虹裏img歴史資料館

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

23/07/30(日)01:05:11 アタシ... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

画像ファイル名:1690646711179.png 23/07/30(日)01:05:11 No.1084288674

アタシの道はアタシが決める。 誰かがそれを否定したとしても、それを覆すことはない。その結果がどうなったとしても、落胆も失望もない。だってそう願ったのは、誰でもないアタシなのだから。 だから、大切なのは結果じゃない。 それにアタシが納得できるかどうか、なんだ。

1 23/07/30(日)01:05:29 No.1084288779

独り暮らしのワンルームには、咳の音がよく響く。自分のでないそれを聞くのは、随分と久しぶりな気がしたけれど。 「冷たっ」 咳の主に水で冷やしたタオルを当てる。冷たさに少しだけ驚いたように身を震わせた後に改めてアタシの手に額を寄せてくる姿は、なんだか寝起きの猫のようだった。 「くすぐったいよ」 恥ずかしそうに身動ぎする彼を追いかけるように、もう一度手の甲で彼の額を撫でる。 「ふふ、なんかかわいいね。 じっとしてなよ、拭くから」 そう言うと彼はようやく観念してくれたようで、アタシの手とタオルがもう一度その顔に触れても、何もせずに受け入れてくれた。 「でも、いいかもな。冷たくて気持ちいい。 タオルも、シービーの手も」 「お茶は冷たいのがいい?」 「…うん。やっぱりちょっとぼーっとするから」

2 23/07/30(日)01:06:16 No.1084288998

「はい、どうぞ」 「ありがとう。 …ごめん、ちょっと待ってて」 出したカップを起き上がって受け取ろうとする彼を制止して、もう一度ベッドに寝かせた。 「無理しなくていいよ。前はきみがこうしてくれたでしょう? だから、お互い様だよ」 横たわる彼の息は、やはり少し浅い。もう一度痩せ我慢をして起き上がる元気はなさそうだった。そんな彼の口元に、改めてカップを差し出した。 「飲める?」 「…うん。 ありがとう。ちょっと楽になった」

3 23/07/30(日)01:06:33 No.1084289092

熱に浮かされたままそう言って微笑む彼は、どこか白痴めいてすらいた。いつものしっかりした大人の装いが取れた、どこか無邪気な表情を見つめる。 「よかった。 おかわり持ってくるね」 台所に行く口実ができたのは幸いだった。 誰のせいでこうなったのかなんて、とうにわかっているはずなのに。それを知らないかのようにアタシに微笑む彼の前で、これ以上いつものように振る舞える自信は、なかった。 カップに氷を足して、もう一度お茶を注ぐ。 パキパキと音を立てて、褐色の湖に浮かぶ氷を眺めながら、さっき手に触れた彼の頬の温度を反芻する。 熱かった。今こうやって冷たい飲み物を持つと、それがよくわかる。 きっと、苦しいんだろうな。部屋を出るときに背中越しに聞いた彼の吐息は、いつもよりずっと浅かったから。 ──こんな気持ちになるなら、怒られたほうがずっとよかった。

4 23/07/30(日)01:07:00 No.1084289256

そんなアタシの気持ちが伝染ってしまったかのように、台所から帰ってきたあとの寝室の空気は、どこか重苦しかった。 アタシも彼も、もう何も言わなかった。さっきまで騒いで誤魔化していた現実に、今になって打ちのめされるかのように。 「ごめんな」 弱りきった声からその言葉が出てくると、聞いている方の心が痛くなってくる。彼がこうなった経緯を理解していれば、それはなおさらのことだった。 「謝らないでよ。きみは悪くない」 普通の価値観に照らし合わせれば、きっと悪いのはアタシの方だ。従うことはできなくても、そのことはちゃんと理解している。 だから、彼に謝られると余計に辛くなる。 「でもさ、雨が降っててもシービーは楽しく散歩してたのに。 …余計なことして嫌な思い出にさせちゃった」

