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23/10/09(月)00:28:07 No.1110523141
降り注ぐ日差しが少しだけ柔らかく傾いて、夏から秋への移ろいを感じるようになったころ。南向きの窓から入ってくる風にも少し肌寒さを感じるようになると、同じ毛布にくるまって隣にぴったりとくっついてくる温もりが一層恋しくなって、彼女らしく奔放なのに艷やかな髪をゆっくりと撫でる。 「あ…ふふっ」 指が通ってゆく感触に驚いたように少しだけ耳を立てた彼女が擽ったそうに笑う。引き寄せるように撫でた掌に身を任せるように、その頭をこちらの胸元に預けてくる仕草が、可愛らしくて仕方ない。 「寂しがりやなんだね、意外と」 「俺のこと置いてどこかに行っちゃうからだよ」 穏やかな日差しと涼しい風に吹かれながら、微睡みの中で休日の昼下がりを過ごしていたときに、毛布の中にもぐり込んできた彼女の少し冷えた身体で目が覚めたのが、ついさっきのことだった。 風とともに優しく頬を撫でる指に起こされると、秋の空気の匂いを引き連れてきた彼女の悪戯っぽい笑顔が目の前にある。目を覚ますと彼女がそばにいてくれたことが何よりも嬉しくて、ついそのまま抱き寄せてしまったあとでは、寂しんぼと揶揄われても言い返す言葉は出てこない。
1 23/10/09(月)00:28:26 No.1110523281
彼女のそばに居場所をもらってから、季節が移ろうのも何度目かわからない。互いに想いを確かめあって、こんなふうにお互いの温もりを感じながら一緒の床につくのだって幾度となくしてきたことなのに、この腕の中が彼女の帰る場所であり続けていることが、今でも嬉しくて仕方ない。 「家にいると外に行きたくなるんだもん。 でも、ずっと外にいると、家の温もりが恋しくなるんだ。そしたらさ、きみが寝てた。 だからさ、あっためてよ」 そんな言葉にどう答えようと思っても照れ臭さが勝ってしまって、結局は照れ隠しのように彼女を抱き寄せた。 彼女と一緒にいられることが、何よりも嬉しい。それを伝える言葉さえ失くして、彼女が求めてくれた温もりを伝えるために、彼女の背に手を回してゆっくりと撫でた。 そんな子供のような照れ隠しすら愛おしむように、彼女はもう一度くすくすと微笑んで、胸板の上にぽすりと頭を預けてくれた。
2 23/10/09(月)00:28:41 No.1110523362
「きみの音がするね」 もっと聴きたいと言うかのようにしがみつかれて、彼女の匂いと柔らかさをいっそう強く感じる。そんな彼女が愛おしくて仕方なくなって、勝手に心臓が早鐘を打つ。 「あ…ふふ。 ちょっと早くなった」 結局隠すことなんてできずに、正直な心臓は自分がどれだけ彼女を愛しているかを偽りなく語ってしまう。 「きみの胸に訊いちゃおう。 アタシのこと、ちゃんとあっためてくれる?」 拒む理由なんてない質問に、心臓はさっきよりも雄弁に答えた。それを聴いて満足したような彼女の柔らかい肢体に包み込まれて、彼女に愛を捧げることが、その日の仕事になった。
3 23/10/09(月)00:29:15 No.1110523554
「ん…」 彼女の温もりと心地いい重みで布団の中に縫い付けられて、もう一度心地いい眠気が襲ってくる。こちらの腕を枕にして船を漕ぐ彼女も、それは同じだった。 「…寝ちゃう前に訊いておかなきゃ。 夜、何にするか決めてる?」 彼女の声は眠りに誘うように気怠げなものだったけれど、その中身で少しだけ現実に立ち返ることになった。 「ごめん。まだ」 まだ夜には時間があると思っていたけれど、このまま眠ってしまえば夕方まではあっという間だろう。少し考えてみても、まだ半分眠気に浸っている頭から答えは出てこない。 正直に降参を告げると、彼女はむしろちょうどよかったと言うようににこりと微笑んで、その唇を耳元に寄せた。 「じゃあさ。ひとつおねがいしてもいい? …お酒、呑んでみたいんだ」
4 23/10/09(月)00:29:42 No.1110523696
小さく囁かれたその提案の内容もさることながら、彼女がまだ酒を呑んだことがなかったことにも驚いた。確かに今年、彼女はお酒を呑める歳になったのだけれど、その記念に一緒に酒を呑もうとは少し気恥ずかしくて言い出せなかったし、それから半年も経っていれば、友人たちと、あるいは一人旅のどこかで、酒の一杯は嗜んでいるものとばかり思っていた。 「エースとかと呑んだりしてなかったのか?」 素朴な疑問を口にしたつもりだったが、彼女はひどく愉快そうに思い出し笑いをした。 「あはは!それがさ、お酒呑んでみたらしいんだけど、ペースわかんなくてすぐ真っ赤になっちゃったんだって。エースと呑めたら楽しいだろうなって思ってたけど、しばらくはお預けかな。アタシも呑み方とか、まだわかんないし」
