虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 23/07/26(水)06:19:29 No.1082858801

「帰ったら入るからー！こないだみたいにお湯落とさないでねー！」 　能天気に、にちかが、なにか言ってる。 　頭によぎるのは友人の──千雪との飲み会。彼女は歌い踊る現役のアイドル。歳が近くて、はつらつで、かわいらしい。いつだっていっしょに呑むのは楽しい。楽しすぎる。 　そうだ、楽しすぎた。歌い踊るアイドルとおなじペースでデスクに張り付く事務員が飲み食いしたらどのようになるか──気をつけていたはずなのに。 　なんなの、もう。 「お姉ちゃーん？もー、聞いてるのー！？」 「……聞いてる〜。わかった〜」

2 23/07/26(水)06:20:26 No.1082858848

　（……？） 　いつもは「あんまり遅くならないで〜」、とか注文つけてくるのに。 　今日は、なんか静かだ。 　にちかは小首を傾げて家をあとにして、急遽入浴を中止した七草はづきはバランス釜の火を落とし、ひとり静かにジャージに袖を通した。

3 23/07/26(水)06:21:51 No.1082858929

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4 23/07/26(水)06:22:37 No.1082858981

◇◇◇ 　橋梁を望む、土手を下ったところにある広場。 　息を整えるにちかの横を、夜風が通り過ぎる。 　昼間よりだいぶ過ごしやすい。とはいえ、それでもじっとり湿ってて、かけ足で来たせいで汗はなかなか引かなかった。 　ここでアップしたあと、土手沿いをランニング、それがにちかの夜のルーチン。 　メトロノームの無料アプリを起動して、広告が終わるのを待ってからセットする。 　テンポは100で4/4──１小節の拍数は４。 　ピッ、ピッ、ピッ、ポッってリズム。 　心臓が頑張っているときの速さなの。 　美琴さんがそう言ってた。

5 23/07/26(水)06:23:59 No.1082859055

　──まえの大雨でここもすっかり水に浸かったのだろう。 　スマホを置いたベンチの脚には流されてきた枯れ草が絡まり、きれいに整えられていた周囲の芝は流木が刺さってめくれ上がり、裏側の土くれを空にむけてむき出しにしていた。 　──大丈夫だったのかな。にちかは思った。 　いつか見かけたとき、橋げたの裏に燕が巣を作っていた。あれが流されでもしていたら……なんか、嫌だ。 　雛は巣立ったのだろうか。 　気がかりだったけれど、燕が夜に飛ぶわけもない。 　彼らの結末を知ることはどう考えても無理。 　知ってどうなるわけでもないし。

6 23/07/26(水)06:25:07 No.1082859144

「………ん？」 　そんなふうに遠景に思いを馳せていたら、お風呂に入っているはずのお姉ちゃんが土手にいることに気づいた。 　身構える間もなくお姉ちゃんは私をみつけて、するすると土手を下ってくる。 （え？……なんで？） 　ピッ、ピッ、ピッ、ポッ。 「………」 「………」 　特に説明もなく、お姉ちゃんらしい強引な仕切りで、どういうわけかペアストレッチが始まった。

7 23/07/26(水)06:26:57 No.1082859243

　背中合わせになり、交互に片方を担いで、お互いの背筋を伸ばし合う。 「……お風呂、入ったのにー。今から、汗かいて、大丈夫なのー？」 「……お風呂は中止～。しばらくにちかのあとで入るね～」 　姉に持ち上げられながら、にちかは戸惑いを通り越してただおののいていた。 　なにかマズいことしたっけ。 　ていうか、何で来たの？ 　理由聞くの怖……。 　ピッ、ピッ、ピッ、ポッ。 　メトロノームの音、しつこいな、と思う。

8 23/07/26(水)06:27:28 No.1082859276

「重……痛っ！？」 　背中にのしかかる姉の重みにぽろりと漏れ出た本音をはづきは聞き逃しはしなかった。 　ピッ、ピッ、ピッ、ポッ。 　二人しかいない河原で、メトロノームの音は遠くまでよく響いた。

9 23/07/26(水)06:30:11 No.1082859485

◇◇◇ 　にちかとはづきをとりまく町は河原を遠巻きにして広がっていた。 　夜の町を行き交う人々から生じた喧騒は、町を貫く川を避けて、姉妹を静寂と結びつけた。 　一定のペースで二人は併走する。 　景色はめぐる。 　電柱、次の電柱、そのまた次の電柱。橋を渡り、おり返し、もう一度河原に降りて、ぬかるみを避けて、走る、走る。 　それはにちかが見つけたにちかだけの道。 「──おいていって、いいからね～」 　急にお姉ちゃんが変なこと言い出した。