5 23/07/30(日)01:07:51 No.1084289512

気分が乗れば散歩に行く。たとえ雨が降ると言われていても、いや、むしろだからこそ行くのはやめないというのは彼もよくわかっていた。だから突然の大雨の予報が出たときに、アタシを無理矢理止めずに黙って傘を届けに行くことを選んだ彼を、責めることは誰にもできないだろう。 ましてやそのために彼が雨に濡れてしまって風邪を引いたことを、要らない気を回したからだと切り捨ててしまうことなど、できるはずもなかった。 「…そんなことないよ。うれしかった。きみが来てくれて。 だから、余計なことなんかじゃない」

6 23/07/30(日)01:08:04 No.1084289577

彼の姿が道の向こうに見えたとき、きっと今日はいい日になると思った。苦しい息を我慢して、家まで何事もなかったかのように振る舞っていた彼の隣で、何も考えずにそんな気持ちになっていたアタシが、今になってひどく滑稽に思えてくる。 「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいよ。 俺は大丈夫だから、シービーも休んでくれ」 足取りも覚束ない彼に何かできないかと思っても、家に連れ帰って布団に寝かせるのが精一杯だった。料理だって好きな物ばかり作ってきたから、病人に優しい食事など考えつくはずもない。 アタシは彼のように器用ではないのだから。 あのときの彼は本当に優しかった。嘘も下心もなく、アタシを心配してくれた。そのときアタシはずっと、彼のスカウトを断り続けていたのに。

7 23/07/30(日)01:08:33 No.1084289727

理解されないことには慣れている。それをみんなに求めようとも思っていない。 だからきっと、アタシの傷口を開くのは悪意じゃない。 「…なんでさ、きみはそんなに優しくしてくれるの?」 眩しいくらいの、優しさなんだ。

8 23/07/30(日)01:08:47 No.1084289792

「アタシ、きみのために遠慮してあげられない。きみのペースに合わせることも、多分できない。きっとまたおんなじことをすると思う。 きみに応えてあげられないんだ。どんなに優しくしてもらっても」 「…そんなこと、気にしなくていいって。シービーが変わらなきゃいけないなんて思ってない」 「うん。知ってる。きっときみはそう言ってくれるってことも、わかってるよ。 …でもさ、そんなひとのことも置き去りにしちゃえるんだ。アタシは」 誰にも合わせない。誰の期待にも応えない。 アタシはアタシ。アタシがしたいことだけをする。ずっとそうしてきたし、これからもそうする。 「誰かのために生きてみたらって言われたら、それはできないって言う。それは純粋じゃないから。 きっとそれは変わらないし、そのことに後悔もしてない」 それは嘘偽りのない答えだ。誰に認められなくても、アタシ自身が納得しているなら、それに勝ることはない。 「…でも、そうやってなんの迷いもなく、誰かの願いを切り捨てられる自分が、すごく傲慢な人間なんじゃないかって、たまに思うんだ」

9 23/07/30(日)01:09:01 No.1084289863

苦しいならもう寝ていてと言わなければいけないのに、もう少しだけ話していたいと思ってしまう。 たとえすぐには理解できないことでも、わかったと偽ることも、わからないからと投げ出すこともしない。アタシに寄り添うように、わかるまで向き合おうとしてくれる。 そんな彼の姿勢が何よりも嬉しい。でも、それと同じくらい、悲しい。 「…君だけじゃない。自分のために生きていたいって思うのは、みんな同じだよ。 それはいけないことじゃない」 今だってこんなふうに、アタシを守ろうとしてくれてる。嘘で誤魔化すでも、くだらないと突き放すでもなく。 でも、だから辛くなるんだ。 「そうだね。悪いことじゃない。 …でも、みんなはどこかで折り合いをつけてる。わがままを捨てて他の誰かに合わせるか、それを選ばずに疎まれる覚悟をするか」

10 23/07/30(日)01:09:18 No.1084289949

人の世の中で生きているなら、自分のやりたいことを貫くのは簡単なことではないと、みんないつかは気づく。大抵の人はきっとアタシより賢くて、効率の悪い拘りをさらりと捨てて、丁度いい落とし所を見つけるのだろう。 アタシはそれができなかった。好きなことを、自分の心を、ひとつも諦めたくなかった。 守る価値のある夢だと思った。たとえそのために、誰かに嫌われたとしても。 「正直ね、傲慢だって思われても、それはそれで仕方ないなって思うんだ。 誰にも嫌われたくないわけじゃない。アタシの生き方を自分勝手だって思う人がいたっていい。それが、その人にとっての自由だから。 …でも、そのひとがもしエースだとしたら、きみだとしたら、アタシはきっと耐えられない。 …勝手だよね」 その誰かの顔を、思い浮かべるまでは。 筋の通っていないことは絶対にやらない。最後まで心に従って生きる。 そう決めたはずなのに、自分の道を曲げることも、誰かの愛を失うことも、受け入れられないわがままなアタシがいる。