5 23/10/09(月)00:29:53 No.1110523755
そんなふうにころころと楽しそうに笑う彼女が、目を細めてこちらをじっと見つめてくる。 あどけない少女の顔が、瞬きするうちに大人の女の顔に変わる。そのどちらも似合う彼女に、唐突にそういう表情で見つめられると、心の奥のやわらかい部分を指先で優しく押されるような、ひどくどきどきして切ない気持ちになる。 「それにさ。 大人になるときは、きみと一緒がいいって決めてたんだ。ずっと前から」 もうぐずぐずになった心を蕩かしてしまうように、そんな言葉が微笑みと一緒に流れ込んでくる。きっと彼女の掌で撫でられる胸の奥にある心臓は、また彼女に夢中になっていることを隠しもせずに伝えてしまうのだろう。 今度はつんつんと胸を優しくつつきながら、いつ誘ってくれるかなって待ってたのに、と頬を膨らませる彼女を、もう一度抱きしめる。もうすっかり彼女の虜になってしまった今となっては、これが精一杯だった。 「誘う勇気がなくって。ごめんな」 「いいよ。その代わり、たくさん教えてね。 お酒のことも、きみのことも」
6 23/10/09(月)00:30:05 No.1110523831
「店、どこにしようか」 彼女が気に入りそうな店を頭の中で探すように、あるいはもう既に目星を付けているかもしれない彼女に問うように、そう口にする。すると彼女はゆっくりと首を横に振って、もっとここにいたいと言うように、ぴったりと身体を預けた。 「ううん。 ここがいいな。ここが一番好きだから」 この家には、想い出が数え切れないほど詰まっている。彼女にとっても、自分にとっても。 きっと今夜は長くなるだろう。なら、いつまでも楽しんでいられるここがいい。 「…じゃあ、起きたら買い物行こう」 「うん。 …楽しみにしてるね」 積み重ねた時間をゆっくりと酒に融かして、ふたりでずっと味わっていたいから。
7 23/10/09(月)00:30:32 No.1110524016
「~♪」 「あんまり買いすぎるなよ?」 「だって、きみと初めて呑むんだもの。なくなっちゃっておしまいなんて、アタシはやだ」 スキップをしながら流れるように目ぼしいものを買い物籠に入れていく彼女を見ていると、人も疎らな夜のスーパーがなんだかひどく楽しい場所のように思えてくる。 「これもビールなんだよね。 買っちゃお。瓶がお洒落で好きだな」 手に取った瓶をふりふりと少しだけ振ってみせる彼女の仕草が可愛らしくて、そう思ってしまうだけかもしれないけれど。 「知ってる?これ」 「うん。クラフトビールだな。 香りがいいから、たまに買って呑んでるよ」 そんな言葉に後押しされるように笑いながら、彼女はその瓶をまた籠に入れた。
8 23/10/09(月)00:30:47 No.1110524110
初めては彼女が楽しいと思えるものにしたいから、酒は彼女の好きに選んでもらうことにした。その代わりをするように、ジュースや炭酸水を籠に入れていく。 「俺の家に寄ろうか」 「ん?」 聞き返すように首を傾げた彼女を見遣るころにはすっかり自分も楽しくなっていて、必要以上に饒舌になってしまっていた。 「買ったまま開けてない酒があるんだ。いいやつだからいつ呑もうかって思ってたけど、今ならちょうどいいな」 寝かせた想い出を彼女と一緒に味わうことを思って、大人らしくしていなければいけないのにいつの間にかはしゃいでしまっている自分がいることは自覚していたけれど、それをやめようとは思わなかった。 「いいね。 じゃあ、これも買っちゃお」 「惣菜はいいのか?」 「きみのが食べたいの」 彼女と同じ時間を過ごして、彼女に求められる幸せを誤魔化すくらいなら、少しくらい行儀の悪いほうがずっといい。
9 23/10/09(月)00:31:17 No.1110524314
