん!」 火花と煙を噴き出す、いびつに歪んだ鉄虫の群れ。もう動くこともなく、慣性のまま回転してゆっくり遠ざかっていこうとするそれらをワイヤーでひとまとめにくくってから、ココはホワイトシェルの補助スラスターを噴かしてユサールの方へ移動した。 〈ケガは大したことないけどな。これ……〉 銀白色のボディスーツの脇腹に空いた穴はすでに気密テープでふさがれている。しかし、まわりに漂っている無数の凍った血のかけらが、テープの下の傷が決して浅くないことを告げていた。そしてなお悪いことに、背中の大きなケースにも弾丸が食い込んで亀裂が入っている。ユサールモデルの専用装備、簡易大気圏突入ユニットだ。 〈データ吸い出し終わったぜ。ざっと見ただけだと、変なログはないみたいだ〉
2 23/10/27(金)17:08:45 No.1117242062
スパトイアの声にココは顔を上げた。間近で見る偵察衛星BLSAR-27は、ここまでの戦闘でパネルやアンテナのほとんどがちぎれ飛び、ぼろぼろの小型トラックが逆さまに浮いているように見える。そのトラックの運転席のあたりを蹴って、大きなタキオンランスを手にスパトイアがこちらへ接近してくる。 〈エイダーにも送った。あと、衛星はもう完全にダメ。復旧は無理そうだ……っと〉 ユサールの背中を見て、スパトイアもヘルメットごしに顔をしかめた。その意味するところをすぐに理解したのだ。 大気圏再突入の際にはホワイトシェルがスパトイアとスティンガーを引き受け、ユサールだけは自前のユニットで単独帰還する計画になっていた。だが、これでは単機突入は不可能だ。 〈置いてってもらってもええよ〉 〈バカ言うな〉スパトイアが即答し、ココもうなずいた。 〈データの解析が終わりました〉小さな電子音とともに、ホワイトシェルのキャノピーの隅に小さなエイダーの顔が現れた。〈半径800km以内に鉄虫の反応なし。最も近傍の衛星は三安の「アナシスXIV」ですが、物理的・電子的に接触があった痕跡はありません〉
3 23/10/27(金)17:09:36 No.1117242314
「つまり?」 〈今回のことは偶発的な事象であり、鉄虫に感染した衛星はその一基だけと考えていいと結論します〉 〈決まりだな。こいつぶっ壊して、後片付けして帰ろうぜ〉言いながらスパトイアは、さきほどココが縛り上げた鉄虫の残骸をロボットアームで蹴り飛ばした。眼下……ココの主観的には左手方向にかがやく地球へと、ゆっくりと落下をたどり始めた残骸をしばし目で追ってから、ココはひとつ深呼吸をした。 「スティンガー、スパトイアさん、衛星を破壊して大気圏へ落として下さい。それから、帰還フェーズの手順を変更。ホワイトシェルで全機を抱えて再突入します。エイダーさん、軌道計算のやり直しお願いできますか」 〈了解〉 軌道上のエイダー本体から直接送られてくる音声は、こころなしか地上で聞くよりクリアに聞こえた。
4 23/10/27(金)17:10:09 No.1117242478
―――― 「アブレータ三層め、パージ」 ドシン、と小さな衝撃がコクピットに走る。 断熱圧縮により超高温となりプラズマ化した大気は、強い磁場をかければ操作できる。これを利用して断熱と減速を同時に行うのが電磁エアロブレーキングであり、ホワイトシェルの電磁バリアの出力ならば理論上単独での大気圏突入が可能だ。ただし、あくまで理論でしかなく、実際に試したのはおそらくココ・マーキュリー402が初めてだろう。 機体には戦闘のダメージが残っているし、予定外の重量を抱えてもいる。念のため積んできた断熱材もたったいま使いきった。「理論は完璧に。しかし何事も理論通りにはいかない」宇宙でのミッションで最初に心得るべき鉄則の一つだ。 ホワイトシェルは現在、体をまるめて背中から落ちる姿勢で大気圏に突入している。暑さとGは耐えがたいほどだが、コクピットにいる自分はこれでもましな方で、ホワイトシェルの腹の上に伏せているだけのスパトイアとユサールはもっと苛酷だ。スティンガーが冷却ジェルを絶え間なく吹きつけているが、それでも危険なレベルの高温のはずだ。