11 23/07/30(日)01:09:35 No.1084290039

昔はもっと強くいられた。何もかも捨ててしまっても、生きていけると思い込んでいたから。 「一回ね、ひとりで生きてみようって思ったことがあったんだ。アタシが自由でいたら、みんなはいい思いをしない。どっちかが不幸にならなきゃいけないなら、別々の場所で生きていたほうがいいんじゃないか、って」 人のいる世界を嫌ったわけではない。今の自分を作っているのは自分だけではないことくらい、百も承知だった。全ての人がアタシを喜ばせてくれるわけではないのと同じように、全ての人がアタシの敵になったわけではない。 アタシはアタシ。他人は他人。お互いに害を与えなければ、世界にはいくら人が溢れていてもいい。 けれど世の中には、アタシが何も成さずにただ存在していることを良しとしない人たちがいた。 悪い人たちではないのだと思う。ただ、その人たちが定義する幸せの形が、アタシの魂と全く噛み合わないだけだ。 アタシも頑固だったが、彼らも同じくらいに強情だった。だからそれも、どちらが悪いという訳ではない。お互い様だ。 アタシと彼らの違いは、相手が間違っていると思っていたか否か。それだけのことだった。

12 23/07/30(日)01:10:06 No.1084290204

彼らを嫌っていた訳ではない。アタシは最後まで、彼らと本当に向き合うことはなかったからだ。 ただ、誰かと関わって、お互いのためにお互いの人生を消費することを、押し付けられるのが嫌だった。 共存しえないお互いの幸せを掲げて、争い合わなければならないことが、どうしようもなく苦痛だった。 みんながひとりで生きていければいいのにと思った。繋がらなくてもいいひと同士を無理に?ぎ合わせて、苦しみだけを生み出し続ける仕組みが、アタシはどうしても受け入れられなかった。

13 23/07/30(日)01:10:19 No.1084290263

そんな仕組みの中で生き続けることに、どうしようもなく疲れていた。人は人生の中で、誰と出会うかを選ぶことはできないからだ。 でも、誰とももう出会わないことを選ぶことはできる。 だから、たとえ他の全てを手放したとしても、ただひとつだけ残った夢を追いかけていこうと、決めた。 ある日から、誰とも遊ばなくなった。自分で自分の住処を持って、自分の食事をひとりで用意するようになった。 鳥のように生きてみたかった。 昇る朝日とともに目覚めて、翼をはばたかせてどこへでも飛んでいける。好きな歌を好きなときに歌って、夜は月に抱かれて眠る。 例え誰かに食べられてしまったとしても、それはごく当たり前の、自然の営みの一つなのだろう。 そこにルールはない。主義も価値観もない。自分の命をどう使うかという、誰にも代えられない自分の責任が、厳然と存在しているだけだ。 どう生きるも死ぬも、自分次第で変えられる。そういう生き方をしてみたかった。 覚悟はできていたはずだった。自分ひとりの世界で、自分のためだけに生きる覚悟は。

14 23/07/30(日)01:10:36 No.1084290340

『スカッとしたくなったら呼んでちょうだい?ドライブの相手なら、いつでも募集してるから』 『百花斉放。私は私、君は君だ。他の誰かになる必要はない。 私にできないことを、思うままにやってみせてくれ』 『…なぁ。また、一緒に走らないか? あんたが迷惑じゃなけりゃ、だけどさ』 みんなに、出会うまでは。