「「乾杯」」 静かな部屋の中に響いた声は、示し合わせたわけでもないのにぴったりと息が合った。物音も喧騒もなく好きなように寛いで、彼女との時間に没頭できるのは、やはりここが家だからだろうと実感する。 呑みやすいものを勧めたのだが、初めては自分と同じ酒がいいと可愛らしいことを言ってくれる彼女に根負けして、手元のグラスと同じようにジンを少しだけ注いだ。何かで割ろうか、と言ったのだが、はじめの一口はそのまま呑んでみたいと言う彼女に言われるがままに、自分の分を呑むのも忘れて、彼女がゆっくりとグラスを口につけて、嘗めるように初めての酒をそっと味わう姿を見守っていた。 「ちょっと苦いね。喉が熱い感じ」 「はは、やっぱりそうか」 初めてにストレートはきつかろうという予想は案の定当たり、彼女は舌を出して少し苦笑いをしていた。けれどそれも彼女にとっては愉快なことだったようで、くすくすと笑ってグラスを揺らす姿に、気を悪くした訳ではないのだと安心する。
10 23/10/09(月)00:31:51 No.1110524490
「ちょっと貸して」 楽しそうにグラスで戯れる彼女には悪いけれど、同じものをもう一度呑むのは厳しいだろうと思って、酒が残ったままのグラスを手に取る。 グラスの底に残っているジンを目分量で定めて、先程買ったグレープフルーツジュースを注ぎ足す。バースプーンなどないからコーヒーのマドラーでステアするという何とも恰好のつかないことになってしまったのだけれど、それでも彼女はじっと、興味深そうに目を輝かせながら見守ってくれた。 掻き混ぜ終わったグラスの縁に少しだけ塩をまぶして、彼女にもう一度手渡す。
11 23/10/09(月)00:32:06 No.1110524560
「飲める?」 材料も微妙に違えば作り手も素人の、カクテルと呼ぶには烏滸がましいそれを、彼女は大切そうに手に取って、もう一度ゆっくりと呑んだ。 「…うん。すごく飲みやすくなった。 いいね、今の。玄人って感じする」 彼女の整った顔が綻んで、美味しいと言う言葉を聞けるなら、そんなものでも作ってよかったと思える。残りもすっかり呑み干した彼女は、今度は嬉しそうに微笑んでいた。 「また作ってよ。どんなのがあるの?」 「いっぱいあるよ。素人だから期待はしないで」 「言ったじゃん。きみが作ってくれるから嬉しいんだよ」 少し頬を膨らませたかと思えば、そんな言葉に照れる顔を見て、今度は揶揄うようにくすくすと笑う彼女から、また目が離せなくなっていた。
12 23/10/09(月)00:32:19 No.1110524630
「ビール買ったよな、確か。 胡椒とニンニクいっぱいにしよう。俺も呑みたい」 「ふふ。やった」 彼女に請われるままに、味見のように一口分だけカクテルを作って呑むということを繰り返しているうちに、お互いに丁度良く酒が回ってきたらしい。いつもより愉快な気分になって、向かい合っていた筈の彼女といつの間にか隣り合って、思い出話に浸りながらちびちびと酒を啜っていた。 ずっとこのままでもいいと思えるくらいにあの時間も楽しかったのだけれど、お腹空いちゃったな、と呟いた彼女のために食事を作るのはこれ以上酔いが回れば難しくなるだろうと思って、一旦酒を運ぶ手を止めて台所に立った。 「全部呑めるかな、あれ」 止めなければいけないはずだったのだけれど、彼女が自分と酒を呑むことをあれほど楽しみにしてくれたのが嬉しくて、酒も材料も結局有り余るほど用意してしまった。ソーセージを切りながら持って帰れるかな、と呟くと、彼女はこちらの顔を覗き込んで、また楽しそうに微笑んだ。 「アタシの家に置けばいいよ。きみの選んだお酒を、きみが作ってくれたおつまみで呑むんだ。 アタシだけの贅沢」
13 23/10/09(月)00:32:30 No.1110524710
スパイスを振っていく手付きを面白そうに見つめたり、じゃがいもの皮を剥くのを手伝ってくれたりと、今日の彼女は遊びたい盛りの子猫のように、厨房のあちこちを行ったり来たりしている。 「きみがごはん作るところ見るの、好きなんだ。邪魔になっちゃうからあんまり出来ないけど」 けれど、最後のソーセージを炒めようとフライパンの中に入れたと同時に、背中を包み込む柔らかい温もりを感じて、一瞬だけ手が止まった。 「いつもありがとう。 ちょっと恥ずかしいけど、今なら言える気がする」 そんな言葉と一緒に前に回された腕に力が籠って、彼女に抱きしめられていることを実感する。 きっと、酒のせいだ。耳の先まで熱く真っ赤になっているのも、自分の鼓動が聞こえるくらい、心臓がうるさくなっているのも。 そういうことにしたくて、右手でフライパンを揺すりながら、空いた左手を彼女の手に重ねた。
14 23/10/09(月)00:32:59 No.1110524889
