23/07/01(土)22:46:10 「あは... のスレッド詳細
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23/07/01(土)22:46:10 No.1073729107
「あはは!怒られちゃった!」 言うまでもなく、怒られた。電撃引退からの電撃撤回。世間は随分と痺れることになっただろう。 その日の内に、トレセン学園に戻りマスコミの壁を押しぬけて引退撤回を関係者に通告。 そして、今理事長室で理事長とたづなさん、シンボリルドルフにこってりとお説教を貰ったところだ。 不思議なことにシービーのご両親は何も言わなかった、きっと、私達の覚悟が伝わったものだと信じたい。
1 23/07/01(土)22:46:26 No.1073729212
「どう?トレーナーから見れば」 「やっぱり、ブランクは重い枷になるな...」 5月から約3ヶ月ぶりのまともなトレーニング。 リハビリと軽めのトレーニングだが、明らかに天皇賞・春の前と比較して落ちている。 幸いなのがシービーの精神が回復してきたことと、想定よりは量をこなせていることだ。 とはいえ、以前の水準に戻すには相当の苦労を要するだろう。 もちろん、再発なんてのは決して許されない。
2 23/07/01(土)22:46:38 No.1073729311
「そう言えば、どのあたりで復帰を目指すの?」 「有馬記念」 「偶に思うけど、トレーナーって作家とか演出家も向いてそうだよね」 「シービーほどではないさ。君の走りの方が、私よりよっぽど人を楽しませる」 目標は、有馬記念での復活。 敵を設けるわけではないが、間違いなく一番の強敵はルドルフだろう。ルドルフは、必ず出てくる。 秋におけるルドルフの目標は、秋シニア三冠。春以上に大きな成長を遂げたルドルフと対峙することになる。
3 23/07/01(土)22:46:53 No.1073729424
夏を超え、秋になる。世間は、秋のG1戦線に大盛り上がり。 いつかの青年が言った通りになった。一度は世間を沸かせたシービーの事をもう誰も口にしない。 復帰の一件を本気で信じていない人間も多いだろう。 でも、私達には関係がない。自由であれば、それでいい。 シービーの愛したレースの中で、シービーが自由に走ることが出来れば。 「ねえ、聞いてみたいことがあるんだけど、いい?」 「どうした?」 「アタシのトレーナーで本当に良かった?」 「今更か?」 「アタシがこんなこと聞くのってらしくないと思うけどさ、気になっちゃって」
4 23/07/01(土)22:47:06 No.1073729534
答えるまでもなかった。 「ああ、私は運命の出会いをしたと思ってる」 「『約束』。果たせないかもしれないのに?」 「果たすさ、それが君だ。君は、何も気にすることなく自由に走っていればいい。私は、それに夢を見続ける」 「ありがとう。そう言ってくれて」 その時のシービーの顔は、憑き物が取れたように爽やかとした笑顔だった。
5 23/07/01(土)22:47:21 No.1073729652
12月22日。有馬記念。時は来た。 出走するウマ娘は、選りすぐりのウマ娘。皇帝シンボリルドルフ、かの『神話』の娘であり二冠ウマ娘ミホシンザン、天皇賞・秋にてルドルフを破ったギャロップダイナ、・・・そしてミスターシービー。 11人のウマ娘がしのぎを削る。年を締めくくる最高の舞台だ。 「どうだシービー?今日は、楽しめそうか?」 「もちろん。行ってくるよ、思う存分楽しんでくるね」 年末を告げるファンファーレが鳴り響く。観客席からも、ウマ娘達がゲートへと収まっていくのが見えた。
6 23/07/01(土)22:48:00 No.1073729948
ゲートが開く。 青くはないが、冬枯れしたターフの中へと一斉に飛び込んでいく。小雨だが、芝状態は良好。 シービーは一番後ろから追込でいく。前方のウマ娘を観察しているようだ。 レースは、あっという間に流れていき、第三コーナーから最終コーナーへ。その長いカーブの中でルドルフが上がっていく。 「!!」 来た。 長く足を貯めていたシービーも、長いコーナーの中でウマ娘達の間を縫うように捲っていく。 その足はあまりに軽やかで、群をモノともしていない。もはや、彼女の父が育てた天マと呼ばれたウマ娘達を超えている。 私の想像を、ミスターシービーはいつだって超えていく。それが、うれしくてうれしくてたまらなかった。
7 23/07/01(土)22:48:12 No.1073730026
「行け」 ルドルフを完全に捉えた。 しかし、ゴールまではもう僅か。ルドルフは逃げる。ルドルフは決して捕まらないと言わんばかりの走りだ。 「行け!」 シービーが笑っている。 彼女は勝ち負けではなく、純粋に楽しんでいる。 だからと言って、決して諦めはしない。ゴールを超えるまでその足のスロットルを戻すことはない。 「行けぇぇぇ!!ミスターシービー!!!!!」 私は、群衆に負けないほどの大声を上げた。 全てを、超えていけ。ミスターシービーよ。天を駆けた両親も、皇帝も、過去さえも。未来さえも。
8 23/07/01(土)22:48:25 No.1073730121
「ミスターシービー!!ミスターシービーだ!!ハナ差でミスターシービー!!春の敗北、夏の挫折、そして昨年を超えて19年振りの三冠ウマ娘ミスターシービー王座に返り咲いた!!」 ゴール板を、黒鹿毛が通り過ぎる。絶叫と言える歓声がミスターシービーに捧げられる。 シービーとルドルフが話し合っている。それに観客が湧く。ただ、歩く。それに観客が湧く。興奮は最高潮ってやつだ。 でも、私はその興奮とはまた別種の感想を抱いていた。 愛してる。 二人で歩んだ四年間。その感想が『愛』だった。 シービーの脚に、走りに、人間性に惚れて歩んできたのだ。それ以上の感想は思い浮かばなかった。
9 23/07/01(土)22:48:49 No.1073730277
「愛してて、良かったなぁ・・・」 頬に暖かいものが流れていく。私の感情が籠った涙。 この後のことだってあるのに、涙を止めることができなかった。 「トレーナー!...泣いてるの?」 気が付けば、ミスターシービーが私の前へと歩んできていた。 「ああ・・・、ごめんすぐ・・・」 「・・・、えいっ」 突然、シービーが私の頭を掴むと、柵越しに自分へと抱き寄せた。 そのまま引きずられて、私の足はターフへと入る。
10 23/07/01(土)22:49:41 No.1073730668
「ちょ、シービー!」 「どうだった?『約束』、果たせたかなアタシは?」 それも、答える間でもなかった。 「!!ああ、夢を見させてもらった!!」 「良かった...、ありがとうトレーナー。愛してるよ」 「俺も、愛してる!」 君に再び自由を見せると誓って、ここまで苦しくなかったと言えば嘘になる。それでも、私達は突き通した。どんな苦しみが待っていようと、覚悟を貫き通した。 そして、ミスターシービーは自由な走りを魅せてくれた。『約束』を果たしたのだ。
11 23/07/01(土)22:49:56 No.1073730758
「それじゃあ、行こっか。トレーナー」 「ああ!」 勝者の席へ向かって、ミスターシービーが歩きだす。 その横で私も歩んでいく。これからも、私はいつまでもシービーと共に行こう。それを改めて誓った。