23/05/13(土)19:09:35 「それ... のスレッド詳細
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23/05/13(土)19:09:35 No.1056765469
「それじゃあ、もう一度。乾杯」 「ええ……乾杯」 かきん。小気味良い硝子の響きが、広いレストランの一区画、私たちの着席するテーブルの上に満ちてすぐに薄れる。常温よりも幾らか冷えたグラスに口づけを交わし、アタシという内側へすうっと流れ込む食後酒を味わう。 弾けず香るデザートワインがアタシに目を閉じさせる。風味は決して尾を引き過ぎることなく、口内から喉元へ音も立てずに落ちていく。お酒なんてさして詳しくもないけれど、甘くても飲みやすい爽やかな濃さだと思った。 「えーと……美味しかった……?」 「……なんでアンタが聞くのよ?」 「いや、なんというか、何を言えばいいものかと思って……」 「呆れた、いつも通りでいいじゃない。さっきまでもそうしてたのに」 「うーん、そうだなあ。誘った側が日和ってちゃお話しにならない……って分かってはいるんだけど……」 でも、と。一息置いてから、彼は言う。 「スカーレット。君が綺麗になり過ぎてて、なんだか気後れしちゃうんだよ」 「あはは、バカね。しゃんとなさいよ、アタシはいつもと変わりないんだから」
1 23/05/13(土)19:10:08 No.1056765622
大学も卒業して就職もして。変化した生活も安定軌道に入った頃合い目掛けて、アタシはかつて担当トレーナーをしてくれていたアイツ……ううん、彼からこの会食に誘われた。寝耳に水、ではなかった。毎年毎年、アタシの誕生日にかこつけて別のお祝いをしようとするんだから、今年もそうだろうって思ってた。 「それでもまあ、あれからだいぶ経ったよ」 そうして、当たり前のように迎えた今日で、彼はいつものように朗らかな顔でアタシの目の前に来てくれていた。誕生日、事前に送られた招待。時間は夜、それなりに高級なレストラン。それだけでまあ、大体分かった。 「アンタのスーツ姿を見慣れる程度には、ね」 「あのときはまあ……ラフな格好ばっかだったからなあ」 「トレーニングやらのときにフォーマルな格好されても困るけどね、あはは」 「それは確かに」 彼が目をすぼめて笑うとき、目尻に現れる小皺が増えたような気がするのは、実際。気のせいでは片付かない程度には年月が経った証だ。アタシも歳を重ね、アイツも同じように。アタシとアイツを隔絶するモノ。一分一秒一年一時間に無限を掛けても埋まらない、産まれた日の違い。
2 23/05/13(土)19:11:02 No.1056765928
バカみたいだけどそこに少しだけ、嫉妬……というか。物の無情さを感じてしまう。 「ただまあ……」 当然のことだけれども、歳の差ってのは残酷ね。そう言葉を続けようとしたとき、彼が小さく相槌をうった。ただそれだけのことになんとなく気持ちが動かされて、もう少し明るい気持ちで彼を困らせてやりたくなった。 「同じ日に産まれたかったなあ、なんて。ちょっとだけ思っちゃうわ」 「そういうわけには行かないだろ、俺たち会えなくなっちゃうし」 「わかんないわよ。アタシ、狙ったものは外さないし」 決して縮められないモノだけれど、そんなものは些細な障害でしかない。だって、 「ここに居るのも、ここに来ているのも。アタシが掴めた嬉しい糸に違いないもの」 「はは、そこまで言い切られると。来世でも見つけてくれそうな気分になるな」 「ふふ、任せときなさい」 「……ありがとうな、スカーレット」 「どういたしまして……ねえ、そろそろ」 「ああそうだね、じゃあそろそろ……」
3 23/05/13(土)19:11:45 No.1056766181
彼はスーツの内ポケットを軽くまさぐり、本日のためのお題目を探す。そして、数秒もしないうちに懐から手を出して。柔和な笑みを浮かべたまま、テーブルの中央へと紫色の小箱を置いた。 出されて、思う。こういうものなんだなあ、と。一生に一度しか多分味わえないタイプの感傷、悲しいわけでもないのに胸がきゅっと締め付けられて切ないのに、それがひどく嬉しいという不思議な心地。手のひら大程度の小さな箱に、積み重ねてきた想い出が詰まっているのがひと目でわかる。 「開けてもいい?」 「もちろん」 手許に寄せて勿体ぶらずに小箱を開いて。ああ。アタシの中に眠っていたパーソナルカラーが目覚めていく。ふしぎ、目元に火がついたみたいだ。海に近い成分で出来た炎は何度瞬いても消えてくれやしない。歓喜によって燃え盛り、悲歎すらも飲み込んで。アタシの魂を全力で紅く染め上げていく。 あつい。痛みすら覚えるくらい熱くてたまらない。けれど、別に涙は出やしない。蒸発しているからだとか、別にそういうわけじゃない。だってこれはある種当然の帰結だから。
4 <a href="mailto:おわり">23/05/13(土)19:13:34</a> [おわり] No.1056766736
わかっていたことだから、ずっと前からわかっていた、こうなってくれるってわかりきっていたことなのに―― 「こんなにも、嬉しいもんなのね」 「そりゃ良かったよ。ハンカチ、いるか?」 「バカね、アタシがここで泣くわけ無いでしょ」 「スカーレット」 「何?」 「愛してる」 「アタシも」 「ズルいな、ちゃんと聞かせてくれ」 「しょうがないわね」 彼から貰った寿ぎの指輪を前に、ささやかな祈りを捧げて。 「愛してるわ、貴方を」 今は、そう笑うだけに留めておいた。 何年後だろうと、愛してると言いたいから。 今日という日は、多分。まだ前菜にすら、辿り着いていないから。
5 <a href="mailto:s">23/05/13(土)19:14:34</a> [s] No.1056767036
誕生日なので書きました 二番煎じ感ありますがこういう風景が見たかったので…
6 23/05/13(土)19:17:15 No.1056767876
王道ど真ん中でいいね…
7 23/05/13(土)19:17:32 No.1056767956
最高なのよね…
8 23/05/13(土)19:18:36 No.1056768275
ダスカってラブコメっぽいツンデレもできるけどグッドエンドの強かさとかもあってこういう成熟した雰囲気似合うよね
9 23/05/13(土)19:21:51 No.1056769314
定食なのよね…
10 23/05/13(土)19:29:12 No.1056771414
強かだし逞しい女だよ
11 23/05/13(土)19:40:28 No.1056774875
傘デートもするのよね…
12 23/05/13(土)19:41:20 No.1056775124
これぐらいで丁度いいのよね…