15 23/07/30(日)01:10:49 No.1084290409

「でもさ、みんな優しいんだよね。エースも、ルドルフも、マルゼンも。お父さんもお母さんも。 ──きみだって、そうだよ」 いつだってそうだ。 アタシが好きになるひとはみんな、誰かのために頑張れるひとだ。 アタシが持ち得ないもののために、その人生を捧げられるひとだ。 だから、きっと惹かれたんだ。アタシがアタシでいたいと願うほどに欠けていく、アタシが選ばなかったその生き方に殉じる姿が、どこまでも尊いと思ったから。 ひとりでいたら、誰かが心配してくれた。もう何もいらないと思っていたのに、優しくしてくれたのがうれしかった。 その気持ちに嘘はなかった。不自由も強制もなかった。 そうして、気がついたらアタシはひとりじゃなくなっていた。 ──アタシはなんにも、変わってないのにね。

16 23/07/30(日)01:11:05 No.1084290512

「だから、アタシはやっぱり人が好き。ひとりで生きていけるなんて、言えない。 …なのに、誰にも縛られたくないのは変わらないんだ」 自分を曲げるつもりはない。今までも、これからも。 だけど、例えば。 学校を抜け出して散歩に行くときに、一生懸命に働くきみが窓の向こうに見えたとき。 納得できなければ何もできない、大人になれないアタシの代わりに、きみが頭を下げているとき。 そんな災難に遭って迷惑なはずなのに、怒ったっていいのに、気にしなくてもいいと、きみが笑いながら言ってくれるとき。 ──自分のしたいことを守ったはずなのに、泣きたいくらい悲しくなる。 「みんなが優しくしてくれるのがうれしかった。きみがありのままのアタシを好きって言ってくれて、救われたって思った。 でも、そんなふうに優しくしてもらったら、怒られるよりずっと心が痛くなるんだ。アタシはなんにもしてないのに。みんなのためにも、きみのためにも。 ──そんなアタシが、優しくしてもらう資格なんて、あるのかな」

17 23/07/30(日)01:11:21 No.1084290584

アタシは何も返せない。返そうと思いながら生きられない。 そのことがどうしようもなく、罪深いと思うときがある。そう思いながら、それを変えるつもりがないことも。 なのに、アタシのそばにいてくれるみんなの想いは、涙が出るほど温かくて。 優しくしてほしいって、アタシを包み込んでほしいって、思い続けるのはやめられない。 それは、心の中についた古傷のようなものだった。 普段はなんともないけれど、ふとした拍子にずきずきと痛む。 身体の傷なら包帯を当てればいいかもしれない。でも、心の傷は優しさで広がってしまう。 ただ生きているだけなら、気づかないで済んだのに。 大切なひとができることは、そのひとを失ってしまうかもしれないと思うことは、こんなにも怖くて悲しいことなのだと。

18 23/07/30(日)01:11:32 No.1084290642

一度開いた傷口から流れ出る血は、止めたくても簡単には止まらない。熱で苦しいとわかっているのに、彼に話を聞いてもらうのをやめられない。 これもきっと甘えだ。悪いと思っているなら、黙って看病をしてやればいいのに。 「こんなこと言ったって仕方ないのにね。また、苦しい思いさせちゃった。 …ごめんね」 アタシは変わらない。変わろうとも思っていない。だからきっと、こんな話にも意味はない。 結局、また傷つけてしまった。 「…違う。 それはちがうよ。 きみだって、みんなに大切なものを渡してる」

19 23/07/30(日)01:11:45 No.1084290713

何かを強く訴えてくるものは、自然と力強く映る。 彼の声はまだ小さいのに、話す姿はとても病人とは思えなかった。 「エースはなんで、きみに優しくしてくれると思う?君のご両親は、なんで君を見守ってくれると思う? …なんで俺は、君と一緒にいたいと思ってるか、わかる?」 半ば怒気さえ孕んでいると思うほど、その声はアタシに強く響く。それに打ちのめされてしまったかのように、アタシは彼の問に首を振ることさえできないでいた。 「君がなにかしてくれるからでも、君になにかしてほしいって、期待してるからでもない。 みんな、君が好きだからだよ」 熱に浮かされた彼は、やはり力無く横たわっていた。けれど、その瞳だけは強い意志の光を宿して、夜の闇の中で輝いて見えた。 「君は自由だ。俺たちには見えない景色を、君だけが見せてくれる。何かに縛り付けられてる俺たちには、辿り着けない場所に行ける。 誰よりも自由で、頑固で、律儀で。その生き方を選んだ痛みだって、ひとりで全部引き受けて。 そんな姿が、どうしようもなく愛おしいんだ」

