ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
23/08/09(水)23:35:45 No.1088412188
いつだったか、昔の記憶。確か、中学に入った頃だ。親に連れられ堅苦しい雰囲気漂うパーティーに参加させられた。 神妙な顔立ちで話をする大人たち。両親は「行儀よくしてなさい」と言って何度も俺の姿勢を正させる。しばらくすると、別の家族とご挨拶。向こうの方はいかにも名家という感じ。 「お子さんも大きくなりましたね」 「体は大きくなっても中身はまだまだ未熟ですよ」 そんな両親の社交辞令を横に、俺は相手の家族のウマ娘を見つめていた。服装こそお嬢様らしい装いだが、まだ小さな女の子だ。そわそわと周りを見渡して、不安そうにオレンジジュースの入ったコップを抱えていた。こんな重苦しいパーティーに放り込まれたら、無理もないと思った。 「ちょっとお手洗いに行ってくるよ」 やっぱりこんなパーティーは性に合わない。料理は高級すぎて美味しいんだかよく分からないし、何より大人たちの視線が嫌だ。こちとら庶民として生まれて、庶民として生きてきてるのだ。急に品定めするみたいにマナーや態度を見られたって困る。今思い返すと、単に子供だと言うだけで目立っていただけなのだろうが、ともかく当時の自分には耐え難かった。
1 23/08/09(水)23:36:28 No.1088412480
「私も……お手洗い」 女の子がポツリと呟いた。気づくと、制服の端を掴まれていた。両親は「一緒に連れてってあげなさい」とトイレの方向を指差す。さっき会ったばかりの少女だけれど、気が合いそうだと思った。俺は少女の手を取って、きらびやかな会場の端へと逃げるように歩いた。 「……戻る?」 用を済ませてトイレの出入り口。アンニュイな表情を浮かべたままの少女に話しかける。お互い、このパーティーが苦手なようだった。 「ううん。もうちょっと、ここにいる」 ちらりと両親の方を見る。どうやら話に夢中になっているようで、こちらの心配なんかしていないようだった。 「じゃあ、しばらく逃げてようか。あそこに居たってしょうがないし」 「……! うん!」 その時、俺は初めてその少女の笑顔を見た。その後、心配した両親が連れに戻るまで、二人でずっと話をしていた。彼女の名前はメジロパーマーと言って、大きなウマ娘一家の1人らしい。こういったパーティーはよくあるが、どうしても慣れないらしい。
2 23/08/09(水)23:36:56 No.1088412640
彼女とはそれ以来、顔見知りになった。パーティーで会う度に、二人で逃げ出しては話をしていた。しかし、俺が受験勉強を真剣に考えだした高校2年生の頃から、パーティーに誘われることはばったりと無くなった。なにか大人の事情とやらがあるのだろう。高校生の自分は、両親のバツの悪そうな顔を見てそう悟った。少女に影響されてトレーナーを目指したのだが、そのことを本人に言う機会がもうないであろうことに少し寂しさを覚えていた。 それから時は経ち、晴れて念願のトレセン学園へ。しかし、現実は厳しかった。事前に対策できる面接や試験とは違い、スカウトは一発本番。レースに圧倒されているとあっという間に他のトレーナーにスカウトされてしまうし、そもそもどう声をかけるかも思い浮かばず、何度も観戦だけしてスカウトをしそこねる、ということを繰り返していた。一般家庭出身の自分にはコネもノウハウも無く、同期の有名なトレーナーの家を出身とする奴らを羨ましく眺める日々。 そんな自分に嫌気が差して、学生でもないのに屋上で感傷に浸っていた、ある日のことだった。
3 23/08/09(水)23:37:32 No.1088412846
