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23/05/14(日)17:49:51 泥休暇 のスレッド詳細

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画像ファイル名:1684054191853.jpg 23/05/14(日)17:49:51 No.1057108759

泥休暇

1 <a href="mailto:sage [01/14]">23/05/14(日)18:00:17</a> [sage [01/14]] No.1057112926

「は───は───は───」 呼吸の音がやけにうるさい。ぜいぜい、ぜいぜい。焚べる石炭の足らないボイラーのよう。 心臓の音がやけにうるさい。どくどく、どくどく。調子の狂ったメトロノームのよう。 線路をひた走る列車の中、飛べない鳥のようによたつきながら客車の通路をひた走る。震えて力の宿りきらない指先で後続車両に続くドアノブを握った。 その手がぬるりと滑る。粘ついた液体に塗れている。ぎょっとして手元を見つめた。 鈍い金色に光っているはずの真鍮製のドアノブがドス黒く真っ赤に染まっている。それを握る私の指も。 肩から流れ出た自分の血で右腕が血塗れになっていることにその時ようやく気づいた。 「痛ぅ―――ッ―――………!」 自覚した途端に肩の裂傷が主張を始め、ずきずきと痛みだした。さっき後ろの車両へ逃げ出した時に弾丸が掠って出来た傷だ。 長旅用の真っ白いブラウスの袖から下が赤く染色されている。痛い、痛すぎる。あんまりにも痛くて涙が滲む。 「――――――」 「――――――」 けれど、敵意は私を待ってくれない。南部訛りのきついドイツ語が私の耳に届く。すぐ後ろの客車とこの客車を繋ぐ連絡扉が開く音がした。

2 <a href="mailto:sage [02/14]">23/05/14(日)18:00:31</a> [sage [02/14]] No.1057113020

さっき私が無我夢中で通った扉だ。のんびりしてる暇なんてどこにもなかった。 血に濡れた右手と正常な左手の両方を使い、ドアノブを体重をかけて押し込む。がこんと小さく錠の外れる音がして扉が開いた。 倒れ込むようにして奥へと飛び込み、転がりながら後ろ手で扉を閉めた。結果的には、それが正解だった。 「きゃ………っ!?」 杭を鎚で打ち込むような重苦しい音がへたり込んだ私の頭上で響く。はっとして見上げると扉に小さな穴が空いて暗い車内へ光を投げかけていた。 銃弾だ。それもただの弾ではない。近年時計塔でも使うものが増えだしているという、魔術の加工が施された銃。小口径でも侮れない威力を持つ。 ぞっとした私が手を伸ばして閉じたばかりのドアノブを握り、兄から教えられた数少ない呪文のひとつを唱えたのは危機感から出た自然な行動だった。 「《閉ざされたまえ[Verriegelung]》───っ!」 必死の意志と共に発した。手のひらの中に残ったのは超常の現象が世界の理を僅かに捻じ曲げたという確かな感触。 魔術師であれば習得する家伝の魔術の方向性に関わらず最初に基礎として習得するような、あまりにも初歩的で本当にささやかな施錠の魔術。

3 <a href="mailto:sage [03/14]">23/05/14(日)18:00:42</a> [sage [03/14]] No.1057113094

扉という概念に対して何人もの侵入を阻むという性質を与えるもの。でもちゃんとした魔術師ならもっと複雑な方法で侵入を拒める。 シンプルすぎて魔術を用いなくても力任せにこじ開ければいずれ破れてしまうほど拙いその封鎖。そう長く保つものとは私自身とてもじゃないけれど信じられなかった。 「は───は───は───っ───………!」 淑女にあるまじきみっともなさ。疲れ切った犬のように酸素を求めて喘ぎながらふらつく脚へ鞭を入れて立ち上がり、少しでも奥へと急ぐ。 何故かこの車両は先程までの客車と違ってやたら薄暗くて埃っぽい。そこに置いてあるものを見て、私はここが貨物室であることをようやく悟った。 ───そして、この車両こそが最後尾でもう私に逃げだす先がないということも。 「―――っ―――ぅ、うぅ………っ」 それでも、現実を直視できずにふらふらと一番奥へと進む。背後には荒々しい口調のドイツ語。兵士たちの会話。魔銃の発射音と、それが分厚い鉛に食い込んだかのような鈍い音。 私が兄たちから習った魔術は彼らを僅かな間だけでも阻んでくれている。そう、兄様たちの───兄様。 「う、うぅ………うぁ、ぁ………っ………!」