20 23/07/30(日)01:12:15 No.1084290858

きみがいつか話してくれたことを、今になって思い出す。 アタシの走りに、生きる姿に、きみは夢を見てくれるのだと。 忘れるはずもない。きみのその言葉に、アタシがどれだけ救われたのかを。 「俺だってそうだよ。他の人がどう思うかとか、関係ないんだ。 君が君のままでいてくれる。俺はそれだけでいいよ」 ああ、やっぱり、きみはきみのままだ。 アタシが本当に欲しい言葉を、欲しいときに話してくれるきみのままなんだ。

21 23/07/30(日)01:12:32 No.1084290964

でも、心の奥底には、それに納得できない自分が確かにいる。 他の人がどう思おうと、自分が特別なことをしている自覚はない。やりたいことをやって、生きたいように生きているだけ。 それは皆ができることのはずだ。 「でも、さ。 ただ生きてるだけなら、誰にだってできるでしょ?」 それで誰かが救えるなんて、信じられない自分がまだいる。心が弱ると、そんな疑り深い自分が顔を出す。 けれど、それでも。 「そうだな。そうかもしれないな。 でも、君が君らしく生きていくのは、君にしかできないだろ? 義務も、責務もない。君は自由だ。行きたいところに行って、走りたいときに笑って走ればいい。 それだけで、俺は救われるから」 ──そんなアタシも、きみは愛してくれるんだね。

22 23/07/30(日)01:12:42 No.1084291024

「俺のエゴで君を縛ることはできないけど。 それで世界の中に、君の居場所を作ってあげられるわけじゃないけど。 君がいなくなったら、俺は寂しいよ」 話し終えた彼は、少し気恥ずかしそうに顔を俯けた。自分を明け透けに曝け出してしまったことを、静かに恥じ入るように。 ──なら、アタシも好きにして、いいよね? まだ熱の籠る彼の身体に、自分の体重をそっと乗せる。苦しくないように、けれど決して、離さないように。 「だめだって」 「ん?なんで?」 困ったように目を逸らすきみが、可愛くて仕方なくなる。 自分を出して恥ずかしいなんて、思わなくてもいいのに。だって、きみが教えてくれたじゃないか。 ありのままでいるだけで、救われる人もいるんだって。

23 23/07/30(日)01:13:01 No.1084291125

「だって、伝染るかもしれない」 アタシはきみがいい。きみに、きみのままでいてほしい。それでアタシは幸せになれるって、やっとわかったから。 だから、もう我慢しない。 きみを感じていたい。きみにもアタシを感じてほしい。 「いいよ。それでも。きみと同じになれたってことだから、それでもいい」 どんなに強い人でも、ひとりでは生きていけない。 だって、誰かに抱きしめてもらう喜びは、ひとりきりでは味わえないのだから。 「アタシがいないと寂しいって言ってたでしょう?なら、寂しくなくなるまで一緒にいようよ。 今は、きみのそばにいたい」

24 23/07/30(日)01:13:16 No.1084291196

熱い。今日のキスは蕩けてしまいそうな味がする。 でも、それもいいと思う。きみの温度を感じたい。アタシの感触も、きみに伝わってほしい。 アタシはきみみたいに、言葉で人を救えないから。 だから、これで示すよ。 ──きみのことを、愛してるって。

25 23/07/30(日)01:13:30 No.1084291272

彼の額の汗を拭く役目は、さっきと全く変わらない。さっきと違うのは、アタシが彼と同じベッドで寝ていることだ。 「熱を出して、誰かにずっと看病されたことは?」 彼はそっと、首を横に振った。 「…もう、いつの話だろうな。大人になったらただ、独りで寝てるだけだから。 子供の頃は、きっとそうしてもらってたんだろうけど」 記憶を手繰り寄せながら穏やかに話す、彼の姿さえ愛おしい。 「アタシも初めてだよ。ずっとこうやって誰かのそばにいて、つきっきりで面倒見るなんて。 …きみには悪いけど、これもいいかなって思ってる」 どうしちゃったんだろう。アタシ、きっと変だ。 きみといるだけでこんなに幸せだなんて、思ってなかった。 「そんなことないよ。俺も結構楽しい」