10 23/07/26(水)06:30:30 No.1082859508

ちんぽ！

11 23/07/26(水)06:31:11 No.1082859561

（おく。おく置く？なにを？なにか持ってきてたっけ） 　混乱しながら振り返る。 　膝が笑い、息も絶え絶えで、みるからにバテバテのお姉ちゃんがそこにいた。 　 　あ 　もう私のほうが走れるんだ。 　ずっと、ずっと長く。

12 23/07/26(水)06:31:59 No.1082859620

「──お姉ちゃん、私の走るコースしらないでしょ」 　ヘロヘロのお姉ちゃんに歩調を合わせる。 　歩幅を短くする。腕の振りを減らす。 「コース知らないと、おたがい何かあったとき困るし」 　カバーし合えないと、いっしょに走る意味ないし。 「今日だけ、だからねー」 「──サボりたい、だけなんじゃ、ないの～……」 「……今日だけってー、言ってるじゃん！」 　……ありがと～にちか

13 23/07/26(水)06:32:39 No.1082859666

　不思議だった。 　美琴さんと走るときとは別の感覚。 　ずっとずっと、お姉ちゃんと私は、こういうふうだった。 　それなのに歩調を合わせるほうが逆になっただけで、 　どうして── 　鼻の奥が、つんとする。 　あーあ、 　今日が、この一周が、この瞬間が、ずっとずうっと終わらなければいいのに。

14 23/07/26(水)06:34:21 No.1082859775

◆◆◆ 「──よし」 　体重計のうえでガッツポーズをする。

15 23/07/26(水)06:35:08 No.1082859830

　洗面所の扉越しに、にちかのくぐもった声が聞こえた。 「お姉ちゃーん！今日のランニング行くよー！」 「今日からはにちかだけでいいよ～」 　はあ！？と洗面所に首だけ突っ込もうとするにちか。 　着替え中～と、扉を押さえ、扉の隙間からはまんまるな妹の瞳がのぞく。 「なにそれ！？ここ最近ずっっっとついてきたのに！？」 「だってにちか、理由をつけてはわざと同じペースで走ろうとするじゃない～」

16 23/07/26(水)06:35:56 No.1082859884

　体重計を蹴って棚の下に隠してから、扉を開放してあげた。 「それだとにちかにとって意味ないかな～って」 「そ、それは──！」 　──そうだけど。と自然と開いた扉の向こうでにちかはしょんぼりと、不承不承に唇を尖らせ、顎に梅干しをつくっていた。 「それじゃ、いってらっしゃい、にちか」 「……お湯、抜いちゃダメだからねー」 　にちかはすごすごと引き下がり、すぐに玄関の開く音がした。 「車に気をつけてね～！あと、あんまり遅くならないで〜！」 　わかってるよー！そんなことー！

17 23/07/26(水)06:36:24 No.1082859917

◆◆◆ 　湯船に浸かりながらにちかのことを考える。 　先行したら、後ろを気にして足を遅くするにちか。 　足をくじいたふりして、わざと鈍足になるにちか。 　この数日で幾度となく見た、不安そうに振り返るにちかの表情をひとつひとつ思い出して──自然と笑みがこぼれてしまう。

18 23/07/26(水)06:37:28 No.1082859997

「さみしがり～……」 　でも、私も、 「もうすこし、一緒に居たいな～……」 　お湯を掬って、顔を洗う。どこか遠くで犬が鳴いてる。 　だれかが車を走らせる。その音がする。 　街が駆動する、世界が回る。 　もうすこしで日づけが進む。時間が進む。 　そうならなければいいのに、七草はづきは思った。 　巣立たなければいいのに。 　明日は、にちかの、誕生日だ。

19 23/07/26(水)06:39:46 No.1082860157

こんな朝からにち誕SSを！？ ありがとう…

20 23/07/26(水)06:42:08 No.1082860294

良い話だ

21 23/07/26(水)06:45:06 No.1082860505

にっちーおめでとう 七草姉妹いい…

22 23/07/26(水)06:47:02 No.1082860637

朝から良質な七草姉妹怪文書ありがたい……

23 23/07/26(水)06:47:56 No.1082860702

>　今日が、この一周が、この瞬間が、ずっとずうっと終わらなければいいのに。 ここ1億回目と羽なしたちリスペクトしててとっても良き…

24 23/07/26(水)06:59:37 No.1082861638

ありがとう いただくわ また持ってきてね

25 23/07/26(水)07:06:39 No.1082862314

太ったのにちかにバレたくなくて体重計隠すお姉ちゃんかわいい

26 23/07/26(水)07:15:51 No.1082863324

お姉ちゃんぽっよーん

27 23/07/26(水)07:17:31 No.1082863518

ｷﾀ━━━━━━(ﾟ∀ﾟ)━━━━━━ !!!!!