手作りの料理で腹を満たしながら思い思いの酒を嗜んでいけば、いつの間にか日付が変わろうとしていた。深酒をしたあとの身体が浮くような感触に身を任せていても、同じように酒を呑んだはずの彼女の仕草にはやはり気品があった。 「きみの大人っぽいところ見られて、嬉しかったよ」 酔って人事不省に陥ることもなく、いつものような爽やかな立ち居振る舞いは崩さない。それなのに、今日の彼女はいつもよりずっと甘えん坊だった。いつもの彼女の好きなところは損なわれないのに、普段は見られない彼女の姿は遠慮なく目に焼き付けられていく。 夢中になりっぱなしだった。それが嬉しいのだけれど。
15 23/10/09(月)00:33:22 No.1110525035
「お願いがあるんだ」 「ん?」 そんな彼女に何かを頼まれたら、何でもしてしまいそうで怖い。彼女の微笑みがひとつあれば、今の自分はたとえどんなことでもしてしまうだろう。 「きみの秘密をひとつ教えて。 普段は言えないような、秘密。アタシもひとつ教えてあげるから」 だから、彼女のそんな言葉に応えるように、自分の頭はひとりでに思い出を手繰り寄せていた。 「…酒呑むの、実は久しぶりなんだ。シービーに合うまではなかなかスカウトがうまく行ってなくてさ。やけになって呑むこともあったんだ。 でも、シービーに会ってからはそんな時間も、そんなことする必要もなくなったんだ。その間も酒は好きだから買ってはいたんだけど、呑む暇がなくて。 だから、その酒をシービーと呑めて、本当に嬉しい」
16 23/10/09(月)00:33:33 No.1110525110
恥ずかしくて普段は言えないことも、今なら伝えられる。彼女もそんな自分を、優しく笑って受け入れてくれる。 きっとこれからも、彼女と一緒に酔うのはやめられないのだろうなと、思った。 「そっか、そうなんだ。ありがとう。大切な想い出をくれて。 じゃあ、アタシも言うね。 …こうやってきみとお酒が呑めるって、思ってなかったんだ」 けれど、そんな彼女の口から発せられた言葉が、ゆっくりと酔いを冷ましていくのが、今度はどうしようもなく不安になった。 「明日のアタシがどこに行きたくて何をするのか、アタシにもわからないんだ。 だから、いつか突然、きみともお別れすることになっちゃうかもしれないな、って」 ぽつぽつと穏やかに話す彼女の頭が、自分の肩に乗る。どこに置いたらいいか分からなくなった手の上に、彼女の暖かい掌が重なる。 ここにいるよと伝えてくれるようなその重みと温もりに縋りながら、彼女の言葉に耳を傾けた。 「自由に生きていたいっていう気持ちは変わらないよ。それがアタシだから。 でもさ。いつからかその先にきみがいなかったら、寂しいなって思うようになったんだ」
17 23/10/09(月)00:33:55 No.1110525231
そんな言葉を聞くと、不安がどんどん大きくなっていく。彼女がどこかに行ってしまうのではないか。そんな自分の不安を察して、彼女に気を遣わせてしまったのではないかと、思い出したらきりがない。 「俺に遠慮したりしてなかったか?」 「大丈夫だよ。アタシの生き方は変わってないから。きみが隣りにいて息苦しいと思ったこともない」 ああ、本当に駄目だ。彼女がいなくなってしまうかもと思うと、心が簡単に悲鳴を上げ始める。安心させるように手を握ってくれるその掌を、子供のように握り返すことしか、できない。 でも。 それでも。 だからこそ。 「…だから、思うんだ。アタシがきみと一緒にいたんじゃなくて、きみが頑張ってアタシについてきてくれたのかも、って」 彼女を信じて支えてあげたいという気持ちは、誰よりも強く持ち続けてきたつもりだった。それが彼女にとってどんな意味を持つのかなんて、考える暇もないほどに。
18 23/10/09(月)00:34:25 No.1110525442
だから、そんな彼女が自分のことを愛してると言ってくれたあの日は、人生で一番幸せな日だったと思う。彼女に愛を伝えてもらって、その隣に居場所を作ってもらえるだけで、嬉しくて、楽しくて仕方なかった。 「いつまでもきみがそうしたいって思ってくれるのかも、アタシにはわからない。アタシの生き方はきっと変わらないし、それにきみがうんざりする日が来たとしても、きみのことを責める気なんてないよ。 …でも、そんな日は来てほしくない。きみにはアタシのこと、ずっと見ていてほしい。 きみのこと、ひとりじめしていたい」 彼女に捧げ続けてきた愛が、彼女の中でどんなふうに育っているのかなんて、気にすることもできないくらい。