26 23/07/30(日)01:13:50 No.1084291368

でも、それもいいか。今はなんでも許せてしまいそうだ。 きみもきっと、アタシと同じ気持ちだから。 「そっか。よかった。 …じゃあ、これも想い出にしようよ」 きっと今なら、どんな些細なことだって、きみと過ごせば楽しいから。 冷たいタオルで汗を拭いたとき、きみが笑ってくれて嬉しかったこと。 いつもよりずっと熱いきみの身体を、それでも離したくなかったこと。 いつかまた、きみとふたりで話をして、今日のことを思い出すとき。 悲しい想い出じゃなくて、それでも最後は楽しかったって言いたいから。 きみとの時間を、悲しいままで終わらせたくないから。

27 23/07/30(日)01:14:04 No.1084291429

きみの胸に顔を埋めて、腕いっぱいにきみを抱きしめる。 そうしたらきみもアタシを抱いて、そっと頭を撫でてくれる。 そうすることが初めから決まっていたみたいに、そのやりとりがアタシの心にぴったりと嵌まる。 「本当に、不思議だね。 きみ、魔法使いか何かなの?」 だからほんの少し顔を上げて、きみに聞いてみる。 「なんで?」 少し困ったように微笑みながら、優しく問い返すきみの声音にも、幸せを感じるのはなぜなんだろう、って。

28 23/07/30(日)01:14:18 No.1084291518

いけないことかもしれないけれど、きみの言葉をひとりじめできることを、ひどく幸せだと思うことがある。 きみとこんなふうに話して、他の誰かも同じ気持ちになるなら、もうきみを誰にも渡したくない。 「きみの言葉を聞いてると、アタシはアタシでいてもいいんだって、心から思える気がするんだ。 それって、とっても素敵な魔法だと思うな」 大袈裟かもしれない。でも、アタシにとっては本当にそうなんだ。 だからきみも、アタシを笑わない。ちょっと驚いたような顔をしても、そうやってまた優しく笑って、アタシのことを抱きしめてくれる。 「きっと、魔法使いはみんなにそれぞれいるよ。 そのひとのことを大好きなひとは、そのひとがそのひとのままで、明日も生きていてくれるだけで、幸せだって思えるひとは、みんな魔法使いになれるから」

29 23/07/30(日)01:14:30 No.1084291583

誰かの隣で幸せを感じる。そうして感じた幸せを、その誰かに返してあげる。 そんな当たり前の奇跡を積み重ねて、人はきっと愛し合ってきたんだ。 「…そっか。 じゃあ、さ。もうひとつだけ、わがままを聞いてくれる?」 アタシも、そうなれるといいな。 アタシが幸せなら、きみも幸せでいられる。 それはきっと何よりも自由で、素敵な関係だと思うから。 「きみの魔法使いになりたい」 ──アタシも、きみを幸せにしてみたい。

30 23/07/30(日)01:14:49 No.1084291681

夜の帳の中で瞳を開けば、きみの寝顔がそばにある。指先でそっときみの頬を撫でれば、きみは少しくすぐったそうにして、それでもアタシを包み込んでくれる。 それがこんなに幸せなことだなんて、今まで知らなかったんだ。 だから、ちょっとだけ、きみのそばで泣いてもいい? 大丈夫。悲しいからじゃないよ。 ──きみがきみでいてくれることが、こんなにも嬉しいから、涙が溢れてくるんだよ。 一緒にいようよ。アタシの姿を、一番近くで見ていてほしい。 約束は苦手だけど、そのためならきみに誓ってもいいよ。 きみがいないと、アタシもきっと寂しいから。 いつか寂しくなくなるときなんて、来なくたっていいから。 ──ずっと、きみのそばにいたいよ。

31 <a href="mailto:s">23/07/30(日)01:15:49</a> [s] No.1084291986

おわり シービーのめんどくさいところも愛してるって伝えたい fu2412952.txt

32 23/07/30(日)01:16:00 No.1084292042

ありがたい…

33 23/07/30(日)01:18:00 No.1084292646

深夜に大作きたな…

34 23/07/30(日)01:18:22 No.1084292753

シービーがこのくらい自分の弱いところを見せて甘えてくるってだけでも特別なことだと思う

35 23/07/30(日)01:18:27 No.1084292767

読み応えのあるお話だった……ありがとう!