28 23/07/26(水)07:18:31 No.1082863631

またイベントsSSR来てる…

29 23/07/26(水)07:24:58 No.1082864309

>ピッ、ピッ、ピッ、ポッ。 >　二人しかいない河原で、メトロノームの音は遠くまでよく響いた。 シーズお馴染みのシリアスな沈黙は健在か…

30 23/07/26(水)07:25:38 No.1082864370

>1690323451051.png ありがとうございます…にっちーとはづきさんかわいい…

31 23/07/26(水)07:27:07 No.1082864526

セカイ系ならあの世界の時空を止めてるのははづきさんだな…

32 23/07/26(水)07:27:59 No.1082864621

フェアリーよかったよにちか…

33 23/07/26(水)07:30:30 No.1082864911

ソロ曲のヘビロテが止まらないぞにちか…

34 23/07/26(水)07:34:17 No.1082865393

シャニソンではづきさん太った？みたいなスレが前立ってたのを思い出した

35 23/07/26(水)07:35:41 No.1082865562

>ありがとうございます…にっちーとはづきさんかわいい… こちらこそ出勤前に素敵な文を読んで一日がんばれそうです ありがとうございます

36 23/07/26(水)07:35:55 No.1082865594

ウワー！？怪文書！

37 23/07/26(水)07:37:26 No.1082865783

凄え出来がいい 本編でこんな仲の良さを見れる時が来るのか

38 23/07/26(水)07:40:05 No.1082866143

こういうのでいいんだよ

39 23/07/26(水)07:42:44 No.1082866523

出勤前に絵書けるってバイタリティすげえ…

40 23/07/26(水)07:43:50 No.1082866696

>凄え出来がいい >本編でこんな仲の良さを見れる時が来るのか こういうのが事務的光空記録で見れるかもと考えると滾るね

41 23/07/26(水)07:44:13 No.1082866760

いいな～にちか

42 23/07/26(水)07:45:43 No.1082866985

告知の感じだとはづきさんもなりたかったのかな…

43 23/07/26(水)07:53:40 No.1082868174

この前の人もう書いたんだ… ありがとう…ありがとう…

44 23/07/26(水)08:12:22 No.1082871197

コミックの特装版でこういうのついてきて欲しい

45 23/07/26(水)08:12:31 No.1082871224

似たもの姉妹め

46 23/07/26(水)08:42:45 No.1082876523

はづきさんもなんだかんだにちにちしたところあるよね…

47 23/07/26(水)08:44:17 No.1082876790

明るい部屋がね…

48 23/07/26(水)08:48:27 No.1082877505

めっちゃありがたい… 過去作とか読みたい…

49 23/07/26(水)08:53:01 No.1082878353

朝からいいもん読めたなぁ！

50 23/07/26(水)08:57:40 No.1082879228

七草姉妹良いなあ

51 23/07/26(水)08:59:49 No.1082879651

これがシャニソンのはづきサポイベですか

52 23/07/26(水)09:07:20 No.1082881073

>過去作とか読みたい… なんかあったっけと探したらバレンタインに書いたにっちーがあったのでよければどうぞ fu2400775.png fu2400777.png fu2400778.png

53 23/07/26(水)09:10:47 No.1082881730

いいもの書いてるじゃないの…

54 23/07/26(水)09:13:01 No.1082882142

頭撫でるのは家族の距離感なんよ

55 23/07/26(水)09:20:04 No.1082883438

いいじゃないの…

56 23/07/26(水)09:33:55 No.1082885959

姉妹揃ってのランニングが突然終わったことにもしや姉に何かあったのだろうかと不安を覚えながら過ごしていたら ある日事務所で千雪さんがここ最近付き合いが悪かったんだから久しぶりに飲み会をしようとはづきさんを誘うのを聞いて 全てに合点がいくにちかのサポコミュください