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23/07/23(日)01:02:39 No.1081644047

「合わせる顔がなくってさ」 彼は花束を持っていた。ボクは彼を待っていた。最後に会った日から、何日経っただろう。日付が変わる度に、ボクは胸を掻きむしった。彼と会えない日の数だけ、心に傷を増やしていった。 言わなくたって伝わると思っていた。ボクたちの絆はそんな陳腐なものではないと知っていたから。でも、君の心に巣食った暗闇に、ボクは最後の時まで気づかなかった。手を取るべきだったのだろうか。口づけでもすれば伝わっただろうか。結局、ボクは彼を失ったのか。 「本当のこと言うとさ、後悔してるんだよ。もし、君の担当が俺じゃなかったら……」 そんな顔をしないでくれよ。やっと会えたっていうのに、どうしてボクの言葉は届かないんだ。 「トレーナー君、ボクは……」 彼はボクに背中を向けて歩きだす。出かけた言葉も、伸ばした手も届くことなく、ボクの体はふわりと空へ浮いていった。どんなに彼に向かおうとしても、どんどん離れていくばかり。やがて、彼が見えなくなるくらい高くへ運ばれて、気持ちの悪い浮遊感だけがボクに残された。

1 23/07/23(日)01:03:29 No.1081644306

スマホのアラームを止めた。表示を見ると、5分間鳴り続けていたらしい。音量の設定を変える必要があるかもしれない。 身体を起こして、夢でやったように両腕を何度か伸ばしてみる。特に変わりない、いつもと同じボクの体。あの浮遊感ももうない。 いつからだろうか。今見たような夢を何度も見るようになった。その夢を見たあとは、決まって目覚めが最悪だ。全身が汗まみれで、焦燥が体を追い立てる。 とりあえず洗面台に向かって、顔を洗う。冷たく澄んだ水はボクの顔についた余計な油や汚れは落としてくれるが、不安までは洗い流してくれないみたいだった。 嫌な感覚を残したまま、ボクは歯ブラシを取り出した。鏡には寝癖まみれの不機嫌そうな顔をしたボクが写る。十分すぎるくらいに美しいが、彼に見せようと思うなら物足りない。時計は予定の時間までにまだ余裕が残されていることを示していた。見た目を整えるのに時間を割けそうだ。

2 23/07/23(日)01:03:57 No.1081644490

歯ブラシを口に突っ込むと、気分とは真逆の爽やかなミント味が口内に広がった。あまりにも今の自分とミスマッチに思えたので、かえって頭がはっきりと覚醒を始める。そうだ。ボクはこんなところでうじうじと悩んでいる場合ではないのだ。 歯磨きを終えて、うがいを済ませて、リビングのソファーへ体を沈める。この日のために準備はしてきた。あとは会いに行くだけ。それなのに、どうしてこんなにも気分が重いのだろう。 何度も見たあの夢も、何度も感じていたあのデジャブにも、全てに決着をつける。そのつもりで今日という日を待っていたはずだった。だというのに、ボクは怖気づいていた。一歩間違えれば、彼とは二度と会えなくなりそうで。運命という抗えぬ鎖に、手足を縛られてしまいそうで。それでも、ボクは彼に言わなきゃいけない言葉があるのだ。あの輝かしい時代に囚われた君を連れ出して、世紀末に終わりを告げなければいけないんだ。 やっぱり、ボクは行くべきだ。会うべきだ。そして、手を取るべきだ。 後悔を口にする彼の悲しい顔が思い浮かんだ。行かないと。体中に力が入る。あの頃を思い出した。大丈夫。ボクなら行ける。だから、行こう。