36 23/07/30(日)01:22:50 No.1084294044

何にも縛られないし他人なんて関係ないように振る舞ってるように見えるし実際そうなんだけどそういう自分の生き方に後ろめたさを感じてるし他人が自分をどう思うかなんて気にしてないはずなのにその生き方に夢を見てるって言葉に救われる そんなとびきり自由で顔がいい女

37 23/07/30(日)01:25:16 No.1084294751

自分が好きな人が自分のこと嫌いになったらすごく傷ついちゃいそうだよね 他人が自分をどう思うかも自由って生き方を自分で選んでるから悲しくても受け入れるしかないから

38 23/07/30(日)01:27:36 No.1084295365

自分の好きに一切妥協しないから一度シービーに見初められたらぱっと見の印象に反して最後まで一途に愛してくれると思います

39 23/07/30(日)01:29:28 No.1084295852

振り回されるのも楽しいってちゃんと伝えてあげたら次の日から楽しそうにいっぱい振り回してくれる

40 23/07/30(日)01:32:40 No.1084296737

自由であるって事に一番囚われている不自由な女だと思うよシービー

41 23/07/30(日)01:32:59 No.1084296807

いつも楽しそうに飄々と微笑んでるからこそ嫌なことがあったときに泊まりに来てその日の夜にぎゅっと抱きついて甘えて来たときの破壊力が凄まじくなる

42 23/07/30(日)01:34:35 No.1084297188

>自由であるって事に一番囚われている不自由な女だと思うよシービー 自由ではあるけど無責任じゃないから やりたいようにやるけどその結果誰かに迷惑かけちゃったらむしろ気にする

43 23/07/30(日)01:38:49 No.1084298310

トレーナーもシービーが何も言わずに抱きついてきたら何も聞かずに抱き返してあげるようになっててほしい その後で一応「なにかあった?」って聞くけどシービーも誤魔化さずに「あった。でも大丈夫だよ、元気もらったから」って微笑みながら答えてほしいしトレーナーも「そっか。じゃあ聞かない」ってシービーのこと信頼してるのがわかるやりとりがあってほしい

44 23/07/30(日)01:43:17 No.1084299545

気楽だし誰にも迷惑かけないから一人暮らし始めたけどごはん作りに来たりレースの振り返りしたりで半同棲みたいな感じになっててほしい そのうち一緒のハンモックで寝るのも心地いいし誰かがそばにいてくれて支えてくれるのも幸せだなって思うようになっててほしい

45 23/07/30(日)01:47:44 No.1084300700

自由だけどその分の悩みもいっぱいあるし昔はけっこうそれで苦労してそうだよね 最初のトレーナーは取らないって方針だったり両親の話だったり

46 23/07/30(日)01:54:04 No.1084302530

顔がよくてやりたいようにやるからパッと見は気に入った相手を片っ端から落として抱いてそうに見えるけどそんなことできる性格じゃないよね 自分のこと好きじゃない相手に付き合うこと強要できないし自分が好きな人が自分のこと好きかなんて決める権利はないから意外と恋愛には臆病だったりするかもしれない

47 23/07/30(日)01:56:04 No.1084303078

こういうのって自分は折り合い付けれないって勝手に思ってるだけで大人になるまでの成長の段階で自分を納得させつつ折り合い付けれるようになるもんだよ そういういい意味での図々しさみたいなのは今の段階でもシービー持ってるもん

48 23/07/30(日)01:57:36 No.1084303465

トレーナーのことひとりじめしたいけど他人の自由も尊重しなきゃいけないと思って自分の独占欲に悩むシービーが見たい トレーナーがシービーにひとりじめされるならうれしいって言ってきたら遠慮なく自分のものにしようとするシービーも見たい