19 23/10/09(月)00:34:38 No.1110525529
彼女の特別になろうと思ったことはなかった。ありきたりな自分の愛をただ彼女に受け取ってもらえるだけで、身に余る幸せだと思っていた。 そんな彼女が、自分の愛がほしいと面と向かって言ってくれるだなんて、思っていなかったのに。 「だから、さ。 ひとりじめ、して。ひとりじめ、させてよ」 微笑みながら腕を広げた彼女が、何を求めているのかはすぐにわかった。彼女にそんなことをしてもいいのかという遠慮は、彼女がいなくなることを想う寂しさと、彼女に求められる喜びに掻き消されてしまった。
20 23/10/09(月)00:35:03 No.1110525715
細くて柔らかな彼女の身体を、離さないように抱きしめた。いつもの包み込むような優しい抱き方ではなく、彼女が抱き返してくれる度に強く、腕の中に閉じ込めるように。 言えない。言ってはいけない。 でも、たまにどうしても思ってしまう。 彼女をこのまま、ずっと抱きしめていたい。 「あは、ちょっと苦しいや。 …これで貸し借りなしだね。きみをひとりじめしても」 戯れるような彼女のそんな言葉で、寂しさと愛しさに支配されていた頭が少しだけ冷える。腕に籠めた力を少しだけ緩めて、彼女を解放した。
21 23/10/09(月)00:35:15 No.1110525803
「…ごめん。シービーがいなくなっちゃうかもって思ったら、つい。 止める権利なんて俺にはないのに」 彼女のタブーに触れかけてしまったことを思って、また少し不安になる。けれど彼女は、それに気を悪くした様子もなく、こちらの腕に自分の手を絡ませて、促すように身体を預けてきた。 「…ふふっ。いいよ。嫌じゃない。 むしろ、ちょっとうれしいんだ。いつもきみは優しいからさ」 彼女の手にゆっくりと頬を撫でられて視線を下に降ろすと、自然と彼女の大きな瞳と目が合う。 向かい合った男がどんな顔をしているのか確かめるように目を細めた彼女は、やがて満足したように、優しく微笑んでもう一度頬を撫でてくれた。 「きみのそんな顔、初めて見たよ。痛いくらい抱きしめられたのも、初めて。 なんでだろうね。それがうれしいんだ。こんなに愛されてたんだね、アタシ」
22 23/10/09(月)00:35:32 No.1110525896
アタシがきみを抱きしめると、きみもアタシを優しく包み込んでくれる。痛くないように、苦しくないように、優しく。 今までに何回もしてきた。その度にきみがアタシを大切にしてくれているのだとわかって、それがうれしかった。 でも、今はそれじゃ足りない。優しいきみも好きだけど、今はもっと、怖いくらい愛してくれるきみも、見たい。 もっと、と促すように膝の上に乗って、彼の胴に腕を回して、痛いくらいにきゅっと締め付ける。さっき彼がしてくれたように。すると彼もその腕でゆっくりとアタシを包んでくれて、片方の手で背中をゆっくりとさすってくれた。 それが心地よくて、彼の首筋に額を寄せて、眠たい猫のように甘えてみる。 「なんか、すごく甘えんぼになったな。どうしたんだ?」 揶揄うような彼の言葉で、心まで撫でられているような気持ちになって、もっともっと甘えたくなってしまう。 「ふふふ。わかんない。 わかんないけど、きみが好き。すごく」
23 23/10/09(月)00:35:49 No.1110526025
好き、と言う度に、まるで初めて告白されたみたいに少し顔を赤らめるきみが、また愛おしくて仕方なくなる。 お酒のせいなのかな。酔いが覚めたらアタシも恥ずかしくなりそうだから、そういうことにしておこう。 「アタシ、ちょっと変わったよね。 きみがいたから、気づけたんだよ。心地いい不自由もあるんだってこと」 アタシを抱きしめる彼の腕に閉じ込められて、彼の温もりが心地よくて、どこにも行けなくなる。 錘の重さがこんなにも心地いいなんて、今まで知らなかったのに。 「アタシがどこかに行っちゃいそうになったらさ、こうやって抱きしめて。 きみになら、捕まってもいいよ。こんなに幸せなら」 いつも自由でいたい。その気持ちは絶対に変わらない。きみもそれを、ずっと大切にしてくれるから。 でも、いいよ。こうやってきみにひとりじめされても。 きみの腕の中は、アタシが好きな世界の特等席だから。この温もりを誰にも渡したくないって、アタシも思ってしまっているから。
24 23/10/09(月)00:36:17 No.1110526224