3 23/07/23(日)01:05:01 No.1081644799

日傘を差していても辛いほどの日差しだった。けれど、会場を埋め尽くす熱気が太陽以上にボクを焼いていた。ボクは人々をかき分けて関係者席へと向かった。この日のために話は通してある。係員に用意した名札を見せて、するりと最前席へ向かう。彼はパドックを眺めながら必死にメモを取っていた。 ボクはそんな彼の邪魔をしないように、そっと隣に座り込んだ。 「やあやあ。相変わらず頑張っているじゃないか」 「オペラオー……来てたのか」 かつての彼だったら少しは動揺していたのだろうが、今は大事なレースの出走前。一瞬だけ視線をボクにやると、すぐに前を向き直してメモを取り始めた。 「7番人気だそうじゃないか、彼女。やれやれ、観客も見る目がない」 「みんながみんな君のような観察眼を持ってたら一番人気だったかもな」 冗談を言うくらいの余裕はあるみたいだった。それとも、ただの強がりか。 彼のメモがページを跨ぐと、ファンファーレが鳴り響いた。人々は声を潜め、今か今かとゲートが開くのを待っていた。

4 23/07/23(日)01:05:59 No.1081645101

「君はどう思う?」 不意に、彼が言った。顔は強張っていて、額には汗が光っていた。 「勝てると思うか、彼女?」 「助言を仰ぐくらいならもっと早くボクを訪ねればよかったじゃないか」 「……そうだったな。つい、甘えたよ。すまない」 ゲートの開く音が響いた。少し遅れて、人々の歓声と、ウマ娘たちの足音。レースが始まった。 「勝てるさ。勝ってみせるよ」 彼はじっとバ群を眺めて言った。ボクは彼の右手を両手で握った。夢と違って、ボクの手は確かに彼を感じていた。 「あぁ。きっと勝つさ」 ウマ娘たちが目の前を走り抜けていった。ボクの声は彼に届いただろうか。 「君がボクのことをどう思ってるかはわからない。だけど、今日は君に言いたいことがあってきたんだ」 「俺は、君に会う資格がないと思ってた」 「分かっているよ。だけど、これだけは知っておいてほしいんだ。君がどんなにifを思い浮かべても、ボクたちの出会いが誰かの書いた脚本のとおりだとしても、ボクは……」

5 23/07/23(日)01:06:40 No.1081645316

ウマ娘たちは最終直線に入った。歓声はどんどんと大きくなっていく。彼の担当である"彼女"は先頭へ躍り出て、迫るウマ娘から逃げ切った。"彼女"が先頭でゴール板を突き抜ける。 「だから……………」 最後に彼にかけた言葉は、観客の歓声とどよめきに溶けていった。この世界で、彼にだけ届いたボクの言葉だ。 「ありがとう、オペラオー」 「勝者がそんな顔をしていては締まらないじゃないか。胸を張って行きたまえ」 「君は来なくていいのか?」 「邪魔をしに来たわけじゃないからね。この結果は彼女と君のものだ。ボクの出る幕ではないさ」 涙と汗で顔を彩って、彼は笑顔でボクを見つめていた。最後に、ボクは彼に招待状を渡した。 「今度、一緒に食事に行こう。話したいことはまだまだたくさんあるんだ」 「あぁ。必ず行くよ。それじゃあ、また今度」 彼はパドックへと飛び出すと、"彼女"にスポーツドリンク片手に駆け寄った。あとは、彼と彼女の時間。既に舞台から降りた身のボクはこの場を去るだけだ。

6 23/07/23(日)01:06:59 No.1081645411

また話をしようじゃないか。いつだって、何度だって。ボクらにはそれが許されているのだから。だから、そろそろあの日々を呪いから思い出に変えて、前に進もうじゃないか。 もう、あの夢を見ることはないだろう。多くの人々の歓声を伴奏に、ようやくボクたちの新世紀は始まったようだ。

7 23/07/23(日)01:08:12 No.1081645794

オペラオーにはそれなりに重い感情を持っていてほしいなと思ったので書きました ライブもカッコよくてよかったです

8 23/07/23(日)01:17:34 No.1081648527

これも『愛』だね…

9 23/07/23(日)01:28:10 No.1081651605

いい…

10 23/07/23(日)01:30:18 No.1081652201

ちゃんとこのあと成人したオペラオーとトレーナーがいい感じに収まる続きを書け

11 23/07/23(日)02:59:52 No.1081669957

原作と違ってオペラオーから能動的に会いに行けるのは素晴らしいことだ

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