49 23/07/30(日)01:58:37 No.1084303715

ぶっちゃけた話メンタル面が小学生だから自分が変化していくことに対してビビってるだけっぽい所はある トレーナーは秋イベで達観してるって言ってたけど実際は世間も自分も知らないで何も経験してないから勝手に世の中にビビってるガキンチョ

50 23/07/30(日)02:00:19 No.1084304133

>こういうのって自分は折り合い付けれないって勝手に思ってるだけで大人になるまでの成長の段階で自分を納得させつつ折り合い付けれるようになるもんだよ >そういういい意味での図々しさみたいなのは今の段階でもシービー持ってるもん そういう図々しい自分もいていいって肯定してあげられるようになったらあとは無敵だと思う

51 23/07/30(日)02:03:19 No.1084304920

大人になって普通に主婦しながらなんであんな簡単な事に不安がってたんだろうねー ってお酒飲みながら笑ってそう

52 23/07/30(日)02:04:18 No.1084305190

何にも気にしてないように見えて実はいろんなことに悩んだりしてる不器用なところまで含めて好きになってる節がある

53 23/07/30(日)02:06:42 No.1084305848

>大人になって普通に主婦しながらなんであんな簡単な事に不安がってたんだろうねー >ってお酒飲みながら笑ってそう 人間の悩みって終わってみれば案外そういうものじゃない?ってその時の相談相手だった元トレーナー現夫に言われてそう そうかもねって笑いながらその日も一緒に寝てそう

54 23/07/30(日)02:10:04 No.1084306627

孤高で自由なように見えて誰かが支えてあげないとどこかでぽきっと折れちゃいそうな危うさがある でもそれがいい

55 23/07/30(日)02:13:36 No.1084307581

>こういうのって自分は折り合い付けれないって勝手に思ってるだけで大人になるまでの成長の段階で自分を納得させつつ折り合い付けれるようになるもんだよ >そういういい意味での図々しさみたいなのは今の段階でもシービー持ってるもん バレンタインのときとかもそうかもしれない 自分は容赦なく振っちゃうけどトレーナーにはアタシのこと諦めないでって言ってみたり

56 23/07/30(日)02:18:48 No.1084308784

甘えていいんだってわかったらときめいたときに遠慮なくくっついてくるようになったりするんだよね 昔は両親みたいになるのは想像できないって言ってたけど愛情を伝えてたら自然とそうなるしそれが心地いいんだよね

57 23/07/30(日)02:21:45 No.1084309467

なにか凄い嫌になってふらっとどっか消えて二度と戻ってこなそうな危うさもあるよね

58 23/07/30(日)02:29:16 No.1084311187

シービーが嫌になったらやめる自由は尊重する でも心配だから迎えに行くしシービーがどうして嫌になったのか話す気になったら話を聞いてあげる

59 23/07/30(日)02:35:31 No.1084312493

他の人からしたらしょうもないことで悩んじゃうしそういう感受性の強いところもいいところでもあるから否定したら逆に苦しんじゃいそう しょうもないことで悩んでもいいんだよって受け入れてあげてちゃんとフォローしてあげたら立ち直れると思う

60 23/07/30(日)02:46:02 No.1084314665

良くも悪くも普通じゃないシービーが袋小路に入って戻れなくなっちゃいそうなときに救ってくれる普通なトレーナー

61 23/07/30(日)02:50:20 No.1084315459

シービーに思いを寄せる人はいっぱいいると思うけどシービーを受け止めてあげられる人はほとんどいないと思う そしてトレーナーはそういう数少ないひとであってほしい

62 23/07/30(日)02:54:12 No.1084316095

シービーは自分と同じような人間じゃなくてむしろ自分と違うひとを愛しそうなのはなんかわかる 自分と違うけど自分のことを受け入れて全力で好きになってくれるひとに惹かれそう

63 23/07/30(日)03:01:11 No.1084317174

一方通行だった愛がお互いに与え合う関係になるのいいよね

64 23/07/30(日)03:05:57 No.1084317896

「ただいま」って言ったらトレーナーが「おかえり」って言ってくれる そういう関係に幸せを感じるようになるシービー

65 23/07/30(日)03:09:43 No.1084318407

ずっとそばにいるってある意味自分を縛る言葉のはずなのにそれが嬉しくなっちゃうんだよね

↑Top