4 <a href="mailto:sage [04/14]">23/05/14(日)18:00:52</a> [sage [04/14]] No.1057113174

ぽろぽろ、ぽろぽろ。涙が溢れる。悲しくて、やるせなくて、悔しくて。 無力感が踏み出す脚から力を奪い、ぐったりとその場に膝をつかせた。 膝を折り、ぺたんとその場に座り込む。もうどこにも逃げられない。ここが終着点だ。このやけに大仰な封鎖がなされている荷物の前が。 浮彫りの施された箱へごつんと額を押し付けて項垂れる。 ───見た。一部始終を。この目で見た。 あの厳格で冷酷だった父様が何の魔術の行使も許されないまま、唐突に向けられた銃口によって側頭部から血を流して死んだことも。 次々に銃撃を受けた兄様たちが血だるまになりながら魔術を行使して応戦し、見たこともない険しい形相で私を突き飛ばすように後ろの車両へ追い出したことも。 父様は、死んでしまっただろう。兄様たちは、どうだろうか。生きていて欲しいと願う懇願と、もうあれは助からないという理解が胸中で渦巻く。 ───死ぬ。死ぬのか、私も。いいや、父様が言うには私には莫大な利用価値があるという。 その真偽は不明だが、もし本当なら彼らは生かして私を捕らえるだろうか。先程の追い方からして、手足の一本や二本、なんなら四肢がもげていても構わないという調子で。

5 <a href="mailto:sage [05/14]">23/05/14(日)18:01:02</a> [sage [05/14]] No.1057113254

魔術師の女の利用価値なんてずっと家に閉じ込められていた私にだっていくつも思いつく。母胎として、あるいは優秀な能力があるなら刻んで、加工して。 生まれた時から誰かに利用されるために生まれ、死ぬ時も誰かに利用されるために死んでいく。そんな───まるで屠殺される家畜のような、人生。 ───嫌だ。 「───嫌───」 そんなのは、冗談じゃない。 「───嫌です………!嫌です、死にたくありません………!まだ私は、始まってすらいないのに………!」 始まることもなく、終わりさえなく、それよりも前に使い潰される人生なんて。 いつも薄曇りの空を、窓の内側からずっと眺め続けるだけの人生なんて。 変わらない明日に甘んじ、始まりも終わりもただお利口に受け入れるだけの人生なんて。 本当にとてもとても恥ずかしくて情けないことだけれども、父様が死んだことより、兄様たちが死にかけていたことより、私は私自身を何よりも憐れんで泣いている。なんて厚顔。なんて浅ましい。 ぽろぽろ、ぽろぽろ。涙が溢れる。悲しくて、やるせなくて、悔しくて。 目が熱い───火傷しそうなくらい熱い。きっとそれは涙が後から後からこんなにも流れるから。

6 23/05/14(日)18:01:22 No.1057113370

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7 23/05/14(日)18:01:33 No.1057113450

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8 <a href="mailto:sage [06/14]">23/05/14(日)18:01:46</a> [sage [06/14]] No.1057113528

  ────────────ならば。  

9 <a href="mailto:sage [07/14]">23/05/14(日)18:02:00</a> [sage [07/14]] No.1057113626

ばん、ばん、ばん。終わりが近づく音がする。私がかけた施錠の魔術が破られようとしている音。格好のつかないことに、あんなふうにちょっと揺すられただけで解けていく。 熱い。熱い。抉り出したくなるくらい眼球が熱くて、とても熱くて、きっとそれは泣き腫らして瞳が浮腫んでいるから。

10 <a href="mailto:sage [08/14]">23/05/14(日)18:02:27</a> [sage [08/14]] No.1057113793

  ────────────あかがねの空が、君の絶望を彩るなら。 ────────────流れた血潮が、涙となって君の嘆きを飾るなら。  

11 <a href="mailto:sage [09/14]">23/05/14(日)18:02:39</a> [sage [09/14]] No.1057113870