5 23/10/27(金)17:10:20 No.1117242531
〈ユサール、もっと真ん中寄れよ〉接触回線ごしに、ノイズ混じりのスパトイアの声が聞こえる。 〈いやだって悪いやろ、元はといえばうちのせいで……〉 「ユサールお姉ちゃん、誰のせいとかじゃないです」ココは声を張り上げた。「スパトイアさんのロボットスーツの方が耐熱性能が高いんです。それにユサールお姉ちゃんのスーツは破損してるでしょ。一番熱の少ないところにいなきゃ駄目です」 〈同意します〉冷却ジェルを噴きつつ、ホワイトシェルと連結して重心移動と姿勢制御を担当していたスティンガーも言った。〈本ミッションでは全員の生還が高い優先度で義務づけられています〉 〈……ごめんなあ〉ユサールが移動してくれたらしい。重量バランスが微妙に変化したのを、スティンガーのスラスター制御で補正する。
6 23/10/27(金)17:11:15 No.1117242756
〈一番キツいとこはあと何分かだ。踏ん張ろうぜ!〉 大気摩擦によるものとは違う、こもったような微かな振動がコクピットに響いてきた。たぶん、スパトイアがユサールの背中をバシバシ叩いているのだろう。 〈怪我人、叩くなや〉弱々しいユサールの声は、それでも笑っているのがわかった。
7 23/10/27(金)17:11:40 No.1117242868
――4時間前―― 空が黒い。 地上の空は眼下にほの青い光を満たし、ココ達を押し上げるように下から照らしている。そして上を見れば天は黒く、星をちりばめた吸い込まれそうな闇がどこまでも広がっていた。 〈宇宙、来れたなあ〉 〈ホントやなあ〉 スパトイアとユサールが、ぽつりと小さくつぶやくのを、ココは接触回線ごしに聞いていた。 地上190km。厳密にはここは電離層の中ほど、大気圏の上層部であって宇宙空間ではない。だがこの浮遊感、この無音、この希薄な空気。何よりこのあたりはすでに、低軌道衛星の限界高度をこえている。この高度での作戦は、立派な宇宙ミッションと言える。 言葉にはしなかったが、ココも二人に同感だった。いやむしろ、感激のあまりに言葉が出なかったのだ。 ついに来た。ここで働くために自分は生まれた。その入り口に、ようやく、とうとう、立てたのだ。
8 23/10/27(金)17:11:56 No.1117242936
〈目標補足。座標を共有します〉 スティンガーの無機質な声に、三人は我に返った。キャノピーに映る光景に、小さな矢印がインサートされている。映像ではまだ豆粒のように小さな光点でしかないが、あれが目的地、ブラックリバーの軍事偵察衛星BLSAR-27だ。 「接近します。しっかりつかまって下さい」 増設プロペラントタンクに残されたわずかな燃料を使い切って加速をかけてから、タンクを捨てる。モジュールにしまわれたまま一度も使ったことのなかった微小重力空間での移動感覚が、ちゃんと指先まで行き渡っているのを新鮮な満足感とともに確認する。豆粒ほどだった光点が、ぐんぐん大きくなってきた。 〈なあなあ〉ホワイトシェルの左肩につかまっているユサールがふいに言った。 〈ココって、スチールラインの隊長さんと仲ええん? 打ち上げ前、ずいぶん色々話しとったやんな〉 〈あれ、言ってなかったっけ〉ココが答えるより前に、右肩からスパトイアが口を挟んだ。〈ココは昔、マリー隊長直属の部下だったんだぜ〉 〈そうなん!?〉
9 23/10/27(金)17:12:09 No.1117242997
