23/05/26(金)01:40:14 あれは... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1685032814057.png 23/05/26(金)01:40:14 No.1060862534
あれは確か、メジロ家の者でアメリカに旅行に行っていたときのこと。 おばあ様の古い知り合いが偶然近くに来ているという話を耳にしたらしく、一日だけ別行動することになった。 なにぶん幼い時のことなので詳細は覚えていないが、お付きの者数人とともに、私だけおばあ様に付いていくことになった。 郊外へ向けて車に揺られ、途中眠ってしまったうちに数時間ほど経ったのだろうか。着いた先には、牧場に囲まれた草原にぽつんと立つ、小さな教会があった。 なぜ件の知り合いがそこにいたのかは分からないが、おばあ様に促され、その方と、この教会の神父と思わしき人物に挨拶をし、いくつかやり取りをした後、話をするから少し待っていなさいと言われ、礼拝堂のようなところに通された。 木造の素朴な建物の、これまた年季の入った長椅子の上で、退屈に少し嫌気が差してきたころ、入口の扉が開く音がした。 私が入口の方を窺う暇もなく、足音はこちらに駆けてきて、黒い影がひょっこりこちらを覗き込んできた。それは、私よりも随分大きいウマ娘だった。
1 23/05/26(金)01:41:02 No.1060862667
当時の私には大きく感じたが、今にして思えば小学生ぐらいだったのだろう。ストレートだがあまり整えられていない、黒い長髪が印象的だった。 こちらの様子を窺うようにじっと見つめられながら、私は、アメリカに渡ってくる前に教えられた通り、たどたどしい英語でその子に挨拶をした。 その挨拶が聞こえているのかいないのか、その子は少しの間こちらを見つめ続けた後、いきなり英語でなにかをまくし立ててきた。 まだ幼い私は英語でやり取りをすることなどほとんどできなかった上、聞いたこともない単語ばかりで、ほとんど何を言っているか分からなかったが、声の調子と相手の様子から、こちらをバカにしているらしい、ということはなんとなく分かった。 初対面でいきなり一方的にバカにされたことに腹が立ったが、言葉を通じない相手には言い返すこともできない。私は、頬を膨らませそっぽを向いた。 少し間を開けて、今度は突然大きな笑い声が教会に鳴り響いた。驚いて前を見ると、その子はお腹を抱えて笑い転げていた。 あっけにとられる私を置いて、その子は笑いながら駆け出し、教会を飛び出していった。
2 23/05/26(金)01:41:53 No.1060862816
数分経った後、いったいなんだったのだろうかと考えている私の前に、彼女は再び走りこんできた。その手には食べかけのお菓子の袋が握られていた。 ぽかんとしている私の前に、袋が差し出される。どうやら、私にくれるつもりらしい。開けっ放しになっている袋の口に手を入れ、すでに残り少ないお菓子を食べていると、横に座り込んできた彼女が、何やら英語で話しかけてきた。 お菓子の袋と私を交互に指さし、何かを言っている彼女。お菓子を食べながら意図を考えていたが、最後のひとつを飲みこんでしばらくした後、ようやく伝えようとしていることが分かった。彼女は、むくれている私がそのお菓子に似ている、と言いたかったのだ。 再び頬を膨らませ、そっぽを向く私。教会には、やはりこちらも先ほどと同じく大きな笑い声が響いた。 彼女はしばらく笑い続けた後、椅子から突然立ち上がり、私の体を持ち上げた。驚いた私がもがく暇も与えず、彼女は、いつの間にか私を肩車に乗せていた。 頭にしがみつくことしかできない私を担いだまま、彼女は教会の外に駆け出し、外で待っていたお付きの者の間もすり抜け、そのまま草原の方へ駆け出して行った。
3 23/05/26(金)01:42:37 No.1060862941
視界を邪魔するものが何もない草原を、ぐんぐんと走り続ける。その速さは、まだ幼かった私が経験したことのないものだった。 体が風を切る感覚。いつもより高い視点。置き去りにされる景色。メジロの子たちと走り回って遊ぶのとは違う、『ウマ娘の走り』を、その時、私は初めて経験したのだった。 ひとしきり周囲を走り回ったあと、彼女は教会の方へ向かっていった。遠くからおばあ様たちが、自分たちが乗ってきた車のそばに立っているのが見える。 初めて見る景色に興奮していた私は気づかなかったが、彼女はおばあ様たちが帰り支度を始めたことに気づいて戻ってきたらしい。彼女は教会へ近づくにつれ少しずつ速度を落とし、おばあ様の近くで立ち止まり、私を目の前に降ろした。 私を降ろしてすぐに、神父様がその子に向かって何やら怒り声をあげた。今考えると、勝手に私を連れだしたことを怒っていたのだろう。 慌てたようにあの子が駆け出すと、神父様も後を追おうとしたが、何やらおばあ様に窘められると、思い直したように立ち止まった。
4 23/05/26(金)01:43:09 No.1060863046
間もなく、私たちは帰路についた。車は、先ほどの彼女とは比べ物にならないスピードで、草原の合間を駆け抜けていく。だが、まだ頬に切り裂かれたように残る風の感覚と比べたら、それははるかに鈍く感じられるものだった。 日が陰り始めた草原の中、ぽつんと生えた木のそばから、小さな影法師がこちらを見つめているのが見えた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――