終わりがやってくる。最善ならここで死んで、最悪なら私は捕まって、連れて行かれて、言葉にするのも嫌なくらい酷い目にあう。 ───何が最善。何が最悪。これっぽちも良くも悪くもない。等しく気持ち悪いだけだ。目があんまりにも熱くて、私はだんだん腹が立ってきた。 15年もゆるゆる、ふわふわと生きてきて、いいえ鉢植えの花のように無理やり生かされてきて、生まれて初めて感じるくらい怒りがこみ上げてきた。 兵士にではない。理不尽にでもない。不甲斐ない自分に激高した。縮こまって、蹲って、消費されるだけの自分が世界の何よりも無様に思えた。

12 23/05/14(日)18:02:55 No.1057113962

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13 <a href="mailto:sage [10/14]">23/05/14(日)18:03:02</a> [sage [10/14]] No.1057114001

  ────────────それでも、私の名を、呼ぶのなら。  

14 <a href="mailto:sage [11/14]">23/05/14(日)18:03:17</a> [sage [11/14]] No.1057114092

とてもいらいらとしたので、歯を食いしばってへたり込んだまま身体の向きを変えた。 背中を向けたまま終わりに向き合ってなんかやらない。前を向いて受け止めてやる。 最後に辿り着いたこの大仰な荷物に背中を預け、肩の傷を手で押さえながら真っ赤な瞳で扉を睨む。 ぎしぎしと軋みながら開き出した連絡扉。なんで工場はもっとあの扉を丈夫に作っておかないのか、なんてことにさえ苛立ちが募る。 ああ、でも、それでも、歯痒くて、辛くて、呪わしくて、ふざけるな、ふざけるな、それで───だから。 「助けて───助けてくださいっ!誰でもいい!何でもいい!まだ終われない、終わりたくありませんっ!私は、まだ、まだ───人間にさえ、なっていないの………っ!」 そう、叫んだ。

15 <a href="mailto:sage [12/14]">23/05/14(日)18:03:36</a> [sage [12/14]] No.1057114218

  それは、本当に。 魔法のように、現れた。  

16 <a href="mailto:sage [13/14]">23/05/14(日)18:03:49</a> [sage [13/14]] No.1057114301

風、収まり─── 光、かき消えて─── 突然そこに立っていたのは、白銀と黒鉄。闇にあって尚清冽に。いつかどこかで見た輝きのように。 胸を、脚を、腕を覆う、鋼と革の風合い。その狭間から微かに見える、雪のように白い肌。 金剛石を梳いて作った髪はそれ自体が光るかのように煌めく。鎧を纏えど細身の背中はしかし、その身に帯びる威厳によって巨人を思わせた。 風の残り香でたなびく飾り布がちりちりと炎を帯びる。しかし燃え尽きることなく、炎は厳かな装飾となってその稀人を称えている。 人影が歩を組み替え、ゆっくりとこちらへ振り返る。 「──────」 男性か、女性か。少し迷った。間違いなかったのは、女の私が見ても息を呑むほど玲瓏とした美しさを帯びていること。 繊細な顔立ちの真ん中にあったのは強い瞳だった。 生気、意志、経験、誇り、そして、運命。引力を放つかのように他者の視線を引き寄せる、黒褐色の眼。 ───その人影はまさしく威であり、実のところ綺羅びやかさなどない。暴力の化身。武を以て他を誅する鉄の毀さそのものだ。 分かる。私は何も知らないはずなのになのに、魂へ強烈に訴えかけてくる衝動がある。それでも───

17 <a href="mailto:14/14]">23/05/14(日)18:04:03</a> [14/14]] No.1057114393

薄暗い車内の中、そこだけ神聖な月の光が差し込んでいるかのよう。 へたり込んだまま呆然と見上げる私の目を麗人のきらきら輝く眼差しが見つめ、そしてにこりと優しく笑った。 「君の声を聞いた。私を呼ぶ声を。だから来た。──────君が私のマスターだね?」 微笑みと共に投げかけられたその問いかけが胸を打つ清らかな響きをしていたのは、私の感じた畏ろしさを感動に変えるほどの鮮烈をその騎士が有していたまでのこと。 その時どくりと心臓が奏でた熱い鼓動を、私は生涯忘れることはない。

18 23/05/14(日)18:15:15 No.1057118788

追伸 途中のレス削除してごめんね

19 23/05/14(日)18:17:30 No.1057119731

いいよ 長くてびっくりして反射的に書き込んだから気にしないで

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