「おっきなため息だねぇー。悩み事あるなら私が聞いてあげようか?」 横から話しかけてきたのは制服を着たウマ娘。陽気な様子で語りかけた彼女に、俺は既視感を覚えていた。 「……あれ? 君、どっかで会ったことあるっけ?」 「俺もそんな気がするな……名前、聞いてもいいかい」 名前を聞いたのと彼女を思い出したのはほとんど同時だった。彼女も同じような様子で、何度も目を擦っていた。 「ウソ……トレーナー、なってたんだ。あーどうしよ……ちょっと嬉しすぎるかも」 「そういう君は結構変わったね。すごく陽気な感じというか……」 「いやいやいや!?全然変わってないよ! ……その、頑張ってイメチェン? ギャルデビュー?みたいな……うん」 顔を赤くして力の抜けた笑顔を浮かべる彼女は、まさにあの時と同じだった。
4 23/08/09(水)23:38:00 No.1088413009
「あのさ、もう担当って決まってるの?」 「いや。なかなか決まらなくて落ち込んでたところだよ」 「じゃあさ! 私と契約……もちろん、模擬レースを見てからだけど……考えといてくれない?」 「もちろん。でもいいのか? 君はメジロ家のウマ娘なんだろう?」 「大丈夫大丈夫! 基本トレーナーの縛りとかはないし! あっ……でも君はメジロ家と関わるの、嫌だよね……」 途端に彼女の顔が曇る。こちらとしては堅苦しいものが苦手というだけで、メジロ家そのものに嫌な感情はないのだが、両親のこともあり彼女は誤解しているようだった。 「俺の両親とメジロ家に何があったか知らないけど、俺はメジロ家に嫌な感情はないよ。それに、実を言うと君に影響されてトレーナーになったんだ。だから、もし君のトレーナーになれるならこれほど嬉しいことはないよ」 「本当!? お世辞とか、言わなくても大丈夫だよ?」 「ホントホント。だから模擬レース、頑張ってな」 「うん! 爆逃げかますから、見ててね!」
5 23/08/09(水)23:38:22 No.1088413168
彼女の模擬レースはその翌日だった。ゲート入り直前、緊張した顔持ちの彼女に頑張れと声を掛けると良い具合に気持ちをほぐせたようで、パーマーはこちらに笑顔で手を振り返す。 ゲートが開くと、そこから先はウマ娘だけの世界だ。重厚な足音とともにウマ娘達が一斉にターフへ駆け出していく。パーマーは宣言通り、先頭を突っ走ってぐんぐんと後続との距離を離していく。しかしこのペースではどこかで力尽きてしまう……誰もがそう思っていただろう。 「おい……これどういうことだよ……」 トレーナーたちのざわめきが聞こえる。それも当然だろう。パーマーはリードを保ったままゴール板を抜けていったのだから。差にして約8バ身。相手もデビュー前とはいえ、とんでもない走りである。 「イェーイ! トレーナー、見てくれてた!? 私、強いっしょ!」 「うん。強すぎて俺が担当できるか不安になるくらいだ」 「そんなことないよ! 実はさ、パーティーのとき、トレーナーに言われたこと、ずっと覚えてて……それで、レースでも逃げちゃおうって思うようになったんだ。だから、さっきの勝利は君と私の二人でつかんだVっ! 記念に写メ取っちゃお!」
6 23/08/09(水)23:38:41 No.1088413311
超人的な記録を出したというのに、彼女は平然とピースサイン。写真を撮るために肩を寄せ合ってスマホに向かってピースする。彼女の圧倒的なレース展開のために、引きつった笑顔が浮かんでしまう。 「もう離すつもりはないから」 そう聞こえた気がしたが、この熱いレースに当てられた自分が聞いた幻聴だろう。そういうことにしたかった。 「これからもよろしくね! トレーナー!」 ともかく、二人で駆け抜けていく学園生活が幕を開けたのだった。
7 23/08/09(水)23:39:16 No.1088413532
脳破壊されたしっとりパーマーが必要なので書きました 頼れる明るいウマ娘だなぁ
8 23/08/09(水)23:40:30 No.1088414023
>「もう離すつもりはないから」 ヒッ…
9 23/08/09(水)23:40:39 No.1088414102
>「もう離すつもりはないから」 うんうんそれもまたメジロですわ