5 23/05/26(金)01:43:50 No.1060863168
――――――――――――――――――――――――――――――― 「……なるほど。それが、マックイーンさんが初めて経験した『走り』だったんですね」 ひとしきり話を聞いた後、私は、テーブルの向かい側に座る彼女を見つめる。 私の目の前の彼女、メジロマックイーンは、一口コーヒーを啜った後、ぽつりと口を開いた。 「申し訳ありませんカフェさん、関係のない思い出話を長々と」 「……いえ、興味深かったです、とても」
6 23/05/26(金)01:44:34 No.1060863289
昨日、私はマックイーンさんに、同じ距離を得意とする私の走りを参考にしたいのでトレーニングに付き合ってほしい、と頼まれた。 以前からマックイーンさんの走りに興味があった私は、こちらからもぜひお願いしたいと引き受け、今日の午前中、私たちはみっちりとトレーニングをこなした。 こちらとしても有意義な時間を過ごせたと思うのだが、彼女はトレーニングに付き合ってもらったお礼をしたいと言うので、マックイーンさんはお茶請け、私はコーヒーを準備し、トレーニング後のミーティングをかね、中庭でお茶会をすることになった。 ひとしきりお互いの走りや午前中の内容の振り返りが終わり、話が雑談めいたものになってきたころ、マックイーンさんは、幼少期に経験したある出来事をぽつりぽつりと語り始めた。 それは、彼女がとても幼かったころの話で、彼女自身今日に至るまでほとんど忘れてしまっていたらしい。 「ですが、先ほどカフェさんと走っているうちにふと思い出して……なんとなく気になって、お話してしまいました」 そう言ったあと、マックイーンさんは、くすりと笑った。
7 23/05/26(金)01:45:07 No.1060863373
「変ですわね。確かに姿は少し似てらっしゃるような気はしますけど、あの方はカフェさんと全然違う、少しやんちゃな印象の方でしたのに」 そう言いつつ、彼女の表情は少しうれしそうに見える。まるで、昔からの友人に久々に再会した時のように。 「あの方とはそれっきりお会いしたこともございませんし、どこで何をしていらっしゃるのかもわかりません。……ですが、もしできることなら、もう一度お会いしてみたいですわね。今度は、一緒に走ってみたいですわ」 そう言った後、マックイーンさんは、少し照れたように微笑んだ。 「なんて、向こうも私のことは覚えてらっしゃらないでしょうし、思っても仕方のないことですわね」 記憶に思いを馳せながらも、あきらめたように笑う彼女。幼少期の、遠い国での思い出の中の相手に会うことなど、期待できることではないだろう。ましてや、相手の記憶の中に自分がいるとも思えない。しかし。 「……そんなこと、ないと思いますよ」 きょとんとこちらを見つめる彼女。彼女の丸くなった目を見つめ、私は言う。
8 23/05/26(金)01:45:51 No.1060863502
「その子もきっと、大きくなったマシュマロちゃんと一緒に走りたいと思っていますよ」 まあ、と少し顔を赤くした彼女を見て、私はくすりと笑った。その時の彼女の顔は、小さくかわいいお菓子のように見えた。 その後少し話をし、後片付けを済ませ、お開きとなったころ、マックイーンさんは、ふとこちらに問いかけてきた。 「つかぬことをお聞きいたしますが、私、あの時いただいたお菓子がマシュマロだと、カフェさんにお話ししたでしょうか?カフェさんにマシュマロちゃんと言われるまで、いただいたお菓子がマシュマロであることも忘れていたような気がするのですが……」 私はマックイーンさんの方を見ながら、ゆっくりと確認する。……うん、そう、間違いなく、マシュマロらしい。 「……ええ、お聞きしましたよ。確かに、マシュマロだと」
9 23/05/26(金)01:46:30 No.1060863612
その返事を聞くと、マックイーンさんは不思議そうな表情もしながらも、つまらないことを申し訳ありません、と答えた。 やがてまた機会があればまたぜひご一緒しましょう、と話してから、彼女は去って行った。 西日が中庭を照らし、芝生が柔らかく反射している。私は、その小さな緑を見つめながら、どこまでも広がる大草原に思いを馳せた。 コーヒーに落とした、一粒のマシュマロ。とろけて見えなくなっても、口にすれば、かすかに甘い味がする。 思い出せなくなった記憶も、見えなくなってしまっただけで、頭の中に確かに存在する。ふとした拍子に口の中に広がり、柔らかく、甘いくちどけを感じさせてくれるだろう。
10 23/05/26(金)01:46:51 No.1060863672
「いつか、私も連れて行ってね。あなたの育った、小さな教会のある草原に」 緑の上を走り回る黒と白の影。遠い国の遠い記憶も、きっと二人を引き合わせるだろう。
11 <a href="mailto:s">23/05/26(金)01:48:09</a> [s] No.1060863864
実は昔会ってましたってあるあるだよね 年齢差はカフェがマックちゃんより年上な時点でもうなんでもいいやってなりました
12 23/05/26(金)01:59:55 No.1060865605
いいよね…