「我儘だなぁ。シービーの楽しさは損なわないように、だろ」 ほら。ちゃんとわかってくれてる。 自由なのも不自由なのも楽しめるような、アタシでいさせてくれてる。 だから、きみが好きだよ。 きみと一緒にいると、そうやって変わっていくアタシ自身のことも、好きになってあげられるから。 「ふふっ、そうだよ。 きみならできるでしょう?」 そんなきみのためなら、何かしてあげるのもいいなって思える。きみがほしいなら、今はアタシの全部をあげても、いい。 「…一緒に寝ないか」 そんなことを思ったって、優しいきみは受け取ったりしないって、わかっているけど。 「…それだけでいいの?」 「うん。いい。 一秒でも長く、シービーと一緒にいたいだけだから。 だから、今はそれでいい」
25 23/10/09(月)00:36:29 No.1110526298
「…いいよ。ふふっ。 それもきみらしくて、好きだな」 遠慮なく受け取ってくれなかったのは残念だけど、それ以上に心が温かくなる。 きみがきみでいてくれるのが、アタシは一番嬉しいんだ。 アタシときみが出会えたのは、きみがきみでいてくれたおかげだから。
26 23/10/09(月)00:36:47 No.1110526440
ふたりともシャワーに入って温まった身体には、さっきまでの酒も合わさって心地よい眠気が回り始めている。ベッドに入るのも億劫で、きみの前で腕を広げると、きみは律儀に抱きしめてくれる。 そのままベッドに倒れ込んできみを押し倒しても、怒ることもなく受け入れてくれる。 温かい毛布に包み込まれて、きみの身体のたくましさを肌で感じる。もうきみを遠慮しなくていいと思うと、それが愛おしくて仕方ない。 「きみの呑んでたやつ、ちょっと味見しようと思ってたんだけどさ。忘れちゃった」 狭いベッドの中では逃げ場なんてなくて、頬を撫でてこちらに向かせるだけで思うままになってしまうきみの顔を、好きなだけ堪能する。 「だからさ。 味見、させて?」 ちゅっ、と、唇にそっと触れるだけのキスをして、何が欲しいのかをきみに伝える。そうするときみは少しだけむすっと顔をしかめて、悪戯をした子供を窘めるように、アタシの頭をそっと撫でた。 「…酔ってるだろ」 「うん。酔ってる。きっと。 …だって、こんなにきみに愛してほしいんだもん」
27 23/10/09(月)00:37:03 No.1110526545
「アタシの好きなひとがアタシを好きじゃなかったとしても、それはそれで仕方ないかなって、前までは思ってたんだ。愛の向く先は、自由じゃなきゃ嘘だから。 でも、きみはやだ。きみにはアタシのこと、好きでいてくれなきゃ、やだ」 お酒って、やっぱりちょっと危ないね。 アタシ、どんどんわがままになっちゃうよ。 きみの「愛してる」がほしい。いつもあんなにもらってるのに、今はいくらもらっても全然足りない。 「聞かせてよ。 …アタシのこと、好き?」 「…うん。大好き」 「…どんなところが?」 「…なんでもないって見過ごしちゃうようなことの中にある美しいものを見つけたときに、きらきらした目で笑いながら駆け出していく姿が好き。君の世界に俺の居場所を作ってくれて、なんでもない俺の言葉も綺麗だって言って、大切にしてくれるのが嬉しい。 …でも、いつかふらっと旅に出て、そのままいなくなっちゃうんじゃないかって、たまに怖くて仕方なくなる。きみがいないと、寂しい。そのくらい、大好き。 …ごめん。君のこと縛らないって、約束したのに」
28 23/10/09(月)00:37:30 No.1110526733
「いいよ。いいんだよ。アタシだって悪い子だから。 いつもきみは優しくてあったかいからさ。そんなきみが不安で壊れちゃうくらい、アタシのこと愛してるって言ってくれるのが、嬉しくてしょうがないんだ」 好きなものはたくさんあった。アタシの世界は、アタシの「好き」で溢れた世界だった。 それが片想いでも、別にいいって思ってた。 ──アタシのことを好きでいてほしいひとができるなんて、思いもしなかったのに。
29 23/10/09(月)00:37:43 No.1110526823