〈第1部隊第1スクワッド、隊長に常に随伴する精鋭部隊だ。なーココ〉 「やめてください、スパトイアさん」ココは照れ笑いをする。「司令官がいらっしゃる前、レジスタンスが今よりずっと小さかった頃の話です。それに精鋭っていうか、マリー隊長の護衛が役目でしたから」 マリー隊長、不屈のマリー4号機は自らの身を砲火にさらすことを厭わない人だ。高潔な人格ではあるが、将校としては……とりわけ指揮をとれる者が数えるほどしかいない零細軍隊においては、致命的な問題点でもあった。放っておくと一人でずんずん死地に飛び込んでいってしまう彼女の身を守るために、常に付き従う専属の護衛部隊が編成された。ココもその一人だったのだ。 〈へー! すごいわあ〉 司令官が来てからレジスタンスはみるみる大きくなり、それにつれて組織も再編成された。今のマリーにはスチールライン生え抜きの立派な親衛隊がついており、かつての第1スクワッドは存在しない。しかし今でも、ホワイトシェルのボディにはかつてマリーを守ってついた傷がいくつも残っているし、それはココの大事な誇りだ。
10 23/10/27(金)17:12:45 No.1117243145
「えへへ。あ、ほら見えてきましたよ!」 肉眼でも形状がわかるくらいまで近づいてきた衛星を画面内で拡大する。なんだか逆さまにした小型トラックに、無数のアンテナやパネルを盛りつけたような形だ。事前に入手しておいた設計図と照合すると、ほとんどの箇所は一致するものの、明らかに損傷や経年劣化とは違う形状のゆがみがいくつかあった。最大望遠をかければ、黒っぽい生物めいた組織があちこちに食い込んでいるのがこの距離でも見てとれる。 BLSAR-27はブラックリバーの軍事衛星の中でも大型の部類で、中枢部にはA級AGSに相当する情報処理系を備えている。したがって当然、鉄虫の寄生床にもなりうる。 太陽電池パネルの付け根のあたりになかば埋まった赤い球体が、ぴくりと動いた。あたかも、こちらの接近に気づいてぎろりと目を向けた、とでもいうように。 「宇宙戦闘、用意です!」 ココの声と同時に、スパトイア、ユサール、スティンガーがぱっと上下左右に散った。
11 23/10/27(金)17:13:07 No.1117243245
今までで一番長くなったので続き fu2726913.txt
12 23/10/27(金)17:15:58 No.1117244014
力作が来たな…
13 23/10/27(金)17:18:21 No.1117244628
1章に出てきたココちゃん第1部隊第1分隊所属の精鋭なんですよ あのココちゃんの話を書きたいと前からずっと思ってたので長くなった まとめ fu2726914.txt
14 23/10/27(金)17:21:26 No.1117245464
ココちゃんの話とは良いな
15 23/10/27(金)17:30:55 No.1117248048
急に大作が来た 本編もいつか宇宙行くのかなぁ
16 23/10/27(金)17:34:12 No.1117248988
力作過ぎる…
17 23/10/27(金)17:36:34 No.1117249689
スティンガーくんいいよね
18 23/10/27(金)17:41:21 No.1117251058
ありがたや……生産速度尊敬してるぜ……
19 23/10/27(金)18:01:09 No.1117256795
電磁バリアの設定とかよく書けるなあ…そういうとこ固めてくれるからリアル感がすごい
20 23/10/27(金)18:03:19 No.1117257475
>電磁バリアの設定とかよく書けるなあ…そういうとこ固めてくれるからリアル感がすごい ありがとうちょっと勉強したの なお電磁エアロブレーキングは実際に研究中の技術だそうです
21 23/10/27(金)18:13:14 No.1117260289
作戦までの経緯を遡る時系列で回想して挟んでるのは、落下になぞらえたのかな そこの仕掛けがよかった
22 23/10/27(金)18:35:41 No.1117267330
コオロギ味のビスケットかあ…