「…ごめんね。多分これからも、きみのこと不安にさせちゃうと思う。アタシの生き方は変わらないから」 「…いいよ。それでいいんだ。 そういうシービーのことを、俺は好きになったんだから」 ありのままのアタシを、きみに好きになってほしい。そんなわがままを言い続けるアタシを、ずっと愛してるって言ってほしい。 そんなきみがアタシのいない夜を、寂しくて仕方ないって思ってしまうくらい、アタシに夢中になってほしい。 「そっか。そうだね。 ありがとう。…うん、すごく嬉しい。 だから、今日はずっと一緒にいてあげる。愛してるって、いっぱい言ってあげる。 …だからさ、きみも伝えてよ。アタシのこと、好きだって」 アタシもそれくらい、きみが好きだから。 だから、きみを感じていたい。もう夜が明けなくたっていいと思えるくらい。 寂しいきみと恋しいアタシ。 ふたりの心が満たされるまで、ずっと。
30 23/10/09(月)00:37:57 No.1110526921
絡めあった舌先を離すのが惜しくて、少しだけきみの舌を甘噛みしてみる。驚いたように身を震わせたあとに、揶揄った仕返しのようにアタシを抱きしめるきみのいじらしさも、全部が愛おしいと思える。 「…甘いね。 甘くて、癖になる味」 「…辛い酒だったんだけどな」 ずっと寝かせたきみとの想い出を、きみの「愛してる」で割って、喉の奥まで流し込む。強い酒みたいに身体が熱くなるのに、怖いくらいに好きになる、不思議な味。 あの酒の味とは全然違う。 甘酸っぱくて、蕩けるくらい熱くて、一度覚えてしまったらもう後戻りできない。 「きみにしか言わないから。 アタシのこと、好きになってよ。もうアタシしか見えなくなっちゃうくらい。 もっともっと、溢れちゃうくらい、いっぱい」
31 23/10/09(月)00:38:07 No.1110526993
昔誰かが言っていた言葉を、今でもずっと憶えている。 曰く、人生は一番安くつく遊びである、と。 なら、愉しくなければ嘘だよね。自由も、不自由も、きみと一緒ならいつまでも楽しめるから。 好きなひとに好きだって言ってもらえるのがこんなに嬉しいことだなんて、きみがいなければ知らなかったんだから。 だから、もっと教えてよ。 ──もっともっとアタシが、きみを好きでいられるように。
32 23/10/09(月)00:39:12 [s] No.1110527432
おわり 酔ったシービーはこのくらい甘えん坊でわがままでかわいい女の子になる説を提唱したいです fu2651008.txt
33 23/10/09(月)00:42:41 No.1110528705
力作だった
34 23/10/09(月)00:42:41 No.1110528708
普段は他人に多くを求めない子が好きって言ってよって甘えてくるのいいよね…
35 23/10/09(月)00:47:18 No.1110530460
次の日の朝はふたり揃って寝坊するし朝ごはんを作ろうとしてベッドから出ようとするトレーナーをシービーが捕まえて二度寝するところから始まる
36 23/10/09(月)00:48:38 No.1110530987
スレッドを立てた人によって削除されました こういう自分の欲望を満たすためにキャラを「使う」だけの浅い二次創作には反吐が出るね 愛もくそもない
37 23/10/09(月)00:51:12 No.1110531964
トレーナーはシービーを支えられる存在でいたいから掛かってキスしちゃったりすると(…迷惑かな)って思っちゃったりする でもシービーはそんなふうに一生懸命に愛してくれてるってわかるのが好きだから「もうしてくれないの?」って笑ってまたトレーナーを掛からせる
38 23/10/09(月)00:58:17 No.1110534516
ふたりともしっとりとした独占欲があるのいい…
39 23/10/09(月)00:59:21 No.1110534838
執着が薄いシービーから健全な独占欲を引き出してみたい
40 23/10/09(月)01:01:42 No.1110535649
>ふたりともしっとりとした独占欲があるのいい… 求められるのは重たいとか苦しいだけじゃなくて好きなひとが自分を求めてくれるのは幸せなんだって分かるのいいよね
41 23/10/09(月)01:04:56 No.1110536822
好きな人に好かれたいってあたりまえの気持ちがたくさん愛されて芽生えちゃうんだ そしてシービーは好きなものには一切妥協しないんだ
42 23/10/09(月)01:09:12 No.1110538223
ひとりで飲むときはすごく画になる飲み方と酔い方するしべろべろに潰れたりは絶対しなさそう でもエースとかトレーナーみたいな心を許した相手には上品にだけどすごく甘えん坊になりそう
43 23/10/09(月)01:12:51 No.1110539424
シービーのこと好きだけどあんまり好きって言っちゃうと重石になっちゃうかなって遠慮がちょっとあるといいよね シービーから求められたら今まで我慢してた分が溢れ出しちゃうんだよね
44 23/10/09(月)01:17:45 No.1110540992
ベタベタはしないけど自然な距離感でしっとり愛を確かめ合うのが好きそうなふたり
45 23/10/09(月)01:18:37 No.1110541263
不自由も楽しいと思えるようになったらシービーは無敵なのでは
46 23/10/09(月)01:23:42 No.1110542740
こんなに大胆にはならないけど寝る前に「好きだよ」って言ってキスを一回するのがささやかな習慣になっててほしい
47 23/10/09(月)01:24:26 No.1110542954
愛のある不自由いいよね…
48 23/10/09(月)01:28:20 No.1110544126
>愛のある不自由いいよね… シービーからきつく抱きしめてもらいたがるのいいよね…
49 23/10/09(月)01:30:42 No.1110544809
自分とは違って優しくて理解のある大人なトレーナーがその良心が剥がれ落ちちゃうくらい愛してくれてることに喜びを感じちゃうのいいよね
50 23/10/09(月)01:32:15 No.1110545274
思ったより長くてびっくりした
51 23/10/09(月)01:34:07 No.1110545755
山程片想いされてきたからこそ自分が好きな相手には自分のことも好きでいてほしいって思うのにちょっと負い目感じてそうなところがありそうだよね そんな負い目も消えてなくなっちゃうくらい好きなひとができるのいいよね
52 23/10/09(月)01:34:14 No.1110545788
追いかけて欲しいって思ってるシービー見てるとどっかに行っちゃったシービー追いかけてったトレーナーがその途中で事故に遭って行方不明か意識不明になった時どんな顔するか見てみたいとふと思う事がある
53 23/10/09(月)01:37:04 No.1110546526
手料理作ってもらいたがるのも無意識に愛情が感じられるものがほしいって思ってるのの表れみたいだよね
54 23/10/09(月)01:39:01 No.1110547058
>追いかけて欲しいって思ってるシービー見てるとどっかに行っちゃったシービー追いかけてったトレーナーがその途中で事故に遭って行方不明か意識不明になった時どんな顔するか見てみたいとふと思う事がある 追いかけるのは向こうの勝手って結論に辿り着いてしまう自分の生き方に心底から絶望しちゃいそうだからやめるんだ
55 23/10/09(月)01:43:16 No.1110548130
付き合いたてだとトレーナーにはシービーを縛りたくないから自分からはあんまりいちゃいちゃしないようにって思ってるんだよね でもシービーも愛したいだけじゃなくて愛されたいって想いもちゃんと持ってるんだってわかってまだたどたどしいけど自分から抱きしめてくれるようになったトレーナーにちょっと嬉しそうに微笑んで抱き返してあげるシービーが見たい
56 23/10/09(月)01:47:08 No.1110549090
シービーは好きになってもらうまでの難易度がすごく高いけど好きになったらどこまでも愛してくれそうなのがいい
57 23/10/09(月)01:52:53 No.1110550554
お互いのことこれ以上ないくらい愛してるのにふたりとも普段は(自由を奪っちゃうから言えないけどずっと好きでいてほしいな)って心の中で両片想いみたいになっちゃってるとよい
58 23/10/09(月)01:54:23 No.1110550938
後ろから抱きついて甘えるくらいはこのあとも癖になってそうなシービー
59 23/10/09(月)01:56:10 No.1110551378
卒業する時追いかけて欲しいと言えないシービーと隣に立たせて欲しいと言えないトレーナーは美しいと思います
60 23/10/09(月)01:58:29 No.1110551939
>卒業する時追いかけて欲しいと言えないシービーと隣に立たせて欲しいと言えないトレーナーは美しいと思います でも小難しいことなんか考えなくても好きなものは好きって開き直ったシービーがトレーナーを自分のものにしちゃうしトレーナーも喜んでシービーのものになるところも見たいです